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深センの住宅価格、中国資産バブル崩壊の象徴に回復の兆し [2008年08月30日(Sat)]
昨年10月に1平方メートルあたり1万7350元の最高額を記録した深センの平均住宅価格は、11月に1万5069元へ下落。今年に入ってからは下げ幅を拡大し、5月には1万1014元まで下落した。

わずか半年間で36%も急落した深センの住宅価格は、同じく昨年の11月を境に暴落した上海株式相場とともに「中国資産バブル」崩壊の象徴とされた。

深センなどでは、ここ数年、住宅の転売を繰り返して値上がり益を狙う投機的な購入が住宅販売価格を吊り上げていた側面がある。深セン市社会科学院都市経営研究センターの高海燕・主任によれば、「今や年収20万元(筆者注:約300万円)以上の深セン市民の多くが不動産売買に参入しており、2軒3軒と家を持つ人が非常に多い」という(「地産」2008年7月号)。

かつて90年代の日本が不動産バブルの崩壊をきっかけに長い不況のトンネルに迷い込んだように、今年に入って成長の減速が顕著な中国も、住宅価格の行方次第では景気の底が抜けかねない。

今年前半の中国経済は、不調な外需の穴を投資と消費という内需が踏ん張る形で何とか10%成長を守った。しかし、中国の投資は住宅関連投資が牽引していることから、住宅販売の不振により住宅関連投資が伸び悩むこととなれば、中国経済全体の足を引っ張りかねない。また、住宅販売価格の下落により、消費意欲旺盛な富裕層が破産することになれば、消費への影響も危惧される。

今年3月末の銀行貸付残高27兆5000億元のうち、不動産開発業者向け貸付が1兆8000億元、個人住宅ローンが3兆1000億元であり、これらを足すと貸付残高の17.8%に上る。これ以外にも、通常の事業会社も不動産を担保に事業資金の融資を受けたり、さらに有し資金で不動産投資に手を染めたりするケースも数多く見られ、こうした不動産関連融資を全て足しあげると一説には貸付残高の7割を占めるとも言われる。これらが住宅販売価格の下落によって不良債権化すれば、銀行の貸出余力が減少し、企業の連鎖倒産や投資を冷え込ませるという負のシナリオすら危惧されよう。まさに日本が経験したバブル崩壊のシナリオである。

幸い、深センの住宅価格は、ここにきて回復の兆しともとれる動きが出ている。5月に1万1014元をつけた住宅価格は、6月に1万2681元に上昇し、7月には一気に1万6198元まで回復したのだ。

果たして、深センの住宅価格は底を打ち、このまま回復していくのだろうか。

残念ながら、現実はそれほど楽観的ではないようである。深圳市不動産研究センターの王峰主任は、「6月と7月の住宅価格は、高級な低密度住宅が市場に出たことから上昇したが、実際の住宅価格レベルは依然1万1000元から1万2000元の間で揺れている」と話す(「21世紀経済報道」2008年8月15日)。

また、例年8月には寄り付き相場となる深セン住宅市場であるが、今年は消費者の注目が北京オリンピックに釘付けとなったのか思うように伸びていない。

深センに続き、北京、上海、青島といった大都市では、投機的に引き上げられた住宅販売価格の下落が観察される可能性は高い。ただし、こうした投機ゲームに参加しているのは一部の富裕層であり、また、居住用には引き続き底堅い住宅需要があると見られる。中国経済全体への影響は実際には限定的であると期待したい。
五輪が中国の国際イメージに与えた影響 [2008年08月22日(Fri)]
昨日、中国国営通信社の新華社から、北京五輪が中国の国際イメージやソフトパワーに与えた影響についてインタビューを受けました。

(新華社)
Q.北京五輪が成功した結果、中国の国際イメージやソフトパワーに如何なる変化が生じると考えるか?

(関山)
A.
北京五輪は、盛大な開幕式を皮切りに大いに盛り上がり、間もなく終了しようとしている。心配されたテロや暴動は、一部地域で小規模な爆破事件等が発生して犠牲者が出たことは大変残念だが、五輪全体の盛り上がりを冷却するまでの影響力はなかった。中国政府にとっては、北京五輪は成功だったと評価できるのだろう。

アメリカのブッシュ大統領や日本の福田首相はじめ世界各国の首脳が大勢参加した盛大な開幕式は、中国の後を追って経済発展を目指すアジアやアフリカなどの途上国の指導者を圧倒したことだろう。

実際、イスラエルのペレス大統領は「中国は世界の将来の希望である」と述べ、ベトナムのグエン・ミン・チエット国家主席はこう語っている。「北京五輪の成功はスポーツ面に体現されているだけでなく、人類社会がスポーツや文化、教育を有機的に結合させることで、現代五輪の理念と価値観をさらに発展させ、さらに美しい世界の構築を推進することをも具体的に示した」と語ったという。

国内外からの重圧に抗して五輪を成功させ、名実共に世界の大国としての地位を内外に見せつけた中国に対して、そうした途上国が今まで以上に畏敬の念を抱き、「第三世界の雄」たる中国への傾倒を深めるであろうことは想像に難くない

この点において、まさに中国は北京五輪で途上国に対するソフトパワー(中国の魅力)を高めたと言えよう

一方、欧米等の先進諸国の人々に対して、中国は複雑な印象を残したのではないだろうか。

五輪を前にしたチベットや新彊での暴動やテロは、中国社会の不安定さを国際社会に露呈した。欧米では、中国はオリンピックに向けて国内の締め付けを強化しており、民主化を遅らせたという論評も多い。日本では、開幕式の花火が一部CGであったことや、国家を斉唱する少女が「クチパク」であったことなどを批判する報道が注目を集めた。

こうした一連の出来事は、世界中で広がる中国製品への信頼低下とも相まって、欧米等の先進諸国の人々の中にある対中不信感を増長する結果になったと考える

もちろん、先進諸国でも、盛大な開幕式に代表される北京五輪の成功を見て、中国の発展ぶりを改めて実感した人々も多かったことであろう。私の周りでも、普段中国に対して特段の知識も興味もない普通の人々が、口をそろえて「中国はすごい」と感嘆しているのも事実である。

しかし、欧米等の先進諸国において中国の目覚しい発展が改めて認識されたことは、これら諸国において「中国脅威論」の再燃につながる恐れがある。決して、先進諸国に対して中国がソフトパワーを高めたとは評価できない。
五輪が中国政治体制に与える影響 [2008年08月21日(Thu)]
米ポートランド州立大学のBruce Gilleyは、「オリンピックは中国の民主化に影響を与え、政治変革を促進している」と主張している(8月6日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。

ギリーによれば、民主化は、独裁者が民主化を決断したからではなく、政権の弱さ、正統性の減少、市民の民主化要求で起きるものであって、例えばソ連は1980年のモスクワ五輪時にボイコットや抗議が発生して政権の正統性が弱まり、ゴルバチョフ登場につながったとして、北京オリンピックも、中国政府の行動を吟味する機会を提供し、中国の政治的な変化を促していると言う。

