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塩澤 英之
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オフ [2019年08月18日(Sun)]

昨晩帰国し、簡単に食べたら荷物もそのままに寝てしまいました。

4時に目が覚めたので、荷物をとき、風呂の用意をしつつ、米をセットし、洗濯も開始。

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出てきました!フィジーでフィリピン人の友人からいただいたバナナ・ケチャップ!

12年くらい前に、JICA専門家研修でフィリピンに行ったときにはまったものです。昆布の出汁に似たうまみと、甘みと酸味が揚げ物にピッタリです。フライドチキンがベスト。

レーチェルだったらどんな風に使うだろうか。


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ウェリントン空港で攻殻機動隊。ボスそっちのけで興奮してしまいました。

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オークランド空港で、爺爺ではなかったので良しとしよう。



そして、まだ朝が新しいうちにと、走りに出ました。

今日は気分を変えて、Broods, Glades, Robinson, Alison Wonderlandを聴きながら。ググってみたら、皆、オーストラリアかニュージーランドの出身とか。

それにしても、走った後の水シャワーが気持ちいい。今の季節だけ味わえる幸せな瞬間。



オーストラリアやニュージーランドの夏にはフェスとかあるだろうか。

LAだけど、来年もコーチェラに行けるよう頑張ろう。
台湾 [2019年08月09日(Fri)]

昨日、いろいろあり、寝付けないのでもう1本。

昨年9月に始まった台湾との関係は、個人レベルで何となく深くなっている気がします。

昨日は、内部の会議準備・会議を挟みつつ、フィジー、フィジー、フィジー、パラオ、パラオ、トンガなどの友人といろいろな調整や情報収集を行っていました。

加えて、台湾の友人ともちょっとした準備をしていたのですが、明日(今日のこと)資料を送ると伝えると、「明日は台風に備えて、職場は休みとなった。日本にも台風が近づいている。台湾も日本も、大きな被害が発生しないことを願う。」(英語がとてもうまい女性です)と連絡がありました。

一昨日は台東・台北で大きめの地震があり、今回は台風が直撃しそう。

無事を祈る。

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暑さとトケラウと、いろいろと。 [2019年08月03日(Sat)]

さっき外を走ってみましたが、27分で限界。体調が悪いのか、暑さのせいか。
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先日はNZ大使館の友達とランチして、アーダーン首相がトケラウにNZ首相として15年ぶりに訪問しているとの話を聞きました。飛行機が飛ばないので、民間の船だそうです。

トケラウはニウエに並ぶ人口の少なさですが、国連の非自治地域リストに掲載されており、ニウエやクックの自由連合などのようには、NZとのステータスを住民が決めていません。

独立していないNZ領の一地域としての位置づけになりますが、確かフォーラム漁業機関(FFA)の正式メンバーで、南太平洋大学のメンバーでもあります。

確かPIFでは準メンバーで、PIDF(太平洋諸島開発フォーラム)ではメンバーになっていると思います。

PIDFは、いわゆるCROP機関ではありませんが、太平洋島嶼国主導で、国連でオブザーバーステータスを得ています。設立当初からブルー/グリーン・エコノミーと住民の参画が大きなテーマとなっていましたが、2年ほど前からは、おそらく他機関との違いを示すために、国連の動きに合わせて、地域の南南協力を推進する機関となっています。より住民の声が反映される期待があるため、より小さな国や地域が加盟に積極的でした。現在は台湾承認国のうちパラオを含む5カ国が加盟しているはずです。(昨年末時点で全部で12カ国・地域・機関が加盟)

南南協力は、先進国によるODAとは異なる途上国間の協力です。例えば中国による開発協力は、途上国としてのもので、南南協力と言えます。

先日、スバでPIDF総会が開かれました。主要テーマは南南協力。

南南協力ということで、感覚的には、中国のプレゼンスがこれまでで最も高かったように思います。

その場では、きっと、台湾承認国のソロモン諸島やキリバスの代表も、中国側の方々と話す機会もあったでしょうね。



そういえば、先月フィジーで、10月から韓国インチョンからの直行便(週3便)が止まるとの話がありました。
古い話。握手しながら足を踏む感じ? [2019年07月29日(Mon)]

