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 世田谷ボランティアセンターのブログへようこそ!
このページではボランティアセンターで行われる講座・イベントの予定や、活動の様子などを紹介していきます。



昭和女子大学福祉社会学科1年生にワークショップ [2018年07月06日(Fri)]
7月4日に、昭和女子大学福祉社会学科1年生の授業「ソーシャルワークプロジェクト」でワークショップの進行をさせていただきました。
コミュニケーションのワークを体験したり、ボランティア先で大切にしたいマナーをグループで話し合いました。
今日の授業を、夏のボランティア活動やこの先の活動でも活かして下さると嬉しいなと思います!

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Posted by setabora at 16:19
せたがや災害ボランティアセンターレポート 1月〜3月の動き [2018年04月05日(Thu)]

せたがや災害ボランティアセンターレポート 1月〜3月の動き


■マッチングコーディネーター養成講座を実施(1月〜2月)
 基礎講座を1月に日本女子体育大学、2月に日本体育大学で行いました。今年度は協定を結んだ5大学とご要望いただいた地域で講座を行い、1年間で600名以上の方が受講されました。
 4月以降も、協定を結んだ5つの大学のをはじめ、さまざまな地域でも実施する予定です。ぜひご参加ください。
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■スキルアップ講座(2月〜3月)
 基礎講座を受講された方を対象に、スキルアップ講座を開催しました。コーディネーターとして、被災者から受け取る「ボランティア依頼カード」の取り扱い方や、避難所・要配慮者の問題についてグループワークなどを通じて学んでいきます。
 参加された方からは「非常に難しい問題ではありましたが、とてもためになりました」などのご感想をいただきました。
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■東京都災害ボランティア活動連携訓練への参加(3月)
 都内の様々な団体が連携・協働して取り組む訓練が東京ボランティアセンター主催で実施されました。今年度は東京湾北部地震を想定し、発災3か月後の被災地・被災者のコミュニティ支援について検討しました。区内外のつながりを深め、いざというときの連携に活かしていきたいと思います。
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養成講座の情報はホームページやfacebookをご覧ください。
http://www.saigai.otagaisama.or.jp/
https://www.facebook.com/setabora/
Posted by setabora at 10:03
セボネ4月号まちの市民力「おはなしたまごの会」 [2018年04月05日(Thu)]

「まちの市民力」は、街の中で地域やそこで暮らす人たちと一緒に活動している団体を紹介します。

おはなしたまごの会

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 絵本の読み聞かせではなく、語り手の声ひとつで聞き手が物語の情景を思い浮かべながら聞く「おはなし」の世界。「おはなしたまごの会」は子ども向けのおはなし会のほか、「大人のためのおはなし会」の活動もしているグループです。代表のマイヤース景子さんにお話をうかがいました。

 マイヤースさんは図書館司書の仕事をしていたことがあり、アメリカで始まった児童のための読書活動「ストーリーテリング」の勉強をしていました。ボランティア活動を通じて玉川ボランティアビューローに出会い、その縁でマイヤースさんを講師にストーリーテリング講座を開催。2012年にボランティアグループが立ち上がりました。ボランティアビューローで活動していたことから、「大人向けにもおはなし会をやってみませんか?」と声がかかり、活動の幅がより広がりました。

 おはなし会に向けては何カ月も前から準備し、練習しています。まずは実際に聞いてみようと、4月のおはなし会にむけた練習風景を見学させていただきました。昔話や創作物語など、ひとつにつき10分前後ですが、耳を傾けていると登場人物や場面が頭の中を駆け巡り、「おはなし」の世界に入り込んで、時が経つのも忘れるほど。

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 昨年秋にも養成講座を開催し、新しいメンバーを迎えて、12人になりました。活動を続けているメンバーに尋ねると、「他の人のおはなしを聞くと、自分がふだん選ばないようなおはなしも聞けて楽しいんです」といいます。図書館以外でも、地域の高齢者サロンから声がかかったり、メンバーの特技のオカリナ演奏にも取り組んだり、ビューローの紹介で障害のある人が通う施設でのおはなし会をしたり、この6年で活動は地域に広がっていきました。「声をかけてもらえれば行きますよ」

 「語り手はあくまでも黒子、『このおはなしが聞きたい』と思ってもらえるように、練習を心がけています」とマイヤースさんは話します。読書とは一味違って、語り手によって異なる声のトーンや間合いをリアルタイムで共有し、心情の変化や場面の描写が楽しめる一期一会のおはなし会。ぜひ一度耳を傾けてみませんか?

