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攻守所を変えて泥沼化するタイのデモ [2009年04月17日(金)]
「アピシット首相は退陣せよ」、「ASEAN会議を中止しろ」。

タクシン元首相を支持する反政府デモ隊が現政権の退陣を叫ぶ。4月11日、タイ中部のパタヤ市内で予定されていたASEAN諸国と日中韓の首脳会議や豪印との首脳会議が、反政府デモによる混乱を受けて延期に追い込まれた。

反政府デモ隊はその後活動の拠点を首都バンコクへ移して首相府を包囲したが、12日にアシピット首相が非常事態宣言を出して治安当局による強制排除に乗り出した結果、15日には反政府デモ隊も撤収を余儀なくされるに至った。

1.レッドシャツ対イエローシャツの対立
周知のとおり、今回の混乱は、昨年10月から続くタイ国内のデモ騒ぎの延長線上にある。以下に経緯をおさらいしたい。

事の発端は06年9月、医療制度改革や貧困対策で地方の農民や貧困層を中心に絶大な支持を得ていたタクシン元首相が軍事クーデターにより追放されたことに始まる。クーデターの背景には、王室を十分顧みない華人系のタクシン元首相が地方を中心に強固な支持を固めていたことに対する王室擁護派の反発があったと言われる。その後、軍による暫定政権を経て、07年12月に総選挙が行われた際にはタクシン派が勝利した。

しかし、これを不服とする反タクシン派の「民主主義市民連合」(PAD)は、08年10月に国会前でデモを起こして警官隊と衝突、500名規模の死傷者を出した。さらにPADは、バンコク近郊の主要2空港を占拠して機能不全に陥れ、多くの外国人旅行客やビジネスマンに足止めを食らわした。そもそもASEAN+3首脳会議や東アジア首脳会議は昨年12月に予定されていたのだが、このPADによる空港占拠のために延期されたものである。

結局、12月にはタクシン派のソムチャイ政権が混乱の責任をとって崩壊し、PADが支持するアピシット首相が政権についた。

ところが、話はこれで終わらない。PADのデモによる政権転覆に反発するタクシン派「反独裁民主同盟」は、今年1月にアシピット首相退陣を求めて3万人規模の集会を開催、2月には1万人のデモ隊が首相府を包囲したこともあった。こうした経緯を経て、「反独裁民主同盟」は4月9日に東アジア首脳会議等の妨害を宣言し、今回の混乱に至った次第である。

反タクシン派のPADが国王のシンボルカラーである黄色のシャツを着てデモを行ったのに対し、タクシン派の「反独裁民主同盟」は赤色のシャツで今回のデモに臨んだ。

地方の農民や都市の貧困層を支持者とするタクシン派に対し、バンコクの中間層や官僚などのエリートは反タクシン派を支持していることから、レッドシャツ(タクシン派)対イエローシャツ(反タクシン派)の対立は、こうした地域格差・階級格差の対立とも言える。


2.混乱許した治安当局内の分裂
ところで、「反独裁民主同盟」がパタヤで首脳会議の妨害を行った際、なぜ治安当局は各国首脳が滞在する会場ホテルへの侵入を易々と許したのか、その理由がいま一つ解せない。

各種報道によれば、当日パタヤには大勢の兵士や警官が配備されていたにもかかわらず、デモ隊が中韓首脳の滞在するホテルを取り囲んでも、ASEAN首脳の滞在するサミット会場ホテルに侵入しても、治安当局はデモ隊を強制排除することなく、ただただ見つめるばかりであったという。

治安当局がパタヤにおいて反政府デモ隊を排除できなかった理由として、現政権には昨年末に国会を包囲したり空港を占拠したりしたPADの責任追及をしていない弱みがあると指摘する向きがある。「PADの無法を放置した政府と軍は、今回、「反独裁民主同盟」が首脳会議の妨害に動いても、強く出ることができなかった」というのである(4月12日の朝日新聞朝刊)。

また、アシピット首相が「反独裁民主同盟」を力ずくで封じ込めるようなことをすれば、「反独裁民主同盟」に同情的な世論が形成され、アシピット首相としては自身の政治的立場を危うくすることも考えられる。実際、昨年10月にPADが国会包囲した際には、当時のタクシン派政権が強制排除を敢行したために大勢の死傷者が出て、政権批判が強まる結果となった。

これら要因に加えて、筆者は、治安当局が内部で分裂しているのではないかと見ている。

バンコクの中間層や軍・官僚などのエリートを支持層に持つ反タクシン派の現政権は、そのお膝元たるバンコクの軍や警察に対するコントロールは効いているにせよ、地方の治安当局は十分に掌握しきれていないという。

また、今回パタヤにおいては警察を中心に治安回復にあたり、軍は警察の補佐としての配備であったが、もともとタクシン元首相は警察官僚の出身であることから、警察内部には彼に同情的な人間も少なくないとも聞く。

東南アジア情勢に詳しい早稲田大学アジア研究機構のキム・ベン・ファー客員研究員は「バンコクの治安当局は王室と現政権に忠誠的だが、タクシン派の中には、地方の軍・警察はバンコクと足並みが揃っていないと見て、そこにデモ遂行のチャンスを見出している向きもある」と筆者に語った。

こうした治安当局内部の分裂のために、反政府デモはパタヤにおいて言わば見逃され、バンコクに至ってはじめて強制排除されたのではないだろうか。


3.今後の展望
4月16日現在、首相府を包囲していたタクシン派「反独裁民主同盟」の反政府デモ隊は撤収し、首都バンコクは落ち着きを取り戻したかのように見える。

しかし、同幹部は「決して負けたわけではなく、再び帰ってくる」と行動再開を明言している(東京新聞4月15日朝刊)。政府もバンコクと近県に出した非常事態宣言を当面解除しない方針だ。

昨年10月以来攻守所を変えて続く一連のデモ騒動は、今後も当面沈静化が見込めないのではないかと筆者は危惧する。

まず、一連のデモは単なる少数派の跳ね返りではなく、地方の農民や都市の貧困層を支持者とするタクシン派と、バンコクの中間層や官僚などのエリートを中心とする反タクシン派との間の、地域格差・階級格差の対立という様相を呈しており、度重なる混乱と死傷者発生の結果、その溝は一層深まっていると見られる。

