CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« パラオ | Main | ミクロネシア連邦»
プロフィール

塩澤 英之さんの画像
塩澤 英之
プロフィール
ブログ
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
<< 2019年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
RSS取得
http://blog.canpan.info/spinf_shio/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/spinf_shio/index2_0.xml
さよならブルースさん [2019年05月20日(Mon)]

先日、マーシャルのブルース・キチナー外貿次官が亡くなりました。
6093C5F5-708A-4751-A210-8BB18519C36D.jpeg

キチナー駐日大使のご子息、ハイネ大統領の義弟で、個人的には、優れた実務者だったという印象が残っています。

2006年〜09年、当時、自分は本官が臨時代理大使と会計領事担当官の2人しかいないマーシャルの日本大使館で、専門調査員として勤務していました。

2004年〜2007年ごろのマーシャル諸島は、対外的意思が不明確で、日本との関係、特に開発援助関連では、政府高官、閣僚、大統領それぞれが異なる話をすることで、日本側が少々距離を置き、相手の様子を見る状況となっていました。

特に、2007年半ば頃から、週に何度も、大統領補佐官、外務次官、官房長官に会いに行き、雑談やら日本側の考え方や動向やら、世界情勢のような話やらをして、横のつながりが欠けていた3者に同じ情報を共有し、相手の話をそれぞれに共有することで、マーシャル側の意思の統一を促しました。

その過程で、政変が起こり、事務方も徐々に代わりました。

故トニー・デブルムさんが外務大臣になった2008年、ブルース・キチナーさんが、外務次官補になりました。

実務的なやりとりは次官補と行っていましたが、ブルースさんが就任してから、のれんに腕押しのような状況から、打てば響く状況に変化していきました。

何でもYESというのではなく(そのYESのいくつかはNOを意味する)、しっかりと意見や要求が伝えられるようになり、何度も議論をして押したり引いたり、時に、写真の建物(当時外務省が3階にあった)のテラスで、一緒にタバコを吸ったり(当時は自分もタバコを吸っていた)して、それぞれの立場を理解しながら、最適解を探し、いくつかうまく行ったものもあったと思います。

ある時、大使館から書簡(本省からのものだったと思う)を届けに行ったとき、議員か大臣の名前に「Honourable 〜」というのを見て、「The Honourable 〜」だと教えてくれたのは、ブルースさんでした。

当時の日本大使館には対外的なカードが臨時代理大使だけだったため、事務方とのさまざまなことを自分が担い、締めのところや大臣以上の公式の話を臨時代理大使が担っていましたが、当時の自分のボスは、ブルースさんの仕事ぶりに対して、「キチキチキチナー」と称賛していました。

とにかくそれまでのマーシャル政府とは異なり、ブルースさんは、しっかりと交渉も仕事もし、書簡や資料を隅々まで読み、攻めどころをすぐに見つけ、時に手強い政府となりました。


2009年8月に笹川平和財団に自分が移ってから、最後に仕事のやりとりをしたのは2010年だったでしょうか。

その後、確か昨年、パラオのロイヤルリゾートのロビー近くを歩いていたときに、反対側から歩いてきたハイネ大統領一行とすれ違いざま、ブルースさんに声をかけられ、挨拶を交わし、「また議論しような!」と言われたのが最後になりました。

ブルースさん自身は、目立とうとせず、地道に大統領や大臣を実務面で、裏方として支えていました。この10年のマーシャルの発言力拡大の裏には、ブルースさんの貢献があったと思います。また、次の世代に、仕事の姿勢を示してきました。

マーシャル諸島にとって、大きな損失だと思います。

ブルースさん、安らかに。
ビキニボトムから [2019年05月15日(Wed)]

先々週、久しぶりにマーシャルに行ったわけですが、ちょうど、40回目のコンスティチューション・デー(マーシャルで最も重要な記念日の1つ)の期間でした。
B6CB2E80-ABA9-4C49-82AE-04E8E166596B.jpeg
マーシャル大統領府FBより。「ビキニボトムからの訪問者も」


これまで書いてきたことの他に、マーシャルで驚いたことが2つありました。

1.太ってない!
自分がいた10年前の印象と比べて、思ったより太っていません。30代以上は基本的にぽっちゃりなのですが、肉が詰まっている感じの太り方に見えました。