おはなしたまごの会「大人のためのおはなし会」
 4月20日(金)10:30〜 中央図書館 
 5月18日(金)10:30〜 玉川ボランティアビューロー

Posted by setabora at 10:02
セボネ4月号特集「子どもに育ててもらったおとなたち 〜せたがやチャイルドライン 20周年〜」 [2018年04月05日(Thu)]

子どもに育ててもらったおとなたち 
〜せたがやチャイルドライン 20周年〜


 1998年3月に世田谷の地に種が蒔かれた「チャイルドライン」が、今年20周年を迎えました。この節目に、チャイルドラインが大切にしてきたことをまとめ、受け手養成講座の講義集を発行しました。
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 3月3日にはお祝いの会を開き、この20年を振り返って、「よくやってきたね」とねぎらい、「まだまだ続けていこう」とこれからを誓いました。長年にわたる多くの方たちの支えのおかげで、今につながっています。


◆『いじめよ、とまれ!』

 「せたがやチャイルドライン」は、18才までの子どものための電話です。電話を受けるのは研修を受けたボランティア。1998年の活動開始から20年の節目を迎え、3月に記念行事を開催しました。20年前の立ち上げに参加した懐かしいメンバー、そして新しい世代が一堂に集い、世田谷ボランティア協会2代目理事長で、せたがやチャイルドラインの代表を務めた故・牟田悌三さんが写真の中から見守っていました。

 20周年のお祝いの会、第1部はチャイルドラインの歴史のさまざまな場面で関わってきたメンバーたちのいわば「同窓会」。「『チャイルドラインを世田谷でやることになったら、電話を受けようと思う人はいますか?』と問いかけられた時に『はい!』と手を上げました」という第1期の人から、最近「受け手」に認定されたばかりの人、「8年前に電話を受けたのが最後」というご無沙汰の人も久しぶりに集い、「また活動できるようになったら戻りたい」という気持ちになったようです。

 当時、教育ジャーナリストとしてチャイルドラインの立ち上げにかかわった現世田谷区長の保坂展人さんも駆けつけ、そもそものいきさつをこう語りました。
「ミスター・ボランティアと言われていた牟田さんが文科省の中央教育審議会の「いじめ」専門委員に任じられたのを機に、世田谷区内の子どもに関わるさまざまな現場にいる人たちが集まって『こんなことを提案してもらったらどうか』とアイデア出しの会をやりました。そのなかで、「世田谷からいじめをなくす、少なくともいじめを受けて追い詰められた子どもに救援がないという状況は変えたい、いじめが起きても最悪の事態に陥らないようなセーフティネットをつくろう」と、1996年に『世田谷こどもいのちのネットワーク』が発足しました。

『いじめよ、とまれ!』と題したシンポジウムを区教育委員会と共催し、子ども、親たち、教師、行政、地域の人々など、500人の参加がありました。何回か集会を重ね、「いじめをとめるために、地域でできることはなんだろう」と考え、出されたアイデアがイギリスで実施されていた「チャイルドライン」でした。

 その後、牟田さんをはじめとする5人がイギリスの「チャイルドライン」を訪れ、レクチャーを受けました。24時間365日、子どもが通話料を払わずにダイヤルできるイギリスのシステムは夢物語のようでしたが、「『電話』と『聴く人』と『熱意』があれば大丈夫」という励ましに背中を押され、1998年3月には24時間電話を2週間、世田谷で試行することになりました。


◆子どもが「かけたい」と思う電話を

 「受け手」を募り、「いのちの電話」の齋藤友紀雄先生に相談して急きょ、研修プログラムをつくっていただき、ほぼ1ヶ月で研修を行いました。世田谷の子どもたちには学校経由でカードを配り番号を伝え、1998年3月13日の真夜中に回線をオープン。0時ちょうどに電話が鳴りました。受けた電話は2週間で1,069件。「今度はいつやるの?」という子どもの声を切実に感じ、1年後に再び2週間の試行。

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子どもたちに配ったカード(2001年作成)

 そして2000年6月からは常設化し、現在は火曜〜土曜、16時から21時まで、フリーダイヤルで全国からの子どもの声を聴いています。世田谷での試みは、全国の「子ども」に関わるグループや行政にも大きなインパクトを与え、各地で「チャイルドライン」が立ち上がりました。全国組織として「チャイルドライン支援センター」が誕生し、牟田さんはその代表にもなり、「花咲かじいさん」のように、全国各地で種まきをしました。

