CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« サモア | Main | クック»
プロフィール

塩澤 英之さんの画像
塩澤 英之
プロフィール
ブログ
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
<< 2019年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
RSS取得
http://blog.canpan.info/spinf_shio/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/spinf_shio/index2_0.xml
トンガへの送金手数料 [2018年03月26日(Mon)]

先月トンガを直撃したサイクロンGita(ジータ、ギータ)は首都ヌクアロファのあるトンガタプ島とその南にあるエウア島に大きな被害をもたらしました。
とりあえず現地の平民の友人に少しだけ送金しましたが、ウェスタンユニオンでは今月中は手数料が無料とのことでした。(1週間しかありませんが)
トンガのポヒバ政権の今後 [2018年03月13日(Tue)]

‘初の’と言って良いのだと思いますが、平民選出議席だけで過半数を取って成立したトンガのポヒバ政権ですが、一部信頼できる貴族議員も閣僚にいたものの、その人物が辞任したなど不安定な状況にあるようです。

そのような中、下記の記事がありました。



トンガでは未だ民主化の途上にあるようですが(古くは2002年ごろの経済・政治改革から始まり、実質的には2010年から動いているもの。国王の権限の一部を選挙で選ばれた議員に移譲する改革)、上記記事によると、首相が貴族から選んだ大臣が辞任したことで貴族議員を信頼できなくなったと考えていること、王室への説明責任と法案制定過程の透明性を確保する必要があると考えているらしいということが書かれています。

昨年8月ごろに、国王トゥポウ6世の意向を受け、国会議長トゥイヴァカノ(元首相(2010-2014)。先日、贈収賄、偽証、マネーロンダリングの疑いで逮捕された)が議会を解散した際には、その民主化の過程に対する不透明さと不信感があったのではないかという話を現地の友人に聞きましたが、このままでは同じことが繰り返されるかもしれません。

記事に戻ると、国王には王女(長女)、皇太子(長男)、王子(次男)がいます。王女が最年長。トゥポウ4世と同じ家族構成です。またトンガではさまざまなタイトルがあるので、名前がわかりにくいかもしれません。

王女は駐豪高等弁務官(大使)とのことで、入院中のポヒバ首相を見舞い、首相がいたく感激したとも記事にはあります。

記事では、あくまでも憶測の域を超えていないようですが、ポヒバ首相は、トンガの土地の所有権や最高司令官が国王である国防については、特に国会での事前のやり取りから国王に情報を共有する必要があるとし、王女、皇太子、王子のいずれかを担当大臣に出来ないかと考えているとのことです(大臣は必ずしも議員である必要はありません)。

もしこれが実現すれば、政権は今よりは安定しそうです。

ちなみに、トゥポウ4世の時には、首相も閣僚も国王が決めていたという事情はありますが、当時の皇太子(のちの国王トゥポウ5世)は外相を経験し、王子(現在のトゥポウ6世)は、外相、防衛相、首相を歴任しています。(王女は民間ビジネスでかなり活躍しています)
トンガのサイクロン被害と内政 [2018年03月04日(Sun)]

サイクロン・ギータ(ジータ)の被害は首都のあるトンガタプ島とその南のエウア島の被害が大きいとのことですが、直接的な人的被害は2名ほどの負傷だったとのことです。
しかしこの60年で最大のサイクロンの直撃で、なぜかサイクロン後に病気などで亡くなる方が増えているような印象があると聞きました(トンガ政府関係者から)。

現地在住の中国人の方がが農場で現地の人に襲われるという事件も発生したそうです。

デング熱流行への注意もあります。

先日選挙結果(民主化)について書きましたが、首相はサイクロン直撃時も病気のためニュージーランドの病院に入院しており、この数日で閣僚が1人(公文書偽造?)、国会議長がマネーロンダリングの疑いで逮捕されています。