また、治安回復を担うはずの軍や警察も一枚岩ではないのも問題だ。タクシン派も反タクシン派も、それぞれが治安当局の一部を味方につけていると信じており、それが事態を一層複雑化させる。

さらに、最大の懸念は、本来なら仲裁役を担うべきはずのプミポン国王が、騒動の一方の立場(すなわち王室擁護を掲げる反タクシン派の立場)に近すぎることだ。タイは過去に何度もクーデターを経験してきたが、そのたびに国民の尊敬を集める国王が事態を収拾してきた。

しかし、今回は、王室に対する立場の違いが対立争点の一つになっている。タクシン元首相は、3月27日、海外からのビデオ演説において自分を追い落とした06年9月のクーデターの黒幕としてプレム枢密院議長と名指しした。プレム議長はプミポン国王の側近中の側近とされる元陸軍司令官であり、彼を黒幕として名指しで批判するということは、クーデターを仕掛けたのが王室であると言っているに等しい。実際、反タクシン派はタクシン元首相の発言を「議長を批判する形をとった王室批判だ」として激しく反発している(朝日新聞4月12日朝刊)。

こうした状況にあっては、国王としても仲裁に乗り気でないか、そもそも仲裁に乗り出しても事態を収拾しきれない可能性すらある。

日系企業が東アジアで築き上げてきたサプライチェーンの要であるタイで政情の不安定が続けば、日本においても対岸の火事と涼しい顔はしていられない。デモ合戦泥沼化の可能性にも備えておかねばなるまい。
東アジア首脳会議に向けた日本の立場 [2009年04月07日(火)]
4月10日から12日にかけて、タイで第4回東アジア首脳会議、ASEAN+3首脳会議等が開催される。

05年にマレーシアで開催された第1回東アジア首脳会議には、当時外務省に勤務していた小職も随員の一人として出席した。

今回、同会議に臨む日本の立場はいかなるものか?

これに関する小職の考えとして、先日中国新華社から受けたインタビューのやり取りを以下に紹介したい。

(新華社)日本は、今回の東アジア首脳会議で一番大きな関心事は何でしょうか。

(関山)
議長国タイのアピシット・ウェチャチワ首相は「今回の会議では、G20首脳会議で合意された内容をどう発展させ、成果を出すことができるかを論議する」と語っている(4月5日APF)。

日本にとっての一番の関心事も、やはり世界金融経済危機の脱却に向けて東アジア諸国が如何に協力していけるかという点にある。

G20首脳会議において、麻生首相は「わが国の財政状況で許される最大級の景気刺激策を考えている」との考えを表明し、アジア向け政府開発援助(ODA)を五千億円積み増して総額二兆円規模とするほか、新興国・途上国への追加貿易金融支援として総額二百二十億ドル(約二兆二千億円)を拠出する方針などを打ち出した。

10日からタイで開かれる東アジア首脳会議においても、こうした日本の方針を改めて東アジアの隣国に伝えることになる。欧米諸国のマイナス成長が見込まれる中、日本も経済情勢が厳しいが、東アジアが世界経済の牽引役として力強く成長できるように最大限の貢献をする意向だ。

また、地域の安全問題も重要なテーマになるだろう。日本としては、北朝鮮によるロケット発射について強い懸念を有しており、この点について東アジア各国の理解を得て、国際社会で一致した批難を北朝鮮に送りたい考えだ。


(新華社)日本は、現在の「ASEAN 10ヶ国+日中韓」枠組みでの地域協力をどう評価し、どんな期待を持っているのか。

(関山)
二国間首脳会談、日中韓首脳会談、日CLV首脳会談、日ASEAN首脳会談、ASEAN+3首脳会談、東アジア首脳会談(ASEAN+6)、APEC首脳会談と、東アジアには様々な地域協力の枠組みが存在しているが、それらを重層的に組み合わせて活用するのが日本の方針である。

枠組みが異なれば関心事や共通利害も少しずつ異なることから、それぞれの特徴を活かしながら具体的な協力を一つ一つ積み重ねていくことで、東アジアの地域協力を促進させていくことを日本は望んでいる。

昨年12月にASEAN+3とは独立に日中韓首脳会議が開催され、今後も継続が見込まれていることから、日本にとってはASEAN+3の重要性が低下したのではないかという意見もあるが、ASEANは東アジア地域協力のdriverとして引き続き重要である。


(新華社)「ASEAN+3」の地域協力を推進するのに、どうすればいいでしょうか。ご提言を。

(関山)
地域協力の進め方には、先に政府間協定や合意を結んでから実際の協力を始めるde jure方式と、先に実際の協力を進めてから制度を整えるde facto方式とがある。

比較的均質的なヨーロッパと異なり、東アジアには、政治体制、経済発展レベル、宗教文化の全く異なる国々が存在している。こうした状況で、先に政府間協定や合意を結ぼうとしても、利害や意見の対立ばかりが目立ち、なかなか進まない。

そこで、ASEAN+3にせよ東アジア首脳会議にせよ、機能主義の観点に立って、具体的な協力を実施可能なものから実施していくことが地域協力推進の最良の方策である。

実際、90年代初にマレーシアのマハティール首相が東アジア経済グループ(East Asia Economic Group)の創設を提唱した際には域内外に様々な意見の相違があって実現しなかったが、97年のアジア金融危機に対処するためにASEAN+3での具体的な協力が進んだ結果、東アジアでの地域協力はde facto方式で大きく進展してきた。

今後も、日本や中国を含む東アジア諸国は、金融経済、防災、環境保護、地域安全など、共通利益のある分野で一つずつ具体的な協力を進めていくことを期待したい。


(新華社)去年の10月に、韓国メディアは「豊富な外貨準備を持つ韓国、中国、日本の3カ国が軸となり、輸出低迷などによるドル資金不足に対応し、外貨準備の共有チャンネルを確保するのが狙い」の「アジアIMF」の創設をいっせいに取り上げました。これに対し、日本はどう考えているのか。日本の立場と態度を教えてください。

(関山)
アジア版IMF構想は、もともと97年のアジア通貨危機の際、日本が積極的に提唱した考えである。

しかし、当時は、東アジアにおける自国とIMFの影響力低下を恐れたアメリカがアジア版IMF構想に反対し、また、通貨金融危機の影響を受けていなかった中国も日本の影響力拡大を好ましく思わず消極的であったため、結局アジア版IMFは実現しなかったと日本では理解されている。