 子どもが対象の電話による相談機関は、それまでも教育委員会、児童相談所、警察などでも実施していました。しかし、専門家ではなく近所のおじさんおばさんのような身近な存在として子どもに寄りそい、「僕(私)がかけてもいいんだ」と子ども自身が感じられる電話、チャイルドラインはそんな電話でありたいと思ったのです。そして子どもたちには5つの約束をしています。

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 相談や悩み事がなくても、かけていい電話。誰もいない留守の家に帰った子どもが「ただいま!」と電話をしてきたり、「こんなにうれしいことがあった」と、一緒に喜んでほしくて電話してくることもあります。「こうしなさい」と指示するのではなく、「子どもが自分でどうしたいかを決める」きっかけをつかんでもらえるよう、子どもの気持ちを聴くことを大切にしています。


◆ともに歩んできた20年

 そんな思いで、子どもとの電話という絆を絶やさないよう続けてきた20年。延べ6万件の電話を受け、これまでに開催してきた「受け手」養成講座は22回になり、受け手ボランティアの仲間を増やしてきました。20周年を記念して、講座の内容をまとめた『受け手養成講座 講義集〜子どもに育ててもらったおとなたち〜』を発行しました。

 創設に関わったメンバーのひとりで毎回研修の講師を務めている天野秀昭さん(プレーパークせたがや理事)は当時を振り返り、「齋藤友紀雄さんにむりやり研修の講師をお願いに行ったら、『鬼気迫るものがあったので』と引き受けてくれました」「回線がつながると、すぐに電話が鳴ったりして、手応えを感じました。『子どもの声を聴いてくれる大人がいるんだ』『私も大人になったら電話をとりたい』と言った子がいたなあ」と感慨深げでした。

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記念クッキーを製作(協力:パイ焼き窯)

 活動を始めて数年の、若い世代によって構成されたムービー班が、長く関わってきた人たちへのインタビューをもとに映像記録を制作したのも素晴らしいことでした。チャイルドラインがどんな想いで立ち上げられ、ここまでつながってきたのか、深く知りたいという関心が、映像をつくることにつながったのでしょう。この映像がこれからかかわる人たちにチャイルドラインで活動したいという気持ちを起こさせるものとなったら、と願っています。


◆子どもを支える輪が広がる

 チャイルドラインは直接「電話」や「運営」に関わるボランティアだけでなく、多くの方々に支えられています。手作り品を提供したり、ボロ市などでチャリティ・バザーの売り子を手伝ったり、子どもたちに配布するチラシやカードの印刷や仕分けをしたり…。お祝いの会第2部は、さまざまなボランティアの方々も一緒に、楽しく祝いました。

 記念パーティーの始まりは「エル・システマジャパン」のフェローオーケストラが素晴らしい音色を奏でてくれました。「エル・システマ」は、南米ベネズエラで始まった、音楽を通してスラムの貧しい子どもたちを非行や犯罪から守ろうという活動で、多くの優れた音楽家を生み出しています。日本でも東日本大震災のあと、「エル・システマジャパン」が立ち上がり、音楽を経験することで子どもたちの「生きる力」を育むことを目指しています。その活動を支えているのが「フェロー」と呼ばれる音楽指導ボランティア。被災地に音楽を運び、子どもたちが生き生きと育つことのお手伝いをしています。その理念はチャイルドラインとも共通し、この特別の日にとてもふさわしいものでした。せたがやチャイルドライン定番の「手づくり料理」を囲んだ交流会は、夜遅くまで素敵な時間を共有しました。

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「エル・システマジャパン」の音楽指導ボランティア(フェロー)による演奏でお祝い

 この20年に培い、蓄えた大きな宝物を携えて、チャイルドラインは子どもが少しでも生きやすくなるような世の中を目指してこれからも歩みを続けます。「ボランティアを中心に20年活動が続いていること自体が『希望』。何よりも子どもが電話をかけてきてくれるということが『希望』です」と語ったメンバーの言葉を、この日集まったみんなで共有し、未来にバトンをつなげたいと思います。
(寄稿/せたがやチャイルドライン運営委員長・セボネ編集委員 星野弥生)

