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セボネ12月号特集「音楽でつなぐ子どもたちの未来」 [2015年12月02日(Wed)]

音楽でつなぐ子どもたちの未来

 音楽を通して被災地支援活動をしている「エル・システマジャパン」。子どもたちのための音楽活動「エル・システマ」は南米ベネズエラで始まったものですが、今や世界50以上の国・地域で活動が行われています。
 東日本大震災後の2012年に設立され、福島県相馬市、岩手県大鎚町を中心に、子どもたちの尊厳を回復し、夢と希望を与えることを目的に活動をしている「エル・システマジャパン」の取り組みをご紹介します。
(写真提供/エル・システマジャパン)

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相馬市内に募集をかけて集った約60人の初心者たち
(FESJ/2013/Mariko Tagashira)


◆音楽体験が若者を育てる

 ベネズエラといえば世界的な石油産出国。ガソリンの方が水よりも安い、と言われるような、一見豊かそうな国ですが、貧富の差は並大抵のものではありません。10%の富裕層が国の富の90%を握っていると言われています。首都カラカスの国際空港に夜降り立てば、小高い山がクリスマスのイルミネーションのようにキラキラ輝いていますが、これはランチョとよばれるスラムの貧しい家から放たれている灯り。

 ところが、そんな迷路のような貧困地区にも見られるのが「エル・システマ」の音楽教室。「エル・システマ」(英語ではシステム)は「FESNOJIV=国立財団ベネズエラ青少年オーケストラ・システム」の略です。ベネズエラで進められていたベネズエラ人のためのベネズエラのメンバーによるオーケストラをつくろうという動きの中で、1975年に誕生しました。今では、ベネズエラ国内で40万人の子どもたちが所属していると言われています。

 貧しい地域の子どもたちは放っておいたら非行に走るか、その被害者になる確率が高いのですが、学校のない午後から親が仕事を終えるまでの間、子どもたちには無料の音楽教室という「居場所」があり、ここで好きな楽器を弾いたり、合唱したりして過ごすことができます。まさに、貧困、少年犯罪、ストリートチルドレン化という大きな社会問題を解決するための「社会運動」にもなっているのです。上手になりたい、という目標ができると、子どもはそれに向かって努力します。スラム育ちの子どもたちが本格的に難しい曲を奏でるのには、本当にびっくりさせられます。まちの音楽教室で何気なく楽器を手にして始め、プロの道に進む子どもたちもたくさんいます。世界的に有名な指揮者となったグスターボ・ドゥダメルもエル・システマの出身。「シモン・ボリバル・シンフォニー・オーケストラ」の首席指揮者となり、今や押しも押されぬマエストロです。

 国際NGO「ピースボート」は、「エル・システマ」との交流を2007年から続け、国内で楽器を集めるプロジェクトや、「エル・システマ」の若者たちと福島の若者たちとの音楽を通じての交流活動を実現してきています。
(前半執筆/星野弥生)

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ベネズエラからやって来たリベルタドレス弦楽四重奏団との共演
(FESJ/2013/Mariko Tagashira)


◆傷ついた子どもたちのために

 40年前に始まったエル・システマですが、日本では2012年に「エル・システマジャパン」が設立され、福島県相馬市で初めて導入されました。現在は、福島県相馬市と岩手県大槌町において活動をしています。
 2011年3月。東日本大震災で津波に原発事故といくつもの被害を受けた福島県。当時日本ユニセフ協会に勤務していた菊川穣さんは、震災後すぐに発足したユニセフの緊急支援本部に配属、チーフコーディネーターとして被災地支援に走り回りました。

 「ユニセフに勤務していた関係で、日本に帰国するまでは、アフリカに9年いました。そこで、さまざまな状況を目の当たりにし、支援、活動をしてきたので、東日本大震災の時に現地入りメンバーになったのだと思います」と菊川さん。もちろん、アフリカとは状況が違いますが、それでも被災地の皆さんの状況は過酷でした。子どもたちは心に深い傷を負い、長期的に寄り添う支援の必要性を強く感じていました。