少し古い話。フィジーの日本大使館で仕事をしていた頃、2012年から13年ごろのこと。
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フィジーにはさまざまな国の大使館や国際機関、地域機関の事務所・事務局があり、日本はミクロネシア地域のような目立つ存在ではありませんでした。
そのような環境で、外交団の集まりや、地域会合などに出席すると、同じ東アジアの国として、中国や韓国の外交官とは、お互いにホッとするように、話をすることもありました。

何でもない日に、昼食を外で食べてるときに、たまたま顔見知りの外交官がいると、雑談をすることもありました。

中国とは現地メディアを通じて、大使レベルで主張し合うことはありましたが、大使レベルでも書記官レベルでも、上記のような場面では、普通に話をしていました。大変真面目な外交官で、本音では大変そうであったり。

韓国の書記官や参事官の方々も、とてもにこやかに話をして、書記官の方などは、親しくなれそうな雰囲気もあったりしました。

しかし、にこやかに話している一方で、参事官の方と話をしていると、天皇陛下のことを「your king」と、しれっと言ったり、フィジー外務省待合室のテーブルに、表紙に英語で「独島」と書いてある冊子が置いてあったり、ナンディ空港のラウンジに英語で「東海」と書いてある大きな世界地図が貼ってあったりしました。


自分がフィジーに赴任したのが2012年10月。当時、自分が見た限りでは、日本とフィジーの外交ルートが硬直していて、書記官レベルの交流も硬くなっていたようでした。

民間からの任期付職員であったため、当時、その日本・フィジー関係を把握するルートとして、大使館内(日本人)に加え、個人的に日本の外務省担当部局、駐日フィジー大使館、現地政府職員(友人繋がり)、現地インド系の友人、現地先住民系の友人(政権支持派)(野党支持派)、地域機関・国際機関、などを持っていました。

その状況の中で、理由を見つけて、フィジー外務省に行く機会を出来るだけ作るようにし、やがて当時の外務次官や移動大使と話せるようになり、外務大臣や首相にメッセージを伝えられる関係を作っていったということがあります。

その過程で、初めてフィジー外務省に行ったとき、2012年末か2013年初頭だと思いますが、待合室のテーブルに英語で「独島」という冊子がドーンと置いてありました。日本側に気づかれることもなく。

その日話をしたフィジー外務省局長クラスの人に、「フィジー政府は韓国政府の主張を支持してるの?」と聞き、冊子の話をしたところ、相手は驚いた様子を見せました。意識せず、何カ月もそのままにされていたようです。どういう経緯で置かれていたのかはわかりません。油断するとこのようなことがあります。(次に現地外務省に行ったときには、その冊子は無くなっていました。)

ラウンジの地図については大使が気づき、新たに質の良い地図を提供し、張り替えられたと記憶しています。

また、ある時は、バヌアツの首都ポートビラ空港(バウアーフィールド空港)に着いたとき(任期中、4、5回だけでしたが)、中国、豪州など援助国の国旗がはためく中に、日章旗がなかったり、ボロボロであったりしたことがあり、都度、現地外務省に「こうでしたよ」と話をしたりしたこともあります。(話すと大抵改善してくれたので、ただ気づかなかっただけなのかもしれません)


バヌアツは、現地に日本大使館ができたので、もう大丈夫だと思いますが、フィジーにいた頃には、親しさは親しさとして、にこやかさはにこやかさとして、油断ならないなと思ったものです。

昨今の情勢を見て、そのようなことを思い出しました。
全体像の把握 [2019年07月20日(Sat)]

金曜の朝から腰が痛く、今日は終日安静にしていました。歩き出すと問題はないのですが、座るとき、立ち上がるときに、腰が固まります。寝相が悪かったのではないかと思っています。最近シロナガスクジラの夢をやたら見ていたせいかも。

このような太平洋島嶼国関連の仕事をしていると、真実をどのように把握すればいいのか悩むことがあります。
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仕事上、一次情報に触れる機会が多くなり、その情報はそれまで表に出ていなかったり、その時点で、日本側では自分しか持たない場合もあります。これは自分に限らず、現地と良い関係を作り仕事をしている方々も同じではないかと思います。

