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 世田谷ボランティアセンターのブログへようこそ!
このページではボランティアセンターで行われる講座・イベントの予定や、活動の様子などを紹介していきます。



セボネ10月号特集「いつかくる、その時のために 〜「災害ボランティア」をつなぐしくみ〜」 [2017年10月10日(Tue)]

いつかくる、その時のために 
〜「災害ボランティア」をつなぐしくみ〜


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 せたがや災害ボランティアセンターでは、災害ボランティアの「マッチングコーディネーター養成講座」を開催し、円滑に支援活動が行われるようにするための「調整役」を育成しています。現在の活動状況を特集しました。


◆支援をつなぐ「調整役」
 
 近年、たびたび大きな災害が発生し、各地で「災害ボランティアセンター」が開設される機会が増えています。被災地では1日1,000人を超えるボランティアが駆け付けることもありましたが、集まった人たちに具体的な指示を出す「調整役」がおらず、支援が十分に行き渡らないことがありました。支援を必要とする人のもとへ、スムーズにボランティアを調整することが課題となっており、世田谷では、以下のようなしくみを考えています。


◆地域の拠点「サテライト」

 災害発生時、せたがや災害ボランティアセンターでは、「支援を必要とする人」と「災害ボランティア」をつなぐ活動の拠点として、区内の5ヵ所の大学に「マッチングセンター」を開設します。さらに避難所となる91か所の小中学校などに、避難所とは別に、「サテライト」と呼ぶ地域の拠点を設置します。

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 「サテライト」は避難所や地区を支援するためのボランティアの活動拠点となり、支援の要望(ニード)を集め、その要望に応じて一般ボランティアを派遣します。避難所や在宅避難者は、ボランティアによる支援を「サテライト」に依頼することができます。
 全国から集まるボランティアは、まず「マッチングセンター」で登録を済ませます。その後、各「サテライト」へ派遣され、支援を必要とする避難所や被災者宅で活動します。

◆支援を求めたい場合…
 関係機関と連携し、「サテライト」で、避難所や在宅避難者の支援の要望(ボランティアニーズ)を収集します。例「避難所の物資の仕分けの人手がほしい」「自宅の片づけを手伝ってほしい」など。

◆「マッチングセンター」の役割
 各地から駆け付ける災害ボランティアを受け付けて、各「サテライト」からの要請に基づき、必要な人数を振り分け、送り出します。

◆「サテライト」の役割
@避難所・地区内での支援活動の要望を集め、ボランティアの必要人数を「マッチングセンター」に連絡します。
A「マッチングセンター」から送り出されたボランティアを、避難所支援や被災者宅の支援活動につなぎます。
 
◆ボランティアの動き
@「マッチングセンター」で登録をし、派遣先の「サテライト」へ振りわけられ、移動します。
A派遣先の「サテライト」で、具体的な支援活動が決まります。
B避難所や被災者宅にて支援活動を行います。



◆災害時のボランティア受け入れ

 2017年2月に改定された『世田谷区地域防災計画』には、「災害時ボランティア受け入れ整備事業」の取り組みが記載されました。実施内容としては、全国から駆けつけるボランティアと避難所や被災者からの要望(ニード)をマッチングする「コーディネーター(調整役)」の養成と、区民や避難所の運営組織等に対する理解促進の2つがあります。今年4月より世田谷ボランティア協会が受託し、実施することとなりました。


◆「調整役」を育成する


 6月10日、昭和女子大学にて「災害ボランティアマッチングコーディネーター養成講座(基礎編)」を開催しました。昭和女子大学コミュニティサービスラーニングセンターの協力を得て、60名の学生が参加しました。また、ホームページや地域の掲示板、町会・自治会の回覧板などで広報し、たくさんの地元の方が参加し、関係機関の方々の見学、裏方ボランティアも含め、総勢150名と、大盛況でした。

 講座では世田谷区の災害対策やマッチングシステムについての講話、そしてコーディネーター役と災害ボランティア役に分かれての模擬訓練を行います。この模擬訓練では災害ボランティアをどのように受け入れるのか、受付や誘導、注意事項の説明(オリエンテーション)など、コーディネーター(調整役)が行う業務を知ってもらうための訓練になります。

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コーディネーター養成講座での模擬訓練。過去の修了生が訓練をサポートする。

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コーディネーター役がボランティアの受付を体験する。


◆受講者の声

*災害ボランティアなどの経験は全くありませんが、この講習を受けて災害に対する意識が大きく変わりました。(40代)

*最初は何も分からなかったけれど、説明や段階を踏むにつれて少しずつ分かるようになった。災害が起こる前に養成講座に参加できて良かったです。(大学生)

*昨年も参加し、2回目となると理解の深まりも早いなと感じました。本当に災害が起きた時にコーディネーターの存在は大きいと思いました。(大学生)

*ボランティアを受け入れる体制がしっかりできていないといけないと思った。実際にコーディネーター役をやってみて、コーディネーターがしっかりしていないとボランティアもあたふたしてしまうだろうと思った。(大学生)

