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ポランの家と宮沢賢治的哲学 [2012年01月23日(月)]
理論学習と実践をこなしていく人は少ない。
橋本武雄さんは、農業経済学を学び(たぶん)宮沢賢治の思想に傾倒して、グループホームを
運営する傍ら農村地域福祉に関する論考をまとめているサイトをもっている。
読書家で実践家かつ目標がクリアな生き方を実践している。

一度お伺いしてお話をお聞きしたい方です。
そのためには相当準備しないとならないような達人でした。(たぶん)

http://www.poran-home.com/

関連記事は
こちらに
北海道建設新聞社 http://stage.e-kensin.jp/column/details/844.html#outline
バスに乗ろう [2012年01月21日(土)]
ハコモノも大事だが
移送サービスはさらに大事。
過疎地のバスは綱渡り以下の状態です。


なんとかして という気持ちが伝わるバスの車内は乗客4名。
病院帰りが2名と旅行客3名(うち2名は中標津の知人を訪問していた)
降りたらよくきたね。と話していた迎えにきた女性が声かけしていました。
ということは
病院の通院用に愛用されている。確かに 釧路労災病院と中標津の町立病院には
玄関口までバスが入り込んでピックアップしていた。

で、すてきなことに路線の田舎部分(たぶん2時間のうち1時間以上)はどこで乗車しても下車してもいいという柔軟性あふれるバス運行です。

途中の「道の宿」はデイサービスのような雰囲気だったが。「しまふくろう」と書いてありました。

ハコモノを活用 [2012年01月21日(土)]
ハコモノ行政は反対という人も多いが、活用が重要であることは間違いない。コストがかかりすぎるのは当然よくない。

で、病院は大事です。コレがあれば安心。で、都市間バスも病院に立ち寄ります。バス停がある。



上は中標津の町立病院 下のバス停は釧路労災病院(要塞にみえる)


で、中標津の総合文化会館も迫力満点




デザイン的には、釧路町の保健センターアイパールはすばらしいつくりで、
内部も目線のコントロールがすぐれています。


ということで、釧路から中標津のまちへバスで移動すると客が4名。貸し切り状態で文句はいえないが。訴えかけているメッセージに注目。



協働のまちづくり団体の登録システムも。。登録させるというのは協働的ではないような感じも。。
世界三大夕日と朝日 [2012年01月20日(金)]
すっかりfacebookしていたために出遅れていました。
今日は世界三大夕日と朝日を紹介。三大といってもどこが。。。。
やはり夕日よりも朝日が強烈でした。


で、夕日です。
どう考えても普通の夕日。よく考えると釧路は夏は霧で日が出ない?ため、冬期の太陽の
恵みが倍加して感じられる。ぽかぽかモードでした。右に見えるのは全国的に有名な
コレクティブハウジング(1年間の話し合いで合意した人々が入居している。
コミュニケーション嫌いという方は、。。。。。


さらに
釧路町のアイパール(町民公募で、出会いが真珠のようにという意味なのか?
で、保健センターは運動機器がただで利用できる素敵な建物。


最後に、釧路は炉端へということで、おしゃれな店の内部を
体力作り [2012年01月17日(火)]
朝9時から会議、午後1時から会議、午後4:30から会議、午後6時から会議と続き、
朝はバスが遅れてタクシー、帰りはバス20:40で帰宅。
12時間も話し合いが続けられるのは、3時間単位で話相手が変化するため。
誰かと話し合わなくてはならないと自然に緊張が続き、変化するとそれがつながる。
体力作りになるとは思えないが、体力がないと続かないので、続けることで
多くの職場は体力作りにつながっているといえる。
睡眠は重要。

地域の健康づくりは、住民参加によるまちづくりからというが、案外、人が集まって話し合うだけで、体力作りになり、健康づくりになっているといえ、特別なにかをしなくても話し合いがあれば
いいということにならないか?
が、楽しみや成果やつぎにつながるものでなければ、持続もできないので、期待させ続けるための仕掛けが参加型実践にはポイントとなる。
なるべく時間がかかり、少しづつ変化し,楽しみがあり、成果が期待できるという法則を適用して
イベントを企画+実施することが正しい体力作り=まちづくりになることを開眼?
ツイッターとfacebookを手がけるととてもブログのヒマもなくなることを実感した1週間だった。
the 行政改革.com [2012年01月08日(日)]
最近、
異常なまでの発信力に注目していたところ、さらなるデータベース構築を展開していた長谷部さん。自身がテレワーカー?ならぬ行革データ王?になっていることを知る。
すでにself-employedライフスタイルを実践しているあたり、トフラ-の予測の早さを知ることに。
http://homepage3.nifty.com/npm/link/
難点は、途中で行政のhpに飛ぶと戻れない。。。ことか。
webronzaの執筆陣に入りそうな勢いを感じる。

ところで
http://webronza.asahi.com/
途中まで読ませて、その先は。。。。という営業が巧みなつくりになっているところは、マスコミらしい仕掛けが。