他方、日本では一般に公開されている論文や論説が限られ、またそれらの中には、必ずしも一次情報源から情報を得ていなかったり、元資料にあたっていないものもあり、9割正しいとしても、後に影響が出るような間違いが含まれることがあります。

一次情報源から情報を得るにしても、聞く側の知識、聞き方、相手との関係性により、内容も理解も変わるでしょう。

僕が初めてマーシャルに協力隊短期隊員として赴任したとき、マーシャルの日本大使館に専門調査員として赴任したとき、初めてパラオやミクロネシア連邦で仕事をしたとき、フィジーに書記官として赴任したとき、赴任してからツバル、ナウル、キリバス、バヌアツ、太平洋諸島フォーラム、地域機関、その他と仕事をしたとき、いつも初めは日本の論文や論説、レポートを調べて入りました。

しかし、すべての場合で、現地に入ってから「あれ?なんだウソじゃん」と愕然とすることがありました。

それぞれ資料としては大切ですが、常に疑って読まなければなりません。その人が、本当に現地に入り、しっかりと話を聞き、客観的に分析ができているかなど。主観が多く入っている場合もあります。

元資料であっても注意が必要です。例えば、2013年ごろ、ADBの太平洋経済モニターを読んでいると(今も大切な資料の1つ)、財政資料や分析が、明らかに現地で得る感触と異なることがありました。欧州出身の執筆者に聞くと、特に島嶼国に関心があるわけではなく、現地での調査を十分に行っていないことがわかりました。

そのため、現地経済情勢を把握するために、可能な国では現地財務省資料、準備銀行・中央銀行資料、IMF4条協議ミッションレポートを合わせて読み、現地新聞・SNSを読み(新聞もSNSも鵜呑みにはしない)、実際に市場やスーパーで買い物したり、現地で働いている人と雑談をしたりで全体像を把握していったりします。

財政に限らず、政治関連(内政であったり、外交であったり)でも開発関連であっても、一事が万事、このような手間をかけなければ、本当のことがわからない、と考えています。

とにかく、正しい状況を把握するためには、人が書いたものを、執筆者の権威に限らず、疑ってかかり、できる限り自分自身で生の現地情報をとる。

太平洋島嶼国だからということではなく、本気で本当の状況・像を把握しようとすれば、他の国もそんな感じですよね?(ディテールはまた別の話)

自分の世代は、後に続く若い世代の方々に対しても、今後太平洋島嶼国に関わっていく方々のためにも、世の中に対しても、できる限り正確な情報を残していかなければならない立場にあるように思います。

とはいえ、自分の書くものにも、理解にも、誤解や誤りが含まれる恐れもあるので、最終的には、必ず原典にあたって欲しいと思います。
体調管理優先で [2019年07月14日(Sun)]

先ほど、部屋に着きました。坐骨神経痛は骨盤固定補助器のおかげか悪化することもなく(といって良くなっているわけでもない)、まあ現状維持。

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部屋に着いてから、米を3合セットして(白米1.5合、玄米1合、もち麦0.5合)、おかずを買いにスーパーに行き、長ネギとシメジの味噌汁だけは、さっと作る。

帰路、フライトが長かったので、報告書のドラフトを2本終わらせることができましたが、別の手のかかる作業の途中でギブ。それにしても、飛行機の中がとても寒かった。


体調管理を優先し、今回の出張では、朝か夜、4日は運動するノルマを決め、実行しました。

明日休みなのは助かります。心身の疲労回復に努めます。
目方でドン! [2019年07月09日(Tue)]

金、土とパラオで会議を行い、月曜にオークランドにたどり着くために、日曜に成田に戻りたかったのですが、グアム経由だとフライトがない︎
そのため、中華航空で、台北経由(一泊)で成田に向かうことになりました。もともと夜10時ごろに台北着の予定でしたが、遅延したため、台北の空港そばのホテルにチェックインしたのが0時を回ってから。翌朝のフライトが早いので、チェックアウトは朝6時。

成田では、次の訪問先用のお土産を悩みながら調達し、スーツケースに入れ直し、チェックイン。

すると、何と、ピッタリ23キロ!エコノミークラスの上限です。こういうところに小さな幸せが…。目方でドン!


