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2019年03月01日

第24回 春夏秋冬 音を楽しむ

暖かい日差しの中、縁側で鳴らして遊んだ鉄琴の音の記憶。ホンワカした空気に不思議な音階が結構似合っていました。でも、この鉄琴の音の外れ方は、一体どんな法則で作られたのでしょうか。

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鉄琴
>玩具の鉄琴


昭和30年代ごろまで、玩具としての鉄琴や木琴は、だんだん短くなる鍵盤の形と可愛らしい絵が優先で、ドレミに整えることなど考えていなかったようです。
権平俊子著『性格・才能をよく育てる本 子どもを伸ばすおもちゃの世界』(青い鳥社 1969年)には、幼児期の子供に与える楽器としての鉄琴・木琴は、「できるだけ音程のしっかりしたものを選びます。」と書かれています。西洋音楽普及に伴って、幼児の音感を育てるためには、巷で目にする木琴や鉄琴の音階があまりひどかったからでしょう。ただ、ひどかったというより、もともと音に対する考え方が違うのですから、そのころの玩具の音律がドレミから外れていても仕方ありません。

これまで紹介してきた日本の季節の楽器は、ドレミに調律されているわけではなく、一音を奏でる楽器として作られてきました。紹介していない邦楽演奏の太鼓、三味線、横笛なども、音色にこだわっていますが、本来、ピアノの音階を奏でる目的の楽器ではありませんでした。

水の音や葉ずれの音、波が石を洗う音や松風の音。「火の用心」の拍子木、鍛冶屋が鉄を打つ音、機織りの音、唐臼の音、豆腐屋のラッパに霧笛の音など、自然の音色や生活の中で聞こえる音色が、「日本の音」「日本の音楽」となりました。春の鳥笛は、ピョロピョロと混じり合う音、ペンペン草も赤貝の蛙も、その複雑な音色で自然を表し、虫笛は微妙に音をずらして揺れる音色で虫の声を工夫し、風で鳴る風鐸も鳴子も、神様の声を表す鈴の音も、微妙に異なる音高で独自の音色を作りだしています。
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水鳥笛
>陶器製の水鳥笛


沖縄にも北海道にも、独自の素朴な楽器があります。沖縄舞踊に欠かせない竹製の「四つ竹」、竹や黒檀で作った三板(さんば)。北海道には竹で作られた口琴「ムックリ」があります。
>沖縄の四つ竹


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三板(黒檀製)
>三板


「四つ竹」は、弥生時代の埴輪に登場して以来、現在は歌舞伎音楽にも登場します。ムックリも東日本各地の古墳で発見される打楽器です。
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歌舞伎の四つ竹
>歌舞伎の四つ竹

モンスーン地帯に生活する私たちに身近な自然の素材は木と竹。その木と竹が、楽器の世界で活躍します。私たちの作り上げてきた楽器文化は実に豊かで、人々の暮らしと自然とが近しい関係にあるからこそ、楽器たちには四季折々の響きが反映されました。

生活のほとんどが法則化されデジタル化されている現代、日本の音文化は今後どのように変容して行くのでしょうか。再び、自然との密接な関わりや人間らしさを取り戻せるかどうかは難しい課題です。でも、子どもたちは目を輝かして、アナログで素朴な楽器の音遊びを楽しみます。素朴だからこそ、豊かな可能性があり、心の癒しにもなるこれらの楽器たちの響きを受け継いでほしいと思っています。
2年間に登場した様々な楽器たちの音を、順番に重ねて聞いてみてください。個々の響きが重なって、春夏秋冬の音色がきっと聞こえてくることでしょう。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。 


新品気鋭の写真家、服部考規さんの撮りおろし写真と、film media sound designによる楽器音の録音ともにご紹介してきた季節の音めぐりも、今回で幕を閉じます。お世話になったご関係者の皆様に御礼申し上げます。

2019年02月01日

第23回 春迎え

2月になってもまだまだ雪深い北陸に、春の到来を知らせる音は、「雪おろし」の音です。
どんよりした雲の中から響く鈍い雷の音のことで、雪が降り始める頃と、そろそろ終わりの頃に、まるで合図のように鳴るのです。山梨生まれの私が知っている雷の音は「バリバリ」と鳴っていましたので、上越市で真冬の早朝に初めて体験した地響きのような不思議な音が、まさか雷の音とは想像もできませんでした。
ところで、「雪おろし」と聞いて、どこかで聞いた名前だなと思う方もいらっしゃるかもしれません。この名前は、歌舞伎で雪が降る場面に打たれる大太鼓の奏法の一つなのです。TV ドラマでも、12月14日忠臣蔵の討ち入り場面の背景で、良くこの音が聞こえます。「雪に音はないのですが、歌舞伎では大太鼓で雪の音を打ちます」という解説が一般的ですが、五世福原百之助著『黒美寿(くろみす)』には、冬の北陸で聞こえた雷の音を歌舞伎に取り入れたと書かれています。

