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隠れ家で。 [2019年07月02日(Tue)]

昨晩、都内で隠れ家を見つけ、海外の友人とブレインストーミングを行いました。
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太平洋島嶼国では、おそらく特に2012年のリオ+20以降、気候変動に加え、社会の包摂性、経済、社会、環境の持続性がキーワードとなり、さまざまな場(地域会合、立ち話、非公式な個別の会話、その他の機会)における情報交換・意見交換などを通じて、関係者間でヴィジョンが形成されていったように思います。

例えば、フィジーは2013年にG77の議長国となり、当時フィジー外務次官だったアメナさんが議長として活躍し、国連事務局からハイレベルがフィジーを訪問していました。

ちなみにアメナさんは、当時、フィジー政府として、日本との関係・接触が微妙な時期にもかかわらず、自分が現地外務省に遊びに行くと、「よう、ヒデ!」などと言って、雑談をしてくれていました。

当時の太平洋島嶼地域では、フィジーと太平洋諸島フォーラム(PIF)の関係は最悪であったため(フィジーから見た要因は、豪州、NZ、そしてそれを擁護するサモア)、フィジーが主導し、リオ+20以降の上記課題を住民や市民社会を巻き込んで国連に繋げるプラットフォームとして、太平洋島嶼国・地域のみの枠組みである太平洋諸島開発フォーラム(PIDF)設立に至りました。

その枠組みの背景は、もともとPIFに代わる地域政策枠組みのニュアンスがありましたが、リオ+20以降、IUCNによる強力なサポートを得て、住民を巻き込む形の、経済、社会、環境の持続性を主テーマとする性格に変わり、2013年にPIDFとなりました。

1947年に設立された米英仏のいるSPC(太平洋共同体)では、核問題を国際社会に訴えられないとして、1971年フィジーが主導し、当時独立していた他の4島嶼国と豪州、NZで、PIFの枠組みを構築した動きに似ています。

特に豪州のいるPIFの枠組みでは、危機的な気候変動に関する議論をまとめ、国際社会に訴えられないという考えが背景にあり、PIDFでは島嶼国・地域だけがメンバーとなって、ボトムアップの議論をして、国連まで繋げるという考え方が背景にありました。またPIDFはプラットフォームなので、実際には実施機関と太平洋島嶼国・地域・コミュニティの調整役に近い性格を持っており、実施機関ではないと思います。

これに対し、日本では、PIDFは「PIFを潰そうとする動きだ」とか、「中国がつくったものだ」とか、小さな要因を拡大し、極端な分析がなされていました。ナウル協定締約国グループ(PNA)がマーシャルに事務局を設置したのち、2010年以降によく耳にしていた、日本側の分析「どうせ内部分裂して、PNAは崩壊する」「対話するに値しない」に似ていました。

一方で、PIFでは対話を重視するPNGのメグ・テイラー事務局長が、その前には自然科学系のバックグラウンドがあるクリステル・プラット次長が就任することで、PIFの雰囲気も変わっていきました。そして、2014年、住民や市民社会を地域政策に巻き込もうとする枠組み「Framework for Pacific Regionalism」が作られました。

そのような実践的な動きが太平洋島嶼地域では起こっている中で、2015年9月25日、国連総会で「Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development」が採択され、現在に至ります。

MDGsは開発途上国と先進国の開発援助という性格が強かったところ、SDGsは開発協力も関係しますが、日本を含む先進国でも日々の生活に関わるもので、他人事ではなく当事者であるという点が大きく異なると思います。

そう考えると、日本の自由で開かれたインド太平洋構想も、太平洋島嶼国のブルーパシフィック・アイデンティティも、2030アジェンダ(SDGs)も繋がっています。

例えば、環境保全や持続性のある開発や経済的繁栄には、ルールに基づく秩序や質の高いインフラが欠かせないでしょう。

自由で開かれたインド太平洋構想を含むPALM8首脳宣言も、そのような文脈で説明できるようになると、太平洋島嶼国も他の開発パートナーも協力しやすいのではないか、と思います。
一歩前進。 [2019年07月06日(Sat)]

