• もっと見る

カテゴリアーカイブ
最新記事
台湾政治の今 −馬英九・国民党政権再選をどう読むか [2012年01月25日(Wed)]
1月14日、台湾で第13代総統選挙が行われ、国民党の馬英九氏が再選された。今回の総統選挙では、実施前から馬氏と民進党の蔡英文氏との接戦が予想されていたが、実際、馬氏の得票数689万票に対して、蔡氏も609万票を集め、事実上の激しい一騎打ちとなった。

国民党の馬英九総統は、再選こそ果たしたものの今回の得票率51.6%は前回の58.5%よりも下がっており、一方の民進党は、前回の得票率41.6%を上回る45.6%の票を集めて善戦した。

また、総統選と同時に行われた立法院議員選挙(全113議席)においても、国民党は過半数こそ確保したものの、その議席数は64に留まり、改選前から8議席を失った。一方、民進党は、8議席を増やして40議席まで上積みしている。

なぜ現職の馬英九国民党政権は、このような苦戦を強いられたのだろうか。あるいは、なぜ苦戦しながらも再選を果たすことができたのだろうか。今回の選挙結果から、台湾政治情勢について何を読み取ることができるのだろうか。本稿では、こうした点について検討する。

結論から言えば、今回の選挙結果は、台湾の民意が、中国との対立も独立も望まず、安定的な両岸関係の下で経済成長の恩恵にあずかることを望んでいることを明らかにしたものと言える。この民意に各政党が如何に上手く応えられるかが、台湾政治のポイントになる。


1.馬英九再選の背景

(1)否応なく進む台湾の大陸依存

国民党・馬英九総統の再選は、中国大陸との経済関係強化を望む台湾民意の表れであることは言うまでもない。

もともと蒋介石に率いられて中国大陸から台湾へと渡ってきた国民党は「一つの中国」という前提を大陸中国と共有し、両岸関係(すなわち台湾海峡をはさんだ大陸中国と台湾の関係)の強化を打ち出している。

馬英九総統は、再選後の演説で「国民党の平和な台中関係を目指す努力が認められた」と自ら評価し、「今後4年間台中信頼関係をさらに強化していく」と述べた。

一方の民進党は「台湾独立」路線を唱える政党であるが、皮肉なことに民進党の陳水扁氏が政権を担った時期(2000年〜2008年)は、中国経済の飛躍的発展の時期と重なり、いまや台湾経済は好むと好まざるとに関わらず大陸中国へ大きく依存するようになっている。

たとえば台湾の輸出に占める大陸中国の割合は、1995年にはわずか0.3%、2000年でも2.9%に留まっていたが、2010年には28.0%にまで上昇し、いまや台湾にとって最大の輸出市場となっている。

また対外直接投資においても、大陸中国向け投資が規制の緩和を背景に拡大しており、今や台湾の対外直接投資の8割が大陸中国に向かっている。

さらに2011年1月には大陸中国と台湾の間の自由貿易促進を目的に経済協力枠組み協議(ECFA: Economic Cooperation Framework Agreement)が発効し、大陸側は557品目、台湾側は267品目の関税引き下げを行うとともに、協議の進展を図るための連絡機関として両岸経済合作委員会が設置されるなど、中台経済関係は更なる発展が見込まれている。

台湾経済の生命線ともなった大陸中国との経済関係。その安定的な発展を考えるのであれば、独立路線にとって大陸中国と軋轢を生む民進党よりも国民党に分がある。

実際、馬英九・国民党政権は、ECFAの締結などによって、大陸中国との経済関係強化の実績を積んできた。

(2)台湾財界の馬英九・国民党政権支持

こうした背景から、台湾財界は、投票前に次々と馬英九・国民党政権への支持を表明した。

例えば、台湾一の富豪とされる宏達国際電子(HTC)の王雪紅董事長は、馬英九・国民党政権は台湾に平和安定と清廉政治をもたらしたとして、明確な馬氏支持を表明していた(中国新聞網2012年1月13日)。

また、台湾中小企業総会や台湾フラチャイズ協会など9つの中小企業団体も、国民党政権に対する支持を公開声明の形で打ち出していた(中国新聞網2012年1月13日)。

中国側でも「新浪」や「捜狐」といった大手ポータルサイトが選挙当日に特集を組んで開票速報を伝えるなど台湾総統選への関心は高く、中国共産党も中央台湾弁公室が馬氏再選を歓迎して「今後も『九二共識』を基礎に、両岸関係の新たな局面を切り開いていきたい」との声明を発表した。

なお『九二共識』とは、1992年に中台間でなされたとされる「一つの中国」原則に関する口頭了解であり、国民党は『九二共識』を基礎に中台関係の緊密化を促進する方針を採り、これが今次総統選の論点の一つであった。


2.馬英九苦戦の背景

大陸中国への経済依存という現実とその安定的な発展への期待が馬英九・国民党政権再選の背景ならば、前回総統選よりも得票率を下げた今回の結果は、どう理解したらよいのだろうか。

