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ボトックス治療を始めるまで(後編) [2010年08月01日(Sun)]


ボトックス治療を始めるまで(後編)
まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく


9月4日記事を追加しました。文字色が薄い青色になっています。



2004年(H16)、3、63
総合病院膠原病リューマチ内科N先生で最終シェングレン症候群のチェックを行い、唾液量が2.71gと少ないがシェングレン症候群ではないと再度確認されました。
ただ自分でも身体が乾燥しているのは分かっていました。年をとると、木が枯れるようにそうなるものかと思いました。
ゴルフ解説者が、僅差で優勝を決める選手の緊張を話していたのを思い出します。”もう、口の中はカラカラになって、唇をなめたり水を飲んだり、身体は動かなくなって・・・”まさにそんな乾燥を感じていました。

2004年4、63
眼科G先生から、両目とも傷がつくといわれました。
私が鍼灸師のI先生から、薬を使わないと指示されて薬量を減らしていたせいです。

2004年5、63
眼科G先生から、セルシンは眼瞼けいれんの原因になっているので、止めるように言われました。一方、ボトックス治療を薦められました。
この頃、ドライアイ用サングラスを特別注文しました。
眼の奥から後頭部にかけて痛みが続くようになっていました。眼瞼けいれんは右だけだったのが、何時からともなく両側になっていました。
眼科G先生、神経内科M先生および鍼灸師の3本立てで通い続けたが効果は全く見られなかった。
瞼は閉じる、ショボショボする、眩しい、痛い、乾く、眼が凝る(眼の奥の緊張感、ウズウズする不快感、気が滅入る不快感)、眼の奥から後頭部に至る頭痛などで悩まされた。日常的に首や肩のこるようになった。

体力的にも落ちていたので、健康回復すれば必ず治る、きっと1年で元に戻ると信じて毎日歩く、体操する、腰痛防止体操する、ゴルフに熱中する等を続けていました。

2004年5、63
健康診断で胃潰瘍で胃に穿孔があると言われました。
当時下痢が多く、腹痛も多かったのでヤッパリそうかと思う一方、これからどうしようと可なり深刻な気持ちでした。

2004年5、63
総合病院で胃の詳細な診察を受けた結果、胃潰瘍程度でそう心配ないとの判断でした。一件落着で取りあえず安心しました。

2004年5、63
雨で暗い散歩のとき、あまりに体調が悪いので通りがかった漢方薬局に入ってみました。血圧は150mmHg弱と通常の50%増と大変ショックをうけました。
じわじわと効く漢方も良いと思って、過去の経緯を説明し質問も受けました。その後体重計のようなもので計測して薬を出してくれました。
一週間分のカッコンカレイジュ(漢字ですが書けません)、を主体としてポリフロン(ドライアイ向けビタミンA)、ジンクロアイ(眼の栄養剤)、サービとしてレバコールS50mLを受け取ってかえりました。随分高価で8、000円位でした。
帰宅して服用したところ、すぐに効果がでました。あんなに下がっていた瞼が開きました。ところが、眼の奥の不快感は全く変わらないのです。眼はカッと開くのですが、不快感は却って激しく増すばかりで、眼は逆に興奮状態に入ってしまい。あの苦しさは忘れられません。
思わず薬局に電話をかけて、漢方薬らしくないのでおかしいと不満をぶつけました。
その後処方を変えながら試みましたが、高額な商品を買わされているような気がして止めました。

2004年(H16)、8、64
眼科G先生にお願いして、再度ツムラ麦門冬湯をいただきました。懸念された副作用の湿疹はありませんでした。1日3回です。

2004年(H16)、10、64
眼科G先生より、涙の量は健康な人の左1/2、右は1/4位との事でした。
この頃私の眼玉がコロコロと固い感じがすると申し上げたら、まだ高めだが非常に高いわけではないとの事でした。ただ、次回は眼の検査を行うことになりました。

2004年(H16)、11、64
総合病院神経内科M先生は待ち時間があまりにも長いので、近所の心療内科の開業医P先生にお願いしました。
処方はテグレトール錠100mg、2回/日、けいれんを抑えて興奮を鎮める薬
デプロメール25mg、2回/日、意欲低下を改善し、気分を落ち着かせる薬
一週間後に眼の緊張が緩んだ感じがあったので、どちらの薬が効いたか確かめることにした。
12月からテグレトールのテストした。

