
木々の緑が映える道が
玉川上水に沿って伸びています。
「風の散歩道」です。
山本有三記念館

井の頭公園に向かうと、右側に山本有三記念館。
作家・山本有三が東京都に寄付したもので、
平成6年に三鷹市の指定文化財になりました。
前庭に、“路傍の石”として親しまれている石があります。
「路傍の石」は、有三の代表作の題名です。
入ると奥に洋風建築の建物。
大正末期に建てられ、海外の近代様式を取り入れた希少なもの。
レンガと白い壁、屋根の上に煙突。
中はまるで西欧の家にいるようです。
有三が住んでいた頃には、
暖炉で薪がパチパチと燃えていたことでしょう。
館内をめぐると、
有三の心を偲ぶことができます。
『赤い鳥』(赤い鳥社)の第1巻・第2号が展示されていました。
鈴木三重吉が、1918年(大正7)に、
子どものために創刊した童話雑誌です。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』、『杜子春』も、
この「赤い鳥」に掲載されたものなのです。
山本有三は、1935年(昭和10)から2年間かけて
全16巻の『日本少国民文庫』(新潮社)を刊行。
戦争への道を歩んでいた当時、
有三の文庫編集の目標は、
「軍国主義的風潮から少年たちを守り」
「少年少女に本当に必要な教養を伝えたい」という願いでした。
三鷹の森ジブリ美術館
やさしい風が吹いてきました。
風にのって、声が聞こえてくるような気がします。
その者 青き衣をまといて
金色の野に降り立つべし
失われし大地との絆を結び
ついに人々を青き清浄の地に導かん
(宮崎駿「風の谷のナウシカ」風の谷の伝承より)
「風の谷のナウシカ」は1984年に公開。
火の7日間と呼ばれた世界大戦で崩壊した文明。
1000年後、大地は産業廃棄物の錆とセラミック片に被われ、
広大な腐海(ふかい)の森がひろがっていた。
腐海には有毒な瘴気(しょうき)。
人間が入ると肺が腐る。
そこには新しい生態系の生き物がうごめき、
王蟲(オーム)の群れが生息する。
瘴気をのがれ風の谷に住む人々。
族長の娘ナウシカは、風に乗るメーヴェを操り、空を自由に飛ぶ。
ナウシカは気がつきました
腐海の底には清浄な水があって
その水がいつか汚された地上を浄化することを・・・・・。
清浄な水と土で育つ木々は毒を出さない。
腐海の木々は、世界を浄化するために生まれてきたのです。
その森を守っているのは蟲(むし)たち。
人間たちの争いのなか、
傷ついた王蟲の子を助けたナウシカ。
怒って押し寄せる王蟲の大群。
画面いっぱいの王蟲の描写は圧巻!
命をかけて王蟲の怒りを静めようとするナウシカは、
空中高〜くはじき飛ばされる。
地面に倒れたナウシカ。
その時、奇跡が起こる。
たくさんの触毛が伸びてくる。
王蟲の触毛に支えられナウシカは・・・蘇生。
触毛は朝の光で金色に輝き、
その上に立つナウシカ、
「その者 青き衣をまといて金色の野に降りたつべし」
平和になった谷に、新しい井戸が掘られ、若木が植えられる。
生きとし生けるものの再生を予感させるように・・・・・。
思い起こしても新鮮なテーマをふくんだ傑作です。
宮崎駿は風が大好き。
「宮崎作品では、心が動くと空気が動く、風が吹く」
なぜなら、風が心を表現するから・・・・・。
それではジブリ美術館に入ってみましょう。
この美術館は、井の頭恩賜公園西園の文化施設のひとつです。

入り口はトトロのカラフルなステンドグラス。
天井は高い吹き抜けのガラスドーム、光が降るように入る。
飛行機の翼のような木製の羽根がグルグル。
廊下をつなぐ渡り橋を歩くとドキドキ。
思わず何度もいったり来たり、
五感が解放されて楽しい気分!
ネコバスルームは、キャキャ!
土星座では子どもたちが喜ぶ短編アニメが上映されている。
なんだか懐かしく、ぬくもりがあって、心が豊かになりそう。
「映画の生まれる場所(ところ)」はすばらしい!!
おじいちゃんからもらった少年の部屋には
机の上に、色鉛筆、ペン、筆、ハサミ。
描きかけの絵や透視台、
図鑑や百科事典などの資料がいっぱい。
模型飛行機やプテラノドンが天井からブラブラ、
ランプや絵などの色がとっても印象的。
おじいさんから受け継いだだけに、
昔風でジブリ作品のイメージがあふれた部屋です。
全館にアニメーションの作り方がわかりやすく展示されています。
童心に戻ってゆっくりと楽しみ、
森の緑の中で、ソフトクリームを食べ、
一日中いたいと思いながら外に出る。
井の頭恩賜公園
1917年(大正6)に、日本最初の郊外公園として開園。
武蔵野の面影を色濃く残す雑木林に囲まれています。
公園の中に、「竪穴式住居発掘記念碑」があります。
約1万年前の石器時代の遺跡です。
ここには大規模な遺跡群がひろがり、
「御殿山遺跡」と呼ばれています。
湧水「御茶ノ水」もあります。
狩りに来た徳川家康が、お茶をたてたと伝えられています。
詩人・野口雨情の碑が、井の頭池のそばに建っていました。
碑には、彼の作った「井の頭音頭」の一節が刻まれています。

鳴いて
さわいで
日の暮れごろは
葦に行々子(よしきり)
はなりゃせぬ
雨情
「赤い靴」、「七つの子」「青い目の人形」など、
多くの童謡や民謡を作った人です。
吉祥寺北町に住んでいた雨情は、
この公園によく訪れたそうです。
雨情の書斎「童心居」は、
井の頭自然文化園に移築されています。
公園に次のような掲示板がありました。
よみがえれ!! 井の頭池 !
公園のシンボルともいうべき井の頭池。
春になると周辺に500本の桜が咲き誇るほど大きい池です。
水辺には多種、多様な鳥がいます。
昭和30年代までは、水が澄んでいて、
池の底が透き通って見えたそうです。
今では、池の鯉は、水面に浮き上がってくるところを
見るしかありません。
かつては水質が良く、豊かな水量に恵まれていました。
江戸時代には神田上水をつくり、
市民に飲み水を供給していたのです。
戦後、市街化が進むにつれて地下水位が低下し、
湧き水が枯渇し、水質も次第に悪化。
現在は湧き水を増やすため、地域と協力して、
雨水浸透施設を設置したり、いろいろな努力をしているそうです。
えさやり防止キャンペーンにも取り組んでいます。
「生き物に必要なのは、人からのエサではなく、
自分で食べ物を採れる場所です」
「風の谷のナウシカ」の物語のように、
清らかな水と土は、自然環境を浄化する木々を育てるのです。
美しい水は、文化 ・・・・・

資料:
『三鷹市山本有三記念館館報』 三鷹市山本有三記念館
『宮崎駿の<世界>』切通理作著 ちくま文庫
『よみがえれ!! 井の頭池!』井の頭恩賜公園100年実行委員会
東京吉祥寺ライオンズクラブ
















































