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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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長浜ゆう壱番街商店街 [2007年04月06日(Fri)]
1、ゆう壱番街商店街の成立と空き店舗対策
 ゆう壱番街商店街は長浜市中心市街地の北東部にある商店街です。現在の組合員数32店舗、東側の御堂前、伊部地区は町屋風、西側の祝町、呉服町地区にはアーケードがある二つの顔を持つ商店街です。
同商店街の歴史は昭和51年設立の長浜銀座商店街(振)に始まります。昭和60年、御坊参堂商店街(振)が設立され、銀座商店街から分離しました。平成元年、長浜銀座商店街からゆう壱番街商店街(振)に名称変更しました。平成2年、アイジーオー商店街(振)設立、ゆう壱番街商店街から分離を経て今日に至っています。
黒壁スクエア等の整備により中心市街地は観光客を集め賑わいを取り戻しましたが、同商店街は中心部より離れていたため人通りが少なく閑散としていました。そのため観光客を同商店街にどのように回遊させるかが課題でした。しかし、地域住民の買い物の場としての性格を持っているため観光客中心の店づくりの北国街道沿いの商店や大手門通り商店街との違いを図る必要がありました。平成9年10月、空き店舗の多い同商店街に高齢者の実験的事業プラチナプラザ(おかず工房・野菜工房・リサイクル工房・井戸端道場)がオープンしました。出店に際しては空き店舗対策として商店街基盤整備事業の事業費1,200万円(補助金900万円:県1/3、市1/3)が活用されました。しかし、補助対象が振興組合のため事業主体を叶V長浜計画からゆう壱番街商店街へ移管して開業しました。プラチナプラザ事業は、黒壁の事業の中で唯一の地元住民を対象にした事業です。黒壁の事業は観光客の増加には貢献しましたが地元住民に直接的メリットはありません。しかし、地元野菜、惣菜、リサイクル品の販売やコミュニケーションの場として誘客や地元住民の日々の生活に貢献しています。

御堂前から見た町屋風の商店街

商店街中程にあるアーチ

プラチナプラザの一つ「野菜工房」
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