※ 眼科G先生から眼に傷が・・・・・
  この月は女房の誕生日祝い・・・・・
の部分は時期を間違えましたの訂正します。

この月は女房の誕生日祝いでレストランへ出かけました。普段は気楽に入れないのですが、奮発したわけです。会食後、きれいな海岸に出かけましたが、丁度西日が強くなる頃でした。濃いサングラスをかけても全く効果なく、眩しさに空だけでなくその場所に居ること自体が出来なくなりました。女房に助けて貰いながらバス通りを行くと、これまた狭くてバス1台通るのが精いっぱいです、ぼんやりすれば事故に巻き込まれそうな恐怖を感じながら停留所につきました。ゴルフ場でも西日が差すときはこんな感じになります。
しかし、この眩しさはちょと異常な経験でした。一人だったら、立ちすくむだけだったのではないかと思います。

2004年(H16)、12、64
眼科G先生から目に傷があるので薬を十分使うように指示されました。
眼底検査で左眼の視神経に気がかりな点があるので、来年眼底検査をすることになった。

2005年(H17)、1、64
心療内科P先生と相談してデプロメールのテストをしました。

2005年(H17)、1、64
眼科G先生にて
左眼視野検査の結果。
視野の上半分に上瞼が垂れ下り、視野を遮っている。
視野の左下30度の一部に、弱い光で見えない所がある。
視神経が心細くなっている。

眼圧測定
右21、左17mmHgで右眼圧が高い。

処方:デタントール0.01%点眼液、5mL、両眼とも朝夕12時間毎。効能は眼圧を下げる緑内障の治療薬。

大変ショックでした、一体自分の眼は何処まで悪くなるのか、視神経は回復するのか、失明してしまうのか。先を考えると不安一杯でした。友人が緑内障で大変不自由をしている事を知っていたので尚更でした。

この後日、夜眼が覚めると非常に痛く、白目の部分の血管が一本一本浮き上がって、白い部分全体が濁っていました。眼科G先生の代診の先生に予定外で診て頂きました。
特に病状は異常なく、G先生の後日の判断まで待つことになりました。

2005年(H17)、2、64
心療内科P先生。テグレトールを使うことにして、就寝前か起床時か最低限の使用量にするようテストをしてみることにした。


2005年(H17)、2、64
眼科G先生。
1日、眼圧右18、左15mmHg  14日、眼圧右22、左15mmHg
右眼の眼圧が再び上昇し始めた。
処方:右眼のみエイゾプト、1%点眼液、5mL、2回/日、
効能:眼圧を下げる、眼房水の産生を抑える。
この月を最後に鍼灸師I先生へ施術は終えました。効果が何も無かったからでした。(この行追加)

2005年(H17)、3、64
眼科G先生。
1日、眼圧右19、左15mmHg  28日、眼圧右16、左15mmHg
眼圧は正常範囲に戻った、エイゾプトを左眼に使っても良い、これからは月1回の通院で良い。
この時点で処方は次の5種類となった
ヒアレイン0.3%、4mL、1日6回、両眼
効能:ドライアイ等による眼障害、角膜障害の改善薬

タビリッド軟膏0.3%、3.5g、夜1回、両眼
効能:細菌を殺す働き

デタントール0.01%点眼液、5mL、朝晩1回、両眼
効能:眼圧を下げる、緑内障治療薬、

エイゾプト、1%点眼液、5mL、2回/日、両眼
効能:眼圧を下げる、眼房水の産生を抑える

ツムラ麦門冬湯エキス顆粒、126g、1日3回食前
効能:咳を抑え痰を切る薬です。気管支炎・喘息の薬です。
    ドライアイの症状を改善します。

(注)効能は処方箋薬局発行の薬の説明書によります。

2005年(H17)、4、64
眼科G先生
13日眼圧右17、左11mmHg、 
27日左眼上部に打撲のような痛みがあって診察を受ける。
ドラアイの傷が強いので、タビリッド軟膏を十分塗るようにと指導された。

