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2019年01月01日

第22回 年のはじめに

あけましておめでとうございます。平成も残すところ4か月余りになりました。2019年は、可愛らしい板獅子の音で始めましょう。
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板獅子

この板獅子は護良親王を祀る鎌倉宮(神奈川県鎌倉市)の板獅子で、護良親王が兜に忍ばせて戦に赴いたと言われています。
獅子舞の獅子頭を打ち合わせると厄除けになるように、板獅子の響きも十方に広がって魔除けになるとのこと。新たな年が健康な年でありますように。
>板獅子


江戸の春の始まりは歌舞伎。歌舞伎の代表的な音と言えば、幕開きの木頭(きがしら)とツケの音。木頭は拆(き)とも呼び、白樫を長い間乾燥させて作ります。幕の開閉、舞台転換になくてはならない音ですが、「火の用心」の拍子木との違いは、打つ部分(写真では内側)がカーブしている点と、木の密度の違いでしょうか。木頭はかなり重くて、音も甲高く遠くまで通る響きです。歌舞伎の幕はとても重たいので、始めはゆっくり、そしてだんだん加速度がついて開け閉めしますが、木頭は、幕の開け締めの動きを助けるように、始めはゆっくり、そしてだんだん早くチョンチョンと打ちます。
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木頭
>拆(開幕)


ツケは足音や物の落ちた音を強調する時や、立廻りの場面で打ちますが、木頭と異なる点は、持つ手が滑らないように切込みがあることです(写真下)。舞台上手で、大道具の専門担当者「ツケ師」が役者の動きに合わせて打ちますが、ツケ拆(つけぎ)をツケ板に打ち付けて出す音は「バッタリ」と表現されます。
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ツケ拆とツケ板
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切込みの入ったツケ拆
>ツケ

でも、19世紀末に来日したオーストリア人美術研究家(翻訳のママ)のアドルフ・フィッシャーは、歌舞伎見物のあとでツケの印象を次のように書いています。「最も恐るべき人物は拆を叩く男である〜中略〜劇中のあらゆる重要な台詞も、拆の恐ろしいそれこそ神経を痛めつけるような乱打によって強調される。恋愛場面の始まるとき、それにしばしば10分間はつづく武士の挑戦の際〜中略〜拆の騒音はまったくとだえることがない。英雄が最後の息を引きとるとき、拆の音はやっと終わり、私は自分の耳の保護のために、つねによろこばしい気持ちになる」(注)と。彼の記録では、一部分、木頭とツケを勘違いした記述になっているのですが、それにしても散々な書きぶりです。確かにツケの音は、モーツアルトやベートーヴェンの音楽には決して登場しない音でしょうが、この音こそ歌舞伎の代表的な音なのです。

正月は、各地の寺で修正会(しゅしょうえ)が行われます。奈良の法隆寺金堂の修正会は1月8日から14日まで開かれますが、1日を6つの時間帯に分けて声明が唱えられ、僧侶たちは加持杖(かじじょう)という木の杖を持って祈ります
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加持杖 左は柱を打つ前、右は柱を打って裂けた加持杖

行事の終わりの結願の日は、西院伽藍の鐘の音、吹き鳴らされる法螺の音、僧侶の声明に加えて、僧侶が手にした加持杖で柱を打つ音が入り混じり、あたりは独特に音響空間となります。この写真の加持杖は、私の師匠の木戸敏郎氏(元 国立劇場演出家)に随分前に頂いたものですが、今回、木に打ち付けて音を出してみました。
>加持杖

東大寺二月堂の修二会では、僧侶が堂内を駆け巡る下駄の音が印象的ですが、これも木の下駄が床を打ち付ける音です。私は、これらの木の音と歌舞伎のツケの音とに、考え方の共通点を感じます。ひょっとして、ツケのルーツはこのあたりにあるのではないかと思うのです。
木の音で厄を払い新たな年の始まりを浄める発想は、列島が木々に囲まれた国、日本ならではの音の感覚なのでしょうか。
では、本日はこれにてチョーン、チョン。

次回は「春迎え」です。

注:アドルフ・フィッシャー『100年前の日本文化〜オーストリア芸術史家の見た明治中期の日本』)
  金森誠也・安藤勉訳 中央公論社 1994 pp.188-189



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

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