キラリ世田谷人は、世田谷を中心に活躍するキラリと光る素敵な方がたをご紹介します。
地域で「助け合い」
上田 幹郎 さん 今回のキラリ人は、優しい笑顔の上田幹郎さん。会社勤めの間は地域に無縁だったという上田さんですが、今ではせたがや災害ボランティアセンターの運営委員をはじめ、防災士、世田谷区地域防災リーダーなどさまざまな活動をしています。
さかのぼること20年。サラリーマン時代に阪神大震災が発生し、東京からすぐさま会社の支店がある神戸に飛びました。支店や社宅などにも被害が及び、毎日会社で対策会議をして安否確認や対応に追われ、「何が大事なのか必要なことを自分で考えなくてはならなかった」と振り返ります。その震災体験をきっかけに、非常時に「助け合い」ができる絆づくりが必要だと考え、日常からの防災対策や地域でのコミュニケーションの大切さを痛感しました。
「退職後は知り合いを増やし、地域に貢献しよう」と思い、世田谷ボランティア協会主催の『災害ボランティアコーディネーター養成講座』に参加。災害ボランティアの知識を習得し、2004年の中越地震では新潟県山古志村でのボランティア活動、東日本大震災後はボランティアバスにて宮城県や岩手県陸前高田市で災害ボランティア活動に従事しました。
「『災害ボランティアコーディネーター養成講座』はとても勉強になり、受講後は防災対策の必要性を自分だけでなく、広くみなさんに伝えていかなくてはと思うようになりました」と話します。自宅のある桜丘町会では『災害時要援護者助け合いネットワーク』の災害時支援隊員をつとめ、大震災対応マニュアルや助け合い手帳をつくって、助けが必要な方と助けに行ける方へレクチャーをしています。
「最近は災害ボラセンの手伝いもちょこっとしています。あまり役に立てていない気もしますが…」と笑う控えめな上田さん。東京農業大学グリーンアカデミーの園芸講座で出会った仲間たちと野菜づくりに没頭したり、国立成育医療研究センターの園芸ボランティアにも参加するなどすっかり地域と顔なじみ。
「特別なことはしなくていいので、備蓄はきちんとして、毎日寝る前にやかんに水をいっぱいいれておく。災害が起こったらまず自分の身を守る。それが一番大事」
まず自分の安全を確保してから助け合う。一人ひとりのその意識が、地域を守る第一歩なのでしょう。
(取材/鈴木朋子)