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2018年11月01日

第20回 演歌の風情

カリフォルニアに住んでいた日系三世の友人が、日本の演歌について原稿を書くというので、私の手元にある演歌のレコードの歌詞と解説を送ってあげたことがありました。郵便が届いた頃に彼女から電話がかかってきまして、「なぜ冬に窓がくもるの?」と質問されました。大川栄策さんの「さざんかの宿」の歌い出しが ♪くもりガラスを手で拭いて・・だったからです。「だって部屋の中は暖かいし、お湯など沸かしたら湿気で窓がくもるでしょう。」と説明しても、やっぱり「どうして?」と解せない様子。彼女のところではそのようなことはないと言うのです。確かに爽やかなカリフォルニアでは、冬でも窓が湯気でくもるようなことはなかったのです。湿度の高い日本ならではの情景だったことに初めて気づきました。
そんな日本の風情を表現する演歌の歌詞には、曇りガラス、霧、湯煙、汽笛、霧笛、船出など、海や湿度に関わり深い言葉が並び、別れの寂しさを表現しています。特に、霧や雪などで視界が悪いときに吹き鳴らす霧笛の音色は、不安感や寂しさをより一層強調する音色になっているようで、演歌のタイトルに良く登場します。たとえば、「霧笛が俺を呼んでいる」(赤木圭一郎)、「霧笛」(ちあきなおみ、八代亜紀、氷川きよし)、「別れの霧笛」(松原のぶえ)「霧笛の波止場」(水田かおり)などなど、その数の多いことに驚きます。

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霧笛

霧笛は、火起こしのふいごに、豆腐屋さんのラッパを取り付けたような形をしていて、左の持ち手の板を開いて蛇腹の部分に空気を入れ込み、板を閉じるとボーッという音が長く尾を引くように続きます。
>霧笛

霧も靄(もや)も、湿度の高い日本ならではの、そして冬の訪れを表す情景です。演歌の描く風情は、別れの寂しさ、辛さ、孤独や嘆きが多く、厳しい冬の到来を人生の艱難辛苦とも重なります。そして、海で働く勇ましい男たちの家族と離れた寂しさにも通ずるのでしょうか。

歌舞伎の音具には船の櫓を漕ぐ音を出す楽器もあり、欧米人には、ただの雑音としか思われないでしょうが、「ギーッ」と鳴るその音にも寂しさが感じられるのは、日本の音文化の特徴かもしれません。この楽器は、棒と板の接する部分に湿気を与えると、板を回転させる時に摩擦音が出る仕組みになっています。

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櫓(歌舞伎の音具)
>櫓

これも湿気を利用して発音する楽器です。

冷え込む冬の季節の音といえば、鉄瓶の湯が湧く時に、蓋が湯気で持ち上がって鳴る音もあります。茶道では、窯の底に「鳴り金」というものをつけて湯が湧いた時に鳴る音を楽しんだそうですが、その音色が松風の音に似ているのだそうです。松風の音というと「松籟(しょうらい)」のことでしょうか。越後で聞いた松籟の響きは、冬の日本海に吹き荒れる海風にあおられて松葉が擦れ合うようなシャーッという響きで、「チンチン」と鳴るような響きではありませんでしたから、茶道の「鳴り金」の音は、象徴的な音色だったのかもしれません。
写真の鉄瓶の蓋はとても軽く、材質はサハリ鉦で出来ています。音の文化に興味のあった私に、明治生まれの父が「鉄瓶の湯が沸くとこれが鳴るんだよ」とこの蓋を持ってきてくれました。鉄瓶本体はどこかに行ってしまったのですが、どんな音になったのだろうかと、再現してみました
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鉄瓶の蓋
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鉄瓶の蓋の裏側
>鉄瓶の蓋の音

サハリ鉦は、銅に錫,鉛を加えた合金で、打つと良い響きがするので「響銅」とも言います。梵鐘づくりでも、錫を入れると余韻が長くなるそうですが、この金属は仏教の鳴らし物に良く使われる金属でもあります。

湿度の高い日本だからこそ生まれた音たちが、演歌の風情を醸し出します。

次回は、「世田谷ボロ市にて」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年10月01日

第19回 旅する人々

気づくと木の実も赤く色づき始めました。秋本番です。紅葉の名所に出かける人、各地の神社仏閣に参詣する人、目的は様々ですが、伊勢参り、熊野詣、四国八十八箇所札所めぐりの秋遍路・・・と、秋の季節は旅の季節です。駅貼りの広告も一斉に、色づいた木々の写真を掲げて観光地への旅を誘います。

