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中国四川省大地震救援ニュース 32 [2008年06月01日(日)]
被災地NGO恊働センターが事務局を務めるCODEより、中国四川省大地震の被災者支援に関する現地情報が寄せられています。


中国四川省大地震で中国版ボランティア元年の花が開いたようだ。以下はCODE翻訳ボランティアによるものだが、注目すべきなのは阪神・淡路大震災の時とほぼ同様で、官製ボランティアに対して、60%が個人ボランティアということである。

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<5月22日南方周末 記者 徐楠>
 中国未曾有の市民の大きな愛が出現した。彼らはお金をだし、力を尽くし、血液を捧げ、涙を流した。市民社会の成長に中国は感動し、世界は感動した。

 ≪ボランティアの大軍が四川に集結した≫
 四川はいまや中国ボランティア理想主義の聖地となった。ボランティアたちはあらゆるところから「何かしよう」という単純だがいてもたってもいられない願望を抱いてやってきた。彼らの中に68歳の湖北省の老人がいた。8歳の綿陽の少女がいた。なかには退役特殊兵もあり、農夫もいた。数年来中国が黙々と熟成してきたボランティア文化が100万ものボランティアの大軍とともに一気に花開いた。中国伝統の「お互い様」精神と舶来の「人道主義」がこの災難に直面して一体となった。
 各地の政府、企業が派遣した「官製」ボランティア団体や学校が組織した大学生が40%であとは個人のボランティアだ。

 
中国四川省大地震救援ニュース 31 [2008年06月01日(日)]
被災地NGO恊働センターが事務局を務めるCODEより、中国四川省大地震の被災者支援に関する現地情報が寄せられています。


中国四川大地震以後、実は中国の通信社「新華社」や「新民晩報」やその他小さなマスコミに取材された。マスコミの目的は、阪神・淡路大震災以後のボランティアがどのように対応したか、また災害後の深刻な課題となる「こころのケアー」についてどうのようなことに気をつけなければならないか、ということであった。先日その取材された一つ「新民晩報」(日本版)に私のコメントが紹介されたらしく、その掲載記事が送られてきた。 主張で東京に行っていたときに時間を作ったのだが、少しでも阪神・淡路大震災の経験が役に立てればという思いでその日のスケジュールを変更して丁寧に話させて貰った。

 その取材の中での「こころのケアー」について、「専門の精神科医の方々に頼らなければならないケースもあろうが、一方大半はボランティアがただ黙って被災者に寄り添うことで解決する被災者も多いでしょう」とアドバイスをしたのです。丁度、今朝の毎日新聞2面の「時代の嵐」というコーナーに精神科医の斉藤 環医師が−四川大地震後の中国−というテーマで書いておられますが、その中の引用に私と同じようなことが書かれていたので「意を得たり」と少し安心した次第です。その引用というのは、阪神・淡路大震災の被災者でもあり、ひょうご被災者支援センター理事長でもある精神科医・中井久夫先生が、こころのケアーで大事な視点としていくつかあるなかに「ボランティアはそこにいるだけで価値がある」と加えておられることなのです。

 さて、阪神・淡路大震災後「こころのケアー」という言葉が溢れ返り、「ほんとにこれでいいのか?」と懸念を抱いたことを思い出すが、他方この引用をみて国内で昨年3月に発生した能登半島地震後の5日目の避難所に、大学生を中心に結成された「中越・kOBE足湯隊」というボランティアが支援に言ったときのことを思い出す。5日目の避難所なのでまだ余震は続き、またグチャグチャになった家には戻れず、もちろん風呂にも入れないという避難生活をしているときに、多くの被災者にとっては孫と同じような大学生が足湯をしにボランティアに来てくれ、足をお湯に浸し、手をさすりながら寄り添った活動に、被災者のほとんどが喜んで下さったという事実は、今後のこころのケアーの活動にも大きなヒントを与えたと思われる。

もう一つこころのケアーで大事なのは、この中国四川省大地震救援ニュースでYさんのレポートを紹介させていただいていますが、Yさんのレポートをよく読んでいると、随所に被災者自身の”自助”の姿が行間に滲み出ていることに気づきます。まだまだ取り残された山間僻地の小さな村に残っている高齢者と幼子の様子が垣間見えます。この”自助の姿”に被災者同士が勇気づけられ、「被災者は自分一人ではない!」という孤立感からの脱出を果たせば、またこころのケアーを有効なものにするのではないかと思います。
村井雑感:写真集「いとしの能登よみがえれ!」 45 [2008年06月01日(日)]
昨日、関西学院大学復興制度研究所・「中越・KOBE」足湯隊・被災地NGO恊働センターの主催で、−足湯が拾った”つぶやき”読み解く研究会−が行われました。ゲストに輪島市総務部長の谷口寛様、新潟中越復興市民会議の鈴木隆太様を迎えてのものでした。

谷口部長から、能登半島地震から1年2ヶ月を経た被災地能登の現状と課題と題して30分ほどお話を頂戴しました。たくさん支援メニューがあるなかで、なんと言っても特出すべき施策は、「能登ふるさと住まい・まちづくり支援事業」です。ふるさと住宅というのは名前から想像がつくように、能登の風土・景観に合うような家を再建しようということですが、そのための誘因策として耐雪、景観配慮、県産材使用などを条件とし、その上で耐震はもちろん、高齢化社会に配慮したバリアフリー化なども、支援を受けるにあたっての条件に加えています。住家が全壊したため、住家を新築する場合だが、昨年の被災者生活再建支援法の改正も手伝って、こうした自治体独自の支援策を合わせると、なんと最大770万円までの支援金がでることになったのです。少し小振りになるなるけれど一軒家の再建を望む場合に例えば総建築費用1400万円だとすれば、住宅融資制度などを使って、その差額630万円を自己資金で確保すれ、また能登らしい一軒家が建つのです。
これは災害後の復興基金としての支援事業ですが、かなりきめの細かい支援策として評価できるのではないかと思います。もちろん、これでもすべての被災者に充当できるかと言えばそうならないのでしょうが、これを第1歩として更に次なる時には知恵を絞れば少しづつでも展望は開かれるような気がします。
Posted by 椿 at 12:48 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)