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2017年08月01日

第5回 縁日にて

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縁日の露店の風景 撮影:服部考規

近くの広場から太鼓の音が聞こえてきます。通りを行く子供たちも色とりどりの浴衣で広場の方に歩いてゆきます。日本各地で聞こえてくる夏祭りの「音」。昔は、寺の境内に組み建てた櫓の上で威勢よく打たれる大太鼓に合わせて盆踊歌が歌われ、皆で櫓を囲んで踊ったものでした。
1980年代に、福島県の小学校を拠点に地域の活性化を試みていた文化人類学者の山口昌男氏が、「ここの盆踊りはいいよね。暗いところに提灯を吊るして櫓を囲んで踊るから。盆踊りに必要なのは円形と暗がり。暗くなくちゃあ霊も帰ってこられない」とおっしゃっていたのを思い出します。盆踊りには、祖先の霊を迎える目的に加えて、男女が交流する「歌垣(うたがき)」の目的もありました。東北の盆踊り「黒川さんさ」の踊り手の浴衣の背中には華やかな帯が締められ、円形で踊って後姿を見てもらうのが大事だったことも分かります。
一方、虫送りなど、山や川に向かって太鼓や笛で囃しながら一列で進む芸能もあったので、その影響を受けたのか、あるいは海外のパレード式の祭りの影響を受けたのか、このごろの全国の盆踊りの多くはパレード式に変わりつつあります。

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ブリキ製のラッパ、メロディー、カチカチ 撮影:服部考規

祭りの音も消えかかっています。昭和40年代まで、縁日の露店に必ず並んでいた音の出る玩具の豊かさ。あちこちで、子供たちが鳴らす「変な音」に満ちていました。金魚のガラガラにブリキのラッパ、そしてカチカチ。今ではほとんど見かけなくなった楽器たちです。
新しいラッパには人気漫画の登場人物が描かれています(写真左)。ブリキ製ラッパの登場は明治初期。子どもたちの間にブリキ製ラッパ(写真中央上)が流行するのは、日清戦争の勃発と時を同じくします。実際のラッパと異なり、玩具ラッパの音はハーモニカと同じ音色です。
>>ブリキのラッパ

カチカチ(写真中央下)は、絵が描かれたブリキ板の裏側に小さな板がついていて、指で押さえて離すとカチカチ音がするのでこの名前がついています。
>>カチカチ

セルロイドやプラスチックで作ったパンパイプ型の「メロディー」(写真右)の音階は、かなりいい加減です(笑)。民族音楽学者の小泉文夫氏は、この玩具が好きで、「日本にメロディーという概念がなかったから、音が並んでいるのをメロディーと言ったんじゃないかな」と楽しそうに話していましたっけ。
>>メロディー

ヨーロッパでは玩具であってもきちんとドレミ音階を出せますが、この当時の日本の発音玩具は単音のものばかり。この「メロディー」ぐらいが、異なった音が並ぶ数少ない楽器でした。日本の音文化では、ドレミを出すことよりも各々の楽器が異なった音を出して、多種の音色が生まれることのほうが大事なのです。

  
縁日で売られる発音玩具の定番は音の出る風船。膨らませた風船がしぼむ時に、「ブーッ」と凄まじい音がするので、子供たちは大人の後ろで急に音を出してはびっくりさせていました。風船と管の継ぎ目に取り付けられたシングルリードが振動してこの音が出るのですが、歌舞伎の赤子笛、牛笛、カラス笛、馬笛など、多くの擬音笛にこのリードが使われています。
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音の出る風船(上)と巻笛(下) 撮影:竹内敏信

祭りの縁日、あちこちで鳴らされる音色の渦。時代や社会を如実に映し出した音たちも、夏の懐かしい音風景として居場所を作っています。

次回は「雨の季節に」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
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