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上から太桴、長桴、雪バイ

歌舞伎の大太鼓を打つバチは3種類。雪の音を表現する時は、中央の「長桴(ばち)」と、布で包んだ「雪バイ」を使います。歌舞伎の雪の音は、深々と雪が降る様子を表す「雪音」、屋根から雪が落ちる様を表す「雪おろし」の2種類です。雪音は雪バイだけで革を一定のリズムで打ちますが、雪おろしの時は、左手で一組の長桴を持って革面に当て、右手に持った雪バイで小刻みに革を打ちます。すると、長桴が革に触れてビリビリと鳴り、雪が落ちる様子が表現されるのです。
>雪音〜雪おろし

布を巻いた桴で響きを抑えた「雪音」は、私が実際に体験した雪雷の音と実に良く似ていました。ただ、小さな太鼓で同じように打っても雪雷の音を出すことはできません。歌舞伎用の大太鼓だからこそ聞こえる音色です。

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>神楽鈴(上の写真左の新しい鈴)

日本各地には、三番叟という舞踊があります。能、歌舞伎、文楽や日本舞踊などで有名ですが、各地の民俗芸能でも踊られています。能では新年を寿いで踊ったり、飛騨高山祭りではからくり人形の三番叟が祭屋台の上で踊ります。三番叟は五穀豊穣を願う踊りですから、春迎えの祈りにも通ずるのではないでしょうか。
踊りは、地面を踏む動作「揉(もみ)の段)と、手に鈴を持って踊る「鈴の段」で構成され、鈴の段は、地面に向かって鈴を振リ下ろす動作を何度も繰り返します。鈴は写真のような鈴なりの形です。鈴を振る動作は種をまく動作とされています。小鼓の奏でる一定のリズムに乗って足を踏み鈴を鳴らす躍動的な姿は、伝統芸能の中でも近寄りやすく楽しい演目です。 

2月初めには各地で「初午」の祭りが行われます。鹿児島神宮の初午は、大きなデンデン太鼓を背中に飾った馬が(2017年第7回 デンデン太鼓の写真参照。一番大きなデンデン太鼓が鹿児島神宮のもの)、歌と囃子のリズムで踊りながら練り歩く楽しいお祭です。馬の首には神楽鈴と同じ形の鈴が一杯下がり馬が両足を挙げてリズムを取るたびにシャンシャンと鳴り響きます。馬は農耕のシンボル、馬の気持ちを鎮める役割は馬鈴でしょうか。
今回の最後に、「鈴なり」つながりとして、鈴でできた瓔珞(ようらく)をご紹介しましょう。浄土真宗の仏壇の瓔珞として飾られていたものですが、このような鈴なりもあるのですね。大きな鈴に神様がいっぱい詰まっていると考える「神留る(かんづまる)」(2017年第8回参照)と対象的に、この鈴は立体の曼荼羅のように、仏様たちがいっぱい並んで春の訪れを祝いでいるようです。

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鈴の瓔珞(片側のみ)
>鈴の瓔珞


次回は、「春夏秋冬 音を楽しむ」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2019年01月01日

第22回 年のはじめに

あけましておめでとうございます。平成も残すところ4か月余りになりました。2019年は、可愛らしい板獅子の音で始めましょう。
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板獅子

この板獅子は護良親王を祀る鎌倉宮(神奈川県鎌倉市)の板獅子で、護良親王が兜に忍ばせて戦に赴いたと言われています。
獅子舞の獅子頭を打ち合わせると厄除けになるように、板獅子の響きも十方に広がって魔除けになるとのこと。新たな年が健康な年でありますように。
>板獅子


江戸の春の始まりは歌舞伎。歌舞伎の代表的な音と言えば、幕開きの木頭(きがしら)とツケの音。木頭は拆(き)とも呼び、白樫を長い間乾燥させて作ります。幕の開閉、舞台転換になくてはならない音ですが、「火の用心」の拍子木との違いは、打つ部分(写真では内側)がカーブしている点と、木の密度の違いでしょうか。木頭はかなり重くて、音も甲高く遠くまで通る響きです。歌舞伎の幕はとても重たいので、始めはゆっくり、そしてだんだん加速度がついて開け閉めしますが、木頭は、幕の開け締めの動きを助けるように、始めはゆっくり、そしてだんだん早くチョンチョンと打ちます。
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木頭
>拆(開幕)


ツケは足音や物の落ちた音を強調する時や、立廻りの場面で打ちますが、木頭と異なる点は、持つ手が滑らないように切込みがあることです(写真下)。舞台上手で、大道具の専門担当者「ツケ師」が役者の動きに合わせて打ちますが、ツケ拆(つけぎ)をツケ板に打ち付けて出す音は「バッタリ」と表現されます。
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ツケ拆とツケ板
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切込みの入ったツケ拆
>ツケ

