賠償金のデザイン 2012年01月30日(月)
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1月27日に、「プロボノ×地域づくり・地域復興フォーラム」というイベント参加するため、福島県いわき市に行ってきました。人口33万人のいわき市には、約2万人の双葉郡からの避難者と、約6,000人のいわき市内で被災した避難者が暮らしており、そのうちおよそ3分の1が、仮設住宅に入居、残り3分の2は、公営や民間の集合住宅などを行政が借り上げて入居する「みなし仮設」に入居しているという状況だそうです。
特に後者の人たちは市内のあちこちに点在しており、まとまった支援が難しいということや、避難者の心身両面における健康悪化なども課題として浮上しており、課題山積の状況である、といったような報告が聞かれました。 こうした中で、みなさんから口ぐちに聞かれたのは、避難者の人たちが仕事を始めると、賠償金が減らされるから仕事をしない、という話でした。 どういうことかというと、東京電力は、避難住民の皆さんに、賠償金を支払っているのですが、賠償金の仕組みがいろいろ複雑で、「精神的損害」に対する賠償金、と、「就労不能」に対する賠償金など、賠償金にもいろいろな区別があるという建て付けになっているようです。 そもそも、賠償金の請求手続きが極度に煩雑で、申請書類や添付書類が膨大で、その時点で、申請をする避難者が心折れそうになるということも指摘されています。 仮にそうした大変な手続きをなんとかクリアしたとして、前者の「精神的損害」に対する賠償金は、すべての避難者に一律に支払われるものですが(※こちらに関しては、そもそも金額が小さすぎるという声が各方面から挙がっています)、後者は、就労できなくなったことにより収入が減ったことに対する賠償金であるため、その人が仕事を再び始めて、収入が発生すると賠償金は、それに伴って減額される、ということのようです。 だから、避難者の人の中には、賠償金を減らされるのが嫌で仕事を始めるのを躊躇する、ということを、いわきの皆さんは口にされていました。 もちろん、避難者の人が仕事を始めないのは、いわきという場所に定着する意志があっていわきに移り住んできたわけではない、だから、この地に根を張っていく非常に重要な一歩ともなる仕事を始めるということに踏ん切りがつかない、という、心理も働いているのでしょう。 しかしながら、やはり、お金の力は、どうしても大きいはずです。仕事を始めるともらえるお金が減る、というのは、重大なマイナスのインセンティブでしょう。何もしないほうがお金をもらえる、ということが分かっているならば、仕事をしたいというモチベーションは、ゼロになるとは言いませんが、大きく後退してしまうでしょう。 もしできることなら、賠償金は、重大な事故が起こり、厳しい状況に追い込まれた中でも、その人がよりよく生きることができるためにデザインされるべきでしょう。一番は、地元に帰って、元の仕事につくことでしょうが、元の仕事が復旧するかどうかも分からないですし、それまでにどれぐらいの時間がかかるかも不透明です。それまで、賠償金で生活できていればいいかと言えば、2年も3年も仕事をしないで生活をし続けたら、仕事の能力も落ちてしまうでしょうし、人間としての社会性も衰えてしまうでしょう。 人は、働く意欲がある限りは、働いたほうが、経済的にも、能力的にも、精神的にも健康になれるはず。 その気力を削ぐようなマイナスのインセンティブに東京電力の賠償金がなっているとしたら、今からでも遅くないので、収入に対する賠償金を収入発生とともに減額するという制度を停止し、働いていようと働いていまいと、事故発生時点で収入があった人には満額の賠償金を当面の間支払い続けるべきでしょう。 と同時に、政府は、賠償金以外の収入が発生している避難者については、賠償金と新しい収入とを通常の課税所得として取り扱い、避難者であることによる一定の控除額を設定する必要はあるのかものかもしれませんが、基本的には通常通りの所得税を課税するとよいのでしょう。避難者の人たちが働き始めて、プラスアルファの所得を得たら、以後は、一般の納税者と同じように確定申告をしてもらい、税収という形で政府が回収するのが健全ではないでしょうか。 社会のしくみは、ルール設定一つで、結果が大きく変わってしまうという恐ろしい性質があるはずです。そのしくみをデザインするに際して、おそらく、いちばん大事なことは、人に対する想像力でしょう。 ●冒頭に紹介した「プロボノ×地域づくり・地域復興フォーラム」当日の様子は、Ustreamで視聴することができます。 |