2000年になった頃でしたでしょうか、兵庫県に出かけた帰り道、加賀街道沿いの古道具店で変わった鈴(すず)を見つけました(写真上)。

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変わった形の鈴

鈴と言えば球体か、古いものは瓜実型なのですが、この鈴はなんと円柱のような形でした。誰かが遊びで作ったのかとも思える鈴でしたが、鈴の柄の上部には、小さな穴が開いていて、紐を通して吊るした様子があるので、首から下げて使ったようです。値段の安さに魅かれて面白半分で買って帰りましたが、その後、2009年にボストン近郊のセーラムピーボディ博物館にモースコレクション調査に赴いた時、全く同じ形の鈴を見つけたのです。収集年代は不明ですが、博物館の記録によると、モースか、モースの収集を手伝っていた美術商人、松木文恭(1867-1940)の収集品と書かれていました。Priest’s rattleとあるので、冗談で作ったわけではないらしいことも分かりました。
さらに数年後、今度は地元のボロ市で、また同じ鈴を発見(同上写真下)。
そして、さらにさらに、青森県八戸市の南郷歴史民俗資料館の敷地内にある古びた建物の中で、同じ形の鈴に出会ったのです。「東北地方で使われていた鈴だったのか!」と文献を調べ始めたところ、遠野市立博物館図録(注)のオシラサマ道具の中に登場していることが分かりました。
>変わった形の鈴

東北の鈴が、なぜ福井で? その理由を実証するのは難しいのですが、伊勢参りに出かけた時に持って行ったものが、現地に残されてとどまったのでしょうか?

一般的な遍路や巡礼に持ってゆく鈴は、左の写真のような鈴で、「レイ」と呼ばれています。
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巡礼鈴
>巡礼鈴

ほかにも巡礼鈴の形として、号外の時に鳴らすような朝顔形の大きめの鈴(レイ)もあり、葛飾北斎『東海道五十三次』藤沢は、大山参りの行列の先頭を歩く男の手に、この鈴を持たせています。
球体型の鈴も、この写真のようなレイも、また釣鐘型のレイも、皆、厄除け、道中の安全を祈るお守りとして使われていました。
昨年の第8回「鈴の音」で既に紹介したように、馬で旅する人々は、道中の安全を願い、馬の臀部に掛けた布の左右に必ず鈴束を下げていました。古代より、鈴の音は神の声に通じ、鈴の音に道中安全を願ってきたためです。
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馬の鈴
>馬の鈴


21世紀、車社会の今でも、休憩に立ち寄るサービスエリアの土産物、また、神社仏閣の土産物店で販売される鈴の種類と数の多いこと。
昔の鈴の音色とはすっかり変わってしまいましたが、鈴の音色に旅の安全を祈る気持ちが込められていることには変わりはありません。


次回は、「演歌の風情」です。

注:遠野市立博物館 第41回特別展『オシラ神の発見』2000年 p.47

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年09月01日

第18回 風を聴く

9月はじめは二十四節気の「処暑」、夏も収まり秋の気配を感ずる季節に入ったはずですが、ことのほか異常気象だった今年の暑さはなかなか収まりません。ただ、仕事帰りに隣家の軒先から聞こえる風鈴の音は、確かに秋風を感じさせてくれます。

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風鈴
>ガラス風鈴2018/no.46)


江戸時代の様々な風物や事項の意味や起源をまとめた書物として知られる『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(注1)によれば、風鈴の一般化は、浄土宗を開いた法然上人(1133-1212)が風鈴をこよなく愛したことに始まるとされています。その当時の風鈴は寺鐘の形をしていて、法然没後に書かれた『圓光大師傅(えんこうだいしでん)』に「風鈴は風を知るためのものにて音を弄ぶはあらず」と法然の言葉が引用されています。
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南部風鈴

ここで言う「風」とは、極楽の風のことですので、風鈴が極楽の風を響きとして伝えてくれるものであり、この極楽の響きを聴くことで自らを浄める役割を果たしていたのでしょう。
>南部風鈴


風鈴のルーツは、寺院の屋根から吊り下げられた「風鐸(ふうたく)」でした。
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風鐸

正倉院御物の楽器調査を行った音楽学者の林健三は、北魏の時代(386-534)に古代インドに巡礼した中国僧たちの記録を調べて、壮麗な塔に懸けられた無数の風鐸が風を受けて妙なる音を響かせていたことを紹介し、仏教の中心地だった洛陽の寺院には、各所に風鐸が掛けられて風に鳴り響いていたと述べています。(注2)
そもそも風鐸を仏事の屋根や塔に吊り下げた目的は、風を受けて鳴り響く音で、辺りを浄め災を除去する魔よけのためだったようですが、寺の塔廟や寺院空間の荘厳感創出の目的もありました。
日本に伝わった最古の例は法隆寺五重塔の風鐸とされ、現在も各地の寺院で風鐸を見ることができますが、日本各地で風で鳴り響く音を耳にする機会はなかなかありません。江戸時代の風鐸を手に入れて、その理由がわかった気がします。韓国の風鐸が小ぶりで軽めであるのに比べて、この風鐸は、直径20cm、全長35cmあり、重さは5.5kgもありますから、この風鐸が鳴るためにはかなり強い風が必要です。風で疫病が蔓延しないように辺りに鳴り響くということは、強風の時に鳴ったということかもしれません。
風鐸の内部からは十字型の金属板と山形の板「風招(ふうしょう)」が下がり、風招が風を受けて左右に振れると、中の十字板が胴体に触れて音が出る仕組みです。
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風鐸の内部

