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日常生活の不都合 [2010年04月01日(Thu)]
写真は会員の 大山 冬臣 氏のご提供による北海道丹頂鶴

日常生活の不都合

まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく


1、不都合が起きる原因
病気は苦しいのも当たり前ですが、この病気特有ので日常起きる不都合な問題が沢山あります。実例をあげればキリがありません。患者は辛くて苦しいのですが案外他人に理解されず、それが患者を更に苦しめます。今の経済状況で良く言われるデフレサイクルのようなことが起きてしまうからです。

何故そうなってしまうのか、大きく三つの理由があると思います。

一つは、外見の症状が眩しそうでショボショボして瞬きが多く不規則であることは一般に理解されます。しかし内面の苦痛は分かりません。瞼を閉じる力が終日続いているわけですから、眼の奥にはその異様な緊張と疲れでしょうか、息をしているのが辛く、息を潜めるようにして我慢する状態になってしまいます。私はこれを眼が凝ると言っていますが、健常者には分かり得ないことです。また、このような訳で頭の中は集中力、思考能力、注意力あるいは判断力が減退しています。

二つは、この病気は視力に影響していないように思います。言い換えると視力は正常で視力検査では異常なしになります。これで他人には眼が悪くないと思われてしまいます。しかし、瞼が強力に、両方が勝手に不規則に閉じようとしています。患者は大変な苦労をしながら眼を開けますが、間欠的にしか見る事ができません。

三つは、この病気には限りませんが未だ多くの人に知られていないために患者は周囲から辛い誤解を受けてしまいます。糖尿病が分からない頃に、患者は怠け者と非難されていたのとそっくりです。

この三つが組み合わされ問題が起きます。実例をあげればキリがありません。でもいくつかに無理無理分類して日常生活の不都合な現実を書いてみようと思います。

1、交通上の不都合
(1)勤め先の事情で私でお客様を運転して30分程の駅まで送り届けることになりました。いつも私は運転しないことにしていましたが、少ない人数で運営している工場で私は断ることが出来なかったのです。
車はオートマチックですから、左手を使って瞼を引っ張り上げながら運転を続けました。しかし、安全のために速度は法定速度にも満たない速さで走りました、片道一車線ですから後続の車が数珠つなぎになってしまいました。赤信号に来ると、ホットして眼を瞑りますがなかなか開く事ができず、青信号に気付かずに停車を続けてしまいます。前の車が出て行っても、私は止まっている。当然クラクションを鳴らされ非難をあびるわけです。
こんな事があって、そのお客様は2度と私の工場の送迎は受けず、タクシーを使うようになりました。

(2)工場で購入したばかりの車を、なんでもない門の柱にぶつけて修理代が20万円もかかってしまいました。

(3)我が家で運転したときのことです。
山中の知人を尋ねて行ったときのことです。
切り返して、方向転換するときバックで電柱にドカンとぶつけ、バンパーが凹んでしまいました。

道路を閉鎖するためチェーンがゆるく弛んで張ってありました。その中へまともに突っ込んでしまいました。幸い道が分からず捜しながらなので,時速15kmと遅かったので、チェーンは車のボンネットから屋根を擦り抜けて行きました。奇跡としか言いようがありません。

道路を左折するとき、脱輪して側溝に入り前輪が宙に浮いてしまいました。前輪駆動ですから動きようがありません。通りがかりの人に助けてもらいました。

この間運転の出来ない女房殿は助手席にシッカリ座っていましたが、何時も私へ万全の信頼してくれておりまして危険予知を知らせることなど絶対にありません。いつも言う事は”アー、ビックリしたわ。知っていると思っていた”です。信頼するのもいい加減にしないかと怒るのですが、あまり効き目がない不思議な奥様です。帰路は本当に必死の思いでした。

この例は、女房が私の眼の悪さを分かっていなかったことによるものです。お陰でこれを機に女房は私を正しく理解したようですが。


これから分かるように、屋外屋内を問わず、また徒歩で歩こうと車を運転していようと、眼が見えないのと同様な問題を起こしてしまいます。

2、生計上の不都合
収入を得るために働いてるわけですから、上述の三つの不都合の結果、健常者として日常の仕事は出来なくなります。病状の程度にもよりますが、早いうちに治療ができるなら良いかもしれません。しかし生活が掛っているわけですから、病気を知らずに皆さんは頑張って悪くしてしまいます。

