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太平洋島嶼国事業 主任研究員塩澤のブログです。太平洋島嶼国の話題を中心にお伝えします。@hide_fjz
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太平洋島嶼国と生活習慣病[2019年04月16日(Tue)]
NCDsとは非感染性疾患のことで、メンタルヘルスも含みますが、太平洋島嶼国では、概ね糖尿病などの生活習慣病を意味します。太平洋島嶼国の課題について話すと、大抵、「NCDs」が挙げられます。

しかし、自分の記憶では、15年前も生活習慣病が大きな社会問題でした。

日本や他の開発パートナーが、15年以上支援してきたにもかかわらず、今年の世界肥満ワースト10に、太平洋島嶼国から8か国がランクインし、ワースト3は島嶼国です。パラオが2位だったかな。

15年というのは当時の10代が大人になり、親になっています。世代が代わっています。

その長きにわたって支援してきても、改善していないということは、支援の方法なのか、内容なのか、間違っているということじゃないでしょうか。

おそらく、あと15年経っても、同じ援助方法だけでは、変わらないでしょう。

自分は太平洋島嶼国で生活して、50キロ台前半から、70キロ台後半まで太ったことがあります。そして、昨年、「気合いを入れて」、本気で10キロの減量に成功しました。痩せすぎたので、今、少し増量していますが。

太平洋島嶼国でのNCDsの主な原因は肥満です。肥満は要は、カロリー収支がプラスであるため、発生します。

カロリー収支をイーブンかマイナスにするには、カロリー摂取量を減らすか、カロリー消費量を増やすしかありません。

消費量を増やすには、運動量を増やす必要があります。基本的にはスポーツでしょう。

実際の環境だとか、現地の大きくなっている人たちを見ると、やはりターゲットはカロリー摂取量を減らすということになると思います。

では、どうやって減らすか。

1つは、各人の基礎代謝+日常生活でカロリー収支がイーブンになる摂取量のラインを意識づけること。

例えば1日1800キロカロリーが必要だと意識づける。そして、普段の彼らの食事について、カロリーを示します。ご飯を山盛りで食べると1000キロカロリー。甘〜いケーキを食べると+1000キロカロリー。とか。

しかし、この場合、本人の非常に強い意志が必要です。

もう1つは外的要因による摂取量減少。
世帯収入の減少。経済が悪化すれば痩せます。
また物価が上がれば、痩せます。

実際に2008年ごろ、マーシャルでは米の価格が3倍以上高騰し、結果的に痩せた人もいました。元気はありませんでしたが。

カロリー摂取量の減少の問題点は、体の抵抗力が落ちる場合があること。島嶼国によっては厳しい環境の場合もあるので、バランスをうまく取らなければなりません。

太平洋島嶼国における生活習慣病の問題は、気候変動や経済とは異なり、彼ら自身の意志次第であり、いつまでも開発パートナーに頼らせてはダメです。マジックなんてありえないので。

悪魔的な考えですが、本気で痩せさせるには、外的要因を強化して、輸入食料の流通量を制裁をかけるように、制限してしまえばいいでしょう。半年もすれば、効果が現れると思います。
アウェアネスとか言って、ただ理屈や綺麗な話をしても、援助側の自己満足で終わるでしょう。

彼らのカロリー収支に対する意識を高め、行動を促すにはどうすればいいか。

例えば、地域全体で競争してキャンペーンをするとか、体重を10キロ減らしたら、航空運賃を3割引きするとか、何らかのインセンティブが必要なのかもしれません。

生活習慣病対策は、治療面では保健医療分野のアプローチが必要ですが、根本的な対策は、カロリー収支の計算、食事パターンの改善、食事内容の改善、料理方法とか、カロリー消費量の増加など、保健医療分野以外のアプローチが必要だと思います。コーチのような人が必要でしょう。

そろそろ、本気で現地の人々と話して、彼らが本当に生活習慣病になりたくないというならば、本気で側面支援すれば良いと思います。彼ら自身の問題なので。

例えば、日本では多くの人が毎日一生懸命働いて、一生懸命と言わないまでも、生活の糧を得るために、さまざまなストレスがあろうが乗り越えて働いて、税金を納めています。

一方、太平洋島嶼国の中には、毎日のんびり時間を過ごして、やることがないと木陰で何かを食べながらおしゃべりをするような人もいます。彼らには彼らのストレスやさまざまな制約があるとは思いますが。。。ただそのような彼らの中には、「何で日本人はそんなに働くんだ?」という人もいます。

先進国としての義務とか、外交上の理由があったりするので、単純に良い悪いの話ではありません。

ただ、せめて、彼ら自身の意志次第で変えることができるものに関しては、彼ら自身が本気で取り組むべきだと思います。その過程で先進国の支援が有効な部分があるなら、協力する。

彼らは困っている人に優しいし、誇り高い人たちですから、本気で話せば本気になる人も出てくると思います。

それでも甘いことを言うのであれば、彼らの選択なのですから、そうさせればいいでしょう。努力なしに、すぐに効果のあるマジックはない。

ここ数年、パラオでは早朝ウォーキングや、エクササイズを意識的に行っている人が何人もいます。

フィジーでは、彼ら自身が料理するときに減塩して酸味を活用しようというキャンペーンもありました。

若い子たちの間では、コーラとか甘い炭酸飲料を避けて、水とか悪くともダイエットコークとか飲むようにしている人もいます。

以前は葉物野菜は豚の餌だということを言う人がいましたが、最近は野菜を意識して食べる人たちもいるようです。

どこか1つの国で、1つのコミュニティで成功例を作り、ヘルシーなコミュニティモデルとして、国とか地域とかで称え、それが一歩発展した社会モデルであることを示すことができれば、若い世代を中心に、広がりが出てくるかもしれません。

