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2018年06月01日

第15回 石を鳴らす

子供の頃から、海岸や水辺で石を拾うのが好きで、我が家には拾ってきた石たちが部屋の片隅に居場所を見つけて陣取っています。観賞するための石は多いのですが、石には音を奏でる役割もあり、その音色もなかなか素敵なのです。
石を鳴らす? 吹いて鳴らし、振って鳴らし、打って鳴らす・・・。それぞれの石に独自の音色があり、これらの音が信仰の中で象徴的な意味も持ってきました。

石笛3種P8184008_2.jpg
石笛・磐笛(上左:江の島、上右・下:伊予)

吹いて鳴らすのは「イワブエ」。「石笛」「磐笛」と書きます。大昔から祭りの場に神を迎え、祭の終わりに神を送る音に、「オーッ」と次第に上昇し下降する声「警蹕(けいひつ)」があります。この声は、『枕草子』第20段に、「警蹕など『をし』といふこゑ」と書かれて登場しますが、磐笛もこの役割を果たしました。磐笛の孔は、海岸で貝が住みついたり風化によって開いた孔で、海岸の石には貫通孔を持つものもあります。この孔に唇を当てて、フルートのように吹くと、かなりの高音が出ます。
>石笛(写真上右)

人の可聴範囲を超えた音が出るので、動物たちを威嚇する音でもあったようです。

鈴石3種P8184007_1.jpg
鈴石(上左・上右:名寄、下:西表島)
振って鳴らすのは「鈴石」。石の内部が何らかの理由で空洞になり、中に崩れた小さな石や砂が残っていて振ると鳴るものです。音は小さく、空洞の中が砂か小石かによってシャラシャラ、コロコロと音色が異なります。北海道の名寄や、沖縄の西表島で良く採取されますが、名寄の鈴石は天然記念物になっています。
>鈴石(北海道・名寄 写真上左)

>鈴石(西表島)

この鈴石が何に使われていたのか不明ですが、「鈴」は神の声の象徴だったり、道中の無事安全を祈る厄除けの役割ですので、鈴石もお守りや厄除けとして大事にされたのでしょうか。

火打ち石P1300347_2.jpg
火打鎌と火打ち石(メノウ)
打って鳴らす石といえば「火打ち石」。今年の2月の「季節の音めぐり」でも取り上げました。
季節の音めぐり 第11回「しんしんと」
火打ち石は火をおこすための道具ですが、火打鎌で石(メノウ)を打つ音は、厄除けや安全を祈る音として、モノづくりの工程で使われてきました。玄関で火打ち石を鳴らして旅の安全を祈り、また酒蔵では酒造工程の安全を祈る祝詞とともに火打ち石が打たれてきました。

石の鉦P8183905.JPG
石の呼び鈴
打つと美しい音色を奏でるのは、火山の噴火で地中に埋もれていた金属に近い石「磬石(けいせき)」です。音高の明確な音を出すので、讃岐で取れる磬石は地元では「カンカン石」と呼ばれています。学名は「サヌカイト」。1970年代から活躍する打楽器奏者のツトム・ヤマシタさんが、サヌカイトを何本も吊るして演奏したことから世の中に知られるようになりました。
写真は「石の呼び鈴」と名付けられた石で、入手したときの説明では、茶室の入り口に下げたとありましたが、本当かどうか不明です。長さ21cmで、鹿角のような硬いバチで打つと金属音と同じ明確な音高が出ます。
>石の呼び鈴


新潟と富山の県境にある海辺の町「青海町(おうみまち)」の人々は、厳しい冬も過ぎて爽やかな夏を迎える頃に海から聞こえてくる〈波が石を洗う音〉が大好きで、子供も大人も、この響きを「カラカラカラ」と表現して親しんでいます。
色彩の変化だけではなく、身近な響きに耳を傾けながら、人々は季節の移り変わりを感じてきたのです。

次回は、「豆腐ラッパの不思議」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年05月01日

第14回 竹の響き

八百屋に採れたてのタケノコが並ぶ季節になりました。竹はアジアの代表的な植物ですが、中が空洞で伸縮性のある特徴から、様々な美術工芸品・管楽器や打楽器、さらには竹炭として湿気取りや消臭剤にも使われます。
日本音楽の世界では竹の楽器が大活躍していますが、吹いて鳴らすもの、打って鳴らすもの、こすって鳴らすものなど、鳴らし方もいろいろ工夫されています。

竹法螺.JPG
竹法螺
この写真は、歌舞伎で使う竹の法螺貝「竹法螺(たけぼら)で、戦いの場面で大太鼓と銅鑼の音の合間を縫って吹きます。両手で支えて左端の吹き口を唇で覆ってホルンのように吹くと、「ブオー」という法螺貝の音になります。
>竹法螺


