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オバマ新大統領下の米中関係 [2008年11月22日(土)]
世界金融危機の本格化とアメリカ大統領選挙。今、世界中の政府関係者、経営者、ビジネスマン、エコノミスト、政治学者といった人々が、この2つの出来事が今後のアメリカ外交と国際政治経済に与える影響を注意深く観察していることだろう。その影響は、日本を含む東アジアにも当然及ぶものであるが、ここでは、特に米中関係の今後の動向について検討する。

1.世界金融危機とアメリカ大統領選挙
未曾有の金融危機とそれに続くアメリカの不況の影は、アメリカの大統領選挙と今後の外交政策の方向性を規定する最大の要因といえよう。

大統領選挙は、今年9月に民主・共和両党の党大会を修了した時点で、共和党のマケイン候補がややリードし、僅差での接戦が予想されていた。しかし、リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに本格化した世界金融危機の中で、経済政策が苦手で政策的立ち居地が不安定だったマケイン候補に対し、政策姿勢が終始安定し冷静な態度を崩さない振る舞いをみせたオバマ候補が支持を大きく伸ばした。

渡辺研究員は、「今回の危機ではアメリカ自身が世界の金融危機の発生源となっただけでなく、これらの世界規模での危機への対処においても十分なリーダーシップを発揮できず、かつ独力では対処できなかった。このことにより、世界の信任と尊敬を完全に失ったブッシュ政権への大きな「ノー」の反映が、オバマ候補の地すべり的勝利に繋がったのだ。」と分析する。

では、世界金融危機とオバマ新大統領の誕生は、米中関係の行方に如何なる影響を与えるのだろうか?

2.歴史から見た米中関係
そもそも米中関係においては、1972年のニクソン大統領訪中による米中関係正常化しかり、中国側の政策イニシアティブというより、アメリカ側の対中政策の影響を強く受けてきたという側面が強い。

ここで歴史を振り返ると、ニクソンによる米中関係正常化後、多くの歴代アメリカ大統領は、共和党か民主党かにかかわらず、就任直後は中国に対して強い姿勢をとる傾向が見て取れる。これは、「人権を蔑にする共産主義国家・中国」への強気な姿勢が、アメリカ国内で大衆の支持を得やすいためだと考えられる。

一方で、米中関係正常後のアメリカは少なからぬ政治経済上の利益を中国と共有するようになったため、これら各大統領も、就任後しばらくすると大衆迎合的な対中強硬政策を続けることが難しい現実に直面する。その結果、秋田浩之氏が著書「暗流」で指摘しているとおり、アメリカの歴代大統領は、就任後おおむね2年以内には対中政策を軟化させてきた。

(例)
カーター(民主):人権外交を掲げて77年1月就任
⇒78年12月、米中国交正常化を発表

レーガン(共和):親台湾派として81年1月就任
⇒ 82年8月、3つ目の米中共同声明を発表

クリントン(民主):中国の人権問題を非難して93年1月就任
⇒ 94年5月、人権問題と通商問題の切り離しを決定

ブッシュ(共和):中国を「戦略的競争国」としてライバル視して01年1月就任
⇒ 02年10月、江沢民をテキサス州の私邸に招待

逆にいえば、現職大統領は現実のしがらみのために大衆受けのよい対中強硬策を維持しにくいだけに、新たな大統領(候補)にとっては、前任者の政策を批判し、その違いをアピールするための材料として、強硬な対中政策が便利なのである。

現在アメリカの経済が不調であることから考えれば、来年1月に就任するオバマ次期大統領も、国内政治上の配慮から、廉価な工業製品を大量に輸出して大幅な対米貿易黒字を計上している中国に対して批判の矛先を向ける可能性は否定できない。