現在の世界金融危機に対して、日本はIMFの強化を主導しているが、IMFだけでは万全でない可能性もある。IMFに加えて、アジア域内の金融危機にアジア諸国が協力して対処する枠組みが存在することは好ましいことである。

実際、日本は、97年にアジア版IMF構想が頓挫した後、これに代わるものとして、対外債務の返済が困難になった国にドルを融通する「チェンマイ・イニシアチブ(CMI)」の構築を主導し、現在では16本の二国間協定がASEAN+3諸国の間で締結されている。

今年2月に開催されたASEAN+3財相会議では、(1)CMIの総額を800億ドルから総額1200億ドルへ増額すること、(2)域内の経済や為替、金融監督を一元的に監視する独立した事務局を設立すること、(3)二国間協定の内容を一本化し、支援決定時に関係国が1カ所に集まって意思決定する仕組みを整えることを合意した。これらの計画が実現すれば、事実上アジア版IMFができることになる。

こうした取り組みも、東アジア地域協力におけるde facto方式の典型例であろう。
日越EPAとAJCEPの意義 [2008年12月10日(水)]
12月1日に日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)が発効した。日本とASEAN諸国との間では、9月に日越EPA(JVEPA)交渉も大筋合意し、間もなく締結に至る見込みである。

このAJCEP発効と日越EPA合意の意義はどこにあるのか?日本企業にとってどのような影響があるのか?

小職も交渉に携わったこの二つの経済連携協定(EPA)について、先日、とある取材を受けた。

(以下、Qはインタビュワー、Aは小職)

Q:日越EPA発効までの見通しを教えてください。
A:9月に大筋合意した日越EPA、年内にはテキスト確定作業を終え、できるだけ早いタイミングで署名の見込みです。発効のタイミングは政治情勢次第ですが、次期通常国会に提出できれば、5〜6月頃に国会承認を得て、8〜10月頃には発効されると予想されます。

Q:日越EPA締結の意義はなんですか。
A: 大筋合意の内容では、関税面でのメリットが「大きい」とは言い難いです。特に取引ロットの大きくない中小企業にとっては、原産地規則証明書取得のための手間ひまや発行手数料(従来のEPAの例で言えば、2000円/件+500円/品)も加味すれば、大筋合意された関税削減の内容では大きな効果は期待できず、過度な期待は持たないほうがいいかもしれません。

ただ、日本がEPA・FTAを締結していないものの、ベトナム(ASEAN)とは締結(見込み)している有望市場国(中国、韓国、インドなど)に対して、ベトナムは関税優遇のハブとしての位置付けが期待されます。ベトナムは、「第2の中国」として日系企業の新たな製造拠点として注目されているだけに、これまで日本がEPAを締結してきたASEAN諸国以上に、こうした関税優遇のハブとなることの期待が大きかったのです。

大筋合意の内容を見ると、主要鉱工業品については、日越EPAによって関税が即時撤廃されるものがほとんどなく関税削減ペースが遅くなっています。残念ながら、すぐに日本企業の利用度が高い、と言えるだけの内容になっているとはまだ言い難いです。

Q:そうした背景のなかで具体的に日本の企業が利用できる部分はどこですか。
A:エビや熱帯果物など、ベトナム特産の一部の農林水産品が即時関税撤廃されることから、これら農林水産品の輸入業者や消費者にとっては多少のメリットがあるでしょう。

また、知的財産保護について、日越当局間で協議メカニズムが構築され、またベトナム当局による取り締まりのエンフォースメント強化に日本が協力を約束したことも進歩と言えます。

さらに「ビジネス駆け込み寺」として、ベトナム進出日系企業からの問い合わせを一元的に受け付ける連絡窓口がベトナム政府内で指定されるとともに、その連絡窓口と進出日系企業との間のコミュニケーションを大使館や指定機関(JETRO現地事務所と予想される)が取り次いでくれるようになります。

ベトナムでの(電気電子や自動車関連の)部品・中間財の調達に貢献する現地裾野産業の育成に日本が協力を約束した点も評価できます。

ベトナムからエビ・イカなどの食品を輸入する日本にとって、その安全と密接な関係のあるベトナムの動植物検疫行政について、情報交換や協議のメカニズムが構築されることもメリットです。

以上をまとめれば、大筋合意の内容では、主要産品の関税撤廃などの即効性を日越EPAに期待することはできず、むしろ、「ビジネス駆け込み寺」制度の構築といった関税以外のメリットを活用しつつ、税関手続き円滑化や知的財産保護、裾野産業育成など、日越EPAの枠組下で今後進むであろうビジネス環境の向上に期待することになります。

Q:日越EPA合意のほかに、日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)が12月1日に発効され、発効国のなかにベトナムも入っています。
A:AJCEPは、日本とASEAN側の1国が通告を行った翌々月から発効することになっており、以後、ASEAN側は個別に通告を行った国だけが順次その効力に服することになります。したがって、AJCEPは発効しましたが、現時点でAJCEPの規定適用を受けるのは、日本、シンガポール、ラオス、ミャンマー、ベトナムだけで、その他のASEAN諸国に今のところAJCEPは適用されていません。

Q:このAJCEPの意義は。
A:既に二国間EPA(例:日越EPA)が主要ASEAN諸国との間に存在する以上、これに加えてASEAN全域をカバーするAJCEPができるメリットは、累積原産地規則の適用に尽きます。加えて言えば、二国間EPAの締結予定がないカンボジア、ラオス、ミャンマーとの間で一応EPA・FTAの枠組みが構築された点も評価できます。

Q:AJCEPの課題は何ですか。
A:現時点では、ほとんど実質的な効果は見出しにくいのが現実です(特に、シンガポールやベトナムなど、既に日本と二国間EPAを持つ国との間では、今のところほとんど意義を見いだせません)。具体的には、日系企業の生産ネットワークに欠かせないタイやマレーシアなどといったASEAN諸国との間でAJCEPが発効していないため、累積原産地規則のメリットがまだ発揮されないからです。

また、AJCEPと二国間EPA(例:日越EPA)との間で関税譲許が異なるため、どちらを利用すれば有利なのか判断が複雑で、特に人手の少ない中小企業では協定の活用に混乱を生じる恐れもあります。また、主要ASEAN諸国にとっても、日本との間で二国間EPAとAJCEPが併存することから、現場の税関における関税適用や、ASEAN諸国でのAJCEP原産地証明書の発行においての混乱も危惧されます。