気候変動で主張できるのだから、自分自身でコントロールできる問題に対しては、彼ら自身で取り組むことができるんでしょう。

ともかく、太平洋島嶼国のNCDs対策については、もういい加減、しっかりとした成果が出るようなアプローチが必要だと思います。
アボカドトースト[2019年04月14日(Sun)]
1994年、ボブ・ディランのライブ、確か南浦和だったと思います。当時、来日当初のライブでは、ボブ・ディランの声はへにゃへにゃで、ギターソロも堂々と音を外しているという人がいるくらいの状態でした。しかし、その南浦和は来日後2週間以上たった終盤の追加公演だったんじゃないかと思いますが、バンドはドラムがパワフルで、あのチャーリー・セクストンがギターで、ボブ・ディランの声もギターもハーモニカも最高でした。そういえば、その時は、会場入りするディランが外にいた我々に手を振ってくれました。

そのライブでは、来日中、唯一、「The Times They Are A-Changin'」を歌いました。その後、その演奏が入っているブートレッグCDを手に入れ、聴き続け、勝手に、自分はその曲を伝授されたのだと思い込むことにしました。

当時は、大学院の研究室で、昼も夜も関係なく、パラメーターを変えながら、フォートランのプログラムを使って、数時間のシミュレーション実験(試行錯誤)を繰り返していた時期。研究室に寝泊まりしていると、夜遅く、行き詰まることがあり(サチると言っていた)、そんなときには駅に繰り出して、「The Times They Are A-Changin'」を歌っていました。たいてい、酔っ払いに「うるせえ〜!!!」と怒鳴られていましたが。

その後も、2001年ごろと2010年ごろ、ボブ・ディランが来日した際には、2回、その曲を歌ってくれました。



30代以下の人は、昭和から平成に変わった時期のことについて、あまり実感がないかと思います。自分は高2でした。世の中とか、社会とか、人生について、深く考え始めていた時期でした。当時の空気は、日本国中が喪に服すという状況ではありませんが、重い空気と共に、「平成」という時代が始まったと思います。ちょうど、バブルが弾けるころ。


今回は違います。この4月、満開の桜が長く持ったこともあるのか、何かこう、不思議な充実感と、凛とした覚悟があるような空気感が漂い始めている気がします。お祝いの気持ちと、静かな高揚感と。


さて太平洋島嶼国。太平洋島嶼国は非常に小さく、援助や信託基金を通じて国際社会に密接に繋がっているために、世界の変化による影響や空気の変化が早く現れるように思います。

近年の動きを振り返ると、2000年代半ばに始まったものだと思いますが、特に2013年頃から、フェーズが変わったように思います。そのころから、変化が速くなっています。

外的変化もそうですが、離島のような太平洋島嶼国内でも、携帯やスマホが普及し、ネット環境が改善し、世界や地域の情報が速く伝わるようになり、国内でも情報が速く伝わるようになっていったように思います。単位時間あたりに得られる情報量が格段に増えました。人口の少ない村落部や離島が多いので、広がり方としては全体の3割から4割程度だと思いますが。

アメリカのミクロネシア地域への関与も急速に変化しています。

昨年の7月頃までは、アメリカはあちこちで情報を集め現状を把握する状況で、感覚的には日本の方が先に進んだ情報や理解を持っていたように思いますが、彼らは、既に我々を通り越しています。速い。グズグズしているうちに、フラッシュのように駆け抜けていきました。
日本と太平洋島嶼国の関係の強み[2019年04月09日(Tue)]
中国の太平洋島嶼国に対する影響力拡大を背景に、昨年までは、現地では日本が不安になり焦っていると見る向きがありました。そこで、現地のある友人は、「太平洋島嶼国は、中国は『金』だと認識している。一方、日本は40年以上に渡り、人を育てる取り組みを続けてきたではないか。これは大変重く価値のあるもので、日本はこれを誇りに思い、堂々としていればいいのだ。」と言っていました。

昨年来、誰に話したか覚えていませんが、いくつかの国の人たちに、中国の影響力を背景に、日本や米国、豪州、NZなど伝統的開発パートナーが太平洋島嶼国との関係強化に必要なことは何かとの質問を受け、「人の繋がり」と伝えたことが何度かありました。

特に日本はパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャルについては戦前からの繋がりがあり、全体的にはJICAによる青年海外協力隊の活動、長年にわたる民間の繋がりがあり、改めて、この人的ネットワークに光を当てることが大切だという話をしました。

一方で、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャルでは、日本よりも米国の影響が強く、例えば、これらの国々では、コンパクトに基づき国民が準米国市民的権利を有するため、優秀な人材は米軍に参加できますが、身内が従軍している家族や各国政府から、今、実際に、「米国と共に自由と民主主義のために戦っている」という話をよく聞くこと。その繋がりは、ある意味、日本とこれらの国々の関係よりもリアルで強いと。また、教会のネットワークも日本との関係以上に強いと。

日本も米国も豪州もNZも、各国に根付いている人的つながりがあるのだから、これを大切にした方が良いし、これは、太平洋島嶼国との関係では「援助額」以上に重要だと。

という話を、下記の記事を読んで思い出しました。やっぱり、同じように考えている方々がいるんですね。

http://islandtimes.us/us-veterans-group-formed-post-signing-of-charter-by-president-tommy-e-remengesau-jr/?fbclid=IwAR0llnqGDWhXmFNrZwJ0Idq8_kUjrwWuE5AyqlqCXtoieleeCDaQnFvnEQs

日本も、各国でJICA研修員のアルマナイなど、何年も前から取り組んでいるし、協力隊経験者が自主的に各国OV会などを作っています。今後、このような取り組みは、ますます大切になっていくでしょう。
ソロモン諸島選挙結果[2019年04月09日(Tue)]
今回のソロモン諸島選挙は、2017年6月に、ソロモン諸島の部族紛争の平定、法と秩序の回復のために豪州が主導し、太平洋島嶼国各国の軍や警察が参加して結成されたRAMSI(ソロモン諸島地域援助ミッション)が14年間の活動を終了してから、初めての選挙という事で、注目されていました。


https://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/386626/balance-of-power-in-the-hands-of-solomon-islands-independent-mps

https://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/386583/independent-and-returning-mps-dominate-new-solomons-parliament

Radio New Zealand Internationalによれば、3日に行われた選挙結果が判明し、50議席中、ホウエニップウェラ首相含む現職36議席、新人(元もいる可能性あり)14議席。うち、女性が2議席を獲得。