2005年(H17)、5、64
眼科G先生
眼圧右16、左12mmHg
処方は継続した。

2005年(H17)、6、64
眼科G先生
眼圧右19、左12mmHg
処方は継続した。

2005年(H17)、6、64
健康診断実施

2005年(H17)、7、65
健康診断結果
γ−GTP 101>0〜70IU/ℓで要注意
肝臓の検査で、アルコール量と関係が深いと指摘された。
そんなに酒を飲んでいないんで、処方箋薬局で飲み薬で調べたところ、テグレトールとツムラ麦門冬湯エキスが関連することが分かった。
心療内科P先生と眼科G先生ともに影響することは承知でした。年寄りの私ですから、余計な負担を身体に掛けないように中止しました。ただ麦門冬湯エキスは微量で影響はないととのことでした。両方の薬とも殆ど効果を感じなくなっていたのも事実でした。
従って、診療内科P先生の治療は辞める事になり、眼科G先生のみの治療になりました。

2005年(H17)、7、65
眼科G先生
11日 眼圧右17、左11mHg  23日右13、左10mHg
経過を比較するとデーターがばらつくのは眼瞼けいれんのせいではないかとのことでした。
眼圧がかなり下がって眼が楽になったが、敏感な人は感じるとのことでした。

2005年(17)、8、65
眼科G先生
8日 眼圧右15、左13mmHg  
処方は継続しました。

2005年(H17)、9、65
眼科G先生
2日 眼圧右11、左10mmHg
眼圧は良好、処方も継続しました。
この頃には、眼の固さコロコロ感がなくなりました。これで緑内障への不安は無くなりました。

2005年(H17)、10、65
眼科G先生
7日 眼圧右13、左12mHg
眼圧は良好、処方は継続しています。
18日G先生にこの1年半位の様子をまとめて話ました。
@眼の奥から後頭部にへの頭痛と肩コリがなくなった。
A涙の乾き、唾液の量、身体の乾燥が少し良くなっている。
B眩しさとヒステリックに眼を閉じることはやや楽になっている。
C右眼の瞼が弛んで下がってしまい、視界の邪魔になる。先生は手術で治せるとのことでし  た。
D視野に糸くずのような物が見えることがあった。先生は眼底検査をするとのことでした。
E左眼の瞼の充血が続いている。
  等を報告しました。




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ボトックス治療を始めるまで中編 [2010年02月09日(Tue)]
ボトックス治療を始めるまで中編

まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく

’04年(H16)4月6日
N先生からシェングレン症候群ではないと診断されました。(前篇で説明済み)

’04年(H16)5月17日
テレビでドライアイ用の眼鏡を眼科の先生が自分で使いながら、効果があることを説明していたのを見ました。これをきっかけにG先生に相談しドライアイ用度付きサングラスを注文しました。

’04年(H16)5月20日
気持ちが落ち込まないように、運動を一生懸命続けました。しかし歩く事にも不自由するし危険もあるので緊張を余儀なくされ、一時は血圧が通常105mmHgから140mmHg位まで上がってしまいました。
こんなことで、漢方薬局Oを訪問しました。
葛根カレイジュ(漢字ですが文字が分かりません)、ポリフロン(ビタミンA、ドライアイ用)、ジンクロアイ(眼の栄養剤)、レバコール等を入手しました。
この効果は凄まじく、一生忘れません。興奮状態になったようで、眼がカッと開いてしまいました。それでも眼の辛さは一向に良くならないのです。
この病気は眼が閉じて困るわけですが、一方閉じていることで多少なりとも休まる部分があります。逆に閉じない苦しさを味わうことになりました。
漢方薬はじわじわと体質を変えて直してゆくものではないか、薬局Oに効きましたが、この点について説明はありませんでした。効果があったのは間違いありません、でもどうしても不自然でしたし、暫く使って止めました。

’06年(H16)5月健康診断
胃潰瘍で穿孔があるとしてきされました。後日総合病院で胃カメラで調べたところ、慢性胃潰瘍だが穿孔はなく、心配ないとのことでした。胃の辺りが痛かったのですが、本当にホットしました。
この頃から私の顔はすっかり年寄りらしくなりました。どちらかと言えば若く見られたのですが。あまり苦労のない顔より却って良いと、自分で慰めたわけです。

'06年(H16)9月13日
ツムラ麦門冬湯をいつのまにか止めていたのを、再び眼科G先生にお願いして、使うことにした。頼える治療もないので再度体質改善を目指して飲み始めました。

’06年(H16)10月1日
G先生の検査でドライアイの涙量は通常の1/2(左)、1/4(右)とのことでした。
この頃はヒアレインミニ0.3% 0.4ml タビリッド軟膏0.3% 3.5g ツムラ麦門冬湯の処方となっていました。

ボトックス治療を始めるまで(前篇) [2010年01月15日(Fri)]

ボトックス治療を始めるまで(前篇)

まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく

この記事はかなり長くなるので、少しずつ書き足して行く事にしました。
2010年8月1日に記事を加えました。

ある日の朝、顔を洗うときに右眼の瞼が力なく下がってしまう事に気づいてから、病気がはっきりするまで随分日数がかかりました。この様子をお知らせします。
またこの病気はまだ原因が解明されていないようなので、敢えて私の身体的あるいは性格的特徴についても記述し、多くの方の参考に少しでもになればと思っています。

1、子供の頃からの特徴と遺伝
眼瞼けいれんは局所性ジストニアと解説されております。またジストニアの森というホームページを読んだ所、子供の頃から既にその患者の特徴を表していると思っております。

このホームページは現在活動停止して、著作権を放棄しています。従ってその中から流用させていただきます。
『もし、ジストニアと診断されたら』の項で
もしジストニアと診断がついたら、医師が一番最初にすることは、注意深く家系を調査し、局所性または全身性ジストニアを持った人を捜します、ほんのわずかな「首の曲がった人」
(斜頸)にさえ注目すべきです。それに、あらゆる種類の手や足の震えも注目すべきです。
この情報は決定的な意味のある遺伝の証明となります。
と書かれています。

私は、子供の頃から身体の震え、特に手の震えが顕著でした。小学校低学年のときは、その身体的特徴から随分からかわれたことを思い出します。
書道では文字が震えたり、鉛筆で線を引くと震えた線になったり、曲がってしまったりしました。
それから無意識のうちに、わずかですが顔を右に傾けます。父親が私を見て、母と癖がそっくりだ、遺伝なのだろうと話したことも覚えています。

今でも私は手が震えます。機械設計なので、手書き図面を書くと震えたり曲がったりは今でも残っています。ビールをジョッキに注ぐときも手が震えます。困るのは飲むほどに震えが止まるので、アル中と誤解されることです。お酒は好きでも、全くアル中の気配はありません。
この震えは日常出ますが、様々な条件で程度が変わります。一般的には精神状態が非常に落ち着く程に軽くなります。

ただ一人眼科の先生が、私を観察して『身体が微動しているので、それに合わせて眼が焦点合わせを頻繁に続けている。こんな事が続いたら眼が疲労して、若いときなら兎も角高齢になると眼がついてゆけない。』と指摘されました。当時その先生の観察が私の身体的特徴を明確に表現されたので、大変感銘を受けました。残念ながらボツリヌス治療は御存知なかったようです。

性格的には、可なり緊張しやすいことです。運動であれ、歌であれ、学業試験であれすべて一般の人に比べ緊張して出来ることも出来なくなってしまうことが多かったのです。
これは、長生きするなかで自然に慣れてしまい現在は問題になることはありません。
この性格的特徴はジストニアに関係ないのか上記ホームページでは触れていません。
眼瞼けいれんにも関係ないのかもしれません。余計な事で書かなくても良かったかも知れません。自分では何となく気になっています。

2、気になっている病歴
忘れていて医師の先生方にお話ししていなかったことですが。
(1)突発性難聴
初めは弱い耳鳴りでしたが、数時間のうちにうるさい甲高い音になりました。
その続く音で気持ちが悪くなり、頭がフラフラして立ち上がることが出来なくなりました。
そして激しいおう吐がでて、寝返りもトイレも行けない程でした。這いずりながらトイレに行けば後は暫くおう吐の連続です、胃が空っぽになっても続きました。
担当科は耳鼻咽喉科で診断がおりました。
症状はご婦人に多いメニエル氏病と酷似しています。ただ再発がありません。
通勤始めてからも半月位フラフラが続きました。右へ顔を向けるとそのまま右に回り続け倒れそうになります。左ならの左側です。片側にごく軽い難聴が残っています。
先生は原因をストレスと判断して、薬を使わず運動をすすめました。それ以来私は、ジョギングとゴルフをするようになりました。この先生の指導は非常に適切なものでした。
最近軽いフラフラを感じることが多いのですが、そのときの事を思い出してしまいます。

(2)追突事故を受ける
前を走るタクシーが止まったので、私が停車したところへ鉄骨を満載したトラックが追突しました。車はへの字に曲がりましたが、私は3日間休み、1週間首輪をつけただけで済みました。
後頭部をヘッドレッストにドカンとぶつけられ、暫く呆然としていた位ですから後遺症が気になるところです。


