歩み寄る中国と台湾?「一国二制度」による統一の可能性
[2008年06月02日(月)]
5月28日、大陸中国を訪れた台湾の与党・国民党の呉伯雄主席は、北京の人民大会堂で中国共産党の胡錦濤総書記と会談した。台湾国民党と中国共産党が中台両岸それぞれの与党としてトップ会談を行うのは、なんと1949年に国民党が大陸中国を去ってから初めてである。
特に、過去8年間は台湾独立を主張する民進党の陳水扁政権に北京側が反発し、中台間の政治交流は停滞していた。しかし、今月20日に台湾総統となった国民党の馬英九氏は、中台間の週末チャーター直行便の就航や台湾への中国人旅行者の解禁を表明するなど、大陸中国への歩み寄りを示している。馬英九総統の就任を契機として、「中国の統一」という点では軌を一にする台湾国民党と中国共産党は緊張緩和で一致し、政治対話の再開にも合意するなど、急速に接近してきている。
大陸中国の悲願は、いうまでもなく台湾の併合である。そのためのアプローチとして北京政府が掲げるのが、香港やマカオと同じ「一国二制度」だ。
ヨーロッパの植民地支配から中国へ復帰した香港やマカオでは、現在「一国二制度」の下で一定の自治が許されている。1984年に「一国二制度」方式による香港の中国復帰が決まった際、時の中国最高指導者であったケ小平は、台湾に対しても「一国二制度」を緩用して祖国の統一を迫った。台湾に「一国二制度」による統一を迫るアプローチは、20年以上の時がたった今も基本的には変わっていない。
しかし、「一国二制度」という急進的なシステムは、今の台湾では機能しようがない。中台両岸の統一は少なくとも短期的にはありえず、長い時間をかけた漸進的なアプローチが必要となる。
1.香港で成果を挙げた「一国二制度」
香港において、「一国二制度」方式は結果的に良い戦略であった。
1997年の返還から11年。香港では、「一国二制度」による祖国復帰の後、経済交流の緊密化を通じて中国との経済社会面での一体化が順調かつ急速に進んだ。特に中国経済の急成長や中国香港間の自由貿易協定締結は、両者の一体化に大きく貢献し、いまや大陸から香港に押し寄せる大勢の金持ち旅行者や多額の投資が香港の経済を支えている。
また、中国と香港との経済社会面での一体化は、意識面での統一をも促進した。かつては大陸の中国人と同一視されることを嫌い、「私は中国人ではなく、香港人だ」と異口同音に言っていた私の友人達も、最近では手のひらを返したように「我々香港人も中国人として北京語(大陸中国の標準語)を習得しなければ」などと言って、アフター5の語学学校通いに余念がない。
こうした香港における「一国二制度」の成功を見れば、北京の指導者が同じ「一国二制度」を緩用して台湾を併合できないかと考えても無理はない。
しかし、香港と台湾では、この「一国二制度」の受け入れにあたって事情が違う。
1980年代に行われた香港の中国復帰交渉において、その交渉相手は香港自身ではなく、香港を植民地としていた宗主国イギリスであった。極東から遠く離れたロンドンのサッチャー首相は、自国の経済権益に悪影響を及ぼすことのないように香港の経済的繁栄には一定の関心があったが、香港人の将来には何らの制度上の責任を負ってはいなかった。
したがって、香港の復帰交渉において、ケ小平率いる中国は、直接の利害関係を有する香港人自身の意見や懸念とは関係のない場所で、イギリスのサッチャー首相とトップダウンによって交渉と妥結を行うことができた。これこそ中国が香港返還交渉を一気に纏め上げることに成功した大きな要因の一つである。
また、香港人にとっても、所詮は自らの上に君臨する統治者がイギリスから中国に交替するだけであったとも言える。もちろん、中国復帰に伴う不安や心配は大きなものであり、海外への移住者も続出したが、暴動などの大きな混乱は発生せず、比較的平穏に復帰を迎えた。
2.自らの民主政府と軍隊を持つ台湾
一方、台湾との交渉の場合、北京政府は台湾自身の民主政府と交渉しなければならない。台湾政府は中国への併合に直接利害関係を有する台湾人を代表しており、安易な妥協を行うことはできない。
台湾の大陸委員会が2006年12月に調査したところによれば、台湾人の73%が「一国二制度」による中国との統一に反対しているという。こうした世論を受けて、「一つの中国」を掲げる国民党から総統となった馬英九氏ですら、「統一を支持しない」と主張している。
