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「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/18) 震つな事務局
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/18) 赤ちゃんとママの防災講座 代表・上沢聡子
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/18) 杉田佳代子
「水害にあったときに」(冊子版)をダウンロードできるようになりました (10/18) 伊藤陽子
「水害にあったときに」(冊子版)をダウンロードできるようになりました (10/16) 安田まゆみ
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/15) 震つな事務局
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/15) 海野千尋
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/15) 震つな事務局
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/14) 島田@りんごの木
「水害にあったときに」〜浸水被害からの生活再建の手引き〜 (2019年10月16日、データ更新) (10/14)
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【東日本大震災】レポート No.116 [2011年08月02日(Tue)]
被災地NGO恊働センターです。
本日は下記の内容をお送りします。
▼募集情報
▼つぶやきから見える風景
▼「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり
 写真はブログへhttp://miyagijishin.seesaa.net/article/217965563.html
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募集情報
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アレルギー対応用粉ミルクを現在も募集しています。
併せて、送付先より一般用粉ミルク、紙おむつL〜LLサイズのニーズもうかがっていますので、もしお手持ちの方がいらっしゃいましたら当団体事務所までお送りいただければ幸いです。

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つぶやきから見える風景
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前回「まけないぞう」に参加した。こういうのの顔って自分に似るんだよ。津波で流されたから裁縫道具があると助かる。足や手のつぼは
だいたい臓器と同じ順番でならんでいるよ。私はかなり熱い湯が好きなの。

(遠野足湯隊による聞き取り。6 月28日、岩手県、50代女性)

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 7月19日(火)
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海を見下ろす高台に旧赤浜小学校の体育館があります。そこでは、今はもう8世帯くらいとなった被災者の方が仮設住宅への入居を心待ちにしています。最終、7月末くらいには入居予定です。一日も早く避難所から仮設に移れるといいのですが。。。

今日は、作り手さんのKさんの娘さんと一緒にいたお友達も参加してくれました。みんな夢中でぞうさんづくりをしてくれました。「いつもおかあさんがぞうをつくっているのを見ているから大丈夫」とつくりはじめると、「お母さん、ここはどうするの??」と、作るのに必死です。お友だちもがんばっています。

同行してくれたボランティアさんは、なんと高校生のときに「まけないぞう」を先生が教えてくれてつくったことがあったそうです。彼女は群馬の出身で、そちらの高校で教えてもらったそうです。群馬は以前、阪神の震災後の「まけないぞう全国キャラバン」でお世話になったところです。ですので、もしかしたらその時につながっていたのかもしれません。(※まけないぞう全国キャラバン…1998年から2年ほど、まけないぞうを持って全国のイベント等で紹介してまわりました。)

徐々に人数も減っていき、避難所はどこかもの悲しい雰囲気になっています。避難所の周りにもいまだ瓦礫が残され、漁船も打ち上げられたままです。それでも必死で立ち上がろうとしている造船所もあり、一歩ずつ前に進んでいます。被災地では少しずつ再開をする店舗がでてきました。
Posted by RSY事務局 at 13:52 | 2011年 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0)
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