でも、19世紀末に来日したオーストリア人美術研究家(翻訳のママ)のアドルフ・フィッシャーは、歌舞伎見物のあとでツケの印象を次のように書いています。「最も恐るべき人物は拆を叩く男である〜中略〜劇中のあらゆる重要な台詞も、拆の恐ろしいそれこそ神経を痛めつけるような乱打によって強調される。恋愛場面の始まるとき、それにしばしば10分間はつづく武士の挑戦の際〜中略〜拆の騒音はまったくとだえることがない。英雄が最後の息を引きとるとき、拆の音はやっと終わり、私は自分の耳の保護のために、つねによろこばしい気持ちになる」(注)と。彼の記録では、一部分、木頭とツケを勘違いした記述になっているのですが、それにしても散々な書きぶりです。確かにツケの音は、モーツアルトやベートーヴェンの音楽には決して登場しない音でしょうが、この音こそ歌舞伎の代表的な音なのです。

正月は、各地の寺で修正会(しゅしょうえ)が行われます。奈良の法隆寺金堂の修正会は1月8日から14日まで開かれますが、1日を6つの時間帯に分けて声明が唱えられ、僧侶たちは加持杖(かじじょう)という木の杖を持って祈ります
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加持杖 左は柱を打つ前、右は柱を打って裂けた加持杖

行事の終わりの結願の日は、西院伽藍の鐘の音、吹き鳴らされる法螺の音、僧侶の声明に加えて、僧侶が手にした加持杖で柱を打つ音が入り混じり、あたりは独特に音響空間となります。この写真の加持杖は、私の師匠の木戸敏郎氏(元 国立劇場演出家)に随分前に頂いたものですが、今回、木に打ち付けて音を出してみました。
>加持杖

東大寺二月堂の修二会では、僧侶が堂内を駆け巡る下駄の音が印象的ですが、これも木の下駄が床を打ち付ける音です。私は、これらの木の音と歌舞伎のツケの音とに、考え方の共通点を感じます。ひょっとして、ツケのルーツはこのあたりにあるのではないかと思うのです。
木の音で厄を払い新たな年の始まりを浄める発想は、列島が木々に囲まれた国、日本ならではの音の感覚なのでしょうか。
では、本日はこれにてチョーン、チョン。

次回は「春迎え」です。

注:アドルフ・フィッシャー『100年前の日本文化〜オーストリア芸術史家の見た明治中期の日本』)
  金森誠也・安藤勉訳 中央公論社 1994 pp.188-189



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年12月01日

第21回 世田谷 ボロ市にて

東京都の世田谷にある代官屋敷前の通りは、通称「ボロ市通り」と呼ばれます。毎年12月と1月の15日・16日に「ボロ市」と呼ばれる「蚤の市」が開かれるからです。その歴史は長く、1578年、北条氏の時代に始まった楽市がルーツとされています。
代官屋敷の前を東に行くと、骨董や古道具の露店の一画があります。毎年、私は音の出る道具を探し廻るので古道具屋のご主人と顔見知りになり、「お客さんが来ると思って用意しといたよ」と、珍しい鈴や小さな寺鐘を奥の方から出してきてくれるようになりました。

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念仏鉦

この念仏鉦もその一つです。京都の六斎念仏で打つ鉦と似ていますが、2つの鉦の表面を同時に打てるように、撞木の横棒が長く作られている点が違います。2つの鉦の音高は微妙に異なっていて、音のかすかな「ずれ」が味のある音色を作ります。
>念仏鉦


10年前のボロ市でのこと。西村和泉守と刻印された伏鉦を手に入れました。ずいぶん安いので理由を尋ねたら、ひび割れしているからとのこと。鳴らすと確かに割れた音です。私は日本の音を集めているので、壊れていると買わないのですが、その日は、ひび割れた鉦が何故か不憫で、ついつい買ってしまいました。
この日は鉦を自宅に置いて、夜、新潟の仕事先に戻りました。
週末に帰宅したところ、同居の姉の機嫌が悪いのです。理由を聞けば、私がテレビをつけたまま出かけてしまったとのこと。記憶は曖昧でしたが、きっとそうなのだろうと、翌週はTVがついていないことを確かめて出かけました。そして週末深夜に帰宅。すると、自室のTVからしゃべる声。これにはびっくりしました。
翌朝姉に話すと、姉もTVを消したことを確認したと言います。さては和泉守の鉦のせい? 翌日、鉦を打ったはずのいくつかの宗派の念仏を順番に唱えてお線香で供養し、再び仕事に出かけました。この週末、鉦の霊は確かに成仏したようで、その日以降TVも静かになりました。
この話を聞いてくださった庭園研究者で、東京大学名誉教授の横山正先生曰く、「TVのon/offがリモコン方式になってから、同じようなことが良く起こるんですよ。僕にも経験ありますよ。」と。「そうだったのか」と納得した私でしたが、文楽三味線方で信心深い友人は「霊は電気系統を通じてやってくることが多いんですよ。きっと救ってくれた感謝に来たんですよ」と言います。そう考えるのも悪くないなあと思った私でした。