せたがやチャイルドライン
HP https://www.otagaisama.or.jp/about/childline
blog  http://blog.canpan.info/setagaya-cl

《18才の子どものための電話》 
せたがやチャイルドライン 03-3412-4747
全国フリーダイヤル 0120-99-7777

受け手養成講座講義集『子どもに育ててもらったおとなたち』は
1冊1,000円で販売しています。詳しくは事務局までお問合せください。
 せたがやチャイルドライン事務局 電話1(プッシュホン)03-5712-5101

Posted by setabora at 10:01
ボランティア情報誌「セボネ4月号」を発行しました [2018年04月05日(Thu)]

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★4月号表紙 イラスト/荒木直子 さん

【今月の掲載記事】
★特集「子どもに育ててもらったおとなたち 〜せたがやチャイルドライン 20周年〜」
1998年の活動開始から20年を迎えた「せたがやチャイルドライン」。電話で18歳までの子どもの気持ちを聴いています。

★まちの市民力「おはなしたまごの会」
子ども向けのおはなし会のほかに、「大人のためのおはなし会」の活動もしているグループをご紹介します。

★せたがや災害ボランティアセンターレポート 1月〜3月の動き
(※今月はキラリ世田谷人はお休みします)


世田谷ボランティア協会の情報誌「セボネ」は、
区内の図書館や区民センター、出張所・まちづくりセンターなどでも配布しています。

なお、情報誌「セボネ」はボランティアの編集委員が企画・取材して制作しています。
ボランティア募集、イベント告知など、みなさまからの情報を集めていますので、
ホームページの投稿フォームから情報をお寄せください。
http://www.otagaisama.or.jp/usp_form/toukou
Posted by setabora at 10:00
セボネ3月号キラリ世田谷人「栗野 宏文さん」 [2018年03月19日(Mon)]

キラリ世田谷人は、世田谷を中心に活躍するキラリと光る素敵な方がたをご紹介します。

ファッションで元気に!
栗野 宏文さん

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 ファッションが大好きで、通算40年間この道一筋の栗野さん。1989年に日本の代表的なファッション企業である「ユナイテッド・アローズ」の創業に携わり、現在は同社のクリエイティブディレクション担当上級顧問として、ファッションを軸に社会、文化とさまざまな分野で発信し続けています。

 栗野さんの「おしゃれ道」は「自己発見の手段の道」。着る服によって「自分がよくわかる、自分が元気になる、コミュニケーションが生まれる」というものです。ならば、寝たきりの人が気分が明るくなるような服、かわいいよだれかけ、床ずれしないような服ができないだろうか。「介護に役立つ服」ではなくて、「明るく元気になれるおしゃれな服」をつくろう、と2年かけて社内で実験をし、サンプルもできました。「健常者も着られる服を」がコンセプト。
「世の中から見てファッションにはいろいろなちからがあります。売れるものをつくるだけでなく、発想を転換したい。寝たままで着替えられる服、というように」

 このプロジェクトには障がいのある人、その家族といった当事者が加わり「両者の創造性を連帯し、新しい価値をつくる」ことを目指します。「チャリティではなく、いろいろな専門家が手を上げ、知恵と予算もかけ、会社の勤務時間もあてて、ビジネスとしてやります」この考え方は、ユナイテッドアローズと国連がパートナーとなっているEFI(エシカル・ファッション・イニシアティブ)、すなわちアフリカなどの開発途上国でものづくりを通して持続可能な発展を支援するプロジェクトが提唱する「Not Charity, Just work」というスローガンに通じます。一方だけでなく、生産者、売り手、買い手の三方がハッピーになる、というのがこれからの時代の価値観。

 「われわれだっていつ車椅子生活になるかわかりません。障がいは他人事ではないですよね。利潤追求だけでは関わる人間が幸せにはなりません。社会全体が元気にならなくては」とファッションの大きな可能性を栗野さんは語ります。これまでファッションの対象にはなりにくかった障がいや病気をもった方々が「元気になる服」、今年の秋に予定される発売が楽しみですね。
(取材/編集委員 星野弥生)

Posted by setabora at 15:00
セボネ2月号まちの市民力「世田谷ボランティア協会をささえる会レポート」 [2018年03月19日(Mon)]