Q:AJCEPの評価すべき点は。
A:12月1日のAJCEP発効と同時に日ASEAN間の取引に劇的なプラスの変化が起こるとは考えられませんが、日ASEAN間で累積原産地規則の範囲が広がることは日系企業のアジアでの生産ネットワークの方向性と軌を一つにしていることから、主要ASEAN諸国に対する早期のAJCEP発効が待たれます。AJCEPの発効はあくまで第一歩であり、今後は、投資、サービス貿易、知的財産保護などを含むAJCEPの深化と、二国間EPAとの統合一本化に期待したいです。
中国の存在感高まるラオス−投資協定の発効は日ラオス関係を変化させられるか [2008年08月04日(月)]
8月3日、「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国とラオス人民民主共和国との間の協定(日・ラオス投資協定)」が効力を生じた。

中国との経済関係が急速に深まっているラオスにおいて、日本企業の影は薄い。しかし、近年、ラオスには人件費の高くなったタイから製紙やアパレル関連などの日系企業が工場を移転させる動きも見られる。「世界の工場」となった中国では人件費の高騰が深刻化しており、「第二の中国」として注目されるベトナムでは物価高騰が著しいことから、日本企業の新たな投資先としてラオスへの期待は小さくない。

また、ラオスとしても、存在感を増す巨大な昇竜・中国への不安や不満がないわけではなく、日本との経済関係強化を通じてバランスを取ることを望んでいる。

人口の少ないラオスは、単体としては中国やベトナムのような生産拠点としての魅力は薄い。しかし、豊かな森林や鉱物は貴重な生産資源であり、タイ国境地帯の経済特区などを中心に進出の余地はある。

中国が官民挙げてラオスでの存在感を高めているなか、投資協定の発効を契機に、これまで政府の援助主導であった日ラオス関係が民間主導で一層深まることを期待してやまない。

(1)ラオスの概要
ラオスは、中国の南のインドシナ半島内陸に位置する国で、24万平方キロメートル(日本の約3分の2)の国土にラオ族(60%)を中心とする49民族580万人が暮らしている。


かつてのベトナム戦争やその後の内戦が影響して経済発展は遅れており、ラオス政府は、銀行制度、税制、外国投資法制、国営企業民営化等幅広い分野での改革を通じて、市場経済の導入と開放経済政策に努力している途上である。678ドル(2007年)という国民一人当たりGDPは、全世界177カ国中130位と今なお世界でも最も貧しい部類にある(UNDP「人間開発報告書」2007)。

ただし、近年は目覚しい経済成長を見せており、2005年度(2005年10月〜9月)には7.5%、2006年度(2006年10月〜2007年9月)には7.6%のGDP成長率を記録した。主な産業は、農業、工業、林業、鉱業である。

貿易については、2006年度(2006年10月〜2007年9月)の例では、輸出(衣料品、金・鉱物、電力、木材製品)が9.25億ドル、輸入(燃料、工業製品、衣料用原料)が9.16億ドルであり、タイ、ベトナム、中国、豪州が主な貿易相手国となっている。メコン河を中心とする豊かな水資源を利用した水力発電によって、タイへ電力を輸出して外貨を稼いでいる。(統計データは外務省HPより)

(2)存在感高まる中国
ラオスは、2007年度上半期(2007年10月〜2008年3月)に、政府の目標ペースを上回る2億7800万ドルの外国直接投資を受け入れたが、その投資国は中国が第1位、続いてベトナム、タイ、韓国、フランス、ドイツの順であった(2008年5月28日「ビエンチャン・タイムズ」)。

タイからは小口の投資が多いのに対し、中国からの投資は水力発電及び鉱物資源開発などに対する大型投資が多いのが特徴である。また、中国は、独自の第3世代携帯電話方式であるSCDMA方式の普及と同方式による新しいブロードバンドサービスの導入も進めており、ラオスの経済社会インフラ開発で大きな存在感を示している。

インフラ整備という点においては、日本政府も先進国ドナーのなかでは最大の経済援助によって、水力発電所、主要幹線道路、上下水道、大型架橋などの整備に貢献している。こうした日本からの経済援助は、2006年までの累計で総額1709.23億円(円借款169.30億円、無償資金援助1105.15億円、技術協力434.78億円)に上る(外務省「国別データブック」2007)。

しかし、近年は中国もラオスへ巨額の経済援助をしていると見られており、ラオス政府によれば、2005年度(2005年10月〜9月)における主要援助国は、(1)日本、(2)ベトナム、(3)中国、(4)スウェーデン、(5)タイの順であったとされる。最近の例では、ボケオ県(ラオス)とチェンライ(タイ)を結ぶ第3メコン国際橋に対し、その建設費の50%に当たる3400万ドルは中国が供与するという(2008年6月20日「ビエンチャン・タイムズ」)。

(3)援助から投資へ−日ラオス関係の質的変化
メコン地域(ラオスのほか、カンボジア、ミャンマー、タイ、ベトナム)を経済援助の重点地域と定める日本政府は、ラオスに対する無償資金協力を2006年の43億円から2007年には69億円へと6割も増額した。

一方で、民間ベースの経済関係は非常に心許ない水準にある。日本とラオスの貿易額は、2006年度(2006年10月〜2007年9月)で1851万ドルにとどまっており、ラオスに進出している日本企業は8社しかないのだ。

政府の経済援助を中心に良好なラオスとの良好な関係を築いてきた日本であるが、官民を挙げて進出攻勢をかける中国の前に、その影は徐々に薄くなりつつあることは否めない。しかし、近年、ラオスには人件費の高くなったタイから製紙やアパレル関連などの日系企業が工場を移転させる動きも見られる。「世界の工場」となった中国では人件費の高騰が深刻化しており、「第二の中国」として注目されるベトナムでは物価高騰が著しいことから、日本企業の新たな投資先としてラオスへの期待は小さくない。

