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【東日本大震災】レポートNo.157 [2012年02月06日(Mon)]
被災地NGO協働センターです。
2011年5月末より岩手県の「遠野まごころネット」で活動している
スタッフ増島智子のレポート、
「『まけないぞう』がつなぐ遠野ものがたり」をお送りします。
→写真はブログへ  http://miyagijishin.seesaa.net/article/250696300.html

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 1月17 日(火)
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1.17KOBEより被災地へ

1月17日KOBEはあの阪神・淡路大震災から丸17年が経ちました。今年の1.17は少しいつもと違いました。朝5:46いつものように当団体の事務所に仲間が全国から駆けつけ、祈りの時を迎えました。この日は、オーストリアからも「makenaizone」のメンバーのTさんがわざわざきてくれました。「この日にKOBEにくるなんて思いもしなかった、これも『まけないぞう』に出会い何かの縁なのでしょうね・・・」とおっしゃいました。

また、その後岩手や中越などの被災地から被災者のみなさんが被災地KOBEを訪れてくれました。その中に、大槌町の吉里吉里の避難所で出会った被災者の方がいました。彼は、朝5時46分、灯りの追悼行事に出席し、よかったと話してくれました。「津波からずっと泣けずに来たけど、KOBEにきて初めて泣けた。今まで絆とか言っていたけど、今回本当の意味で絆という意味を実感したよ」と、被災地から被災地へ想いが伝わった、そんな気がしました。

仮設住宅の「まけないぞう」の作り手さんも、「神戸の人たちにはとてもお世話になって、津波後にすぐに来てくれていろいろなことを教えてくれました。本当にありがたかった」、「今度、どこかで何かあったらバスを連ねて、助けに行くよ」と・・・。

高田の作り手さんは、「津波は大変だったけど、津波がなかったら、みんなに会えなかった。みんなにいろいろしてもらって、人は一人では生きられないということに改めて気付きました」と、この言葉はKOBEの被災者からもまったく同じ言葉を聞きました。「人間一人では生きていけないという当たり前のことを改めて感じた」と。この言葉をこの津波の被災者から聞いて、涙がこぼれそうになりました。

大槌の作り手さんは、「泣いてばかりいられない。津波のお陰でいろんな人に出会った」。

大船渡の作り手さんは、「いままで1月17日という日は他人事のようにとらえていたけれど、今回の1.17はいつもと違う日だった。」と改めて今年の1.17に東日本の被災地から被災地へ想いを馳せたようでした。

KOBEも東日本もこれまでにあった災害の事実を語り継ぐことの大切さを改めて実感した一日でした。

悲しみの中から被災者の方々は、少しずつ心に節目を刻みながら、希望を見いだし一歩一歩前に進んでいる、そんな気がした1.17でした。
(増島智子)

☆まけないぞうの一言メッセージ
1995年1月17日の阪神・淡路大震災の時はまるで人ごとのようにテレビを見ていましたが、まさか自分にふりかかって来るとは夢にも思いませんでした。仮設に入って何もやることもない時、まけないぞうさんを作ってとても楽しくなりました。これからもぞうさんと同じように新しい年にむかってがんばって行きます。ぞうのように私もがんばりたいと思います。
(2012/1/12 70代女性 大船渡市 宮田仮設)
Posted by RSY事務局 at 10:11