代官屋敷の前を東に行くと、骨董や古道具の露店の一画があります。毎年、私は音の出る道具を探し廻るので古道具屋のご主人と顔見知りになり、「お客さんが来ると思って用意しといたよ」と、珍しい鈴や小さな寺鐘を奥の方から出してきてくれるようになりました。
念仏鉦
この念仏鉦もその一つです。京都の六斎念仏で打つ鉦と似ていますが、2つの鉦の表面を同時に打てるように、撞木の横棒が長く作られている点が違います。2つの鉦の音高は微妙に異なっていて、音のかすかな「ずれ」が味のある音色を作ります。
>念仏鉦
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10年前のボロ市でのこと。西村和泉守と刻印された伏鉦を手に入れました。ずいぶん安いので理由を尋ねたら、ひび割れしているからとのこと。鳴らすと確かに割れた音です。私は日本の音を集めているので、壊れていると買わないのですが、その日は、ひび割れた鉦が何故か不憫で、ついつい買ってしまいました。
この日は鉦を自宅に置いて、夜、新潟の仕事先に戻りました。
週末に帰宅したところ、同居の姉の機嫌が悪いのです。理由を聞けば、私がテレビをつけたまま出かけてしまったとのこと。記憶は曖昧でしたが、きっとそうなのだろうと、翌週はTVがついていないことを確かめて出かけました。そして週末深夜に帰宅。すると、自室のTVからしゃべる声。これにはびっくりしました。
翌朝姉に話すと、姉もTVを消したことを確認したと言います。さては和泉守の鉦のせい? 翌日、鉦を打ったはずのいくつかの宗派の念仏を順番に唱えてお線香で供養し、再び仕事に出かけました。この週末、鉦の霊は確かに成仏したようで、その日以降TVも静かになりました。
この話を聞いてくださった庭園研究者で、東京大学名誉教授の横山正先生曰く、「TVのon/offがリモコン方式になってから、同じようなことが良く起こるんですよ。僕にも経験ありますよ。」と。「そうだったのか」と納得した私でしたが、文楽三味線方で信心深い友人は「霊は電気系統を通じてやってくることが多いんですよ。きっと救ってくれた感謝に来たんですよ」と言います。そう考えるのも悪くないなあと思った私でした。
壊れていない伏鉦
>壊れていない伏鉦の音
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数年越しにボロ市で集めた小さな梵鐘たちは、一つづつ音や響きが異なり、打ち合わせるとキリスト教会の組鐘のような「日本式カリヨン」になります。日本では鐘を組み合わせて打つことなどありませんでしたが、1970年代以降の現代作品には、打楽器として数種の梵鐘を打つ曲も作曲され、寺々の鐘が夕闇の中で、遠く、そして近く、響き渡る風情が醸し出されます。
鐘たち
>いろいろな鐘の音
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2018年も残り少なくなりました。今年は、この小さな鐘たちの響きでお別れします。来年こそは静かで穏やかな自然の中で暮らすことのできる年になりますように、願いを込めて。
文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
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