実際、オバマ氏は、不公正な取引慣行を取る国に対して是正の働きかけを強め、通商代表部を強化する方針を公約にしており、大統領選挙期間中に全米繊維団体協議会からの質問に回答した書簡のなかで、「中国は、輸出よりも内需依存の経済成長に向けて、為替を含め政策を変更しなければならない。だからこそ私は、中国に変化を促すため、あらゆる外交手段を行使する」との主張を展開している。

3.米中関係の現状と今後
しかし、私は、オバマ次期大統領は、むしろ歴代大統領の就任時と比較してより抑制的な対中政策を取るのではないかと予想している。

まずオバマ新大統領の外交方針について、渡辺恒雄研究員は前出のレポートの中で「多くの難しい課題に継続して取り組まざるを得ないオバマ政権は、関与政策を中心にした外交政策をとっていくことになるだろう」との見方を示している。

世界を巻き込む金融危機と実体経済の悪化、ならびにアメリカ内の経済と財政赤字の累積という状況が、オバマ候補に勝利をもたらした要素であると同時に、新政権が真っ先に取り組まざるを得ない課題であり、それこそが新政権の外交政策を穏健な現実主義とプラグマティズムに引っ張っていく環境を作り出すことになるだろう。

さらに、中国との関係についてより詳しく分析すれば、いまやアメリカにとって中国は、歴代いずれの大統領就任時と比較しても一層重要なパートナーとなっており、もはや強硬路線を取りうる余地は非常に少ない。

たとえば、ブッシュ大統領就任時の2001年には、日本が第3位(全体の7.9%)の輸出相手国であり、中国は9位(同2.6%)でしかなかったが、2007年には、中国がアメリカの第3位の輸出相手国(同5.6%。1位カナダ、2位メキシコ)となっている。輸入でも、2001年に中国は日本(同11.0%)に次ぐ第4位(同9.0%)にとどまっていたが、2007年ではアメリカにとって最大(同16.5%)の輸入相手国だ。いまや中国なくしてアメリカ経済は成り立たないのである。

また、外交的にも、北朝鮮の非核化にも中国の協力は必要であり、ここにきてロシアが強硬な態度に変化してきていることからも、アメリカが中国を味方につけておく戦略的な必要性が高まっていると言えよう。

ライス国務長官の言葉を借りれば、アメリカにとって中国は、「価値観は共有しないが、利益は共有する」大国であり、「アメリカと同様に特別な責任を負っている」重要なパートナーである(ライス国務長官、Rethinking the National Interest、Foreign Affairs7-8月号)。

したがって、オバマ次期大統領が、仮に歴代大統領と同様に中国に対して批判的な言動を取るとしても、それは対中強硬派のガス抜き程度で終わり、実際の対中政策は、穏健なものになると予想されるのである。先の全米繊維団体協議会への回答も、選挙民の感情を強く意識せざるをえない選挙中におけるリップサービスの域を出ないのではないか。

むしろオバマ候補は、選挙中に出した対中政策に関する文章のなかで「アメリカは中国との長期的かつ積極的な建設的な関係を築かなければならない。両国がいかに挑戦に対応し、また、どれほど共通点を見つけることができるかが、両国およびアジアないし世界ほかの国にとっても極めて大きな意義がある」と述べており、中国に対して協調的な政策を採っていくものと考えられる。

一方の中国も、オバマ次期大統領との間で米中関係を発展させたい考えだ。11月5日にオバマ候補当選が明らかになると、中国の指導者はその日のうちに祝電を打った。

胡錦涛国家主席は、祝電のなかで「(米中間の)建設的な協力関係を新しいレベルに引き上げ、両国民ないし世界各国の人民に利益をもたらしたい」と述べたとされる。また、温家宝首相も祝電を送り、「良好な中米関係は両国民が共に望んでいるもので、アジア太平洋地区ないし世界の平和、安定、繁栄を維持する上で必要である。双方の努力によって、建設的な協力関係は必ず新しい発展を遂げるだろう」との前向きなメッセージを発したという。

