1、村上市 町屋の屏風まつり 9月10日から [2008年09月02日(火)]
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1、村上市 町屋の屏風まつり 9月10日から
村上市は新潟県の北部に位置し、人口は約3万人。平成20年4月、他の町村と合併、市域は山形県と接した。村上には、お城、武家町、町人町、寺町の町並みが、揃い全国的にも珍しいと評価される。城下には旧出羽街道があり、中心部の長井町、上町、大町、小町には伝統的な町屋が残り、そこで長年にわたり地域の歴史・文化・伝統的な技術を継承し、商いを続ける店も多い。 平成9年頃、既に計画決定済み都市計画街路が事業決定する段階になった。行政は合意が得られた上町・大町・小町と道路拡幅事業の実施を計画。現在、この街路は400年の歴史を持つ村上大祭のおしゃぎり(山車)の巡行路で、鉤の手型の坂道はこの見せ場であるが、ほぼ直線的に計画決定されていた。行政による中心商店街通りを拡幅する大規模近代化計画により、村上らしいまちの趣きと町屋は存亡の危機に立たされた。 この様な状況に臨み、まちの有志が声を上げて、町屋での「人形さま」、「屏風」の展示、「黒塀プロジェクト」等、住民による地域活性化事業を展開、全国から注目を集めている。この運動の中心が吉川真嗣(しんじ)氏である。吉川氏は、昭和39年村上市生まれ、昭和63年早稲田大学卒業後商社に入社、平成2年家業の伝統的鮭製品の加工販売の「味匠喜川」に入社した。その頃はすでに村上の街は衰退、行政主導の都市計画がスタートしていた。 吉川氏は、自社製品の販売で東京の百貨店に赴いた時、全国町並み保存連盟の前会長、五十嵐大祐氏に出会う。彼から近代的まち造りで成功した例はないと言われ、その時、初めて村上の町人町屋の価値、重要性に気付いた。村上では、中心部の道路の拡幅が始まり熱気に満ち、とても反対を唱える状況ではなかった。しかし、最初は反対の署名活動から始めたがすぐに商店街の役員に見つかり破棄された。周囲からは白い目で見られ変人扱いをされる。そのような中で、平成10年、22店舗が参加して「村上町屋商人会」を結成した。 ![]() 村上城跡 山の上 ![]() 芭蕉も泊まった井筒屋、廃業していたが改修して旅館として再生 ![]() 浪漫亭、元銀行の支店長の寮、解体されるのを買い取り吉川氏が住む ![]() お人形様巡りの様子 |