日本音楽の横笛や縦笛はすべて竹で作られています。雅楽の「龍笛(りゅうてき)」、能の横笛「能管(のうかん)」、長唄囃子や祭囃子で使う「篠笛(しのぶえ)」、そして「尺八」。リードの付いた笛には、雅楽の「篳篥(ひちりき)」や「笙(しょう)」があります。篳篥は雅楽の「うねるような旋律」を、「笙」はパイプオルガンの音色を小さくしたような音で、笛や篳篥の旋律を支えて包み込むような和音を奏でます。笙のリードと同じ構造を持つアイヌの楽器「ムックリ」(口琴)も竹でできていますね。さらに、馬・牛・鶯・鶏や虫の声など擬音笛もいろいろあり、竹の笛で身近な動物や鳥、虫の声を表現しています。

竹は中が空洞なので打つと心地よい響きがしますから、竹そのままを紐で吊るしただけでも楽器になります。
次の写真は、昭和40年代に京都嵯峨野で入手した竹の鳴子(なるご)です。風が吹くと竹同士が打ち合わされて音を出します。この頃、各地で見かける竹鳴子は、インドネシアなどアジア製ばかりで、日本製は全く見かけなくなりました。音色もかなり違いますね。
嵯峨野 竹鳴子.JPG
竹鳴子

>竹鳴子


歌舞伎で使う「竹こだま」という楽器も、竹の特徴を活かした打楽器です。竹筒を横にして両端に紐を取り付けて吊るし、T字型の撞木で打って音を出します。山間の風情を表わす場面で打たれます。
竹こだま.JPG
竹こだま

>竹こだま

「竹こだま」には太めの竹を用いるので、新しいと割れやすく、年月をかけて割れないように乾燥させてから楽器にするので、見た目は単純ですが結構手間のかかる楽器なのです。でも、自然の竹ですから一本一本音高や音色が異なるので、数本を打ち合わせて遊ぶと楽しい楽器です。

さて、次の不思議な形の楽器は、竹の根っこで作った手作り木魚です。新潟県上越市内の庶民的な骨董店で見つけたものですが、いつの時代かわかりません。日本製です。下の写真のように、丸い形のへこみから竹が生えていたこともわかります。
竹根木魚1.JPG
竹寝木魚2.JPG
竹根の木魚

>竹根の木魚

この木魚、よく響く木魚でなかなか良い音なのです。この木魚を何に使ったのかは不明ですが、身近な素材から音の出るものを作る発想は、日本各地で見られます。

目にも美しいだけではなく、響きも心地良い。そして食べれば美味。モンスーン気候の湿気の多い地域で育つ竹ですが、日本の音文化を豊かにしている代表的な素材です。

次回は「石を鳴らす」です。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年04月01日

第13回 春 蝶が舞う

菜の花が咲き誇る季節になりました。土手や道端には何処にでも自由に咲いているのに、庭に咲かせようと種を蒔いて育たないのはなぜなのか、いつも道端の菜の花を見ながら羨ましく思う私です。

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歌舞伎のオルゴール

菜の花といえば、花の間を飛び交う蝶々ですが、蝶々を象徴する音として思い浮かぶのは、歌舞伎舞踊《蝶の道行》で演奏される、歌舞伎独自の楽器「オルゴール」です。「蝶の道行」なので、てっきり春の舞台かと思いきや、この蝶々は秋に舞うのだそうですが・・。まあ、ここでは、蝶々の音としてオルゴールを紹介することにしましょう。
>オルゴール

舞踊の内容は、お家騒動の犠牲となった男女が、陽光の中で蝶々になって舞い遊び、夕闇迫るとあの世に戻って行く悲しい話で、音楽は、骨太の義太夫節に高音域の透き通ったオルゴールが混じり合い、哀切を強調する胡弓も演奏に加わります。
「オルゴール」はオランダ語で、アムステルダムの街なかでは今でも大道芸人が観光客に大きなオルゴールのハンドルを回して軽快な音楽を聞かせています。言葉としては江戸時代の日本にもありますが、この楽器は明治10年頃に歌舞伎で考案された楽器とのこと(注)。以前、ハーグ市立美術館コレクション用に歌舞伎オルゴールを買った学芸員に、なぜこの名前がついたのだろうと尋ねたことがありました。彼は首をかしげながら「大小の玉が順番に並んでいるところのイメージが似ているかな?」とよくわからないことを言っていましたっけ。
この楽器は仏教の楽器「鏧(きん)」を、4個〜5個横に並べています。

>鏧(きん)

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鏧(きん)

