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「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後  36 [2009年11月18日(Wed)]
能登半島地震からの復興を祈念してのロングラン公演、シェークスピア原作『マクベス』は、去る15日で50日間の講演を終了されました。地元のみなさん、無名塾のみなさん、そして全国から来られた演劇ファンの方がた、ご苦労様でした。

12日の北国新聞を見るまで知らなかったのですが、エキストラに延べ2500人の地元の方が参加したようです。演劇や映画にはエキストラが必要なのでしょうが、こうして地元の人たちがたかがエキストラと言えども一緒になって作品を創り上げるというのは、すばらしいことだと思いました。
きっとこういう空気の中から、復興支援という実感が沸いてくるのではないかと想像します。

さて、同紙によるとこの『マクベス』を上演した能登演劇堂は、1995年の阪神・淡路大震災の時にオープンしたそうです。何か縁を感じますね!それで、そもそもこの時の”こけら落とし”の舞台として『マクベス』が上演される予定だったそうです。ところが経済上の理由から残念せざるをえなくなり、15年ぶりの上演となったのです。マクベス夫人役を演じられた女優の若村麻由美さんにとっては15年越しの念願の公演だったようです。話題の舞台中央が観音開きになりその向こうにある自然を取り込んだ演出を考えると、すべての観客のみなさんは、世界でただ一つの『マクベス』を見たことになります。
Posted by RSY事務局 at 10:26 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後  35 [2009年11月17日(Tue)]
神戸芝居カーニバルのメンバーと子どもと守る9条の会のメンバーと共に、能登ツアーに
行って来ました。みなさんは、能登演劇堂で「マクベス」を観劇してその後穴水の来迎寺と輪
島の大崎漆器店に行かれました。
814年に創建され、来迎寺の前身「勅定山 青竜寺」と命名されてから数えると1200年にもなる、まさに古刹にふさわしいお寺に、みなさま感動してくれました。私がお願いして、数えで92才の住職に、「太鼓をうちなが、般若心経を一巻お願いできませんか?」とお願いし、みなさんと太鼓の伴奏つき般若心経を唱えさせて頂きました。住職曰く、「こうして太鼓を打てるのは、いまでは数少なくなったでしょう。」とのこと。帰り際に、庭に咲いている古木イチョウの木から落ちた銀杏の実を頂いて帰りました。来迎寺ではこの季節になると毎朝イチョウの落ち葉の掃除と銀杏の皮むき、そしてカキをつるして干し柿づくりという毎日が続きます。またこの時期にはキノコ採りも盛んになり、山菜の珍味にキノコ料理が出されます。
来迎寺さんを後にして、次は輪島市の大崎漆器店を尋ねました。ここでの話は次回にしま
す。

そして神戸のご一行さんは、この日の夜は輪島市河井町で営業されている民宿旅館「深三(ふかさん)」に宿泊され、まさに”至福のとき”を過ごされました。若いご夫婦で経営されていらっしゃいますが、料理はもちろん漆器を中心にした器、そして旅館内のこだわりなどすべてが細やかな心遣いをしておられ、素晴らしい”輪島のお宿”です。是非みなさま、能登に行かれましたらこの「深三」をご利用下さいませ。
*深三:0768−22−9933です。
Posted by RSY事務局 at 17:57 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後  34 [2009年11月12日(Thu)]
写真集「いとしの能登」を発刊した後に、このブログで「オンデマンドの能登ツアーしませんか?」と呼びかけたことがあるのですが、覚えて頂いているでしょうか。この呼びかけに応じて下さった神戸などに住む能登ファンの方々10名が、今日12日から14日まで能登・金沢方面にミニツアーに行かれます。実はこの呼びかけに応えて下さったのはこの一グループだけでした。この方々は「ほんまもんの文化」を追求している方々で、今回はまず能登中島の゛能登演劇堂゛で上演される「マクベス」をゆっくり観劇され、その後は古刹来迎寺を訪問、玄人好みの「能登中居鋳物館」で歴史を学び、昔ながらの街並みが少しだけ残っている中居の集落を見て、輪島市に移動して4代目が当主の「大崎漆器店」を訪問し、漆器の文化についてお話を聴き、夜は輪島の海岸近くにある「民宿深三」に宿泊し、海の幸、山の幸というご馳走を頂き、この上ない゛至福のとき゛を過ごします。どれだけこの旅が至福なのかは、帰神したら書きますので楽しみにしておいて下さい。

