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中野駅北口の商業集積[2011年04月02日(Sat)]
中野駅北口の商業集積
中野の発展は1889 年の新宿と立川を結ぶ甲武鉄道開通に伴う中野駅の設置に始まり、1896 年には陸軍基地の創設に端を発している。ターミナル駅新宿に直結した利便性により住宅化が進み、さらに軍人とその家族などが中野の住民として増えたことにより繁華街が発達した。
戦後、旧日本陸軍の土地に米軍が駐屯し駅前は米軍の物資の横流しもあり闇市が発達、当時は中央線沿線で最も発展した闇市と称された。この闇市が現在のサンモールなど中野駅北口一帯に広がる繁華街を生み出した。
 JR中野駅北口を降りるとサンモール商店街のアーケードが250メートほど続き、その東側に駅寄りから、東西に一番街、二番街、三番街、五番街、狸小路、白線通が、南北に新仲見世、南仲見世の飲食店を中心とした繁華街が続いている。戦前からの繁華街であるが、大戦では焼け野原となり戦後闇市が発達した。中野駅北口周辺は戦後区画整理が行われていないため、闇市時代のままの路地が残っている。一番街から五番街や仲見世の通り名は戦前のものと思われるが、白線通りは、戦後の名称と思われる。1957年4月の売春防止法施行後、もぐりで売春をするものも多く、赤線のプロでない素人売春に、白一色の麻雀牌の「白板」をかけたことに由来とするともいわれている。
戦後、多くの商店街や市場が消失した中で、住民の生活安定策として東京23区に美観商店会の設置が決定された。1948 年に中野北口美観商店会を名乗りそのまま現在にいたっている。サンモールとは1975 年に2回目のアーケードを作った際に決めた通称で、正式名称は今でも中野北口美観商店街。1回目のアーケードは1958 に完成していたがブロードウェイの影響を受けて作ったのが2回目、現在のアーケードは1998 年に完成した3 回目のものである。


サンモール商店街のアーケード


5番街の通り


狸通り


白線通り


2番街の通り
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