駒崎弘樹『社会を変えるを仕事にする』ちくま文庫 740円
斉藤誠 『原発危機の経済学』日本評論社 1900円を 読もう。

ついでに朝日新聞グローブ1/6記事で
Graying Town Builds a Life Beyond Bingo(ビンゴばかりしてないよ)
なるタイトルで、housing complex と assisted living center の話を紹介している。
多様な元気老人の活動もその先は順調ばかりではないという。確かに。
どうやって無理なく最後を迎えられるのか、悩みはつきない。。。
復興請負人<読売> [2012年01月05日(木)]
弁護士になろうと8回の司法試験不合格の後、ひまわり基金法律事務所に勤めた滝上明氏は、釜石で2006年から4年間を過ごし、この震災の後、ふたたび釜石に戻って弁護士の活動をしているという。この人の取り組みは、現場に出かけて話を聞き、法律問題に限らず、悩みを聞いているうちに生活を受け止める姿勢と取り組みが重要と考えて仮設住宅に住む人々の話を聞いている。(読売新聞1/5)
専門家が普通の生活に目を向けてフィールドワークを取り組み、出てきた問題をともに考えるというスタイルは、CSWの基本であるといえるが、弁護士であることで、その解決策には必要なときに機関や団体等に交渉するスキルが確立されている点がポイントになるといえる。
知り合いの得能さん<kazenodaique>も札幌から亘理町に出かけてまちづくりの支援に関わっている。このあたりの動きは専門家が地域に向かう時代を象徴している。そこには、専門職としての生き方と使命感がなにかしら作用している。
プロボノとしての活動が仕事になる変化が始まっているのではないか?
それともプロボノを意識せずに行動する人々のメッセージがつたえられていると受け止めるべきなのか。
こうした活動が本当の新たな公共の担い手をつないでいくことになる。。
やはり東浩紀の読みは鋭いと納得。


単身文化の形成とこれからの日本社会 [2012年01月02日(月)]
これからの世の中について

 正月の娯楽が意外と何もない季節であることを実感するこの頃、昔は親戚や知り合い訪問などがあったので、休みとはいえない正月のイメージがあるが、現代は、ヒマといえば,ヒマなので、仕事をしているか何もしていないかの選択となれば、海外旅行くらい出かけないと休みらしくないということに。

 ここで、一人暮らしが普通になると一人で行く海外旅行に温泉旅行となるから、たぶん、一人ではあまり出歩かなくなる。そこで仲間をつくって遊ぶつきあうという行動様式が文化として定着することが、人生の支えとして大きな要素になる。
 では一人暮らしが始まるとトモダチつきあいがスムーズに始まるかといえば、そんなにうまくシフトはできないので、どこからトモダチ行動が定着するかが気になる。
 子どもが少なくかつ子どもが自立した後、夫婦で生活する単位が一般化するとこれもまたトモダチ行動が広がることも難しい。で、facebookやtwitterが流行るということになる。(そんなことがあるわけないか?)
 むしろ子どもをつなぎ止めて、親子で暮らす傾向が世界的に増えているというのは、不況のせいではなく、こうしたつながりを必要とする人間の宿命?ではないのか?
 ヨーロッパの単身文化が気になる。
北海道生活白書 [2012年01月01日(日)]
生活を理解することの切実なる必要性を行政と研究者が共通価値としていた戦後の北海道。もちろんどこも類似した状況だったといえる。



そこには、行政担当者の熱いメッセージが。


てづくり白書?というべき 貴重な作品である。



 近年、計画行政に関わる官僚に対して、国民生活の実際を知らないことによる問題が指摘されることが多くなっている。
 戦後の社会学者がいかに国民生活の実相を生活史とともに明らかにし構造的な分析を心がけてきたのかは森岡清美先生の近著『ある社会学者の自己形成』(ミネルヴァ書房2012年)を読むと極めて理解しやすい気迫のこもった文章によって浮き彫りとなっている。

 ココに紹介した北海道生活白書をまとめた事務局長堀武男氏のはしがきの冒頭は「北海道を愛するものは、まずここに住んでいる北海道民である。」という宣言となっている。
役所のスタッフもまた熱かったといわざるをえない。
 あの古賀さんは、戦後にはよくみかけた普通の真面目な役人であったといえる。
 
それにしても、森岡先生のパワーあふれる文章が88歳の手になるものとは想像するだけでも
かしこまらざるをえない。

もう一つの<きずな>論 [2011年12月31日(土)]
四衢 亮(よつつじ あきら)住職(高山教不遠寺)の解説から、「もう一つの絆」を考えさせられました。

最初、名前はなんと読むのか分かりませんでしたが、辞典を駆使して?調べることができ、住職らしい含蓄のある苗字と納得しました。

 実は、この<絆>の語源は、住職によれば、「もともと馬の足をからめて縛る紐のことで、人を束縛する義理や人情に喩えられたり,自由をうばって人をつなぎとめる意味で使われてきた」ことから親鸞聖人も「五悪趣のきずな」と表現し、蓮如上人の「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の迷いの世界に繋がれ縛られる状況」を「きずな」として使われているということで、プラスばかりではない解釈の由来を持つ故、住職は「人が大切にする絆は、迷いの絆となって「原子力ムラ」という絆も作り出したことを指摘しています。
<迷いの姿全体を見つめて、人の絆の危うさ狭さを横さまに超えて知らせる教え>に学ぶのが真宗であるということらしく安易な言葉使いに注意を喚起していました。
出所:「同朋新聞」(真宗大谷派宗務所発行)2011年11月発行より。

 となると、どう考えるといいのか? 絆を正しく理解し、結果として辿りつくのは、絆から自由になることを意識することで、はじめて絆を確かなものにしていくことになるという悟り?につながるといえます。やはり、協働や連帯もまずは個の自立を前提にすることからしか始まらない、という古典的な社会学知への気づきのもと、何かに拠り所を求めてしまうことの我が身の脆さを理解した次第でした。
もっと早く自覚すべきことであり、反省もつきない年の終わりですが、むしろ日常生活のなかで常に自覚すべきことに違いないと居直りにも似た納得の仕方を確認し、新年(信念)にかける(欠ける)自分を反省したのでした。

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