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◇週刊つぶやき◇Vol.3 (お金、手続きに関するつぶやき)に対するコメント [2011年07月28日(Thu)]
◇週刊つぶやき◇Vol.3 (お金、手続きに関するつぶやき)に対する震つな会員からのコメントです。

-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-


どんな大規模災害でも、小規模な災害でも、一人一人、1世帯1世帯で抱える課題は同じです。普通の福祉の問題も同じですが、一定規模を越えると災害、という言い方になるのだと思います。

 がまん強い、と言うか、ものを申していくことが苦手な東北人だからなのだという人がいますが、まず被災者と直接向き合う市町村が、一人一人の被災者の事情に合わせて動けるようになることが必要です。

  いまからでも遅くないので、不足している「人」は、全国の自治体から出向させるしかない。被災自治体は面倒でもその人たちを使って、もっと被災者の要望に 応えるしかない。このたぐいの人の受け入れがどの程度進んでいるのかをまとめた情報はないですが。交替派遣ではダメです。被災自治体の職員として辞令を受 け取って働くこと。

 滋賀県の草津、守山、栗東、野洲各市は23日、東日本大震災で壊滅的な被害を受け、行政機能が大きく損なわれた岩手県大槌町に職員を派遣すると発表した。4市が連携して2012年3月末まで職員を派遣し、同町の行政事務を支援する。

 仙台市が横浜、京都両市から計11人の長期派遣職員を受け入れることが27日、分かった。所属自治体との併任となり、6月1日から来年3月末までの間、東日本大震災の復旧業務支援にあたる。派遣されるのは京都市から技術系職員1人、横浜市からは技術系職員5人と事務系職員5人。被災家屋の撤去手続きや費用見積もり、義援金の配分や罹災(りさい)証明の発行などの業務を行う。

  ここで問われるのは、被災自治体の「受援力」だと思います。想定被災地(できれば東海・東南海・南海の)からの「お互いさま支援」というか「学習支援」で しょう。その地元の自治体で、行政サービスの担い手が不足するぐらい、人をだしてもいいじゃないですか。その地元で足りない部分は、住民たちが知恵を出し ましょうよ。自分たちは被災していないんだから、そのぐらい、平気です。それが被災地支援になるんですから。
 これは、阪神の時に、一部でやったことですよね。被災地の施設に必要な職員を長期派遣するために、地元をボランティアらがサポートすると。

  ボランティアが、行政を頼るのは変だと思うかも知れませんが、行政がしっかり機能してくれないと、ボランティアだけでは難しいわけで、特にがまん強い人た ちにやや押しつけ的にでも必要な支援を行うという部分を地元自治体が果たしてくれることで、被災者も受け入れやすいところがあるのではないでしょうか。

 被災地でボランティアがニーズさがしをするように、被災自治体に行政職員があふれるぐらいにいてニーズさがしをするぐらいにならないと。

  そして、その仕事を支えるお金は、復興基金でしょう。3月16日には政府案として示されているのですが、まだ設置されていません。国だけでなく、県も知恵 出しが足りないように思われます。復興基金は、県のではなく、できれば、市町村ごとに被災の事情が異なるのですから、使途は県できめるのではなく、市町村 や集落ごとのきめの細かい使途を考えられるような基金運用が可能なやり方でしょうか。能登でも、できた後は県があれこれいつもの通り言ってきて使い勝手が 悪かったとも聞きました。中越では何が良かったのでしょうか。そのあたりの知恵の共有が、まだ間に合いそうですが、そこまで遅いのも問題ですが。

  救助法の特別基準の運用による仮設への食材供与(国的には不可能でない)なども、宮城県では県が市町村に勧めているようですが、市町村がやらない、という 話も耳にしました。市町村には、一切、費用負担はないのですが、在宅の方などとの支援差を考えてしまうのでしょうか。このあたりも市町村にもっと手があれ ば、いろんな組み立てができるでしょうし、住民組織やボランティアとの連携で、うまく仕組みができそうな気もしますが。

○秋田とか行ったら住むことも出来るけど、3ヶ月後には出なきゃいけないし、この土地を離れたくないのね。国がせめて、半分でも出してくれたら、なんとか借りることが出来るんだけど。(4月8日  石巻 女 60代)

3ヶ月後に出なければならないというのは、どういう制度かな?これっておそらく民間賃貸の話でしょう。「みなし仮設」として借りたところが、3ヶ月で出なければならないということでしょうかね?誰か詳しいこと知りませんか?