 そんな中、ユニセフ親善大使のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが被災地を訪問してくれ、また、仙台の小学校でもコンサートを開催しました。その楽団にいるファーガス・マクウィリアムさん(ホルン奏者)から、「エル・システマを日本でやればいいのに」と言われたのです。
 菊川さんは、エル・システマをするには、ベネズエラと日本では国の事情があまりに異なり、難しいのではないかと思いました。「日本の音楽教育は世界に冠たるものなんです。学校教育の中でも、街にも音楽教室はたくさんあります。こんなにしっかり音楽教育がある日本では、エル・システマ導入は現実的に難しいのでは、と、ためらいました」
 しかし、マクウィリアムさんはスコットランドでエル・システマを行っていて、「スコットランドのような先進国でもやっているなら、日本でもできるのかな」と次第に菊川さんの考えが変わっていきました。

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第1回エル・システマ子ども音楽祭2015 in 相馬にて、指導ボランティアや、地元の合唱団と一緒のハレルヤ大合奏
(FESJ/2015/Mariko Tagashira)


◆音楽を通して生きる力を育む

 その後2012年3月に「エル・システマジャパン」を設立。5月には相馬市と協定を交わし、その1週間後に菊川さんは日本ユニセフ協会を退職、エル・システマジャパンが本格始動したのです。菊川さんは、「マクウィリアムさんに話をされてから、あっという間にエル・システマジャパン設立まで進みました。エル・システマは、柔軟性と多様性を尊重し、活動マニュアルがなく、また、各国とも財源も活動母体も自分たちで構築しなくてはなりません。経済的な問題が懸念でしたが、何とか立ち上げることができました」と当時を振り返ります。

 設立当初は、市内小学校に既にある器楽部などに専門家を派遣し、楽器の購入や修繕を行うという後方支援から始まりました。現在では、福島県相馬市、岩手県大槌町において、音楽教室や合唱教室、作曲教室等を展開しています。相馬市では130名位、大槌町は20名ほどの子どもたちが通っています。その子どもたちによるコンサートは大変な盛況だとか。

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大槌での夏期バイオリン体験教室にて
(FESJ/2015/Takaaki Dai)


 「被災地の学校には、毎日のように新しい支援イベントの話などが持ちかけられるのですが、現場の先生たちはけっこう疲弊していました。大事なのは、相手が求めていることをやっていくべきだと思います。いつもお互いの方向性が一致するわけではないですが、当事者の立場に常に立つこと。そこが重要。この前開いたコンサートでは、子どもたちの頑張り、成長もさることながら、観に来る人たちの喜び方を見ていて本当に嬉しかった。孫や近所、友人の子どもの成長が大人を自然に笑顔にするんですよね」と菊川さんはいいます。


◆音楽のチカラで心豊かに

 エル・システマジャパンでは、文部科学省の復興関連予算を活用したり、文化庁の事業として、企業や団体からの寄付や、個人からの寄付で活動しています。子どもたちへの継続的な支援のために1日33円からできるマンスリー会員(毎月寄付)「ちいさな音楽家サポーター」の協力や楽器の寄贈などを呼びかけています。

 設立からわずか3年半で、ベルリン・フィルハーモニーメンバーによるコンサート、アメリカのエル・システマ関係者による教室やコンサートなど、地方都市では例にないほどのワークショップやコンサート等を次々と開催してきました。世界の第一線で活躍するプロの音楽家に直接指導してもらう機会があったり、みんなでコンサートをしたり、観たり、子どもにとっては夢膨らむものばかり。

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サントリーホールにて、ドゥダメル氏指揮で、ロスアンゼルスの子どもたちと一緒に公開リハーサル
(FESJ/2015/Koichiro Kitashita)


 子どもたちが体験した震災や原発事故の辛さ、心の傷は計り知れません。しかし、それを、仲間と音を合わせることで元気が出たり、気持ちが落ち着くといった、「音楽の力」で解消できるのかも知れません。音楽は言葉を越え、私たちに子どもたちの豊かな感情を伝えてくれます。
(後半取材/鈴木朋子)

エル・システマジャパン
http://www.elsistemajapan.org/

Posted by setabora at 18:20
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