加えて、オバマ次期大統領と胡錦涛国家主席が11月8日に電話会談した際にも、胡錦涛国家主席は、「今後は両国のハイレベルまた各クラスの交流を維持し、戦略的対話を進め、各分野における協力を拡大し、重大な国際・地域問題などをめぐって協調性を強化するとともに、両国間の敏感な問題、特に台湾問題を適切に処理し、建設的な協力関係をさらに高いレベルへと引き上げていきたい」と述べたとされる。これに対して、オバマ次期大統領も「米中両国は発展に向けて多くのチャンスを有しており、協力を強化することで両国関係がさらに進展し、両国民に恩恵がもたらされるよう希望している」と前向きに応じている。

4.まとめ
以上の話を日本との関係を踏まえてまとめれば、オバマ次期大統領は、内外の情勢により多国間協力体制を志向すると考えられ、東アジアにおいては、ブッシュ政権の初期に見られたような日米同盟で中国に対峙していくという立場ではなく、またクリントン政権の初期に見られたような日本パッシングでもなく、日米中の多国間の協力体制で、北朝鮮などの地域の地政学リスクを管理(マネージ)しようと考える傾向にある。世界的な金融危機は、中国との経済協力の重要性を増し、ますますそのような傾向を高めていくことになろう。

ひるがえって、こうした国際政治経済情勢の流れの中で、日本はいかに立振舞うべきなのだろうか?その鍵は「自国の立場の明確な主張」という点にあるのではないかと私は考える。

アメリカも中国も協調的なマルチラテラリズム(多国間主義)のアプローチを重視する流れにあるからこそ、日本は自国にとっての利害を意識しつつ自らの立場を明確して、この流れに乗ることが重要であろう。言い換えれば、協調的な国際環境のなかで臆することなく自国の利益の最大化を図ることである。たとえば、北朝鮮の問題で言えば朝鮮半島の非核化と拉致被害者問題の解決の両立なくして北朝鮮への協調支援には参加しえないとの立場を堅持することであり、今後の国際金融システム改革の問題で言えば日本の経済規模に見合った発言権の確保を貪欲にでも追及することだ。

こう主張すると、「日本が自国の利益に固執すれば、米中協調の影に置いて行かれるだけではないか」と心配する向きがあるが、私はそうは思わない。北朝鮮の問題にせよ、国際金融危機の問題にせよ、日本の協力なくして米中だけで解決できる問題ではないのである。アメリカが必要とするのは中国だけではなく、中国が重視するのもアメリカだけではない。両国にとって日本との協調も劣らず不可欠であり、日本が自国の立場を堅持すれば、米中もこれを無視するわけにはいかないのが今の国際政治経済情勢である。

戦後長らく、日本の外交政策は、米中関係のディペンデント・バライアブル(従属変数)であった。いまや世界金融危機により国際政治経済情勢が変わりつつあるなか、これまでの国際政治経済を牽引してきたアメリカでは、オバマ候補がチェンジ(変革)を訴えて大統領選に勝利した。日本も、国際政治経済のなかで自らをディペンデント・バライアブル(従属変数)からインディペンデント・バライアブル(独立変数)へとチェンジする千載一遇のチャンスが来ていると私は考える。
世界金融不安が東アジアに与える影響を俯瞰する [2008年10月23日(木)]
1.概要
アメリカ発の金融不安が世界中を混乱に陥れている。

アメリカでリスクの高い住宅ローン(サブプライム・ローン)が小口の証券に細分化され、さらにそれが複雑に入り組んだ金融商品のチェーンのなかで世界中を転々としていく過程で、誰もサブプライム・ローン関連証券の所在もリスクも正しく認識できなくなった。

したがって、アメリカの住宅価格が下落をはじめてローンが焦げ付き始めると、その影響がどこまで及ぶのか誰にも見当がつかず、不安が不安を呼ぶ結果となった。少しでも危ないと投資家から睨まれた金融機関の株は売り浴びせられ、いつどこが破たんするとも分からない環境のなかでは皆が資金を出し渋り、業績に大きな問題のない金融機関や会社であっても資金繰りに行き詰る状況が生まれた。

