CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«台風 15 号にともなう名古屋市内のボランティア支援活動について | Main | 東日本大震災】レポート No.139»
プロフィール

震災がつなぐ全国ネットワークさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
東北地方太平洋沖地震支援基金 日本財団ROADプロジェクト
最新コメント
<< 2017年11月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
http://blog.canpan.info/shintsuna/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/shintsuna/index2_0.xml
東日本大震災】レポート No.138 [2011年09月23日(Fri)]
被災地NGO恊働センターです。
先遣隊として入った後もずっと米沢に常駐し、米沢市に避難している人々の支援をしている鈴木孝典が、まけないぞうの作り手さんのレポートをお届けします。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
米沢のまけないぞうレポート(1)〜wさんのこと@〜
………………………………………………………………………………………
wさんとはじめて出会ったのは、3月のことでした。
米沢市の避難所が開設されて2週間ほどが経ち、ちょっと避難所の雰囲気が静かになったころ。wさんは娘さんと小学生と幼稚園児の二人のお孫さんといっしょに避難していました。
wさんはいつも、
じっとストーブの前に座ってTVを見ていました。

「足湯してみませんか?」「お茶を淹れたのでいっしょに飲みませんか?」
いろんな人が呼び掛けてみても、だいたい帰ってくる返事は「わたしはいいよ」といったものでした。たまに足湯に来てくれたときはだいたい「そんなに言うなら行ってみようかな」という言葉とセットでした。

そんなある日、足湯をしている横で神戸の震災の被災者が託してくれたお手玉を子どもたちが破いてしまったことがありました。
wさんはいつものように「しょうがないなぁ」と言いながも、お手玉を直してくれました。
お手玉を直しながら、wさんは昔洋裁をやっていたこと。原町に残してきた畑やお花のことをぼつぼつ話してくれました。
直ったお手玉で孫と遊ぶwさんは今まで見たことのない楽しそうな顔をしていました。

今は米沢に避難しているwさんの震災までの日々の営みを想いながら、一緒にお手玉で遊びました。
相変わらず足湯にはしぶしぶ来てくれるwさんですが、その日からwさんと少しだけ仲良くなりました。

米沢でまけないぞうを作ることを考えた時、はじめに思い浮かんだのがwさんの顔でした。
Posted by RSY事務局 at 09:59 | 2011年 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0)
コメントする
コメント