日本を含む国際社会の支援で、サイクロン被害からは一歩一歩復旧に向かっていますが、何か内政がきな臭い感じです。平民だけの政権はまだ難しいのかもしれません。
トンガ:サイクロン・ジータによる被害 [2018年02月28日(Wed)]

2月12日にトンガを直撃したサイクロン・ジータですが、現在日本・JICAを含む国際社会からのさまざまな支援活動が行われているようです。

UNITAR(2月9日現在)(衛星画像による被害状況調査)
http://unosat-maps.web.cern.ch/unosat-maps/TO/TC20180209TON/UNOSAT_A3_Nukualofa_Tongatapu_Landscape_TC20180209TON.pdf

reliefweb(2月26日現在)
https://reliefweb.int/report/tonga/tonga-tropical-cyclone-gita-26-feb-2018

UNOCHAの情報(上記)では、205世帯が避難所におり、303の家屋が全壊、1945の家屋、85の学校、タロなどの穀物の50%、果樹の80%が被害を受けているそうです。

また日米英独、世銀などによる太平洋災害リスク保険により、3.5百万ドルの保険金が支出されたとのニュースもありました。同保険は民間保険会社も参加しており、確か2012年に試行されたものと思いますが、地域では大変重要な枠組みだと思います。トンガでは2014年のサイクロン・イアン以来となります。

被害総額がまだ出ていませんが、近年のバヌアツやフィジーでのサイクロン被害を考えると、被災者の住居や学校施設の復旧に時間がかかる可能性があり、また国内の主食タロなど農作物の被害が物価を押し上げる可能性があり、不足分を輸入に頼ることになるかもしれません。

マクロ経済的には、トンガは対外債務のGDP比を抑えるために非譲許的ローンを借りない政策をとりGDPの安定的成長を目指しており、2019年から中国への債務返済が始まるものの、今年1月のIMF4条協議スタッフレポートのベーシックなシナリオでは、順調に健全な経済の形になることが予測されていました。他方、同レポートでは、The 2016 World Risk Indexでトンガが自然災害に最も脆弱な国の2位に位置付けられているため、2018年に自然災害がある場合の代替シナリオが述べられています。そこでは過去の例から、GDPが4%ほど押し下げられるとのこと。ほぼゼロ成長となると思われます。

今後、住民の生活、住居や学校の復旧、食料・食糧の安定確保に加え、マクロ経済的な支援(例えばローン返済を遅らせるとか、借り換えさせるとか)が必要になるかもしれません。
ポヒヴァ首相再任と民主化の進展 [2018年02月19日(Mon)]

この2カ月、一部を除いて、現地情報に疎くなっていましたが、今回のトンガのサイクロンを機に調べてみると、実はトンガで大きな進展がありました。

以前のトンガの議会は、30議席のうち平民が取れるのは9議席、貴族が9議席、残りは国王からの任命によるものでしたが、2006年の民主化運動を受け、2010年の選挙から、全26議席のうち貴族が9議席、平民が選挙で獲得できるのが17議席となりました。

当時もこのブログで書いた記憶がありますが、「民主化が進んだ」と思ってみたものの、よく見てみると、平民の代表が議会の過半数を占めるには、17議席のうち14議席を1つのグループや政党が獲得しなければなりません。貴族側から見れば、4議席を親貴族側が占めれば、平民主導に見えるけれども貴族の意向が強く反映できる状況になります。

2010年の選挙では民主活動家ポヒヴァ氏率いるDPFI(Democratic Party of the Friendly Islands)が12議席を取りましたが過半数に達せず、2014年の選挙ではDPFIは9議席となりましたが、首相は国王ではなく議会で議員が選出することとなり、初めて首相に選出され、内閣もほぼ全員平民で構成されました。

昨年7月、自分が現地で現地の友人に聞いた話では、閣僚が国民に話をせずに重要な事項を決めてしまうとか、一方で平民側からは貴族側は中国人を優遇しすぎており、トンガ人によるビジネスが圧迫されているとか不満が出ていました。