  受け入れ側の自治体は、被災地ではないので、とりあえず3カ月という言い方をした後に、フォローが十分じゃないことはあり得そうですが、3カ月では間に合 わない、と言うことが分かれば、出なければならないような理不尽な扱いはしないでしょう。支援する側の自治体は、けっこう支援したがっている。それはその 支援自治体の地元住民(議会とかも)の気持ちでもある。「うちは、ちゃんと支援しているのか」って。
 被災自治体は、住民が戻ってきて欲しいとい う考えも持っているので、「長くいてはご迷惑でしょうから、戻ってきて」という話にもなり得るし、実際、南相馬市は7月12日に、全国の市外全避難者約3 万2000人向けに、8月末までに避難施設を退去して市内などに戻ることなどを求める帰還要請文書を発送しています。これは、原発事故からの安全性とい う、もう、どこまで行っても誰も科学的に正解が分からない世界に入ってしまうので、とても難しい。

○一年半前に息子がパソコンを買ったんだけど流されちゃってね。物があれば保証があって修理も出来るんだろうけど、ものがなくなっちゃたからね。息子が探そうって言うんだけど、これじゃみつからないよね。(4月11日  石巻 女 60代)

こういうのも、一度駄目元で、買ったところに相談すればどうですかね?

 確かに、ものがあればメーカーは無償修理をやってくれていますね。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20110328/1035037/?P=2

 グーグルすると、パソコン提供の支援をやっているところがいくつもでてきますが、対象が個人というのはなかなかないようですね。パソコンも、車もですが、被災者が新たに負担をしなくても、手に入れられるような枠組みが欲しいですね。
 ちゃんとユーザー登録をしていれば、買ったところよりもメーカーに、ダメもとで問い合わせをしてみるぐらいかなあ。


○障害のある娘が居るので80歳までは養殖で頑張るつもりだったがもうダメだ。もう一度最初からやり直す若さも気力もない。若い人達は、別の職種にと考えている。漁師・養殖業はもう何年も復活出来ないと思う。障害のある娘に何も残せない。(4月21日 石巻 男 70代)

辛い話ですね・・・・・。まだ具体化していませんが復興基金に変わる「特別交付税措置」というのが決まれば、こう言うケースにも支援策を提供するように提案できるのですが。先日まで議論になっていた特別交付金は自治体の最良で使えるようにというものでした。各々の自治体によって事情が異なるでしょうから、こうしてひも付きでないような使い道ができるのがいいですね!

  何らかの支援を使って最初からやり直そうというところに行くのもいいですが、どこかで切り替えることも、また必要になるように思います。国の制度を待たず に住宅再建に300万円を支援した鳥取県西部地震ですが、当時、70前後でまだ元気でやり直そうとして家を建て直した方が、80を越えてあの時の選択が正 しかったのかどうかと思っておられる話を、一日前プロジェクトのヒヤリングで伺いました。災害の被害を取り戻すことは、残念ながらできません。誰もを「がんばる」世界にむりやり引っ張り出すのではない支援のあり方を考えないと、きついですね。

これまでのつぶやきも同じですが、とにかく最低でもマンツーマンで相談対応ができるような体制が急がれます。震つなではこれまでも、弁護士さんと連携して「暮らしの相談会」を開いてきたことがあるので、一度どこかの仮設団地で相談会をやる必要があるかも・・・・・。

 とにかく、個別の対応なのです。だって、人生の大問題を多くの人が抱えたのですから。「寄り添う」という言葉が、流行っているのはありがたいことですが、「被災者に」ではなく「一人一人に」なのですよね。