風鐸の音は、いろいろな音高が混じり合う響きです。また風鐸は一つづつの音高が異なりますから、複数の風鐸が鳴ると微妙に異なる音高が響き合って風情のある音が作り出されます。
>風鐸

これらが風の強い日に、あたり一面に響き渡ったらかなり豪快な音世界を作ったことでしょうから、魔除けの役割には効果的だったはずです。
知人の寺にも風鐸が下げられているのですが、風招が取りはずされていました。理由を聞くと、この頃音が出るものは周囲に迷惑がかかるので・・・、という答えでした。風景の中で響いてきた日本の音たちには、なかなか難しい時代です。

風鈴の音を楽しむことが目的となったのは、江戸時代以降の話なのかもしれません。風鐸が小型化し、風鐸の胴体「風身(ふうしん)」から下がる風招は内部に入り込み、風招が短冊に変わったことで、微風でも簡単に鳴る音具へと変化しました。

これからやっと風を楽しめる季節になります。風鈴の音色が、爽やかな季節の到来を告げてくれることでしょう。

次回は「旅する人々」です。


注1:『嬉遊笑覧』下巻 成光館出版部 1933 p.43
注2:林健三著『東アジア楽器考』 カワイ出版 1973 pp.37-42
参考:茂手木潔子「暮らしの中の風鈴」『美の壺 風鈴』 NHK出版 2007 pp.58-65


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※風鐸のみ音源提供:服部考規
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。
タグ:寺社 風鈴 風鐸

2018年08月01日

第17回 鉦を打つ

1990年代、越後杜氏を多く輩出した長岡市越路町に、蔵人さんたちの酒屋唄の思い出話をお聞きするために、よく通っていました。お盆も近い8月、夕方になると遠くから笛と鉦太鼓の音が聞こえてきます。蔵人さんに案内されて、祭囃子の稽古場所に行ってみると、鉦の音は、板状の鉄を打っていた音でした。
このことを、越路町の中学校の先生に話したところ、「こんな鉦もあるんですよ」と下さったのがこの鉦。鉄製で実に良い音色がします。

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越後の屋根の滑り止めを切った鉦

>屋根の鉦


この鉦は、屋根に取り付けられていた雪かきの滑り止めを切ったものでした。越後の冬は豪雪に見舞われますから、屋根に積もった雪を定期的に降ろさないと屋根がつぶれてしまいます。でも、屋根の上で行う雪降ろしは危険を伴うので、屋根の端にこの形の長い金属を取り付けて、滑り落ちないようにするのです。

関東の祭り鉦は、小さな真鍮製の鉦です。
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当り鉦
赤い紐を左手の小指にかけて親指と小指で鉦を支え、凹面の中央や側面を、鹿角のバチで打ったり左右に擦って音を出します。
>当り鉦


以前は「擦り鉦」と呼んでいました。でも、縁起を担いで、「する」ではなく「当たる」と改名され、今は「当り鉦」と呼ばれます。越路町の鉦は、身近な材料で作った「当り鉦」の代替品でした。
夏祭の音といえば「笛、かね、太鼓」。「かね太鼓」の「かね」は、この鉦のことです。現在の「当り鉦」は、直径12cm〜18cmまで大きさはいろいろ。鉦の厚さで音色も異なります。

全国の祭囃子のルーツは7月に行われる京都の祇園囃子と言われます。厄除け、病魔退散を願って始まった祇園祭ですが、山鉾の中で演奏される祇園囃子では「コンチキ」という鉦が打たれます。
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コンチキ

当り鉦と比べてかなり厚い中型の鉦で、こちらは上から紐で吊るして凹面の下方を打ちます。
>コンチキ


故春風亭柳朝師が得意としていた落語に「祇園祭」という演目がありました。京都の祇園祭見物に出かけた江戸っ子が、揚屋の2階で同席した京都人の京自慢に辟易して口論になる話ですが、口喧嘩に使われるのが、神田囃子の唱歌(しょうが)と、祇園囃子の唱歌です。唱歌とは、「ピーヒャララ」とか「ドコドンドン」「テケテンテン」のように、楽器奏法をカタカナ語で唱える譜で、雅楽から三味線までジャンルごとに各種あります。落語では祇園囃子が「コンチキ」、神田囃子が「チャンチキチ」と表現されます。落語家のリズム感が物言う夏らしい演目です。

コンチキをもっと大型にしたのは「双盤(そうばん)」で、開口部が40cmを超える鉦もあります。大阪の天神祭(7月24日〜25日)や桑名の石取祭(8月3日〜5日)では、夏の暑さを吹き飛ばすほどの大音量で打たれています。
>双盤


東北地方の夏祭りでは、鉦ではなくシンバル型の「手振り鉦(てぶりがね)」を打ちます。このシンバルは、銅拍子(どうびょうし)、土拍子(どびょうし)、チャッパ、手平鉦(てびらがね)など、呼び方も地域によっていろいろ。歌舞伎でも中国風の演目(例えば《国性爺合戦》など)で使います。
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手振り鉦

