Proposal from the GYE2006
提言書
平成18年度グローバル・ユース・エクスチェンジ事業
提言書(仮訳)
環境と経済発展
21世紀における調和を生み出すための考え方を探る
はじめに
われわれ、31カ国と1国際機関からの平成18年度グローバル・ユース・エクスチェンジ事業の参加者は、日本国外務省の寛大な援助のもとに、平成17年の「愛・地球博(2005年日本国際博覧会)」開催地である愛知県に集った。
そして、体験や信念を共有するとともに、提言という形で参加者一同が合意に達することにより、われわれの考えを明確化しようとしたのである。
2005年愛知万博のメインテーマ−「自然の叡智」−を受けて、われわれは環境と経済発展を調和させるための主要な見解を提言する。
サブテーマ1:自然に学ぶ文化
自然の叡智
自然は進化と創造を続ける複雑でダイナミックなシステムである。また、各部分を単に合わせた全体よりも大きい有機的な総体であり、いずれの部分よりも高い多様性を持つ。さらに、自然はそのサイクルを通して、自らを治癒し、再生する力がある。人類は、自然と切り離された存在ではなく、自然と一体である存在として人類自身を認識するべきであるとわれわれは考える。
土着の文化
文化は自然から成立した。土着の文化の多くは、観察を通した試行錯誤を繰り返し、直観的に自然のサイクルの理解を深め、柔軟性と適応性のある規則を長い年月をかけてつくりあげてきた。こうして、その地域の環境に適した、自然資源の持続可能な管理法を開発することができたのである。このように、異なる文化の間で自然の叡智のとらえ方に違いが有るにもかかわらず、諸文化に共通する要素は、多様性を包含する力を持つことであり、それによって人類は自然と調和して共存することができることをわれわれは学んだ。
利潤極大化
今日、利潤の最大化のみに傾倒する風潮のため、このような根本的な先祖の叡智は無視されている。現在の利潤最大化における問題点は、人類と自然が二分され対立関係が生まれることである。それが自然の搾取、ネガティブな外部性、多様性の喪失、自然に対する支配や優位といった思い込みにつながっている。利潤の最大化が、人類全体のニーズを満たすのではなく、個人の欲求を最大化することに人類が専念してしまう状況を引き起こしたとわれわれは考える。
人類共通の環境倫理
現在われわれは、誰もが地理的な境界線により分割された地域的な環境ではなく、グローバル化した社会に暮らしていることを認識している。そのため、人類と自然間の、適応性のあるバランスと調和を取り戻すためには、人類共通の環境倫理が実現されなければならない。期待を大いに持ってよい理由はある。なぜなら、柔軟性のある規則をつくることができるようになるにつれて、われわれは自然とただ共存するだけではなく、自然と共に創造することができるようになり、われわれ自身にも利益をもたらす創造的な自然のあり方を探求することができるようになるのだ。こうして、この倫理観は環境に対する人間の責任という世界共通の原則を反映し、包括する。それによってわれわれは、人類が環境に及ぼすネガティブな外的影響をある程度、吸収することができるようになるのである。
提言
先に述べた人類共通の環境倫理に到達すべく、われわれは次の通り国際社会に提言するものである。
● 全体性を積極的に受け入れる
われわれは国境を越えた協調行動により解決されるべき世界共通の課題として、環境・開発問題に取り組まなくてはならない。人類の団結は、協調を強めることによりもたらされる。こうして、あらゆるレベルにおいて多様性に対する寛容さや敏感さが育まれるのである。
● 新しい全体論的な教育パラダイムを採用する
世界的な協調を確立するために、われわれはあらゆる形の学習を行わなくてはならない。
われわれが直観的、また知的な理解を享受するためには、学校教育と学校外教育が必要である。この新しい包括的な教育パラダイムは、個人的な思索、家族、先祖、宗教、また教育機関やその他の社会諸機関による教育を統合するものである。これによって、われわれがかつて持っていた自然の叡智の直観的な理解とわれわれの知性が調和することになる。この新しい教育パラダイムを導入することにより、われわれは環境問題について効果的に「地球規模で考え、地域レベルで行動を起こす」ことができるようになる。この学習法を再発見すれば、われわれは人類の発展において更なる一歩を踏み出すことができる。
● 規則を導入するための多様性、柔軟性、創造性を確保する
新しい全体論的パラダイムにおける学習は、絶対的であってはならず相対的であるべきである。われわれの創り上げる多様な一連の規則が、絶え間ない環境の変化に適応できることが必要とされるからである。われわれが環境に適応できるように新しい柔軟な規則をつくるため、規則の変更に対して慎重であると同時に勇敢であらねばならない。