鏧にも2種類あって、写真左の3個は縁取りなし、右の小さな鏧には縁取りがあり、縁取りのある方が歌舞伎オルゴールに使われます。縁取りのある方は、仏教の法会の開始時などに、行道する先頭の僧侶が持つ柄付きの鏧と同じです。私の想像ですが、新しい文化を取り入れることが大好きな歌舞伎音楽が、オランダから入ってきたオルゴールの響きに憧れて、身近にある良い響きの楽器で歌舞伎独自のオルゴールを作ったのではないかと思っています。
面白いのは、この楽器、この世の人とも思われない美女が登場したときとか(実は鬼だった!)、紛失した手紙が、突然上から舞い落ちてきた・・とか、不思議なことが起こる音として使われますから、信仰の世界と相通ずるものがあるのでしょうか。
春のこの時期、各地の寺の行事で、この音を耳にすることが出来ます。身近な音色の代表ですね。

オルゴールは、時報の象徴としても使われ、その時は「ガリ時計」と組合せます。
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ガリ時計

>ガリ時計


まずガリ時計をくるくる回して音を出した後でオルゴールの玉をチーンと打つのです。打つ数によって、時刻を表します。
>ガリ時計とオルゴール

昭和始めの生まれの方には何の音か想像つくかもしれませんが、若い方にはわからない音でしょうね。ガリ時計の音は、柱時計が時刻を知らせる直前にバネが巻き上がる音、オルゴールの音はベルの鳴る音なのです。でも昔の日本の柱時計は「ベーンベーン」という三味線のような響き。オルゴールの時報は、むしろヨーロッパの柱時計の澄んだ響きに近いかもしれません。柱時計の音色も、日本化して三味線的な音色になったのでしょうか。

次回は、「竹の響き」です。

注:5世福原百之助著『黒美寿』p.97に、
 「明治十年頃に二代目宝山左衛門師が工夫されまして、所作事に使いましたのが始めで」とある。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年03月01日

第12回 ひなまつり

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桃の花 撮影:服部考規

3月3日、桃の節句・・・と言っても、桃の花が咲くにはもう少し待たなくてはなりません。でも、日差しには春の暖かさを感ずる今日このごろです。3日は雛の節句とも呼ばれ、女児の健康や成長を祈る祭りです。
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五人囃子 撮影:服部考規
雛祭りの響きといえば五人囃子。雅楽の楽器を持っている例もたまに見かけますが、五人囃子は能の囃子の楽器4人と、地謡1人の合計5人のことです。写真の人形の右から「張扇(はりおうぎ)」「横笛(能管 のうかん)」「小鼓(こつづみ)」「大鼓(おおつづみ)」「締太鼓(しめだいこ)」の役で、「張扇」は謡や囃子の稽古でリズムを打つための扇を閉じた形の道具です。
東京や新潟などで見かけた雛壇の五人囃子では、小鼓と大鼓を持つ人形が逆になっていたり、大鼓の向きが変な向きだったりと、なかなか正しい持ち方になっていません。この人形は資料として私の手元にあるのですが、小鼓役の左手が小鼓の紐に届かなかったり、大鼓も左腕の下に入らなかったりと、正しい位置に楽器を置けません。音楽を専門にしているものの目からは、どうして?と思うような作りが多いのです。
でも、実証的に作ってしまってはつまらない、不即不離的に、だいたいの雰囲気が合っていればそれで良い・・という、ある意味で歌舞伎の作り方にも似たゆったりとした考え方が、いかにも日本らしいなあと思ってしまいます。

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犬張り子 撮影:服部考規
雛祭りのお雛様とお内裏様の左右には、犬張子が置かれることもあります。これは、お雛様を守る役割だそうですが、犬張子の犬は背中に「でんでん太鼓」を背負っています。
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でんでん太鼓のいろいろ 撮影:服部考規
「でんでん太鼓」は、もともと大陸から伝来して雅楽の中で使われた「振鼓(ふりつづみ)」をルーツとしますが、アジアでも日本でも、太鼓を打つことが厄除けだったり、雨乞いや豊年祈願だったりして、太鼓は祈りの楽器でもありますので、「でんでん太鼓」にもその役割が与えられているのです。「振鼓」は彩色された革で作られていますが、「でんでん太鼓」の素材は布や紙です。皮面を打つ素材は、金属鈴、木球、豆、ビーズなどで、それぞれに音が異なります。
>でんでん太鼓(布に鈴)

>でんでん太鼓(布に豆)

>でんでん太鼓(紙に豆)

地域固有の「でんでん太鼓」には、笛を吹くと紙人形が太鼓を打つからくり式の「犬山のでんでん太鼓」もあります。
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犬山でんでん太鼓 撮影:服部考規
>犬山でんでん太鼓


女児の健康を祈るための発音玩具には、こんな珍しいものもありました。オランダのライデン国立民族学博物館に所蔵されている、背中に美しい花を付けた雀の玩具です。
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ライデン国立民族学博物館の「福良雀」 撮影:Jan Zweerts
これは、『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(巻六)や『うなゐの友』(四編p.12、六編p.1)に登場する「福良雀(ふくらすずめ)」ではないかと思われます。
どちらの資料にも音が出ることは書かれていませんが、ライデンの福良雀は振るとカラカラと音がしました。

