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震災がつなぐ全国ネットワークは、阪神・淡路大震災を機に共生型社会の大切さに気づかされた全国に点在する人々が、互いの違いを認め合いながら、過去の災害が教えた課題をともに学び、提言し、今後の緊急時には共に動くことを目的としたネットワーク組織です。


震災がつなぐ全国ネットワークより、震つなブックレットKOBEの検証シリーズ新刊「災害ボランティア文化〜阪神・淡路大震災15年と震つな〜」が、 KOBEから15年の2010年1月17日、発刊しました。
今や被災地には欠かすことのできない存在となった「災害ボランティア」について、その「文化」としての熟度、課題をボランティア自身の視点から検証する一冊です。ぜひご一読ください。
詳しくはこちら


震つなが発行している災害ボランティアの書籍等についてはこちらをごらんください。
ハイチ地震レポート No.25 [2010年02月07日(日)]
日本政府は、ハイチへの国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣することを閣議決定し、6日に第一陣160人が日本を出発した。
 地震発生から3週間が過ぎたが、いくつかの報道を見ても、まだ水や食糧、医療が届いていない被災者が数十万人もいるという。まだ、緊急救援を第一とする応急対応のフェーズと言える。

 先日、日本の国際緊急援助隊医療チームとしてハイチに派遣され、医療活動をされた看護師中井隆陽さんの現地報告会が大阪で開かれたので、聞かせていただいた。
 同医療チームは、スリランカの兵士に守られながら、看護学校の敷地にテントを張って18日から25日の1週間医療活動をし、534名の被災者の治療にあたられた。ほとんどが骨折などの外傷とのこと。これまでに充分な医療環境にないため、傷口が悪化し、大腿部から切断という大がかりな手術を必要とするケースもあったとのこと。乾季であることから朝方は20℃くらいで、日中は30℃を超す暑さにもなる。幸いこの看護学校は壊れているものの、水とシャワーは確保できたということで生活環境は最悪な事態を免れたようだ。そしてこの看護学校の学生が、献身的に手伝ってくれ精神的にも随分助けられたと中井さんは感謝されていた。

「レオガンの人は落ち着いている。」「持って生まれた明るさがあるようだし、自分たちで何とかしよう!というエネルギーを感じられる。」「生き抜く生命力を感じる。」などと中井さんはハイチ人のことを見ておられたが、ほんとに自分たちで変えて行くんだ!という振る舞いがあちらこちらで見受けられ、「勉強になり、感謝している。」ハイチの人たちにお礼を言いたいとおっしゃっていたのが印象的だった。「自助」「共助」で、次のフェーズ「復旧・復興」に早く移行できることを祈りたい。

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Posted by RSY事務局 at 09:35 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.24 [2010年02月06日(土)]
いま、クワテモックが活動している病院の近くの人がインターネットを使えるようにしてくれたようで、「これで写真も送れるよ!」と言ってきました。以下彼からのメールです。

「私が活動しているところはレオガンのCardinal Leger病院の敷地です。この病院はカトリックのシスターによって運営されていました。病院は崩壊しましたが、国際スタッフによってテントでの治療が施されています。そのキャンプは"Ayuda a Haiti"(ハイチ支援)という名前のドミニカのNGOネットワークによって設置されました。最初はドミニカ人とハイチ人しかいませんでした。時間が経つにつれて、キャンプ内の人口は増え、現在はドイツ人、カナダ人、フランス人、アルゼンチン人、スペイン人、そして私たちがいます。多くは医者、看護師、救急医療隊員で、それ以外の人々は様々な活動を支えています。

