定山渓鉄道の話
[2012年05月21日(Mon)]
明治から大正の昔、札幌から簾舞を通って豊平川沿いに至る定山渓は大変交通の遍が悪く、材木の輸送は豊平川を利用した流送とか冬の馬によるそり輸送に頼っていました。
大正7年(1918)、鉱山(豊羽鉱山)や木材産業の発展に伴い、定山渓から札幌まで定山渓鉄道がつくられ、物資の輸送は大変便利になりました。しかし、奥山から伐りだされた丸太は、依然として冬期間、馬によって定山渓鉄道まで輸送していました。この不便を解消するため、昭和13年(1938)、定山渓鉄道につなぐ森林鉄道がつくられました。山から伐りだされた丸太は、森林鉄道によって定山渓の貯木場に運ばれた。そこから定山渓鉄道に積替えられ、大消費地札幌に運搬され、公共施設や住宅建築、家具用材、燃料材として利用されました。
現在、自動車道が整備され、札幌市は近代都市として発展を続けています。定山渓鉄道も森林鉄道は、「今は昔」の話になりました。
jyozankeitetudo.pdf
大正7年(1918)、鉱山(豊羽鉱山)や木材産業の発展に伴い、定山渓から札幌まで定山渓鉄道がつくられ、物資の輸送は大変便利になりました。しかし、奥山から伐りだされた丸太は、依然として冬期間、馬によって定山渓鉄道まで輸送していました。この不便を解消するため、昭和13年(1938)、定山渓鉄道につなぐ森林鉄道がつくられました。山から伐りだされた丸太は、森林鉄道によって定山渓の貯木場に運ばれた。そこから定山渓鉄道に積替えられ、大消費地札幌に運搬され、公共施設や住宅建築、家具用材、燃料材として利用されました。
現在、自動車道が整備され、札幌市は近代都市として発展を続けています。定山渓鉄道も森林鉄道は、「今は昔」の話になりました。
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