青森のねぶた祭(8月2日〜7日)や弘前のねぷたまつり(8月1日〜7日)では、手振り鉦が大太鼓、竹笛とともに大活躍です。この楽器は仏教の銅製の鈸(はち)がルーツですが、雅楽の《迦陵頻》では、極楽浄土から舞い降りた鳥「迦陵頻伽(かりょうびんが)」の姿をした子どもたちが手に持って舞っています。神聖な音で辺りを浄め、災いを払う音として使われてきたのでしょう。
>手振り鉦


「ねぶた祭」には、「らっせーらっせー」の掛け声で踊る「ハネト」が腰に下げる「ガガスコ」という独自の道具もあります。昔は踊りながら「ガガスコガン ガガスコガンと打っていたよ」と、地元の方からお聞きしました。当り鉦に取っ手がついた形です。
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ガガスコ

夏は鉦の音ですね。
身近な道具が各地の夏の音を作っています。

次回は、「風を聴く」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年07月01日

第16回 豆腐ラッパの不思議

毎日うだるような暑さが続くこの時期、仕事から帰って汗を流し「冷ややっこ」に枝豆、ビールでほっと一息という方も多いのではないでしょうか。冬の湯豆腐もいいですが、蒸し暑い夏に味わう冷たい豆腐は格別です。

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豆腐ラッパとオランダのキツネ狩りの笛

豆腐屋さんと言えば、「トーフー」と吹いて売り歩く「豆腐屋さんのラッパ」。昭和40年代までは、だれもが知っていた耳馴染みの音でした。
豆腐屋さんがラッパを吹き始めたのは日露戦争後とのことで、日露戦争前は朝顔形の鈴(レイ)を振っていたものが、日露戦争の勝ち戦さ気分でラッパを吹くようになったそうです。三谷一馬著『明治物売図聚』146・147頁(平成3年12月 立風書房)に、明治39年刊『風俗画報』の、手にラッパを持つ京都の豆腐屋さんが紹介されています。
平成10年代、寺泊港に近接する古物商の一軒で豆腐屋のラッパ(写真中央)を見つけた私は喜んで買い求め、音を出してみました。
>豆腐屋ラッパ(写真中央)

普通に吹くと一つの音しか出なかったので、どうしたら少し高めの音が出るのだろうといろいろ試したところ、少し強めに吹くと二つ目の「フー」の音になることが分かりました。その後、上町のボロ市で2本目のラッパを見つけました(写真右)。そして、自宅の楽器棚を整理していて、20年近く前にアムステルダム蚤の市で、旅行土産に何か…と買っていた小さなラッパを見つけ、このラッパが豆腐ラッパに酷似していることに気が付いたのです(写真左)。
ラッパに書かれている文字の意味をオランダ人の音楽学者に読んでもらったところ、オランダ〜アメリカ間を就航していた船客に配られた土産物だとのこと。

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オランダのキツネ狩りの笛に書かれた文字

さらに偶然でしたが、イギリスのTVドラマ「バーナビー警部」シリーズの中で、狐狩に出かける貴族がこの笛を吹いていたのも見ました。どうも玩具ではなくキツネ狩用の本物の笛のようです。
このラッパは同じように吹いても音が下がってしまいます。
>キツネ狩りの笛(写真左)

では豆腐ラッパのルーツはキツネ狩りの笛なのでしょうか? キツネ狩りの笛には2種類の形があり、こちらはその一つのようです。

ところで、ある日、豆腐屋ラッパを開発したハーモニカ会社の社長さんとお話しする機会があり、私が自慢げに吹いたところ、豆腐屋さんのラッパは「吹いたり吸ったりして音を出すのだから、このラッパは壊れているから直してあげましょう」という話になりました。びっくりして手元の資料やらいろいろ調べたところ、東京藝術大学の小泉文夫記念資料室の図版解説もネット解説もすべて、豆腐ラッパは「吹いたり吸ったりして」と書かれていることに気づきました。
そんなはずはない、吹いてだけ音を出すはずだと私がこだわった理由は、歩きながら音を出すのに、吸って音を出すだろうかということと、ラッパのリード構造です。

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豆腐ラッパのリード(上から)

豆腐ラッパのリードは、クラリネットのリードと同じ構造なので、吸って音は出さないと思うのです。

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豆腐ラッパのリード部分(横から)※最初の写真中央のラッパ

豆腐屋ラッパの起源を明治時代の「吹風琴(すいふうきん)」(ハーモニカのこと)とする説明もありますが、形も構造も違います。
ただ、私の記憶の中の「トーフ―」の音に切れ目はありませんでしたので、悩んでいたところ、先輩から小泉文夫氏が生前、豆腐ラッパ奏法について話していたことを聞くことができました。その方法では、片手でラッパを持ち、開いた部分に小指から人差指の数本の指をかざして息を吹き込み、そのままかざした指を開くのです。すると、指をかざすと低い音、指を開くと高い音が出て、確かに記憶の中にある「トーフ―」の音になりました。これなら切れ目なく音を変えることもできます。
吹いても吸っても音を出す豆腐ラッパも開発されていますが、やはりトーフーは、吹いてだけ音を出す楽器だったのでしょう。吸って音が出ないと壊れたと思っている豆腐屋さんもいるかも知れませんが、壊れていませんので安心してください。