*避難所運営本部に関わっているので、ボランティアとの連携が気になっていました。今後も研修に参加して、町会役員などに周知したいと思います。(60代)

*災害時に被災者とボランティアを結ぶ役割の重要性をよく理解できた。必要な人に必要な支援を届けることが重要だと思っていたが、仕組みがしっかり確立されていて少し安心した。(50代)


 2015年からこれまで5回、基礎講座を実施しています。9月16日に実施した国士舘大学では、当初の定員を上回る120名の参加がありました。大学のほか、地域ごとの小規模な講座も予定しています。また、今後は「スキルアップ講座」「専修講座」と段階的に開催する予定です。
 5ヵ所の「マッチングセンター」と91か所の「サテライト」を運営するために、あわせて 約1,500名のコーディネーターの育成を目標としています。基礎講座はどなたでも参加できますので、お気軽にお申し込み下さい。

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◆全国とのつながり

 せたがや災害ボランティアセンターでは、これまで中越地震や東日本大震災などでも被災地支援活動、街頭募金活動、寄付金集め、専門ボランティアの募集・登録、専門ボランティアの派遣、ボランティアバスの運行などの活動を行いました。

 大規模災害が各地で起きている昨今、全国で防災・減災に関する取り組みや訓練が盛んになっています。静岡県ボランティア協会では、県内外の関係機関・ボランティアの参加のもとに、静岡県の図上訓練を行っています。東京都災害ボランティアセンターでは、首都直下地震の発災を想定し、被災地外から自治体職員の派遣や災害ボランティアによる支援なども考慮した訓練も行われています。発災時、自治体の枠を超えての支援は不可欠で、こうした訓練に、せたがや災害ボランティアセンターも積極的に参加し、全国の支援機関と交流しています。

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豪雨による被害のあった栃木県へボランティアの派遣(2015年)


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『活動の手引き』(2016年作成)


◆いつかくる、その時のために
 
 4月以降、広く区民や避難所運営を担う住民組織のみなさんに、災害時のボランティア受け入れ事業について理解していただくために、区内27か所のまちづくりセンターや、197か所の町会・自治会、91か所の小・中学校へ出向いて、説明する機会を得ることができました。「自助と共助と援助」についての講話や、災害ボランティアセンターの紹介とマッチングシステムのPRを行ってきました。地域に出かけていく中で、少しずつ理解が広まり、様々な出会いが生まれてきています。これからは各避難所運営訓練とタイアップしてのプログラム展開が求められているところです。

 「せたがや災害ボランティアセンター」では、「いつかくる、そのときのために」を合言葉に、市民の力を結集して、いざと言う時に、いち早く復興の扉を開けられるように準備しています。

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マッチングコーディネーター養成講座(2015年〜2017年)

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世田谷区合同訓練でマッチングセンターの模擬訓練を実施(2016年)

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「下馬防災塾」で地域の方たちとまちの課題を整理(2016年)

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都立高校の授業でプログラム提供。マンホールトイレの設置を訓練。(2012年〜2017年)


せたがや災害ボランティアセンター
電話1(プッシュホン)5712-5101
http://www.saigai.otagaisama.or.jp/
Posted by setabora at 12:53
ボランティア情報誌「セボネ10月号」を発行しました [2017年10月10日(Tue)]

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★10月号表紙 イラスト/いしやま暁子さん


【今月の掲載記事】
★特集「いつかくる、その時のために 〜「災害ボランティア」をつなぐしくみ〜」
 せたがや災害ボランティアセンターでは、災害ボランティアの「マッチングコーディネーター養成講座」を開催し、円滑に支援活動が行われるようにするための「調整役(コーディネーター)」を育成しています。今年は昭和女子大学や国士舘大学で講座を開催してきました。現在の活動状況やこれからの予定ををご紹介します。

※今月は「災害特集号」として、特別にカラー版でお届けしています。
 「まちの市民力」「キラリ世田谷人」はお休みします。


世田谷ボランティア協会の情報誌「セボネ」は、
区内の図書館や区民センター、出張所・まちづくりセンターなどでも配布しています。

なお、情報誌「セボネ」はボランティアの編集委員が企画・取材して制作しています。
ボランティア募集、イベント告知など、みなさまからの情報を集めていますので、
ホームページの投稿フォームから情報をお寄せください。
http://www.otagaisama.or.jp/usp_form/toukou
Posted by setabora at 12:42
セボネ9月号キラリ世田谷人「星野 サヱさん」 [2017年09月02日(Sat)]

キラリ世田谷人は、世田谷を中心に活躍するキラリと光る素敵な方がたをご紹介します。

「おおきなかぶ」の人形といっしょに
星野 サヱさん
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 「手づくりのぬくもりが伝わるような人形劇を」、そんな思いをこめて人形劇グループ「チチン・プイ」の中心となっているのが星野サヱさん。長年、NHKの子ども番組の人形劇に出演したり、幼児教育を学ぶ学生に読み聞かせや紙芝居の演じ方などを指導してきました。退職後はメキシコで5年間暮らし、孤児の施設や路上生活の子どもの支援施設などで人形劇を演じたり、イベントでは子どもたちといっしょに劇づくりもしてきました。