また、正反対に、欧米では、中国はオリンピックに向けて国内の締め付けを強化しており、民主化を遅らせたという論評も多い。

私は、いずれの主張も五輪の影響を過大視しすぎであり、北京五輪そのものがきっかけで中国の政治体制にプラスにせよマイナスにせよ変化が生じることはないと見ている。

独裁体制の有効性や正当性が失われた時に大衆から民主化要求が巻き起こるというギリーの主張には同感だが、政権の有効性や正当性に対する疑問を大衆に抱かせる最も典型的な要因は経済不況である。

ソ連を崩壊に導いたのは五輪時のボイコットや抗議ではなく経済の衰退であり、現在の中国とは発展趨勢が全く異なる。

中国では格差が広がって社会不安が高まっているというが、基本的には、都市世帯も農村世帯も「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」にある。今年第1四半期の都市住民世帯の可処分所得は対前年同期比11.5%、農村住民世帯の可処分所得は対前年同期比18.5%も上昇した。この傾向が続く限りは、格差が開いたところで下層の人々も現体制の有効性や正当性を否定してまで現状を変えたいとは望まないだろう


ただし、足元の中国経済には、北京五輪とは直接関係のない要因によって「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」を脅かしかねない兆候も出てきている点には注意を要する。その兆候とは、「物価高騰」と「不動産バブル崩壊」である

中国が抱えるリスク1−物価高騰
物価上昇は89年の天安門事件の遠因でもあった。現在の中国も足元で物価上昇が進んでおり、庶民の生活を圧迫しつつあることから、これが現体制への不満につながるリスクは否定できない。

今のところ物価上昇を上回る水準で都市住民も農村住民も所得が増えているため、消費は堅調に伸びており、目立った影響は出ていない。また、消費者物価指数の上昇は昨年5月頃から始まったため、それから1年経ち、対前年同月比で表される上昇率は、5月が7.7%、6月が7.1%、7月が6.3%と徐々に落ち着いてきている。

しかし、生産者価格指数が上昇傾向にあり、7月には対前年度比10%増を記録していることには注意を要する。今後この生産者物価の上昇が今後小売価格に転嫁され、消費者物価を押し上げることが危惧される。また、中国政府は6月20日からガソリンなどの基準価格を引き上げており、これもCPI上昇率を高める要因になろう。さらに、5月に大地震に見舞われた四川省は高騰を続ける豚肉の大生産地であり、5月下旬から6月にかけて南部を中心として発生した水害は、夏以降の農産物の生産に暗い影を落とした。こうした自然災害が今後の物価に影響を及ぼす可能性も小さくないのではないか。

特に、食料品(CPI中34%の構成割合)は、5月の前年同月比で19.9%の上昇を見せて下り、豚肉、大豆、食用油などは、40%を超える価格上昇であった。食料品の値上がりは庶民の生活を直撃する。所得の伸びも徐々に鈍化しつつあり、徐々に「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」が成り立たない人々が増えてきていると見られる。単なる格差の拡大ではなく、こうした生活上の不満が昨今中国各地で見られる住民暴動の遠因だと考えられる。

中国が抱えるリスク2−不動産バブル崩壊
もう一つ、住宅価格の下落によって、中国が日本の「失われた10年」と同じ道を通ることがないよう祈っている。

中国の経済成長は住宅関連投資が牽引していることから、住宅販売の不振により住宅関連投資が伸び悩むこととなれば、中国経済全体の足を引っ張りかねない。

また、今年3月末の銀行貸付残高27兆5000億元のうち、不動産開発業者向け貸付が1兆8000億元、個人住宅ローンが3兆1000億元であり、これらを足すと貸付残高の17.8%に上るが、もし、これらが住宅販売価格の下落によって不良債権化すれば、銀行の貸出余力が減少し、投資の減少や企業の倒産を招くという負のシナリオすら危惧される。不動産価格の下落によって個人や企業が破産する結果、銀行には巨額の不良債権が発生し、それが更なる不動産価格の下落や企業の倒産を招くという日本の「失われた10年」のシナリオだ。

中国政府の対応
中国政府は、物価上昇の恐ろしさを十分理解しており、また、日本の失敗の経験も詳しく研究している。中国政府は「物価抑制のためのブレーキ」と「景気下支えのためのアクセル」を同時に踏むという難しい経済運営を迫られているが、上手く成し遂げることを期待している。

経済が不調となり、「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」が成り立たない人々が増えてくると、不正によって私腹を肥やす地方幹部などの特権階級への不満が募る。また、地方幹部の不正を暴こうとする住民に対して鎮圧の矢面に立つ公安警察が直接的な怒りの捌け口となりやすい。昨今、中国各地で公安警察が襲われる事件が多発している背景には、こうした要因を指摘できる。

こうした事態を放置しておくことは、まさに現体制の有効性と正当性を大きく傷つける結果となりかねないことから、中国指導部は、地方幹部の腐敗防止・摘発に力を入れているのである。
中国経済「五輪の呪い」 [2008年08月21日(Thu)]
中国新華社発行の日刊紙「参考消息」(8月21日)に、北京五輪後の中国経済に関する卑見のインタビュー記事が掲載された。

記事の概要は、おおむね以下のとおりである。

「『五輪の呪い』、中国には当てはまらず−東京財団関山健研究員インタビュー」
(新華社「参考消息」2008年8月21日)

1.大減速はない
(新華社)
現在、北京五輪後の中国経済の行方について、世界中で様々な分析が行われている。たとえば1年程度の短期内に、中国経済は減速またはマイナス成長すると思うか?

(関山)
北京五輪後の中国経済については、日本国内にも、大失速や大崩壊を心配する企業家やエコノミストがいる。しかし、そうした意見の多くは、データに基づかないか、データを非常に悲観的に解釈したものである。

私は、向こう1年程度の中国経済について、減速しつつも底堅く成長すると見ている。成長率にして、9〜10%の間であろう。

中国経済の成長率を四半期ごとに振り返ると、昨年第2四半期の11.9%をピークに成長率は鈍化を続けている。今年に入ってからは、第1四半期の成長率が10.6%であったが、第2四半期では10.1%と二桁成長を割りこむ寸前まで成長スピードが減速してきている。

経済を「消費」、「投資」、「貿易」という3つの構成要素に分解してみると、最近の中国経済の減速は、投資と貿易差益の減少によるものであることがわかる。

投資について、今年上半期における中国の固定資産投資総額は、名目上前年同期比26.8%増であったが、価格上昇の影響を除いた実質伸び率は14.8%増にとどまり、前年同期の実質伸び率と比べると6.8ポイントの減速であった。

投資の減速は主に金融の引締めによるものだと考えられる。したがって、今年下半期以降の投資状況は、中国政府によるマクロ経済調整次第と言えよう。この点、中国政府が最近新規貸出規制の目標額を5%増額し、金融引締めの緩和を打ち出したのは、正しい方向だと考える。