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壊れていない伏鉦
>壊れていない伏鉦の音


数年越しにボロ市で集めた小さな梵鐘たちは、一つづつ音や響きが異なり、打ち合わせるとキリスト教会の組鐘のような「日本式カリヨン」になります。日本では鐘を組み合わせて打つことなどありませんでしたが、1970年代以降の現代作品には、打楽器として数種の梵鐘を打つ曲も作曲され、寺々の鐘が夕闇の中で、遠く、そして近く、響き渡る風情が醸し出されます。

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鐘たち
>いろいろな鐘の音


2018年も残り少なくなりました。今年は、この小さな鐘たちの響きでお別れします。来年こそは静かで穏やかな自然の中で暮らすことのできる年になりますように、願いを込めて。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年11月01日

第20回 演歌の風情

カリフォルニアに住んでいた日系三世の友人が、日本の演歌について原稿を書くというので、私の手元にある演歌のレコードの歌詞と解説を送ってあげたことがありました。郵便が届いた頃に彼女から電話がかかってきまして、「なぜ冬に窓がくもるの?」と質問されました。大川栄策さんの「さざんかの宿」の歌い出しが ♪くもりガラスを手で拭いて・・だったからです。「だって部屋の中は暖かいし、お湯など沸かしたら湿気で窓がくもるでしょう。」と説明しても、やっぱり「どうして?」と解せない様子。彼女のところではそのようなことはないと言うのです。確かに爽やかなカリフォルニアでは、冬でも窓が湯気でくもるようなことはなかったのです。湿度の高い日本ならではの情景だったことに初めて気づきました。
そんな日本の風情を表現する演歌の歌詞には、曇りガラス、霧、湯煙、汽笛、霧笛、船出など、海や湿度に関わり深い言葉が並び、別れの寂しさを表現しています。特に、霧や雪などで視界が悪いときに吹き鳴らす霧笛の音色は、不安感や寂しさをより一層強調する音色になっているようで、演歌のタイトルに良く登場します。たとえば、「霧笛が俺を呼んでいる」(赤木圭一郎)、「霧笛」(ちあきなおみ、八代亜紀、氷川きよし)、「別れの霧笛」(松原のぶえ)「霧笛の波止場」(水田かおり)などなど、その数の多いことに驚きます。

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霧笛

霧笛は、火起こしのふいごに、豆腐屋さんのラッパを取り付けたような形をしていて、左の持ち手の板を開いて蛇腹の部分に空気を入れ込み、板を閉じるとボーッという音が長く尾を引くように続きます。
>霧笛

霧も靄(もや)も、湿度の高い日本ならではの、そして冬の訪れを表す情景です。演歌の描く風情は、別れの寂しさ、辛さ、孤独や嘆きが多く、厳しい冬の到来を人生の艱難辛苦とも重なります。そして、海で働く勇ましい男たちの家族と離れた寂しさにも通ずるのでしょうか。

歌舞伎の音具には船の櫓を漕ぐ音を出す楽器もあり、欧米人には、ただの雑音としか思われないでしょうが、「ギーッ」と鳴るその音にも寂しさが感じられるのは、日本の音文化の特徴かもしれません。この楽器は、棒と板の接する部分に湿気を与えると、板を回転させる時に摩擦音が出る仕組みになっています。

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櫓(歌舞伎の音具)
>櫓

これも湿気を利用して発音する楽器です。

冷え込む冬の季節の音といえば、鉄瓶の湯が湧く時に、蓋が湯気で持ち上がって鳴る音もあります。茶道では、窯の底に「鳴り金」というものをつけて湯が湧いた時に鳴る音を楽しんだそうですが、その音色が松風の音に似ているのだそうです。松風の音というと「松籟(しょうらい)」のことでしょうか。越後で聞いた松籟の響きは、冬の日本海に吹き荒れる海風にあおられて松葉が擦れ合うようなシャーッという響きで、「チンチン」と鳴るような響きではありませんでしたから、茶道の「鳴り金」の音は、象徴的な音色だったのかもしれません。
写真の鉄瓶の蓋はとても軽く、材質はサハリ鉦で出来ています。音の文化に興味のあった私に、明治生まれの父が「鉄瓶の湯が沸くとこれが鳴るんだよ」とこの蓋を持ってきてくれました。鉄瓶本体はどこかに行ってしまったのですが、どんな音になったのだろうかと、再現してみました
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鉄瓶の蓋
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鉄瓶の蓋の裏側
>鉄瓶の蓋の音

サハリ鉦は、銅に錫,鉛を加えた合金で、打つと良い響きがするので「響銅」とも言います。梵鐘づくりでも、錫を入れると余韻が長くなるそうですが、この金属は仏教の鳴らし物に良く使われる金属でもあります。

湿度の高い日本だからこそ生まれた音たちが、演歌の風情を醸し出します。

次回は、「世田谷ボロ市にて」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年10月01日

第19回 旅する人々

気づくと木の実も赤く色づき始めました。秋本番です。紅葉の名所に出かける人、各地の神社仏閣に参詣する人、目的は様々ですが、伊勢参り、熊野詣、四国八十八箇所札所めぐりの秋遍路・・・と、秋の季節は旅の季節です。駅貼りの広告も一斉に、色づいた木々の写真を掲げて観光地への旅を誘います。