 帰国から数年がたち、あらためて「地域で何かかかわれることはないかしら」と軽い気持ちで、たまたま訪ねたのがボランティアセンターでした。スタッフに何気なく経歴を話したら、「人形劇、いいですね。やってみませんか?」と言われてびっくり。
「まさか、そんなことができると思ってもみなかったから、本当にできるの? と思ったわ」

 今年3月ボランティアセンターで行われた「おたがいさまフェスタ」で人形劇の実演をして、いっしょに活動する仲間を集め、4月にグループを立ち上げました。メンバーは5〜6人で、初めての発表の場にむけて「南の島のカメハメハ大王」などを練習中。毎週土曜日の午前中に活動しています。

 一口に「人形劇」といっても、人形や小道具をつくる「美術」から、劇に合わせた「音楽」、「演技」「脚本」などつくることがたくさん。もう少し人数を増やして、ゆくゆくはそれぞれの得意なことや個性、持ち味を生かしたグループにしていきたいと考えています。

 「子どもたちに喜んでもらえるものをつくっていきたい」という想いは人一倍。「自分たちが楽しんでやるのも大事だけど、相手にみてもらうものだから、心をこめて、丁寧に演技しよう」とメンバーと話し合っています。見る人もつくる人も、つくる人同士のコミュニケーションも含めて、「手づくりのあたたかさを、みんなで共有していけたら」と星野さんは思っています。

 9月16日には代田ボランティアビューローの「ご近所カフェ」で人形劇の発表があります。どなたでも参加できますので、興味のある方、お近くの方はぜひ一度、見にいらしてみませんか?
(取材/事務局)


「ご近所カフェ」にて、人形劇グループ「チチン・プイ」の発表があります!
 日時:9月16日(土) 13時〜16時
 場所:代田ボランティアビューロー(世田谷区代田2-20-6、小田急線世田谷代田駅徒歩1分)
 参加費:100円(茶菓子代)
 申込不要で、どなたでもご覧いただけます。
Posted by setabora at 10:53
セボネ9月号まちの市民力「アニマシオン・トイ」 [2017年09月02日(Sat)]

「まちの市民力」は、街の中で地域やそこで暮らす人たちと一緒に活動している団体を紹介します。

科学遊びで病児と家族をサポート
アニマシオン・トイ

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 子どもの高度先進医療で知られる大蔵の国立成育医療研究センター(以下、成育センター)には、長い入院生活を送ったり、治療のため近くへ越してくる家族が少なくありません。生活の変化は病児だけでなくきょうだいにも大きなストレスを与えます。子どもたちが少しでも地域になじみ、親から離れた長い時間を楽しくすごせるよう、成育センター内のケアハウス「もみじの家」で科学遊びを行って支援しているのが「アニマシオン・トイ」。代表の渡辺美佐子さんにお話をうかがいました。

「アニマシオンとは心をいきいきさせ、豊かな感情を育む活動のこと。2012年から成育センターの病児やきょうだい児、地域の子たちに呼びかけて、地区会館などで絵本や木のおもちゃで遊ぶ会、科学遊びなどを行ってきました」

 科学実験教室には東大駒場のサイエンス・サークル「キャスト」が協力。ふだんは感染予防のため病室に入ることができないきょうだいと病児がそろってワークショップに参加する写真は、家族の宝物になったと喜ばれました。在宅医療を受けている病児の遊びの支援も行っています。ごっこ遊びに使う布のお弁当箱などのおもちゃはメンバーの手作り。「アニマシオン・トイ」では作品づくりも行っており、病児への誕生日プレゼントにもなっています。

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 活動の場は「もみじの家」だけでなく、保育園や学童クラブでの「科学遊び」、地域の子どもたちとの「遊びの広場」、渡辺さんの故郷・奄美大島の県立病院で2011年から行っている「遊びの広場」は「アニマシオン・トイ」の原点です。

 メンバーは4名。長く障害児教育に携わってきた渡辺さんの知識と経験を中心に、絵本、手芸などそれぞれが得意なことを生かして多彩な活動を行っています。小児科医などを招いての講演会開催や区の子育てメッセへの参加は、アニマシオントイの活動を広めるためだけでなく、「メンバーの研修を保証したい」という渡辺さんの思いからでもあります。「活動のためには区の子ども基金や企業の助成金などが必要。その申請が一番大変」と笑う渡辺さん。エネルギッシュな活動は、まだまだ広がっていきそうです。
(取材/編集委員 家井雪子)


アニマシオン・トイ https://ameblo.jp/animacion-toy/
Posted by setabora at 10:49
セボネ9月号特集「『憩いの家』青少年と共に歩んで50年」 [2017年09月02日(Sat)]

「憩いの家」青少年と共に歩んで50年

 支援を必要とする青少年を支えてきた自立援助ホーム「憩いの家」。設立から今年で50周年を迎えます。
 この半世紀で、子ども・子育てをめぐる社会環境は大きく変化し、すべての子どもが安心して安全に暮らせるように支援の充実が必要とされています。
 43年間、共に歩んできた武田陽一さんにお話をうかがい、「憩いの家」をあらためてご紹介したいと思います。