すなわち、選挙によって制度的に台湾内の世論が反映される台湾政府を相手に交渉を行わなければならない以上、中国との統一に関する台湾人の批判や懸念を解消することなくして、トップダウン的な妥結は実現不可能である。
また、もし台湾人の意向を無視した強行策を中国が取れば、アメリカから最新鋭の兵器を導入している台湾軍と中国人民解放軍との軍事衝突の危険すらある。すなわち、台湾併合をトップ交渉だけで行う難易度と危険度は、香港返還の比ではないのだ。
3.台湾には漸進的な「機能主義的アプローチ」を
では中国は、台湾に対して如何なるアプローチを採用するのがよいのであろうか?
この点、アメリカの政治学者エルンスト・ハース(Ernst Haas)が提示した地域統合理論が参考となる。
ハースは、経済社会面での協力を通じた「統一」が最終的に政治的な「統合」に至ると考える。すなわち、主権の対立を招かない経済社会分野などのロー・ポリティクス(low-politics)分野における協力関係が、よりセンシティブなハイ・ポリティクス(high-politics)分野における協力関係へと徐々に染み出していき(spill-over)、遂には政治的な「統合」へと至るとする。
こうしたアプローチを、ハースは「機能主義的アプローチ」と呼んだ。この「機能主義的アプローチ」に対して、「一国二制度」のように、政治的な「統合」を経済社会面での「統一」に先行させるアプローチを「連邦主義的アプローチ」という。
台湾との統一交渉においては、統一による不利益を深く憂慮している台湾人と直接交渉しなければならない以上、経済社会分野での協力を積み重ねて、機能面と感情面での「統一」を政治面での「統合」に先行させる「機能主義的アプローチ」のほうが、「連邦主義的アプローチ」よりも現実的であると考えられる。
実際、北京政府も最近では「連邦主義的アプローチ」の無効性と「機能主義的アプローチ」の利便性に気づいているようだ。1990年代には台湾の立法院や総統の選挙に過敏に反応していた大陸中国も、2001年12月の立法院選挙からは静観するようになり、今回の総統選挙においても、かつてのような過剰な反応は見せなかった。
中国と台湾との両岸経済関係は、両岸の政治指導者が好むと好まざるとにかかわらず年々深まっている。北京側としては、台湾との更なる経済統一をまず進め、政治面での統合を急がないのが得策であろう。
中台間の相互依存関係の深化は地域の安全保障の観点から見ても好ましい。アメリカのケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)に代表される現実主義の国際政治学は、相互依存関係を相手国に対する「弱み」(vulnerability)と見るが、相互依存による「弱み」は双方が抱えるものである以上、それほど悲観的になる必要もない。
むしろ、ロバート・コヘイン(Robert Keohane)やジョセフ・ナイ(Joseph Nye)が主張したように、他分野にわたる複合的な相互依存関係が確立されれば、その関係を壊すことは両者にとって高くつく(costly)のであるから、それぞれに関係維持のインセンティブが働き、関係安定化につながると考えられる。
もし中国経済が今よりも更に台湾に依存するようになれば、両岸関係の破壊による機会費用は上昇するため、北京としても台湾との関係を武力の行使によって複雑化するようなことは避けるようになるだろう。
また、長期的に見れば、中国との強い結び付きなくして台湾が経済的繁栄を享受することは現実的には難しい。中台間の経済的、制度的、感情的な「統一」が更に深まり、両岸の経済的・社会的格差が縮まれば、むしろ台湾人自身の方から中国との「統合」をより強く支持するようになるであろう。
特に、過去8年間は台湾独立を主張する民進党の陳水扁政権に北京側が反発し、中台間の政治交流は停滞していた。しかし、今月20日に台湾総統となった国民党の馬英九氏は、中台間の週末チャーター直行便の就航や台湾への中国人旅行者の解禁を表明するなど、大陸中国への歩み寄りを示している。馬英九総統の就任を契機として、「中国の統一」という点では軌を一にする台湾国民党と中国共産党は緊張緩和で一致し、政治対話の再開にも合意するなど、急速に接近してきている。