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手毬 撮影:竹内敏信
春の訪れの気分には、手まりがよく似合います。全国各地に伝統的な手毬の文化がありますが、地域によっては、大小の手毬が雛飾りの一つとして天井から吊り下げられることもあります。新潟県栃尾市の手毬には、様々な草の実が入っていて、手毬ごとに音色が違います。

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栃尾の手毬の中身 撮影:服部考規
様々な色合いを楽しむばかりでなく、手毬を突くと、カラカラ、コロコロ、シャリシャリ・・・と、音色も色々聞こえてきます。
>手毬(大)

>手毬(小)


先人たちは、幸せを祈り、健康を祈るために、季節ごとに変化するかそやかな響きに耳を傾けて、身近な祈りの道具に取り入れてきたのです。

次回は「春 蝶が舞う」です。

<参考文献>
『嬉遊笑覧』喜多村信節(きたむらのぶよ)著 
 日本随筆大成編集部編 昭和8年11月 東京 成光館出版部
 原著は1830年(文政13)10月刊 江戸時代の風俗百科事典
『うなゐの友』清水晴風著 1891年(明治24)11月5日初版 東京 芸艸堂
 全10巻からなる日本伝統玩具の図版 


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年02月01日

第11回 しんしんと

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雪景色 撮影:服部考規

暦の上では立春。でも、春を感ずるのは関東以西に住む人々だけのように思います。2月の日本海側は、まだまだ冬の季節なのです。特に今年は大寒に積もった大雪で、北陸や東北地方の春の訪れは先延ばしされてしまいましたから。
「深々と」積もった雪の朝は、生活音が全て吸い込まれて、「しーん」と静まり返った無音の世界になります。
この時期、各地の酒蔵では寒造りの終わりも近づいて大忙し。昔の酒造りの工程では、仕事ごとに唄が歌われていたことをご存知でしょうか。時計のなかった時代、撹拌時間を図るため、数人の作業の動作を揃えるためなど、酒造りの工程では唄が大事な役割を果たし、作業ごとに10種類ほどの唄が歌われていました。早朝の仕事始めは、その日に仕込む酒を入れる六尺桶を洗う「桶洗い唄」。桶の中に入ってササラを上下に動かしながら歌います。数人で櫂棒を手にして酒の「酛(もと)」を撹拌する時も、米を洗う足を揃える時も「酛すり唄」や「米洗い唄」を歌いました。ササラを擦る音は、歌う蔵人にとって大事な伴奏楽器でもありました。
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ササラ(酒造り用のササラは、もっと長い) 撮影:茂手木潔子
>ササラ

新酒が無事に出来上がるように願う時は、火打石を打って松尾神社の神様に祈ります。
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火打石と火打鉦(石はメノウ) 撮影:服部考規
>火打石

冷え込む蔵に響く蔵人の朗々とした歌声。時折聞こえる木桶を擦る音、水の音、そして石の音。酒を造る里の真冬の音風景です。

2月半ばになると、各地で春を待ち望む「春迎え」の行事も始まります。神奈川県山北町能安寺の「百万遍念仏」(2月中旬の土日)は、天井から吊り下げた長い数珠を、男性一人が何度も力強く引き下ろす数珠廻しで、滑車に掛けられた数珠がガラガラと豪快な音を立てます。
「百万遍」は京都知恩寺を発祥とする行事で、はやり病の治癒を願って大数珠を手にした人々が数珠を廻して100万回の念仏を唱えたことに始まり、東北から九州の各地に伝承されるようになりました。私が体験した新潟県村上市の「数珠繰り」は、硬い材質で作られた数珠が廻る(繰る)音が、あたかも石ころに当たる水の流れに似て、此岸と彼岸を隔てる川のようにも感じたことを覚えています。
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百万遍用の大数珠 撮影:服部考規
>数珠繰り

東北地方の春迎えの祭には、地域で独自に考案した楽器も登場します。
秋田県の六郷町の「竹打ち」(2月15日)では、戦いの合図に木で作った法螺貝「木貝(きがい)」を吹きます。木貝を作ったのは桶屋さん。音はほら貝と同じ音ですが、円錐形の部分は桶作り、吹き口は風呂桶の栓のようです。
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角館「竹打ち」の木貝 撮影:服部考規

青森県の八戸の伝統芸能「えんぶり」(2月17日〜20日)も、2月の風物詩です。「えんぶり」は農作業で使う「杁(えぶり)」が語源で、竹の鳴子と金属の輪を取り付けた板に長い棒のついた道具を地面に突き立てたり振って音を出しながら、黒い紋付きに華やかな烏帽子を被った男たちが春の到来を願い、豊かな実りを祈念して舞います。
「えんぶり」には短めの「どーさいえんぶり」と、写真の「長えんぶり」の2種類があり、「長えんぶり」の金属の輪は仏教の楽器「錫杖(しゃくじょう)」の円環を連想させます。鳴子は田畑の鳥追いのための楽器ですから、この楽器は仏教とアニミズムの共存した姿のようです。
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撮影:竹内敏信
>長えんぶり