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「憩いの家」をささえるスタッフと役員。後列右が武田さん。


◆「働く」ことと「暮らす」こと

 
 住宅街のなかにある一軒家が「経堂憩いの家」。通り過ぎてしまいそうなほど、ご近所の景色になじみ、特別な看板は出ていません。室内は家庭的な台所とリビングが広がり、1階に個室が3部屋、2階にも3部屋あります。ここには、さまざまな事情によって家庭で生活することが難しくなり、働かざるをえなくなった15歳から20歳くらいの若者が生活しています。

 「憩いの家」は世田谷区内に3軒あり、いずれも「自立援助ホーム」として若者の自立にむけた生活を支えています。子どものための施設には「児童養護施設」がありますが、こちらは基本的に学校に行っている子どもが主な対象で、学費も生活費も国と都が賄っています。一方で、「自立援助ホーム」は、基本的に中学を卒業したあとの若者たちが、働きながら自立をめざして生活する場です。

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今回訪ねた「経堂憩いの家」

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「三宿憩いの家」はびわの木が目印。50年前、1軒のこの家から始まった。

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第3の「祖師谷憩いの家」


 「経堂憩いの家」には、現在4名が生活し、昼間は仕事に行って、夜、ここへ帰ってきて、いっしょに食卓を囲みます。取材の日も、みんな仕事に出かけた後で家の中にはスタッフだけでした。「憩いの家」にはあれこれ細かい決まりごとはありません。ルールはごくシンプル。「仕事に行くこと」と、「生活費として3万円をいれること」。部屋の掃除や洗濯は自分で行いますが、食事づくりは職員が行います。「働く」ことと「暮らす」ことを大切に、みんなで生活をつくっています。


◆「必要なとき」に寄り添う
 
 「憩いの家」での生活に明確な期限はありませんが、だいたい1年くらい。まずは仕事を探し、ここから仕事に通って生活に慣れ、お給料をコツコツと貯めて、ひとりで暮らしていくための準備ができたら、アパートを借りて、自活していきます。

 ここに来る子どもたちは、虐待など家庭での生活が困難になり、児童相談所から紹介される場合がほとんどです。本人の働く意欲や能力が備わっているかにかかわらず、家族などの援助を受けることができない厳しい状況で「自立」をせまられているのです。一般的には就職やひとり暮らしなど、生活が変化するステージでは家族の支えがありますが、「憩いの家」にやってくる子どもの家庭にはその支える力が弱く、社会的養護が必要とされています。

 年齢的には高校生相当の子どもたち。同年代の子が勉強したり、部活をしているのに、「なんで自分だけ働かなくてはいけないのか」と思う日もあるでしょう。仕事の悩み、お金の問題、友達付き合い、男女の関係…、「憩いの家」で暮らす間よりも、むしろそこを出たあとのほうが、いろいろな問題や困難にぶつかることが多いのが現実です。そうしたときに、実家に帰るように、何か困ったときの拠り所として、「憩いの家」があります。いっしょに暮らす間に、大人も子どももお互いのことをわかりあいながら、退居後も続けられる「関係」の足掛かりをつくっているといえるのです。

 武田さんたちが大切にしてきたのは「失敗してはいけない」ということではなく、失敗してもなんとかそれをいっしょに考え、同じ過ちを繰り返さないよう、やり直していくプロセスに付き合うということでした。
 「憩いの家」を出たあとは、基本的にスタッフから連絡することはなく、「1年ちょっとで『憩いの家』を出ても、付き合いとしてはそのあと10年くらいは続きます。当然、何でもすぐにうまくいくわけではなく、『何かあった時には一人で悩まないで』『私たちはここにいるから、必要があったらいつでも話を聞くよ』と伝えています」と武田さんは話します。

音沙汰もなかったOBが、ある日突然何年ぶりかにフッと夜中に訪ねてくることもあるといいます。5年、10年、それ以上の単位で、「必要なとき」にOBをささえるスタッフ。信頼できる人がそこに「居る」ことの安心感。この50年間で674人の子どもたちとの出会いがありました。


◆ボランティアの力で

 今でこそ、「自立援助ホーム」として制度化されている「憩いの家」ですが、50年前に立ち上げたころには、まったくの手弁当から始まりました。当時は戦災孤児など、身寄りや行き場のない子どもたちのために家庭に代わる場をつくろうと、発起人の故・財部実美さんに賛同する人たちが資金集めから始めました。

 1967年に1軒の家をかまえて「三宿憩いの家」を立ち上げ、6人の子どもたちを受け入れて、みんな他の仕事を持ちながら交代で寝泊まりしていたといいます。泊まりのボランティア、食事づくりのボランティアなどに支えられての運営でした。「憩いの家は大規模な施設と違って、小さい家だからみんなが見えていい」という子どもたちの声を大事にし、その家庭的な良さを生かして、小さい規模のまま「第2の憩いの家」が経堂にできました。三宿から7年後、1974年のことでした。その年にようやく東京都から補助金が出るようになり、専従職員(寮母)を配置できるようになりました。現在では寮母制ではなく、職員が交代で泊まって体制を組んでいます。