3,病気を意識する前
周囲の方から聞きますと、50歳中ごろから前兆があったようです。
自分ではあまり意識していなかったのですが、時期的には定年退職の時期にかかる頃のことになります。

症状の一つとしては、瞬きがパチクリと少し多いことです。丁度高姿勢な知事さんをテレビでご覧になっているでしょう。社員の中にも先輩達に同じ症状の方がおりました。

もう一つの症状は、休息しているとき等に両目を閉じて、右眼(眼瞼けいれんが始まった方の眼)を手の平で庇うようにそっと押さえていたそうです。

ただ、この症状は退職して勤め先が変わってから消えていたようです。

他人の観察で記録していたわけではありません、また何時もそばに居たわけではなくゴルフ友達です。
あまり、正確ではないと思いますが見逃しておく情報ではないと思います。

4、病歴年表
年(H),月,年齢
症状、治療など・・・・の書き方で表します。

1996(H8)、ー、56
この前後に瞬きが多かった。勤務先が変わって治ってしまった。

1999(H11)、5、58
健康診断で眼に異常なし。体調不良が要観察項目が多数。

2000(H12)、3、59
朝起きた時に眼がショボショボして、洗顔時に瞼が力なく下がっていました。

2000(H12)、3、59
風邪をひいたとき、内科のA先生から、先ず眼科へ行き、診断がつかなかったら神経内科へ行くよう指導された。

2000(H12)、3、59
近所のB眼科でアレルギーと診断される。2週間治療して効かないので、相談して神経内科へ行くことにする。

2000(H12)、3、59
総合病院神経内科C先生に行く。ランドセン錠を続けたが効果なし。先生はあきらめる。

2000(H12)、6、59  
健康診断で疲労が激しく尿潜血があると指摘された。

2000(H12)、8、60
紹介を受けて眼科D先生に行く。ドライアイと診断される。身体が微動して眼に疲労がでてい る。処方はコンドロンおよびフサコール。休息を十分とること。角膜に傷がつき始めて処方はコンドロンとヒアレイン0.1となった。

2000(H12)、11、60
高校のクラス会で、私の疲労が酷いと噂になった。

2000(H12)、12、60
他の総合病院眼科E先生を紹介される。
年齢相応のドライアイである。瞼の下がるのは左右の視力の違いによるもので、コンタクトレンズを使えばすぐに治るとのこと。
処方はビタミンA点眼液でした。ドラアイにつては少し効果があった。コンタクトレンズで治るとは思えずそのままドライアイのみの治療を続けた。

2001(H13)、5、60
テレビ報道をきっかけで眼科専門病院F先生に行き、眼瞼けいれんと診断を受けた。
ボトックス注射を2回受けたが、全く効果がなかった。
神経内科C先生に眼瞼けいれんの診断とボトックス注射の効果について相談した結果、この注射を止めることにした。
一方、近所の眼科医G先生に事情を説明してドラアイの治療のみを受けることにした。
処方はフルメトロン0.1%1日4回、タビリッド点眼液0.3%1日4回、ヒアレインミニ0.3%1日6回でした。

2001年(H13)、6、61
ドライアイが酷いのでシェングレン症候群の検査を近くのH先生で行う。
血液検査の結果は異常なし。ただ、この検査だけで100%とは言えないとの事でした。
しかし、御相談した結果シェングレンになっているようには思えず、ここまでで止めました。
 
ボトックス注射の効果が無いと分かって、どうしたら良いのか分からなくなりました。
随分昔のことですが、女流作家が腰痛で苦しんだ話をラジオで聞いた事を思い出しました。
彼女は原稿を書き始めると激しい腰痛に見舞われたそうです。精神科医から徹底的に仕事から離れて休息をすすめられ、どの位の期間かは忘れましたが年単位の休養をした結果治ったとのことです。

当時私も体調不良と疲労が酷かったので、休息を良くとりラジオ体操、腰痛防止体操と歩くことで健康を取り戻すことで治そうと決心しました。
何故か分かりませんが、職場では私は気楽に楽しくやっているように見えたようです。
本当に不本意ですが、その位この病気は周囲の人には分からないものなのです。
続きを読む・・・
自分で行う病状の改善法 [2009年12月08日(Tue)]
平林寺散策路