恐らくバヌアツと同様に、政党政治ができておらず、記事によれば、8つの政党があるが、いずれも過半数には遠く及ばず、無所属が21と最も大きなシェアを持つとのこと。

それでも、通常、最も多い議席を持つ政党が中心となり、首相や要職ポストをカードとして、他の政党や無所属議員にアプローチして、多数派工作を行うそうです。中国、台湾関係もカードの一つかもしれません。

首相の上に、政治的権力ではなく名誉職に近い形で、フィジーやバヌアツには大統領がいますが、ソロモン諸島には英連邦の総督(ソロモン人)がいます。

その総督が、折を見て(憲法に選挙後何日以内との規定があると思いますが)、議会を招集し、首相選出選挙が行われることとなります。

その後、組閣があり、新政権が始まるという段取りでしょう。中国関連は、その後、どのように表面化するか。


しかし、記事によれば、多数派工作のために、金銭もかなり動いているんじゃないかとのことです。
メラネシア[2019年04月08日(Mon)]
この週末は、完全休養。疲れたらカレーかおにぎりと決めてますが、今回はカレーを作って、食べたいだけ食べて、ただただ眠り続けました。

4月3日にはソロモン諸島で選挙があり、台湾から中国にシフトするかどうかが注目されてますが、なるようにしかならない。

あのアメナさんが、一部選挙区の監視団長として、現地に入っていたそうです。

数日前には、インドネシアが太平洋島嶼国とのフォーラムを立ちあげました。閣僚級ですが、フィジー、パプアニューギニア、パラオ、ミクロネシア連邦、メラネシアン・スピアヘッド・グループなどが参加していました。

インドネシアは大国であり、経済関係から言っても、地域の今後の発展に、重要な国になる可能性があります。

一方、背景の一つに、インドネシアの西パプア問題があります。

メラネシアでは、インドネシアの立場に理解を示しているフィジーとパプアニューギニアと、自由パプア運動を支持しているバヌアツ、ソロモン諸島の間で、結束ができない要因となっています。
アンガウル[2019年04月03日(Wed)]
先月、ジョス・ストーンがパラオに来るという話を聞いたのですが、本当らしいですね。再来週でしょうか。
ライブは1回のみとのことですが、そういう繋がりを持っている人がいるというのは興味深い。


アンガウルでは、日本時代のリン鉱石採掘の話に関連して、「日本に〜」という話を耳にすることがあります(バベルダオブ島のボーキサイト鉱石の採掘も似ている)。

それとは別に、確かドイツ時代に連れてこられ繁殖したというカニクイザルの問題がありました(生態系を壊す危険な生物として、アンガウルから外に出さないように管理している)。

長い間、駆除という話があったのですが、友人によれば、「すでに個体数は住民の数を上回っており、住民は負けた。そのため、発想を転換して、アンガウル州として、カニクイザル保護区を設置し、観光利用する」とのことでした。

アンガウルでは、米軍がレーダー施設を設置する話があったり、それ以前、数年前に、中国の民間企業が、港だったか空港だったかの改善を図って、観光開発するという話もありました。

太平洋戦争では、アンガウルの戦いとして知られており、かつては日本語も公用語だったという話を何かの日本の資料に書いてありました。

アンガウルの血筋の友人は、切れ者が多い気がしますが、日本との関係は薄くなっているのかもしれないですね。
mph[2019年04月02日(Tue)]
令和というのは、何というか、しなやかでありつつ凛としている響きを感じました。新緑の時に、新しい時代が始まるんですね。



さて、先ほど走りながら、昨年度について少し振り返ってみたのですが、次のような考えを持っていたことを思い出しました。


一つは、日本国内での島嶼国に関する理解の幅を広げるために、クラウドの中の点の一つとして、自分自身のエッジを保つようにすること。そのために、できるだけ他者の考えに影響されないように、現地の一次情報を自分のフィルターを通して、共有すること。

もう一つは、欠けているピースを埋めること。

自分自身は太平洋島嶼国について2003年から関わり、渦の中にいた部分もあるので、ある意味、その頃から現在までを肌感覚でわかるような気がしています。しかし、それ以前については、現在の情報の理解に影響がないように、あえて知らないふりをしてきました。以前、何度か書いていますが、その時代に関する日本語の論文・論考などに違和感を感じていたということもあります。「何か違うんだよなあ」というもの。

例えば、島嶼国の独立について、自分は、各国で、当時を知る人から、それはマーシャル、パラオ、バヌアツ、キリバス、フィジー、ナウルなどが含まれますが、「苦労して独立を勝ち取り、主権を確保した」、そのために「国連の枠組みが、旧宗主国に対する牽制となった」というニュアンスを得ていました。しかし、日本でいろいろな文章を読むと、「各国は独立できるレベルにないのに、独立させられた」というニュアンスとなっていました。


しかし、昨年度、いよいよ時がきたと思い、自分にとっては開けてはいけない「パンドラの箱」のような、過去の情報を調べ始めました。特に4月から8月まで、出張の機会を減らし、平日も夜遅くまで、土日も、時間があったら、とにかくまとめ続けていました。

限られた時間の中でしたが、下記について調べ、まとめてきました。
・過去20年間の、トンガの中国に関する現地報道。
・太平洋諸島フォーラムの1971〜2004の35年分のコミュニケと、その期間に出された首脳宣言。
・太平洋諸島フォーラムで、2004〜現在までに出された、首脳宣言。
・パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島のそれぞれの米国自由連合盟約(コンパクト)

他にも、参考程度ですが、
・サモア、バヌアツ、トンガ、フィジーの財務省資料。
・サモア、バヌアツの過去10年の中国関連現地報道。
・気になる事象に関連した報道の深堀り。
ほかにもあるかと思います。。。

実体験があるために、上記の文章から読み取れることが多々ありました。10年前に調べても、理解できなかったことだったと思います。自分個人用のノートとして、まとめてみましたが、それにより、島嶼国の現在の動きに加え、国際社会の動きも見えてきました。

さらに自分が実体験してきたものを補強するものとなりました。例えば、自分が直接、ある外国の外交官に、現地で言われた話があるとして、それを補足する内容であったりとか。渦の中で体験していたものを、俯瞰的な情報と合わせることができたというか。