2015年度から、パラオで環境配慮型ツーリズム事業を進めて来ましたが、本年度からは、「パラオ型持続可能な観光〜」というタイトルに変え、持続可能な観光の実践モデルとすべく、取り組みを進めています。
この4月から、次の段階に引き上げるため、試行錯誤の連続ですが、議論や報告書の作成ではなく、実社会における実践が目的であるため、細かな困難がたくさんあります。

しかし、職場で同僚などに現状について話すと、「そんなことは相手に任せればいいじゃん」と言われます。

現地でプロジェクトに関わった経験がある方であれば、理解していただけるでしょうが、言葉や説明の仕方が原因ではなく、物事を伝達し、理解してもらい、実践に繋げることは容易ではありません。仮に自分がネイティブ並みに英語が話せても難しいでしょう(例えば、現地で活動するアメリカ人も苦労しています)。

例えば、何かを説明する時に、図やグラフを使うとします。日本人であれば、初等教育から図とかグラフに触れているので、大抵、短い時間で理解されるでしょう。

しかし現地で図やグラフを使う場合、まず聞き手の目にどのように写っているのかを考える必要があります。

場合によっては、見たことのないものかもしれません。

そのため、まず縦軸、横軸、単位、言葉の意味、グラフの意味、読み取り方など、一つ一つ伝わっているか確認し、説明していく段取りが必要になります。

日本人同士であれば、数日で終わる話が、数週間かかることがあります。

グラフに限らず、彼らが新しい内容を理解し、実践するようになるには、丁寧に丁寧に根気強く取り組まなければなりません。

この2カ月、押したり引いたり、アングルを変えたりしながら、何とか計画を進めようとしていましたが、かなり困難な状況になっていました。もうダメだと何度考えたことか。

それでも、今日、会合を行い、一歩前進できました。

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例えば、このような図を使って説明する場合も、PCで作って、プロジェクターで投影させる方法もあります。

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一方、非常にアナログですが、その場で、説明しながら手で書いていく方法もあります。

自分の経験では、このように紙や、ホワイトボードを使い、その場で話をしながら、書いて、まとめていく方が、意見交換が活発になり、理解も深まり、新しいアイデアが出てきたりします。

まだまだ、まだまだまだまだ、道のりは遠いですが、今日は、一歩前進。
いろいろ [2019年07月07日(Sun)]

数日前、ミクロネシア連邦で、大統領、副大統領選出に伴う4年制議員の補選が行われ、ポンペイ州では、クリスチャン前大統領が当選しました。
クリスチャン前大統領について、いろいろな見方があり、逆風もあったようですが、やはり現地で人気があるのだと思います。

前に、都内のイベントで、握手させていただく機会がありましたが、そのイベントのスピーチはウィットに富んでいるし、挨拶したときにはジェントルだし、人づてに聞いていたイメージとは違いました。

今後、ミクロネシア連邦議会でどのような議論が繰り広げられるのか、興味が湧きます。


パラオでは、デング熱がまだ終息していないようです。一度感染者数が減少しましたが、現地の人の感触では、これまで流行っていなかった村落で、増えはじめているとのことでした。

デング熱は、貧乏人の何とかと言われ、薬の開発が遅れ、基本的に個々人の免疫力勝負と聞いていました。自分がフィジーでデング熱になった時には、大使館の医務官には、現地の病院に行ってと言われたものの、特に医者にできることはないとのことだったので、病院の待合室で一日中待たされるよりも、家で回復に努めるようにしました。

辛い時は、アスピリン系ではなくタイレノールだったかと。そうでなければ、水分を補給しつつ寝る。

パラオでは、病院で点滴をうって、比較的早期に回復しているようです。さらに、パパイヤの葉っぱなどを使った民間療法があるそうで、医者も勧めているそうです。

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葉っぱをおまじない的に使うのではなく、煎じたり何なりするようです。
バクー [2019年07月07日(Sun)]

