「チャイナ・プラス・ワン」再考
[2010年10月08日(Fri)]
以前は「チャイナ・プラス・ワン」の候補先として注目されたベトナム。2007年ごろは数週間前の予約すら難しかった成田発ハノイ行きの航空機も、いまや乗客はまばらである。
2001年の中国WTO加盟をきっかけとする日本企業の中国進出ラッシュの後、2004年から2005年にかけて中国で反日行動が目立った頃には、中国のカントリー・リスクを考慮して、ベトナムなど他のアジア諸国にも拠点を設ける「チャイナ・プラス・ワン」戦略が日本企業の間で普及した。
しかし、2008年のリーマン・ショックに端を発した世界同時不況のなか、ひとり中国だけが力強い成長を維持した結果、再び中国一辺倒の気配が高まっている。
進む中国依存
日本貿易振興機構の統計によると、09年の日本の対中直接投資額は前年比6.2%増の69億ドルに達し、日本の対外直接投資総額の9.2%を占め、米国、ケイマン諸島に次いで第3位であった。産業別に見ると、製造業への投資が全体の71.1%を占め、そのうち輸送用機械が14%、食料品が12.7%、一般機械が9.5%。非製造業への投資は全体の28.9%で、そのうち金融・保険業が14.4%、小売・卸売業が12.4%であった。
これを中国側から見れば、09年の外国企業の対中直接投資総額900億ドル(実行ベース)のうち日本は4.6%を占める第3位であり、前年比12.9%増であった(中国商務部統計)。
日本企業の投資先についてみると、依然として重点は珠江デルタ、長江デルタ、環渤海などの沿海地域に集中する傾向があるようだ。広東省を例に挙げると、09年の外国企業の直接投資額(実行ベース)195億ドルのうち、日本企業は前年比19.8%増の6.3億ドルで全体の3.2%を占めた(『中国網』日本語版2010年8月23日)。
特に広東省周辺の珠江デルタ地域では、ホンダ、日産、トヨタが進出してから自動車関連企業への投資が集中しており、日本の自動車部品サプライヤーも広州市やその近辺の中山市、仏山市に工場を設立するようになって、いまや自動車産業は広東省の基幹産業のひとつになりつつある。
現在、多くの中小企業が改めて対中国進出の再ブームに乗ろうとしているようである。日本貿易振興機構も、中小企業の中国市場進出を奨励するため、知的財産権の保護対策や市場に関する情報提供を行ったり、北京、上海、成都、香港で商品見本市や商談会などを開催するという。
再燃するチャイナ・リスク
こうして改めて中国へ依存が進む一方、昨今の賃上げデモや日中関係悪化を見るに、改めて「チャイナ・プラス・ワン」を考える必要性を強く感じざるをえない。
思えば、中国では6月にも広東省の日系工場で賃上げストが発生し、中国でのビジネス環境悪化を心配する声が日本に流れたばかりであった。
その記憶も新しいなか、尖閣諸島周辺での漁船衝突事件を機に、中国では日本に対して閣僚級交流停止、レアアース禁輸、法人拘束、反日感情高揚などビジネスへの影響も危惧される状況が生じることとなった。
今回の騒動がおさまっても、対立の原因が取り除かれるわけではない以上、東シナ海を巡って日本が中国と衝突する事態は今後も繰り返されることだろう。
中国は、産業集積の進んだ「世界の工場」として、また目覚ましく拡大する「世界の市場」として、さらには食料や鉱物資源などの供給者として、日本の企業にとっても消費者にとっても縁の切れない国であることは間違いない。
しかし、昨今の状況を見るに、改めて中国一辺倒の依存体質への危機感を感じざるをえない。
「チャイナ・プラス・ワン」はどこか
冒頭のとおり、以前「チャイナ・プラス・ワン」の候補先として注目されたのはベトナムであった。
ベトナム戦争の被害により40〜50代の中高年層は少ないが、20〜30代の青年層を中心に8700万人の人口を擁することから、若くて賃金の安い勤勉な労働力を目当てに多くの製造業が進出した。
しかし、リーマン・ショック後は、インフラの未整備、不透明な法律運用、管理職の不足、労働コストの上昇、未発達な裾野産業といった点が懸念され、かつての対越進出ブームからはトーンダウンしている。