2週間経ち、よく考えてみると、この10年で、パラオに50回以上訪問し、フィジーに3年暮らし、いろいろな島嶼国の人を見てきたことで自分のサイズ感が変化したのかもしれません。

フィジーの場合は太っているというよりも、「でかい!」。

パラオでは、太っている人は、本当に太っています。柔らかい感じの太り方です。

パラオのせいで、基準が変わったのかもしれません。

ただ、マーシャルでは、食べ方が変わっている可能性があります。健康思考の人や運動が大事だという人、糖分摂取に注意している人が結構いました。


2.野菜を食べるようになっている。
10年前は、野菜は米国本土からの船便で届くもので、セロリが1束25ドル(コメ10キロ8ドル弱、冷凍チキン1羽5ドルの時)でした。まるでソイレントグリーンの世界のようでした。

同じ予算で買い物する場合、養う人数も多いため、コメ、チキン、ポテトなどを買い、野菜(穀物除く)は避けられていました。

ところが、台湾から新鮮な野菜が輸入され、以前よりも安く、手軽に野菜を買えるようになったことや、台湾技術ミッションが、地道に農業を伝え、毎週のように(隔週だったかも)野菜を販売していることなどから現地の人の食生活が変化しているようです。


意識の変化、健康志向というのは、これまでの日本を含む海外からの援助や地域内での意識、などが影響しているかもしれませんが、経済が実際の行動の根底にあるようにも思います。


10年前、現地で走っていると、珍しそうに見られていましたが、先々週の経験では、運動やエクササイズをすることは、珍しくないというか、「良いことやってるね!」という反応でした。

例えば、10年前、痩せていると、「ちゃんと食べていないのか?」と心配されましたが、先々週は、「まあ、良いサイズだ」(10年前よりも多少痩せているのを見て)と言い、「自分もエクササイズしてるんだよ」と言っていました。


何カ月か前、15年以上、生活習慣病対策の支援をしていても、何も変わっていないじゃないか!と書きましたが、さまざまな要因から現地の人たちの意識は、少しずつ変わってきているのかもしれません。


書いていて思い出しましたが、マジュロとホノルルで、お店でビニール袋は使わないようになっていました。有料で紙袋をもらうことはできます。

その行動の速さに、驚きました。

現地の中央世代が交代したこともあるでしょうが、おそらくネット環境がこの10年で大きく改善されたこともあり、海外の情報が増えたことや、気候変動の文脈で、外からマーシャルが見られていることなどが影響し、意識が高い人が増えているかもしれません。
マーシャルのアミモノ [2019年05月11日(Sat)]

この10年、いくつかの太平洋島嶼国をまわり、先日、久しぶりにマーシャルに行きました。
かつてマーシャルに住んでいた時は、アミモノ(パンダナスの葉などを自然に漂白し、編み上げて作る伝統的民芸品。磨いた宝貝などを装飾に利用することもある)なんてそこら中にあるし、普通のものと思っていました。

しかし、あちこち他の島嶼国をまわり、各地で似たような民芸品を見て、今回マーシャルのアミモノを見ると、その良さに改めて気づかされました。

94D4DEC7-4697-4310-9083-0959B0188D4C.jpeg

この3年、地域密着型エコツーリズムに関わってきたことで、物の見方が変わってきたことも要因かもしれません。

マーシャルのアミモノを見ると、その丁寧な編み込み方、繊細さ、色など、他に比べて秀でているように見えます。

551B0982-93CC-4506-AE5D-D12A409BB7C6.jpeg

秀でているというと語弊があるでしょうか。

陸地面積が大きく、木材のある島で作られたアミモノでは土を感じますが、マーシャルのものは、環礁と砂浜、青いラグーン、乾いた空気と澄み切った空、白い鳥、マーシャルのおばちゃんたちの手を感じます。

140DE125-10D1-46E0-8C0A-E8FFEEA6B41B.jpeg
これはアミモノではありませんが、フィジー離任時に、当時のアクバル女性子供貧困削減大臣から頂いたもの。ハードウッドとマシ(タパ)で作られたもの。