次回3月は、「ひな祭り」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年01月01日

第10回 初春の響き

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浅草の新年 撮影:服部考規

大晦日の除夜の鐘の響きも遠のき、澄みきった空に繭玉が色合いを添える初春。寺社を訪れる初詣の人々が、賽銭箱の上に下がる太い紐を揺らすと大きな鈴がガラガラと鈍い音を立てます。新年だけは若者たちも、この鈴の音を体に染み込ませるのです。
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神社鈴 撮影:服部考規
> 神社鈴

ところで寺などでは、賽銭箱 の上に鈴ではない別の金属の楽器が下がっているのをご存知でしょうか。平べったい形をした鳴り物「鰐口(わにぐち)」です。その形は、雅楽で用いる金属製の鉦(かね)「鉦鼓(しょうこ)」を、外側を凸面にして2枚くっつけたような姿をしています。
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鰐口2種 撮影:服部考規
>鰐口

鰐口は、古くは「金鼓」とも呼ばれ、もとは仏教寺院の鳴らしものでしたが、神社の社殿にも吊り下げられるようにもなりました。名前の由来は、口を開けた底辺部分が鰐の口に似ているからということらしいのですが・・。
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鰐口の口の部分 撮影:服部考規
鰐口と呼ばれた最古の記録は宮城県大高神社のもので、1293年の銘が残っているそうです。
鰐口の表面には、太く編んだ紐が下がっていて、この紐を鉦の中央に打ち付けて音を出しますが、ガランゴロンと鳴る鈴よりももっと鈍い響きで「ボワン ボワン」と鳴ります。
神社鈴にしろ、鰐口にしろ、年始めの音は、なぜか、かなり控えめで自らを主張しない響きです。でも、低音域で複雑な音高と音質の混じり合ったこの音色は、なかなか味わい深く、体にも良さそうな響きです。この響きこそが日本古来の響きなのかもしれません。

鈴や鰐口の響きとは対照的に、新年には甲高い音も聞こえてきます。ムクロジの実が板を打つ響き〜羽根突きの音〜です。
>羽子板

ボストンから来日したモースは、日本の羽根突きの響きを「クリック、クリック」と表現し、アメリカの故郷で遊ぶ羽子板に似た道具は「サムサム」という音なのにと、異なる響きに驚いています。この固く響く音も、日本の響きの代表です。
ところで、鈴を埋め込んだ珍しい羽子板を最近手に入れました。
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鈴をはめ込んだ羽子板(左)と押絵の羽子板(右) 撮影:服部考規
絵の様子からして、昭和初期の羽子板でしょうか。飾りだけのためか、鈴は良く鳴りません。厄除けの象徴として埋め込んだのかもしれません。
もうひとつの押絵の羽子板にも、表面には見えませんが内部に鈴が埋め込まれ、羽を突くたびに、鈴が鳴ります。
木の音と鈴の音を混ぜて響かせる発想は、ほかにもあります。
昭和40年代までは、子どもたちの履くぽっくりの底にも鈴が取り付けられ、子供が歩くたびに木の音と鈴の音が鳴る仕組みになっていました。
ぽっくり
ぽっくり 撮影:服部考規
鈴の音は厄除けの意味はもちろんですが、子供が何処にいるのかを確かめるためにも役立ったことでしょう。
>ぽっくり

 
初春に、家々の門口を訪れる獅子舞の囃子。篠笛・締太鼓・桶胴・当り鉦の音に混じって、獅子頭が口をカツカツと打ち合わせ、福を招きます。この獅子頭の仕草を真似て作られたのが、板獅子という発音玩具です。
各地の板獅子の顔・顔・顔。ほんとうに多種多様で豊かな表情です。
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様々な表情を見せる板獅子(日本玩具博物館所蔵) 撮影:竹内敏信
>板獅子

控えめで深みのある鈴の響きと、遠くまで響きわたる木の響き。伝統的な新春の音風景です。

次回は「しんしんと」です。


  
文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2017年12月01日

第9回 木の音が呼ぶ年の暮

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吊し柿 撮影:服部考規

12月に入り、冷たい空気にさらされて柔らかく飴色になった吊し柿を風通しのよい屋根裏の藁を敷いた床に並べると、暮には真白い粉が吹き美味しそうな干し柿となります。笛吹川沿いの故郷の思い出です。