貿易については、輸出の減速と輸入の増加が重なった結果、今年前半の貿易差益が987億ドルに留まり、前年同期比で11.8%の減少となった。貿易差益の減少をもたらしたアメリカ向け輸出の減少、人民元レートの上昇、鉄鋼の輸出制限、資源エネルギーの輸入価格高騰といった要因は、向こう1年ほどで大きく改善する見込みはないだろう。

一方、消費は概ね堅調である。消費について、中国の小売売上高は、2004年以来毎年10〜15%伸びている。今年上半期は、年初来7〜8%の物価上昇であったにもかかわらず、前年度比20%以上の伸びを記録した。

物価上昇による小売価格のかさ上げを考慮すれば実質伸び率は10%強であり、例年どおりのペースで消費が拡大していることを示している。これは、今のところ物価上昇を上回る水準で都市住民も農村住民も所得が増えているためであると考えられる。今年第1四半期の都市住民世帯の可処分所得は対前年同期比11.5%、農村住民世帯の可処分所得は対前年同期比18.5%も上昇しており、こうした所得上昇が続く限りは、物価上昇下においても、消費は底堅く推移するものと思われる。

以上をまとめれば、貿易は当面不調と予想されるが、消費については底堅い伸びを維持する可能性が高く、投資は中国政府がマクロ経済調整によって緩やかなソフトランディングへ導くと予想されることから、中国経済が大失速するシナリオは考えにくい。今年下半期の中国GDP成長率は第2四半期の10.1%を少し下回る9%台の成長になるのではないかというのが、私の見立てである。

2.株式と住宅は下落傾向
(新華社)
統計によれば、中国は現在投資の実質増加率が下がってきており、投資資金における外資利用の割合は低下しているという。これらは北京五輪と関係があるのか?足元における株式相場などからの外国資本逃避をどう見るか?

(関山)
投資の実質伸び率の低下や外資利用の減少は、北京五輪とは関係がない。

先にも述べたとおり、投資の減速は、金融の引締めによるものであると考えられる。中国政府は、昨年末以来、預金準備率の引き上げや貸出総量規制などによって金融引き締めを強化した。実際、マネーサプライは今年1月末に前年同月比18.8%の伸びであったが、7月末には政府目標(16%)に近い16.3%まで鈍化してきている。この結果、固定資産投資の資金来源に占める借入の割合は、今年1-2月期に23.7%だったのが上半期全体では14.7%まで低下した。

外資利用の減少については、過去1、2年中国が海外から受け入れた直接投資が伸び悩んだ影響を受けたのではないかと考えられる。海外から株式取得等の形で投資された資金が、固定資産の形となって計上されるまでには時間差が生じるはずである。中国が海外から受け入れた直接投資は、2006年には前年比4.06%のマイナスであり、2007年にも前年比13.8%しか増加しなかったことから、今年上半期の固定資産投資における外資利用の減少は、ここ1、2年の直接投資の伸び悩みが理由ではないかと私は見ている。一方、今年1〜7月に中国が海外から受け入れた直接投資は前年同期比44.54%の大幅な伸びを見せており、今後は外資利用が回復する可能性が高い。

株式市場や住宅市場の下落も金融引締めの影響を受けていると考えられるが、下落のきっかけは米国のサブプライム問題に端を発する投資環境の変化であった。昨年夏までは株式市場も住宅市場も投機による価格の吊り上げが見られ、早晩バブルがはじけて価格が下落する可能性が高いと見られていた。そうした市場環境のなかで、昨年11月に米国金融機関がサブプライムローン問題による巨額の損失評価額を次々と発表すると、これと時を同じくして上海の株式市場や深圳の住宅市場でも価格の急落が始まった。今は中国内外の投資家のリスク許容度が下がっているため、中国国内の株式市場や住宅市場にも資金が流れにくい状況にある。年内に状況が大きく変化する要因は見当たらず、引き続き低迷が続くのではないだろうか。

3.中国の状況と日本は異なる
(新華社)
これまでの五輪開催国は五輪後不況に見舞われていることから、五輪後の経済衰退は一種の呪いだと言う人がいる。この呪いは、中国の身にもふりかかると思うか?

(関山)
日本は、1964年の東京五輪を境に好景気から不況への変化を経験した。したがって、多くの日本人が、東京五輪後の日本と同じように、中国も北京五輪後に不況に陥ることを心配している。

しかし、現実には北京五輪が中国経済に与える影響は極めて限定的であり、北京五輪自体を原因として中国経済が今年大失速するというシナリオは起こりえないと私は見ている。

高度経済成長期の日本では、1964年の東京五輪に向けて東海道新幹線、首都高速、国立競技場、日本武道館など様々なインフラ整備が行われ、建設需要が高まった。また、オリンピックを見るためにテレビを買うなど、消費も旺盛になったという。こうした五輪特需で1963年から1964年にかけて日本はいわゆる「五輪景気」と呼ばれる好景気を経験し、その反動で東京五輪終了後には不況に陥った。

しかし、このシナリオは北京五輪と中国経済には当てはまらない。なぜなら、東京を中心とする首都圏(1都3県)に全人口の約25%、GDPの約30%が集中している日本とは異なり、中国では北京の経済規模は全体のわずか3.8%(全32省・直轄市・自治区のなかで第10位)にすぎず、その浮き沈みが中国経済に与える影響は極めて限定的だからである。

過去の五輪についても、五輪開催都市が国全体の経済に占める割合が大きな場合には、東京五輪時の日本と同じように五輪を境にする景気の浮き沈みを経験する傾向があるが、反対に、その割合が小さい場合には景気に与える影響も小さい傾向が観察される。

4.物価と不動産こそ二大リスク
(新華社)
中国が「五輪の呪い」に陥らないとすれば、中国経済が直面する本当の問題は何か?

(関山)
北京五輪が中国経済に与える影響は良くも悪くも微々たるものである。むしろ、中国が直面している問題は、物価の高止まりリスクと住宅価格の一層の下落リスクであろう。

物価については、CPIの上昇は昨年5月頃から始まった。それから1年経ったことから、対前年同月比で表される上昇率は、5月が7.7%、6月が7.1%、7月が6.3%と徐々に落ち着いてきている。

しかし、生産者価格指数(PPI)が上昇傾向にあり、7月には対前年度比10%増を記録していることは注意を要する。今後この生産者物価の上昇が今後小売価格に転嫁され、消費者物価を押し上げることが危惧される。また、中国政府は6月20日からガソリンなどの基準価格を引き上げており、これもCPI上昇率を高める要因になろう。さらに、5月に大地震に見舞われた四川省は高騰を続ける豚肉の大生産地であり、5月下旬から6月にかけて南部を中心として発生した水害は、夏以降の農産物の生産に暗い影を落とした。こうした自然災害が今後の物価に影響を及ぼす可能性も小さくないのではないか。

物価上昇は新中国の歴史を見ても常に社会不安の遠因であった。中国政府としても物価抑制の手は緩めることができないだろう。特に、食料品(CPI中34%の構成割合)の価格上昇は、低所得の庶民の生活を苦しめることから、社会不安の要因になりやすい。豚肉、大豆、食用油などは、今年上半期に40%を超える価格上昇を見せており、今後の動向に注目したい。