キャンプはラファエル氏というドミニカ人が統括しており、現時点では私は二番目の責任者です。私は日々の活動の調整、キャンプ外の会合への参加などを色んな病院の人々と共に行っています。(病院というより医療キャンプといったほうが良いかもしれません。それら病院も崩壊しましたから。)国連人道問題調整所(OCHA)で市長との会合に参加しましたが、私は唯一、コミュニティーに通い、人々と結びつき、各種組織(例えば、農民、女性、組合など)を探している人でした。ですから、私たちはそういった組織を支援することや、ローカルな社会的ネットワークを再構築する支援ができると思います。
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Posted by RSY事務局 at 15:29 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.23 [2010年02月05日(金)]
昨日、クワテモックに電話を入れて彼が今どのような活動をしているのかについて少し聞いてみました。彼はレオガンの壊れた病院の敷地を拠点にして、周辺7000人ほどのコミュニティの調査を始めたようです。近々、そのコミュニティにいる20人のキーパーソン(日本でいう町内会長)を集め、それぞれに現状などをヒアリングし、緊急にこのコミュニティには何が必要なのかを探りたいと言っていました。
 また、先日からラジオ関西から呼びかけている「神戸からハイチへ 応援メッセージを送ろうキャンペーン」に寄せて頂いているものを、随時彼に送信してきましたが、そのメッセージは、すでに2つのラジオ局で収録され、3つの番組で流されたとのことです。どなたのメッセージが紹介されたのかまでは確認できませんが、ご協力して下さったみなさま、ありがとうございました。その後の状況については、次回のメールを待つしかありませんが、クワテモックの安全もお祈りして下されば光栄です。

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Posted by RSY事務局 at 09:38 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
【お知らせ】移動寺子屋(被害抑止) in 世田谷 [2010年02月04日(木)]
 移動寺子屋−被害抑止編 についてご案内いたします。今年度第2回目の寺子屋は、昨今複雑化している「水害からの避難」の問題について考えます。
 講師に、佐用町にも入り避難の実態を調べられている群馬大学片田敏孝先生をお迎えし、これからも増加が予想される豪雨災害からもう一人のいのちを守るため、私たちができることを考えます。

 東京での開催となりますので、ぜひ多くの方にお越しいただきたいと考えております。
皆様のご参加をお待ち申し上げます。

 チラシはこちら。

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震災がつなぐ全国ネットワーク 移動寺子屋in世田谷
     〜もう一人のいのちを守るため私たちができること〜
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 ここ数年、都市部では突発的で予測の難しい豪雨災害が増えています。加えて、高齢化などによりますます難しくなる水害からの「避難」。
 水の災害からもう一人のいのちを守るために、私たちができることは何か、この分野に詳しい片田敏孝教授をお迎えし、ともに考えます。
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Posted by RSY事務局 at 17:39 | イベント案内 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.22 [2010年02月04日(木)]
被災地レオガンに入っているクワテモックからメールが来ました。停電があり、通信事情が劣悪な中で、わずかなチャンスを得てCODEに配信して下さいました。ここ2日〜3日はメールが止まっていたので、今日4日11時頃(現地時間3日21時 )に電話を入れて元気であることを確認しましたが、その直後のメールです。

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親愛なるCODEのみなさんへ
 皆さんからついさっきお電話をいただけまして、とても嬉しいです。今回は、今までの救援活動と違ってかなり難しいです。その破壊は想像を超えています。津波の場合は、破壊は大きかったですが、海の周辺地域だけでした。ハイチの破壊はあちこちにあり、海の近くも遠くも小さなコミュニティーも都市も、全てが破壊されています。
私が見た破壊は言葉で表現することはできません。おそらく我々はこの巨大な破壊を言葉で説明することはできると思いますが、被災された人々、孤児たちや未亡人たち、そして愛するものを失った人々の痛み、失った家、失った仕事、彼らの生死の境目・・・それらを表現する言葉は見つかりません。国家の象徴であった国家宮殿、大聖堂は、そこら中の何千の家々や建物と同じように崩れ去りました。
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Posted by RSY事務局 at 17:37 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.21 [2010年02月02日(火)]
 このCODEが配信しているハイチ地震レポートでも、再三再四伝えていることですが、ハイチ地震以後、被災地ハイチ全土で略奪や暴動が起きているかのような報道を目にするけれども、実はいろいろなレポートを見ると「以外に平穏である。」とか、「暴動は起きいていない」という指摘も少なくありません。

 去る1月25日、ハイチ前首相ミッシェル・ピエール・ルイが、「ハイチへの誇りと希望」というメッセージを出されました。(全文訳は、http://ow.ly/11K9B
 このメッセージには、「私はポルトープランスに誇りが生まれつつあるのを感じます。自立への誇り。人々は、私たち自身が、私たちを掘り出さなくてはいけないんだと言います。文字通り・・・・コミュニティ・リーダーは市民を組織し、安全を確保するために重要な役割を果たしつつあります。暴動のニュースは誇張されすぎています。ハイチでは、部分的にせよ、自分たちでどうにかできていることを証明しようとしているようです。もちろん援助は必要です。緊急援助と私たちの荒廃した国を前に進めるための計画が必要です。」とあります。
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Posted by RSY事務局 at 16:01 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.20 [2010年02月01日(月)]
通信事情が悪い中で、クワテモックさんからメールが来ましたのでご紹介します。