 「経堂憩いの家」をつくる頃、大学生だった武田さんは、他の学習支援のボランティアを通して「憩いの家」を知り、デパートバザーを手伝ったのが縁のはじまりでした。「当時はみんな気概があったね」と振り返る武田さん。泊まりボランティアを経て、スタッフになりました。のちに「子ども虐待防止センター」を設立した故・広岡知彦さんとともに、武田さんは43年間「憩いの家」の運営に尽力してきました。初期のスタッフのご尽力と、それを受け継ぐスタッフの努力によって援助の充実が図られています。


◆「憩いの家」を支えるバザー

 資金集めのために始めたデパートバザーには多くの人と品物が集まり、「憩いの家」を動かす大きな力となりました。今でもバザーは「憩いの家」の貴重な収入源となっています。「これだけのバザーは職員だけでやれることではなく、多くの人に支えられて営まれているということをあらためて実感します」という言葉どおり、10年、20年と長年応援してくださるボランティアさんあってのバザーで、若いスタッフよりも経験が豊富な人ばかり。毎月、太子堂区民センターで値付け作業をし、バザーのときには2トンのロングトラック2台分の品物を運びます。
 今年も10月4日〜6日には区民会館ホールロビーでのバザーが、12月19日〜25日には日本橋島屋でのデパートバザーもあります。「バザーの売り子や値付け、物品の提供も手伝ってもらえたらうれしいし、お買い物もありがたいです」

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恒例のバザーの様子。区民会館ロビーいっぱいに広がる品物。提供品は通年募集中。


◆関心をもつこと

 自立援助ホームは、20年前には全国17カ所でしたが、2009年の法改正をうけて、2017年には130カ所に増え、現在都内に18カ所あります。武田さんは、「まずは『自立援助ホーム』があることを多くの人に知ってほしい」といいます。「直接何か手伝うことは難しくても、まずは関心をもってもらうことが大切です」

 そしてなんといっても今年は憩いの家にとって大きな節目の年。11月に50周年の記念シンポジウムを予定しています。虐待や暴力、経済的な困窮など、子どもの生活には『トラウマ(心の傷)』となりうる様々な要素があり、こうした状況のなかで生きている子どもたちとどう向かい合うか、「憩いの家」の現状をお伝えしながら、ともに考える場になればと企画しています。
 記念誌『憩いの家と私』には長年支援してくださっている160名もの方々から原稿が寄せられ、50年の重みと広がりを感じさせます。ぜひこの機会に、半世紀にわたる地道な実践に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
(取材/編集委員 市川 徹、事務局 宮崎紘子)


自立援助ホーム「憩いの家」http://ikoi-setagaya.jp/

「憩いの家チャリティバザー」
10月4日(水)、5日(木)、6日(金)世田谷区民会館ロビー
詳しくは、http://www.otagaisama.or.jp/2-event/20170902/5536.html
Posted by setabora at 10:39
ボランティア情報誌「セボネ9月号」を発行しました [2017年09月02日(Sat)]

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★9月号表紙 イラスト/村上 暁子さん

【今月の掲載記事】
★特集「『憩いの家』青少年と共に歩んで50年」
 中学校を卒業した後、さまざまな事情により働きながら自立をめざす若者をささえる「自立援助ホーム」。「憩いの家」は今年50周年を迎えます。
「憩いの家」での生活は1年ちょっとですが、家庭のような小さい規模だからこそ築かれる「関係」を大切に、付き合いはそのあとも5年、10年…と続きます。

★まちの市民力「アニマシオン・トイ」
 「アニマシオン」とは、心をいきいきさせ、豊かな感情を育む活動のこと。「科学遊び」で病児やきょうだい児、そのご家族をサポートするグループを取材しました。

★キラリ世田谷人「星野 サヱさん」
 長年、人形劇を仕事にしてきた星野さん。今年4月、ボランティアグループを立ち上げ、「手作りのぬくもりが伝わるような人形劇」を地域に届けようと、仲間たちと活動を始めました。
9月16日(土)午後、代田ボランティアビューローでの「ご近所カフェ」で、人形劇の発表があります。


世田谷ボランティア協会の情報誌「セボネ」は、
区内の図書館や区民センター、出張所・まちづくりセンターなどでも配布しています。

なお、情報誌「セボネ」はボランティアの編集委員が企画・取材して制作しています。
ボランティア募集、イベント告知など、みなさまからの情報を集めていますので、
ホームページの投稿フォームから情報をお寄せください。
http://www.otagaisama.or.jp/usp_form/toukou
Posted by setabora at 10:25
セボネ8月号キラリ世田谷人「種田 美穂さん」 [2017年08月10日(Thu)]