パラオで、共に課題に取り組んでいる仲間の1人が、バクーで開催されていた国際会議でスピーチを行っていました。堂々と。
このような方々と、本音で、真剣に仕事ができる幸運。ますますやる気が湧いてきます。

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太平洋島嶼国に関わっていると、先進国や大国と仕事をしている方々からは、あまり理解されないことがあります。それこそ、否定的な声を含めて、自分が関わりはじめた15年前からあります。

一方、自分自身も、太平洋島嶼国ばかりを見ずに、引いた視点を持つ必要があるので、大国や先進国を見たり、途上国で言えば、自分の基本はザンビアなので、島に関わっていない方々のそのような考え方もある程度わかります。

そういう感覚ががずっと後頭部の右上あたりにこびりついているのですが、最近、多様性という視点からみてはどうかと思うことがあります。

生態系の維持や種の存続には多様性が必要だとします。すると、ヒトについても、文化の多様性の確保が大切だと言えるのではないか。

その視点から見ると、人口が少ないとか土地が狭いことは、ネガティブな要素ではなく、より貴重で大切にしなければならない要素に思えてきます。

目方でドン! [2019年07月09日(Tue)]

金、土とパラオで会議を行い、月曜にオークランドにたどり着くために、日曜に成田に戻りたかったのですが、グアム経由だとフライトがない︎
そのため、中華航空で、台北経由(一泊)で成田に向かうことになりました。もともと夜10時ごろに台北着の予定でしたが、遅延したため、台北の空港そばのホテルにチェックインしたのが0時を回ってから。翌朝のフライトが早いので、チェックアウトは朝6時。

成田では、次の訪問先用のお土産を悩みながら調達し、スーツケースに入れ直し、チェックイン。

すると、何と、ピッタリ23キロ!エコノミークラスの上限です。こういうところに小さな幸せが…。目方でドン!


NZ航空でオークランドに向かったのですが、成田悪天候の為、1時間15分遅延しました。フィジーのナンディへの乗り継ぎ便に間に合わない(実際にCAから遅い便に振り替えたと連絡あり)。車と会合の時間変更をしたくても、NZ航空ではネットも使えないし、当日連絡になるけどオークランド到着後しかないなあと思いつつ、3時間ほど寝て、書類作成に移りました。

ふと横を見ると、
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この色!すべて吹っ飛びました。遅延ありがとう。それにいつもは座らない窓側でよかった。

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肉眼では、まさに旭日旗のようでした。


というわけで、成田〜グアム(乗り継ぎ)〜パラオ〜台北(乗り継ぎ)〜成田(乗り継ぎ)〜オークランド(乗り継ぎ)〜ナンディ、陸路でシンガトカ(1泊)〜そして雨のスバに着きました。

昨年末から、痛む足の原因が、坐骨神経から来ている感じなので、日本を出る前日にロフトで買ってきました。

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笠みたいですが、椅子に敷くやつです。これのおかげで、長いフライトも、以前よりはマシになりました。
ギャップ [2019年07月09日(Tue)]

というわけで、フィジーにいます。
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パラオでの感覚が残ったまま、フィジーに来たわけですが、自分のフィジー時代に感じて、忘れていたことを、思い出しました。

パラオでは、普通に阿吽の呼吸というか、すべて言わなくても、相手が察してくれることがあるのですが、フィジーはそういうのが難しい。特にサービス業に関わる素朴な現地の人ほど、そういったことがあります。

簡単に言えば、融通が効かない。おそらく教えられたことだけやる、もしくはただ言う、ということがあります。

フロアが何かのトラブルで濡れていても、何も言わないとか、細かなことが多々あるのですが、パラオの感覚を持ったまま来てしまったので、余計に目についてしまいました。

道を開けないとか、このまま行ったらぶつかると思っているとぶつかるとか。こんな感じがありました。トリッキーなところもあります。

以前、サモアは、社会が固く、民間部門の発展が容易ではないように思うと書いたように思いますが、人の雰囲気で言えばサモアは太っ腹、コラソングランデな良い意味でリアルパシフィックな明るく落ち着いた大きさがあります。

