中国四川省地震救援ニュース 57 [2008年06月29日(Sun)]
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被災地NGO恊働センターが事務局を務めるCODEより、中国四川省大地震の被災者支援に関する現地情報が寄せられています。
99年の台湾地震から今日まで少数民族の住まい再建に活躍されている建築士が、今回の四川大地震でも活動をされています。その方へのインタビューを紹介します。地元の文化・伝統に根ざした復興を試みる謝さんの姿勢は、今後の中国四川の住まい復興に向けた指針になるものと思えます。 以下はCODE翻訳ボランティアさんによるものです。 台湾著名建築士 謝英俊さん語る ≪再建、それは住宅だけの問題ではない≫ ぶん川地震発生後、台湾の建築士謝英俊さんはすぐに環境トイレをつくりはじめ、1か所の環境小学校を建てるつもりだ。 台湾では、謝英俊さんは「921(9月21日に台湾で起きた集集地震のこと)」の代名詞だ。彼は邵族の人たちを手伝って住宅を再建し、原住民自らが家を再建できるように手伝った。 地震前、謝英俊さんは台湾ですでに知られていた。いくつもの政府の公共工事を請負い、一坪40万元で売られる豪邸も作っている。彼も豪邸に住み幸福円満な家庭を得て、日々静かに暮らしていた。 しかし、地震が彼の人生を変えてしまった。 現在、謝英俊さんは台湾では「921」地震の代名詞となっている。彼は被災者とともに住み、協力して家を造り、生態系を立て直し、原住民の家を再建しただけでなく、文化をも再建した。 このぶん川地震発生9日後、この54歳の台湾の建築士に電話でインタビューした。 ≪原住民のために土の家を造った≫ 1999年9月21日、台中集集大地震では約2000人が死亡した。10月中旬、謝英俊さんは邵族の人たちの招待を受け、彼らの家屋の再建を手伝うこととなった。台湾の山地には12の少数民族がすんでいる。邵族はそのうちのひとつ。日月潭のもっとも奥地に住む。日月潭は邵族の祖先が一頭の梅花鹿を追ったときに発見したと言われている。地震前は3000人がいた。地震後はわずか281人になり、世界でもっとも少ない少数民族となってしまった。地震前の邵族の主な収入源は観光だった。地震ではすべての旅館や観光地が被災し、邵族のひとたちの収入が断たれてしまった。 どうしようもなくなったとき、邵族のひとたちは謝英俊さんを思い出した。 謝英俊さんは地震からの再建の経験はなかったが、すぐに邵族の地元を訪れ、集落には水源保護区、希少植物保護区があることを発見しこの再建は必ず環境保護主義のうえに行わなければならないと思った。 10月29日謝英俊さんは5人の設計団を率い、テント、寝袋、設営工具や日用品をもって再びやってきた。謝さんは現地の人に、軽量金属(軽鋼)と現地のどこでもみられる竹、木材、泥土を用いるよう提案した。このような家は風通しがよく耐震性に優れているし、経済的だ。しかしこの提案は反対にあってしまった。邵族の人たちは現代的な鉄筋コンクリートの家に住みたかったからだ。 しかし、謝英俊さんは辛抱強く説得を続けた。 大型機械も大勢の工事人員もいない状態で、謝英俊さんはこのような家を果たして作れるのかよくわからなかった。家は建てられては壊され、また建てられ改良されていった。いつも彼らは工事現場をみており、見ている人の方が作っている人よりも多かった。 現地のひとはつぶやいた。「こんな家が地震に耐えられるのか?長く使えるのか?」 |
Posted by
椿
at 17:49