゛能登演劇堂゛で上演される「マクベス」については、下記URLをご覧下さい。
http://www.engekido.com/top.html
Posted by RSY事務局 at 13:16 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 33 [2009年10月04日(Sun)]
能登半島地震から2年と6ヵ月、地震復興願うイベントが開かれた。10月3日、輪島市にある有名な「千枚田」という棚田に、復興を願って3万本のローソクが灯された。また同じく10月3日、前号で報告したように、全壊の寺から再建が現実となり、やっと「能登半島地震被災・法輪山興禅寺再建ご報告並びに落慶法要」が催された。この寺は、曹洞宗総持寺末寺である。いまではこうした末寺は数少ない。艱難辛苦を乗り越え、再建を果たしたこの寺の名は永遠に人びとに語り継がれるだろう。法要の読経の後、市堀住職は挨拶をしなかった。前もって司会者の人に「泣き出すから代わりに読んでくれ」と頼んでいたようだ。
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Posted by RSY事務局 at 10:17 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 32 [2009年10月02日(Fri)]
2007年能登半島地震で全壊になり、奇跡的に誰も大けがをしなかったという寺がある。その寺は、有名な曹洞宗の修行寺”総持寺祖院”のある輪島市門前町の興禅寺だ。市堀住職は寺の再建のために、能登半島全域を托鉢をして廻る決意をし、全国のご支援して下さった方々の浄財と合わせて、今年の4月本堂・庫裡の再建が実現した。この度、10月3日・4日と同寺で、「能登半島地震被災・法輪寺興禅寺 再建ご報告並びに落慶法要」が執り行われる。住職は被災を経験し、「お寺とはなんであるか、お寺とはだれのものであるか。」と考え続け、授かった答えは「お寺とは魂を尽くす場であり、そのような心あるものの行に支えられてあるものだ。」という、極めてあたり前の事実であったとおっしゃっている。
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Posted by RSY事務局 at 12:27 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 31 [2009年09月22日(Tue)]
  久しぶりの能登レポートです。今日の話題は、「熊甲二十日祭」(通称「お熊甲祭」)で、実は写真集発行以来この祭りについては何度も紹介させて頂いています。
今回のレポートは神戸から大学生や社会人、栃木・新潟・名古屋から足湯ボランティアなど災害救援ボランティア関係者総勢31名でこの祭りに参加してきたご報告です。この祭りは、能登・七尾市中島町(旧熊木郷)で催されている「寄り合い祭り」で、毎年、曜日に関係なく収穫を喜び、豊作を神に感謝し、9月20日に行われます
が、今年は日曜日とも重なったので大変な人手でした。熊木の名は、万葉集にも出て来るように熊甲社(後に久麻加夫都)の祭神が渡来系人格神であることで、高句麗(高麗・こま)よりの渡来人定住地、高麗来(こまき)というところからといわれています。そして境内には熊木薬師如来像を祀る薬師社があります。神仏混合の典型です。

 会場となる中島町のあちらこちらで、寿命の短い彼岸花=曼珠沙華が精一杯花を咲かせている中、今日も早朝からこの祭りに欠かせない独特のリズムを持つ鉦と太鼓が鳴り響きました。1000年以上の悠久の時を刻む、この壮大な祭りは、いまも五穀豊穣を願って盛大に行われているのです。今年は19末社のうち17社から旗枠が出され、やはり少子高齢化の影響がもろにでており、神輿の担ぎ手が揃わず不参加を決めた集落も二つとなりました。そもそも今回の私たちの参加も、この現象を少しでも止める役割をできないだろうかと祭りの応援をしようと1年前から計画していたものです。
災害後の支援として、こうした被災地の祭りを支援することを通してその被災地をより理解するということが狙いでもありました。加勢に行ったのは19社の一つ小牧白山社を末社にする小牧地区です。小牧の窓口になっている壮年団の方も県外からのこうした応援を盛り上げるために「最近では一歩踏み込んで、女性も担いでいるところがあるので、なんとか調整して見ます」と頑張って下さっていたのですが、やはり協議の結果”ダメ出し”が出て担ぎ手は男性ばかりになりました。
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Posted by RSY事務局 at 14:00 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 29 [2009年06月26日(Fri)]
 21日の日曜日、朝日新聞社説に「伝統木造構法  匠の智恵を地震列島に」という論説が出された。能登は、神社仏閣が多くまさに”伝統構法の宝庫”だ。能登半島地震によって今にも倒れそうな本堂を、匠の技術で見事に建て起こしをして再建した事例は少なくない。いや、それどころか全壊でグチャグチャになった木造住宅でも補修再建している事例も少なくない。考えてみれば、阪神・淡路大震災以降の地震で全壊あるいは大規模半壊になった被災住宅を匠の技術で、これほどまでに補修再建された事例も稀ではないだろうか?この事実は今後の災害後の住宅再建に多くの教訓を残された。