>拍子木

師走の声を聞く夕暮れ時には、「火の用心」の拍子木の音。静けさとともに暮独特の情緒を感じたものでしたが、この音も年を追うごとに消えてゆきます。

拍子木は、欧米の人にとっては日本の音文化の代表的な存在だったようで、1870年代に来日した大森貝塚の発見者E.S.モースは、滞在中の日記の中で「夜中に時々、規則的なリズムを持つ奇妙なカチンカチンという音を聞くことがある。これは、私設夜警が立てる音で、時間を決めて一定の場所を巡回し、その土地の持ち主に誰かが番をしつつあることを知らせるために、カチン、カチンやるのである。」(E.S.モース著 石川欣一訳『日本その日、その日』1 pp.19-20 平凡社 東洋文庫172)と記して取り上げています。
江戸時代の戯作者、近松門左衛門も、拍子木の響きが好きだったようで、世話物浄瑠璃の中で拍子木の音を効果的に使って劇的効果を作り出しました。例えば『心中天の網島』の下の巻〈大和屋の段〉では、太棹三味線に拍子木と「ごようざ(ご用心)」の声を打ち交ぜて、心中覚悟で車戸を開けて廓を抜け出す小春と治兵衛の緊迫した情景を巧みに演出しています。

ところで、拍子木といっても、地域ごとに長さも形も様々ですが、私たちの音文化では、拍子木のように2本の木片を打ち合わせる打楽器が身近な音として多用されています。
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@歌舞伎の木頭 A火の用心の拍子木 B仏教行事で用いる音木 C民間信仰で用いる音木
撮影:服部考規
※冒頭の拍子木の音はAの火の用心の拍子木


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全長約43pの拍子木(地域不明) 撮影:服部考規

歌舞伎で開演ブザーの役割や開幕の音として打ち鳴らされる木頭(きがしら)、仏教行事で読経のリズムを整える小ぶりの音木(おんぎ)とか割笏(かいしゃく)と呼ぶ拍子木もあります。
>音木

また、神道の神楽歌で歌の拍子を取る板状の笏拍子(しゃくびょうし)は拍子木のルーツです。
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笏拍子 撮影:服部考規

>笏拍子


モースはこれらの木を打ち鳴らす響きに強い関心を持ち、1877年6月の初来日時には下駄やぽっくりの音にびっくりし、日記には笏拍子の持ち方やいくつかの木製打楽器の絵を描き、帰国の時は拍子木、下駄、魚版、羽子板、笏拍子などを複数ボストンに持ち帰りました。そして、行事の開始や呼び鈴替わりに打ち鳴らす板状の盤木(ばんぎ)や魚板という打楽器については、 自国では木琴やカスタネットのような楽器として木を使う例はあるが、このような音信号として使う例はないと日本の音文化の独自性について記しています。
木を用いた工芸、建築など、木の加工では国際的に抜きん出た技術を持ち、芸術性の高い多くの作品を生み出してきた国として、木に関する国際学会でも一目置かれている日本。視覚的な作品だけではなく、木の響きにこだわって来た伝統にも注目してほしいところです。

2017年、地球の様々な場所で起こった事件や天変地異で、多くの人々の平穏な日常が失われました。新たな年が平和で穏やかな年になりますように、下関の「ふく笛」に願いを込めて。
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写真:竹内敏信 日本玩具博物館所蔵

次回は「新春の響き」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2017年11月01日

第8回 鈴の音

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鳥居 撮影:服部考規

このところめっきり寒くなりました。11月は神楽月とも言うそうです。10月に出雲に出かけていた全国の神様が地元に戻って仕事を始めるのでしょう。
神楽の音といえば鈴。神楽舞で鳴らされる鈴は、10個以上の鈴が集まったタイプで、古い鈴では一つ一つの鈴が違う音の高さに作られています。

神道鈴.JPG
古い神道鈴 撮影:服部考規
>>古い神道鈴

ところが、昭和40年代以降に作られた鈴は、どの鈴も皆同じ音高で、響きに深みがありません。
欧米の鈴が、同音高、同音質で作られている影響で、均一な音が良いとされたためでしょうか。

>>新しい神道鈴

日本には昔から「めいめい(銘々)」という言葉があります。「銘々箸」とか「銘々茶碗」のように使われます。語源は「面々」で、それぞれの顔の違いを意味していますから、「めいめい」は、一つ一つ異なったものが集まっている状態のことをいうのです。日本の古い鈴はまさに銘々異なった音が集まって響きあう鈴で、この柔らかい音色こそが日本の音文化を象徴する音色です。