インドはどうだろうか。人口は早晩中国をも凌ぐとされ、今後30年以上労働人口は増え続けることから、ベトナムのように労働コストがすぐに上昇する心配は少ない。英語を公用語とし、理数系に強い優秀な人材も魅力的だ。潜在的な市場規模も大きいことから、販売面の魅力もある。
しかし、インドもインフラの未整備がボトルネックとされる。また、インドが英語を公用語としている点は、日本にとって諸刃の剣である。日本人からすれば中国語やベトナム語などの特殊言語を学ばずとも英語でインド人とコミュニケーションできる反面、インド人は英語の不得手な日本人より英語を流暢に扱う欧米人とのビジネスを好む可能性も高い。事実、多くの優秀なインド人学生がイギリスやアメリカの英語圏へ留学し、人的ネットワークを築いている。
チャイナ・プラス・ワン比較表
出所)IMF World Economic Outlook Database (2010 April)、
JETRO『在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査』(2009年度)
「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」へ
結局、どこの国も一長一短あり、どこか一国に「チャイナ・プラス・ワン」戦略を集中させることにも危険が伴う。
思えば日本企業は、70年代に特定市場への「集中豪雨的輸出」を批判された頃と変わらず、この10年間においても、2000年以降の対中国進出、2005年以降の「チャイナ・プラス・ワン」ベトナム進出、そして現在の対中国進出再ブームと、しばしば右に倣えの集中的進出を繰り返してきた。
それが、2000年以降の中国珠江デルタ地域への自動車産業集積を産むなど良い効果を生じることもあるが、反面リスクを過度に集中させることにもつながっている。
中国一辺倒からのリスク分散を改めて考えるとき、その分散先もどこか一国に集中する「チャイナ・プラス・ワン」ではなく、「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」を検討すべきではないだろうか。
(東京財団HPより転載)
2001年の中国WTO加盟をきっかけとする日本企業の中国進出ラッシュの後、2004年から2005年にかけて中国で反日行動が目立った頃には、中国のカントリー・リスクを考慮して、ベトナムなど他のアジア諸国にも拠点を設ける「チャイナ・プラス・ワン」戦略が日本企業の間で普及した。
しかし、2008年のリーマン・ショックに端を発した世界同時不況のなか、ひとり中国だけが力強い成長を維持した結果、再び中国一辺倒の気配が高まっている。
進む中国依存
日本貿易振興機構の統計によると、09年の日本の対中直接投資額は前年比6.2%増の69億ドルに達し、日本の対外直接投資総額の9.2%を占め、米国、ケイマン諸島に次いで第3位であった。産業別に見ると、製造業への投資が全体の71.1%を占め、そのうち輸送用機械が14%、食料品が12.7%、一般機械が9.5%。非製造業への投資は全体の28.9%で、そのうち金融・保険業が14.4%、小売・卸売業が12.4%であった。
これを中国側から見れば、09年の外国企業の対中直接投資総額900億ドル(実行ベース)のうち日本は4.6%を占める第3位であり、前年比12.9%増であった(中国商務部統計)。
日本企業の投資先についてみると、依然として重点は珠江デルタ、長江デルタ、環渤海などの沿海地域に集中する傾向があるようだ。広東省を例に挙げると、09年の外国企業の直接投資額(実行ベース)195億ドルのうち、日本企業は前年比19.8%増の6.3億ドルで全体の3.2%を占めた(『中国網』日本語版2010年8月23日)。
特に広東省周辺の珠江デルタ地域では、ホンダ、日産、トヨタが進出してから自動車関連企業への投資が集中しており、日本の自動車部品サプライヤーも広州市やその近辺の中山市、仏山市に工場を設立するようになって、いまや自動車産業は広東省の基幹産業のひとつになりつつある。