「まちの市民力」は、街の中で地域やそこで暮らす人たちと一緒に活動している団体を紹介します。

日頃から世田谷ボランティア協会を支えてくださっている「ささえる会」のみなさん。
会員同士の交流を深める企画ですが、一般の方も歓迎です。ぜひご参加ください。

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Posted by setabora at 14:56
セボネ3月号特集「地域の再生と新しいコミュニティづくりの記録〜『まだ見ぬまちへ〜石巻・小さなコミュニティの物語〜』より」 [2018年03月19日(Mon)]

地域の再生と新しいコミュニティづくりの記録
〜『まだ見ぬまちへ〜石巻・小さなコミュニティの物語〜』より


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善海田稲荷の二本の松(写真/青池組facebookより)


 2011年3月11日からまもなく7年。津波で壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市の太平洋に面した門脇・南浜・雲雀野地区で、青池憲司監督(青池組)は震災後からカメラを回し、地域の再生と小さなコミュニティづくりのプロセスを撮り続けてきました。
 毎年1月に震災の記録映画を区内で上映し続けている「神戸をわすれない・せたがや」の第31回目の会で、青池監督の最新作『まだ見ぬまちへ』が上映されました。


◆日々のくらしを描く

 神戸市長田区の野田北部・鷹取地区で1995年の地震後、地域と人びとの復興と再生の様子を撮り、14巻もの長編ドキュメンタリーを製作してきた青池憲司監督とスタッフ(青池組)は、3.11以後、石巻で撮影を開始。これまで宮城県の門脇小学校と周辺地域を舞台とした「子どもたち」が主人公の二作『3月11日を生きて〜石巻・門脇小・人びと・ことば〜』『津波のあとの時間割〜石巻・門脇小・1年の記録』を世に出してきました。

 2012年の夏から1年かけて上映会を行い、一段落した2013年秋に、「大人たちはどうしているんだろう」と気になり、もう一度石巻に入り直し、2014年の3月11日から新たな作品を撮り始めました。映画はそれからの3年半を中心に、以前に撮っておいた映像を足した6年半の記録です。

 時の流れとともに目の前に展開されていく映像は、見るほどに馴染みになっていく住民の方々と共有していくようで、2時間半はあっという間でした。青池さんは上映開始にあたり、こんなふうに話しました。

「2014年に再度撮影に入った時期は震災後4年目に入る時期でした。地震・津波のあとの3年は変化が激しく、風景も含めて被災地の世の中が動いていく時期ですが、4年目はある意味では一段落して、ガレキが片付き、更地の状態になった。風景はほとんど変化していかないし、人の心の揺れ動きも、ある程度落ち着いたまま、かなりの時間続いていく、そういう凪の状態でした。

『そういう時期に映画に何ができるか、何も起こらないで映画になるのだろうか』と不安になりながらの3年半の撮影でした。何も起こらないけれど、少しずつ日々のくらしは過ぎていくわけで、そういう時間を少しでもすくい上げることができたかな、と思っています。

映画作品を完成させるには『起承転結』みたいな力学が働くわけですが、この映画は『結』がなくて『転転』みたいな…。東日本の震災からずっと地元でお付き合いしていると、神戸と比べたら時間の量、ベクトル、質量がはるかに違う大きな出来事で、とても私一代では捉えられない要素があります。やっぱりプロセスを伝えるしかないという思いでまとめ、こういう映画なんだと少しずつ自分の納得がいくようになってきたという状態です」

 そのプロセスは映画を観ていただくしかありませんが、印象的だった場面をいくつか紹介する中で、想像し共感していただけたらと思います。

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世田谷での上映会、青池監督が作品への想いを語った


◆自然に始まった「まねきコミュニティ」

 津波が家屋も車もすべてを押し流し、門脇小学校の校舎に打ち付けたあの日、子どもたちも地域の人たちも「登れ!登れ!」の掛け声とともに日和山へのぼりました。3つの町1,772戸のうち、家屋の大破流出をまぬがれたのはその山裾に建つ十数戸のみでした。人びとは直後から寄りあって生活を始めます。

「この世の終わりかと思いました」と遠藤佳子さん。「残った世帯にある食べ物を供出し、本間英一さんのテニスコート事務所にあったお米をみんなで分けて食べました」お年寄りが多いこの地区では助け合いが不可欠です。江戸時代からの湧き水をバケツリレーで運び、寒い時だったので外にかまどをつくってビニールで覆い、なんとか生き延びようと思案します。
「街灯が点いた日、みんなで外に出ました。本当に明るいと思いましたね」

