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セボネ9月号特集「「思春期の性」を考える 〜せたがやチャイルドライン公開講座より〜」 [2016年09月01日(Thu)]

「思春期の性」を考える

〜せたがやチャイルドライン公開講座より〜

 せたがやチャイルドラインでは、子どもからの電話を受けるボランティア「受け手」の養成講座のなかで毎年『思春期の性』について、村瀬幸浩先生からお話を聴く機会を持っています。
 7月9日に開かれた公開講座では、特に「男子の性」に焦点を当てたお話をうかがいました。思春期のみならず、「性」を人間の生きる「生」と考える上で大変興味深い内容でしたので、講演の内容を一部ご紹介したいと思います。


◆性と生のあり方を学ぶ

 チャイルドライン支援センターによると、2015年度に全国のチャイルドラインで受けた、会話の成立した電話のうち、男子の主訴の事柄の第1位は「性への興味・関心」でした。男子では小学校高学年から「身体に関すること」「性への興味・関心」が増えはじめ、身体の変化への戸惑いや不安の電話が少なくありません。

『2016チャイルドライン支援センター年次報告』より抜粋
■電話のかけ手の性別・年齢
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■主訴の事柄(多いもの10項目)
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 元一橋大学講師で、「"人間と性"教育研究会協議会」幹事の村瀬幸浩さんは、長年、高校の保健体育教員として「人間の性を学ぶことはまさに人が生きることにかかわること」という「セクシュアリティ(性と生のあり方)」の考え方を伝えてきました。その後、一橋大学や津田塾大学などでも大学生に「ヒューマンセクシュアリティ(人間の性)」を説き、全国各地で講演活動を続けてきました。思春期の性だけでなく、パートナーとの豊かな関係を紡ぐ大切さ、学校現場での取り組みの必要性などを伝えてきました。

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講師の村瀬幸浩さん

 「男子の性」について考える機会として、公開講座での村瀬さんのお話に耳を傾けていただければと思います。

◆自らの性を肯定的にとらえる 
 
 これまで性教育というと女子の性だけが取り上げられ、男子の性は軽視されて、教育のテーマにされてきませんでした。性の問題はその人の生や関係性に大きくかかわる問題であるにもかかわらず、男子の性についてまともに学ぶ機会がないのが現状です。そういう状況は、パートナーである女性の人生をも傷つけているといえます。男と女がいたわりあって、「柔らかな関係」を楽しみ合って人生を生きている男女は極めて少ないのが現状です。自らの性を肯定的にとらえないままで、相手との「柔らかな関係」は築くことはできません。私は長年、男が変わらなければ関係が変わらないといってきました。

 男子は自らの性について学ぶ機会がないまま、中学生くらいになって精通が始まると、汚い、ウミが出たとびっくりする。私は大学で男子の性について授業をしてきましたが、男子学生に聞くと、約3割が性的成熟をネガティブにとらえていることがわかりました。
「自分はおかしいんじゃないか、病気じゃないか」と感じたり、一方で快感を感じてしまうことに「いやらしい」と感じたり、自分の性に対してネガティブなイメージをもっています。学生に授業をすると「目の前がぱっと明るくなった」と本当に喜んでいた。「今まで誰にも相談できず、自分は不潔だと思い込んでいた」と。自分の性をポジティブに思っていない、これは大問題です。「もっと早く知りたかった」という感想もありました。

 昔から「生まれる」ことは価値あることとして、産む女の体は大事にしようと月経の教育は家庭で行われてきました。知っているから、女子は月経が始まってもびっくりしないで迎えることができる、知らなかったら大変ですよね。そうやって自分の体、自分の性と正対することが大事なんですよ。

 しかし、果たして女性も自分の性を肯定的にとらえることができているでしょうか。大人たちはどれだけ子どもたちに自分の体を大事にすることを教えているのか。月経痛を苦痛と感じてマイナスのイメージをもっているでしょう。しかし実は男子だって精通のときに複雑な感情をもっている、という話を女子学生にしたところ、「生理は月1回だから我慢できるけど、男の人は日々、女性よりももっと自分の性に立ち向かわないといけないということがわかり、男の人も大変だなと親近感を持つようになった」と言っていました。そうやってお互いの性を知って、お互いをいたわりあっていけばいい。そういうことが性を学ぶ力なんだと思います。

 性の問題は2人にとっていちばんプライベートな問題でしょう。こういうことをきちんと話せるかどうかが、2人の関係の質を決定的に変えます。お互いの性を学ぶこと、そして自己表現すること、そのことが男女の関係の根本をかえていくと思います。