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北海道から入手した豆腐ラッパとリード

北海道の豆腐屋ラッパとのことで入手したものは長さが43pもありました。全国でいろいろな豆腐ラッパが吹かれていたのですね。
>北海道の豆腐屋ラッパ


次回は「鉦を打つ」です。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年06月01日

第15回 石を鳴らす

子供の頃から、海岸や水辺で石を拾うのが好きで、我が家には拾ってきた石たちが部屋の片隅に居場所を見つけて陣取っています。観賞するための石は多いのですが、石には音を奏でる役割もあり、その音色もなかなか素敵なのです。
石を鳴らす? 吹いて鳴らし、振って鳴らし、打って鳴らす・・・。それぞれの石に独自の音色があり、これらの音が信仰の中で象徴的な意味も持ってきました。

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石笛・磐笛(上左:江の島、上右・下:伊予)

吹いて鳴らすのは「イワブエ」。「石笛」「磐笛」と書きます。大昔から祭りの場に神を迎え、祭の終わりに神を送る音に、「オーッ」と次第に上昇し下降する声「警蹕(けいひつ)」があります。この声は、『枕草子』第20段に、「警蹕など『をし』といふこゑ」と書かれて登場しますが、磐笛もこの役割を果たしました。磐笛の孔は、海岸で貝が住みついたり風化によって開いた孔で、海岸の石には貫通孔を持つものもあります。この孔に唇を当てて、フルートのように吹くと、かなりの高音が出ます。
>石笛(写真上右)

人の可聴範囲を超えた音が出るので、動物たちを威嚇する音でもあったようです。

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鈴石(上左・上右:名寄、下:西表島)
振って鳴らすのは「鈴石」。石の内部が何らかの理由で空洞になり、中に崩れた小さな石や砂が残っていて振ると鳴るものです。音は小さく、空洞の中が砂か小石かによってシャラシャラ、コロコロと音色が異なります。北海道の名寄や、沖縄の西表島で良く採取されますが、名寄の鈴石は天然記念物になっています。
>鈴石(北海道・名寄 写真上左)

>鈴石(西表島)

この鈴石が何に使われていたのか不明ですが、「鈴」は神の声の象徴だったり、道中の無事安全を祈る厄除けの役割ですので、鈴石もお守りや厄除けとして大事にされたのでしょうか。

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火打鎌と火打ち石(メノウ)
打って鳴らす石といえば「火打ち石」。今年の2月の「季節の音めぐり」でも取り上げました。
季節の音めぐり 第11回「しんしんと」
火打ち石は火をおこすための道具ですが、火打鎌で石(メノウ)を打つ音は、厄除けや安全を祈る音として、モノづくりの工程で使われてきました。玄関で火打ち石を鳴らして旅の安全を祈り、また酒蔵では酒造工程の安全を祈る祝詞とともに火打ち石が打たれてきました。

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石の呼び鈴
打つと美しい音色を奏でるのは、火山の噴火で地中に埋もれていた金属に近い石「磬石(けいせき)」です。音高の明確な音を出すので、讃岐で取れる磬石は地元では「カンカン石」と呼ばれています。学名は「サヌカイト」。1970年代から活躍する打楽器奏者のツトム・ヤマシタさんが、サヌカイトを何本も吊るして演奏したことから世の中に知られるようになりました。
写真は「石の呼び鈴」と名付けられた石で、入手したときの説明では、茶室の入り口に下げたとありましたが、本当かどうか不明です。長さ21cmで、鹿角のような硬いバチで打つと金属音と同じ明確な音高が出ます。
>石の呼び鈴


新潟と富山の県境にある海辺の町「青海町(おうみまち)」の人々は、厳しい冬も過ぎて爽やかな夏を迎える頃に海から聞こえてくる〈波が石を洗う音〉が大好きで、子供も大人も、この響きを「カラカラカラ」と表現して親しんでいます。
色彩の変化だけではなく、身近な響きに耳を傾けながら、人々は季節の移り変わりを感じてきたのです。

次回は、「豆腐ラッパの不思議」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年05月01日

第14回 竹の響き

八百屋に採れたてのタケノコが並ぶ季節になりました。竹はアジアの代表的な植物ですが、中が空洞で伸縮性のある特徴から、様々な美術工芸品・管楽器や打楽器、さらには竹炭として湿気取りや消臭剤にも使われます。
日本音楽の世界では竹の楽器が大活躍していますが、吹いて鳴らすもの、打って鳴らすもの、こすって鳴らすものなど、鳴らし方もいろいろ工夫されています。

