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2010年04月13日

人を助けるとはどういうことか

性暴力被害ゼロネットワーク「しあわせなみだ」が、性暴力被害に遭われた方と関わるとはどういうことだろと、ずっと考えてきました。

性暴力被害に遭われた方に対しては「支援」という言葉が良く使われますが、「支援」という言葉には、支援「する側」と「される側」という関係性があり、ともすれば上下関係、依存関係として捉えられます。

それは少し違うな、と感じています。

被害に遭われた方は、被害によって一時期的に自身がもともと持っていた力を弱められているだけなのです。
それを取り戻すために、「力づける」「寄り添う」「応援する」「二人四脚(三脚、ではなく)」といった関わりを持っていくことが、心の傷を自分の力で乗り越えることにつながるのではないか、と。

それは4月9日のブログ
http://blog.canpan.info/shiawasenamida/archive/180
でも触れたように、支援者は何もできないことを知り、唯一できることである、「話を聴く存在」となり、「生きてて欲しい」想いを伝え続けること、被害に遭われた方を中心とした、「新しいセーフティネット」を構築し、頼ってもらえる存在となることなのかもしれません。

そんなことを考えている時に、1冊の書籍に出会いました。
エドガー・H・シャイン著 『人を助けるとはどういうことか』 英治出版 です。
http://www.eijipress.co.jp/book/book.php?epcode=2060

「人を助ける」こと(ケアの場面に限らず、日々の生活やビジネス上で「相手の役に立つこと」全般)について、様々な角度から検証した書籍です。

ここでは支援者に「陥りやすい罠」として、次の6つを挙げています。(pp..76-85)

1.時期尚早に知恵を与えること(本当に求められているものが何かを知らないうちに助言を与える)
2.防衛的な態度にさらに圧力をかけて対応すること(自分のどんな助言や提言も正しいと、クライアントを説得したくなる)
3.問題を受け入れ、(相手が)依存してくることに過剰反応する(クライアントの依存状態を強める)
4.支援と安心感を与えること(クライアントの地位の低さを助長する)
5.支援者の役割を果たしたがらない(客観的であろうとするがゆえに感情的な距離を置く)
6.ステレオタイプ化、事前の期待、逆転移、投影(過去に出会ったクライアントと同様であるとみなす)

そしてクライアント(支援を受ける側)にも「陥りやすい罠」があるとして、次の5つを挙げています。(pp..70-76)

1.最初の不信感(クライアントが真の問題を隠し、支援者を試す)
2.安堵(支援者に依存し、クライアントが主体的になることが難しくなる)
3.支援の代わりに、注目や安心感、妥当性の確認を求めること(問題解決への支援ではなく、クライアント自身の行動へのポジティブ評価や賞賛を求めることで、支援者と対等であろうとする)
4.憤慨したり防衛的になったりすること(支援者の立場を危うくすることで、支援者と対等であろうとする)
5.ステレオタイプ化、非現実的な期待、(対人)知覚の転移(過去に出会った支援者と同様であるとみなす)

そして私がイメージする、被害に遭われた方との関係として、次の一文がありました。(p.83)
「クライアントの話に心から耳を傾けることによって、支援者は相手に地位と重要性を与える。そして、クライアントによる状況の分析が価値あるものだというメッセージを伝えるのだ。支援というものが、影響を与えることの一つの形だと考えるなら、自分が影響されてもかまわない場合しか、他人に影響を与えられないという原則はきわめて適切だろう。」

これまで性暴力被害に遭われた方とご縁をいただき、本当にたくさんのことを学び、大きな影響を受けました。
どちらかからの一方的な働きかけではなく、相互作用の関係、影響しあえる関係によって、被害に遭われたことによる心の傷を乗り越える、性暴力被害ゼロに向けて行動していく。
「しあわせなみだ」がそんな関係を築けるよう、力をつけていきたいと、改めて感じました。

あなたはどんな関係が望ましいと思いますか。
是非教えてください。

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性暴力被害ゼロネットワーク「しあわせなみだ」
ウェブサイトはこちら
http://shiawasenamida.org/
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