そもそも国民党は、2011年11月1日に行われた5直轄市(台北市、高雄市、新北市、台中市、台南市)市長選でも苦しい戦いを強いられていた。

5直轄市の人口は台湾全体の約6割を占めるため、総統選の前哨戦とも言われた。その直轄市市長選において国民党は、台北、新北、台中の3市で勝利し、自ら勝敗ラインと定めた3市長確保という目標こそ達したものの、5市合計の総得票率で見ると、民進党の49.9%に対して国民党は44.5%に留まり、5%ポイントもの水を開けられたのである。

こうした馬英九総統ないし国民党の苦戦の背景には、政権長期化への懸念の存在や、女性の蔡英文氏を主席に立てた民進党のイメージ作戦が奏功した面などもあろう。

しかしより構造的には、大陸中国への過度の傾注への警戒感や低中所得者を中心とする格差拡大への不満の高まりがあるのではないかと考えられる。

(1)大陸中国接近への警戒感

大陸中国接近への警戒感は、馬英九氏が2011年10月に、中台和平協議の推進に言及した際に顕在化した。

それまで経済優先で中台関係の強化を進めてきた馬総統が、中国との政治対話の推進にも前向きな姿勢を示したのである。民進党の蔡英文氏は、この発言を激しく批判した。

この中台和平協議への言及によって、それまで蔡氏に10%ポイント以上リードしていた馬氏の支持率はわずか数日で5%ポイント差まで詰め寄られることとなった。

支持率変化が最も顕著に現れた地域は、与野党支持が伯仲する中部地域であり、10月19日には馬氏の支持率45%、蔡氏の支持率24%であったものが、10月23日には馬氏38%、蔡氏40%となり、僅か5日間で民進党が16%伸ばして逆転したのである(中央通訊社2011年10月25日)。

馬総統の発言に大陸中国への過度の傾斜への危険を感じた台湾民衆が少なからず国民党支持から離れた結果が、総統選挙のみならず、5直轄市市長選挙や立法院議員選挙にも影響したことは間違いなかろう。

(2)格差拡大への不満

馬英九総統ないし国民党の苦戦の背景としては、経済成長の恩恵が一部に偏り格差が拡大しているという不満の高まりも指摘できる。

馬英九・国民党政権は、確かに中国との経済関係の強化などを通じてリーマンショックによる混乱からいち早く回復し、2010年には10.7%、2011年も4%程度の経済成長を実現した。

しかし、こうした目覚ましい経済成長とは裏腹に、失業率は依然として高い水準にあり、雇用への不安は解消されていない。こうした社会情勢が、低中所得者を中心に国民党への不満を高めていると見られる。

また地域間でも、台北を中心とする北部に比べると中南部は中台経済関係強化の恩恵が薄いとの指摘もあり、高雄をはじめとする中南部では、北部を支持基盤とする国民党が北部の経済発展を優先しているのではないかという不満も聞かれる。


3.台湾政治の争点変化と展望

台湾経済の大陸中国依存が強まる中、もはや民進党も台湾独立の主張を前面には打ち出しにくい。

台湾政治の争点は、もはや「独立路線」か「統一路線」かという点ではなく、中国大陸との経済交流の積極推進を前提としたうえでの距離感の取り方と、経済発展の恩恵の分配という点に移っている。

今回の総統選は、そうした台湾政治の現状を反映したものであると言え、台湾経済の大陸中国依存と格差の問題は当面消えそうにないことから、今後しばらくは台湾政治の争点にも大きな変化はないだろう。

国民党政権は、好調な経済成長率やECFA発効などの実績を背景に、今回の総統選はからくも勝利を手にしたが、今後4年間に大陸中国との距離感の取り方を間違えたり、格差是正に成果を挙げられなかったりということがあれば、次の総統選は厳しい。

一方の民進党も、上がり調子にあぐらはかいていられない。台湾独立派というアイデンティティではもはや生き残れず、いかに中低所得者や地方の声を吸い上げて、支持を広げられるかが課題となろう。民進党内の独立急進派と穏健派とが党を割って、政界再編という可能性もありうるように思われる。

中国も、国民党政権の方が「一つの中国」という同じ土俵に立って話がしやすかろうが、下手に政治的な関係強化へと手を出せば、台湾の民意はたちまち国民党から離れてしまうだろう。

台湾民意の大層は、中国との対立も独立も望まず、安定的な両岸関係の下で経済成長の恩恵にあずかることを望んでいると見られる。この民意に各政党が如何に上手く応えられるかが、台湾政治のポイントになる。
(東京財団HPより転載)
プロフィール

関山たかしさんの画像
関山たかし
プロフィール
ブログ
https://blog.canpan.info/sekiyama/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/sekiyama/index2_0.xml
著書(単著/共著)
月別アーカイブ