また、ラオスとしても、存在感を増す巨大な昇竜・中国への不安や不満がないわけではなく、日本との経済関係強化を通じてバランスを取ることを望んでいる。

特に、日本からの直接投資拡大には大きな期待をしている。政府高官を父に持つラオスの外交官は、筆者に対して「小国ラオスにとって、陸続きの大国・中国は無視できず、また中国なくしてラオスの発展もない。しかし同時に、巨大な隣国が脅威であることも事実である。その意味でも、我々は長い友人である日本との関係を大変重視しており、これからは政府の援助に加えて、民間投資をさらに伸ばして関係強化を図りたい。」と語る。

(4)投資協定発効にかかる期待
人口の少ないラオスは、単体としては中国やベトナムのような生産拠点としての魅力は薄い。しかし、豊かな森林や鉱物は貴重な生産資源である。また、タイやベトナムなどに進出した日系企業の二次投資先として、国境地帯の経済特区などが注目される。

国境地帯といえばタイと接する首都ビエンチャン周辺が第一の投資先候補ではあろうが、インドシナ東西回廊(ベトナムからラオス、タイを通りミャンマーに抜ける道)とラオスを南北に走る国道13号線の交差するサワンケットにも注目が集まる。この東西回廊に対して、日本政府は2000万ドルの予算で物流効率化支援を行う方針を決めており、今後の発展が期待される。

ラオス政府は、ここに4つのゾーンからなるサワン=セノ経済特区(Savan-Seno Special Economic Zone)を計画中であり、日本の円借款で建設された第2メコン国際橋に隣接するエリアにはゾーンA(305ha)及びゾーンB(20ha)が計画されている。ゾーンA及びDはラオス政府が3割、タイ企業が7割を出資で開発される。ゾーンAは学校、病院、娯楽、スポーツ関連施設、公園、金融及び貿易用の地区として整備され、ゾーンDはゾーンAからの移住者用の地区となる。また、ゾーンBはラオス政府が出資し、工業及び物流拠点として使用され、同ゾーンにはロジスティック関連の日系企業が1社、物流関係のタイ企業が1社、製薬関係の中国企業1社による投資が行われている。さらに、ゾーンCはラオス政府が3割、マレーシア企業7割を出資して整備され、工業目的のみに使用する予定で、中国、ロシア、台湾、ラオス、アメリカに加え、日本からの投資に大きな期待をかけている。

こうした流れのなかで出てきたのが、今月発効した日ラオス投資協定である。この協定によりラオス政府は、日本の投資家に対して(1)投資後はもちろん、投資の許可段階においても内国民待遇及び最恵国待遇を供与するとともに、(2)投資の条件として一定水準の現地調達や輸出などを強要することが禁止されることとなった。

中国が官民挙げてラオスでの存在感を高めているなか、世界有数の親日国といえる同国を日本としても引き続き大事にしていきたい。日ラオス投資協定は例外項目が少なくない点が懸念されるが、これまで政府の援助主導であった日ラオス関係が、同協定の発効を契機に民間主導で一層深まることを期待してやまない。
ベトナムで「第二のアジア通貨危機」が発生しない5つの理由 [2008年07月17日(木)]
中国に代わる新たな投資先として日本企業の熱い注目を集めてきたベトナムの経済が、インフレ率の急騰と経常赤字の急拡大に苦しんでいる。これらを背景にベトナム通貨ドンが弱含み、ベトナムで「第二のアジア通貨危機」が発生するのではないかとの懸念まで聞かれるに至った。

しかしながら、ベトナム発「第二のアジア通貨危機」説について筆者は懐疑的である。なぜなら、@国際収支の黒字、A少ない対外債務、B十分な外貨準備、C経常収支改善の見通し、D地域協力枠組みの存在といった理由から、1997年にタイが経験したような短期流動性不足にベトナムが陥る危険性は低いと見るからである

ただし、ベトナム経済の展望が明るいわけでは決してなく、インフレが庶民の生活を圧迫して政治社会面が不安定化する危険性も否定はできない。日本企業ないし日本人としては、ベトナムへの投資・進出にあたって、これまで以上に慎重な検討する必要が高まっている。また、日本政府には、@積極的な対ベトナムODAの継続、A一国も早い二国間通貨スワップ協定の締結、B質の高い経済連携協定(EPA)の早期締結を通じたベトナム経済の建て直し支援を期待したい。

1.インフレと経常赤字の現状
ベトナムでは、近年の高成長に伴い2004年以来7%を越えるインフレが続いていた。そこに、@伝染病や自然災害による食料品価格の高騰、A住宅・オフィス需要増による不動産価格・賃料の上昇と建材の値上がり、B国際的な石油・原材料価格の高騰などが重なり、昨年後半から物価が急騰、2007年には平均8.3%だった消費者物価指数(CPI)が今年5月には25.2%まで上昇したのである。特に、食糧が前年同月比で67.8%も上昇しており、庶民の生活に深刻な影響を与えている。インフレ急進の背景には、外貨準備の積み上がりや海外からのホットマネー流入などによる過剰流動性の存在も指摘できるだろう。

また、昨年来、経常収支も急激に悪化している。2005年に5.0億ドル、2006年に1.6億ドルに過ぎなかった経常赤字が、2007年には69.9億ドルになり、GDP比で9.9%の巨額に達するに至った。今年に入ってからも、第一四半期(1〜3月)だけで73.7億ドルの貿易赤字が計上されている。

品目別に見ると、機械設備(08年1〜3月の対前年同期比156.6%増)、鉄鋼(同261.9%増)、肥料(同206.1%増)の輸入額急増が目立つ。旺盛な設備投資や経済建設の結果、機械設備や鉄鋼の輸入量が増えているところに、鉄鋼や肥料を含む原材料価格の国際的な高騰が重なった結果と言える。輸入総額の3割を占めるこれら3品目の輸入額急増が、経常収支を急速に悪化させた主たる要因である。さらに今年1〜3月期の特殊要因としては、今年3月の自動車輸入関税引き上げ(10%程度)を前に駆け込み需要が発生し、自動車の輸入額が333.2%も伸びたことが特徴的である。

なお、国際的な石油価格の高騰を受けて、石油関連製品(同188.9%)の輸入額も急増している。ベトナムは産油国であるが、自国に石油精製能力を持っていないため、今のところ原油を輸出して精製された石油関連製品を輸入しているのだ。ただし、基本的に石油関連製品の輸入額が原油の輸出額で相殺される関係にあり、今のところ石油価格の高騰はベトナムの経常収支に対して中立的である。