そういえば、フィジーでは結構、マホガニーなどのハードウッドに見せかけて、柔らかな木材でタノアや伝統的道具を模したものを作り、ただ色を塗っているものがあります。

自分は現地のおばちゃんにつられてよくそういうものを買っていました。それらは軽かったり、色が落ちたり、壊れやすかったりします。値段も安めで、素朴な手作りだし、まあ、そういう土産物なのでしょう。

地域密着型エコツーリズムに関わっていると、物そのものよりも、その物に関するストーリー、例えば、どのように手に入れ、どのようにここまで渡ってきたかなどに価値を見出すようになります。

今回のアミモノは、価格としては数千円のものですが、記憶が保存されています。
小さなことからコツコツと [2019年05月06日(Mon)]

そういえば、今回のマーシャル訪問では、現地日本大使館に挨拶に行きたいと思い、事前に連絡していました。〇〇日にアレンジするので待って下さいとの返信をいただきましたが、結局放置されて終わってしまいました。

セットできないとの連絡もなかったので、他の会合の日程調整をギリギリまで待ち、最後は無いものとしました。

自分が大使館に勤務していたときは、情報収集の意味もあり、このような対応をしたことはなかった(と思う)ので、少し残念。自分はまだまだ専門家として認められていないのでしょう。

幸い、マーシャルに関しては、いろいろなルートがあるので、業務自体は問題ありませんでしたが、10年ぶりに現地職員のみんなには会いたかったですね。


今回は行く先々で大使館には行ったかと聞かれました。行ってないと答えると、このブログには書いていない複数の現地の方々から、ちょっとした不満というか距離感というか少しのガッカリ感のようなものが伝えられました。

詳細は書きませんが、例えば、マーシャルでは食べ物の優先度が高く、現地の習慣がありますが、それが理解されていないとか。

例えば、現地の方数人を招待した大使館主催の会食の際に、現地の方々と話をあまりせず、日本人同士で日本語で話をしているとか。(「呼んでおいて関心がないのかい!」ということのようです。)

C40B4DBF-2FB5-4BDD-9618-2BA11ED6C445.jpeg


話変わって、もう10年以上会っていないし連絡もとっていない現地機関の局長クラスの人がいます。

その人が管理するあるポストに、ある人物が候補者として上がっていたところ、推薦人に自分の名前があったことで、「ヒデが推薦しているのだから、この候補者は信頼できる筈だ」と、その候補者が採用されたとの話が伝わってきました。

その局長クラスの人とは、当時難しいと言われていた案件を共に実現した経緯があり、おそらくその当時のことを覚えていてくれたのだと思います。

嬉しいと同時に、その信頼を壊さないようにしなければという、責任を感じます。
マーシャル内政3(追記) [2019年05月06日(Mon)]

日本では、マーシャル内政について、現地の友人らの言うこととちょっとずれているような、何かこう不自然で気持ち悪い感じがしていましたが、反ヒルダ側の立場の情報が中心だったためだったことが原因だったと思われます。引いて観察して面白がっているような観点からの情報が多くありました。

そのような情報では、例えば、「ハイネ家が権力を握るために云々」というのですが、ハイネと言って3人しかいないし(実際には親族関連で8名だと判明)、まるでハイネ家の利益のために権力を掌握し続ける、ハイネ家はマフィアのような悪い奴らだという見方でした。

「自分たちの利益のためという理由で、アメンタ・マシュー、モモタロウ夫妻が賛同するだろうか?」「人は変わってしまうのか?」という気持ち悪さがありました。

おそらく、日本側(政府ということではなく、研究者とか実務者とか)の頼る、マーシャル側の情報源が原因だったのでしょう。

今回現地に入り、現地政府職員、議員、大臣、政府高官、一般市民、マーシャル人ではないが現地で働いている方々などと話していくうちに、全体像が見えてきました。


ここでは改めて、現時点でのマーシャル内政に関する理解を、メモがわりに書いてみます。


マーシャルには一応政党はありますが、政党というよりも縛りも政策も緩いグループと考えた方が良いように思います。
DF0F045B-28F3-448C-A099-493333748F36.jpeg

独立から1997年までは、アマタ・カブア大酋長。

1997ー1999は、イマタ・カブア大酋長中心。伝統保守。(政党としてはAKA。我が島。どちらかというとラリック列島中心)。

2000ー2007は、伝統よりも自由(ケーサイ・ノート政権。UDP。平民やラタック列島側の酋長)