−私はレオガンのラジオ・クールに出演し、神戸市民からのメッセージを伝えました。日本のハイチ人コミュニティーからとメキシコの被災者からのメッセージです。彼らは来週月曜日の私の生放送インタビューをポルトープランスのラジオ・カリブで流してくれる予定です。
 私のレオガンの拠点では、この地域の被災者を救うために医療ネットワークを確立しようとしています。現時点では我々はレオガンで活動する唯一のNGOです。
もっと書きたいですが、この地域は電気が無く、インターネットもありませんので、連絡し続けることは難しいです。いずれにせよ、少しずつですが、私は動きやすくなっています。10日間ほどの延長を追求します。−

というものです。さて、ハイチへメッセージを贈る活動を、ラジオ関西さんと一緒にしていますが、先日阪神・淡路大震災の被災者からも届けられ、早速現地語に翻訳して頂きクワテモックに送付しました。その中の一つを紹介させて頂きます。
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Posted by RSY事務局 at 12:18 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.19 [2010年01月30日(土)]
 当NGO「CODE」から派遣したクワテモックは、首都から40qほど離れたレオガンに入り、早速援助の届きにくい被災者を優先的に支援すべき具体的な実態把握をはじめました。ただ、通信事情はよくないので、現地レポートも途切れ途切れになるかも知れませんが、根気よく見守って下さることをお願い致します。

 一部の報道では、現地での混乱の様子が伝えられ、さも被災地全土が混乱しているのかと錯覚を起こしかねますが、繰り返し当レポートでお伝えしているように、被災地では多くのボランティアが活動しており、また被災者地震は相互に支えあっているようです。まさに「自助」と「共助」の姿です。ほんとに、15年前の阪神・淡路大震災を思い出します。丁度、阪神・淡路大震災後に被災地でも何度も取材された時事通信ワシントン特派員のA.A.さんの取材体験記が
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Posted by RSY事務局 at 10:08 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.18 [2010年01月29日(金)]
ハイチの被災地に入ったクワテモックさんから現地の情報が入りました。JICAの緊急援助隊や国境なき医師団の入っているレオガン(LEOGANE)にいるそうで
す。
下記のように余りにも甚大な被害を目の当たりにして支援の必要性からクワテ
モックさんは滞在の延長を訴えてきました。

(現地時間1月28日9:40、日本時間1月29日2:40のメール)
皆さんは想像できないと思いますが、ここレオガンでは物資も同様ですが、インターネットにアクセスするのが非常に大変です。交通は悪夢のようで、インターネットもホテルもレストランも何もありません。私は倒壊した病院に寝泊まりしています。それはレオガンのCardinal Leger 病院です。震央に近いところです。90から95%が破壊されています。ポルトープランスにはほとんどの国際援助団体が入っているので、私はここレオガンを活動の地として選びました。私は、ドミニカのNGOや地元の人々にサポートされています。
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Posted by RSY事務局 at 13:47 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
ハイチ地震レポート No.17 [2010年01月27日(水)]
レポートNO14でSAJ(戦略・行動・若さ)という赤いポロシャツを着たボランティア達が立ち上がった話しをしたが、新たなボランティア達も動き出した。

 黄色いTシャツと帽子を身にまとい、救援物資の配布の手伝いや避難キャンプの清掃をする彼らは、ボランティア団体「市民アクション」の若者たちで、「皆が被災者なのだから助け合う事が必要だ。」と汗を流す。彼らは震災前から社会奉仕活動をしていたが、この大地震で彼らのほとんども被災者となり、現在も屋外での避難生活を送っている。
 レポート16の岡さんの文章の中にも「ここはハイチ。自分達の国だ。ハイチは自分達で変えていかなければならない。」というハイチ人の話がある。まさにこの若者たちの動きはハイチ人らしさを表したものだろう。

 15年前の阪神・淡路大震災の直後、1か月で約62万人のボランティアが被災地に駆けつけた。そのうちの7割は初心
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Posted by RSY事務局 at 16:36 | 2010年ハイチ地震 | この記事のURL | コメント(0)
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