まだまだ街の再建計画は確定していないと思いますね。厳しいけれど、焦らずによく見極めてから判断することを奨めなければならないですね。ケースは違いますが、新潟小千谷の塩谷集落の元区長さんが「焦らないでください!」という手紙を中越沖地震の被災者に出した話は有名なエピソードとして残っています。

 このメッセージは、中越→中越沖→東北、と伝えていかねばならないことだと思います。政治の混乱は、県庁の動きの悪さは、皮肉にも時間をくれているのかもしれませんが。
◇週刊つぶやき◇Vol.3 (お金、手続きに関するつぶやき) [2011年07月07日(Thu)]
ROAD事務局より、◇週刊つぶやき◇Vol.3をお送りします。テーマはお金や手続きに関すること。こうしてみると、「通帳、証書がなければ何もできない」とあきらめている方が多く、「何をする元気もない」と手続きを取ることさえままならない人々の声が聞こえてきます。また、「仮設にネットがなく仕事が探せない」という声もありました。東京で考え出されている様々な支援策がきちんと被災地の元へ届いているのか検証する必要があるでしょう。もし情報が届かないのであれば、その間をボランティアが走って埋めることも考えなくてはなりません。

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○美容師をしている。家は全部流された。またお店始めるにも1000万円くらいかかるからやめることにした。もったいないけどね。(4月5日 七ヶ浜 女 70代)

○秋田とか行ったら住むことも出来るけど、3ヶ月後には出なきゃいけないし、この土地を離れたくないのね。国がせめて、半分でも出してくれたら、なんとか借りることが出来るんだけど。(4月8日 石巻 女 60代)

○一年半前に息子がパソコンを買ったんだけど流されちゃってね。物があれば保証があって修理も出来るんだろうけど、ものがなくなっちゃたからね。息子が探そうって言うんだけど、これじゃみつからないよね。(4月11日 石巻 女 60代)

○障害のある娘が居るので80歳までは養殖で頑張るつもりだったがもうダメだ。もう一度最初からやり直す若さも気力もない。若い人達は、別の職種にと考えている。漁師・養殖業はもう何年も復活出来ないと思う。障害のある娘に何も残せない。(4月21日 石巻 男 70代)

○仮設住宅に入れるのもいつになるのか、身内が2人亡くなっているが、通帳も保険証書も全て流されて、生き残ったものも大変だよ…(4月23日 石巻 男 60代)

○眠れないですね。先のことを考えると。港から1.2kmくらいの築20年の家も、ローンを残して流されましたからね。今は何もやる気が起きない。やることが多すぎて。違う地区に2Kのアパートを借りたんですけど。もう沿岸には住みたくない。残った家でも遺体が出たりしてるんで、同じ家にはもう住めない、という人もいますよ。TVで言われても何をがんばればいいのかわからないんですよ。(4月24日 石巻 男 50代

○自宅があった土地は地盤沈下でもう住めない。家の玄関まで波が来るようになり、家を建てるのは禁止された。集落がバラバラになる前にできるだけ集って(35人くらい)花見をする。(4月28日 気仙沼 男 不明)

○一時帰宅できるといっても一世帯2人まででは、金庫の開け方、証券の場所その他、分かるわけないから持ってこれない。(4月30日 郡山 女 80代)

○精神的に参っちゃって・・・2カ月も経ったからこんなんじゃダメなんだけど、お父さん見つからないとね。でも骨だけでも見つからないとお金どうのこうのってあるんだけど難しくて、何言ってるか理解できなくて。家はもうしょうがないんだけど、子供の生まれたときの写真とかが欲しいけど、海に近いからなーんも残ってないの。(5月16日 女川 女 60代)

○仮設ではインターネットが使えない。ケイタイしか使えない。仕事を探したりしたいのに、パソコン、インターネットがない。(6月14日 陸前高田 女 30代)
◇週刊つぶやき◇Vol.2 (50代、60代男性のつぶやき) [2011年07月07日(Thu)]
◇被災地で足湯ボランティアを行った際に聴きとった「つぶやき」を、テーマごとに分類し、「週刊つぶやき」として定期的にご紹介します。第2回のテーマは「50代・60代男性」です。阪神・淡路大震災以降の災害支援活動に携わっている震つな会員からのコメントもついています。