フィジーは民間部門が発展していますが、少し発展速度が速すぎるのかもしれません。

サモアの人の甘えたくなる陽な懐の深さも好きですが、フィジーの人の寡黙な優しさも好きですね。インド系の人も先住民系の人も。

と言いつつ、今日はトンガ人の友人に助けてもらいました。
フィジーの台湾ファーム [2019年07月09日(Tue)]

フィジーは台湾と国交がありませんが、台湾ICDFが専門家を送り、技術支援を行っています。
あまり目立つことはやりにくいでしょうが、台湾技術ミッション農場(台湾ファーム)では、他の国とは異なる取り組みが行われていました。

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ドラゴンフルーツの花(閉じている)

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グアバ。ひとつひとつ丁寧に。

そう、フィジーは他の島嶼国に比べて、民間経済がしっかりとあり、国内の市場(いちば)でフィジー在住の方々がよく買い物をしています。

パラオでは、人々の収入はある程度あるので、ガーデニングとかNCD対策・食の改善という視点、観光客が利用するレストランやホテルやジェラート屋さんに卸すという感じ。

マーシャルでは、低環礁島で生活する上での栄養バランスの改善、NCDs対策、養豚と農業を組み合わせたゼロウェイスト、循環型農業を進めています。

フィジーでは、国内のマーケットに、現地の方が、いかに質の良い商品作物を卸して、良い収入を得られるようにするかが、大きな目的となっていました。またフィジーでは冬があり、気温よりも日照時間の変化で、夏にしか収穫できないフルーツもあるそうです。

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団長のドミニクさんと。
自分は台湾ICDFフリークか?

現場の専門家の皆さんは、いかにフィジーで良い商品作物を栽培することができるか、さまざまな研究を行っていました。政治に関係なく、本当に現地の人の役に立とうと取り組んでいるその真剣さを実感しました。

ドラゴンフルーツは、自分は20年ほど前に、スペインの南の海岸辺りから(街の名前はCから始まったと思う)、アンダルシアのガダルカナル村に向かう途中、道端で「サボテンの実」と言って売っていたものを買って、ハマって食べ続けたのが初めてでした。色はサボテンで中身はキウイのような色でしたが、おそらくあれはドラゴンフルーツの仲間ではないかと。

フィジーには、一般家屋の敷地内にわずかに生えていたりするようですが、花が咲かず、実もつけないそうです。そこで台湾ファームでドラゴンフルーツ畑を作り、最適な栽培方法を研究し、希望するフィジー人に苗を提供しているとのこと。8か月ほどで、花が咲くくらい成長するらしいです。

また、同農場では、日照時間の問題をクリアするために、冬の今の時期には、日没後に電気をつけているそうです。そして実際に収穫できているとのこと。

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ドラゴンフルーツは、夜に一回だけ花が咲くそうですが、その時に、人が刷毛を使って受粉を助けなければなりません。

ただその夜の光景は、サガリバナにも劣らない、一度は見てみたい光景です。

近くのホテルに、ツアーとして売り出せばいいのに。

その村のあちこちに、このようなドラゴンフルーツ畑が広がっていたら、壮観でしょうね。
キリバス。。。 [2019年07月09日(Tue)]

2016年3月に誕生した、キリバスのマーマウ政権ですが、選挙当時からトン前政権の取り組みを見直すとしていました。
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例えば、入漁料収入の増大による富を国内経済に反映させ、伝統社会が崩壊しないようにとあえて抑えられていた地域最低レベルの経済成長を、しっかり伸ばすようにしました。