もう一つ、住宅価格の下落によって、中国が日本の「失われた10年」と同じ道を通ることがないよう祈っている。

中国の投資は住宅関連投資が牽引していることから、住宅販売の不振により住宅関連投資が伸び悩むこととなれば、中国経済全体の足を引っ張りかねない。

また、今年3月末の銀行貸付残高27兆5000億元のうち、不動産開発業者向け貸付が1兆8000億元、個人住宅ローンが3兆1000億元であり、これらを足すと貸付残高の17.8%に上るが、もし、これらが住宅販売価格の下落によって不良債権化すれば、銀行の貸出余力が減少し、投資の減少や企業の倒産を招くという負のシナリオすら危惧される。不動産価格の下落によって個人や企業が破産する結果、銀行には巨額の不良債権が発生し、それが更なる不動産価格の下落や企業の倒産を招く。これこそ日本が90年代に経験した「失われた10年」のシナリオであり、現在アメリカも同じシナリオに足を踏み入れようとしつつある。

中国政府は、物価上昇の恐ろしさを十分理解しており、また、日本の失敗の経験も詳しく研究しているだろう。中国政府が「物価抑制のためのブレーキ」と「景気下支えのためのアクセル」を両方踏み、難しい経済運営を上手く成し遂げることを期待している。
五輪後、中国の成長力は [2008年08月11日(Mon)]
8月11日付の日刊工業新聞に、「五輪後、中国の成長力は」というタイトルで、小生のインタビュー記事が掲載された。

そのインタビューの一部、ここで紹介したい。

「五輪後、中国の成長力は−東京財団研究員 関山健氏に聞く」
(日刊工業新聞2008年8月11日)

(日刊工業新聞)
中国政府は北京五輪後の景気下振れを防ぐため昨秋に強化した銀行融資の総量規制を緩和。マクロ経済政策の軸足を景気重視に移しました。インフレの加速が懸念されています。

(関山)
中国政府の最大の課題が過熱経済の抑制であることに全く変わりはない。つまり、インフレが庶民の生活を圧迫して社会不安低下することを防ぐことだ。

銀行融資の総量規制も、もとはインフレ抑制の措置だった。だが、足元で進むインフレは、国際的な資源エネルギー価格の高騰や天災による食料品供給減によるものであるから、金融引き締めは効果がない。それどころか、金融引き締めは、中小企業を中心に資金繰りを悪化させるという無用な悪影響を及ぼした。

中国政府の幹部は90年代にバブルが崩壊した日本の状況をよく勉強しており、いきすぎた総量規制が逆資産効果や不良債権を生じる事態を恐れている。

一方で、失業者の増加や不良債権が顕在化しないように経済成長を維持し、ソフトランディングさせなければならない。

経済成長のアクセルははなさず、インフレ抑制のブレーキは踏むという難しい経済運営が当分続くだろう。
北京五輪後の中国経済 [2008年08月08日(Fri)]
過去5年間にわたって二桁成長を続けてきた中国。その中国経済が、北京五輪を境に大失速するのではないかとの声が後を絶たない。

今年上半期における中国のGDPは13兆619億元(約200兆円)となり、実質成長率は10.4%であった。これは、07年の成長率が11.9%であったことから比べると、1.5ポイントの減速と言える。

ここでは、最新の統計データに基づき、中国経済の現状について分析する。特に、7月19日〜25日の日程で上海へ出張し、現地の日系企業関係者、日本総領事館経済担当官、日銀北京事務所長、現地駐在日本人エコノミスト、中国国有銀行関係者、中国人エコノミストなどの話を聞く機会があったので、こうした方々から聞いた生の声も織り交ぜつつ、今後の中国経済について予測してみたい。

結論から述べれば、北京五輪そのものが中国経済に与える影響は微々たるものであり、今年下半期も中国経済は、概ね9%から10%程度の底堅い成長を実現するだろう

ただし、物価の上昇、住宅販売価格の下落、金融の引き締めといった要因が、個人の消費や企業の投資を冷え込ませる可能性がないわけではない。現地の生の声では、消費や投資が悪化する兆候も聞こえている。こうした点には引き続き十分な注意を要するだろう。

(1)北京五輪の影響
中国経済は北京五輪を境に本当に大失速するのか?実際には、北京五輪自体を原因として中国経済が今年上半期に大失速するというシナリオは起こりえない。
なぜなら、東京を中心とする首都圏(1都3県)に全人口の約25%、GDPの約30%が集中している日本とは異なり、中国では北京の経済規模は全体のわずか3.8%(全32省・直轄市・自治区のなかで第10位)にすぎず、その浮き沈みが中国経済に与える影響は極めて限定的だからである。

2008年上半期 中国各省(市)GDP比較
順位 省(市)名 名目GDP(億元) 成長率 構成割合
  中国全体 130619.0  10.4% 100.0%
1 広東省 16018.0        10.7%  12.3%
2 山東省 14736.5        13.8% 11.3%
3 江蘇省 14239.8        13.6% 10.9%
4 浙江省 9889.0        11.4% 7.6%
5 河南省 8593.5        13.7% 6.6%
6 河北省 7375.8        11.8% 5.6%
7 上海市 6530.7        10.3% 5.0%
8 遼寧省 5570.0        14.0% 4.3%
9 四川省 5388.5         9.1% 4.1%
10 北京市 4972.8        11.0% 3.8%
(出所:中国国家統計局)

では、なぜ中国のGDP成長率はなぜ低下傾向にあるのか?それを考えるために、以下では「GDP(需要面)」を「消費(最終消費支出)」、「投資(固定資産投資)」、「貿易差益(純輸出)」の3要素に分けて今年上半期の状況を振り返り、中国のGDP成長率低下の謎に迫ることにする。

(2)消費(最終消費支出)
今年上半期、中国の最終消費支出は5兆1043億元となり、対前年同期比で21.4%の伸びであった。近年の小売売上高は、2004年以降おおむね前年比10〜15%強の水準で伸びてきている。特に今年上半期には、年初来7〜8%の物価上昇によって小売売上高もかさ上げされていることを勘案すれば、個人消費がインフレにもかかわらず近年のトレンドどおり概ね10%程度の伸びで堅調に推移してきていると解釈できる。

今年下半期の消費に最も影響を与えそうな要因も、この物価上昇であるが、筆者は、物価上昇が消費に与える影響については楽観的に見ている。それは、世帯収入が物価上昇を上回るペースで増えているからである。

都市住民世帯の可処分所得について見てみると、2007年第1四半期3ヶ月間の可処分所得が全国平均で3934.9元であったのに対し、今年第1四半期の3ヶ月では4385.6元となっており、1年間で11.5%上昇している。同じく農村住民世帯の可処分所得についても、2007年第1四半期3ヶ月間の可処分所得が全国平均で1260.3元であったのに対し、今年第1四半期の3ヶ月では1493.8元となっており、1年間で18.5%も上昇しているのである。

