第5回ヒロノカフェ[2012年01月18日(水)]
2012年初めてのヒロノカフェを、1月16日開催しました。
去年の11月から数えて5回目となります。
カフェ、駄菓子屋、そしてバルーンアート・・・今回はオセロも
持参、なぜかウシさんが対局者です。




カフェに来られた方が、子どものころの話をして下さいました。
洗濯機がなく、川で洗濯板を使って洗い物をしたこと。寒くて手はかじかむし、
干した先からすぐ凍ってしまうほどだったそうです。
「ぬか釜」なるもので、お米を炊いたという話、説明していただいたのですが、
結局どんな釜なのか、よくわかりませんでした。
小学校は1里ほどだったが、中学校は4里離れていたから、寮生活
だったと聞いてびっくり。土曜日の午後に、蒸気トラック?に飛び乗って
家まで帰ったそうです。そして翌日には、1週間分のお米と野菜をしょって、
寮へ戻った、自炊していたから
・・・どんな生活だったのか、想像できません。
「自分たちは何もない生活を経験しているから、物がナイことには
慣れている。今の人たちは大変だね」
とおっしゃってました。深いなぁ、と思いました。
広野町は、また放射能の数値があがっているようです。
北風が吹いているので、原発近くのチリが飛ばされているのではないか、
とお話ししていました。
現状で除染しても、また風向きでチリが飛んできたらやり直し。
避難準備区域が解除になったと言っても、まだまだ前途多難です。
お正月は、おせちを作るでもなし、いつものように家族が帰省して
くることもなし、いろんな意味で特別の年末年始だったことと
思います。
この集会所を使わせていただき、カフェと駄菓子屋を初めて
2か月半、いつも来て下さる方々ととりとめのない話をしていますが、
早く将来の話ができるようになればいいなと心から感じます。
次回は23日(月)。
去年の11月から数えて5回目となります。
カフェ、駄菓子屋、そしてバルーンアート・・・今回はオセロも
持参、なぜかウシさんが対局者です。




カフェに来られた方が、子どものころの話をして下さいました。
洗濯機がなく、川で洗濯板を使って洗い物をしたこと。寒くて手はかじかむし、
干した先からすぐ凍ってしまうほどだったそうです。
「ぬか釜」なるもので、お米を炊いたという話、説明していただいたのですが、
結局どんな釜なのか、よくわかりませんでした。
小学校は1里ほどだったが、中学校は4里離れていたから、寮生活
だったと聞いてびっくり。土曜日の午後に、蒸気トラック?に飛び乗って
家まで帰ったそうです。そして翌日には、1週間分のお米と野菜をしょって、
寮へ戻った、自炊していたから
・・・どんな生活だったのか、想像できません。
「自分たちは何もない生活を経験しているから、物がナイことには
慣れている。今の人たちは大変だね」
とおっしゃってました。深いなぁ、と思いました。
広野町は、また放射能の数値があがっているようです。
北風が吹いているので、原発近くのチリが飛ばされているのではないか、
とお話ししていました。
現状で除染しても、また風向きでチリが飛んできたらやり直し。
避難準備区域が解除になったと言っても、まだまだ前途多難です。
お正月は、おせちを作るでもなし、いつものように家族が帰省して
くることもなし、いろんな意味で特別の年末年始だったことと
思います。
この集会所を使わせていただき、カフェと駄菓子屋を初めて
2か月半、いつも来て下さる方々ととりとめのない話をしていますが、
早く将来の話ができるようになればいいなと心から感じます。
次回は23日(月)。
Posted by ANDO at 18:12 | 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)