また、トン前大統領が国際社会で、キリバスは沈むので住民は移住しなければならないというような発言をし、農業用に購入したフィジーの土地が移住先と報道されたりしたものを、「我々は故郷を捨てない」と否定しました。

他にも、政府高官が交代したり、政権が代わったことで、国の雰囲気もかわりました。

自分は今の政府の方々も、しっかりしていて好きですが、町の雰囲気も、内需が拡大しているようで、以前より活気があると思います。

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台湾に関しては、もともとキリバスは中国と国交がありましたが、トン政権が誕生した後、2003年11月に中国から台湾にシフトしましたが、マーマウ大統領は選挙当時から、中国と国交を結ぶとしていました。

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しかし、マーマウ大統領は、今年2月のミクロネシア大統領サミットで、PIF事務局に対する台湾と中国を平等に扱うことを求める文言がある、共同声明に署名し、台湾を支える姿勢かと思われていました。

ところが、3月の蔡英文台湾総統の歴訪の際には、学長としてフィジーでの南太平洋大学卒業式に出席するとして断り、今月12日のキリバス独立50周年に招聘するとの噂があったものの、蔡総統はその時期に中米諸国と米国を訪問することになっています。

キリバスでは、2月の共同声明の後、水面下で色々な動きがあったのかもしれません。

フィジーに来て、現地の友人に話を聞いてみると、キリバスは今すぐにでも、中国にシフトする可能性があるという状況らしいです。

台湾の援助と中国の援助を比較すると、人口の少ない国では、台湾の援助方法の方が住民に近く、適しているように思います。

部外者なので無責任に言えますが仮に大洋州の台湾承認国が3つくらいになったとしても(かつてそういう時代もあった)、堂々と、今のリソースを残された国々に集中すれば良いのではないかと思います。住民と国が近い国では、その違いに気づく人もいることでしょう。
観光とか投資とか。中国とか韓国とか。 [2019年07月10日(Wed)]

フィジー観光については、グアム、ハワイ、ニューカレドニア、タヒチ、と並べた場合、フィジーは良い意味で洗練されておらず、本来の南太平洋の島を体験できる土地なのかもしれません。

これまで週3往復あった韓国・仁川〜ナンディの大韓航空直行便が採算が合わないために、ストップするとの話があるそうです。(フィジー語の発音ではDとQ(鼻にかかったG)の前に、Nが入るので、NADIと書いてナンディと読みます。ナディではありません。)

自分が現地の大使館にいた頃は、最も渡航時間が短く、安いため、休暇や出張の時にはこの路線を使っていました。CAさんは、気取りもなく丁寧過ぎずに、それでいて気がきくし、機内食のビビンバ(ビピンパ?)も美味しいという印象がありました。混ぜるのに苦労していると、CAさんが「こうやるのよ!」と言わんばかりに、上手く混ぜてくれたりします。

今は日程を調整しやすいオークランド経由でNZ便を利用することが多く、最近は全く大韓航空を使っていません。招聘者もそうでした。

成田直行便の就航が影響しているのか、韓国経済の影響なのか。


しかし、この1年でいくつかの太平洋島嶼国をまわっていますが、ところどころに韓国の影響が見えて、民間部門では中国ほどではありませんが、日本よりは目立つように思います。

ちょうど、ほどほどの質で高価ではないものに対する需要が高い国々が多いので、仕方がないのかもしれませんが、いろいろ現地の人に話を聞いてみると良いかもしれません。

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概して、太平洋島嶼国では、人口が少なく、経済規模が小さいこと、資源を見ても継続して大量に輸出できないことから(漁業資源や一部の鉱物資源を除く)、利益率が高いとしても実際の収益規模をみると日本の企業、特に中規模から大企業には魅力的ではないのだろうと思います。

*日本など外部の視点ではなく現地の人々から見た経済で見ることも必要で、例えば人口10万人未満の国では、仮に可能性があっても、現状では、数百億円規模の産業は適さないと思います。