2000年になった頃でしたでしょうか、兵庫県に出かけた帰り道、加賀街道沿いの古道具店で変わった鈴(すず)を見つけました(写真上)。

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変わった形の鈴

鈴と言えば球体か、古いものは瓜実型なのですが、この鈴はなんと円柱のような形でした。誰かが遊びで作ったのかとも思える鈴でしたが、鈴の柄の上部には、小さな穴が開いていて、紐を通して吊るした様子があるので、首から下げて使ったようです。値段の安さに魅かれて面白半分で買って帰りましたが、その後、2009年にボストン近郊のセーラムピーボディ博物館にモースコレクション調査に赴いた時、全く同じ形の鈴を見つけたのです。収集年代は不明ですが、博物館の記録によると、モースか、モースの収集を手伝っていた美術商人、松木文恭(1867-1940)の収集品と書かれていました。Priest’s rattleとあるので、冗談で作ったわけではないらしいことも分かりました。
さらに数年後、今度は地元のボロ市で、また同じ鈴を発見(同上写真下)。
そして、さらにさらに、青森県八戸市の南郷歴史民俗資料館の敷地内にある古びた建物の中で、同じ形の鈴に出会ったのです。「東北地方で使われていた鈴だったのか!」と文献を調べ始めたところ、遠野市立博物館図録(注)のオシラサマ道具の中に登場していることが分かりました。
>変わった形の鈴

東北の鈴が、なぜ福井で? その理由を実証するのは難しいのですが、伊勢参りに出かけた時に持って行ったものが、現地に残されてとどまったのでしょうか?

一般的な遍路や巡礼に持ってゆく鈴は、左の写真のような鈴で、「レイ」と呼ばれています。
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巡礼鈴
>巡礼鈴

ほかにも巡礼鈴の形として、号外の時に鳴らすような朝顔形の大きめの鈴(レイ)もあり、葛飾北斎『東海道五十三次』藤沢は、大山参りの行列の先頭を歩く男の手に、この鈴を持たせています。
球体型の鈴も、この写真のようなレイも、また釣鐘型のレイも、皆、厄除け、道中の安全を祈るお守りとして使われていました。
昨年の第8回「鈴の音」で既に紹介したように、馬で旅する人々は、道中の安全を願い、馬の臀部に掛けた布の左右に必ず鈴束を下げていました。古代より、鈴の音は神の声に通じ、鈴の音に道中安全を願ってきたためです。
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馬の鈴
>馬の鈴


21世紀、車社会の今でも、休憩に立ち寄るサービスエリアの土産物、また、神社仏閣の土産物店で販売される鈴の種類と数の多いこと。
昔の鈴の音色とはすっかり変わってしまいましたが、鈴の音色に旅の安全を祈る気持ちが込められていることには変わりはありません。


次回は、「演歌の風情」です。

注:遠野市立博物館 第41回特別展『オシラ神の発見』2000年 p.47

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年09月01日

第18回 風を聴く

9月はじめは二十四節気の「処暑」、夏も収まり秋の気配を感ずる季節に入ったはずですが、ことのほか異常気象だった今年の暑さはなかなか収まりません。ただ、仕事帰りに隣家の軒先から聞こえる風鈴の音は、確かに秋風を感じさせてくれます。

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風鈴
>ガラス風鈴2018/no.46)


江戸時代の様々な風物や事項の意味や起源をまとめた書物として知られる『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(注1)によれば、風鈴の一般化は、浄土宗を開いた法然上人(1133-1212)が風鈴をこよなく愛したことに始まるとされています。その当時の風鈴は寺鐘の形をしていて、法然没後に書かれた『圓光大師傅(えんこうだいしでん)』に「風鈴は風を知るためのものにて音を弄ぶはあらず」と法然の言葉が引用されています。
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南部風鈴

ここで言う「風」とは、極楽の風のことですので、風鈴が極楽の風を響きとして伝えてくれるものであり、この極楽の響きを聴くことで自らを浄める役割を果たしていたのでしょう。
>南部風鈴


風鈴のルーツは、寺院の屋根から吊り下げられた「風鐸(ふうたく)」でした。
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風鐸

正倉院御物の楽器調査を行った音楽学者の林健三は、北魏の時代(386-534)に古代インドに巡礼した中国僧たちの記録を調べて、壮麗な塔に懸けられた無数の風鐸が風を受けて妙なる音を響かせていたことを紹介し、仏教の中心地だった洛陽の寺院には、各所に風鐸が掛けられて風に鳴り響いていたと述べています。(注2)
そもそも風鐸を仏事の屋根や塔に吊り下げた目的は、風を受けて鳴り響く音で、辺りを浄め災を除去する魔よけのためだったようですが、寺の塔廟や寺院空間の荘厳感創出の目的もありました。
日本に伝わった最古の例は法隆寺五重塔の風鐸とされ、現在も各地の寺院で風鐸を見ることができますが、日本各地で風で鳴り響く音を耳にする機会はなかなかありません。江戸時代の風鐸を手に入れて、その理由がわかった気がします。韓国の風鐸が小ぶりで軽めであるのに比べて、この風鐸は、直径20cm、全長35cmあり、重さは5.5kgもありますから、この風鐸が鳴るためにはかなり強い風が必要です。風で疫病が蔓延しないように辺りに鳴り響くということは、強風の時に鳴ったということかもしれません。
風鐸の内部からは十字型の金属板と山形の板「風招(ふうしょう)」が下がり、風招が風を受けて左右に振れると、中の十字板が胴体に触れて音が出る仕組みです。
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風鐸の内部