そのような感情が積み重なっていた中で、ローン比率の問題などIMFなどの助言を反映し、昨年、パシフィックゲームス開催用の中国からのローン19百万米ドルを取りやめるという決定が首相によりなされました。

これも一つの要因であったと聞きましたが、ポヒヴァ首相が国王が有する権力の一部を奪っているというような話があり、昨年8月下旬、突然国王が議会を解散し、国王によるこのような議会解散は初めてとのことでしたが、首相はその座を追われるという形となりました。

そして昨年11月、総選挙が行われました。前述のとおり全26議席で平民議席が17、貴族が9となっています(ちなみに民主化運動家でもあるポヒヴァ氏は、貴族議席9を認めつつも、これも国民が貴族の候補から選挙で選ぶべきだとしています)。

結果はポヒヴァ氏率いるDPFIが14議席を獲得し、2010年の選挙制度改革後、初めて1つの政党が議会の過半数を獲得する結果となりました。3議席は貴族派の無所属。

そして昨年12月、議会で首相選出が行われ、14対12でポヒヴァ氏が勝利し、晴れて首相に再任されました。

https://asiapacificreport.nz/2017/12/19/tongan-parliament-elects-pohiva-as-pm-for-next-four-years/

この投票行動を見ると、貴族側(国王側)は、ポヒヴァ氏に反対する立場にあるのが明らかであり、一方でポヒヴァ氏は国民の支持を受け、晴れて再任されたということが言えます。

制約がありながらも、ようやく、真の民主化に向かって前進したと言えるのではないでしょうか。また平民は、国王や王族への敬意はありつつも、貴族主導の政治については不満があるということが言えるのかもしれません。

今回の災害については、一つのドナーに頼らずに、国際社会による支援で復興できるかどうかが、今後のトンガ政権の性格や、民主化の流れに、間接的に影響を与える要因になるかもしれません。
トンガ:サイクロン・ジータ(Gita)による被害 [2018年02月19日(Mon)]

ツイッターの情報ですが、フィジーにあるUN・UNDP地域事務所の代表ルブラニさんが現地に入り、被害状況の確認を行っているとのことでした。人的被害は今のところ確認されていないようです。

トンガタプにいる現地の平民の友人とも連絡がとれ、50代ですが、今回生まれて初めての経験だったそうです。家族は大丈夫だが店(食堂)と家がやられたとのことでした。

国全体の被害額は、おそらくUNOCHAあたりがまとめて報告してくれるでしょう。


ニュース記事を見ると瞬間風速64m/sほどの暴風に見舞われたとのことで、現地の国会議事堂が崩壊した様子が報じられています。

http://www.bbc.com/news/world-asia-43039931

https://www.nytimes.com/2018/02/13/world/asia/tonga-storm-parliament.html

これで中国の支援による国会議事堂建設プロジェクトが進むかもしれません(ローンではなく無償になればいいのに)。


http://kanivatonga.nz/2017/06/china-could-build-new-parliament-house-for-tonga/


ちなみに、現地日本大使館の現地職員の友人は、フェースブックで日本の支援による埠頭はびくともしていないとレポートしています。






トンガはどうか? [2017年09月17日(Sun)]

フィジーの政治のことを考えていたところでトンガを思い出しましたので、少しだけ書きます。
IMG_9475.JPG

引いて見ていると、トンガは社会実験の途上にあるのではないかと思います。

2006年に民主化運動が大きくなり、2010年に選挙制度が変わり、それまでの貴族代表議員9名、人民代表(平民)議員9名(平民が過半数を取れない)から、貴族代表議員9名、人民代表(平民)議員17名になりました。

大幅に変わりましたが、平民が過半数を取るには17議席のうち14議席が必要で、貴族代表から見れば、5人と組めば過半数になります。

先日、国王トゥポウ6世陛下が議会を解散し、平民のポヒバ政権は終わりを迎えることになりました。

10年以上前から財政面でも準備していたオセアニア・ゲームスの開催を取りやめたことが目立っていますが、他にも国際約束などについて、国内で十分な説明を行わずに、首相や閣僚が独断(のように見える)で決定していたことが少なくなく、国民や王室の信頼を失ったという話をトンガの友人から聞きました。