このように、実体験と、過去の原典を読み込んだことで、現地に出張し、より深い意見交換をすることができるようになりました。自分もそうですが、現地でも、相手次第で話す内容や深さが変わります。自分で調べてわかる内容は、お互いに知っている上での話。


先日のセミナーで、何故、このような準備ができるのかというような質問を、何人かの外交官から聞かれ、「偶然」、というように答えていました。

しかし、よく考えてみると、自分の実体験、読み込んだ原典に基づく情報(あえて、現地以外の研究者の意見を聞かない)、それに加えて、直近の現地での動きを合わせていくと、調べなければならないテーマが見えてきます。そのテーマに応じて、さらに情報収集と信頼できる現地の関係者・研究者と協議を行う、その積み重ねの結果、セミナーやラウンドテーブルに繋がっていきます。

方向性が間違っていなければ上手く転がるので、この点において、「偶然」と思ったということでしょう(自分で言ったことですが。。。)。


書いていて思い出しましたが、もう一つのエッセンス。自分の開発協力の入門編は、ザンビアでの協力隊員でした。そこでは同僚が、どんどん病気で死んでいきました。その他、短期ですが、JICAのおかげで、セネガルとかフィリピンでも開発協力を体験させていただいたことがありました。太平洋島嶼国だけを見てきたわけではないので、少し引いて現地を見ているところがあります。

人には「島が好きだから」と何度も言われてきましたが、そんなことはない。「仲間・友人」として「対等な立場でともに課題に取り組む」という感覚はありますが、「かわいそう」とか「人助けしなきゃ」とかいった感情はありません。

入り込み過ぎず、引き過ぎず。
ソーホー[2019年03月31日(Sun)]
ニューヨーク!
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1月から3月の怒涛の活動が一段落したので、これまでの休日出勤分まとめて休暇を取りました。

ソーホー地区のグリニッジビレッジ寄りの宿に逗留し、原稿を書いたりしています。

20代の時はロンドンが好きでしたが、最近は、ニューヨークの空気感がインスピレーションを与えてくれる感じで好きです。

ん、犬派から猫派に変わったのとシンクロしてる?
ネコジャラシ[2019年03月30日(Sat)]
サンドラさんは猫派。家にはピングとティンカーがいます。
自分は若いときは犬派でしたが、歳をとってから、「ホメテホメテ」とされるのが辛くなり、気まぐれな3月生まれの女の子みたいな猫がより好きになりました。

サンドラさんにそう話すと、自分の犬についての感じ方に同感と言っていました。

というわけで、サンドラ博士、ネコジャラシを買う。

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サンドラさんは学者であり、教育者でもあるので、昨今のさまざまな開発パートナーによる奨学金や留学機会の増加に少々懸念があるようでした。例えば中国は年500人を受け入れるのだとか。

学生は卒業後、どうなるのだろうと。実際にどんなことが身についたのか。修士を終えて南太平洋大学に戻り、博士号を取ろうとするが、博士課程のレベルにいるのだろうか、と。

15年前、マーシャルにいた頃、すでに亡くなっていますが、当時の教育大臣がこう言っていました。

「みな、高校を出て、マーシャル短大に行く。何年もかけて準学士を取る。アカウンティングが多い。しかし、彼らが卒業してもマーシャルでは雇用機会が少ない。アメリカに移っても程度の低い仕事にしかつけない。」

「勤労意欲も低い。家族が大きいので1、2人仕事をしていればいい。」

「そんなことなら、地元の島で育ち、地域社会で生きていく方法を学んだ方がいい。高い教育など、一部でいいんだ。国際社会の目標など、このような国の事情にあっていない」と。

暴言というか、我々の開発協力の根幹に関わるもので、何の言葉も出てきませんでした。大臣は当時、すでに重い病を患っており、真に国の将来を憂いていたのだと思います。

中国は年500人の留学生を受け入れるという話がありますが、日本はそんなことは無理でしょう。やはり数ではなく、質にこだわっていいように思います。

文部科学省の奨学金制度は数学が弱い島嶼国の学生にはハードルが高いと言われます。しかし、その日本の難しさを売りにしても良いのではないか、などとも思います。

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あと何か書くつもりでしたが、忘れてしまいました。。。

良い週末を!
早朝バス[2019年03月28日(Thu)]
ニューヨーク!

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ウソです。

4時起床。
始発のバスで空港まで同行するため、招聘者滞在先に向かいました。

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そこまでやらなくても、という声もあるのですが、我々に限らず、このような招聘の際に外注すると、その場だけの形だけのもので終わってしまうことがあります。

何年か前、何かの理由で、太平洋島嶼国14カ国から14名が来日していたことがありました。その際、彼らの日程の終盤、確か帰国前日くらいだと思いますが、当財団に表敬訪問していただけることとなりました。

こちらは招聘元とやりとりをして、受け入れ準備をしていましたが、当日彼らが到着すると、招聘元の方は誰もおらず、代理店さんと外部の通訳の方だけが日本側から同行されていました。

我々としては、担当者の方と直接挨拶できる機会でしたが、招聘元がいないので、代理店の方と通訳の方(通訳は必要ないと言いましたが)との挨拶のみ。

その後、1時間ほど14名の島嶼国の皆さん(各国の行政官)との意見交換が終わると、何人もの参加者が「やっと日本に来た意味が分かった。」「これまであちこち、物のように連れ回されていたが、期待していた意見交換の機会がなく不満だった。」などと言っていました。これでは、実績として招聘しただけで終わってしまいます。もったいない。

2010年、同じようなプログラムでやはり現地の行政官が来日していたことがありました。彼らの帰国前日のレセプションに招待していただき、参加したことがあります。

マーシャルの参加者以外、皆初対面でしたが、何か不完全燃焼感があったので、マーシャルの参加者に「カラオケに行って飲み直そう!」と言ったところ、7人くらいついてきて、午前3時ごろまで続きました。その時はほとんど何の意見交換もしませんでしたが、その時の参加者のうち、サモアとナウルの参加者とは、その後、仕事で繋がることになりました。