風鐸の音は、いろいろな音高が混じり合う響きです。また風鐸は一つづつの音高が異なりますから、複数の風鐸が鳴ると微妙に異なる音高が響き合って風情のある音が作り出されます。
>風鐸

これらが風の強い日に、あたり一面に響き渡ったらかなり豪快な音世界を作ったことでしょうから、魔除けの役割には効果的だったはずです。
知人の寺にも風鐸が下げられているのですが、風招が取りはずされていました。理由を聞くと、この頃音が出るものは周囲に迷惑がかかるので・・・、という答えでした。風景の中で響いてきた日本の音たちには、なかなか難しい時代です。

風鈴の音を楽しむことが目的となったのは、江戸時代以降の話なのかもしれません。風鐸が小型化し、風鐸の胴体「風身(ふうしん)」から下がる風招は内部に入り込み、風招が短冊に変わったことで、微風でも簡単に鳴る音具へと変化しました。

これからやっと風を楽しめる季節になります。風鈴の音色が、爽やかな季節の到来を告げてくれることでしょう。

次回は「旅する人々」です。


注1:『嬉遊笑覧』下巻 成光館出版部 1933 p.43
注2:林健三著『東アジア楽器考』 カワイ出版 1973 pp.37-42
参考:茂手木潔子「暮らしの中の風鈴」『美の壺 風鈴』 NHK出版 2007 pp.58-65


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※風鐸のみ音源提供:服部考規
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。
タグ:寺社 風鈴 風鐸

2018年08月01日

第17回 鉦を打つ

1990年代、越後杜氏を多く輩出した長岡市越路町に、蔵人さんたちの酒屋唄の思い出話をお聞きするために、よく通っていました。お盆も近い8月、夕方になると遠くから笛と鉦太鼓の音が聞こえてきます。蔵人さんに案内されて、祭囃子の稽古場所に行ってみると、鉦の音は、板状の鉄を打っていた音でした。
このことを、越路町の中学校の先生に話したところ、「こんな鉦もあるんですよ」と下さったのがこの鉦。鉄製で実に良い音色がします。

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越後の屋根の滑り止めを切った鉦

>屋根の鉦


この鉦は、屋根に取り付けられていた雪かきの滑り止めを切ったものでした。越後の冬は豪雪に見舞われますから、屋根に積もった雪を定期的に降ろさないと屋根がつぶれてしまいます。でも、屋根の上で行う雪降ろしは危険を伴うので、屋根の端にこの形の長い金属を取り付けて、滑り落ちないようにするのです。

関東の祭り鉦は、小さな真鍮製の鉦です。
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当り鉦
赤い紐を左手の小指にかけて親指と小指で鉦を支え、凹面の中央や側面を、鹿角のバチで打ったり左右に擦って音を出します。
>当り鉦


以前は「擦り鉦」と呼んでいました。でも、縁起を担いで、「する」ではなく「当たる」と改名され、今は「当り鉦」と呼ばれます。越路町の鉦は、身近な材料で作った「当り鉦」の代替品でした。
夏祭の音といえば「笛、かね、太鼓」。「かね太鼓」の「かね」は、この鉦のことです。現在の「当り鉦」は、直径12cm〜18cmまで大きさはいろいろ。鉦の厚さで音色も異なります。

全国の祭囃子のルーツは7月に行われる京都の祇園囃子と言われます。厄除け、病魔退散を願って始まった祇園祭ですが、山鉾の中で演奏される祇園囃子では「コンチキ」という鉦が打たれます。
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コンチキ

当り鉦と比べてかなり厚い中型の鉦で、こちらは上から紐で吊るして凹面の下方を打ちます。
>コンチキ


故春風亭柳朝師が得意としていた落語に「祇園祭」という演目がありました。京都の祇園祭見物に出かけた江戸っ子が、揚屋の2階で同席した京都人の京自慢に辟易して口論になる話ですが、口喧嘩に使われるのが、神田囃子の唱歌(しょうが)と、祇園囃子の唱歌です。唱歌とは、「ピーヒャララ」とか「ドコドンドン」「テケテンテン」のように、楽器奏法をカタカナ語で唱える譜で、雅楽から三味線までジャンルごとに各種あります。落語では祇園囃子が「コンチキ」、神田囃子が「チャンチキチ」と表現されます。落語家のリズム感が物言う夏らしい演目です。