大陸中国の悲願は、いうまでもなく台湾の併合である。そのためのアプローチとして北京政府が掲げるのが、香港やマカオと同じ「一国二制度」だ。
ヨーロッパの植民地支配から中国へ復帰した香港やマカオでは、現在「一国二制度」の下で一定の自治が許されている。1984年に「一国二制度」方式による香港の中国復帰が決まった際、時の中国最高指導者であったケ小平は、台湾に対しても「一国二制度」を緩用して祖国の統一を迫った。台湾に「一国二制度」による統一を迫るアプローチは、20年以上の時がたった今も基本的には変わっていない。
しかし、「一国二制度」という急進的なシステムは、今の台湾では機能しようがない。中台両岸の統一は少なくとも短期的にはありえず、長い時間をかけた漸進的なアプローチが必要となる。
1.香港で成果を挙げた「一国二制度」
香港において、「一国二制度」方式は結果的に良い戦略であった。
1997年の返還から11年。香港では、「一国二制度」による祖国復帰の後、経済交流の緊密化を通じて中国との経済社会面での一体化が順調かつ急速に進んだ。特に中国経済の急成長や中国香港間の自由貿易協定締結は、両者の一体化に大きく貢献し、いまや大陸から香港に押し寄せる大勢の金持ち旅行者や多額の投資が香港の経済を支えている。
また、中国と香港との経済社会面での一体化は、意識面での統一をも促進した。かつては大陸の中国人と同一視されることを嫌い、「私は中国人ではなく、香港人だ」と異口同音に言っていた私の友人達も、最近では手のひらを返したように「我々香港人も中国人として北京語(大陸中国の標準語)を習得しなければ」などと言って、アフター5の語学学校通いに余念がない。
こうした香港における「一国二制度」の成功を見れば、北京の指導者が同じ「一国二制度」を緩用して台湾を併合できないかと考えても無理はない。
しかし、香港と台湾では、この「一国二制度」の受け入れにあたって事情が違う。
1980年代に行われた香港の中国復帰交渉において、その交渉相手は香港自身ではなく、香港を植民地としていた宗主国イギリスであった。極東から遠く離れたロンドンのサッチャー首相は、自国の経済権益に悪影響を及ぼすことのないように香港の経済的繁栄には一定の関心があったが、香港人の将来には何らの制度上の責任を負ってはいなかった。
したがって、香港の復帰交渉において、ケ小平率いる中国は、直接の利害関係を有する香港人自身の意見や懸念とは関係のない場所で、イギリスのサッチャー首相とトップダウンによって交渉と妥結を行うことができた。これこそ中国が香港返還交渉を一気に纏め上げることに成功した大きな要因の一つである。
また、香港人にとっても、所詮は自らの上に君臨する統治者がイギリスから中国に交替するだけであったとも言える。もちろん、中国復帰に伴う不安や心配は大きなものであり、海外への移住者も続出したが、暴動などの大きな混乱は発生せず、比較的平穏に復帰を迎えた。
2.自らの民主政府と軍隊を持つ台湾
一方、台湾との交渉の場合、北京政府は台湾自身の民主政府と交渉しなければならない。台湾政府は中国への併合に直接利害関係を有する台湾人を代表しており、安易な妥協を行うことはできない。
台湾の大陸委員会が2006年12月に調査したところによれば、台湾人の73%が「一国二制度」による中国との統一に反対しているという。こうした世論を受けて、「一つの中国」を掲げる国民党から総統となった馬英九氏ですら、「統一を支持しない」と主張している。
すなわち、選挙によって制度的に台湾内の世論が反映される台湾政府を相手に交渉を行わなければならない以上、中国との統一に関する台湾人の批判や懸念を解消することなくして、トップダウン的な妥結は実現不可能である。
また、もし台湾人の意向を無視した強行策を中国が取れば、アメリカから最新鋭の兵器を導入している台湾軍と中国人民解放軍との軍事衝突の危険すらある。すなわち、台湾併合をトップ交渉だけで行う難易度と危険度は、香港返還の比ではないのだ。
3.台湾には漸進的な「機能主義的アプローチ」を
では中国は、台湾に対して如何なるアプローチを採用するのがよいのであろうか?