#091208 自分で行う病状の改善法

まぶたは下がり ショボショボと ドライアイとなって 痛みまぶしく


3月15日、皆様とのコメントから大切なことを忘れているのに気付きました。(12)項に追加いたします。

ここでは医師による処方ではなく、日常生活のなかでどのように症状を和らげるているか、またはどのような状態でいれば良くなるかについて上げてみます。

この件はすでにコメントでマイナーさんからお知らせいだき、私からもご返事のコメントをしております。ここで整理しながら自分ことについて纏めました。

なお、仕事を続けておられる方には、その様なことが日常出来るものかと不快に思われる場合があるかもしれませんがご了承ください。退職した身分で時間には余裕がありますので。

(1)心身共にリラックスすることが一番
@ゆったりと温泉につかる、風呂に入る
A睡眠時間をたっぷりとる
B楽しい気を使わない会話をする。愉快な酒の場は良い。
C音楽を聴く
D海山森空などの風景を楽しむ
Eお酒を楽しむ

(2)眼鏡
@サングラスは欠かせない
a:良く晴れた屋外では一番暗く感じる青と黒の可視光線透過率10%のスポーツ用を使います。野球で有名なイチロー選手が使っているものと全く同じです。可視光線透過率10%、偏光、紫外線カットのプラスチック製。青系のサングラスは眼に楽なのですが、何となく冬の寒空を感じます。寒い時期に使うと気持ちまで寒々としてしまいす。植物や特に赤い花の色が冴えません。
度はついていません。従ってピントに少々難があります。


b:次に晴れた日に屋外で使うのは茶黒系の可視光線透過率10%で眼鏡の縁に挟んで取り付けるタイプの紫外線カット、プラスチック製です。日のあたる場所でも、日陰に入ったときもレンズを跳ね上げられるのが便利です。茶系なので景色が実際以上に綺麗に見え、特に赤い花や紅葉は鮮やかです。上記の青系と透過率は殆ど差がないのに、若干明るく眩しく感じます。
眼鏡本体は遠近両用です。
aと違って、眼鏡の脇からの遮光能力がはっきり違います。

c:bと同じタイプですが、夕刻の屋外や建物内でも明るいところや薄暗い場所で使い分けています。
可視光線透過率が20%で異なるだけです。

d:ときどき使うようになった度付きサングラス
一度は度が合わなくなって眼が痛くて、止めていたものを使い始めました。理由は何故か度が合うように?なったからです。

止めた理由はもう一つあります。ドライアイが酷かったときに、フレームと眼の間から涙が蒸発するのを茶色のフィルムを取り付けて防ぐ一方、フレームに付けているフェルトから水分補給をするものでした。また側面からの日を遮るようになっていました。ところが、ドライアイが酷くこの程度では効果を感じなかったからです。フィルムやフェルトがとれて壊れたのもやめるきっかけにないました。
度がついてハッキリ見えるし、ボトックス注射を始めてからドライアイも軽くなったのでこれから使用頻度が上がると思います。可視光線透過率は10%程度でしたが、年数とともに色が褪せて薄くなっています。

Aクラッチ眼鏡
クラッチとはひっかけると言う意味ですが、眼根の縁からヒゲのように細い弾力のある棒状の金属バネで、閉じようとする上瞼を上方にひっかけて置くものです。
非常に程度度が軽いときは役に立ちます。瞼が緩んで下垂しているときにはかなり有効です。
眼瞼けいれんの症状が強いときは、瞼が積極的に瞼を閉じる筋肉が強い力で閉じようとしているので、とても止められません。私も1年余り使いましたが、両方のバネが折れてしまいました。
それに、瞼が閉じることで多少なりとも眼の中が楽になっています。機械的に開かせるのでは苦痛が酷くなるばかりです。

B着色した水中眼鏡
かなり良い効果がありました。眼の周りが密閉されるのでドライアイが酷いときに、結構助かりました。また、密着するゴムが瞼を周辺から均等に押さえるためクラッチ眼鏡より心地よく押さえられます。ただ、自宅内ならともかく外出時に使う勇気がありませんでした。
それと眼鏡が曇るのを頻繁にふき取るのも煩わしいのが欠点です。蒸発した涙が再びたまりま、この方が曇らずに良い面もあります。度付き水中眼鏡もないようです。

Cスキー用のゴーグル
水中眼鏡と違って曇らずドライアイ対策機能としては良いと思います。
適当な色のサングラスにならないこと、度付きが無いことは矢張り不自由です。
度付きサングラスとゴーグルを2重にかけると良いのですが、随分煩わしいものです。
見っともない位大きいし、水中眼鏡と比べ外出するにはもっと度胸が要ります。

