再開したはずが、、、 [2013年01月07日(Mon)]
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昨年9月に36年半勤めた旧自治省(総務省)を退官して、ブログ再開宣言をしたもののそのままばたばたで、もう4カ月が経つのに、ブログを書けていませんでした。TwitterやFacebookが便利なのでそっちに傾斜してしまったこともありますが、あまりに地方行脚が忙しくなりすぎて、、、
ということで、今後もあまり気ばらすにやっていこうと思っています。今日は、新年なので、昨年の回顧と抱負をアップしたいと思います。 2012年の回顧と2013年の抱負 まず、2012年を振り返ってみると、なんといっても一番大きな出来事は36年半勤めた総務省(旧自治省)を退職したことである。「無事これ名馬」という言葉があるが、昨年ほどこの言葉を実感したことはなかった。もちろん、100パーセント満足して後進に道を譲ったわけではないが、われわれ昭和51年旧自治省採用組が4人も総務省幹部として残っていて、二人ぐらいは早く退職すべきだと以前から唱えていたので、自分にお鉢がまわってが来たのも仕方のないことだと観念した。自分の知識、経験、人脈、思い、考えを、もっと広い世界で世の中のために生かしたい、自分の力をそういった世界で試してみたいという気持ちも強くなってきていたので、59歳での公務員退職はあうんの呼吸だったというべきかもしれない。 案の定、退職後、ライフワークの人材育成と地域おこしの支援活動がますます忙しくなり、自分を呼んでくれる地域がたくさんあるので、そのことに感謝しつつ、自分自身もさらに一層の精進を積みながら、そんな地域の人たちと一緒に地域を活性化していく活動を続けていく決意を固めている。2012年は、退職後の20数回を含め、実に60数回の講演活動を行った。もちろん、現役時代の自治大学校、市町村アカデミー、地方6団体などに対する地方財政関係の講演も含めてだが、本当にありがたいことであり、自分のがんばりも評価をしたい。 当たり前のことだが、公務員は身分保障がある一方で制約も大きく、こういった活動を続けていくにはリスクも伴うし、不便でもある。プラスワンで社会貢献活動や地域活動をしようと公務員の仲間の皆さんに呼びかけてきたのだが、自分自身のことについてはだんだん両立しがたい状況になっていた。 公務員生活最後の大仕事が消費税だったのは、皮肉だ。大学ゼミ時代から一緒で同期入省の消防庁長官になった岡崎君(当時は自治税務局長)と、三位一体改革のころから、「俺たちの時代に消費税引き上げをやらないといけないかもしれないな」と語り合っていたのが現実になった。考えてみれば、あの時、三位一体改革で、補助金の整理合理化と税源移譲、そして交付税の改革(地方財政計画の決算乖離解消、地方行財政のスリム化など)をやっていなかったら今回のような首尾はなかったと思う。大変な激動期に地方税財政制度の根幹にかかわる仕事をさせていただいたことは、私にとってかけがえのない思い出である。消費税の引き上げを契機に、地方財政制度についても大きな手直しが必要になる矢先に退職することになったのは若干の心残りではあるが、役所に残っていても、それに専念できる可能性は少なく、ほかのことで忙殺されたに違いないので、今後は民間人として地方財政制度のあり方について意見を言っていくほうが、長らく地方財政制度にかかわってきたものとしての役目を果たすことになるのではないかと考えている。 嫌いなマラソンを始めて3年が経過し、フルマラソンを3回完走した。シーズンでいうと、昨シーズンに4回、今シーズンこれまでに1回というのが実感だが、暦年でいうとそういうことになる。ハーフマラソンは、この3年半で数えられないほど(おそらく20回近く)走ったが、いずれにしてもすべて完走していて、途中棄権は1回もない。子供のころから大嫌いな走り、ジムに15年間通っても1回もトライしたこともなかったランニングだったが、こつこつと人知れず続けていくうちにここまできた。これがなんとなく東北人の真骨頂に通じるように思えて快感になっている。もちろん走り自体はいまでも苦しく、つらいもので、あまり好きではないのだが、このような努力しだいで大嫌いで苦手なことも克服できるということが、仕事にも地域づくりにも通じる面があると思うので、それが自分を納得させている要因かもしれない。 さて、2013年であるが、せっかく民間人になったのだから、その利点を生かしつつ、民間の仕事のやり方について実感を持って学び、自分の知識、経験、人脈などをその世界で生かすとどうなるかを確かめてみたいと思う。自分のライフワークが企業のCSRにつながったり、直接営業になったり、幅広い信用構築に役立ったり、いろいろな可能性があるように思う。そういう環境で、今までの制約が取っ払われたなか、思う存分ライフワークに取り組んでみたい気持ちでいっぱいである。そのためには、このことを理解してくれるところに身をおかなければならないので、場合によれば、転職ということも考えなければいけない厳しい状況にあると思っている。幸いいいところが見つかればラッキーだが、そうでないとさまよい続けることになってしまう。しかし、自分をたわめることはしたくない。元気で社会貢献できるのもあと10年ほどだ。フリーエージェントの気持ちで精一杯がんばっていきたい。 今年は単独での出版は一休みしようと考えている。一人で一冊の本を書くのはとても大変だからだ。二年間連続してに二冊の本を書き、ネタも尽きつつあるのが実態だ。しかし、地方からの発信をし、地方にあるものを生かして小さいながら地域経済に貢献し、経済社会システムの中央集権構造に風穴を開けるためには、地方を歩き回って現場を熟知している力のある先生方の協力を得て、共著という形で地方出版社から出版し、それをそれぞれのネットワークを共振させて販売することができればすばらしいことだと思う。しかし、これは私の初夢である。なにぶんにも賛同者が何人かいなければ実現はむずかしい。これができれば、地方が自信を取り戻し、地方のすばらしさを都会の人たちが再認識し、日本人が自分たちの森里海の水の連環に支えられた国土の成り立ちやそれによって培われてきた稲作漁撈民族としての生活様式、伝統、文化に誇りを取り戻す一助になると思う。そのことにより、日本が先進国ではきわめて稀な民族でありながら、世界に冠たる文明国家として生き残る道が拓けてくると信じている。 マラソンは、今年はがんばりすぎないように心がけ、楽しんで走れるようにしたいと考えている。もう還暦間近で体力も落ちてきているので、記録更新は望めない。維持するのがやっとだ。しかし、還暦でのフルマラソンフィニッシャーは目前で、まずこれを達成したい。そして、65歳、70歳とハーフマラソンの完走ぐらいはしていきたいと考えている。 いつフルマラソンが走れなくなるかを知ることは、老いの自覚を促すことにつながるだろう。人間は老いを自覚しつつ、それに応じた生き方を見つけ、謙虚に自分の一生の閉じ方を考えていかなければいけないと思う。もう、私も物質的に欲しいものはほとんど何もなく、今あるものを整理したり、活用したりするだけでも時間は足らないと思っている。そしてお金のバランスシートよりも、心のバランスシートを豊かにすることを考えながら、これまでの自分のライフワークの活動を整理し、まとめていくことに取り組んでいきたい。これまで培った人脈を大事にして、自分のやってきたことをうまく後輩に引き継ぐことこそがこれからの自分の役割だと思う。それが人生の仕上げだ。あと10年しかないと観念して、この大仕事に今年から取り組もうと考えている。 平成25年正月 椎 川 忍 |
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