これを見ると、トンガにおいては、議会を完全に民主化し、平民主導で政治を行う段階にはなっていないように思われます。

王室や貴族なしには国内をうまくまとめられないということであれば、議会で貴族代表議員9名と温和に手を組める平民グループによる政権が現実的な選択肢になりそうです。

太平洋島嶼国で仕事をしていて、10年以上前から何度も耳にする疑問、「伝統社会が強く存在している国で、民主主義は有効なのか」「島社会に適した民主主義の形が存在するのではないか」。「選挙を行うことで、伝統社会の中で揉め事に発展する、伝統社会、氏族・家族社会に亀裂が入る」と言う友人もいました。

トンガは社会実験を続け、やがて何らかの答えを見せてくれるのかもしれません。
トンガーランギ [2017年07月25日(Tue)]

いろいろ話を聞いたり読んだりしてみると、ラピタ人と現在のポリネシアの人々の繋がりが分からないとか、ラピタ人と日本の縄文人に繋がりがあるのではないかだとか、ロマンがあります。
トンガで神話を聞いてみると、天孫降臨のような話があったり、例えば釣り針の話が海幸彦と山幸彦の話を思わせたりします。また女性が踊るときにつける冠が、古代の巫女やアマテラスオオミカミの想像図の頭に被っているものを彷彿とさせます。

言葉も、日本語(もしかするとやまとことば?)と東南アジアや太平洋島嶼国との間に似たものがあったりするようです。

文化のルーツが直接繋がっているのかはわかりませんが、海洋民族で太陽と月の動きが生活に密接に関わっていたことや、感覚的にしっくりくるところを考えると、人は似たような状況に置かれると文化が似てくるのかもなあと思ったりします。(海と生活が密接に関わると、潮の干満=月の満ち欠け、操船=星の位置、風、海流が大変重要な要素になるのでしょう)

人の埋葬の仕方はどうか(特にキリスト教や仏教などの宗教が入る以前)、人の死に対する考え方だとか、そこに違いはあるのでしょうか。

1800年代の日本の文献(南洋探検記?)(明治時代に、マーシャルに漂着した日本人が殺されたという連絡を受け(イギリスの捕鯨船が発見したような)、明治政府が現地に人を送った時の話)に、漂着した日本人は、アイリンラプラプ島で服と骨だけが見つかり、酋長が服を着ていて、人は食われたんだろうという判断でしたが(最初の日本人…)、環礁(幅100メートルもない細い土地)の陸地を歩き、ブッシュの中を歩くと髑髏がゴロゴロしていたり、食べ物が真っ黒になるほど蝿が多いなど書かれていました(戦った他の島の戦士の死骸をブッシュに捨てていたのかもしれません)。他方、マーシャルのもともとの大酋長の島であるそのアイリンラプラプでは、酋長の墓は今も残っているそうです。

バヌアツでもロイマタ(1600年ごろ?)の伝説があります。ロイマタは部族間の争いが絶えなかったエファテ島で、各氏族にルーツとなる動物をあてがったりして(サメとか鳥とか)(?)、平和をもたらしたという話と、ハット島に人身御供(名誉を持って)とともに埋葬されたという伝説がありました。ハット島は世界遺産に登録されていますが、以前から現地では周辺が禁漁域になっていたり、タブーの多い島になっているそうです。1960年代の発掘調査で、ロイマタと40数人(47?)の骨が見つかり、伝説が正しかったという話が、3年ほど前ポートビラの博物館にありました。

トンガでは、トンガタプ島(タプはタブーの意とタクシーの運ちゃんが言っていました)の東部、市街地から空港に向かう途中のラパハ村にピラミッド状の古代の墳墓があります。