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竹法螺
この写真は、歌舞伎で使う竹の法螺貝「竹法螺(たけぼら)で、戦いの場面で大太鼓と銅鑼の音の合間を縫って吹きます。両手で支えて左端の吹き口を唇で覆ってホルンのように吹くと、「ブオー」という法螺貝の音になります。
>竹法螺


日本音楽の横笛や縦笛はすべて竹で作られています。雅楽の「龍笛(りゅうてき)」、能の横笛「能管(のうかん)」、長唄囃子や祭囃子で使う「篠笛(しのぶえ)」、そして「尺八」。リードの付いた笛には、雅楽の「篳篥(ひちりき)」や「笙(しょう)」があります。篳篥は雅楽の「うねるような旋律」を、「笙」はパイプオルガンの音色を小さくしたような音で、笛や篳篥の旋律を支えて包み込むような和音を奏でます。笙のリードと同じ構造を持つアイヌの楽器「ムックリ」(口琴)も竹でできていますね。さらに、馬・牛・鶯・鶏や虫の声など擬音笛もいろいろあり、竹の笛で身近な動物や鳥、虫の声を表現しています。

竹は中が空洞なので打つと心地よい響きがしますから、竹そのままを紐で吊るしただけでも楽器になります。
次の写真は、昭和40年代に京都嵯峨野で入手した竹の鳴子(なるご)です。風が吹くと竹同士が打ち合わされて音を出します。この頃、各地で見かける竹鳴子は、インドネシアなどアジア製ばかりで、日本製は全く見かけなくなりました。音色もかなり違いますね。
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竹鳴子

>竹鳴子


歌舞伎で使う「竹こだま」という楽器も、竹の特徴を活かした打楽器です。竹筒を横にして両端に紐を取り付けて吊るし、T字型の撞木で打って音を出します。山間の風情を表わす場面で打たれます。
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竹こだま

>竹こだま

「竹こだま」には太めの竹を用いるので、新しいと割れやすく、年月をかけて割れないように乾燥させてから楽器にするので、見た目は単純ですが結構手間のかかる楽器なのです。でも、自然の竹ですから一本一本音高や音色が異なるので、数本を打ち合わせて遊ぶと楽しい楽器です。

さて、次の不思議な形の楽器は、竹の根っこで作った手作り木魚です。新潟県上越市内の庶民的な骨董店で見つけたものですが、いつの時代かわかりません。日本製です。下の写真のように、丸い形のへこみから竹が生えていたこともわかります。
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竹根の木魚

>竹根の木魚

この木魚、よく響く木魚でなかなか良い音なのです。この木魚を何に使ったのかは不明ですが、身近な素材から音の出るものを作る発想は、日本各地で見られます。

目にも美しいだけではなく、響きも心地良い。そして食べれば美味。モンスーン気候の湿気の多い地域で育つ竹ですが、日本の音文化を豊かにしている代表的な素材です。

次回は「石を鳴らす」です。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年04月01日

第13回 春 蝶が舞う

菜の花が咲き誇る季節になりました。土手や道端には何処にでも自由に咲いているのに、庭に咲かせようと種を蒔いて育たないのはなぜなのか、いつも道端の菜の花を見ながら羨ましく思う私です。

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歌舞伎のオルゴール

菜の花といえば、花の間を飛び交う蝶々ですが、蝶々を象徴する音として思い浮かぶのは、歌舞伎舞踊《蝶の道行》で演奏される、歌舞伎独自の楽器「オルゴール」です。「蝶の道行」なので、てっきり春の舞台かと思いきや、この蝶々は秋に舞うのだそうですが・・。まあ、ここでは、蝶々の音としてオルゴールを紹介することにしましょう。
>オルゴール

舞踊の内容は、お家騒動の犠牲となった男女が、陽光の中で蝶々になって舞い遊び、夕闇迫るとあの世に戻って行く悲しい話で、音楽は、骨太の義太夫節に高音域の透き通ったオルゴールが混じり合い、哀切を強調する胡弓も演奏に加わります。
「オルゴール」はオランダ語で、アムステルダムの街なかでは今でも大道芸人が観光客に大きなオルゴールのハンドルを回して軽快な音楽を聞かせています。言葉としては江戸時代の日本にもありますが、この楽器は明治10年頃に歌舞伎で考案された楽器とのこと(注)。以前、ハーグ市立美術館コレクション用に歌舞伎オルゴールを買った学芸員に、なぜこの名前がついたのだろうと尋ねたことがありました。彼は首をかしげながら「大小の玉が順番に並んでいるところのイメージが似ているかな?」とよくわからないことを言っていましたっけ。
この楽器は仏教の楽器「鏧(きん)」を、4個〜5個横に並べています。

>鏧(きん)

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鏧(きん)