自分もイベントのロジ、サブロジ、サブなどの経験が何十回、もしかすると100回以上あるので、担当者の大変さがよくわかるつもりです。自戒もこめて、何とかもう一歩、進むことができれば、同じプログラムがより意味を持つものになるのだと思います。

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自分の状況に戻ると、人が少なく困難な部分もあるのですが、何とかやりくりしています。いつか将来に繋がることもあるし、そうでない時もありますが、機械的でない、そのような積み重ねが大事なのだと思います。

その場その場で判断を求められることも多く、失敗することもありますが、「おもてなし」ということではなく、仲間として、余計な気遣いをさせず、そこにいるという感じ。

良い出張、招聘の時には、お互いにどんどんアイデアが湧き出てきます。今回はどうかなあ。
Okonomiyaki[2019年03月27日(Wed)]
今日は、JICA主催の、Pacific LEADSプログラムの下で日本の大学院に留学している太平洋島嶼国の皆さんの、レセプションに参加させていただきました。

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学生とはいえ、留学前は国で政府やNGOで働いていた方が多く、一人一人話すと、その知識と経験の深さに興味が惹かれます。

今日は、自分と招聘者を招待いただきありがとうございました。


留学生と話して、例えば自分の国の政策を、勉強として覚えている、というのではなく、国民として実感を持って受け取り、理解し、議論するなど、話し甲斐があるなと、改めて思いました。

自分の過去15年の経験から、こちらが本気で話を投げかけると、本気で回答があり、子供扱いすると子供っぽくなるということがよくあると言えます。

中国が奨学金による島からの留学生を年500人受け入れるとし、例えばフィジーの枠は30人から100人に増えたそうですが、それはそれとして、日本では大学院への留学生の、それぞれのポテンシャルを引き出す議論、留学生としてではなく、彼らのキャリアに基づく議論、を行う機会があると、相互理解の深化に有効だと思います。

例えば、クックの再生可能エネルギー100%目標一つとっても、その実態はどうなのかとか、本当の意味とか、理解が深まります。

例えば、トンガからのAPU留学生だったフナキ博士とか、昨年短期のインターンでうちに来てくれたニウエのロアさんとか、今日少し話したクックのメリタさんとか、このメンバーだけでも、真剣な議論ができそうです。



さて。

昨日のセミナーを経て、招聘者と自分の意見交換が続いています。
彼らは現地で直にいろいろなネットワークの中におり、情報を持っています。一方、日本にいながら、現地事情をある程度実感を持って理解する、自分のような人が持つ情報や考え方、というのも刺激になるのかもしれません。

例えば、バヌアツで閣僚を増やすという首相の案に対して、住民が反対しているという話がジェームスさんから出され、サンドラさんが現政権の話をし、自分が憲法改正が必要じゃないかなあとか、どんどん情報や意見を交換していきます。

そして、その後、サンドラさんのリクエストで、下北沢へ。サンドラさんが90年代に東大に留学していた頃に、よく来ていたコーヒー屋さんを探しました。

まだありました!

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パプアニューギニア産のコーヒーを購入。

最後は、お好み焼き。

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明日は早朝から成田です。
おやすみなさい。
Yakitori[2019年03月26日(Tue)]
今日、非公開セミナーが開催され、 無事終了しました。
我々事務局は少数のため、皆忙しく、自分もロジもサブもアテンドも行っていたため、なかなか議論の準備ができませんでした。

それでも、今日、セミナー2時間前に30分だけ集中できる時間があったので、ポイントを絞ることができました。

招聘者の講演も素晴らしかったのですが、特にパネルディスカッションでは、普段自分が各地を訪問して、雑談などから情報を得るような感覚で行うことができ、招聘者の2人が期待以上に情報を共有してくれました。

招聘者の本気を感じ、こちらもよりスペシフィックに関心事項を伝達することで、深まったように思います。

自分も準備段階から、情報を整理しなおしたり、今回の議論を行うことで、かなり勉強になりました。来年度以降の取り組みのヒントを得られたように思います。

今回聞きに来てくれた、豪州、NZ、カナダ、パラオ、フィジーなどの外交官の方々が、こんがらがっていた理解、例えば日本と太平洋島嶼国のそれぞれの言い分のようなものについて、状況を俯瞰的に見ることができたそうで、褒めてくれました。

どうやってテーマを決めて、招聘者を選ぶのかとか、どれくらい前から準備するのかとかも、関心があったようですが、基本的にずっと自分の頭にアイデアがいくつかあり、活動の中でピンとくるものにフォーカスし、偶然の積み重ねで実施に繋がっているとしか言いようがありません。辻占みたいなものです。


セミナーの後は、ガード下で焼き鳥に行きたいというので、有楽町に向かいました。かつて良く行っていた、たぬきとか。

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たぬきには、1年ぶりくらいに行きましたが、なんと!隣に、あの勝谷誠彦さんのマネージャーだったタイチさん!!そしてマリックスラインの岩男社長。そう、あの勝谷さんの有料メールを読んでいた方におなじみの方です。

たぬきは、かつて、6年くらい前に、偶然勝谷さんに会った場所。勝谷さんは昨年亡くなってしまい、タイチさんも数カ月ぶりにたぬきに来たそうです。偶然というか、勝谷さんを感じました。勝谷さんが残した人の繋がりは、まだ生きています。

その後、ハシゴ、pub crawl。

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こういう時には、相手よりも多く飲んで、食べて、先に酔わないようにして、良い雰囲気を作りたいと思っています。そのためにダイエットしたり、体を鍛えたりしているのかも。

それにしても、人の繋がりを感じる1日でした。なんか嬉しいなあ。
ディレイ[2019年03月24日(Sun)]
人身事故の影響で、NEXが1時間半遅れました。こういうことがあるので、現地で対応できるようにしておかなければなりません。
招聘者の飛行機も、少し遅れているので、全体的にはバッファで吸収できる範囲。都内に向かう方法がプランBになります。