その結果、アメリカでは、前年に史上最高益を上げたばかりであった全米第4位のリーマン・ブラザーズが一夜にして破たんし、同時に第3位のメリルリンチはバンク・オブ・アメリカに飲み込まれた。残る第1位のゴールドマン・サックスと第2位のモルガン・スタンレーも銀行持ち株会社へと業態変更を余儀なくされ、今世紀に入ってから「この世の春」を謳歌してきたアメリカの大手投資銀行は姿を消した。

東アジアの国々は、今回の金融不安から直接的な影響を受けているというよりも、もともと世界的な資源エネルギーや食糧の高騰などにより内需が弱含んでいたところに、アメリカの景気後退の間接的影響が襲ってきた構図だ。

9月以降本格化してきたアメリカ金融不安の間接的影響が東アジアの実体経済に与える影響は、むしろ今後本格化すると予想される。

多くの東アジア諸国にとっては外部からの不安定化要因に経済運営を翻弄されている状況だが、言い換えれば、複雑な相互連関のチェーンに縛られた現在の国際政治経済システムの現状を如実に表しているともいえる。

特に中国、韓国、ベトナムなどでは、経済成長の減速が政治社会の不安定化へ結びつく懸念があるなか、内需主導で経済成長を確保していけるかどうかが、日本を含む多くの東アジア諸国にとっての課題である。欧米からも東アジアの生み出す有効需要に世界経済の下支えとして期待がかかる。

東アジア諸国がこの難局を乗り切れるかどうかは、単に各国の経済の問題にとどまらず、その政治社会の安定から、国際社会全体の趨勢にもかかわる問題として、今後の動向から目が離せない。

「一世紀に一度の危機(Once in a century)」(グリーンスパン元FRB議長)とも言われる今回の世界的経済不況のなかで、東アジアはどのような立ち位置に立たされるのか。

この混乱期にあっても年金資金50億円程度を運用して良好な実績を上げている国内ヘッジファンドの代表は、「現在の金融不安が日本や東アジア諸国の企業の業績や個人の生活に影響してくるのはこれからだ。2010年春頃までの向こう1年半は、かなり厳しい状況を覚悟しなければなるまい。」と語る。

2.各国状況
日本
実際、こうしたアメリカ発の金融不安は日本にとっても対岸の火事ではない。アメリカを最終消費地として回っていた世界経済の動きが鈍った結果、日本の輸出も減速し、ドル売りのあおりでつり上がった円相場がさらに輸出を冷やし、外国人投資家の引き上げた株式市場では株価が大暴落して、日本経済の足を引っ張っている。

夏には147ドルをつけた原油先物価格が、投機資金の引き上げとエネルギー需要の後退観測によってわずか3カ月で半額以下まで値を下げたことは、エネルギーを輸入に依存する日本にとって朗報であるはずだが、そのプラス効果も世界を襲う未曾有の経済金融危機の前では焼け石に水のようにうつる。

世界経済の混乱は、日本以外の東アジア諸国にとっても深刻な影響を与えている。

韓国
もともと今年に入ってから内需に落ち込みにより景気後退懸念があった韓国では、その高い対外債務依存度への不安も重なって、韓国ウォンの「9月危機説」が市場でささやかれた。

実際、8月から9月にかけて大規模なウォン売りに見舞われ、今年1月には1ドル=930ウォンであったが、10月に入って1ドル=1400ウォン水準まで実に40%以上も下落してしまったのである。

ただし、心配された経済そのものは、中国などへの輸出が景気を下支えして今年上半期に5.3%と近年と比較しても高い成長率を記録した。こうした状況からウォン売りも落ち着いてきており、懸念材料の一つであった石油資源価格の高騰も一段落した今、輸出頼みの韓国経済にとって、下落したウォンはむしろ好都合ともいえよう。

