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台湾政治 民進党の対中路線変更は成功するか [2012年02月25日(Sat)]
今年1月に行われた総統選で敗北した台湾の野党・民進党。2012年2月22日、民進党は、その中央執行会議で総統選に関する検討報告を行った。

党スポークスマンの林右昌氏は、「民進党は対中政策において実務的かつ温和な路線を常に強調し、中国本土との交流についても否定はしたことはない」としたうえで、総統選に関する検討報告について「民進党は今後中国大陸の変化や台湾戦略について一層深く研究するとともに、双方向の交流をさらに具体的に発展させ、反中・鎖国などの誤解されたレッテルを払拭していく」と説明した(『環球網』2012年2月23日)。

これまで台湾独立路線を強く打ち出していた民進党であるが、今回の総統選敗北を受けて、その路線を軟化させる姿勢を見せ始めているのである。

民進党は、なぜ党是である対中政策の路線変更に踏み出したのか。その路線変更は成功するのか。

本稿では、民進党関係者へのインタビューに基づき、こうした疑問を検討する。(以下、文中の引用発言は、別段の断りがない限り、筆者が2012年2月24日に東京で行った民進党関係者へのインタビューに基づく)

1.総統選への反省

筆者がインタビューした民進党関係者によれば、同党内では多くの関係者が総統選敗戦の原因を(1)「九二共識」(92コンセンサス)への対応の失敗と(2)財界との関係構築の失敗の2点に見出しているという。

「九二共識」とは、1992年に中台間でなされたとされる「一つの中国」(中国大陸も台湾も不可分の中華民族の国家とする立場)に関する口頭了解である。

国民党は、この「九二共識」を基礎に中台関係の緊密化を促進する方針を採り、これが今次総統選の論点の一つとなった。

台湾独立を掲げる民進党としては、「一つの中国の原則を受け入れることは決してできない」ため、「対中政策の違いを明確にして国民党に対抗するために、いわゆる『台湾共識』(台湾コンセンサス)の概念を打ち出した」。

「台湾共識」とは、「『九二共識』は国民党と中国共産党の間の協議であり、台湾人全体が受け入れているわけではなく、台湾と中国の長期的で広範な関係の基礎とはなりえない。そこで、まず台湾内で民主的な討論を通じて異なる立場の中から対中政策に関する共通点を見出し、立法や住民投票といった民主的なプロセスを通じて台湾側のコンセンサスとしたうえで、その台湾側のコンセンサスをもって中国大陸との交渉の基礎とすべきだ」という概念である。

ところが、「『では、台湾における対中政策のコンセンサスとは一体何なのか』という問いについて蔡英文主席は結局明確に答えられなかった。そのため多くの台湾人は、『台湾共識』は『九二共識』に取って代わるアプローチになりえないと感じてしまった」。

さらに、この「九二共識」への対応の失敗によって、「民進党政権による中国大陸との関係悪化を不安視する多くの財界人に対して、その不安を払拭することもできなかった」ために、善戦空しく総統選での敗北につながったというのが、民進党内での総括なのだという。

つまり、対中政策に関する争点で国民党に及ばず負けたと、民進党内の多くの関係者は考えているのである。

2.対中政策の路線変更

こうした反省に立って、民進党内においては現在いかに中国大陸に対応するかが全面的に検討されており、「対中政策の再設定は民進党にとって目下の最重要課題だ」という。

「民進党も、国民党のように、中国大陸やアメリカに党代表処を置いて積極的にロビー活動を行うべきだ」という声も党内にあるといい、中には「台湾独立の党綱領を放棄すべきだとする民進党議員もいる」という。

筆者は、先月の拙稿『台湾政治の今−馬英九・国民党政権再選をどう読むか』の中で、台湾経済の大陸中国依存が強まる中、台湾政治の争点が従来の「独立路線」か「統一路線」かという点ではなく、中国大陸との経済交流の積極推進を前提としたうえでの距離感の取り方と経済発展の恩恵の分配という点に移っていると指摘した。

確かに、もはや民進党も台湾独立の主張を前面には打ち出しにくい状況である。台湾民意の大層は、中国との対立も独立も望まず、安定的な両岸関係の下で経済成長の恩恵にあずかることを望んでいると見られる。したがって、この民意に各政党が如何に上手く応えられるかが、台湾政治のポイントになる。

3.命取りか再躍進か

しかし一方で、台湾独立という民進党にとって最大のidentityを安易に放棄し、国民党と民進党との違いが不明瞭となれば、民進党にとって命取りとなる危険もある。

日本の戦後政党政治の歴史を振り返ってみたい。かつて80年代までの日本では、社会党(現在の社民党)が最大野党として一定の勢力を長らく保持していたが、いまや社民党は大きく勢力を落としてしまった。

社会党は、もともと自衛隊や日米安保などに反対することがidentityであり、それが自民党との最大の相違点として一定層の堅い支持を得ていたが、90年代に社会党の村山首相が自衛隊や日米安保を容認する現実路線へと立場を変えたことによって、従来の社会党支持者の多くを失ったのである。

また、今の日本は民主党と自民党の二大政党制になっているが、両政党の政策的な違いは明確でない。もともと民主党は、日本社会システムの改革をidentityにしていたが、結局は既得権益の打破ができず、自民党政権との違いを明確にできなくなっている。これが、民主党も自民党も支持が低迷している背景であると言えよう。

ひるがえって台湾の民進党は、台湾独立派というidentityではもはや生き残れず、いかに中低所得者や地方の声を吸い上げて支持を広げられるかが再躍進の鍵となろうが、日本の戦後政党政治の歴史を鑑みれば、台湾独立から地方と庶民の生活向上へと巧みにidentityの転換を成功させられるかどうかが、同等の運命を分けることになるだろう。
(東京財団HPより転載)
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