D花粉症防止眼鏡
これがあれば良いと思ってさがしましたが、見当たらず残念です。
矢張り、度付きサングラスでドライアイ防止になるものが無くて残念です。

眼鏡メーカーへの提言
ドライアイ、眼瞼けいれんの眩しさ、曇らない、閉じる瞼をソフトに押さえるような機能をもつ専用の眼鏡兼度付きサングラスで、街中を平気で歩けるようなデザインの良いものを作ってくれませんか。十分できると思いますが。

(3)帽子は不可欠
極力ひさしの部分(ツバ)が広く下側が黒っぽいものを使っています。
ツバの下側が白っぽいのは反射光で眩しさを強く感じます。
夏向きの明るい帽子は、大抵ツバの下側も明るいのが普通です。
半透明のツバもありますが、私にはその程度位では眩しくて使えません。
その様なわけで、年中黒っぽい帽子をかぶっています。

(4)マッサージ、鍼灸師、漢方薬
@マッサージ、鍼灸師
施術の間だけ気持が良いことがありました。
首を後方から掴みマッサージする。
頭蓋骨をこめかみのあたりで左右から挟んで繰り返し押し付ける。
頭蓋骨を頭頂とこめかみの部分との間を挟むように繰り返し押し付ける。

A漢方薬
葛根カレイジュ(カッコンカレイジュといいますが漢字がわかりません)と言いましたが、瞼が開くという意味では、効果がありました。
しかし、興奮したように、眼がカット開くのですが眼の中の不快感は全く消えません。従って瞼が強引に開かせられて休まらないような感じでした。むしろ苦しい思いをしました。
使うに従って、効果も薄れてゆきました。

(5)運動、姿勢
@首をゆっくり左右に回すのは気持が良いけれど、そのときだけの効果です。
顔を上向きにするのも同じ効果です。
A視線はいつも下向きが良い。
パソコンの画面を見る姿勢、映画や舞台は後方の席から見下ろすのが良い。
眼が仰向きの姿勢を継続するのは苦痛です。
歩くときに遠くを見る必要があるときは、顎を上に向けて視線は顔に対しては下向きにします。多分どなたでも無意識でそうしていると思います。

健康維持のためラジオ体操、腰痛防止体操、脚力腹筋背筋強化の体操、柔軟体操、ダンベル体操、1万歩とお金のかからない体操を熱心に続けています。健康維持のためには可なりの効果を上げていますが、眼には全く効果がありません。

(6)強い刺激
眼が凝っている(私の造語です。眼の中から奥にかけて気が滅入る程の不快感のことです)ときに、その不快感をしのぐ強い刺激があると一時的によくなります。
@ボトックス注射をしているときと、その後暫くの間。
A非常に切迫感、義務感や緊張感がある事をしなければならないとき。
B痛みをうけるとき。顔や頭部の場合で、ギックリ腰では効果はなかったです。
これ等は一時的に眼の不快感を他へそらしているだけのように感じています。

(7)杖を使う
歩くときの気持ちのうえでも楽になります。
自分は眼が悪いと周囲に知らせるられので、常時白い杖を使いたいと思う事はよくあります。しかし、最近はターゲットにされて犯罪に巻き込まれ易くなるのも心配で使っていません。

(8)寄り添って歩いてもらう
杖の代わりではありませんが、歩く方向性や安全に対する神経が少しリラックスして随分助かります。

(9)ごまかして凌ぐ方法
@開く片眼をギュッと閉じると、反対の閉じた眼が開く。
A上瞼から眉毛にかけて、軽くこする。この刺激でホンの少し開く。
外出時に眼の状態が酷いときはこうやって凌ぎます。
クラッチ眼鏡はこのごまかしを利用しているのかな?とも思っています。
センソリートリックと言われているようです。

(10)その他
@夏なら氷嚢で、冬なら暖かいタオルを眼に乗せておく。
私にとって、最悪状態のときの一番の処置法です。
Aタオルで眼隠しするように、少しキツメに縛っておきます。
これは次善の方法です。

(11)同病者と話をする
私達患者同士は一番理解しあえる会話ができます。このブログそのように役立ちたいと思っております。

(12)家族の理解と協力
当たり前のことですが、眼に見えない症状であっても、話す事すべてを肯定してくれるのは全く違います。心の負担や辛さのレベルが違います。
(自分で行う改善法ではありませんが)