○(一時帰宅説明会で)いろんなくだらねえ質問ばっかりして、また町もなんだかわかんないこと言って疲れるわな。 (5月13日 50代 男性 郡山)

○ここいらあたりは福島は四重苦だからな。地震、津波、原発、風評被害。ああ東京の人なのかい。東京電力福島第一原発っていっても、東京電力の部分は言われなくて福島第一ばかり言われっからよ。東京の人は知らなかったんでねえの。 (5月13日 50代 男性 郡山)

○女の子が良かったなー(笑)今はみーんな仕事ない。ぷー太郎(笑) 食べ物はもう余ってんだよ。でもたくさん持ってくるもんだから。セブン弁当の方がうまい。 (5月17日 60代 男性 石巻 女川)

○食べることはできても遊んでばかりはいられないからね、仕事しないと。なにしようかな… (5月18日 60代 男性 石巻)

○もう飽きた。働いて帰ってきても体育館だから落ち着かない。家決まるまで休んでたらクビになった。ひどい話。 (5月18日 50代 男性 石巻)

○娘は本当はあげたくなかったんだけど、恋愛してたから。あぁ久しぶりに娘の事を話したよ。 (5月19日 60代 男性 石巻)

○ここ(体育館)での生活は(昼間は)退屈だ (5月20日 60代 男性 気仙沼市)

○私の家は高台にあったから家は無事だったんだけど、周りには言いづらくてね。 (5月21日 60代 男性 気仙沼市)

○夜は周りがうるさくて寝られた状況ではない。妻は母親と別の場所で暮らしている。ちょっとさみしいかな。今は一人で避難している。 (5月29日 50代 男性 女川)
◇週刊つぶやき◇Vol.1 (仮設住宅に関するつぶやき) [2011年07月07日(Thu)]
◇被災地で足湯ボランティアを行った際に聴きとった「つぶやき」を、テーマごとに分類し、「週刊つぶやき」として定期的にご紹介します。第1回のテーマは「仮設住宅」です。阪神・淡路大震災以降の災害支援活動に携わっている震つな会員からのコメントもついています。

○仮設住宅に当たったけど、内緒にしてるんだ (4月26日 大船渡 60代女性)

○何をするにも気をつかって。はぁー。仮設に入っても気を使うんだろうねぇ。 (4月27日 大船渡 40代女性)

○仮設住宅は2年住めるみたい。2年過ぎても大丈夫って話だけどね… (4月25日 石巻 70代女性)

○一応仮設住宅に申し込んだんだけど。学校よりやっぱり家が一番だよ。 (4月25日 石巻 70代女性)

○親戚がいないので相談する人が少ない。仮設住宅があたらない。 (4月25日 石巻 60代女性)

○仮設も待ってたけど、4畳半が2つなのよ。夫婦2人でも荷物が多いとねぇ、狭いわよね。だから公団に行くことにしたけど、件を離れると、全部自分で揃えなきゃいけないし、手当の6万円ももらえないのよ。残った人だけもらえるなんて差別よね。(5月11日 郡山 70代女性)

○仮設に入るよりここにいたら金がかからないからいいかなぁって迷っている。 (5月11日 郡山 70代男性)

○同じ部屋の人もみんな出てしまってひとりになってしまうんだ。 (5月19日 石巻 30代女性)

○何しろ遅い!自分で建てた方が早いよ。 (5月19日 石巻 50代男性)

○避難所の方は家が無い方が多いでしょうけど自宅があってもライフラインが最近復旧したばかりで、それまでは私たちも生き地獄だったよ。どちらも被災者だからね。(5月21日 気仙沼市 70代女性)

○早く仮設に入りたいんだけど、仮設に入ったらやることなくてどうしよう…(6月8日 陸前高田市 60代 女性)

○隣の人見たことないんだよ。誰が住んでいるかわからないよ。(6月8日 陸前高田市 70代 女性)

○仮設、当たっても行きたいの半分、行きたくないの半分。ここの人達は仲が良いからまとめて10世帯とか一緒に入りたい。孤独死とかが怖い
(6月15日 石巻 60代 女性)