私の場合では60歳に発症して、63歳で退職しました。
厄介な事にこの病気は、自分が一番ストレスを感じる仕事に大きく左右されました。パソコンを使った機械設計図面の作成や渉内外の仕事です。
皆さんはどうでしょうか。
眼瞼けいれんと顔面けいれんの患者は病気の原因が異なりますが、どうなのでしょうか。

仕事を辞めざるを得なくなった方
始めの頃、患者さんとお付き合いした頃は高齢者が多いこととご婦人が多くそれでも頑張っておられることを知りました。暫く経つうちに、20から30代の方が仕事を辞めたり始めから就職できなかったりで驚かされました。家族が居ても仕事ができない労災保険、身体障害者にも認定されない。障害者年金も貰えない。雇用保険だけ適応できるだけです。
ある患者さんが大変な努力を続けて、障害年金を取得されてから、最近は少しづつ希望が見えています。

健常者は、それ程重大な病気と思う事は先ずないでしょう。それが歯がゆいし残念です。

3、家庭内の不都合
生計を立てて行くのが大変である事は、もう書いたとおりです。しかし勤めはしていなくても家庭内で家事をする、主に主婦業ですが大きな負担がかかります。些細な例ですが、お茶を茶碗に注いでいるときに、瞼が閉じてしまうとうっかりこぼしてしまうことになります。とんでもない所で火傷を起こしたり、事故をになりかねません。
別な例ですが健常者の友人が
”いいか、眼をグット睨んでそのまま我慢しさっとやればいい”
”眼が悪いと言うから、見ていたらサッサと歩いて行きやがった”
”何年もやっていて、まだあんな馬鹿なことをやてらあ”
等などですが、いずれも半分嘲笑って、半分は精神的にだらしない奴だと思っています。
当然”精神的にしっかりすることだ”と言う人もいます。
出来るならやっている!出来ないから困っているんだ、だらしが無いわけではないのだ。
他人ならいざ知らず、家族からこういう風に思われたら患者はたまりません。

たまたま、御夫婦の例を公道で見ることになりました。
患者の奥様が、付き添いのご主人と横断歩道を渡って行くときの情景でした。
奥様はつかまりたいのですが、御主人は一歩先を離れて歩きます。奥様は一生懸命危ない足取りで追いすがって行くのですが、追いつきそうになると御主人はスーッと少しまた離れて前へ行ってしまいます。これを繰り返しながら、4車線の道路を渡って行きました。御主人の不機嫌で冷淡な表情は記憶に残るものでした。
どんな事情があるか分かりませんが、他人から見れば何のために付き添っているのか理解に苦しむところです。

患者を持つ家族の方は、病気と患者を努力して理解して頂きたいのです。患者は精一杯努力していますが家族にまで理解されず、支えられず、困った奴と見放されたら生きる場所が無くなってしまいます。


4、精神的な不都合
これまでで殆ど分かってしまったことですが、大きい問題なので取り上げます。
私は右眼のみの眼瞼痙攣でしたが、その後症状が進行して両眼となり、F先生の観察によれば口、頬、喉にも兆候があるとのことです。この病気は自然に進行するものなのか、治療しても進行するのか或いは治療が悪いから進行するのか分かりません。

素人向けの解説書によれば、私の場合の発症原因は本態性眼瞼けいれんであり、局所ジストニアの一種と言う事になります。事実子供の頃から身体や手が震えたりする症状があり、納得しています。
(参照、 ジストニアの森 http://taroumi.hp.infoseek.co.jp/ 著作権を解放していますので記事を自由に転用できます)
しかし残念ながら、本態性とは発症原因が分からないと言う意味です。

私は素人で診断する資格も能力もありません。しかし、精神的なストレスが大きな原因であると思っています。
それは発症する5,6年前から瞬きが多くなっていました。仕事の上でストレスを感じたときに瞬きが多くなっていました。その後仕事が変わり一旦症状は消えてしまいましたが、再度瞬きが多くなると共に瞼が閉じるようになりました。
従って、局所ジストニアの人間がストレスをきっかけに眼瞼けいれんになったと考えています。

この精神的なストレスが原因と思う事から、自分がいかにも精神的に弱いのではないかと自分自身を咎めてしまう所があります。同じ仕事をしている他の人達は何ともない。
そうすると職場で自分はストレスで病気であるとは言えず、一人我慢して悩む事になります。
一方無理はないと思いますが、周囲の人たちは尚更理解できません。
気持ちをしっかりすることだ、精神的に弱いのだろうと思われ、一時的に眼が見えているせいもあって疑われまた指摘されます。
これは患者にとって本当に辛い所です、ただでさえ自分自身を少なからず咎めているわけですから本当にこたえます。