ー>AKAの時は腐敗が酷く、酋長系優遇、平民は口を閉ざす状況。

ー>ノート政権では、平民が発言力を持ち、自由になったが、規律はなくなった。ガバナンスに問題。2期目には腐敗も。

2008ー2015は、平民の自由度が求められるが、ノート政権は拒否。トメイン系(ノート派を除くUDP+新人無所属)とAKA中心の駆け引き。

2015年の選挙では33議席中、約3分の1が新人。国民の間で、AKA中心でもなくノート系でもなく、新しい世代のグループへの期待が高まる。

2016年1月、大統領選出に際し、新人グループ側は候補を一本化できず、古いUDPの流れをくむアルビン・ジャクリックを擁立。

これを阻止するため(背景に、新しい政治を求めるためか、もしくは単にノートさんがジャクリック大統領選出を阻止したかったためか、複数の要因あり)、ノート氏らがキャステン・ネムラを引き抜き、キャステン大統領選出。

キャステン大統領就任後、組閣で、ウィルバー・ハイネとトーマス・ハイネが外されたこと(これが利権確保のためなのか、更迭ととらえられたのか不明)、さらにケーサイ・ノート元大統領とその周辺が含まれたことで、ハイネ・グループが降りる。大統領は新しくとも、ノート政権に近いと見られた。そして不信任案が可決され、ヒルダ・ハイネ大統領選出。

ー>ここで、ノート派とキャステンは、反ハイネになる。

2016年からのハイネ政権では、ある閣僚(先日喧嘩した相手だが)が、職権を濫用、今回現場で聞いた話では、職務中に大臣室で酒を飲み、部下を酷く扱う(これに嫌気をさして次官は辞職)、閣議を通ったと嘘をついて職員を動かす、国の船を強引に予定を変えて自分の選挙区のある島に物資を送り、予定していた島の人々に多大な迷惑をかける、公金の公私混同利用、があり、大統領が更迭。またある大臣はやはり公金の私的流用の疑いがある支出を事務レベルが止めたことに腹を立て、暴力を振るい、ヒルダ大統領が即更迭。

ー>両元大臣が、反ヒルダ・ハイネに。

このような話が、日本では明確ではなく、大統領の力が弱いと言われていました。実際には、大統領自身は、勝手な大臣を抱えながら、ガバナンスや透明性の強化を図ってきたように見えます。

話によれば、デニス・モモタロウ大臣は本来野党側ですが、ヒルダさんが、デニスさんの真面目で誠実で実務能力も高いとして、要請した結果だったようです。

昨年のヒルダ大統領不信任案については、まずはノート派、キャステン、両大臣、その他の野党側で利益を求める勢力が、機会を探していたところ、暗号通貨の話で理由をつけ、一致して出したものだと思われます。実際には、単に自分の利権のためにとか、逆恨みでハイネ大統領を潰したいとか、権力を握って好きにしたいという人たちが多かったようです。

11月の選挙では、より一層の世代交代が進むかもしれません。古い政治体質を持つ人が中心となるのか、より新しい枠組みが作られるのか、関心が高まります。

次の選挙後の政権は、米国とのコンパクト交渉を担います。個人的には、政党とかグループとかではなく、国と住民のために、挙国一致というか、高い能力と同じ意識を持つ議員による政権になって欲しいですね。
マーシャル内政2 [2019年05月04日(Sat)]

10年にわたり複雑化してきたマーシャル内政ですが、今の政権をどう見るかによって構造の理解が変わります。


マーシャルの将来を考えるならば、消去法で言うと、以下は望ましくないと個人的に思います。

・伝統的酋長の利益中心(旧来のAKA)
・ノート元大統領政権(旧UDP)
・古い世代中心

このことを踏まえると、ヒルダさんは、ハイネ・ファミリーとして強い基盤を作ることで、酋長系や古い政治家と戦っているように思えます。

個人的な好き嫌いになってしまいますが、今の与党の中で、議員になる以前によく話したことがあり、国の将来に必要だと思ったのが、ヒルダ・ハイネさん、アメンタ・マシューさん、デイジー・モモタロウさん、デニス・モモタロウさん。