NZ航空でオークランドに向かったのですが、成田悪天候の為、1時間15分遅延しました。フィジーのナンディへの乗り継ぎ便に間に合わない(実際にCAから遅い便に振り替えたと連絡あり)。車と会合の時間変更をしたくても、NZ航空ではネットも使えないし、当日連絡になるけどオークランド到着後しかないなあと思いつつ、3時間ほど寝て、書類作成に移りました。

ふと横を見ると、
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この色!すべて吹っ飛びました。遅延ありがとう。それにいつもは座らない窓側でよかった。

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肉眼では、まさに旭日旗のようでした。


というわけで、成田〜グアム(乗り継ぎ)〜パラオ〜台北(乗り継ぎ)〜成田(乗り継ぎ)〜オークランド(乗り継ぎ)〜ナンディ、陸路でシンガトカ(1泊)〜そして雨のスバに着きました。

昨年末から、痛む足の原因が、坐骨神経から来ている感じなので、日本を出る前日にロフトで買ってきました。

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笠みたいですが、椅子に敷くやつです。これのおかげで、長いフライトも、以前よりはマシになりました。
あせる! [2019年06月26日(Wed)]

今朝、日本財団笹川会長のブログを読んで、「至る処青山あり」とか、暴走とか、「溢れる情熱、どんな困難も耐え忍ぶ忍耐力、成果がでるまで努力を続ける継続」とか、そうそうそうそう、と思いつつ、職場まで歩いていました。


この頃は(何年もの間?)一生懸命や情熱を冷めてみる空気感があって、古いタイプの自分のような人間は「何でそんな面倒くさいことやってんの?」とか「何でそんな一生懸命やってんの?」とか、変わり者のように見られがちです。そういう雰囲気やちょっとした冷めた言葉に、結構落ち込んだりします。

数日前も、ちょっとそんなことがあったのですが、今朝、笹川会長のブログを読んで、自分も「至る処青山あり」を胸に持って活動してきたし、そうそうそうそうと、多分自分の方向性は間違ってないよな、と少し元気になりました。

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(これはパラオのガラード州のストーンパス)

そして、今日の昼食後(だったろうか)、自分の席に戻ると、「笹川会長からお電話です」。プチパニック。

例えが正しいかわかりませんが、太平洋島嶼国に関わってきた自分にとって、笹川会長は、ロックをやっている人にとってのボブ・ディランのような存在です。(ゲームチェンジャーで、ユーモアのセンスと色気があってカッコいい。)

先日のOPRI Newsletterを読まれて、「激励」のために電話をかけていただいた、とのことでした。

その言葉1つで、不思議に数段レベルが上がるというか、毛細血管がカッと広がるというか、やる気が増します。思いが届いているんだという、喜びもありました。

困難なことがあっても、もう一歩行けそうな気になります。まだまだ行けます。



まったく話が変わりますが、令和に入って、最近、昭和30年代の空気感(直接は知りませんが)と今が、何かこうフィットするような気がしています。

クレイジーキャッツの無責任シリーズが好きで、といっても1962年前後の3作のみですが、最近DVDボックスを購入したので、改めて何度も見ていて、ますますそう感じました。

特に2作目の1962年の「ニッポン無責任野郎」が、もう大好きで仕方がないのですが、言葉の歯切れの良さ、美しい昭和の女優さんの綺麗な言葉、響き、テンポの良さ、展開の速さ。由利徹とか谷啓とかの細かいギャグ。それと東京。

そういえば植木等も「人間至る処青山あり」と言ってます。ちょっと文脈は違うけど。

「五万節」なんて、東京の町を歩きながら、口ずさんでしまいます。

海外の友人にも勧めたいけど、英語字幕がないんだよなあ。
レイチェル [2019年06月01日(Sat)]