現在、多くの中小企業が改めて対中国進出の再ブームに乗ろうとしているようである。日本貿易振興機構も、中小企業の中国市場進出を奨励するため、知的財産権の保護対策や市場に関する情報提供を行ったり、北京、上海、成都、香港で商品見本市や商談会などを開催するという。
再燃するチャイナ・リスク
こうして改めて中国へ依存が進む一方、昨今の賃上げデモや日中関係悪化を見るに、改めて「チャイナ・プラス・ワン」を考える必要性を強く感じざるをえない。
思えば、中国では6月にも広東省の日系工場で賃上げストが発生し、中国でのビジネス環境悪化を心配する声が日本に流れたばかりであった。
その記憶も新しいなか、尖閣諸島周辺での漁船衝突事件を機に、中国では日本に対して閣僚級交流停止、レアアース禁輸、法人拘束、反日感情高揚などビジネスへの影響も危惧される状況が生じることとなった。
今回の騒動がおさまっても、対立の原因が取り除かれるわけではない以上、東シナ海を巡って日本が中国と衝突する事態は今後も繰り返されることだろう。
中国は、産業集積の進んだ「世界の工場」として、また目覚ましく拡大する「世界の市場」として、さらには食料や鉱物資源などの供給者として、日本の企業にとっても消費者にとっても縁の切れない国であることは間違いない。
しかし、昨今の状況を見るに、改めて中国一辺倒の依存体質への危機感を感じざるをえない。
「チャイナ・プラス・ワン」はどこか
冒頭のとおり、以前「チャイナ・プラス・ワン」の候補先として注目されたのはベトナムであった。
ベトナム戦争の被害により40〜50代の中高年層は少ないが、20〜30代の青年層を中心に8700万人の人口を擁することから、若くて賃金の安い勤勉な労働力を目当てに多くの製造業が進出した。
しかし、リーマン・ショック後は、インフラの未整備、不透明な法律運用、管理職の不足、労働コストの上昇、未発達な裾野産業といった点が懸念され、かつての対越進出ブームからはトーンダウンしている。
インドはどうだろうか。人口は早晩中国をも凌ぐとされ、今後30年以上労働人口は増え続けることから、ベトナムのように労働コストがすぐに上昇する心配は少ない。英語を公用語とし、理数系に強い優秀な人材も魅力的だ。潜在的な市場規模も大きいことから、販売面の魅力もある。
しかし、インドもインフラの未整備がボトルネックとされる。また、インドが英語を公用語としている点は、日本にとって諸刃の剣である。日本人からすれば中国語やベトナム語などの特殊言語を学ばずとも英語でインド人とコミュニケーションできる反面、インド人は英語の不得手な日本人より英語を流暢に扱う欧米人とのビジネスを好む可能性も高い。事実、多くの優秀なインド人学生がイギリスやアメリカの英語圏へ留学し、人的ネットワークを築いている。
チャイナ・プラス・ワン比較表

JETRO『在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査』(2009年度)
「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」へ
結局、どこの国も一長一短あり、どこか一国に「チャイナ・プラス・ワン」戦略を集中させることにも危険が伴う。
思えば日本企業は、70年代に特定市場への「集中豪雨的輸出」を批判された頃と変わらず、この10年間においても、2000年以降の対中国進出、2005年以降の「チャイナ・プラス・ワン」ベトナム進出、そして現在の対中国進出再ブームと、しばしば右に倣えの集中的進出を繰り返してきた。
それが、2000年以降の中国珠江デルタ地域への自動車産業集積を産むなど良い効果を生じることもあるが、反面リスクを過度に集中させることにもつながっている。
中国一辺倒からのリスク分散を改めて考えるとき、その分散先もどこか一国に集中する「チャイナ・プラス・ワン」ではなく、「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」を検討すべきではないだろうか。
(東京財団HPより転載)