コンチキをもっと大型にしたのは「双盤(そうばん)」で、開口部が40cmを超える鉦もあります。大阪の天神祭(7月24日〜25日)や桑名の石取祭(8月3日〜5日)では、夏の暑さを吹き飛ばすほどの大音量で打たれています。
>双盤


東北地方の夏祭りでは、鉦ではなくシンバル型の「手振り鉦(てぶりがね)」を打ちます。このシンバルは、銅拍子(どうびょうし)、土拍子(どびょうし)、チャッパ、手平鉦(てびらがね)など、呼び方も地域によっていろいろ。歌舞伎でも中国風の演目(例えば《国性爺合戦》など)で使います。
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手振り鉦

青森のねぶた祭(8月2日〜7日)や弘前のねぷたまつり(8月1日〜7日)では、手振り鉦が大太鼓、竹笛とともに大活躍です。この楽器は仏教の銅製の鈸(はち)がルーツですが、雅楽の《迦陵頻》では、極楽浄土から舞い降りた鳥「迦陵頻伽(かりょうびんが)」の姿をした子どもたちが手に持って舞っています。神聖な音で辺りを浄め、災いを払う音として使われてきたのでしょう。
>手振り鉦


「ねぶた祭」には、「らっせーらっせー」の掛け声で踊る「ハネト」が腰に下げる「ガガスコ」という独自の道具もあります。昔は踊りながら「ガガスコガン ガガスコガンと打っていたよ」と、地元の方からお聞きしました。当り鉦に取っ手がついた形です。
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ガガスコ

夏は鉦の音ですね。
身近な道具が各地の夏の音を作っています。

次回は、「風を聴く」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年07月01日

第16回 豆腐ラッパの不思議

毎日うだるような暑さが続くこの時期、仕事から帰って汗を流し「冷ややっこ」に枝豆、ビールでほっと一息という方も多いのではないでしょうか。冬の湯豆腐もいいですが、蒸し暑い夏に味わう冷たい豆腐は格別です。

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豆腐ラッパとオランダのキツネ狩りの笛

豆腐屋さんと言えば、「トーフー」と吹いて売り歩く「豆腐屋さんのラッパ」。昭和40年代までは、だれもが知っていた耳馴染みの音でした。
豆腐屋さんがラッパを吹き始めたのは日露戦争後とのことで、日露戦争前は朝顔形の鈴(レイ)を振っていたものが、日露戦争の勝ち戦さ気分でラッパを吹くようになったそうです。三谷一馬著『明治物売図聚』146・147頁(平成3年12月 立風書房)に、明治39年刊『風俗画報』の、手にラッパを持つ京都の豆腐屋さんが紹介されています。
平成10年代、寺泊港に近接する古物商の一軒で豆腐屋のラッパ(写真中央)を見つけた私は喜んで買い求め、音を出してみました。
>豆腐屋ラッパ(写真中央)

普通に吹くと一つの音しか出なかったので、どうしたら少し高めの音が出るのだろうといろいろ試したところ、少し強めに吹くと二つ目の「フー」の音になることが分かりました。その後、上町のボロ市で2本目のラッパを見つけました(写真右)。そして、自宅の楽器棚を整理していて、20年近く前にアムステルダム蚤の市で、旅行土産に何か…と買っていた小さなラッパを見つけ、このラッパが豆腐ラッパに酷似していることに気が付いたのです(写真左)。
ラッパに書かれている文字の意味をオランダ人の音楽学者に読んでもらったところ、オランダ〜アメリカ間を就航していた船客に配られた土産物だとのこと。

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オランダのキツネ狩りの笛に書かれた文字

さらに偶然でしたが、イギリスのTVドラマ「バーナビー警部」シリーズの中で、狐狩に出かける貴族がこの笛を吹いていたのも見ました。どうも玩具ではなくキツネ狩用の本物の笛のようです。
このラッパは同じように吹いても音が下がってしまいます。
>キツネ狩りの笛(写真左)

では豆腐ラッパのルーツはキツネ狩りの笛なのでしょうか? キツネ狩りの笛には2種類の形があり、こちらはその一つのようです。

ところで、ある日、豆腐屋ラッパを開発したハーモニカ会社の社長さんとお話しする機会があり、私が自慢げに吹いたところ、豆腐屋さんのラッパは「吹いたり吸ったりして音を出すのだから、このラッパは壊れているから直してあげましょう」という話になりました。びっくりして手元の資料やらいろいろ調べたところ、東京藝術大学の小泉文夫記念資料室の図版解説もネット解説もすべて、豆腐ラッパは「吹いたり吸ったりして」と書かれていることに気づきました。
そんなはずはない、吹いてだけ音を出すはずだと私がこだわった理由は、歩きながら音を出すのに、吸って音を出すだろうかということと、ラッパのリード構造です。

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豆腐ラッパのリード(上から)

豆腐ラッパのリードは、クラリネットのリードと同じ構造なので、吸って音は出さないと思うのです。

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豆腐ラッパのリード部分(横から)※最初の写真中央のラッパ