 しかし、それは能登という地域特有のものだろうか?勿論、他の地域と比べて梁の太さ、土壁のしつらえ、基礎の頑丈さなど比較すると、能登の木造住宅は凄いとなるのかも知れない。一つは雪深い地域の智恵でもある。でも、他の中山間地域においても日本の古来の伝統構法で建てられた木造住宅は多い。いまこそ、それらに注目し可能な限りの耐震補強が急がれるのかも知れない。

 先日4日間ほどであるがネパールに行く機会を得た。首都カトマンズで世界遺産に認定されている地域で、現存では最古に近い古い寺があった。よくよく見ていると、あとから補強しているなぁと思える状態を見ることができた。それは古いもともとの柱に添え柱として二重にしているのだ。「なるほど、筋交いなど入れなくてもこんな簡単な方法で補強ができるのか!」と思った。同時に、2004年のインド洋沖の地震津波のあと、インドネシアのニアス島に行ったときのことを思い出した。築100年の木造住宅(屋根は椰子の葉で葺いたもの)はこの地震でビクともしていない。架工式(ジャングルジムのような縦横の軸組)の構法で、破損したところだけを取り替えている。そこだけ真新しい木材が使用されているのですぐわかる。高床式の構造で床下には、家畜を飼っている。家畜は何よりも貴重な財産だから、床下を支える基礎の構造は半端じゃないほど堅牢である。暮らしの智恵なのだろう。
先に触れた匠の智恵と暮らしの智恵が上手く噛み合って、昔から住まいというのはつくられてきたのではないかという推測は容易にできる。
むしろ暮らしが匠の技術を生みだしてきたとも言える。
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Posted by RSY事務局 at 12:03 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 28 [2009年06月25日(Thu)]
 大好きな能登に行ってきました! 久しぶりの能登レポートです。能登半島地震から2年が過ぎ、仮設住宅の暮らしも4月末で終わり、災害復興公営住宅への引っ越しも済んで、不安な中でも一応の落ち着きを取り戻しておられるようです。一方、各被災地域のまちづくりに関してはそれぞれの格差が一段と開いてしまったようで、かつての賑わいを取り戻すには相当な智恵がいるのでは感じる部分もありました。

 輪島の朝市を訪れたのは22日(月)の朝でしたが、生憎の雨にもかかわらずかなりの観光客で賑わっていました。他方輪島市門前町の総持寺通り商店街は、月曜日だったからかも知れませんが閑散としていました。商店街の方曰く「輪島や穴水と違って、ココ門前ならではの特徴を打ち出さなければ、人は集まって来ない。」とおっしゃっていました。そのためにはどのような智恵があるのでしょう?
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Posted by RSY事務局 at 09:23 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 27 [2009年05月09日(Sat)]
先日話題に触れました能登門前町興禅寺さんの完成式ですが、正式に下記の要領で執り行うことが決まりましたので、ここにあらためてご案内します。是非みなさんご参加下さい。

2年前の能登半島地震で本堂も庫裡も全壊になり、奇跡的に助かった市堀住職とおつれあい様は、その時から再生を誓い、住職は2年間の托鉢の行にでました。みなさまのご支援によって寺の再建が叶い、ここに完成式を行います。この2年間の喜怒哀楽のすべてが托鉢の二文字に包み込まれるのでしょう。みなさまと共にお二人の苦労とここまで支えてこられた檀家さまやまた関係者のみなさまお一人おひとりの思いを、少しでも共有できればと思っています。
Posted by 椿 at 09:16 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)
「いとしの能登 よみがえれ!」−能登半島地震・その後 26 [2009年05月08日(Fri)]
興禅寺の再生に伴い、「災害ボランティア支援友の会」について触れました。興禅寺住職市堀玉宗さんが同会の事務局長さんをして下さっています。会長はこのブログでも何度も登場する山下良演住職です。(正式には、隠居されましたので住職ではないのかも知れません。その山下良演老師は、穴水町にある高野山真言宗の僧侶ですが、この度奥能登地方にある11寺院と「能登花の寺 心華会」(会長 上野弘道住職 能登町寺分)を発足させました。各々の寺に咲く花の名所を鑑賞して頂こうという企画です。
Posted by 椿 at 10:21 | 村井雑感 | この記事のURL | コメント(0)