四半期ごとの収入の推移(2007年1Q〜2008年1Q)
           都市住民                 農村住民
可処分所得(元) 前年同期比 現金収入(元) 前年同期比
2007年1Q     3935 19.5%            1261 15.2%
2007年2Q     3117 15.3%             850 20.9%
2007年3Q     3294 11.6%            1210 25.4%
2007年4Q       -        -              -  -
2008年1Q     4386 11.5%               1494 18.5%
(出所:中国国家統計局)

ただし、足元では徐々に消費の停滞感が出ているとの声も聞かれるので、注意を要する。例えば、筆者が7月下旬に上海で現地日系電機メーカー関係者に聞いたところによると、今夏は暑さのわりにクーラーの販売が思うように伸びず、前年比で40%程度の落ち込みが予想されるという。

(3)投資(固定資本投資)
投資について、今年上半期における中国の固定資産投資総額は、名目上前年同期比26.8%増であったが、価格上昇の影響を除いた実質伸び率は14.8%増にとどまり、前年同期の実質伸び率と比べると6.8ポイントの減速であった。

投資の減速は主に金融の引締めによるものだと考えられる。したがって、今年下半期以降の投資状況は、中国政府によるマクロ経済調整次第と言えよう。

産業別に見ると、今年第1四半期は不動産業の寄与度が9.3%となっており、前年同期より1.7ポイント上昇している点が目立つ。不動産業の投資は住宅関連投資が全体の約7割を占めており、この住宅関連投資が97年以来毎年20%以上の高い伸びを見せ、中国経済全体の牽引役となっている。また、主要なところでは、製造業の寄与度も前年同期を0.5ポイント上回っており、不動産業と製造業が今年上半期の中国の投資を牽引したと言えよう。

不動産業と製造業を中心に投資意欲は引き続き旺盛であることから、結局は今年下半期も同程度の伸びで推移するのではないかと考えられる。

ただし、投資が下振れするリスクを敢えて挙げるとすれば、住宅販売価格の下落と金融の引き締めが気になる。

(3)貿易差益(純輸出)
堅調な内需に対して、外需は勢いを欠いた。今年上半期、中国の輸出は6662.5億ドルで前年同期比21.8%増であったが、その増加率は前年同期を5.8ポイント下回った。

輸出の減速に加え、08年に入って輸入が大幅に増大した。上半期の輸入額は5675.5億ドルで、対前年度同期比で30.6%の増加である。経済成長に伴う旺盛な需要を背景に輸入量が膨らむなか、原油・石油製品・鉄鉱石・大豆・食用油という中国の主要輸入品の国際価格が高騰しているため、輸入総額が大きく増えているのだ。

輸出の減速と輸入の増加が重なった結果、今年前半の貿易差益は987億ドルに留まり、前年同期比で11.8%の減少となった。この貿易差益の減少が、今年上半期の中国GDP成長率低下の主犯であり、今年下半期の見通しも明るくない。

輸出が減速した主な要因としては、@アメリカ向け輸出の減少、A人民元レートの上昇、B鉄鋼の輸出減の3点を指摘できる。

特に、アメリカ向け輸出については、アメリカ経済の減速や人民元の対米ドル高などの要因から、今後も弱含むことが予想される。

近年は中国の対米輸出依存が下がってきているが、なおアメリカは中国の輸出全体の17.5%を占める最大の市場国である。さらに、日本、ASEAN、台湾、韓国といった中国のその他の輸出相手先もアメリカ経済に大きく依存しており、アメリカとこれら諸国が中国の輸出に占める割合は合計40.7%(2007年)にも上る。

中信証券首席エコノミストの諸建芳氏の試算によれば、アメリカのGDP成長率が1%変化すると中国の対米輸出が6.08%上下するとされ、アメリカ経済の今後の動向は引き続き中国経済に大きな影響を与えることが考えられる(「証券市場週刊」2008年2月25日)。

中国の主たる輸出相手国・地域(2008年上半期)
    輸出額(億ドル) 輸出総額に占める割合 対前年度伸び率
総額 6666             100% 21.9%
1 EU 1370                20.6% 27.0%
2 アメリカ 1168             17.5% 8.9%
3 香港 907             13.6% 7.8%
4 ASEAN 553              8.3% 30.3%
5 日本 552              8.3% 15.1%
6 韓国 358              4.6% 36.0%
7 インド 156              2.3% 52.9%
8 ロシア 142              2.1% 32.5%
9 台湾 131              2.0% 18.9%
(出所:中国海関(速報値))

(5)GDP成長率の予想
ここまで見てきたとおり、「消費」と「投資」が概ね上半期と同レベルの伸びを維持すると見込まれる一方で、「貿易差益」については一層の弱含みであることから考えると、今年下半期の中国GDP成長率は、第2四半期の10.1%を更に下回り、9%台の成長になるのではないかというのが、筆者の見立てである。
歩み寄る中国と台湾?「一国二制度」による統一の可能性 [2008年06月02日(Mon)]
5月28日、大陸中国を訪れた台湾の与党・国民党の呉伯雄主席は、北京の人民大会堂で中国共産党の胡錦濤総書記と会談した。台湾国民党と中国共産党が中台両岸それぞれの与党としてトップ会談を行うのは、なんと1949年に国民党が大陸中国を去ってから初めてである。

特に、過去8年間は台湾独立を主張する民進党の陳水扁政権に北京側が反発し、中台間の政治交流は停滞していた。しかし、今月20日に台湾総統となった国民党の馬英九氏は、中台間の週末チャーター直行便の就航や台湾への中国人旅行者の解禁を表明するなど、大陸中国への歩み寄りを示している。馬英九総統の就任を契機として、「中国の統一」という点では軌を一にする台湾国民党と中国共産党は緊張緩和で一致し、政治対話の再開にも合意するなど、急速に接近してきている。

大陸中国の悲願は、いうまでもなく台湾の併合である。そのためのアプローチとして北京政府が掲げるのが、香港やマカオと同じ「一国二制度」だ

ヨーロッパの植民地支配から中国へ復帰した香港やマカオでは、現在「一国二制度」の下で一定の自治が許されている。1984年に「一国二制度」方式による香港の中国復帰が決まった際、時の中国最高指導者であったケ小平は、台湾に対しても「一国二制度」を緩用して祖国の統一を迫った。台湾に「一国二制度」による統一を迫るアプローチは、20年以上の時がたった今も基本的には変わっていない。

しかし、「一国二制度」という急進的なシステムは、今の台湾では機能しようがない。中台両岸の統一は少なくとも短期的にはありえず、長い時間をかけた漸進的なアプローチが必要となる。

1.香港で成果を挙げた「一国二制度」
香港において、「一国二制度」方式は結果的に良い戦略であった。

1997年の返還から11年。香港では、「一国二制度」による祖国復帰の後、経済交流の緊密化を通じて中国との経済社会面での一体化が順調かつ急速に進んだ。特に中国経済の急成長や中国香港間の自由貿易協定締結は、両者の一体化に大きく貢献し、いまや大陸から香港に押し寄せる大勢の金持ち旅行者や多額の投資が香港の経済を支えている。

