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2018年10月01日

第19回 旅する人々

気づくと木の実も赤く色づき始めました。秋本番です。紅葉の名所に出かける人、各地の神社仏閣に参詣する人、目的は様々ですが、伊勢参り、熊野詣、四国八十八箇所札所めぐりの秋遍路・・・と、秋の季節は旅の季節です。駅貼りの広告も一斉に、色づいた木々の写真を掲げて観光地への旅を誘います。

2000年になった頃でしたでしょうか、兵庫県に出かけた帰り道、加賀街道沿いの古道具店で変わった鈴(すず)を見つけました(写真上)。

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変わった形の鈴

鈴と言えば球体か、古いものは瓜実型なのですが、この鈴はなんと円柱のような形でした。誰かが遊びで作ったのかとも思える鈴でしたが、鈴の柄の上部には、小さな穴が開いていて、紐を通して吊るした様子があるので、首から下げて使ったようです。値段の安さに魅かれて面白半分で買って帰りましたが、その後、2009年にボストン近郊のセーラムピーボディ博物館にモースコレクション調査に赴いた時、全く同じ形の鈴を見つけたのです。収集年代は不明ですが、博物館の記録によると、モースか、モースの収集を手伝っていた美術商人、松木文恭(1867-1940)の収集品と書かれていました。Priest’s rattleとあるので、冗談で作ったわけではないらしいことも分かりました。
さらに数年後、今度は地元のボロ市で、また同じ鈴を発見(同上写真下)。
そして、さらにさらに、青森県八戸市の南郷歴史民俗資料館の敷地内にある古びた建物の中で、同じ形の鈴に出会ったのです。「東北地方で使われていた鈴だったのか!」と文献を調べ始めたところ、遠野市立博物館図録(注)のオシラサマ道具の中に登場していることが分かりました。
>変わった形の鈴

東北の鈴が、なぜ福井で? その理由を実証するのは難しいのですが、伊勢参りに出かけた時に持って行ったものが、現地に残されてとどまったのでしょうか?

一般的な遍路や巡礼に持ってゆく鈴は、左の写真のような鈴で、「レイ」と呼ばれています。
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巡礼鈴
>巡礼鈴

ほかにも巡礼鈴の形として、号外の時に鳴らすような朝顔形の大きめの鈴(レイ)もあり、葛飾北斎『東海道五十三次』藤沢は、大山参りの行列の先頭を歩く男の手に、この鈴を持たせています。
球体型の鈴も、この写真のようなレイも、また釣鐘型のレイも、皆、厄除け、道中の安全を祈るお守りとして使われていました。
昨年の第8回「鈴の音」で既に紹介したように、馬で旅する人々は、道中の安全を願い、馬の臀部に掛けた布の左右に必ず鈴束を下げていました。古代より、鈴の音は神の声に通じ、鈴の音に道中安全を願ってきたためです。
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馬の鈴
>馬の鈴


21世紀、車社会の今でも、休憩に立ち寄るサービスエリアの土産物、また、神社仏閣の土産物店で販売される鈴の種類と数の多いこと。
昔の鈴の音色とはすっかり変わってしまいましたが、鈴の音色に旅の安全を祈る気持ちが込められていることには変わりはありません。


次回は、「演歌の風情」です。

注:遠野市立博物館 第41回特別展『オシラ神の発見』2000年 p.47

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
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