豆腐屋ラッパの起源を明治時代の「吹風琴(すいふうきん)」(ハーモニカのこと)とする説明もありますが、形も構造も違います。
ただ、私の記憶の中の「トーフ―」の音に切れ目はありませんでしたので、悩んでいたところ、先輩から小泉文夫氏が生前、豆腐ラッパ奏法について話していたことを聞くことができました。その方法では、片手でラッパを持ち、開いた部分に小指から人差指の数本の指をかざして息を吹き込み、そのままかざした指を開くのです。すると、指をかざすと低い音、指を開くと高い音が出て、確かに記憶の中にある「トーフ―」の音になりました。これなら切れ目なく音を変えることもできます。
吹いても吸っても音を出す豆腐ラッパも開発されていますが、やはりトーフーは、吹いてだけ音を出す楽器だったのでしょう。吸って音が出ないと壊れたと思っている豆腐屋さんもいるかも知れませんが、壊れていませんので安心してください。

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北海道から入手した豆腐ラッパとリード

北海道の豆腐屋ラッパとのことで入手したものは長さが43pもありました。全国でいろいろな豆腐ラッパが吹かれていたのですね。
>北海道の豆腐屋ラッパ


次回は「鉦を打つ」です。



文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。

2018年06月01日

第15回 石を鳴らす

子供の頃から、海岸や水辺で石を拾うのが好きで、我が家には拾ってきた石たちが部屋の片隅に居場所を見つけて陣取っています。観賞するための石は多いのですが、石には音を奏でる役割もあり、その音色もなかなか素敵なのです。
石を鳴らす? 吹いて鳴らし、振って鳴らし、打って鳴らす・・・。それぞれの石に独自の音色があり、これらの音が信仰の中で象徴的な意味も持ってきました。

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石笛・磐笛(上左:江の島、上右・下:伊予)

吹いて鳴らすのは「イワブエ」。「石笛」「磐笛」と書きます。大昔から祭りの場に神を迎え、祭の終わりに神を送る音に、「オーッ」と次第に上昇し下降する声「警蹕(けいひつ)」があります。この声は、『枕草子』第20段に、「警蹕など『をし』といふこゑ」と書かれて登場しますが、磐笛もこの役割を果たしました。磐笛の孔は、海岸で貝が住みついたり風化によって開いた孔で、海岸の石には貫通孔を持つものもあります。この孔に唇を当てて、フルートのように吹くと、かなりの高音が出ます。
>石笛(写真上右)

人の可聴範囲を超えた音が出るので、動物たちを威嚇する音でもあったようです。

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鈴石(上左・上右:名寄、下:西表島)
振って鳴らすのは「鈴石」。石の内部が何らかの理由で空洞になり、中に崩れた小さな石や砂が残っていて振ると鳴るものです。音は小さく、空洞の中が砂か小石かによってシャラシャラ、コロコロと音色が異なります。北海道の名寄や、沖縄の西表島で良く採取されますが、名寄の鈴石は天然記念物になっています。
>鈴石(北海道・名寄 写真上左)

>鈴石(西表島)

この鈴石が何に使われていたのか不明ですが、「鈴」は神の声の象徴だったり、道中の無事安全を祈る厄除けの役割ですので、鈴石もお守りや厄除けとして大事にされたのでしょうか。

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火打鎌と火打ち石(メノウ)
打って鳴らす石といえば「火打ち石」。今年の2月の「季節の音めぐり」でも取り上げました。
季節の音めぐり 第11回「しんしんと」
火打ち石は火をおこすための道具ですが、火打鎌で石(メノウ)を打つ音は、厄除けや安全を祈る音として、モノづくりの工程で使われてきました。玄関で火打ち石を鳴らして旅の安全を祈り、また酒蔵では酒造工程の安全を祈る祝詞とともに火打ち石が打たれてきました。

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石の呼び鈴
打つと美しい音色を奏でるのは、火山の噴火で地中に埋もれていた金属に近い石「磬石(けいせき)」です。音高の明確な音を出すので、讃岐で取れる磬石は地元では「カンカン石」と呼ばれています。学名は「サヌカイト」。1970年代から活躍する打楽器奏者のツトム・ヤマシタさんが、サヌカイトを何本も吊るして演奏したことから世の中に知られるようになりました。
写真は「石の呼び鈴」と名付けられた石で、入手したときの説明では、茶室の入り口に下げたとありましたが、本当かどうか不明です。長さ21cmで、鹿角のような硬いバチで打つと金属音と同じ明確な音高が出ます。
>石の呼び鈴


新潟と富山の県境にある海辺の町「青海町(おうみまち)」の人々は、厳しい冬も過ぎて爽やかな夏を迎える頃に海から聞こえてくる〈波が石を洗う音〉が大好きで、子供も大人も、この響きを「カラカラカラ」と表現して親しんでいます。
色彩の変化だけではなく、身近な響きに耳を傾けながら、人々は季節の移り変わりを感じてきたのです。

次回は、「豆腐ラッパの不思議」です。

文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。