また、中国と香港との経済社会面での一体化は、意識面での統一をも促進した。かつては大陸の中国人と同一視されることを嫌い、「私は中国人ではなく、香港人だ」と異口同音に言っていた私の友人達も、最近では手のひらを返したように「我々香港人も中国人として北京語(大陸中国の標準語)を習得しなければ」などと言って、アフター5の語学学校通いに余念がない。

こうした香港における「一国二制度」の成功を見れば、北京の指導者が同じ「一国二制度」を緩用して台湾を併合できないかと考えても無理はない。

しかし、香港と台湾では、この「一国二制度」の受け入れにあたって事情が違う。

1980年代に行われた香港の中国復帰交渉において、その交渉相手は香港自身ではなく、香港を植民地としていた宗主国イギリスであった。極東から遠く離れたロンドンのサッチャー首相は、自国の経済権益に悪影響を及ぼすことのないように香港の経済的繁栄には一定の関心があったが、香港人の将来には何らの制度上の責任を負ってはいなかった。

したがって、香港の復帰交渉において、ケ小平率いる中国は、直接の利害関係を有する香港人自身の意見や懸念とは関係のない場所で、イギリスのサッチャー首相とトップダウンによって交渉と妥結を行うことができた。これこそ中国が香港返還交渉を一気に纏め上げることに成功した大きな要因の一つである。

また、香港人にとっても、所詮は自らの上に君臨する統治者がイギリスから中国に交替するだけであったとも言える。もちろん、中国復帰に伴う不安や心配は大きなものであり、海外への移住者も続出したが、暴動などの大きな混乱は発生せず、比較的平穏に復帰を迎えた。

2.自らの民主政府と軍隊を持つ台湾
一方、台湾との交渉の場合、北京政府は台湾自身の民主政府と交渉しなければならない。台湾政府は中国への併合に直接利害関係を有する台湾人を代表しており、安易な妥協を行うことはできない。

台湾の大陸委員会が2006年12月に調査したところによれば、台湾人の73%が「一国二制度」による中国との統一に反対しているという。こうした世論を受けて、「一つの中国」を掲げる国民党から総統となった馬英九氏ですら、「統一を支持しない」と主張している。

すなわち、選挙によって制度的に台湾内の世論が反映される台湾政府を相手に交渉を行わなければならない以上、中国との統一に関する台湾人の批判や懸念を解消することなくして、トップダウン的な妥結は実現不可能である。

また、もし台湾人の意向を無視した強行策を中国が取れば、アメリカから最新鋭の兵器を導入している台湾軍と中国人民解放軍との軍事衝突の危険すらある。すなわち、台湾併合をトップ交渉だけで行う難易度と危険度は、香港返還の比ではないのだ。

3.台湾には漸進的な「機能主義的アプローチ」を
では中国は、台湾に対して如何なるアプローチを採用するのがよいのであろうか?

この点、アメリカの政治学者エルンスト・ハース(Ernst Haas)が提示した地域統合理論が参考となる。

ハースは、経済社会面での協力を通じた「統一」が最終的に政治的な「統合」に至ると考える。すなわち、主権の対立を招かない経済社会分野などのロー・ポリティクス(low-politics)分野における協力関係が、よりセンシティブなハイ・ポリティクス(high-politics)分野における協力関係へと徐々に染み出していき(spill-over)、遂には政治的な「統合」へと至るとする。

こうしたアプローチを、ハースは「機能主義的アプローチ」と呼んだ。この「機能主義的アプローチ」に対して、「一国二制度」のように、政治的な「統合」を経済社会面での「統一」に先行させるアプローチを「連邦主義的アプローチ」という。

台湾との統一交渉においては、統一による不利益を深く憂慮している台湾人と直接交渉しなければならない以上、経済社会分野での協力を積み重ねて、機能面と感情面での「統一」を政治面での「統合」に先行させる「機能主義的アプローチ」のほうが、「連邦主義的アプローチ」よりも現実的であると考えられる。

実際、北京政府も最近では「連邦主義的アプローチ」の無効性と「機能主義的アプローチ」の利便性に気づいているようだ。1990年代には台湾の立法院や総統の選挙に過敏に反応していた大陸中国も、2001年12月の立法院選挙からは静観するようになり、今回の総統選挙においても、かつてのような過剰な反応は見せなかった。

中国と台湾との両岸経済関係は、両岸の政治指導者が好むと好まざるとにかかわらず年々深まっている。北京側としては、台湾との更なる経済統一をまず進め、政治面での統合を急がないのが得策であろう。

中台間の相互依存関係の深化は地域の安全保障の観点から見ても好ましい。アメリカのケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)に代表される現実主義の国際政治学は、相互依存関係を相手国に対する「弱み」(vulnerability)と見るが、相互依存による「弱み」は双方が抱えるものである以上、それほど悲観的になる必要もない。

むしろ、ロバート・コヘイン(Robert Keohane)やジョセフ・ナイ(Joseph Nye)が主張したように、他分野にわたる複合的な相互依存関係が確立されれば、その関係を壊すことは両者にとって高くつく(costly)のであるから、それぞれに関係維持のインセンティブが働き、関係安定化につながると考えられる。

もし中国経済が今よりも更に台湾に依存するようになれば、両岸関係の破壊による機会費用は上昇するため、北京としても台湾との関係を武力の行使によって複雑化するようなことは避けるようになるだろう。

また、長期的に見れば、中国との強い結び付きなくして台湾が経済的繁栄を享受することは現実的には難しい。中台間の経済的、制度的、感情的な「統一」が更に深まり、両岸の経済的・社会的格差が縮まれば、むしろ台湾人自身の方から中国との「統合」をより強く支持するようになるであろう。
ポスト胡錦濤レース番狂わせは発展改革委員会解体の行方次第 [2008年05月10日(Sat)]
「週刊東洋経済」5月3・10日合併号に、拙稿が掲載されました。

その概要は、以下のとおりです。

「ポスト胡錦濤レース番狂わせは発展改革委員会解体の行方次第」
(「週刊東洋経済」5月3・10日合併号)

今年3月、中国の全国人民代表大会で「国務院機構改革方案」が可決された。

改革開放以来の30年間で5度目となる今回の行政機構改革では、各機関の統廃合によって相互に関連する行政権限を集約し、「大部門体制」の実現を目指すとされている。

この機構改革の目的は行政権限の重複解消、利権官庁の既得権益打破、企業活動への政府関与の削減などであるが、その改革の本丸は中国の経済政策において強い権限を有する国家発展改革委員会の解体である。

この発展改革委員会解体の行方が、ポスト胡錦涛レースの番狂わせとなりかねない可能性を秘めている。

発展改革委員会は、計画経済の中心を担った国家計画委員会を前身とし、今も財政金融政策の策定、各産業の管理監督、公共投資プロジェクトの認可などを通じてマクロ経済全体に強い権限を有している。日本に当てはめて言えば、旧大蔵省と旧通商産業省を合わせたような強力な機関だ。

ところが、今春の全国人民代表大会で可決された機構改革案では、工業分野に関する権限を発展改革委員会から新設する工業情報化部に移管するとともに、発展改革委員会による企業活動への関与や個別プロジェクトの認可に関する権限も削減する方針が示された。