日本各地の土産物の中でも、ストラップや装飾品などには、ほとんど鈴がついています。なぜ何にでも鈴がついているのでしょうか。元国立劇場で雅楽や声明公演を手掛けた演出家の木戸敏郎さんが、鈴について興味深い話を書いています。宮内庁や熱田神宮の大きな鈴の中には小さな鈴がいっぱい詰まっている音がするそうで、木戸さんは、この状態を大祓いの詞「神(かん)留(づま)ります」を引用して、神様がいっぱい詰まっている状態だと表現しました。(木戸敏郎「神留ります」『日本及日本人』平成7年爽秋号pp.108−110日本及日本人社)。神様がいっぱい詰まっていれば、振った時に鳴る音は神様たちの声。その声を身に着ければ厄除けグッズとなるわけです。

東海道を行く旅人の荷物や婦女子を乗せた馬の臀部に下がる鈴の束。馬鈴です。
葛飾北斎の『東海道五十三次』の馬の背に掛けた布の両端には、必ず2対の鈴が下がっています。その目的は、布がずり落ちないための「重し」だったのではないかと思われますが、道中で鳴る鈴の音色が旅の安全を祈っていたことも確かでしょう。この鈴束も異なった音高の集まりです。
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馬鈴 撮影:服部考規 
馬鈴によっては、異なった音高にするために鈴の大きさを変えたものもありますから、意図的に銘々の音を出そうとしていたことが分かります。
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馬の鈴 撮影:服部考規 

「おてのーせ、おてのーせ、おーふりおとして おーさーらい」
冬の気配を感ずる時雨の季節には、家の中で姉たちとお手玉で遊んだことを覚えています。
家ごとに手作りのお手玉は、華やかな模様、地味な模様と様々に作られ、ここにも「銘々」の世界がありました。一つ一つの玉には、小豆・小石・数珠玉・麦など、異なる響きの素材が入れられ、目にも耳にも色彩豊かな世界で少女たちは遊んでいたのです。中には結び目に鈴を付けたものもありましたから、お手玉も鈴の一種と考えられていたのかもしれません。
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お手玉 撮影:竹内敏信 (日本玩具博物館所蔵)
>>お手玉


次回は、「木の音が呼ぶ年の暮」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2017年10月01日

第7回 虫の声

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ススキの揺れる秋 撮影:服部考規

歌舞伎の舞台下手御簾内で演奏される唄に「露は尾花」という端唄があります。「露は尾花と寝たという 尾花は露と寝ぬという・・」という意味深な歌詞で、『東海道四谷怪談』「隠亡堀の場」の「だんまり」(暗闇の中で主な出演者が登場して無言で探り合う様子を様式化した場面)など、不穏な場、時には残忍な場面で歌われます。師匠の小泉文夫先生が、この唄の情趣が好きで「生きていれば楽しいのに、お前は今死んでゆくんだぞ、と歌う対比が面白いよね」とよく口にしていました。
そんな色っぽい題材になるススキ(尾花)が風に揺れる秋、草むらからは虫たちの声が聞こえてきます。あたり一面から静かに絶え間なく聞こえる鈴虫の声。チンチロリンの松虫は、子供たちにもなじみの深い歌になっています。

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歌舞伎の擬音笛(右から 虫笛、ヒグラシ笛、按摩笛) 撮影:服部考規

歌舞伎では、音響係の人たちが舞台裏で小さな竹笛を吹いて、秋の情景を醸し出します。写真の一番右が鈴虫の声を出す「虫笛」で、長さ8cm、外径3mm。極細の竹で作られています。2管の音高を微妙にずらして調律し、吹いた時に「リーン、リーン」と揺れるように響かせます。
>>虫笛

真中の笛は「ヒグラシ笛」。長い管が11cm、外径5~6mm。両端の笛の音は、虫笛のように微妙にずれた音高で、真中の笛は両端の笛より約完全4度下の高さ(ファとドの音程差)に調律され、3本一緒に吹くと、両端の笛のズレの効果で不思議な響きが生れます。
>>ヒグラシ笛

この虫笛の構造を利用して「按摩笛」も作られました。こちらは長さ16cm、外径9mm。按摩さんが通りを行く時に吹きますが、静かに吹き始めてそのまま息を切らずに強く吹き、再び静かに吹きます。強く吹いた時に高音域で音のズレが強調されます。
>>按摩笛


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松虫 撮影:服部考規
歌舞伎では足がついた金属製の伏鉦を二つ並べて二本のT字型の撞木で打つ「松虫」という楽器もあります。
>>松虫

ここでも、2個の鉦の音高が微妙にズレるように組み合わせます。まさに「音の不即不離」です。
これらの「不即不離」の音色の考え方は、〈明確な音高ではなく、微妙に擦れ合う音が集まって作る音色を良しとする〉日本の楽器に共通する最も基本的な特徴なのです。

秋、稲刈りの季節、昔の田畑では縦横に縄が張り巡らされて「鳴子」が吊り下げられていました。実った米を狙う鳥が縄に触れると鳴子が音を立て、鳥がびっくりして逃げるのです。この歌舞伎の鳴子は、『北斎漫画』七編にも描かれている鳴子と同じ形ですから、江戸時代から使われていたものなのでしょう。身近な道具や素材が、楽器を作り出します。
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歌舞伎の鳴子 撮影:服部考規
>>歌舞伎の鳴子