鏧にも2種類あって、写真左の3個は縁取りなし、右の小さな鏧には縁取りがあり、縁取りのある方が歌舞伎オルゴールに使われます。縁取りのある方は、仏教の法会の開始時などに、行道する先頭の僧侶が持つ柄付きの鏧と同じです。私の想像ですが、新しい文化を取り入れることが大好きな歌舞伎音楽が、オランダから入ってきたオルゴールの響きに憧れて、身近にある良い響きの楽器で歌舞伎独自のオルゴールを作ったのではないかと思っています。
面白いのは、この楽器、この世の人とも思われない美女が登場したときとか(実は鬼だった!)、紛失した手紙が、突然上から舞い落ちてきた・・とか、不思議なことが起こる音として使われますから、信仰の世界と相通ずるものがあるのでしょうか。
春のこの時期、各地の寺の行事で、この音を耳にすることが出来ます。身近な音色の代表ですね。

オルゴールは、時報の象徴としても使われ、その時は「ガリ時計」と組合せます。
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ガリ時計

>ガリ時計


まずガリ時計をくるくる回して音を出した後でオルゴールの玉をチーンと打つのです。打つ数によって、時刻を表します。
>ガリ時計とオルゴール

昭和始めの生まれの方には何の音か想像つくかもしれませんが、若い方にはわからない音でしょうね。ガリ時計の音は、柱時計が時刻を知らせる直前にバネが巻き上がる音、オルゴールの音はベルの鳴る音なのです。でも昔の日本の柱時計は「ベーンベーン」という三味線のような響き。オルゴールの時報は、むしろヨーロッパの柱時計の澄んだ響きに近いかもしれません。柱時計の音色も、日本化して三味線的な音色になったのでしょうか。

次回は、「竹の響き」です。

注:5世福原百之助著『黒美寿』p.97に、
 「明治十年頃に二代目宝山左衛門師が工夫されまして、所作事に使いましたのが始めで」とある。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年03月01日

第12回 ひなまつり

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桃の花 撮影:服部考規

3月3日、桃の節句・・・と言っても、桃の花が咲くにはもう少し待たなくてはなりません。でも、日差しには春の暖かさを感ずる今日このごろです。3日は雛の節句とも呼ばれ、女児の健康や成長を祈る祭りです。
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五人囃子 撮影:服部考規
雛祭りの響きといえば五人囃子。雅楽の楽器を持っている例もたまに見かけますが、五人囃子は能の囃子の楽器4人と、地謡1人の合計5人のことです。写真の人形の右から「張扇(はりおうぎ)」「横笛(能管 のうかん)」「小鼓(こつづみ)」「大鼓(おおつづみ)」「締太鼓(しめだいこ)」の役で、「張扇」は謡や囃子の稽古でリズムを打つための扇を閉じた形の道具です。
東京や新潟などで見かけた雛壇の五人囃子では、小鼓と大鼓を持つ人形が逆になっていたり、大鼓の向きが変な向きだったりと、なかなか正しい持ち方になっていません。この人形は資料として私の手元にあるのですが、小鼓役の左手が小鼓の紐に届かなかったり、大鼓も左腕の下に入らなかったりと、正しい位置に楽器を置けません。音楽を専門にしているものの目からは、どうして?と思うような作りが多いのです。
でも、実証的に作ってしまってはつまらない、不即不離的に、だいたいの雰囲気が合っていればそれで良い・・という、ある意味で歌舞伎の作り方にも似たゆったりとした考え方が、いかにも日本らしいなあと思ってしまいます。

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犬張り子 撮影:服部考規
雛祭りのお雛様とお内裏様の左右には、犬張子が置かれることもあります。これは、お雛様を守る役割だそうですが、犬張子の犬は背中に「でんでん太鼓」を背負っています。
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でんでん太鼓のいろいろ 撮影:服部考規
「でんでん太鼓」は、もともと大陸から伝来して雅楽の中で使われた「振鼓(ふりつづみ)」をルーツとしますが、アジアでも日本でも、太鼓を打つことが厄除けだったり、雨乞いや豊年祈願だったりして、太鼓は祈りの楽器でもありますので、「でんでん太鼓」にもその役割が与えられているのです。「振鼓」は彩色された革で作られていますが、「でんでん太鼓」の素材は布や紙です。皮面を打つ素材は、金属鈴、木球、豆、ビーズなどで、それぞれに音が異なります。
>でんでん太鼓(布に鈴)

>でんでん太鼓(布に豆)

>でんでん太鼓(紙に豆)

地域固有の「でんでん太鼓」には、笛を吹くと紙人形が太鼓を打つからくり式の「犬山のでんでん太鼓」もあります。
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犬山でんでん太鼓 撮影:服部考規
>犬山でんでん太鼓


女児の健康を祈るための発音玩具には、こんな珍しいものもありました。オランダのライデン国立民族学博物館に所蔵されている、背中に美しい花を付けた雀の玩具です。
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ライデン国立民族学博物館の「福良雀」 撮影:Jan Zweerts
これは、『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(巻六)や『うなゐの友』(四編p.12、六編p.1)に登場する「福良雀(ふくらすずめ)」ではないかと思われます。
どちらの資料にも音が出ることは書かれていませんが、ライデンの福良雀は振るとカラカラと音がしました。