IMG_8539.JPGIMG_8540.JPG

最初の王、トゥイトンガから続く王族の墓で全部で21基あるそうです。一番大きなものは5段あるとのことでした。それぞれに伝承があるそうです。

トンガに限らず、西洋社会や日本が入る以前の死生観だとか人生観だとか知りたくなります。


トンガのトンガタプから市街地に戻る途中、ホロガ村という村に2つのマウンドがあります。

IMG_8542.JPGIMG_8543.JPG

かつて、ムニマタハエという王様がそこに生えていたカヴァを引っこ抜いたらマウンドになったという伝承があるそうです。

和歌山県の橋杭岩の弘法大師の伝説や、自分の地元にある馬の足跡という海岸の岸壁近くにある大穴の八幡太郎義家の伝説など、当時の人が説明できないものには、何とか説明しようとしたのか、伝説がついている場合が珍しくないように思われます。

その伝説を知ることで、当時の土地の人々の考え方や感覚、文化的背景に触れられるような気がします。(日本も含め、人が定住して以降の歴史など、島ができて土ができた時間を考えると本当に短い。)

トンガでも、1つ1つ、伝説や遺跡を大切に残して欲しいですね。
トンガープレアデス [2017年07月23日(Sun)]

トンガの王様は、天から降りて来たと伝えられています。

以前気になっていたこの記事。

古代の遺跡が開発で壊されているというものです。その遺跡はSia Complexといい、2キロ四方くらいのエリアにマウンドが点在し、それがプレアデス星団の星の位置を表しているとされるものです。

IMG_8096.JPG

IMG_8430.JPG

これはその1つ。サンゴ石でできています。

IMG_8433.JPG
高さは2メートルほど。直径は10メートルほどでしょうか。

IMG_8431.JPGIMG_8432.JPG

上から見ると、伸びている部分があります。


経済開発は重要ですが、しっかりとしたレギュレーションが整わない段階で多くの資金が投入されると、このような資源の破壊が発生することがあります。

遺産として登録し、さまざまな内外の人々にその価値が評価されれば、守られるようになるのかもしれません。
トンガーマウイ・キシキシ2 [2017年07月23日(Sun)]

トンガの東側には海溝があり、地震がよくある土地です。2009年9月には、震源はトンガの北部沖だったと思いますが、サモア、トンガ、米領サモアで地震と津波による被害が発生しました。

そんなトンガタプ島の西にあるハベルリク村には「アナフル」という洞窟があります。(アナは洞穴のことだとか)

鍾乳石もあります。

IMG_8374.JPG

大きな亀裂があります。

これは1977年ごろに発生した地震でできたものだそうです。

トンガタプ島の北部南側、西から東にかけて、縁には造礁サンゴでできたテーブル上の岩が続いており、地震などによる亀裂も走っています(南側北側はマングローブがあり、ラグーンのようになっています)。

IMG_8427.JPG

津波石がいくつかあるそうです。

IMG_8428.JPGIMG_8429.JPG
火成岩よりも軽く、脆く、おそらくその岩盤の一部が津波で剥がされ、島の上に運ばれたのではないでしょうか。どこかに海底からとありましたが、津波石を見てみると造礁サンゴの石なので、起源はそれほど深くはないのでしょう。

世界最大の津波石と言われていますが、感覚的には島の特徴が影響しているものではないかと思われ、当然ながら、世界最大の津波の証拠ではないでしょう。また、造礁サンゴの島の表層の土の上にあること、一方で土地が津波による塩害で植物が育たないという状況ではないことから、ある程度の時代と津波のエネルギーについてモデルが作れるかもしれません。



IMG_8228.JPG

これもサンゴでできた岩です。

いろいろな伝説があるそうですが、太陽の動きを記した(春分・秋分、夏至、冬至)古代の時計という話が有力なようです。トンガの王様の話も関係しています。

日の長さを意識しているのは、農業が関係しているからなのかどうか。
| 次へ