ここで、発症→悩む→周囲の人から咎められる→更に悩む→症状悪化→周囲の人から咎められる→更に悩む→症状悪化・・・の悪循環になってしまいます。
この循環はなかなか、きっかけがないと止まらないと思います。
気持ちが塞いで、外出が出来なくなったり鬱にまでなるのは実に良く理解できます。


★以降では、冒頭の三つの不都合の原因から離れますが、重要な不都合を加えてゆきす。




続きを読む・・・
治療後の状況 [2009年10月11日(Sun)]

治療後の状況

まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく



#091011治療後の状況
まず、’01/H13に2回ボトックス注射をしました。このときは全く効果がなかったので中断しました。原因は全く分かりませんが、私の素人判断ですが余りにもドライアイの痛みが酷かったので注射の効果を相殺していたのかなと思っています。

昨年4月に眼瞼・顔面けいれん友の会の方の話を機に、再チャレンジをしました。
以来先日の9月24日で6回眼の注射をしました。
この間の経過をもとに治療後どう変わったかをご説明いたします。

(1)日常生活に支障ないところまで良くなった
第1回目の注射は劇的な効果がありました。眼はスッキリ開き、涙は潤い、眩しさもなく全く健康な眼にもどりました。このときは、注射前に偶然眼の状態が何時になく良かったせいかもしれません。あまりの嬉しさに帰りがけ皇居、日比谷公園、霞が関から新橋と歩いてしまいました。そのときの日比谷公園の写真を見開きに使っています。(この地域を知らない方には感覚が分からなくて申し訳ありません)
ただ、2度とこれ程までに回復しことはありません。2回目以降からは効果が薄くなっています。非常に良くなったときの顔の写真を入れます。





この初回ボトックス注射の効果をグラフにしてみました。何故か注射直後から効果があがって、7月から8月に向け悪くなっています。日課の1万歩<のとき、新聞の社説を読むときそれから女房の判定を+1,0,-1の3段階にわけて表していす。

1万歩では +1 継続して歩ける
         0 たまに立ち止まる
        −1 頻繁に立ち止まる

社説では  +1 全文読める
         0  2/3が読める
        −1 1/3が読める

女房判断  +1 悪さを感じない
         0 ショボショボが目立つ
        −1 眼付が悪い 

尚、この評価方法は医学的なあるいは、学術的にはあまり意味がありません。一般患者に立っての生活感覚で分かりやすいのではないかと思ってやってみました。ご理解下さい。      






(2)効果は一つのパターンで変化する
注射後から1週間から2週間の範囲では、眼の調子が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら全体としては上向きに良くなり徐々に1か月位で安定した状況になる。
安定した状態はほぼ1カ月位継続する。
その後は下降期に入りこの時も良くなったり、悪くなったりしながら約1カ月で最低のレベルになる。

(3)随分よくなったが不満は多い
安定状態にあっても、善し悪しの変化かなりあります。良いときの時間が長いというだけで、眼調不良になったときは、注射前に戻ってしまいます。
車、自転車はダメ。パソコンや読書もダメ。ハアハア言うようなきつい運動はダメ。厳しい折衝はダメ等などですが治療前の症状は皆でてきます。
ただ助かるのは、散歩中などで立ちすくむことは殆どありません。眼がショボショボ、クシャクシャ、瞼が下がり 、痛いときでも、氷嚢で眼を冷やすところまで酷くはなりません。

(4)治療前の状況の自覚症状と比較してみます。
@薬が効いているときは(調子が良いとき)特にありません。しかし、良いときであっても何等かの条件で悪くなってしまうと元へ戻ってしまいます。

Aまばたきが多い
最悪のときでも可なり減りました。有名な某知事さんよりはるかにましです。

Bドラアイになる。
最悪のときでも楽になりました。ヒアレインの使用量は悪くても70%位、月平均でも50%程度になりました。

C眼の痛み
最悪のときでも煙が眼にしみる、あるいは石鹸水が眼に入ったときのような激しい痛みは殆どなくなりました。

D眼がこる
最悪のときでも、軽減されています。精神的に影響するところまでにはなりません,この点は非常にたすかります。

E眩しい
最悪のときでも立ち止まり、症状が和らぐのを待つほどの事はありません。
以前は夜間の散歩では、街灯さえも眩しくて光を遮ったりして歩きましたがこれも、無くなりました。