レイチェルといえば、レイチェル・カーソンですが、最近は、レイチェル・クー。

ネットフリックスで、「レイチェルのパリの小さなキッチン」というのを見始めたら、レイチェルのキュートな魅力にはまってしまいました。それと、こんな感じで料理して良いんだ!と。


今朝、パラオから帰国し、部屋に戻ったのがお昼前。

スーツケースを開け、荷物を整理し、洗濯し、ご飯を炊いて、軽く食べて、洗濯物を干して、力尽きて寝てしまいました。

パラオを出たのが午前3時。移動も細かく、結局一睡もできなかったので。

僕は本当に疲れているときには、たいてい、おにぎりかカレーを作って食べます。

夕方に目が覚めましたが、全身筋肉痛だし、もう一歩も外に出たくありません。

小さなキッチンに行くと、タマネギがあり、冷凍しておいた鶏肉と、冷蔵庫にはトマトとニンジンが1つずつありました。

カレールーがあればなあと思っていたら、ありました!

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フィジーのカレー粉とクミン。だいぶ前に、フィジー大使館のケレラさんにもらったやつ。

小麦粉もあったので、もう、脳内レイチェル・クーですよ。彼女のとても明るく、ポジティブな言い回しを再現しながら、料理開始です。

タマネギを半分カラメリーゼするまで炒めて、鶏胸肉と適当に切った残りのタマネギと人参を炒めます。

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小麦粉を適当にふって炒めて、フィジーのカレー粉とクミンを加えてさらに炒めて、トマトを投入。水を加えて、味をみながら20分ほど煮込みます。

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野菜と鶏肉の出汁が出ていて、トマトの酸味も良い感じ。最後にローリエを加えて、少し休ませる。

男の料理で、見た目は悪いけど、ナポリの皿で美味しくいただきます。

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ああ、美味しかった。クミンがイマジネーションを広げます。

鶏肉と玉ねぎを木べらで炒めていると、ふとアフリカの日々が蘇ります。自分の味つけには、いろいろな国のエッセンスが混ざってるかも。
バランス [2019年05月18日(Sat)]

今年の1月から首から左手先までが、2月ごろから右の腰から右足首までが、調子が悪くなっていました。

疲労が原因だろうから、いつか治るだろうと思っていましたが、いつまでも良くなりません。痛み止めを飲めば数時間やり過ごせますが、根本的な解決にはならないため、どうしたものかと悩んでいました。

3月末から、私的旅行も含め、飛行機に乗る機会が増えることから、本気で何とかしなければならないと焦ります。

このまま一生痛みを抱えて生きるのかとか、まあ所詮数十年の話だしなあとか、半ば諦めの気持ちもありました。

それでも、まあ、ちょっと冷静になった時に、原因を考えてみました。

すると、1つは、体重増(1年前よりは6〜7キロ軽いですが、半年前よりは4〜5キロ重い)、もう1つは、バックトゥザフューチャーのマーティ・マクフライのように寝相が悪く、確か昨年末ごろから首が(おそらく)ヘルニアのように痛んでいたことが思いあたりました。

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体重を減らすには、運動量を回復する必要があり、そのためには、足腰を治さなければなりません。F1でいえば、PUはまあまあいいが、シャシーと足回りが今ひとつという状況で、単純に痛いと走る気になりにくい。

左腕から左手先については、首のあるポイントを意識することで、少し改善することがわかり、今も気をつけています。この1月で、多少良くなりました。

右腰から足については、正直走り過ぎによる疲労の蓄積かと思っていましたが、数日前、坐骨神経が関係している可能性がわかりました。その結果として、スネやヒザも痛むようになったと思われます。

言葉の訛りに似ていて、油断すると、フォームが崩れます。そのフォームの乱れも影響していそうです。

そこで、一昨日から、ストレッチを増やし、昨日から、足の運び方(歩きや走りのフォーム)を意識して変えるようにしています。これにより、多少痛みが改善されてきました。

さっき気づきましたが、丁度、今日で、ダイエットを本気で始めてから1年になります。

第2段階に移る良い機会なので、まずは2週間、冷静にどこまで再改善できるか試してみたいと思います。
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