それはそうと、フィジー航空は、日本航空、ブリティッシュエアウェイズとコードシェアしてるんですね。

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シュガー・・・[2019年03月24日(Sun)]
昨晩、寝ようとしてから、何故か、「小学校の時に流行っていた、女性3人組の『シュガー何とか』って名前なんだっけ?」と疑問に思い始め、スマホを触る気力もないまま、夢うつつのまま朝になりました。
「負けた」、と「女性3人  くたばっちまえ  シュガー」でググってみると、すぐに見つかりました。グループ名は「シュガー」。

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今日はこれから夜10時過ぎまでアテンドになります。成田に何回か向かう予定です。

外部に委託も出来るのですが、過去の経験からいえば、到着時に外部の人ではなく、担当者が最初に言葉を交わすことが、いろいろな意味で良いことがあります。

そのため、自分が担当している事業では、体と時間の都合がつく限り、自分で動くようにしています。自分が研究員で、上に主任研究員がいた時には、研究員の自分が動いていましたが、今は自分の他に研究員がいないという事情もあります。

招聘者との移動の1〜2時間で、話をすることもあるし、ただ、ぼーっとしていることもありますが、一緒にいると緊張感が柔らぐ場合もあるのだと思います。また、そのような時の雑談に、自分が理解できていなかった物事を理解できるヒントがあったりします。当然ながら、このような場合は、メモなど取りません。メモを取り始めると、話の内容が変わってきます。

自分は学者ではなく、動いているだけかもしれませんが、この15年超は、このような時間の積み重ねかもしれません。


中身を書かなければ大丈夫だと思うので、書いてみます。あとで消すかもしれません。

自分は2009年ごろから日本とフィジーの関係が極めて悪くなっていることに危機感がありましたが、2012年3月には、決定的な亀裂が生じました。

自分が島嶼国ルートで耳にしていた話は、どう考えても日本に非があり、何とか修復しないと日本とフィジーの関係はダメになり、日本のフィジー大使館が撤退して、在北京のフィジー大使館が日本を見るという話まで出始めていました。

自分はまだフィジーに行ったこともなく、知っているのはマーシャル時代のフィジー人の同僚のアセナとかティモジ。そして日本のフィジー大使館の方々と留学生などの在留フィジー人の方々だけでした。日本の方が書いた文章は、ズレがありすぎてあまり頭に入らず、例えば南太平洋大学のサンドラさんのものを読んだりしていました。

そんな2012年のある時、島サミットの数週間後だったのだと思います。国内でフィジー駐在経験のある方々が集まるレセプションの機会がありました。自分はあまり社交的ではないので、壁際に立って様子を見ていましたが、いろいろな会話が耳に入ってきました。「フィジーは日本に厳しい態度を取っているが、そんなの一時的なものだ」「フィジーなど日本が必要なんだから、すぐに態度を変える」という、自分の危機感とは大きく異なる雰囲気でした。「バイニマラマ首相は本来親日家だ」というヒントもありました。

このようなことも一因となり、公募になっていたフィジーの日本大使館の書記官の任期付きポストに応募し、フィジーに赴任することとなりました。

自分の理解では、任期付きポストはその地域の専門家が担うもので、もう一つ、いつ切られても良いという考えがあり、プロパーの人が動きにくい動きができる立場にあるというものでした。

赴任後、特に2012年11月から2015年5月ごろまで、少しずつ楔を打つように、フィジー外務省、フィジーにある米国、豪州、NZ、英国、フランス、EU、キリバス、ツバル、ナウル、バヌアツの各大使館・高等弁務官事務所、現地国連事務所、ADB事務所、フィジー準備銀行、PIF事務局など、何度も足を運び、日本国内の話や、自分のフィジーや地域動向に関する考え方を柱に、雑談をして回りました。

フィジー外務省のある高官(当時)には「メッセンジャー」と言われましたが、2013年半ば以降、自分の伝える話のエッセンスが、現地の外務大臣や首相に伝わることもあるようでした。(直接、伝えると言われたことが3度ありました)

その中で、フィジーは2013年10月に外務大臣が訪日、2014年9月に総選挙を実施して民政復帰、2015年5月、バイニマラマ首相が第7回太平洋・島サミットのために訪日し、安倍総理が大変手厚く歓待し、日本とフィジーの関係がある程度回復しました。

民政復帰前は、フィジーでは中国の比重が非常に高くなっていましたが、2016年ごろには日本も1:9から4:6近くまでは挽回できていたかもしれません。また豪州、NZを始め、他の主要ドナーとの関係が回復していくことで、中国はある意味、責任ある開発パートナーの一つになりました。

2000年代半ばのマーシャル、2009年から現在までのパラオ(2012〜2015除く)でも、渦の中にいた気がします。

このような動きをしてきているので、自分の立場は学者など滅相もなく、論文を書くでもなく、研究者と言っていいのかも分からず、変化の中にいる1人の草のようなものかもしれません。

その結果、情報を実務の中で得て、他者の論文の内容も実務の中で確認し、取捨選択し、自分なりの地域理解に繋がっているようにも思います。

例えば他者が地域機関について何か書いたとして、著者が、実際に現地に行ったり、真剣に交渉したり、意見交換したりした経験があるのかどうかで、読むかどうか(信頼できるかいなか)判断します。(実際の現場を知らない方が書いたものの場合、そのようなものは本質を突かず、キャッチーな言葉に引っ張られる傾向があると思います)
少し回復[2019年03月23日(Sat)]
先週の台湾出張前にした怪我で負った傷が2週間でだいぶ良くなり、おとといに30分、今日40分走れるようになりました。
先週は余りにも痛むのでロキソニンを飲んでみると、台湾出張中の1週間、胃痛に苦しみ(胃が痛いからとロキソニンを飲むわけにもいかず)、現地最終日に胃薬を買って、今週火曜くらいから胃も回復してきました。

痛みと疲労の2週間でした。

来週は、招聘者2名と非公開セミナーがあるので、ロジもありつつ、議論の準備をしているところです。より良い生産的な時間とするためにも、今後の日本と太平洋島嶼国の関係の深化に少しでも貢献するためにも、良い準備をしなければ。

参加していただく方々の所属先のみ招聘者に伝えたところ、招聘者の一人は昨日、もう一人は今日、それぞれ自分とこのような議論をしたいのだ!と連絡をくれました。気合いが入っています。

