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ミャンマー・サイクロン被災者支援ニュース No.29 [2008年07月13日(日)]

被災地NGO恊働センターが事務局を務めるCODEより、ミャンマー・サイクロン被害の被災者支援に関する現地情報が寄せられています。


サイクロンの被害によりデルタ地帯の米作に悪影響が出ていることは以前お伝えしましたが、この地域の農業に欠かせない家畜も死んでしまったことことから、農業を再開することが困難になっていることが伝えられています。家畜での耕作を行う農民が耕運機を使いこなせないことは、これからの支援のあり方において教訓となるでしょう。

<以下はCODE翻訳ボランティアさんからのものです。>
[サイクロンがミャンマーの米作に与えた影響に関するレポート]

Mizzima News 2008.7.1記事より抜粋
FAO(国連食糧農業機関)によると、国の65%の米を生産しているイラワジデルタがサイクロンによって一番の被害を被り、少なくとも12万の家畜―牛や水牛―が死んだという。それに加えて、生き残った家畜の多くが餌不足やハエにわずらわされて休めないことなどによっていろいろな病気にかかり死んでいる。ラブッタ地域では口蹄疫が流行して各村で牛や水牛が死んだ。
新たに支給された牛も、数日働いただけで死んでしまう。ボガーレでは家畜の姿は見えなかった。
政府は耕運機を支給しているが、数が足りず、たくさんの農家で交代で使っている。農民たちは、耕運機という機械に慣れておらず、その扱い方が難しいので、水牛を使った昔ながらの耕し方の方がよいと思っている。


The Irrawaddy 2008.7.4記事より抜粋
イラワジデルタの少なくとも70%がいまだ耕作されていない。農民は時間との戦いをしていた。
7月半ばを過ぎると夏のモンスーンが始まって、農地が水で覆われてしまうため作付けができなくなるからだ。仏教徒の行事(注1)の始まりとなっている太陰暦のワソ(7月)の満月の日までに伝統的な作付けの時期(注2)
は終わっている。今年のその日は7月17日である。サイクロンから2ヶ月が過ぎ、作付け時期の終わりまであと2週間をきって、多くの農民達は種籾や水牛の不足に悩んでいた。すぐに作付けしないと10月に収穫できなくなる。
新しい種籾の配給を受けた農民は、この土地でその種籾はよく育たないと言っている。この地域ではこれまで決まった種類の種籾を使っていて、他の種類だと問題が多く、米の質がとても悪くなるとラングーン管区のクンヤンコンの農民は言っている。
ミャンマーの農業と灌漑の役所の発表したデータによると、イラワジ管区の1,066,271エーカー、ラングーン管区の300,713エーカーの農地がサイクロンの高潮によってだめになったという。100万エーカー以上の農地が海水に浸り、20万以上の家畜が嵐で死んだことになる。
ミャンマー農業開発銀行はラブッタの農民に441万カヤット(375,000USドル)の融資の支払いを計画している。ミャンマー農業組合ではサイクロン被災地の農民に種籾と肥料を支給する予定にしている。
ボランティアやミャンマー政府はひどく被災した地域へ耕運機を支給しているが、数はまったく足りていない。
農業省は、嵐で死んだ28万以上の家畜の代わりに13,600台の耕運機が必要だと言っている。

(注1) ワソから3ヶ月間、僧は外出を控え、寺で瞑想する。
(注2) ミャンマーでは、乾期作付け(ヌエーザバー)と雨期作付け(モーザバー)の二期作をしている。今は雨期作付けの時期。

ミャンマー・サイクロン救援募金にご協力下さい
 郵便振替:00930−0−330579 加入者名:CODE
 *通信欄に「ミャンマー・サイクロン支援」と明記してください。
募金全体の15%を事務局運営・管理費に充てさせていただきます
Posted by 椿 at 10:58 | この記事のURL | コメント(0)
中国四川省地震救援ニュース 70 [2008年07月13日(日)]

被災地NGO恊働センターが事務局を務めるCODEより、中国四川省大地震の被災者支援に関する現地情報が寄せられています。


Yさんレポートをお届けします。

四川から日本に一時帰国をした翌日(5月14日)に岩手宮城内陸地震が起きた。そして2週間後(7月1日)、再び四川に戻った。夏本番のような暑さの中、被災地では相変わらず仮設住宅の建設が進んでいる。毎日瓦礫の片付けをお手伝いさせて頂いていた北川県の村に久しぶりに訪れた。仮設住宅はすでに出来上がっていたが、電気と水がまだ通っておらず入居はされていなかった。村を一回りした帰り道、この村で初めて瓦礫の片付けをさせて頂いたお宅の奥さんにばったり再会した。「あんた、久しぶりね。日本で地震があったって聞いてびっくりして、何度も電話したのよ!」とつながるはずもない僕の中国の携帯に電話してくれたそうだ。「今回お世話になったから私たちも助けに行こうと思ったのよ」と言ってくれた。四川の被災した農村の人々が日本に来る
ことなど夢のまた夢であるが、そう言ってくれた事がとてもうれしかった。その翌日、15歳の娘さんに会った時も同じことを言ってくれた。家族でそんな話をしていたんだと思うと涙が出そうになった。この家のお父さんは一か月前、瓦礫の片付けを手伝う僕らを見て「本当に勇気をもらったよ。ありがとう。」と言ってくれた人である。被災地では小さな出会いがあり、少しずつではあるが、確実に人と人がつながりつつある。。。

中国四川省地震救援募金にご協力下さい
 郵便振替:00930−0−330579 加入者名:CODE
 *通信欄に「中国四川省地震支援」と明記してください。
募金全体の15%を事務局運営・管理費に充てさせていただきます