ベトナム
中国に代わる新たな投資先として日本企業の熱い注目を集めてきたベトナムでも、年初来インフレ率の急騰と経常赤字の急拡大により通貨ドンが弱含み、韓国同様に通貨危機の懸念がささやかれていたなかで、アメリカ金融不安の波に襲われた。

今年8月には28.3%の物価上昇率を記録し、昨年は8.5%あった成長率も今年前半は6.5%まで落ち込んで、株価の下落も底が見えない。輸出の21.3%をアメリカに、同12.3%を日本に頼るベトナム経済は、今年後半以降日米の景気後退から無関係ではいられようもなく、今後の見通しは決して明るくない。

タイ
タクシン元首相の流れをくむ現政権に反対する反政府勢力の暴動により死傷者まで発生しているタイでは、カンボジアとの間で軍の小規模衝突を含む境界紛争も抱え、南部ではイスラム系分離独立派による断続的な爆破テロも発生しており、政治治安情勢は非常に不安定になっている。

こうした政情不安から内需が伸び悩んでいるものの、今年前半は輸出が好調であったため、成長率は07年通年が4.8%であったのに比して、今年第1四半期は6.1%、第2四半期は5.3%を記録した。

しかし、その輸出も、14.0%をEUに、12.6%をアメリカに、11.8%を日本に依存していることから、今年後半は金融不安と日米欧の景気後退の影響を受けざるをえないだろう。

中国
底の見えない世界経済にあって、下支え役の期待がかかるのは中国だ。アメリカ、EU、日本の内需が勢いを失うなかにあっても、中国には都市化の進展による膨大な有効需要創出の可能性があるからである。

筆者の私見でも、中国経済は内需が底堅く、今年後半から来年にかけても概ね9%の成長は維持していくものと見ている。

9.0%と発表された今年第3四半期の成長率を「中国の景気減速が鮮明になった」と見る向きも多いが、輸出の減退により成長率が9%程度まで落ち込むことは予想されたとおりであり、むしろその中でも個人消費と国定資産投資が引き続き底堅く伸びていることが確認されたことの方が注目に値する。

ただし、中国経済の先行きに不透明さがつきまとうことも事実だ。

国内需要喚起のために、金融当局が預金準備率の引き下げ、貸し出し金利の引き下げ、貸し出し総量規制の緩和など一連の金融緩和策を打ち出しているものの、先ごろ発表された統計ではマネーサプライ(M2)が思いのほか伸びておらず、当局が期待したほど消費や投資の喚起にはつながっていないようである。

今年上半期まで流入が続いていたホットマネー(短期的投機資金)も、流れが変わって6月以降毎月200億ドルほど流出していると見られる。

こうした状況を反映して、株価や不動産価格も暴落しており、これが消費や投資の減退へとつながるリスクがないではない。
「中国発展モデル」をどう見るか [2008年10月03日(金)]
先日、新華社から「『中国発展モデル』をどう見るか?」というインタビューを受けた。

中国共産党にとって、目覚ましい成長を達成した「中国発展モデル」こそ自らの政権担当を正当化する最大の柱となっている。

改革開放の開始から30周年の節目となる今年、中国では、この「中国発展モデル」を賞賛する議論が盛んに行われている。

1.中国発展モデル
今年は、中国が1978年12月の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(三中全会)において「改革開放政策」を採用してから、ちょうど30年である。

この30年間の間に、中国のGDPは70倍に成長し、いまや世界第4位の経済大国となった。さらに、IMFの予測によれば、2011年には中国が日本を抜き、アメリカに次ぐ世界第2位となるという。

一方で、中国では地方間・住民間での大きな格差があり、また、急速な成長がもたらした環境の破壊や資源エネルギーの浪費は中国自身のみならず世界にも大きな影響を与えているのも事実である。

こうした「中国発展モデル」をどう見るか?