この点、アメリカの政治学者エルンスト・ハース(Ernst Haas)が提示した地域統合理論が参考となる。
ハースは、経済社会面での協力を通じた「統一」が最終的に政治的な「統合」に至ると考える。すなわち、主権の対立を招かない経済社会分野などのロー・ポリティクス(low-politics)分野における協力関係が、よりセンシティブなハイ・ポリティクス(high-politics)分野における協力関係へと徐々に染み出していき(spill-over)、遂には政治的な「統合」へと至るとする。
こうしたアプローチを、ハースは「機能主義的アプローチ」と呼んだ。この「機能主義的アプローチ」に対して、「一国二制度」のように、政治的な「統合」を経済社会面での「統一」に先行させるアプローチを「連邦主義的アプローチ」という。
台湾との統一交渉においては、統一による不利益を深く憂慮している台湾人と直接交渉しなければならない以上、経済社会分野での協力を積み重ねて、機能面と感情面での「統一」を政治面での「統合」に先行させる「機能主義的アプローチ」のほうが、「連邦主義的アプローチ」よりも現実的であると考えられる。
実際、北京政府も最近では「連邦主義的アプローチ」の無効性と「機能主義的アプローチ」の利便性に気づいているようだ。1990年代には台湾の立法院や総統の選挙に過敏に反応していた大陸中国も、2001年12月の立法院選挙からは静観するようになり、今回の総統選挙においても、かつてのような過剰な反応は見せなかった。
中国と台湾との両岸経済関係は、両岸の政治指導者が好むと好まざるとにかかわらず年々深まっている。北京側としては、台湾との更なる経済統一をまず進め、政治面での統合を急がないのが得策であろう。
中台間の相互依存関係の深化は地域の安全保障の観点から見ても好ましい。アメリカのケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)に代表される現実主義の国際政治学は、相互依存関係を相手国に対する「弱み」(vulnerability)と見るが、相互依存による「弱み」は双方が抱えるものである以上、それほど悲観的になる必要もない。
むしろ、ロバート・コヘイン(Robert Keohane)やジョセフ・ナイ(Joseph Nye)が主張したように、他分野にわたる複合的な相互依存関係が確立されれば、その関係を壊すことは両者にとって高くつく(costly)のであるから、それぞれに関係維持のインセンティブが働き、関係安定化につながると考えられる。
もし中国経済が今よりも更に台湾に依存するようになれば、両岸関係の破壊による機会費用は上昇するため、北京としても台湾との関係を武力の行使によって複雑化するようなことは避けるようになるだろう。
また、長期的に見れば、中国との強い結び付きなくして台湾が経済的繁栄を享受することは現実的には難しい。中台間の経済的、制度的、感情的な「統一」が更に深まり、両岸の経済的・社会的格差が縮まれば、むしろ台湾人自身の方から中国との「統合」をより強く支持するようになるであろう。