キラリ世田谷人は、世田谷を中心に活躍するキラリと光る素敵な方がたをご紹介します。

ナツボラ7回目!
種田 美穂さん

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 今年も「ナツボラ」の季節がやってきました。たくさんの参加者のなかでも、最多7回目(!)の参加が種田さん。保育士をめざして、児童教育を学ぶ大学1年生です。
 ナツボラに初めて参加したのは6年前、中学1年生のとき。保育士の母の勧めで参加したのがきっかけでした。「初めての体験はとても緊張したけど、子どもたちのほうから話しかけてくれて、子どもから元気をもらった」といいます。3日間を終える頃には楽しくなり、それから毎年参加することに。「最初は、保育園って子どもと遊ぶだけなのかなと思っていたけど、教材をつくるお手伝い、掃除や洗濯をしたり、子どもと遊ぶ以外のこともたくさんやるのだと知りました」と振り返ります。

 種田さんは中1から高3の夏まで、毎年同じ保育園でボランティアを続けていたので、行くたびに子どもの成長を感じ、1才だった子が年長になることに「もう小学生か〜」と親心のような気持ちを感じたと笑います。漠然と子どもが好きで始めたボランティアでしたが、徐々に将来の進路を考えるようになり、高校2年生の頃には「保育士になりたい」と目標が明確になりました。
 高校ではボランティアサークルに所属し、選択授業で高齢者や障がいのある人の施設にも行きました。「ボランティアでいろんな人に出会って、世の中にはいろいろな人がいることを知ることができました」こうした経験から、初対面の人とも物怖じせずに話せるようになったといいます。

 大学で保育の基礎を学んだ今、「早く現場で、学んだことを実践してみたい」と8月のナツボラを前にうずうずしています。「いろんな園をみてみたい」と、今年は初めて今までと違う保育園での体験を選びました。
「ボランティアは自分もエネルギーをもらえて、元気になれるものです」自分が笑顔だと相手も笑顔になるし、人がうれしそうにしていると自分もうれしくなる。その連鎖が楽しくて続けています。「最初の一歩がもっと広まればいいなと思います。やってみたら楽しいんですけどね。私は来年もまたやります!」と早くも頼もしい宣言が飛び出しました。
(取材/事務局)

※「ナツボラ」…主に学生を対象とした、夏のボランティア体験プログラム。保育園のほか、今年は85団体の活動先から選べる。
Posted by setabora at 12:06
セボネ8月号まちの市民力「たまごの家」 [2017年08月10日(Thu)]

「まちの市民力」は、街の中で地域やそこで暮らす人たちと一緒に活動している団体を紹介します。

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 自分の孫も他人の孫も、みんな地域の孫・・・そう、「たまごの家」は「他孫の家」、高齢者と子どものふれあいの場です。毎週土曜10時、若林のひだまり友遊会館に集まってくるのは地域の高齢者や子連れのママ。スタッフやボランティアを含めると30人を超すこともあります。まずはみんなでストレッチ。歌や早口言葉で声を出し、貼り絵やゲームなどを楽しむ間に、キッチンでは昼食づくりが進みます。おしゃべりしながらご飯を食べて、13時には解散です。

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世代間交流の場を開く

 お話をうかがったのは代表の加藤美枝さんと、リーダーの阿部成子さん、佐藤明子さん。「たまごの家は、『ひこばえ広場』という高齢者の地域活動の一環として、昨年6月に始めました」と加藤さん。区の生涯大学の卒業生を中心に、保育園との交流などを続けていた「ひこばえ広場」に、区から介護予防事業への参加が呼びかけられたのです。平均年齢70才を超すメンバーたちは迷い、議論を重ねましたが、「元気な高齢者が潜在力を出さないと」と決断。高齢者のこれまでの経験が子育て家庭とのふれあいで役に立ち、多世代が楽しめる活動をめざして、住民主体型地域デイ「たまごの家」を立ち上げました。

 研修を受けたリーダー14名が4班に分かれて月1〜2回ずつ担当しています。利用者はあんしんすこやかセンターから紹介される方が主ですが、知り合いに声をかけたり、会館に居合わせた親子が顔を出したり。「得意なことを得意な人が」をモットーに、緩やかなプログラムが組まれ、草笛を披露して「たまごちゃん」に喜ばれている方も。「絵本を読みながら戦争体験を話したり、魚の盛り付け方を実習の学生に伝えたりと、高齢者だからこそできる文化の継承も心掛けています」と加藤さん。

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 6月の1周年写真展では、障害を持ったたまごちゃんたちを招いてのピザづくりや、栄養士会の方の調理サポートなどが紹介され、人の繋がりが会の活動を豊かにしていることがうかがえました。
「課題はたくさんあって、体力も知力もギリギリだけど、それでも楽しむ心でやっている」というメンバーたち。まだまだ新しい試みが生まれてきそうで楽しみです。
(取材/編集委員 家井雪子)

たまごの家
毎週土曜日 10時〜13時 ひだまり友遊会館
昼食代として参加費500円。(学生半額、幼児無料)
電話1(プッシュホン)03-3427-7609 yosikato03@yahoo.co.jp


Posted by setabora at 12:05
セボネ8月号特集「違いを認め合う 世の中に」 [2017年08月10日(Thu)]