もしこの方針が具体化されれば、発展改革委員会は、実態的権限を失うこととなり、さながら旧経済企画庁のようなマクロ経済官庁へと解体されることになる。

しかし、権限剥奪の危機に際して、発展改革委員会側も黙ってはいない。工業情報化部へ移管する工業分野をIT関連に限定しようとするなど、解体の骨抜きに奔走している。

こうした発展改革委員会解体骨抜きの動きに対して神経を尖らせているが、ポスト胡錦濤候補として次席につける常務副首相の李克強だ。

李は機構改革の担当責任者であり、もし発展改革委員会解体を骨抜きにされて機構改革が中途半端なものになれば、李の指導力に疑問符が付くことになってしまう。

そのため李も必死であり、4月中には各機関の権限争いの綱引きを決着させて6月には具体的な新機構体制を発足させるべく、今月14日には抵抗激しい発展改革委員会に自ら乗り込んで調整に乗り出した。

こうした李の苦境を、ポスト胡錦濤の座が確実視される国家副主席の習近平も笑ってはいられない。

確かに、昨秋の中国共産党大会で党内序列6位に大躍進して今春の全国人民代表大会で国家副主席に抜擢された習が胡錦濤の跡を継ぐことは規定路線であり、党内序列7位と習に一つ遅れを取った副首相の李と習との間には、小さくも決して越えられない高い壁がある。

ただし、事故的な習の失脚と李の躍進が重なれば、ポスト胡錦濤レースの大番狂わせも決して非現実的な話ではない。

北京五輪の責任者に任命された習にとっては、今年8月の五輪を無事に終えることが目下の至上命題である。

しかし、チベット暴動を巡って各国首脳の開会式出席の辞退が続き、各国では聖火リレーにも支障が出るなか、もしも五輪開催にあたって中国の威信にかかわるような事件でも発生すれば、ポスト胡錦涛最右翼とされる地位すら危ぶまれる。

すなわち、ポスト胡錦濤レースをいくトップ2に躍り出た両名は、早速それぞれ行政手腕の実力テストを受けているのだ。

遅れを取っている李としては、自らに課された機構改革という課題できちんと得点しておくことが大事であり、発展改革委員会解体の成否は正にこうした観点からポスト胡錦涛レースの試金石だと言える。

北京五輪後の中国がどこへ向かい、ポスト胡錦涛時代を担う次世代のリーダーが誰になるのかは、いまや中国と深い相互依存関係で結ばれる日本にとっても重大関心事である。

その行方を占う試金石として、まずは発展改革委員会解体の成否を注意深く見守ることにしたい。
世代的特徴で見るポスト胡錦濤指導部 [2008年04月20日(Sun)]
1.ポスト胡錦濤時代を担う「第五世代」
建国以来の中国では、毛沢東が率いた指導部を第一世代(1949〜1976年)、ケ小平が率いた指導部を第二世代(1976〜1989年)、江沢民が率いた指導部を第三世代(1989〜2002年)と呼び、胡錦濤が率いる現政権は一般的に第四世代と呼ばれている。

現在の中国において国家指導者の退職年齢は原則70歳と見られており、70歳を超えた指導者は直近の中国共産党大会(原則5年に1度の開催)で引退せねばならない。この原則に従えば、現在66歳の胡錦濤は2期10年党総書記を務め、4年後の2012年に開催される第18回党大会で引退するものと見られる。

ポスト胡錦濤時代を担う第五世代の党総書記も2期10年務めるとすれば、その任期は2012年から2022年となる。昨秋の第17回党大会では、すでにポスト胡錦濤時代を視野に入れて、2017年の第19回党大会時点でも70歳の引退年齢に達せず2022年まで任期を務めることのできる世代、すなわち1948年以降に生まれた世代が抜擢された。

そうした第五世代の代表格が、二階級特進の大抜擢で党中央常務委員入りした習近平(1953年生)と李克強(1955年生まれ)であり、3月の全人代で習は国家副主席に、李は常務副総理に任命された。同じく昨秋の党大会で政治局委員となった経済・金融担当副総理(前北京市長)の王岐山(1948年生まれ)、重慶市書記(前商務部長)の薄煕来(1949年生まれ)、党中央書記処書記(前江蘇省書記)の李源朝(1950年生まれ)、広東省書記(前重慶市書記)の汪洋(1955年生まれ)なども第五世代の有力政治家である。

2.「第五世代」の特徴
1940年代末から1950年代中ばに生まれた第五世代は、「大躍進政策」(1958〜1960年)の失敗に伴う大飢饉のなかで幼少期を過したり、青年期に「文化大革命」(1966〜1976年)の災禍を経験したりするなど、幼くして計画経済やイデオロギー闘争の災禍を経験した世代である。

特に、「文化大革命」中は大学入試が停止されていたため、ちょうどこの時期に大学進学年齢を迎えていた第五世代の政治家は、労働者として農村や工場に「下放」された後、20代半ば頃ようやく都市に戻って大学教育を受けた苦労人が多い。李克強も19歳の頃に安徽省鳳陽県に下放されていたし、薄煕来も20歳の頃に北京の機械修理工場で労働に従事させられていた。

同世代には中国民主化運動のシンボルとされる魏京生(1950年生まれ)もいるが、第五世代の有力政治家は1980年代の民主化運動を取り締まるか少なくとも距離を置いた立場にいた人々と考えられる。例えば「天安門事件」(1989年)時に北京大学院生であった李克強は、当時既に共産党青年団中央の書記であり、デモを止めるよう学生の説得に努めた。

日本との関係で言えば、第五世代は日中戦争(1931〜1945年)を直接体験しておらず、青年時代に「日中国交正常化」(1972年)を迎え、日本の大衆文化や日本製品の流入が加速した1980年代から1990年代にかけて30歳代から40歳代の働き盛りを迎えた世代である。

1990年代に盛り上がった愛国主義教育を受ける前に社会人となった第五世代は、今の若い世代に比べてナショナリズムの点で穏健的であると考えられる。

専門分野で見ると、上海交通大学卒の江沢民や清華大学卒の胡錦濤・温家宝をはじめ理工系出身のテクノクラートが大部分を占めていた第三世代や第四世代の指導部と比べ、第五世代の有力政治家には文系出身者が多く、特に北京大学出身者の活躍が目立つ(習近平は清華大学法学博士、李克強は北京大学経済学博士、王岐山は西北大学歴史学部、薄煕来は北京大学歴史学部、李源朝は北京大学経済学修士)。

なお、第五世代は欧米留学を経験した人たちが多い世代であるにもかかわらず、昨秋党政治局委員に抜擢された人たちのなかには欧米留学経験者がいないことは注目に値する。

3.来るべき「第五世代」指導部の展望
約30年にわたる改革開放の結果中国経済は目覚しい発展を遂げ、大量の物と情報によって国民の意見や価値観も多様化した一方、こうした発展の恩恵を十分に得られていない層には不満も高まっている。