2.ベトナム発「第二のアジア通貨危機」説
こうした経常赤字の拡大とインフレの進行が通貨安を招いている。ベトナム通貨ドンは公定レートを中心にわずかな変動幅の範囲内に誘導される管理フロート制を採用しているが、ベトナム当局は公式レートの過去最低値改定を次々に迫られているのが現状である。

6月27日にドンの対米ドル変動幅が従来の上下1%/から2%に拡大され、7月2日に公式レートが1米ドル=1万6519ドンに設定されたことで、足元では変動幅下限ぎりぎりの1米ドル=1万6850ドンあたりで取引されている。年初の取引相場が1米ドル=1万6000ドン弱であったことから、ベトナム当局としては半年間で5.5%程度の対米ドル下落を容認した形となった。

以上は銀行間の公式市場でのレートであるが、7月2日付けのロイター通信によれば、非公式市場(闇市場)でのドン相場は1米ドル=1万7600ドンと、改定された公定レートの下限をなお4%下回っている。

さらに、12ヶ月物NDF(通貨秋物)レートは、3月下旬頃まで公定レートに沿った動きをしていたが、経常収支の悪化やインフレの進行が明らかになるにつれてドンが売り込まれ、いまや1米ドル2万2000ドン程度の相場をつけている。すなわち、市場はドンが向こう1年間で30%以上も下落すると見ていると言える。

ドンの急落は、1997年のアジア通貨危機の際にタイ通貨バーツが45%下落したことを想起させ、ベトナム発「第二のアジア通貨危機」が起こるのではないかとの憶測を呼んでいる。その代表的な論者が、モルガン・スタンレーの香港駐在アナリストStewart Newnhamである。Newnhamは、5月末に発表したレポートにおいて、ドンがバーツ同様の下落リスクに直面しているとし、地域一帯に悪影響を及ぼす可能性を指摘した。

低迷を続けるベトナム株式市場が、こうした悲観的な見方に拍車をかけている。ベトナムの代表的な株式指標VNINDEXは、昨年3月に過去最高の1170ポイントをつけたが、昨年末あたりから下落を続け、6月20日には366ポイントまで下げた。ベトナム内外の経済環境が悪化する中で投資家がリスク回避の動きに出ていると見られ、昨年秋ごろまで過熱が続いた株式市場も調整局面に入ったと言ってよい。

3.通貨危機発生に至らない「5つの理由」
しかしながら、ベトナムの通貨危機発生説について筆者は懐疑的である。なぜなら、@国際収支の黒字、A少ない対外債務、B十分な外貨準備、C経常収支改善の見通し、D地域協力枠組みの存在といった理由から、1997年にタイが経験したような短期流動性不足にベトナムが陥る危険性は低いと見るからである。

(1)国際収支の黒字
ベトナムでは、海外からの旺盛な直接投資・ポートフォリオ投資や開発援助などのおかげで資本収支が大幅な黒字となっており、昨年は国際収支全体で102.0億ドルの黒字であった。今年に入ってからも、資本収支の黒字が経常収支の赤字を上回っており、国際収支の健全性は保たれている。

(2)少ない対外債務
また、ベトナム国家銀行が6月16日に発表した研究報告によれば、同国の対外債務残高は昨年末時点の対GDP比で29.0%であり、特に短期債務の比率は13.3%と低い。これは、アジア通貨危機前夜のタイの対外債務が対GDP比59.7%であり、短期債務も同26.3%であったことと比べれば、なお低い水準にある。

(3)十分な外貨準備
ベトナム政府関係筋によれば、同国の外貨準備は6月時点で約210億米ドルあるという。外貨準備については、一般的に輸入額の3か月分が安全水準とされていることを考えれば、ベトナムの輸入額は一月あたり概ね60億〜70億米ドルであることから、210億米ドルの外貨準備は差し当たっては十分な水準と言えよう。

(4)経常収支改善の見通し
経常収支について、自動車輸入関税引き上げ前の駆け込み需要という特殊要因はなくなるが、経済成長に伴うインフラ・設備投資や原材料価格の国際的な高騰といった構造的な要因のために、機械設備、鉄鋼、肥料などの輸入額は当面高止まりする可能性が高い。
一方で、輸入全体の1割以上を占める石油関連製品については、来年以降輸入額が低下して経常収支の改善に寄与するものと見込まれる。ベトナムは産油国でありながら、これまで自国に精製工場を持たなかったため、原油を輸出しつつ石油関連製品を輸入してきた。しかし、来年2月には、同国初となるズンクワット石油精製工場が操業を始めることになっている。同工場は、ベトナムの石油関連製品需要の3分の1相当量の精製能力を持つとも言われており、これが予定通りに開業すれば、経常収支改善への貢献は小さくない。

(5)地域協力枠組みの存在
最後に、10年前のアジア通貨危機を教訓に、ベトナムを含むアジア諸国が通貨危機の再発防止に向けた協枠組みを構築してきたことも忘れてはなるまい。
アジア通貨危機発生時のような資本逃避や通貨急落に備えて、2000年5月にチェンマイで開催されたASEAN+3蔵相会議において、@二国間通貨スワップ協定のネットワークとAASEANスワップ協定から構成される短期資本の相互融通枠組みの構築(「チェンマイ・イニシアティブ」)が合意された。ベトナムは二国間通貨スワップ協定こそ未締結であるが、ASEANスワップ協定には参加しており、緊急時には最大20億ドルまで短期資本の融通を受けることができる。

二国間通貨スワップ協定についても、今年1月に額賀財務大臣が訪越した際に日越間での早期締結に合意しており、今年4月には渡辺財務官とニャン財務大臣が10億ドル規模での締結に向けて交渉をスピードアップすることで合意している。

こうした地域協力枠組みの存在は、通貨危機に関する投資家の懸念を一定程度和らげ、取り付け騒ぎ的な資本逃避や通貨投売りを抑制する効果が期待される。

4.むすび
以上のとおり、ベトナムの通貨危機発生説には懐疑的にならざるをえないが、かといってベトナム経済の展望が明るいわけでは決してない。

ベトナムは労働集約型の輸出主導経済で発展している国であり、この成長モデルが引き続き有効に機能するためには、安くて勤勉な労働力と先進国(特にアメリカ)の旺盛な消費が欠かせない。