 自然に始まった寄り合いの場。遠藤さんは言います。「本間さんとはそれまであまり話したことがなく、『おはよう』くらいでしたけれど、今度のことで絆が深まりました」コミュニティには「まねきコミュニティ」という名がつきました。日和山の中腹に江戸時代からの「まねき所」という、旧北上川の河口を出入りする千石船に旗を振って航行の安全を指示した小屋があったのです。「新しい人を招き入れ、人がどんどん増えて新しいまちになるように」との思いをこめての名前でした。

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「かどのわき町内会」発足の記念撮影(2016年6月)


◆風景が、環境が変わっていく

 門脇小は140年の歴史がある学校。校舎の半分が焼けて今もそのままの状態です。残すか壊すかをめぐり、住民と行政が議論を続けています。居住不可地区となり原野と化した南浜、雲雀野には復興祈念公園ができることになっています。その計画に住民の意見を反映させるためのワークショップが開かれました。子どもたちも含めたワークショップでアイデアを出し、フィールドワークを行い、震災前の生活でなじんだ場所を歩きました。

海の事故が起きないように祈る儀式の場だった「善海田稲荷」。「ぬれ仏堂」の仏様は津波で行方不明に。「海に帰られたのだ」と人びとは言います。環境デザイナーの阿部聡史さんが湿地を案内します。日和山からの地下水が溜まったところにはメダカが帰ってきています。

 2015年3月11日は4回目の慰霊祭。356人が津波の犠牲となり、142人の行方がまだわかっていません。すべてが流されたあとの土から、かぼちゃとミニトマトの芽が自然と出てきました。それを見て、ならばできるだろうと、遠藤さんは自宅の庭で野菜づくりを始めます。じゃがいもやサヤエンドウを植えています。
「見る景色が変わっていきます。震災直後は海がこんなに近かったかとびっくりしましたが、今は見えるのがあたりまえです。でも防潮堤ができるとまた見えなくなってしまいます。それが恐いようで」と遠藤さんは話します。

 津波で流された門脇保育所の園長はこう語ります。
「毎月避難訓練をしていました。門脇小が避難場所でしたが、山の上の石巻保育所の方が安全だからそっちへ、と子どもたちを抱えて登りました。お昼寝後の着替えをいやがる園児たちも、訓練の時は5分で着替えます。自分のいのちを守ることを徹底しなくてはなりません」

 15年の秋、復興公営住宅が2箇所に建ち、151世帯が入居することになります。復興住宅に入ってくる人たちを仲間に入れてこそ本当の復興と考え、暮れのお餅つきには新しい住人の方々も参加。来られなかった人たちにはつきたてのお餅を配りました。16年6月には本間さんを町会長とする「かどのわき町内会」が発足しました。一度は更地になった土地も、人の手が入るようになると、湧水池に汚染が見られるようになります。でも、今にも枯れそうな善海田稲荷の二本松の根元には若木が育ち始めています。

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復興住宅の集会所での餅つきには新旧の住民が集まった。餅のつき手が遠藤さん。


 避難所や仮設住宅から人が戻ってきても、店が一軒もないのは困ると、この地域で震災後初めての商店として、本間さんたちは日用雑貨を扱う「まねきショップ」をオープンさせました。17年の夏祭りの頃には住民は175世帯350人へと増えました。地蔵講では副住職が「まちの中の思い出を保って、地蔵とともに暮らしたことを伝えていってほしい」と語ります。

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地域を見守るお地蔵さん


◆終わりのない「まだ見ぬまちへ」

 上映後に参加者からの感想が寄せられました。震災後、神戸の長田神社前商店街の商品をカタログにし、全国から「買うことで街を元気にしよう」と、「寝ていてもできるボランティア」を発案した女優の黒田福美さんはこの映画でナレーションを担当。
「監督は『起承転結の結がなくて』とおっしゃいましたが、『結』というのは後世の人たちが映像を通して『なるほど』と思う時なのではないかと思いました。神戸があったから、ここにいらっしゃるみなさんも、東日本、これから起こるかもしれない、まだ見ぬ被災地に思いを寄せるようになったのだと思います。映画の中から人の強さと優しさを感じさせていただきました」