それらの日本の企業では、収益目的ではなく、パイロット的に何かを試してみたり、気候変動や環境配慮などに関心を有し、実際に持続可能な社会づくりに貢献するCSRのモデルのように関与することは可能でしょうか。


一方、中国人や韓国人による現地の投資や経済活動を見てみると、目的は利益を上げるだけではなく、その土地に住み、定着することにあるように思えてきます。

島嶼国への投資は、良くも悪くも、その土地に定住して、一生を捧げる覚悟が必要なのかもしれません。

また覚悟がある場合でも、投資にはリスクが伴うため、当然ながら、法制度や規制など、投資の際には、事前にしっかりと調べる必要があると思います。(例えば、ある国では、親日国というイメージが先行していることもあり、油断した日本人投資家が、騙されたという話もあるようです)

観光についてですが、何と!これまで大量のグループツアー観光客を送ることを推進していたと見られる中国ですが、現地の声を聞き、「ニッチ・ツーリズム」という言葉を使い始めたそうです。

もし本当に、ニッチ・ツーリズム(価格は決して安くない)に中国がシフトするのであれば、我々と同じ土俵に上がることになります。現地にとっては、バランスが取れるというメリットもあるでしょう。

一方、やはり中国ですが、年間50数回、クルーズシップによる太平洋島嶼地域観光を進めたいという話があるそうです。

例えば、いろいろ話題になっていたバヌアツのルーガンビルですが、もともと自分がこちらの大使館にいた時にも、バヌアツ政府として観光促進用のインフラ整備を進めており、国際空港と地方空港の改善、バヌアツ観光の多くの割合を占めるクルーズシップ観光(豪州、NZ、ニューカレドニアからの観光客、年100回以上)を促進するための首都ポートビラと第2の都市ルーガンビルの港湾整備案がありました。

日本の90億円規模の円借款でポートビラの港を整備することになったため、ルーガンビルは中国の援助となったのでしょう。国際空港・地方空港は世銀、貨物港は豪州とADB。バヌアツは、中国だけでなくこれだけのソースからそれぞれ数十億円規模の資金を調達しています。

ルーガンビルの中国による軍事利用云々は、観光促進に逆行するので、そもそもの目的として国がもたない気もしますが、深さとか、さまざまなデータなどは、その気になれば確保できるでしょう。ただ対象は大型クルーズシップの寄港なので、深さなど大規模な工事をしても理由にはなるのだと思います。本当に軍事利用するならば、観光客があまり来ない島に港を作るのも1つの案かと思います。地元も潤うでしょうし。


さて、中国海軍の船ですが、病院船も含め、過去20年、何度か南太平洋をまわっています。

例えば、北太平洋をハワイのあたりまで行き、タヒチ、トンガ、フィジー、オーストラリア、パプア・ニューギニアと寄港していったという記事も何年も前にありました。

クルーズシップが50数回来るとなると、バヌアツ、トンガは当然含まれるし、フィジー、サモアも寄港するでしょう。クルーズシップ客はホテルを必要としないので、日本が整備した港があるキリバスも含まれるかもしれません。

前にニウエの友人は、クルーズシップはクルーズシップで、ゴミや燃料や食料の面で、小さな土地では現地に負荷がかかると言っていました。数百人から千人を超える観光客が一度に上陸するためで、そのための食材を海外から輸入しなければならないし、ゴミは持ち帰って貰わなければならないということでした。

そうすると、ニッチ・ツーリズムと言いつつ、矛盾があるようで、また別の配慮が必要になりそうです。


前に、米国の知り合いが言っていましたが、軍事利用云々に関わらず、今の段階で、太平洋島嶼地域に、船に食料、水、燃料を補給できる拠点を複数整備しておくことは、遠くのビジョンにおいて大変重要とのことでした。

船が頻繁に行き来すれば、航路や海底情報も蓄積できるのでしょう。
クエスチョンズ、クエスチョンズ [2019年07月10日(Wed)]

今回の出張中、日本について良く聞かれることが2つあります。


1つは、日本の「自由で開かれたインド太平洋」戦略改め、構想とかビジョンとか。

もう1つは、捕鯨再開。

1つ目については、昨年2月の開発協力白書に明記され、昨年5月の第8回太平洋・島サミットに記載されているにもかかわらず、皆が頭にクエスチョンマーク「?」を掲げています。もう、1年以上経っているのに、まったく理解が進んでいないとの印象です。

日本側があえて触れないようにしている?無かったことにしようとしている?