しかし、労働者賃金は毎年10%以上のペースで上昇しており、そこにもってきての不動産価格・賃料その他のインフレは、生産基地としてのベトナムの魅力を減少させ始めている。伝染病や自然災害に起因する食糧価格の高騰は収まる可能性があるとしても、経常収支の悪化やインフレの遠因となっている国際的な石油、食糧、原材料等の価格高騰はとどまる気配がなく、引き続きベトナム経済を苦しめると考えられる。インフレが庶民の生活を圧迫して政治社会面が不安定化する危険性も否定はできない。

多くの日本企業が「第二の中国」として積極的に進出してきているが、今後は、輸出指向型の進出であれ国内市場指向型の進出であれ、慎重な検討が求められることは間違いがない。また、個人レベルでも、ベトナム現地企業への投資のための口座開設では日本人が7割を占めると言われているが、下落リスクには今以上に敏感になる必要があろう。

それでも、ベトナムが日本にとって重要な戦略的パートナーであることに変わりはない。日本政府には、@引き続き対ベトナムODAの積極的な推進でベトナムの資本収支黒字化と成長力強化を側面支援しつつ、A一国も早い二国間通貨スワップ協定の締結で通貨危機の懸念払拭に貢献し、B日本とベトナム双方の市場をお互い一層開放する質の高い経済連携協定(EPA)を早期に締結することを通じて、ベトナム経済立て直しの支援を期待したい。
ASEANにとって重要な国は中国?日本? [2008年05月15日(木)]
5月1日、日本の外務省がASEAN6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナム)で実施した対日世論調査の結果を発表した。

そのなかでASEANにとっての重要なパートナー国を尋ねたところ、6カ国全体の合計で、「中国」と答えた人(29.7%)が「日本」と答えた人(28.0%)を僅かに上回ったという。

この結果をもって、時事通信はじめ多くのメディアは、「ASEANにとって重要な国は日本より中国」、「ASEANの重要パートナー、中国がトップ」などの見方を示した。

しかし、統計データというのは、全体を平均してしまうと物事の本質がかえって見えにくくなる場合がある。

このASEANの対日世論調査の結果についても、もう少し細かく分析してみると、単に「ASEANにとって重要な国は日本より中国」とは言えず、むしろ中国を脅威と考えている国々を中心に、日本に対するASEAN諸国の大きな期待が窺える

1.ASEAN対日世論調査の概要
外務省の委託によるASEAN対日世論調査は、1978年以来約5年ごとに実施されており、7回目となる今回は、今年2月から3月にかけて各国の18歳以上の国民または永住者300名ずつを対象に面接または電子メール方式でアンケートが実施された。

その結果概要として、まず日本との関係については、各国において9割以上の人が「友好関係にある」又は「どちらかというと友好関係にある」と回答し、また、同じく9割以上の人が日本を友邦として「信頼できる」又は「どちらかというと信頼できる」と回答している。

これを過去2回の調査結果と比較してみると、ASEAN諸国の日本に対する友好度や信頼度は、過去10年間ずっと高い水準を維持してきており、なお上昇傾向にあることが分かる。

過去の調査データはそれぞれ調査対象人数、調査方式、委託機関等が異なるので単純比較には馴染まないが、それを踏まえても興味深い結果である。

次に、注目の「ASEANにとって現在重要なパートナーはどの国か」という設問であるが、確かに6カ国全体の合計で見れば、「日本」とする回答(28.0%)は「中国」とする回答(29.7%)にわずかながら及ばなかった。

しかし、より重要な点は、国ごとの回答結果を見た場合、シンガポール、マレーシア、タイでは日本よりも中国が重視されている一方、インドネシア、フィリピン、ベトナムでは中国よりもはるかに日本が重視されている点である。

2.二分化するASEANの中国観
そもそも、中国とASEAN諸国は経済分野を中心に近年では関係が深まっているが、そうして存在感を増す中国に対して、ASEAN側の受け止め方は一様ではない。

まず中国とASEANとの関係緊密化について見てみよう。中国は、WTOに加盟した2001年前後からASEAN諸国との関係を急速に深めている。

2002年には中国とアセアンの間でFTAの締結が合意され、2003年には政治、経済、社会、安全保障など幅広い分野で戦略的パートナーシップの構築を目指した共同宣言に署名した。

特に経済関係は急速に緊密化しており、1990年にはASEANの貿易総額のわずか2.4%を占めるに過ぎなかった中国が、2006年には9.9%までその割合を拡大してきている。

80年代から90年代にかけてASEANにとって最大の貿易相手国であった日本と比較しても、既に大差ないところまで中国の存在感は高まってきているのだ。

しかし、同じASEAN内においても、中国と伝統的に外交安全保障上対立してきた国(インドネシア、フィリピン、ベトナム)と、逆に中国をもっぱら重要な経済パートナーの側面から捉えている国(マレーシア、シンガポール、タイ)との間には、存在感を増す中国の受け止め方に明白な温度差がある。

インドネシアでは、国内経済で支配的な影響力を持つ中華系(全人口の約5%)に対するマレー系(全人口の約70%)の反発などから、戦後(1967年から1998年までのスハルト政権時代)長らく中華系に対する強い差別・抑圧が行われた。

その延長線上で、インドネシアは近年まで中国とも対立関係を続けてきたのである。最近でこそ経済関係を中心に中国へ歩み寄ってきているが、人口の大半を占めるマレー系を中心に中国に対する反感は根強く残っているものと見られる。

また、フィリピンやベトナムは、南シナ海の領有をめぐって中国と今なお対立している。特にベトナムは、歴史上幾度となく中国と戦火を交え、1979年にも中国軍がベトナムへ進攻したことをベトナム人は忘れていない。フィリピンやベトナムにとって、中国は紛れもなく安全保障上の脅威なのである。

一方、華人国家のシンガポールは言うに及ばす、マレーシアやタイも中国との間で華人問題や領有権問題のような懸案を抱えておらず、中国をもっぱら経済上の重要なパートナーとして捉える傾向がある。

特にタイについては、タクシン前首相が中華系ということもあってタクシン政権期に中国への傾倒が進んだ。

3.日本への期待
今回のASEAN対日世論調査の結果からは、中国観が二分化しているASEAN諸国のなかにあって、少なくとも中国との対立要素を抱える国(インドネシア、フィリピン、ベトナム)は、日本に対して中国へのカウンターバランスの役割を期待していることが読み取れる。

