今回は、鬼さんを呼ぶ“わらべうた”です。
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
人の心の中にも住むといわれる鬼。
最初に鬼にであったのは神社のお祭りです。
鳥居から境内まで並んだ屋台。
その中に沢山の玩具のお面が売られていました。
天狗やお猿さんにまじって鬼のお面も。
友だちがその鬼のお面をかぶり、
こわいぞ〜、こわいぞ〜、などと
仲間をおどかしたりしたものです。
鬼の面は古来より私たちのそばにありました。
怖い鬼も、
人の力を超えた存在として、
恐れられ、また、崇められていたからです。
鬼は怖いだけでなく、
ときには、その大いなる力をもって、人間を戒め、
災難から救い出し、悪霊を退治し、五穀豊穣をも
もたらすものだったのです。
私たちはその鬼の力が発揮されることを願い、
さまざまな郷土芸能を生み伝承されてもきました。
鬼と呼ばれてきたのは、
その土地土地の祖霊や地霊。
山岳宗教における鬼や山伏などに語られる鬼。
たとえば、鞍馬山で牛若丸に剣術を教えたとされる天狗。
また、仏教寺院などにみられる邪鬼。
社会から疎外され盗賊や凶悪な行いをして
人から鬼と呼ばれてしまった人たち。
怨みや恨めしさで鬼になってしまう人。
いろんな形で私たちの周りには鬼が存在するのです。
もっとも親しい鬼はなんでしょう。
それは、節分の鬼ですね。
家族と一緒に、
“鬼は外、福は内。福は内、鬼は外”などと叫びながら、
豆まきをしましたね。
先日、友人と食事をしながら、鬼の話になりました。
日本には有名な桃太郎の「鬼退治」などがありますが、
それらの物語に潜む哀しい日本の歴史もあったようです。
友人の話によると、
社会から疎外され、生活もできずにいた人たちが、
盗賊になり、その人たちがしばしば鬼と呼ばれ、
討伐されたそうです。
その人々の哀しい歴史も
鬼のお話の一部にはなっているのです。
鬼の話は多いのですが、
大江山の酒呑童子は、
都から姫をさらって食べていたとされていますね。
「昔、男ありけり」ではじまる『伊勢物語』第六段には、
身分違いのいとしい女を背負って逃げる男の哀しい話が
あるのです。
それは、追っ手から逃げる途中、
あばら家に女を休ませ、自分は戸口を守っているうちに、
女を鬼に一口で食べられてしまったという話!
哀しくも恐ろしいお話なんです。
ですがですが、
昔の本は印刷ではありません。
物語は人の手で書き写しされ、
語り継がれ伝わってきたのです。
そこで、誰かが、
あなた知ってる、
私は知ってるよ、
この鬼ね、と、書き足され、
その鬼は、連れ出した女の兄さんたちだった、
とわかります。
兄さんが妹を奪い返しに来たのです。
そこで、兄さんが鬼!と・・・・・。
このように、いろいろな語り口でたち現れてくる鬼。
また、私たちは激しい嫉妬や怨みに憑りつかれたら、
怖い怖い生霊(いきりょう)になってしまうこともあるようです。
平安時代に生きた紫式部もそのことをよく知っていたのでしょう。
その著作『源氏物語』の中に、
源氏の妻・葵上(あおいのうえ)に憑りつく生霊の話があります。
それは、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊。
源氏を愛するばかりに、高い教養をもつ女性であっても、
なんとしたことか、源氏の子どもを身ごもった葵上の夢枕に
夜な夜なあらわれ、呪い殺してしまうのです。
それは嫉妬心が鬼になったのです。
『なつかしの わらべ歌』 川原井泰江著では、
この愛の姿を「羞恥の鬼」「愛欲の鬼」と呼ぶことがあります。
と。
光源氏を愛するあまり、葵上に嫉妬する心。
執念というのは深く恐ろしいものです。
自分の知らないうちに夜になると魂が身体を離れる、
とは、なんて恐ろしいことでしょう・・・・・。
身体を離れた魂は、人を呪い、殺すことまでしてしまう。
人の心は計り知れぬほど怖いものなのですね。
しかし、人の心は仏にもなります。
沢庵禅師の「不動智神明禄」には、
心こそ 心迷わす 心なれ
心に心 心ゆるすな
という歌が載っています。
鬼も仏も私たちの心の中に住んでいるのです。
そのことがあるから、
「怖いもの、恐ろしいもの」にも
興味をしめすのが私たちなのでしょう。
そして、鬼になる遊びも生まれたのでしょう。
昔から子どもたちも
♪鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
と歌っては
鬼ごっこを楽しんでいたのです。
この「鬼ごっこ」は、
実は、子どもが大人の遊んでいるのを見て
覚えていったようなのです。
エッ!オトナから学んだもの!
というのは、
『なつかしの わらべ歌』 川原井泰江著では
次のようなことなのです。
この遊びは、
遊郭での遊びが原点ではないかといわれています。
遊郭を訪れた大店の旦那や大名が複数の遊女を相手に
座敷で鬼ごっこをするものです。
鬼(たいていは旦那や大名)が手ぬぐいで目隠しをして、
優雅な雰囲気の中で遊女たちのはやし声や手拍子を頼りに、
次の鬼になる遊女を探し当てるまで続きます。
お酒も入っていて半分ふざけ気分ですから、
どちらも本気で鬼ごっこをしているわけではありません。
すると、
好奇心旺盛な近所の子どもたちが、
あまりにも楽しそうな笑い声にひかれて遊郭を覗き見して
みると、普段は威張っている大人たちが子どものように
遊んでいます。
自分たちでもできそうな遊びです。
さっそく仲間を集めてやってみようと始めたのが全国に
広まったとされています。
そんなことがあるのですね。
大人の遊びから始まった
「鬼さんこちら 手の鳴るほうへ」ですが、
子どもの遊びとしてわらべ歌とともに
伝承されてきたポピュラーな遊びです。
と。
さて、どのように遊ぶのでしょう。
皆様のおうちには、日本手ぬぐいはありますか。
目隠し用に使うのです。
「鬼」が次の「鬼」を探すときに目隠しするのです。
タオルでもいいですね。
そして、「鬼さんこちら 手の鳴るほうへ」の掛け声に合わせて
手探りで次の「鬼」になる子を探すことになります。
楽しい遊びですが、
目隠して「鬼」になっている子どものほうが
足元がわからず、怖いでしょうね。
資料:『なつかしの わらべ歌』 川原井泰江著 いそっぷ社

