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手毬 撮影:竹内敏信
春の訪れの気分には、手まりがよく似合います。全国各地に伝統的な手毬の文化がありますが、地域によっては、大小の手毬が雛飾りの一つとして天井から吊り下げられることもあります。新潟県栃尾市の手毬には、様々な草の実が入っていて、手毬ごとに音色が違います。

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栃尾の手毬の中身 撮影:服部考規
様々な色合いを楽しむばかりでなく、手毬を突くと、カラカラ、コロコロ、シャリシャリ・・・と、音色も色々聞こえてきます。
>手毬(大)

>手毬(小)


先人たちは、幸せを祈り、健康を祈るために、季節ごとに変化するかそやかな響きに耳を傾けて、身近な祈りの道具に取り入れてきたのです。

次回は「春 蝶が舞う」です。

<参考文献>
『嬉遊笑覧』喜多村信節(きたむらのぶよ)著 
 日本随筆大成編集部編 昭和8年11月 東京 成光館出版部
 原著は1830年(文政13)10月刊 江戸時代の風俗百科事典
『うなゐの友』清水晴風著 1891年(明治24)11月5日初版 東京 芸艸堂
 全10巻からなる日本伝統玩具の図版 


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年02月01日

第11回 しんしんと

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雪景色 撮影:服部考規

暦の上では立春。でも、春を感ずるのは関東以西に住む人々だけのように思います。2月の日本海側は、まだまだ冬の季節なのです。特に今年は大寒に積もった大雪で、北陸や東北地方の春の訪れは先延ばしされてしまいましたから。
「深々と」積もった雪の朝は、生活音が全て吸い込まれて、「しーん」と静まり返った無音の世界になります。
この時期、各地の酒蔵では寒造りの終わりも近づいて大忙し。昔の酒造りの工程では、仕事ごとに唄が歌われていたことをご存知でしょうか。時計のなかった時代、撹拌時間を図るため、数人の作業の動作を揃えるためなど、酒造りの工程では唄が大事な役割を果たし、作業ごとに10種類ほどの唄が歌われていました。早朝の仕事始めは、その日に仕込む酒を入れる六尺桶を洗う「桶洗い唄」。桶の中に入ってササラを上下に動かしながら歌います。数人で櫂棒を手にして酒の「酛(もと)」を撹拌する時も、米を洗う足を揃える時も「酛すり唄」や「米洗い唄」を歌いました。ササラを擦る音は、歌う蔵人にとって大事な伴奏楽器でもありました。
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ササラ(酒造り用のササラは、もっと長い) 撮影:茂手木潔子
>ササラ

新酒が無事に出来上がるように願う時は、火打石を打って松尾神社の神様に祈ります。
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火打石と火打鉦(石はメノウ) 撮影:服部考規
>火打石

冷え込む蔵に響く蔵人の朗々とした歌声。時折聞こえる木桶を擦る音、水の音、そして石の音。酒を造る里の真冬の音風景です。

2月半ばになると、各地で春を待ち望む「春迎え」の行事も始まります。神奈川県山北町能安寺の「百万遍念仏」(2月中旬の土日)は、天井から吊り下げた長い数珠を、男性一人が何度も力強く引き下ろす数珠廻しで、滑車に掛けられた数珠がガラガラと豪快な音を立てます。
「百万遍」は京都知恩寺を発祥とする行事で、はやり病の治癒を願って大数珠を手にした人々が数珠を廻して100万回の念仏を唱えたことに始まり、東北から九州の各地に伝承されるようになりました。私が体験した新潟県村上市の「数珠繰り」は、硬い材質で作られた数珠が廻る(繰る)音が、あたかも石ころに当たる水の流れに似て、此岸と彼岸を隔てる川のようにも感じたことを覚えています。
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百万遍用の大数珠 撮影:服部考規
>数珠繰り

東北地方の春迎えの祭には、地域で独自に考案した楽器も登場します。
秋田県の六郷町の「竹打ち」(2月15日)では、戦いの合図に木で作った法螺貝「木貝(きがい)」を吹きます。木貝を作ったのは桶屋さん。音はほら貝と同じ音ですが、円錐形の部分は桶作り、吹き口は風呂桶の栓のようです。
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角館「竹打ち」の木貝 撮影:服部考規

青森県の八戸の伝統芸能「えんぶり」(2月17日〜20日)も、2月の風物詩です。「えんぶり」は農作業で使う「杁(えぶり)」が語源で、竹の鳴子と金属の輪を取り付けた板に長い棒のついた道具を地面に突き立てたり振って音を出しながら、黒い紋付きに華やかな烏帽子を被った男たちが春の到来を願い、豊かな実りを祈念して舞います。
「えんぶり」には短めの「どーさいえんぶり」と、写真の「長えんぶり」の2種類があり、「長えんぶり」の金属の輪は仏教の楽器「錫杖(しゃくじょう)」の円環を連想させます。鳴子は田畑の鳥追いのための楽器ですから、この楽器は仏教とアニミズムの共存した姿のようです。
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撮影:竹内敏信
>長えんぶり

次回3月は、「ひな祭り」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。