まずは無事に来日できますように。

台湾の蔡総統のパラオ訪問は、現地にもかなりインパクトを与えているようです。2月にCNNも蔡総統の特集を流していましたが、中国との関係ではなく、女性リーダーというところに焦点が当てられていました。女性というところがパラオでも優しい雰囲気に繋がっているのかも知れません。

2000年代前半にパラオに当時の陳総統が訪問した時は、何か偉い感じだよなあという印象がありましたが、今回は柔らかい。

キャッチコピーは「Oceans of Democracy」だそうです。

パラオでは、海上保安部門の支援と、観光部門を取り上げていて、中華航空増便で訪問者数を増やしたいとしています。2013年ごろまで台湾人訪問者数は3万台中盤から後半だったものが、中国人観光客の急増に合わせるように減少し、昨年は11000人。ある程度回復は可能じゃないかと思います。

日本ではスカイマークがサイパンへの直行便を就航し、5月にはパラオ直行便を計画しているとの報道がありました。

ジェリーフィッシュレイクのクラゲも回復してきていて、上下水インフラ改善ももうすぐ完了するので、良いタイミングかもしれません。
そういえば[2019年03月20日(Wed)]
昨日、朝、帰国しました。
太平洋島嶼国の動きというのは、世界的にそうでしょうが、通信環境の改善に沿うように、速く速くなっています。

落ち着いて、論文を書くような研究もしたいと思う部分もありますが、今、まさに起こっている変化を目の前にして、いや、その変化の潮流に巻き込まれている感覚がある中で、立ち止まって他人事のような態度を取ることはできません。

この次に何が起こるか想定するときに、太平洋島嶼国やその地域に限っていえば、役に立つ論文の数は限られているでしょう。またその論文自体に不正確な部分がある場合、それに気づく目や知識が必要になります。

前に書いたかもしれませんが、自分も初めて島嶼国に行くときに、先輩方に「〜を読んだ方がいい」「〜先生の本は読むべき」と勧められて、何度か読んで現地に入ったことがあります。

しかし経験上、全体の7割が正しくとも、現実の変化の速さとのギャップでズレが生じているか、もしくは、単純に調査不足で間違っている場合があります。もしくは、言葉で遊ばれて、本質を突いていないことがあります。

何度も信じて失敗する自分もアホだと思いますが、マーシャル諸島、パラオ、フィジー、バヌアツ、キリバス、トンガ、ナウル、ミクロネシア連邦、ニウエに関して、信じて失敗したことがあります(流石に繰り返すとすぐに気づきますが)。

人それぞれですが、今ここで変化が起こっていて、いくつかの想定のもと、対処しなければならないときに、他人事のような態度をとることはできません。単純に性格の問題かもしれませんが。

しかし結局現地の友人とか知り合いとか、現地のニュースをきっかけに色々なルートから得る話とか、経済レポートとかをダーっと頭に入ることで、全体像が見えたりします。日本語じゃない方が良い。


期待しているのは、自分は頭が良いわけではないので、このようにして自分がキャッチしている切りたての断面、カッティングエッジのようなものが、このブログや何かを通じて、実務に当たっている方々に届き、裏どりを含めて確認していただき、深掘りしたり、それぞれの研究や仕事に繋がることです。

自分も間違うこともありますが、色々な立場の人が正しい情報のもとでさまざまな取り組みを続けていけば、日本として巧みに取り組んでいくことになり、他の先進国も太平洋島嶼国も関係国も、日本に対する対応の仕方が変わってくると思います。話す内容も。

自分の場合でも、相手が島をどの程度知っているのか、知っていなくとも勘がいいか、関心の度合い、本当に何かに取り組むためなのか、単に興味本意なのか、によって、自然に話す内容も深さも変わり、自分の気づきも変わってきます。


さて、今日は目に付いた台湾に関するニュースがもう1つありました。

豪ローウィインスティチュートによるもので、4月に選挙を控えているソロモン諸島は、台湾から中国にスイッチする可能性が(かなり)ありそうだというもの。輸出の6割以上が中国で、その9割以上が木材とのこと。額にして300百万ドル以上。

さらに現在の中国より以前に現地に入っている中国人の方々が現地でビジネスをしていて、今でも本国とつながりがあり、ソロモン国内でこれらの中国系ビジネス関係者と繋がった国の有力者が、経済成長のために中国との関係強化を求めているということ。

よく考えてみると、ソロモンには台湾は年に30億円以上の支援をしているようで、これが必要なくなるのであれば、残っている承認国への支援に振り分けて、各国により手厚くできるんですよね。

経済の規模からも、そのくらいでいいのかも。

島嶼国の方も、シフトすれば、見えてくるものがあるでしょう。
台湾政府、パラオに警備艇供与[2019年03月19日(Tue)]
蔡総統の21日からの訪問時に、パラオと台湾が、海上保安協力に関する覚書(MOU)に署名するようです。台湾側はパラオに小型警備艇供与、海上警察官のトレーニングなどの支援を行うようです。

豪州供与のRemeliik(90feet)や日本財団供与のKedam(40メートル級)よりも、もっと小さい船とのこと。

日本と同様に、パラオマリンサンクチュアリ法に基づく2020年のEEZクローズに対して、台湾としても台湾の漁業者が操業を続けられるような交渉をできないかという考えがあるようです。

http://islandtimes.us/taiwan-to-give-palau-a-patrol-boat/?fbclid=IwAR1XAgB1rp-w2iF5jjH66VfYKqhMa0qyDczrkWJ-yGjzROLRdkRlhI8sPBM

2020年からのクローズに関しては、パラオ国内でも議論が続いており、議会では5年〜10年延期したほうがいいという声もある一方で、国際社会に対する責任として、約束通り、2020年にクローズすべきという考えもあります。

パラオの人はお金の計算をする人たちなので(当たり前か)、クローズして得られる資金と海洋管理コスト、クローズせずに漁業国から支援を得続けることで海洋管理を賄う場合の収支などを比較し、議論している人たちもいます。

