「脳」を見れば、福祉が変わる?! [2006年10月29日(Sun)]
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福祉チームに配属になってほぼ3ヶ月。
助成事業のイベントが財団ビルであり、本日ワタクシ営業。 そして2階上の8階では、マリ大使館の記念パーティー。 思わずリズムを刻んでしまうこの体。 独特のバックミュージックに乗せて、このブログを書いています。 「障害者福祉、だいたいわかった?」 と聞かれたら、「いや、、、10年かかってもわからないと思います」と答えていますが、 本当にわからない。。。 制度や仕組みは勉強でわかるけれど、 やっぱり一番切ないのは、「本人になってみないとワカラナイこと」がたくさんあるという事実。 7月に重度心身障害児(者)の施設で研修させていただいた時、 障害と一口に言っても一人一人様々だということを知りました。 でも、一人の担当者が10人も20人も一度に目を配らないといけない施設で、 一人一人の「個性」を見極めるのは、相当な時間がかかる。 Aさんに何ができて何ができないのかを見極める能力と、できることは時間がかかっても本人がやるまで待ち続ける忍耐力が必要でした。 もちろん、一週間しか現場にいられなかった私には最後まで、障害をもった相手が何を感じているのか、わからない部分が大きかったのが実情です。 それから、福祉チームに入ってからの3ヶ月間、「福祉」に対する関心の低さを痛感しました。 どうして、障害者の現状、高齢者の生活、私も含めて多くの人は注意を払わない(はらわなかった)のだろう。 逆に、福祉に従事する人は、重労働に加え責任は重く時間的拘束も大きい。 どうして、様々な面でのリスクを背負ってまで、「彼ら」に関わる仕事をするのだろう。 福祉業界の「外」にいると、「中」にいる人に「えらいね・・・自分にはできないけど」と尊敬と羨望の入り混じった目を向ける。 どうして「えらい」になってしまうのだろう。 そんな私の疑問に、衝撃の示唆を与えてくれたのが本日の講演。 助成先である「新生児聴覚スクリーニング後の早期療育のあり方:「療育音楽」音楽療法実践セミナー」((財)東京ミュージックボランティア協会主催)で、脳に関する発表がなされたのです。印象に残った部分をまとめると、 ==================================== 脳には様々な部分があり、聴覚野が機能していなくても視覚野が機能しているからものをみることができる。その人の脳をみれば、なにが得意でなにが不得手か、会わなくてもわかる。 障害を持つ人も同じ。例えば、言葉に対する反応がないからといって「理解」できていないとは限らない。MRTなどで脳を見て、どの部分が発達しているかを見極めれば、どんな働きかけをすればいいのかわかる。例えば、ある人は手足も不自由で言葉も出ないけれど、音楽を聴いて感じることはできるということがわかる。 MRTなどで脳を見ることによって、この社会がより効率的に一人一人に働きかけることができる。 (「株式会社 脳の学校」 加藤氏の講演より) ==================================== 脳写真にもとずく発表はわかりやすく説得力がありました。 福祉の仕事を「慈善事業」で終わらせていたら、 いつまでたっても成熟した社会にはならない。 科学的な事実に基づいて、福祉になんら携わったことのない人にも知ってもらえば、 「えらいね」では済まされない社会になるのではないか。 そして、一人一人の障害を持つ相手を理解することも、ずいぶんと容易になるのではないか。 そんなことを考えた、日曜日の午後でした。 (だらだらと書いてしまってごめんなさい。でも今の気持ちを残しておきたかったんです。) |