今の野党側では、キャステン・ネムラ、ケネス・ケリー。

本当は、キャステンとケネスが与党に入るのが良いように思えます。


キャステンは、2016年1月に18日だけ大統領になりました。この短命に終わった理由は2つ。いずれも組閣に関するものです。

1つは、ウィルバー・ハイネとトーマス・ハイネを入閣させなかったこと。これでヒルダ・ハイネも離れました。

2つ目は、1つ目に関係しますが、ケーサイ・ノート元大統領を入閣させたこと。

古い政治家になるアルビン・ジャクリックが大統領になることを避けたキャステン大統領というのは、それだけでも意味がありますが、組閣で失敗しました。ノート元大統領の意見を聞きすぎたのかも知れません。

大統領を含め、現職議員で次の選挙が安泰な人はあまりいないようです。しかし、少しでも新しい議員が当選し、世代交代が進んで欲しいと思います。

B73D0F44-DA58-4D30-834C-3644EC96184E.jpeg
希望 [2019年05月04日(Sat)]

昨日、マジュロの端から端まで(リタからローラまで)移動しましたが、人が減り(減ったように感じた)、空き家や廃墟が増えた状況や住民の表情から、「なんでマーシャルが、こんなになってしまったんだ!」と、悔しくなり、泣けてきました。


デラップに戻ると、ひょんなことから、ある大臣とある野党議員とで夕食をとることになり、その後、議員とは場所を移動して、午前2時まで飲み、議論を続けました。

数年前、彼が初めて選挙に出たとき、マーシャルの人々と国のために、新しい世代の中核として政治を新しい方向に変えていくことを期待していました。そういう考えを持っていた人物でした。

しかし、話していくと、もう違うのかもしれないと感じ、自分は椅子を蹴って帰ってしまいました。もうマーシャルに来るなというのであれば、それでけっこう。

そのため今日は、一日中暗い気持ちで過ごしていました。

夜には以前の高校の教え子で、日本でいう中3から短大2年まで、長い付き合いがあり、勉強やスポーツや、バンドもやっていた仲間と夕食をとることにしていましたが、ドタキャン。「やっぱりマーシャルだよな」と諦め、さらに暗い気持ちで食事をオーダーしていました。

すると、ティミーが来て、メイデー閉会式に行くと、レボンが現れ、10年以上前にティミーと結婚したスウェリンにも会えました。彼らは30前後です。皆2〜4人の子供がいて、しっかり責任を持って育てていました。おじいちゃんになった気分。

自分たちはFU2というバンドをやっていて、レボンがギターとコーラス、ティミーがキーボードとボーカル、スウェリンがボーカル、自分がギターとハーモニカとミキシング担当でした。コーヒーメーカーのJJはアメリカに渡ったまま音信不通。ボーカルのダスティンはエジャコ。

5B2A8B2D-0EB9-41F7-AD4B-516A529888D2.jpeg
ティミーとレボン

BF975AAD-E740-46B7-8DEE-02492B1265D4.jpeg
スウェリン変わってないやん。

同級生は200人超いましたが、話を聞くと、男の6割、女性の3割程度がアメリカに移住しているようでした。

自分にモスキートダンスを教えてくれ、「WWIIでなぜ日本は勝たなかったんだ」と言っていたケジは、自殺してしまったとのこと。

男気があり正義感の強かったアンテンは看護師になっていましたが、マジュロで救急車で移動中に交通事故で亡くなり、他にも女子では結婚がうまくいかず悩みすぎて辛い状況になった子や、ガンで若くして亡くなってしまった子もいました。

でも、今日、マジュロに残っている彼らと話していて、十数年前に語り明かした時のように、彼らは今でも変わらず、国と住民のためにという気持ちを持ったまま、実際にさまざまなポストで任務を遂行していることがわかりました。

あとは、まだ音楽をやっていて、楽曲も作っているとか、太りすぎたから、昨年からダイエットしてるとか、俺と同じじゃんと言いながら、かつて一緒に演奏した場所で解散。

835F813E-803F-4BCB-BFAB-33AB41E6CF15.jpeg

暗い気持ちのまま帰国するところだったけれど、彼らは希望を与えてくれました。

彼らの時が来れば、アメリカに移った仲間も少しずつ戻ってくるだろう。
マーシャル内政 [2019年05月04日(Sat)]