急速な発展をもたらした安価な労働力の供給にも陰りがあり、これまで十分省みてこなかった少子高齢化や環境破壊といった社会問題も深刻化しつつある。

第五世代の指導部はまさにこうした困難な状況に直面しながら、大国となった中国の舵取りをしていかなければならない。こうした中、テクノクラート中心であった第三世代・第四世代の指導部と比べ、法律、経済、歴史など社会科学系の学歴と多様な職歴をバックグランドに持つ人も多い第五世代の指導部は、それぞれの専門性を活かした集団指導体制で難局に臨むことになるだろう。

現在中国国内の一部に見られる改革開放揺り戻しの動きに対して、幼少期から青年期にかけて「大躍進」や「文化大革命」の被害者となった第五世代の指導者が理解を示すとは考えにくい。

一方で、民主化運動の動きと一線を画し海外留学に出ることなく共産党内部で選りすぐられてきた第五世代の指導部が自ら政治民主化に向けて急速に進むこともないだろう。習近平や薄煕来に代表される「太子党」(共産党老幹部の子弟)も政権中枢に少なからずおり、共産党による一党独裁の堅持という方針は揺るぎないものと思われる。
経済閣僚の顔ぶれから見る第2期胡錦濤政権の経済政策 [2008年04月18日(Fri)]
2期目を迎えた胡錦濤政権。その経済閣僚の顔ぶれにも動きがあった。

まず昨年末の党大会(原則5年に1度開催)後に、商務部部長が薄熙来から陳徳銘に代わり、財政部部長も金人慶から謝旭人への交代が見られた。

さらに、今年3月の全人代において、「中国経済の大本営」たる国家発展改革委員会の主任であった馬凱が国務院秘書長となり、その後任には国務院副秘書長であった張平が就いた。

1.対照的な発展改革委員会主任
今回国務院秘書長となった馬凱(1946年生まれ・上海出身)は、文化大革命の後1982年に中国人民大学で経済学の修士号を取得し、卒業後は国家物価局や北京市政府でキャリアを積んで、その後2003年に国家発展改革委員会主任となるまで、一貫して経済計画を担当してきたエコノミストである。

その後任の張平(1946年生まれ・安徽省出身)は、銀行業務を教える専門学校を卒業して、1966年に中国人民銀行へ入行した。名門大学を出て首都・北京や国家中央のポストを駆け上がってきたエリートの馬凱とは対照的に、張平は、地元の営業所や支店での10年以上にわたる下積み生活のなかで徐々に頭角を現し、1981年に省政府へ移ってからも省計画委員会主任、蕪湖市市長、省秘書長、副省長など安徽省内で一つ一つ階段を上がってきた叩き上げである。

安徽省党副書記をしていた2005年に始めて中央から声がかかって国務院副秘書長となり、今年3月の全人代で国家発展改革委員会主任に抜擢された。

張平は、就任直後の3月23日、北京で行われた中国発展高層フォーラムに出席し、胡錦濤の掲げる「科学的発展観」に基づく「小康社会」実現の鍵として、経済発展モデルの一刻も早い転換と市場経済システムの完成を指摘した。

中国のマクロ経済運営に強大な権限を有する国家発展改革委員会主任として、張平の実力はいまだ未知数であるが、改革を通じて経済を順調かつ迅速に発展させることを目指していくものと見られる。

2.明暗分けた党政治局委員人事
現在66歳の馬凱や張平は、4年後の次回党大会時には中国指導部の定年とされる70歳となることから、それまでには引退するものと見込まれる。

一方、中国人民銀行総裁に再任された周小川(1948年生まれ)、商務部部長から重慶市党委書記となった薄熙来(1948年生まれ)、新商務部部長の陳徳銘(1949年生まれ)は、年齢的に見ればポスト胡錦濤政権を担う第五世代指導部の経済政策をリードする中核たりうる資格がある。

しかし、昨秋から今春にかけての人事異動は彼らの間の明暗を分け、薄熙来が頭ひとつリードする形となった。元党中央顧問委員の薄一波を父に持つ「太子党」(党幹部の子息)であり、北京大学歴史学部を卒業した毛並みの良い薄熙来は、大連市の市長や党委書記など長らく遼寧省でキャリアを積み、同省副書記であった2004年に商務部部長へ抜擢されて、昨秋の党大会で政治局委員へ昇格した。

政治局委員は党中央の要職、副総理、主要都市の党委書記などを担う中国の最高指導部であり、同じく昨秋の党大会で政治局委員となった経済・金融担当副総理(前北京市長)の王岐山(1948年生まれ)、党中央書記処書記(前江蘇省書記)の李源朝(1950年生まれ)、広東省書記(前重慶市書記)の汪洋(1955年生まれ)などとともに、重慶市党委書記へと転じた薄熙来もポスト胡錦濤時代を担う第五世代の有力政治家としての期待がかかる。

一方、元機械工業部部長の周建南の子として薄熙来と同じく「太子党」の一人である周小川は、清華大学で工学博士号を取得したエリートで、アジア通貨危機の混乱冷めやらぬ1998年に50歳の若さで中国の中央銀行たる人民銀行の総裁に就任し、早くから次世代リーダーとして注目を浴びた。

しかし、昨秋の党大会で政治局委員に昇格できず、今春開かれた全人代でも人民銀行総裁に留め置かれたことから、同い年の薄熙来に水をあけられた形になった。新たに商務部部長となった陳徳銘も、薄熙来と同年代にありながら、やっと昨秋の党大会で中央候補委員(政治局委員から見て2ランク下)になったばかりであり、その差は歴然である。

3.第2期胡錦濤政権の経済運営
約30年にわたる改革開放の結果、中国経済は目覚しい発展を遂げ、大量の物と情報によって国民の意見や価値観も多様化した一方、こうした発展の恩恵を十分に得られていない層には不満も高まっている。

急速な発展をもたらした安価な労働力の供給にも陰りがあり、これまで十分省みてこなかった少子高齢化や環境破壊といった社会問題も深刻化しつつある。発展に伴うこうした歪みを前に、この数年の中国国内では改革開放揺り戻しの動きが一部に見られる。

この点、馬凱、張平、薄熙来、周小川、陳徳銘ら、第2期胡錦濤政権の経済運営を担う1940年代後半生まれの世代は、「大躍進政策」(1958〜1960年)の失敗に伴う大飢饉のなかで幼少期を過したり、青年期に「文化大革命」(1966〜1976年)の災禍を経験したりした後、国家中央や地方政府で「改革開放政策」(1978年〜)をリードして現在の地位まで上り詰めてきた世代である。

「科学的発展観」に基づく「調和の取れた社会(和諧社会)」の実現を目指す胡錦濤が彼ら「改革開放の旗手」に期待するのは、計画経済やイデオロギー闘争のノスタルジーに浸って改革を逆行させることではなく、まさに張平が述べたとおり、経済発展モデルの転換と市場経済システムの完成であろう。いまや中国と深い相互依存関係で結ばれた日本としても、第2期胡錦濤政権の経済運営を注意深く見守っていく必要がある。