「ぼうやはよいこだ ねんねしな 里の土産になにもろた でんでん太鼓に笙の笛」
稲刈りの季節、ぐずる赤子の子守役の女の子が手にするのはでんでん太鼓。日本各地には色とりどりのでんでん太鼓がありました。和紙製のでんでん太鼓から聞こえる音は一つ一つに揺らぎのある深い響きです。この音のゆらぎは、赤ちゃんを眠りに誘う心地よい音だったことでしょう。
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でんでん太鼓(日本玩具博物館所蔵) 撮影:竹内敏信

次回は、「鈴の音」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2017年09月01日

第6回 雨の季節に

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彼岸花 撮影:服部考規

猛暑もやっと一段落、一雨ごとに秋の訪れを感ずるこの頃です。
9月も半ばを過ぎると、近くの遊歩道のあちらこちらから、突然、茎がひょろっと伸び出すので、「あぁ、ここに彼岸花があったんだ」と気づかされます。お彼岸が近づくと花開くので「彼岸花」と名付けられたはずですが、今年は1か月も早く8月半ばから咲き始めていました。
横笛演奏家の故寶山左衛門(たから・さんざえもん)氏(前名:6世福原百之助)の篠笛作品に、秋雨を表現した「秋霖(しゅうりん)」という作品があります。山左衛門氏によれば、竹笛は雨模様の日に良く鳴るとのこと。東アジアのモンスーン地帯で育つ植物ですから、風土が楽器を育てるのだなあと納得したものでした。

歌舞伎には、雨の音を表現するいくつかの方法があります。大太鼓を歌舞伎独特の長いバチで「ボロボロン ボロボロン」と打って、雨の降る様子を表す方法。また、「雨団扇(あめうちわ)」を使う方法です。

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雨団扇(岡田屋布施提供) 撮影:服部考規

「雨団扇」は明治35年頃に考案され、柿渋を塗った「渋団扇」に豆や小石(現在はビース)を取り付け、団扇を揺らして音を出します。ビーズ部分を下にして(写真右)上から手で団扇を細かく打つとパラパラ降る雨、ビーズ部分を上にして団扇を横揺れさせると、ザーザーとまでは行きませんが連続的に降り続く雨の音になります。

>>雨団扇

渋団扇だから出るこの音ですが、裏表で違った音を出す工夫はなかなかです。雨の音は、平安時代からの日本文学のキーワードでもあり、雨の音色の違いまでも聞き分ける耳は、日本人の自然音への強いこだわりを表しているのでしょうか。
ほかにも以前は、油紙を張った樋(とい)に豆を流して音を出す「雨樋(あまどい)」や、車型容器に豆を入れて回す「雨車(あまぐるま)」という道具も使っていました。

伝統芸能では、砧(きぬた)も秋を象徴する音です。砧は、葛飾北斎の浮世絵にもよく登場しますが、切株や石の上に布を置いて打った道具で、もとは打つ台のことだったようですが、その後は写真(左)のような、打つ道具をさすようになりました。

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砧の類(左)と歌舞伎の砧(右) 撮影:服部考規


能には「砧」(伝・世阿弥作)という作品があり、京に上った夫の帰りを待つ妻の打つ砧が孤独感を表現し、箏曲「岡安砧」では、「月の前の砧」「夜半の砧のしぐれの雨」と詠まれ、月、雨、砧で秋の情緒を描き、「トンテントンテン」(♩ ♩ ♩ ♩ )と、砧を打つリズムで聴覚からも秋を感じさせるのです。
歌舞伎で作られた独自の砧(写真右)は、欅(けやき)製で、大太鼓の「水音」(近くに川がある様子)の中で間をあけながら打ち、のどかな川辺の風景を表しますが、太鼓のリズムや拍子と微妙にずらす砧の一打ちが、なかなか難しいのです。

>>歌舞伎の砧

>>歌舞伎の砧(大太鼓の水音入り)


子供時代の記憶では9月15日がお月見でしたが、旧暦と新暦との誤差で十五夜の日は毎年変わるのだそうですね。2017年の「中秋の名月」は10月4日。十五夜の月に映る影が兎の餅搗きの姿に似ているということで、江戸時代には餅搗き兎の「からくり玩具」も登場しました。名古屋の「餅搗き兎」は明治初めごろの作だそうですが、糸を引くとペッタンペッタン餅を搗く小さな音が聞こえます。
秋雨前線が遠のいたら、いよいよ本格的な秋、美しい月の季節がやってくることでしょう。

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名古屋の餅搗き兎(日本玩具博物館所蔵) 撮影:竹内敏信

次回は、「虫の声」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
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