インドネシア、フィリピン、ベトナムでは、「ASEAN諸国において日本に最も貢献してほしい領域」として、4割から5割の人が「平和の維持」を挙げた。

これら諸国では、先に指摘したように中国と比較して圧倒的に日本を重視しているのみならず、日本に対して地域の平和維持への貢献を強く期待しているのだ。

さらに、これら諸国における「日本に地域の平和維持の役割を望む声」は、過去10年の間に、中国の存在感増大と連動するように伸びてきている。

また、中国を比較的重視するシンガポール、マレーシア、タイも、日本を蔑ろにしているわけでは決してない。これら3国においても9割以上の国民が日本を友邦として信頼し、日本とは友好関係にあると認識している。

さらに、すでに中進国から先進国のレベルに達したシンガポール、マレーシア、タイにあっても、国民の6、7割が引き続き日本の経済・技術協力に期待しているという世論調査の結果は、非常に興味深い。

以上のとおり、今回のASEAN対日世論調査の結果から読み取れることは、「ASEANにとって重要な国は日本より中国」といった単純なものではなく、むしろ東南アジアの平和と経済的繁栄に関する日本への大きな期待である。

こうした日本への信頼と期待は、各国が中国との比較において日本をどう見ているかにかかわらず、6カ国全てにおいて7、8割の有識者が「日本が新たに国連安保理の常任理事国となるべきだと思う」と回答している調査結果にも現れている。

筆者自身、ベトナムの外交官が中国への不信感を語るのを聞いたり、タイの経済官僚から日本との更なる経済交流を要請されたりするなど、ASEAN諸国の日本に対する期待に触れた経験が幾多もある。

果たして日本は、こうした地域の平和と繁栄に関するASEAN諸国からの期待に応じることができるのだろうか。 
東南アジアにおける日本のFTA/EPA戦略 [2007年05月24日(木)]
5月16日(水)、東京財団のイベント「政策懇談会」として、「東南アジアにおける日本のFTA/EPA戦略」というテーマで話をする機会がありました。

その概要は、東京財団のHPにも掲載されていますので、見てみてください。
http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=32

参加いただいた方々は、みなさんビジネス、研究、行政などの分野で豊富な経験ある方々ばかりでしたので、わたしのような若輩が講義をするというより、みなさんからのご意見を聞かせていただいて、わたし自身すっかり勉強させていただきました。

このブログを読んでいただいている方々のなかにも、「FTA(自由貿易協定)」や「EPA(経済連携協定)」という単語を、最近新聞やテレビで見聞きした記憶のある方が多いと思います。

当日の参加者の方々のなかにも、この「FTA」や「EPA」という何やら難しそうなものに興味はあるものの、それが一体何なのかは十分よくご存じない方々も大勢いらしたので、まずは冒頭30分程度、

・「FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)とは何か?」
・「日本の交渉体制はどうなっているか?」
・「東南アジアにおける日本のFTA/EPA戦略は?」


といったことについて、簡単なイントロダクションをわたしからさせてもらい、その上で、参加者のみなさんからの意見や質問をいただく時間を1時間程度設けたところ、多くの方々から貴重なご意見&ご質問をたくさんいただきました。

多くのご質問やご意見をいただいたので、全部を紹介することはできませんが、例えば・・・

【質問1】
日本の交渉体制は各省庁に跨っており縦割りの弊害があるのではないか?米国通商代表部(USTR)のような日本版通商代表部のようなものが必要ではないか?


そうですね。確かに、日本のFTA/EPA交渉において、所管官庁ごとの意見の相違が影響することは否定できないように思います。

ただ、米国の通商代表部のような組織を日本に作ったからといって、そうした弊害を解消することができるとは、わたしには思えません。

米国が強い交渉力をもって日本などとの貿易交渉に臨めるのは、通商代表部という組織があるからではなく、議会や大統領の強いリーダーシップがあるからだと思います。

そうした強いリーダーシップがあってはじめて、ホワイトハウスの通商代表部が、各省庁の意見の相違を乗り越えて強い交渉力を発揮できるのです。

したがって、日本が、FTAやEPAという政策ツールを使って自由なビジネス環境を世界的に推し進めるために必要なものは、日本版通商代表部という新たなお役所組織ではなく、政治レベルの強いリーダーシップなのだと、わたしは考えています。

もし、そうした強いリーダーシップがあれば、新たな組織の有無はあまり関係ないように思うのです。

【質問2】
日本は東アジアの国々だけではなく経済的影響力が大きい米国や中国との交渉も考えるべきではないか?


個人的には、おっしゃるとおりだと思います。

日本にとって、中国と米国は最大の貿易相手であり、多くの日本企業が現地進出もしています。

この両国との間で、日本の輸出する自動車や家電・ハイテク機器の関税が撤廃されたり、投資や知的財産権の保護が一層進むのであれば、日本企業が得るところは大きいでしょう。

一方で、中国も米国も農業大国ですので、FTAやEPAを結ぼうとすれば、日本の農林水産品市場を今よりもっと開放するように主張してくることは間違いないでしょう。

農林水産品市場の更なる開放は、今の日本の政治情勢では、なかなか簡単に進められないでしょう。

しかし、だからこそ、工業も農業も含めた自由貿易の全面的推進は日本全体で見ればプラスが大きいと考える人たちとしては、一番難しい中国や米国との交渉を先行させて、農林水産市場の開放を決断してしまえば、もはや世界中の国々との自由貿易交渉について、日本が躊躇することはなくなるのでは?と考えるのでしょう。

わたしも、個人的にはこの意見に賛成です。ただ、これを実現するには、郵政改革に挑んだ小泉前首相のような強力な政治的リーダーシップが不可欠でしょう。

こうした問題意識から、↓のような意見が、会場の参加者からも聞かれました。

【意見】
日本のFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)の交渉において結局は農林水産品がネックになっている。農林水産品のうちどの品を交渉にのせて何を得るかという政治の意思を明確に示すことが必要。

こうした質疑応答、意見交換をしているうちに、1時間半があっという間に過ぎ、この日の東京財団政策懇談会は終了しました。

参加者のみなさんには、平日の昼休みをつぶしてお越しくださって、本当に感謝しています。終了後に回収したアンケートを見ると、大半の方に好評をいただいたようですので、わたしとしても、とても嬉しく思っています。