 昨年「セボネ7月号」にも登場した「エコロジカル・デモクラシー財団」を立ち上げた若者の一人、東工大の吉田祐記さんは「コミュニティを取り戻すことと、自然との関係を取り戻すということの構図が丁寧にはっきり見えて素晴らしいと思いました。環境が変化する中で語られる茫漠とした不安の言葉から、海や川や山といった自然とどう付き合っていくのかを考えさせられました。まさにエコデモですね」と感想を述べました。

 コミュニティにはエンドがなく、プロセスがずっと続くということ、そのことが『まだ見ぬまちへ』というタイトルにこめられているのだと改めて気付かされます。
(取材/編集委員 星野弥生)

『まだ見ぬまちへ』公式サイト
https://aoikegumi.shinsaihatsu.com/madaminumachie/

Posted by setabora at 14:42
ボランティア情報誌「セボネ3月号」を発行しました   [2018年03月19日(Mon)]

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★3月号表紙 イラスト/すずきあさこ さん


【今月の掲載記事】
★特集「地域の再生と新しいコミュニティづくりの記録〜『まだ見ぬまちへ〜石巻・小さなコミュニティの物語〜』より」
東日本大震災から7年。宮城県石巻の門脇地区の復興を記録してきたドキュメンタリー映画「まだ見ぬまちへ」をご紹介します。

★まちの市民力「世田谷ボランティア協会をささえる会」レポート
今月の市民力は、いつも世田谷ボランティア協会を支えてくださっている「ささえる会」の1年間の活動をご紹介します。

★キラリ世田谷人「栗野 宏文さん」
アパレル業界40年の栗野さん。「介護に役立つ服」ではなく、「おしゃれで元気になる服」を発信していきます。


世田谷ボランティア協会の情報誌「セボネ」は、
区内の図書館や区民センター、出張所・まちづくりセンターなどでも配布しています。

なお、情報誌「セボネ」はボランティアの編集委員が企画・取材して制作しています。
ボランティア募集、イベント告知など、みなさまからの情報を集めていますので、
ホームページの投稿フォームから情報をお寄せください。
http://www.otagaisama.or.jp/usp_form/toukou
Posted by setabora at 14:35
セボネ2月号キラリ世田谷人「野村 博之さん」 [2018年02月03日(Sat)]

キラリ世田谷人は、世田谷を中心に活躍するキラリと光る素敵な方がたをご紹介します。

福祉の魅力を伝えたい
野村 博之 さん

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 のどかな野川のほとりからほど近い場所にある特別養護老人ホーム「喜多見ホーム」。施設長の野村博之さんにお話をうかがいました。

 野村さんとボランティアセンターとの出会いは4年前。「福祉の人材を増やしていくために、ボランティアの受け入れを増やしたい」と相談に来られたのがご縁でした。その後、ボランティア協会の夏のボランティア体験プログラムで受け入れ団体として協力くださったり、福祉現場を知ってもらうために何ができるか、いっしょに企画を考えたりしてきました。野村さんは区内の高校にも足を運び、進路先として福祉業界のことをPRしたり、生徒の実習を受け入れたり、積極的に関係をつくってきました。

 世間では「介護=大変な仕事」というイメージがありますが、野村さんは「福祉と介護は人を助け、サポートする仕事であり、また特養においては人生最期のステージを看取る大事な仕事である」という信念を若い人たちに伝えています。実際に介護の現場を体験した学生たちも「やってみてイメージが変わった」「福祉の仕事に興味を持った」といいます。

 行動派の野村さん、「人とのかかわりのなかで新しい発見があるでしょ。前に進むことが好きなんだよね」と話します。特別養護老人ホームの施設長会の有志の取り組みとして、昨年「せたがや介護普及有志の会」を立ち上げ、有志の職員とともに、4校の小中学校での車いす体験の授業協力をしてきました。「こういう連携をモデルとして、他の地域にも広がっていけばと願っています」
 
 大切にしていることを尋ねると「人を大事にすることだよね」と野村さん。ボランティアの名札は職員の手づくりであたたかみがあり、心くばりが伝わってきました。「ウェルカムな気持ちで迎えているし、楽しい雰囲気を大切にしています」

 ある調査で、施設職員が福祉の仕事に関心をもったきっかけのひとつは中学校で行われている職場体験やボランティア体験だということがわかりました。一方、福祉の現場では体験受け入れのマニュアルが必要とされていて、「これから関係機関とともにマニュアルをつくっていきます」と野村さんは新たな取り組みに向かっています。
(取材/事務局)
Posted by setabora at 18:22
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