一方、レメンゲサウ大統領自身にとって、マリンサンクチュアリは来年迎える2回目の2期目終了に際し、レガシーとなる意味を持つものだと思いますし、来年8月の海洋会議において、青い大陸の管理者としての行動例を示す、象徴的意味を持つものと思います。

台湾としては、パラオの次期大統領のことも考えて、現政権と関係を強化しつつ、次期政権への準備もしなければならないので、徐々に難しい時期になっていきます。日本もそうですが。。。

選挙キャンペーンは既に地方で始まっており、今年の年末ごろからは、政治の季節になるでしょう。
牙とか偏食とか[2019年03月16日(Sat)]
先進牙!
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偏食!
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昨日、午前はエスワティニ、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、パラグアイ、ニカラグアの参加者が各国のエコツーリズムのプレゼンをし、午後は、自分が、パラオ環境配慮型ツーリズム事業を紹介しました。

昨日の参加者も今日の午前の国々も、エコツーリズム=自然という考え方だったので、日本では、地域密着型ツーリズムもエコツーリズムの一つの形だと定義されていること、自分たちの取り組みは経済的メリットと自然・文化の保全・保護の両立を目標としていることを説明しました。

たっぷり時間をもらっていたので、パラオでの参加州研修員とのワークショップ、日本での研修、現地での住民参加型ワークショップなども、深掘りして紹介しました。

実際の地域住民とのプロセスを紹介したことや、自然だけでなく、日常生活から資源を見つけて、地域住民がリードして、少人数の観光客を受け入れるという考え方は、他の国の参加者には驚きだったようです。

時間が余ったので、ブレイクの後には、ジョンとジェロムにお願いして、フリーディスカッション。

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ブレイクの時に、台湾ICDFの友人が、「どうやってこんな関係を作ったの?方法を教えて欲しい。」と質問してきました。

意味が分からず「何のこと??」と聞いてみると、自分がプレゼンをして質疑応答をしているときに、パラオのみんなが自分からどんどん発言して、参加者の理解を深めていたこととか、パラオのみんなが自ら考えて行動していることについて、「アメージング」ということだったようです。

自分とパラオのみんなとの間では、一緒に課題に取り組んでいるわけだし、余りにも自然なことだったので、「偶然そうなった」と言ってみました。

で、例えば、上からこうやるんだと言ったことはないし、ある意味たよりない感じで、「こうじゃない?」「分からん」とか言ったり、ポイントを示しつつ彼らと率直に何度も何度も話し合いをして、実際に行動してきた結果かもしれない、何よりも彼らが真剣なんだよと。

台湾ICDFにそのやり方をもっと教えて欲しいと言われたり、太平洋島嶼国で仕事を続けて欲しいと言われたり、悪くないですね。
サニーボーイ[2019年03月15日(Fri)]
明日のプレゼン資料がほぼ出来上がりました。明日の朝、見直して、修正して完成。


一度作ったものを使い回せば良いのかも、とも思うのですが、情報のアップデートだったり、聞いてくれる方々のバックグラウンドや求めているであろう内容を想定して、毎回構成やポイントを変えています。

ゼロからではなく、4割程度できているものをいじるので、数時間でできるといえば、できる。

今日(木曜)は、9時から現地海洋大学の先生の講義に参加、昼に台湾ICDF本部、午後が各国からの参加者のエコツーリズムプレゼンの評価。

また台湾ICDFの人と簡単に夕食を食べて、さっきまで、プレゼン資料作りでした。

お昼の台湾ICDF本部訪問ですが、昨年9月以来、2回目。前回は現地外務省の友人が助けてくれて、右も左も分からない中、連れて行ってもらいましたが、もうわかりました。もう一人でも行けます。

で、本部では課長クラス2人と専門家2人に会い、課長クラスの人には、「ヒデという名前を、100回以上聞いていた。やっと会えた。」と言われ、次長さんには「サニーボーイ」と名づけられました。

名前の漢字が太陽に関係している?というわけではないと思うのですが、何だろう?

あと年齢も、10歳以上若く見られて、これは良いのか悪いのか。貫禄がないんだよな。。。


今年も伊勢に行って、アメノウズメノミコトに挨拶しないと。
シダ植物、美味しい。[2019年03月14日(Thu)]
今日のお昼に初めて食べた、シダ植物が、美味しかったんです。ゼンマイとかワラビとかは開く前ですが、これは開いたやつ。シャキシャキしてて、このためにまた台湾に来たいと思えます。

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明日のプレゼン資料を作らないといけないのですが、ちょっと現実逃避。

今日のワークショップでは、パラオ、ソロモン、キリバス、ハイチ、セントキッツ・ネイビスからの参加者が発表し、自分の世界も広がった気がします。

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日本で言えばJICAに相当する台湾ICDFですが、JICAもそうだと思いますが、政治的なことから離れて、純粋に、まじめに開発協力を行っていると感じます。

太平洋島嶼国では、台湾からみるとソロモン、キリバス、パラオが不安定で、自分が台湾人だったら、ものすごく不安で、プレッシャーに潰されそうになっているでしょう。頑張れ、台湾。

別のワークショップも開催されていて、そこには台湾と外交関係のない国々、モンゴル、ベトナム、フィリピン、アルゼンチン、ブラジルなどからも参加者がいました。

外交関係のある国は減っているけれど、人の繋がりは拡大しているのかもしれません。

台湾ICDFの取り組みは、グラスルートの人たちに目を向けていて、感覚が近く、経験を共有できるんです。言葉が違うのに、不思議な感じです。

そういえば、太平洋島嶼国で、台湾を国家承認していないフィジーとPNGに台湾の経済事務所がありますが、中国政府が両国に対し、名前をRepublic of Chinaから台北に変えるように申し入れたことがあったそうです(中国の立場から見れば、当然といえば当然だと思いますが)。

PNGは台湾側に名前を変えるようにプレッシャーをかけ、台湾側は泣く泣く名前を変えたものの(「日本〜」を「東京」〜に変えるような感じ)、フィジーは断固として、変更を求めなかったそうです。外国の圧力に屈して、言いなりになるということは、認められないのでしょう。

Status quoでは駄目なのだろうか…。
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