歌舞伎のオルゴール
菜の花といえば、花の間を飛び交う蝶々ですが、蝶々を象徴する音として思い浮かぶのは、歌舞伎舞踊《蝶の道行》で演奏される、歌舞伎独自の楽器「オルゴール」です。「蝶の道行」なので、てっきり春の舞台かと思いきや、この蝶々は秋に舞うのだそうですが・・。まあ、ここでは、蝶々の音としてオルゴールを紹介することにしましょう。
>オルゴール
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舞踊の内容は、お家騒動の犠牲となった男女が、陽光の中で蝶々になって舞い遊び、夕闇迫るとあの世に戻って行く悲しい話で、音楽は、骨太の義太夫節に高音域の透き通ったオルゴールが混じり合い、哀切を強調する胡弓も演奏に加わります。
「オルゴール」はオランダ語で、アムステルダムの街なかでは今でも大道芸人が観光客に大きなオルゴールのハンドルを回して軽快な音楽を聞かせています。言葉としては江戸時代の日本にもありますが、この楽器は明治10年頃に歌舞伎で考案された楽器とのこと(注)。以前、ハーグ市立美術館コレクション用に歌舞伎オルゴールを買った学芸員に、なぜこの名前がついたのだろうと尋ねたことがありました。彼は首をかしげながら「大小の玉が順番に並んでいるところのイメージが似ているかな?」とよくわからないことを言っていましたっけ。
この楽器は仏教の楽器「鏧(きん)」を、4個〜5個横に並べています。
>鏧(きん)
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鏧(きん)
鏧にも2種類あって、写真左の3個は縁取りなし、右の小さな鏧には縁取りがあり、縁取りのある方が歌舞伎オルゴールに使われます。縁取りのある方は、仏教の法会の開始時などに、行道する先頭の僧侶が持つ柄付きの鏧と同じです。私の想像ですが、新しい文化を取り入れることが大好きな歌舞伎音楽が、オランダから入ってきたオルゴールの響きに憧れて、身近にある良い響きの楽器で歌舞伎独自のオルゴールを作ったのではないかと思っています。
面白いのは、この楽器、この世の人とも思われない美女が登場したときとか(実は鬼だった!)、紛失した手紙が、突然上から舞い落ちてきた・・とか、不思議なことが起こる音として使われますから、信仰の世界と相通ずるものがあるのでしょうか。
春のこの時期、各地の寺の行事で、この音を耳にすることが出来ます。身近な音色の代表ですね。
オルゴールは、時報の象徴としても使われ、その時は「ガリ時計」と組合せます。
ガリ時計
>ガリ時計
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まずガリ時計をくるくる回して音を出した後でオルゴールの玉をチーンと打つのです。打つ数によって、時刻を表します。
>ガリ時計とオルゴール
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昭和始めの生まれの方には何の音か想像つくかもしれませんが、若い方にはわからない音でしょうね。ガリ時計の音は、柱時計が時刻を知らせる直前にバネが巻き上がる音、オルゴールの音はベルの鳴る音なのです。でも昔の日本の柱時計は「ベーンベーン」という三味線のような響き。オルゴールの時報は、むしろヨーロッパの柱時計の澄んだ響きに近いかもしれません。柱時計の音色も、日本化して三味線的な音色になったのでしょうか。
次回は、「竹の響き」です。
注:5世福原百之助著『黒美寿』p.97に、
「明治十年頃に二代目宝山左衛門師が工夫されまして、所作事に使いましたのが始めで」とある。
文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
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