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オバマ新大統領下の米中関係 [2008年11月22日(Sat)]
世界金融危機の本格化とアメリカ大統領選挙。今、世界中の政府関係者、経営者、ビジネスマン、エコノミスト、政治学者といった人々が、この2つの出来事が今後のアメリカ外交と国際政治経済に与える影響を注意深く観察していることだろう。その影響は、日本を含む東アジアにも当然及ぶものであるが、ここでは、特に米中関係の今後の動向について検討する。

1.世界金融危機とアメリカ大統領選挙
未曾有の金融危機とそれに続くアメリカの不況の影は、アメリカの大統領選挙と今後の外交政策の方向性を規定する最大の要因といえよう。

大統領選挙は、今年9月に民主・共和両党の党大会を修了した時点で、共和党のマケイン候補がややリードし、僅差での接戦が予想されていた。しかし、リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに本格化した世界金融危機の中で、経済政策が苦手で政策的立ち居地が不安定だったマケイン候補に対し、政策姿勢が終始安定し冷静な態度を崩さない振る舞いをみせたオバマ候補が支持を大きく伸ばした。

渡辺研究員は、「今回の危機ではアメリカ自身が世界の金融危機の発生源となっただけでなく、これらの世界規模での危機への対処においても十分なリーダーシップを発揮できず、かつ独力では対処できなかった。このことにより、世界の信任と尊敬を完全に失ったブッシュ政権への大きな「ノー」の反映が、オバマ候補の地すべり的勝利に繋がったのだ。」と分析する。

では、世界金融危機とオバマ新大統領の誕生は、米中関係の行方に如何なる影響を与えるのだろうか?

2.歴史から見た米中関係
そもそも米中関係においては、1972年のニクソン大統領訪中による米中関係正常化しかり、中国側の政策イニシアティブというより、アメリカ側の対中政策の影響を強く受けてきたという側面が強い。

ここで歴史を振り返ると、ニクソンによる米中関係正常化後、多くの歴代アメリカ大統領は、共和党か民主党かにかかわらず、就任直後は中国に対して強い姿勢をとる傾向が見て取れる。これは、「人権を蔑にする共産主義国家・中国」への強気な姿勢が、アメリカ国内で大衆の支持を得やすいためだと考えられる。

一方で、米中関係正常後のアメリカは少なからぬ政治経済上の利益を中国と共有するようになったため、これら各大統領も、就任後しばらくすると大衆迎合的な対中強硬政策を続けることが難しい現実に直面する。その結果、秋田浩之氏が著書「暗流」で指摘しているとおり、アメリカの歴代大統領は、就任後おおむね2年以内には対中政策を軟化させてきた。

(例)
カーター(民主):人権外交を掲げて77年1月就任
⇒78年12月、米中国交正常化を発表

レーガン(共和):親台湾派として81年1月就任
⇒ 82年8月、3つ目の米中共同声明を発表

クリントン(民主):中国の人権問題を非難して93年1月就任
⇒ 94年5月、人権問題と通商問題の切り離しを決定

ブッシュ(共和):中国を「戦略的競争国」としてライバル視して01年1月就任
⇒ 02年10月、江沢民をテキサス州の私邸に招待

逆にいえば、現職大統領は現実のしがらみのために大衆受けのよい対中強硬策を維持しにくいだけに、新たな大統領(候補)にとっては、前任者の政策を批判し、その違いをアピールするための材料として、強硬な対中政策が便利なのである。

現在アメリカの経済が不調であることから考えれば、来年1月に就任するオバマ次期大統領も、国内政治上の配慮から、廉価な工業製品を大量に輸出して大幅な対米貿易黒字を計上している中国に対して批判の矛先を向ける可能性は否定できない。

実際、オバマ氏は、不公正な取引慣行を取る国に対して是正の働きかけを強め、通商代表部を強化する方針を公約にしており、大統領選挙期間中に全米繊維団体協議会からの質問に回答した書簡のなかで、「中国は、輸出よりも内需依存の経済成長に向けて、為替を含め政策を変更しなければならない。だからこそ私は、中国に変化を促すため、あらゆる外交手段を行使する」との主張を展開している。

3.米中関係の現状と今後
しかし、私は、オバマ次期大統領は、むしろ歴代大統領の就任時と比較してより抑制的な対中政策を取るのではないかと予想している。

まずオバマ新大統領の外交方針について、渡辺恒雄研究員は前出のレポートの中で「多くの難しい課題に継続して取り組まざるを得ないオバマ政権は、関与政策を中心にした外交政策をとっていくことになるだろう」との見方を示している。

世界を巻き込む金融危機と実体経済の悪化、ならびにアメリカ内の経済と財政赤字の累積という状況が、オバマ候補に勝利をもたらした要素であると同時に、新政権が真っ先に取り組まざるを得ない課題であり、それこそが新政権の外交政策を穏健な現実主義とプラグマティズムに引っ張っていく環境を作り出すことになるだろう。

さらに、中国との関係についてより詳しく分析すれば、いまやアメリカにとって中国は、歴代いずれの大統領就任時と比較しても一層重要なパートナーとなっており、もはや強硬路線を取りうる余地は非常に少ない。

たとえば、ブッシュ大統領就任時の2001年には、日本が第3位(全体の7.9%)の輸出相手国であり、中国は9位(同2.6%)でしかなかったが、2007年には、中国がアメリカの第3位の輸出相手国(同5.6%。1位カナダ、2位メキシコ)となっている。輸入でも、2001年に中国は日本(同11.0%)に次ぐ第4位(同9.0%)にとどまっていたが、2007年ではアメリカにとって最大(同16.5%)の輸入相手国だ。いまや中国なくしてアメリカ経済は成り立たないのである。