◆自己肯定感を育てることが 子どもの性を育てる

 家庭で子どもの性を育てるというと、赤ちゃんがどこから生まれるか、とかいうことにお母さんたちの関心は向きがちです。そういう話も大事ですが、性を育てる一番の核心は「自己肯定感」。自分の存在は価値がある、意味がある、という気持ちを育てることです。「自分が自分であっていい」と思えることが他人を大事にする原点。

 逆に自己肯定感が低く、「自分なんか価値がない」と思ってしまうと、他人に対して優しい気持ちを持つことが難しい。子どもの頃から暴力にふれていると暴力への親和感をもち、気に入らなければ殴ってもいいと学んでしまう。愛も暴力も、本能ではなく、学習によって身につけていくんです。なぐる、蹴る、つねるなどの行為をうけると、自己肯定感が下がり、人に対する憎しみや恨みを積み重ねます。その鬱屈感がやがて自分よりも力が弱いものにむかっていく。力がある子はいじめに、力がない子はひきこもりにむかっていく。いじめもひきこもりも根っこはひとつ。鬱屈が外にむかうか、内にむかうかです。
 自己肯定感を育むことが性のあれこれを教える基盤なんです。安心して触れ合う心地よさを味わう関係でないと、親子で性の話なんてできっこないですよ。


◆相手を尊重する関係づくり

 乳幼児期は身体的な肌のふれあい、思春期を境に精神的な心のふれあいが重要になります。思春期以降の自己肯定感を育てるには、ほめる、うなづく、ねぎらう、よく聞く。乳幼児期は肯定的な肌のふれあいができている親でも、思春期以降は子どもに対して嫌味や皮肉を言ったり、否定的なふるまいをしてしまう人も少なくない。教師と生徒の関係でも同じ。あえていえば夫と妻も同じですね。夫婦の間でも、うなづく、ほほえむ、やっていますか? 

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人との関係づくりで相手を尊重するのはとても大事なことです。ただ聞く(hear)のではなく、傾聴(listen)。相手の心のひだに寄り添って、共感したりうなずく。そういったことが相手を思いやる人間関係を育てるんです。性教育はそういう意味では心の教育。身体のあれこれを教えるだけが性教育ではない。このことをぜひわかっていただいて考えてほしい。

 また、男の子にも性被害がある、ということを知っていますか。小さい頃は親や大人から、中学生くらいになると同年代から。友達の前で辱められるのはいじめでなく、虐待です。男子が自殺にいたる事件には、セクシュアルな問題が背景に隠れているといわれています。男子が助けを求めたところで、「男のくせに黙ってやられてたのか」とか「殴り返せ」という親がいる。教師もまもとにとりあわない。レイプは魂の殺人といわれますが、それは男も同じです。虐待は人権侵害だときちんと教えないといけないと思います。

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◆子育ての終わりは子別れ

 思春期以降は体のなかで革命が起き、男女で機能が違ってきます。男子の性の機能の始まりは射精からです。小学校3〜4年生になったら父親が徐々に教えてあげてほしいですね。父親がいなければ、子どもが読んでわかる本を与えて、知恵をつけさせるといい。機能が変化するということは女性を妊娠させる力をもつということ。心のありようを大きく変えていきます。

一般的に母親から離れ、親子の間に境界ができ、自分の世界をつくってそこでさまざまな葛藤を始める。親の引力圏から抜け出て、違うパートナーと新しい関係をつくる、親との関係を断ち切るのが必修課題なんです。自分が選んだパートナーとやっていくんだという覚悟。それがないと、妻よりも母親との関係を大事にしてしまい、自立できない。そういう意味では、愛着は息子の自立を損ねるのでこの時期は意識的に親子が離れないと危ないと思います。

 だから、「子育ての終わりは子別れ」と私は言っています。いつまでもいっしょにいるのは子育ての失敗と思ったほうがいいかもしれない。子どものほうから決別していくエネルギーも必要。そうやって離れていくことを親が認めていく。子どもなしでも生きていける、そのためには夫との関係や社会との関係が重要になってきます。子育ての終わりは、親は孤独になります。そのときに夫婦の関係があらためて問われるんです。

 いろいろ話しましたが、自分の体の主人公として性の問題を考えていくことが大事だと思います。相手の人生にもかかわる重要な問題でもあります。性をいやしむのではなく、男も女もお互いの性を学んで、ひとりの大人として、子どもに語れるようであってほしいと思います。
(まとめ/事務局)


Posted by setabora at 17:12
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