そんな訳はないでしょうが、別に中国の取り組み一帯一路構想とぶつかるような二者択一のものではないし(グッドガバナンス、法令遵守、透明性の確保などが担保される限りにおいては)、太平洋島嶼国首脳が合意しているブルー・パシフィック・アイデンティティを支える内容でもあるし、持続可能な開発目標の実現に貢献できる内容だし、堂々と丁寧に説明していけば良いと思います。

詳細は書けないですが、第8回太平洋・島サミットの数年前、日本がかつて、数カ月にわたり事務レベルで太平洋島嶼国側に水面下で協力を求めて、いくつかの国の首脳が日本の意思を汲み取って、地域機関にも根回しをし、正式に支持するという話になったことがありました。しかし、その動きの前後に、日本側がすっと手を引いて、なかったことにしてしまった事象がありました。(聞かれても「何のこと?」という感じです)

それらの国々では、「日本が望んでいるのだから、助けよう!」と、首脳レベルまで真剣に国内で調整をしていたので、「失望感」が生じたり、「日本は…。」などと呆れたかもしれません。

彼らは外交をわきまえているので(自分が外交といっても素人に毛が生えた程度ですが)、直接言いません。事情も汲み取ってくれたのでしょう。ただ、事務レベルで話をすると、表情や態度、言葉の端々にいろいろ現れるし、支持云々に関してもハードルが高くなったり影響が出ました。日本が相手を軽視しているように捉えられたかもしれません。

首脳は交代していきますが、事務方は結構残っていたりしてるので、当時の印象が残っている国もあるでしょう。

情勢が変化すれば、変化するのは必要な場合もありますが、無かったことにせず、しっかりと丁寧に説明することが大切だと思います。

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2つ目は捕鯨。これはパラオでも聞かれました。

「なんで日本は今になって捕鯨を再開したの?」

一般人としては、「もともと日本人にとって鯨は食料だし、IWCももともとは持続可能な捕鯨を目的としていたでしょ?」「自分が小さい頃は、肉なんて家では週に2回くらいしか食べられないし、牛肉は高いし、そのかわり時々硬い鯨が食卓に出てきたりした。」「今では、自分もそうだし、若い世代の人も、日常的に食べるものではなくなっているけれど、食料であることには変わらない。自分も食べるときは食べる。」「パラオでは若い世代は、ウミガメは友達という教育を受けて来たから、その世代はウミガメを食べなくなってるし、日本も世代が代われば変わるかも。でも、伝統的に捕鯨をしている地域は残ると思う。」「日本は自国のEEZで操業するので、これで南氷洋の鯨は、調査捕鯨であれ捕られなくなったので、サンクチュアリはより良く維持されるんじゃない?」
などと話したりしています。

驚いたのは、日本国内で感じるよりも、太平洋島嶼国では、「捕鯨再開」という言葉に強いインパクトがあるということです。

太平洋島嶼国では、この20年で、環境意識が一般市民まで浸透し、環境保護と鯨が強くリンクされているようです。それ故にインパクトがあるのかもしれません。

*パラオやマーシャルでは、50代より上の世代に、今でも鯨の大和煮を食べたいという人がいます。
*島嶼国では小型の歯鯨はともかく、伝統的に大型の鯨を取ることは難しかったのではないかと思います。ただ何かの理由で座礁した鯨は、大切なタンパク源として、消費されていた国もあると思います。マーシャルとか。
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