また、外交的にも、北朝鮮の非核化にも中国の協力は必要であり、ここにきてロシアが強硬な態度に変化してきていることからも、アメリカが中国を味方につけておく戦略的な必要性が高まっていると言えよう。

ライス国務長官の言葉を借りれば、アメリカにとって中国は、「価値観は共有しないが、利益は共有する」大国であり、「アメリカと同様に特別な責任を負っている」重要なパートナーである(ライス国務長官、Rethinking the National Interest、Foreign Affairs7-8月号)。

したがって、オバマ次期大統領が、仮に歴代大統領と同様に中国に対して批判的な言動を取るとしても、それは対中強硬派のガス抜き程度で終わり、実際の対中政策は、穏健なものになると予想されるのである。先の全米繊維団体協議会への回答も、選挙民の感情を強く意識せざるをえない選挙中におけるリップサービスの域を出ないのではないか。

むしろオバマ候補は、選挙中に出した対中政策に関する文章のなかで「アメリカは中国との長期的かつ積極的な建設的な関係を築かなければならない。両国がいかに挑戦に対応し、また、どれほど共通点を見つけることができるかが、両国およびアジアないし世界ほかの国にとっても極めて大きな意義がある」と述べており、中国に対して協調的な政策を採っていくものと考えられる。

一方の中国も、オバマ次期大統領との間で米中関係を発展させたい考えだ。11月5日にオバマ候補当選が明らかになると、中国の指導者はその日のうちに祝電を打った。

胡錦涛国家主席は、祝電のなかで「(米中間の)建設的な協力関係を新しいレベルに引き上げ、両国民ないし世界各国の人民に利益をもたらしたい」と述べたとされる。また、温家宝首相も祝電を送り、「良好な中米関係は両国民が共に望んでいるもので、アジア太平洋地区ないし世界の平和、安定、繁栄を維持する上で必要である。双方の努力によって、建設的な協力関係は必ず新しい発展を遂げるだろう」との前向きなメッセージを発したという。

加えて、オバマ次期大統領と胡錦涛国家主席が11月8日に電話会談した際にも、胡錦涛国家主席は、「今後は両国のハイレベルまた各クラスの交流を維持し、戦略的対話を進め、各分野における協力を拡大し、重大な国際・地域問題などをめぐって協調性を強化するとともに、両国間の敏感な問題、特に台湾問題を適切に処理し、建設的な協力関係をさらに高いレベルへと引き上げていきたい」と述べたとされる。これに対して、オバマ次期大統領も「米中両国は発展に向けて多くのチャンスを有しており、協力を強化することで両国関係がさらに進展し、両国民に恩恵がもたらされるよう希望している」と前向きに応じている。

4.まとめ
以上の話を日本との関係を踏まえてまとめれば、オバマ次期大統領は、内外の情勢により多国間協力体制を志向すると考えられ、東アジアにおいては、ブッシュ政権の初期に見られたような日米同盟で中国に対峙していくという立場ではなく、またクリントン政権の初期に見られたような日本パッシングでもなく、日米中の多国間の協力体制で、北朝鮮などの地域の地政学リスクを管理(マネージ)しようと考える傾向にある。世界的な金融危機は、中国との経済協力の重要性を増し、ますますそのような傾向を高めていくことになろう。

ひるがえって、こうした国際政治経済情勢の流れの中で、日本はいかに立振舞うべきなのだろうか?その鍵は「自国の立場の明確な主張」という点にあるのではないかと私は考える。

アメリカも中国も協調的なマルチラテラリズム(多国間主義)のアプローチを重視する流れにあるからこそ、日本は自国にとっての利害を意識しつつ自らの立場を明確して、この流れに乗ることが重要であろう。言い換えれば、協調的な国際環境のなかで臆することなく自国の利益の最大化を図ることである。たとえば、北朝鮮の問題で言えば朝鮮半島の非核化と拉致被害者問題の解決の両立なくして北朝鮮への協調支援には参加しえないとの立場を堅持することであり、今後の国際金融システム改革の問題で言えば日本の経済規模に見合った発言権の確保を貪欲にでも追及することだ。

こう主張すると、「日本が自国の利益に固執すれば、米中協調の影に置いて行かれるだけではないか」と心配する向きがあるが、私はそうは思わない。北朝鮮の問題にせよ、国際金融危機の問題にせよ、日本の協力なくして米中だけで解決できる問題ではないのである。アメリカが必要とするのは中国だけではなく、中国が重視するのもアメリカだけではない。両国にとって日本との協調も劣らず不可欠であり、日本が自国の立場を堅持すれば、米中もこれを無視するわけにはいかないのが今の国際政治経済情勢である。

戦後長らく、日本の外交政策は、米中関係のディペンデント・バライアブル(従属変数)であった。いまや世界金融危機により国際政治経済情勢が変わりつつあるなか、これまでの国際政治経済を牽引してきたアメリカでは、オバマ候補がチェンジ(変革)を訴えて大統領選に勝利した。日本も、国際政治経済のなかで自らをディペンデント・バライアブル(従属変数)からインディペンデント・バライアブル(独立変数)へとチェンジする千載一遇のチャンスが来ていると私は考える。
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