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山形御殿堰について[2011年06月14日(Tue)]
山形御殿堰について
 人間はより快適な生活を求めて努力してきた。しかし、産業革命以来の物質的充足感、物理的な利便性追求の弊害が今日の問題として浮かび上がっている。巨大な建物、広い道路、売場に山と積まれ、壁面を天井まで覆う商品。有り余る物こそが社会の進歩の証のように思われてきた。しかし、効率は都市を無味乾燥な空間とし、利便性を追い求めたモータリゼーションは都市の破壊を起こしている。
 山形は最上百万石の城下町として栄え、歴史ある商人の街として全国に誇れるものがある。昔、山形で産する紅花は一級品とされ、高級紅の原料として最上川を下り酒田港へおくられ、そして江戸へ京へと運ばれ文化的にも中央とつながっていた。山形は山形の文化を全国から認められ異彩を放っていた。そして今日、その山形らしさはどこへ行ってしまったのか。美しい石垣を残す霞ヶ城(山形城)。駒姫ゆかりの専称寺を中心とする寺町。それらは往時の山形を彷彿とさせるのに充分である。しかし、生活の中の山形はどこへ行ってしまったのか。いにしえの職人の技術の高さを物語る土蔵は次々に壊され近代的な建物へと姿を変えていった。馬見ヶ崎川上流で取水され、市街を網目のように走る山形五堰は、かつて人々の生活を潤したが今では暗渠となり、その存在すら知らない市民も多くなっている。
  山形市はこれから益々発展する。その発展する山形市にオアシスのような空間を創造するために「七日町御殿堰開発株式会社」を設立した。

会社名七日町御殿堰開発株式会社
所在地山形市七日町二丁目7番6号
TEL 023-623-0466 (株) 結城屋内
設立平成18年8月22日


整備された御殿堰


和風江戸風のお店


朽ちていた蔵も再生


御殿堰 大黒さま


御殿堰から七日町商店街を見る
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