マーシャルのわかりにくい内政について少し理解できてきました。
44687400-3B0C-40A8-BE0B-3560F2005FAD.jpeg

マーシャル政治のこれまでの大きな軸は下記になります。

1986〜1999  大酋長
2000〜2008  平民系(自由)対酋長系(規律もしくは酋長の利益)
2009〜2017  平民系1、平民系2、酋長系、無所属、世代交代、ラリックとラタック

現在は、ハイネ・ファミリー(世代交代含む)対元大統領・酋長系・世代交代一部のような形のようです。

与党側がハイネ・ファミリー。

日本国内でもハイネ・ファミリーの話を聞きましたが、ハイネは3人しかいないのに、と疑問でした。しかし実際には親戚関係でハイネ系が他に5人程度おり、その多くが内閣にいます。女性議員はこちらです。

国際社会をよく知っている一方で、以前は大酋長に近い人たちでしたが、現在は距離があります。

野党
元大統領(ケーサイ・ノート、リトクワ・トメイン、クリストファー・ロヤック、キャステン・ネムラ)、酋長系議員、平民系、無所属派などがいます。

男たちの集まりで、古い政治家と一部新しい議員たちもいます。

外部から見ると、現与党に野党の若い人たちがつくと、新しい政治として期待できますが、いろいろなしがらみや金にまつわる話で難しいようです。

マーシャルの選挙は11月。議員の顔ぶれが1/3ほど入れ替わる可能性があるようです。
9年振りのマーシャル [2019年05月04日(Sat)]

久しぶりにマーシャルに来ました。
F8F0D511-5F1D-4B99-B774-FB77B5E29400.jpeg

03154AA4-39FD-4326-BA75-B5847B7837C4.jpeg

73ED3897-1072-4D43-A952-7D242CB47028.jpeg

政治、経済、台湾関係など、いくつも興味深い話が聞けたので、少し書いていこうと思います。本当に少しです。

9年、空いていたことで、当時との比較が直観的にできる面がありますが、一方で、フィジーやパラオや他の島嶼国の経験を積み上げたのち、初めてのマーシャルなので、まずは空気や感覚に馴染めるかが不安でした。

いくつかの会合の後、NGOなどで働いている以前高校で教えていた生徒たちに会うことになり、流れでお葬式に参列したりで、マーシャル語だとか、マーシャルについて思い出しました。

89E24258-28BC-411C-9A23-3EEAC6680D30.jpeg
CE8BBEAD-73E8-45CB-8DF4-65893C98F981.jpeg

81BA46A7-0B7B-49DB-A6C7-39DC087493D8.jpeg

間違っているかもしれませんが、11〜12年前(政治混乱が始まった時期)と今の直観的な違いは次の通りです。

・人が減っている。
・一般市民に元気がない。お金が回っていない。
・放棄された建物が目立つ。

というものです。

立場の異なる3者から、個別に聞いたところ、近年、米国への移住者が増えており、国の人口は減少傾向にあるようだということ。

これはマクロ経済的には緩やかに成長しているものの、国内のお金の回り方が歪であり、立場の良い人にはより回るが、一般市民の生活は厳しくなっていることの表れかもしれません。

例えば、現地の友人や警察長官と話したところでは、これまで中国系飲食店主を人身売買で摘発したことが何度かあるが、従来、店員も中国人だった。
しかし最近は、学校からドロップアウトしたマーシャル人の女性が、お金のためにそのような中国系飲食店主の下で働くようになっているとのこと。

マクロ経済的には成長していても、実態としては、住民の生活にお金が行き届いていないように見えます。

最近のキリバスとナウルの方が、住民の生活に活気があるように感じます。
マーシャル政府、ベネズエラ暫定大統領承認 [2019年02月07日(Thu)]

2/5、マーシャル諸島共和国外務貿易省より、同国がベネズエラのフアン・グアイド暫定大統領を承認すると米国政府に伝達したとのプレスリリースが発出されました。
マーシャル諸島共和国憲法前文が引用されています。自由、民主主義、人々の平和と調和など。
| 次へ