違いを認め合う 世の中に

  昨夏、神奈川県の障害者施設で起こった殺傷事件についての学習会が今年4月に開催されました。あれから1年、奪われたひとりひとりの「いのち」から私たちは何を受けとめたのか。学習会のレポートとともに、学習会当日の参加者でもあった実方裕二さんに、障害当事者としての想いを聞かせていただきました。

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障害者の権利を守るシンボルマーク「イエローリボン」


◆一人ひとりの「いのち」
 
 昨年7月に発生した障害者殺傷事件についての学習会『19人それぞれのいのちが私たちに語りかけるもの』が、4月22日に三軒茶屋で開催されました。奪われた一人ひとりのいのちから私たちは何を受け止めなくてはならないのか。さまざまな立場の方に語っていただくことからみんなで考えようというものでした。
 登壇者は「やまゆり園」の元職員の西角純志さん、自立生活センター「HANDS世田谷」の横山晃久さん、『相模原事件とヘイトクライム』を著した世田谷区長の保坂展人さんの3人。犠牲者を「19人」とひとくくりにするのではなく、19人の一人ひとりの「いのち」が奪われた、という視点でこの事件を考えるものでした。報道では加害者のことばかりが語られ、無念にも奪われた被害者の生身の「生」が見えてきません。元職員で、被害者のうち7人を担当したことがあり、現在は専修大学の講師をしている西角さんは、19人の「生きた証し」を残そうと、関係者を訪ね歩く旅を続けています。

 まずは西角さんから14人の方がたの「人生」の報告がありました。「北島三郎さんが好きだった男性は、見に行った時に買った湯呑みを職員にプレゼントし、それが形見となってしまった」「ある男性はラジオが大好きでいつも携帯していた」など、それぞれの人生があり、支えあう家族がいたことが語られました。そのことを知ると、容疑者が語った「意志の疎通ができない人たち」という言葉が嘘であることがわかります。殺されてもいい人生などないのです。

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写真左から、横山さん、西角さん、保坂さん


◆次の世代にどう伝えるか

 西角さんの報告のあとは、パネリストが思いを語りました。障害者が主体的に生きられる社会を目指して活動している「HANDS世田谷」の横山さんは、脳性まひ者の自立支援を先駆的に進めてきた団体「青い芝の会」の地元の神奈川で事件が起こったことがショックだったといいます。「障害者は頑張っても健常者にはなりえません。ああいうふうになりたい、とか健常者と比べてしまうけど、僕は僕なりに伝えたい。エレベーターの中で僕をみて、子どもが「キモい」といいました。正直です。親はその時に何と言うか。『そんなこと言っちゃだめ』と言うのではなく、大人のフォローが大事です」と語りました。

 著書により、事件の根っこがどこにあるのかを世に問いかけた保坂さんは、本を書いた理由について、「『戦後最悪の事件です』とのコメンテーターの言葉に説得力があるのだろうか。動機や気持ちはわかる、という肯定的な評価がネットなどで広がりました。一方、容疑者を「特異な存在」と、例外的な事柄として扱えば、世間は「自分とは関係ない」とホッとします。「許されることではない」といいつつ、オリンピック関連の報道が始まってからは何も語られなくなっていきました。正面から向き合うことを避け、なぜこの犯罪が許されないのかということが伝わってきません。こういう事件を繰り返さないために、被害者一人ひとりの横顔を知りながら、根底から事件を否定する言葉を探していきたい」と語り、困難であっても次の世代に語っていかないと、風化がますます進行することになる、と警告しました。


◆地域に障害者がいて当たり前の文化を

 「施設が民営化されてから、それまで築き上げてきた地域との関係が希薄になった」(西角さん)、「長期にわたって、大勢の人が施設で生活しているのが現実」「不当に低く押さえつけられている人たちが、自分よりも低く見られている人たちを差別していく、というのがヘイトクライムの原点」(保坂さん)、「施設の中では人間関係が一方的で閉鎖的になりがち。社会との接点がないところで起きた事件です」(横山さん) そのような社会では、どこでも起こりうる事件ともいえるでしょう。

 会場からも多くの意見が寄せられました。「障害のある人がたくさん街の中にいれば、子どもが『キモい』とは思わなくなるのではないか」「いかに日常的に障害者と交流できる場を持つか、それが事件を二度と繰り返さないことに繋がる」(横山さん)、「特異なことではなく、日常と決してかけ離れていないということがこの学習会で述べられたと思う。事件を『忘れない』という気持ちを共有できたのではないだろうか」(保坂さん)
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると同時に、地域で引き続き、考え合う機会を持ち、子どもたちとともに希望をつくっていかなくては、という思いを新たにしました。


