CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2018年09月01日

第18回 風を聴く

9月はじめは二十四節気の「処暑」、夏も収まり秋の気配を感ずる季節に入ったはずですが、ことのほか異常気象だった今年の暑さはなかなか収まりません。ただ、仕事帰りに隣家の軒先から聞こえる風鈴の音は、確かに秋風を感じさせてくれます。

ガラス風鈴1-2.jpg
風鈴
>ガラス風鈴2018/no.46)


江戸時代の様々な風物や事項の意味や起源をまとめた書物として知られる『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(注1)によれば、風鈴の一般化は、浄土宗を開いた法然上人(1133-1212)が風鈴をこよなく愛したことに始まるとされています。その当時の風鈴は寺鐘の形をしていて、法然没後に書かれた『圓光大師傅(えんこうだいしでん)』に「風鈴は風を知るためのものにて音を弄ぶはあらず」と法然の言葉が引用されています。
南部風鈴.JPG
南部風鈴

ここで言う「風」とは、極楽の風のことですので、風鈴が極楽の風を響きとして伝えてくれるものであり、この極楽の響きを聴くことで自らを浄める役割を果たしていたのでしょう。
>南部風鈴


風鈴のルーツは、寺院の屋根から吊り下げられた「風鐸(ふうたく)」でした。
風鐸.jpg
風鐸

正倉院御物の楽器調査を行った音楽学者の林健三は、北魏の時代(386-534)に古代インドに巡礼した中国僧たちの記録を調べて、壮麗な塔に懸けられた無数の風鐸が風を受けて妙なる音を響かせていたことを紹介し、仏教の中心地だった洛陽の寺院には、各所に風鐸が掛けられて風に鳴り響いていたと述べています。(注2)
そもそも風鐸を仏事の屋根や塔に吊り下げた目的は、風を受けて鳴り響く音で、辺りを浄め災を除去する魔よけのためだったようですが、寺の塔廟や寺院空間の荘厳感創出の目的もありました。
日本に伝わった最古の例は法隆寺五重塔の風鐸とされ、現在も各地の寺院で風鐸を見ることができますが、日本各地で風で鳴り響く音を耳にする機会はなかなかありません。江戸時代の風鐸を手に入れて、その理由がわかった気がします。韓国の風鐸が小ぶりで軽めであるのに比べて、この風鐸は、直径20cm、全長35cmあり、重さは5.5kgもありますから、この風鐸が鳴るためにはかなり強い風が必要です。風で疫病が蔓延しないように辺りに鳴り響くということは、強風の時に鳴ったということかもしれません。
風鐸の内部からは十字型の金属板と山形の板「風招(ふうしょう)」が下がり、風招が風を受けて左右に振れると、中の十字板が胴体に触れて音が出る仕組みです。
風鐸 内部-3.jpg
風鐸の内部

風鐸の音は、いろいろな音高が混じり合う響きです。また風鐸は一つづつの音高が異なりますから、複数の風鐸が鳴ると微妙に異なる音高が響き合って風情のある音が作り出されます。
>風鐸

これらが風の強い日に、あたり一面に響き渡ったらかなり豪快な音世界を作ったことでしょうから、魔除けの役割には効果的だったはずです。
知人の寺にも風鐸が下げられているのですが、風招が取りはずされていました。理由を聞くと、この頃音が出るものは周囲に迷惑がかかるので・・・、という答えでした。風景の中で響いてきた日本の音たちには、なかなか難しい時代です。

風鈴の音を楽しむことが目的となったのは、江戸時代以降の話なのかもしれません。風鐸が小型化し、風鐸の胴体「風身(ふうしん)」から下がる風招は内部に入り込み、風招が短冊に変わったことで、微風でも簡単に鳴る音具へと変化しました。

これからやっと風を楽しめる季節になります。風鈴の音色が、爽やかな季節の到来を告げてくれることでしょう。

次回は「旅する人々」です。


注1:『嬉遊笑覧』下巻 成光館出版部 1933 p.43
注2:林健三著『東アジア楽器考』 カワイ出版 1973 pp.37-42
参考:茂手木潔子「暮らしの中の風鈴」『美の壺 風鈴』 NHK出版 2007 pp.58-65


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※風鐸のみ音源提供:服部考規
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。
タグ:寺社 風鈴 風鐸
この記事へのコメント
コメントを書く