F眼、頬、口が歪む
最悪のときには同じです。この症状は眼の辛さを感じながら、無理に一生懸命見るため、或いは喋るためにおきます。眼を瞑ってジットして、喋らなければこのようにはなりません。

G不規則な眼の運動で、間欠的に見ているのは、あまり変わりません。

H集中力、記憶力
あまり良くなりません。もしかすると年齢の影響もあるとは思いますが、それだけでは無いようです。

I目まぐるしい変化
さまざまな条件でどんどん悪くなるのもあまり変わりません。特に息が切れるような運動のときは早く悪くなります。
ただ、休息すると回復するのも早いのですがこの点以前とあまり変わりません。

J緑内障の気配、眼圧の上昇
視神経は良くなりました。眼圧は下がり8〜15mmHGの範囲で安定しています。
眼圧低下の点眼液は止めています。

Kフラつきと眼が追いつかない
良くなりません。

L視界が狭くなる
良くなりません。

M細かい文字が読みずらい、パソコンが辛い
良くはなっていますが、この作業をやると眼は必ず悪くなります。

N極度に緊張を伴う折衝
良くはなっていますが、必ず悪くなります。

O激しい運動をすると悪くなる
良くはなっていますが、確実に急速に悪くなります。休息すると早めに回復します。

P最悪状態について
氷嚢で冷やす、タオルで温める、ジット息を殺して苦痛を通り過ぎるのを待つ、この様な状態にはなりません。これは非常にたすかります。
私の治療前の状況 [2009年09月27日(Sun)]
                                   鷹取山から東京湾を望む


私の治療前の状況

まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく

#0909201e 私の治療前の状況
ボトックス注射の治療を受ける前までの’08/H20の3月のことを書いております。あくまでも私の例で、患者さんごとに異なることが多くあります。個人差が結構あるのもこの病気の特徴と言えそうです。また軽症か重症かにもよると思います。

1、自覚症状
(1)右眼から症状が始まり、現在は両眼となり酷いときは顔もゆがみ口も異様に開けてしまったりします。
程度によって変わりますが過労で眼が疲れているときに無理を続けると感じるショボショボ感やシブシブ感です。
程度が酷くなる、と強い太陽の光に向かって強引に眼を開くとき、あるいは水中で眼を開いていた後に水から顔を出したとき、また煙が眼にしみたとき、石鹸水が眼に入ったときのような表情になったりショボショホ感や゙痛みを伴ったりします。

(2)まばたきが多い
程度が軽いときはパチパチとまばたきを多くするが、悪くなると上記のような辛さから頻繁にギュッと眼を閉じてしまう。

(3)ドライアイになる
軽いときは単なるショボつき感だが、酷くなると涙が出ないので瞼がスムーズに動かず瞼と眼球がこすれて痛い。このときは痛くて殆ど眼を開けていられず、眼の中はひからびたような感じになります。角膜にこすれ傷が出来て見づらくなる。点眼液ヒアレイン ミニ0.3mgとタリビット眼軟膏0.3%を処方された。

(4)眼の痛み
一方医学的な判断ではないがドライアイに起因するのかもしれないと思っています。、自分の感覚では瞼を閉じる力が継続しているためこれを動かす筋肉が過労状態から起きているような気がする。この痛みは継続的で眼の奥から脳の中心を通り後頭部に至る。これで首や肩がコリから始まって痛みになる。ショボショボ感あるいはシブシブ感の度を過ごした、まさに煙が眼にしみる、石鹸水が眼に入ったときのようになる。

(5)眼がこる
私の造語ですが、肩がこると言う症状を眼に置き換えて表現しました。
眼の奥に緊張感があって、これが継続するとウズウズとしたえも言われぬ不快感になります。この症状は言葉で表現することができません。心の中が安定しない辛さ、もどかしさを感じます。

(6)まぶしい
陽射しが強いときや夕日をまともにうけるときは、可視光線透過率10%のサングラスでも苦痛です。日中陽射しが強いときに森を散策していると、木漏れ日の明暗がチラチラと変化するときも酷くなる。このようになると立ち止まって眼をつぶりジッと症状がやわらぐのをまつしかない。夜間の散歩でさえ街灯が眩しく手で光を遮ったりしていました。

(7)眼、頬、口が歪む
私の場合、上述のような症状を抱えていると、会話をするときや無理して視る、読む、書くなどに注意力を集中するときに眼と鼻の間に目一杯皺ができて瞼が閉じてしまいます。丁度くしゃみをしてハクションとやって口が閉じたときのようです。
もっと酷いと口がに ”ギャ” と言う発音をするときのような形になります。これはご婦人にとって大変辛いことだと思います。
どのような表情になるか写真を。私の場合男性なので、顔を出しても気になりません。見て愉快なものではありません、恐縮です。