◆つきあいを重ねて知っていく

 前出の学習会にも参加し、事件後、個人的に何度も想いを文章にしたため、発信してきた実方裕二さん(以下ゆうじさん)。先天性の脳性まひで、手足と言語に障害があります。あらためてお話をうかがいました。
 あの事件後、「障害者は生きるに値しない、生きる価値がない」という犯人の発言が連日報道され、ゆうじさんはマスコミの報道の仕方に危機感を覚えました。特に子どもなど、障害のある人のことをよく知らない人からすれば、報道で見聞きしていることを鵜呑みにしてしまい、障がい者に対して「世の中の邪魔者だ」という間違ったイメージを持ってしまうのではないかと思ったからです。事件後、「表を歩くのがこわかった」と振り返るゆうじさん。「気のもちようかもしれないけど、誰かににらまれているような、『邪魔だ』と言われるんじゃないかとびくびくしていた」

 言語障害を知らない子どもにしたら「なんでそんなしゃべり方なの?」というのが率直な疑問。でも、それは健常者の中だけで生きているからそういう見方になるのであって、最初は何を話しているのかわからなくても、わかるまで何度も聞く。今までゆうじさんが出会った子どもたちは、何度も会話をしているうちに「わかった!」と通じる瞬間がありました。「そうやってつきあいを積み重ねて『知っていく』ことが、必要だと思う」と語気を強めました。

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電動車いすで区内を駆け回り、「ゆうじ屋」特製ケーキを移動販売。


◆知り合うのは、おたがいさま
 
 ゆうじさんは「障害者のことを正しく理解してほしい、知ってほしいのはもちろんだけど、まずは自分が相手のことをわかろうと思わなければ、相手だって俺とつきあいたいと思わないよね」という想いから、『生活お見合い』というイベントを開催しています。
「一方的に、自分たちのことをわかってくれというのは無理な話。自分ももっといろいろな人の生活を知っていかなければ、と気づいた」といいます。

「前は『もっとショウガイシャのことをわかってほしい』とよく言っていたし、自分はこんなに大変なのに、わかってくれないみんなが悪いんだって思う部分も正直あった。でもそんなこと言っていても、何も変わらない。自分から変わっていくべきなんじゃないかと思ったんだ」「相手のいいところもダメなところもひっくるめて知って、自分にも同じようなところあるよなとか、自分と照らし合わせてみることが必要」で、だから『生活お見合い』なのです。

 この2年間、高校の授業の一環で、高校生と一緒に演劇をつくるプログラムにも協力しました。最初は戸惑っている様子でしたが、徐々に親しくなって、高校生たちが変わっていくのがわかりました。「言葉だけでなく、いっしょに劇をつくることでやっぱり何かが伝わるんだろうと思う」これまでの様々な経験から、人と人とがつきあっていけば仲良くなれると、ゆうじさんは実感しています。

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思いを歌にして、ステージでシャウトすることも。


◆違いがあって当たり前

 先日、ゆうじさんは講座で、不登校経験のある講師の話を聞き、あらためて子どものいじめの問題を知りました。「子どもの問題も、違いを認め合わない社会で起きていて、違うからおかしいとか、同じだからいいみたいなところから始まっているのだと思った。だから障害者だけでなく、いろんな人がいて、いろんな違いがあってもいいんだっていうことがもっと当たり前になれば、いろんな人たちの生きにくさが少しは楽になるんだろうと思う。大変なのは自分だけじゃないんだと知り、じゃあどうすればいいのか、それぞれが考えて、答えを出していくような場をつくっていきたい」と語ります。

 身体障害に限らず、発達障害など、いろいろな「生きづらさ」を抱えた当事者の話を聞ける場をつくって理解を深めようと、思いをともにする人たちといっしょに、9月から新企画「マイノリティ先生」を計画しています。昨年から「障害者差別解消法」が施行されましたが、法律とともに、そうした地道な積み重ねがさまざまな問題を理解することにつながっていくのではないでしょうか。
(取材/編集委員 星野弥生、事務局 宮崎紘子)


Posted by setabora at 12:04
ボランティア情報誌「セボネ8月号」を発行しました [2017年08月10日(Thu)]

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★8月号表紙 イラスト/金子哲大さん

【今月の掲載記事】
★特集「違いを認め合う 世の中に」
 昨夏の障害者殺傷事件から1年、今年4月に世田谷で行われた学習会をレポートしました。また、事件後、お互いを知りあうイベント「生活お見合い」を開催している実方裕二さんにお話をうかがいました。

★まちの市民力「たまごの家」
「卵」ではなく、「他孫」。「他人の孫も、自分の孫も、地域の孫」を合言葉に、多世代が交流するきっかけをつくっている住民主体型地域デイサービスをご紹介します。

★キラリ世田谷人「種田 美穂さん」
ナツボラ最多7回連続参加の大学生。ナツボラで学んだ経験を生かして、将来は子どもにかかわる仕事に就きたいと思っています。


世田谷ボランティア協会の情報誌「セボネ」は、
区内の図書館や区民センター、出張所・まちづくりセンターなどでも配布しています。

なお、情報誌「セボネ」はボランティアの編集委員が企画・取材して制作しています。
ボランティア募集、イベント告知など、みなさまからの情報を集めていますので、
ホームページの投稿フォームから情報をお寄せください。
http://www.otagaisama.or.jp/usp_form/toukou
Posted by setabora at 11:57
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