(8)間欠的にものを見ている
よそ眼にはわかりませんが、瞼の不規則な運動で勝手に閉じています。健常者と違い、この閉じている時間が少し長くなっています。その間は盲目と同じで、動いているときは危険を伴っています。

(9)集中力、記憶力
瞼を閉じる時間が長くなるため一瞬の出来事を見過ごすことがよくある。その上、眼の辛さを我慢することに気持が集中しているために、目前の事柄を気付かなかったり他人の話に集中力が欠け記憶力が悪くなったような現象になります。

(10)目まぐるしい変化
症状は体調、運動状態、気温、湿度、仕事、対話、パソコン、読書など周囲の環境などのさまざまな条件で変わります。真夏の暑い日中長い上り坂で、非常に悪い状態でした。涼しい喫茶店に入って休息していると、ドンドン良くなって、見ている家内から”何でそんなに変わるのと”言われる位でした。この変化は他人には分かりせんから”さっきの話と違う”、”先日の話と違う”と他人にには誤解を招く大きな原因になっています。

(11)緑内障の気配、眼圧の上昇
医師から右眼の視神経が弱々しくなって眼圧が26mmHgまで上がっていた。このまま続くと緑内障になると指摘され,また視野検査で視野の一部が欠けていました。眼圧低下の点眼液のトルソフト点眼液1%およびデタントール0.01%を処方された。

(12)フラつきと眼が追いつかない
急に振り向いたときなど頭にフラツキを感じます。人に呼びかけられたとき、横断歩道を横切るとき、車が後ろから来て振り向いたときなどに特に感じます。運動では動きに眼がついて行けなので特に球技はできません。自転車や車の運転も怖くてできません。

(13)視界が狭くなる
瞼が下がるため,上方向の視界がせまくなる。眼科の視野検査では問題ありません。極端に下向きで歩くため、知人とすれ違っても気づかないことがある。このため、挨拶をしないで不評を買うことになる。

(14)細かい文字が読みずらい、パソコンが辛い
文庫本や新聞の一般の文章は文字が小さいので継続して読むことができない。新聞は見出しだけしか読んでおりません。パソコンは非常に辛く眼に相談しながらまた休息しながら使っています。文庫本一頁あるいは新聞の社説欄を一気に読めることは先ずありません。

(15)極度に緊張を伴う折衝
仕事上の厳しい折衝は大変眼の状態が悪くなります。

(16)激しい運動をすると悪くなる
登山や筋力トレーニングなどきつい運動が続くと眼の状態は非常に悪くなります。
息切れするような、あるいは体温が上がってくると連動するように悪くなります。

(17)最悪状態について
日課の一万歩をやっとの思いで自宅につくときは、白眼が真っ赤に充血して痛く本当に盲目状態です。暑い時期なら眼に氷嚢を乗せるあるいは寒い時期なら暖かいタオルを乗せるなどして安静にして、少し症状が緩むのを待つだけです。落ち着くまでは、本当にジッと息を殺して苦痛が通り過ぎるのを待つことになります。
このような症状になったのはボトックス注射を受ける前のことです。ほぼ3ヵ月毎に注射をしてからここまで酷くなることはありません。緑内障の気配も消えて、眼圧を下げる点眼液も止めています。ドライアイの点眼液と軟膏は継続しています。
現在では氷嚢で冷やす或いは暖かいタオルで暖めるところまではゆきません。また後頭部や首、肩のコリも殆ど無くなっています。
それだけでも随分助かります。歩く要領を得たこともあって以前ほど立ちすくむことも随分減りました。

(18)身体が拒絶する?
極めて、素人的な気持ちで表現します。
まるで、身体が或いは脳が全力で眼を使うことを拒んでいるようなきがします。これ以上眼を使ったら壊れてしまいますよと危険信号を出しているようでした。技術書を読もうとしても、どうやっても一行も読めなくなった時のことです。瞼がギュウギュウと強い力で閉じてしまいます。
これ以降、活字を読むのを諦めてしまいました。

(19)健常者に伝染する
対面して話をするときですが、私の眼がパチパチと頻繁に瞬きをしたり頬が痙攣するときに健常者にこの症状が伝染することがあります。顔をそらしてしまうと健常者の相手は治ってしまいます。
不思議ですが、皆さん経験ないでしょうか?