2.一般的な見方
多くの専門家が、従来のように単純な労働集約型産業だけに頼る中国発展モデルは、ますます難しくなると指摘している。

実際、繊維産業や組立産業など労働集約的な単純加工業については、日本企業や韓国企業が中国から生産拠点を東南アジアなどへシフトする動きが出ており、中国政府自身も、こうした産業に対する外資優遇策を廃止してきている。

そもそも、経済成長をもたらす長期的な要因は、労働力の増加と技術の革新である。1970年代末以来「一人っ子政策」を採用してきた中国では、2015年頃には労働力人口が減少を始め、2020年頃には高齢化問題が深刻化すると言われている。

一方、技術革新について、中国は改革解放以来長らく主に外資による技術移転によって生産性を向上させてきたが、人件費の高騰により価格競争力を失う中では、外資の二番煎じの技術だけでは国際競争に勝てない時代となるだろう。

3.底堅い中国の成長力
しかし私は、中国の潜在的な経済成長力はまだまだ非常に力強いと見ている。中国は、短期的には当然景気の浮き沈みを経験するであろうが、中長期的には政府による積極的な介入なくしても高成長を続けていくことができるだろう。

まず、労働力について、近い将来に労働力人口の総数が減少するといっても、まだ農村には1億人とも2億人とも言われる余剰労働力が存在しており、彼らが農業以外の分野へ移動していけば、まだまだ労働力の新規供給の余地がある。

また、過去30年間、中国発の技術革新があまり出てこなかったのは、安価で豊富な労働力に支えられた中国製品は国際社会において十分な競争力を維持してきたため、コストとリスクをかけてわざわざ技術革新をする必要がなかったからである。

今後は中国も過去と比較すれば価格競争力が落ちてくることを考えれば、技術革新の必要性が高まるだろう。その必要性に応える人材を中国は十分に抱えている。中国には理系の高等教育を受けた人材が豊富に存在しており、その研究開発の潜在能力は極めて高いと思われる。そもそも中国では、文系中心の日本と異なり、高校生の過半数が理系を選択する。その後、清華大学を頂点とする理系の大学で高等教育を受け、少なからぬ卒業生が欧米へ留学して世界最先端の技術と教育を身につけている。

経済成長という点において、中国政府がすべきことは、景気が過度に浮き沈みすることのないように平準化する努力と、中国が本来持つ成長力を十分に発揮する努力くらいである。

4.解決すべきは再分配問題
むしろ、中国政府が今後真剣に取り組むべき中国発展モデル上の問題は、格差や環境破壊などである。

これらは、経済成長の果実の再配分に関する問題と言い換えることができよう。政府の積極的な介入が求められる問題とは、市場の資源配分メカニズムに任せておいては解決できない問題である。この点、格差の是正や環境保護は、自由な市場競争が生み出す負の影響であり、まさに市場の資源配分メカニズムに任せておいたのでは解決できない問題である。

特に格差の問題は深刻である。なぜなら、政権の有効性や正当性に対する疑問を大衆に抱かせる最も典型的な要因は庶民の生活苦だからである。

ここで注意すべきは、格差の存在や拡大そのものが問題ではない点である。

日本でも、多くの専門家や識者が「中国では格差が広がって社会不安が高まっている」と解釈している。しかし、都市世帯も農村世帯も「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」にあり、この傾向が続く限りは、格差が開いたところで下層の人々も現体制の有効性や正当性を否定してまで現状を変えたいとは望まないだろう。事実、今年第1四半期の都市住民世帯の可処分所得は対前年同期比11.5%、農村住民世帯の可処分所得は対前年同期比18.5%も上昇した。

ただし、最近の中国では、物価上昇や景気の減速によって一部の人々が「昨日より今日、今日より明日の生活がよくなる状態」を享受できなくなっていると私は見ている。明日の生活に失望した人間は自暴自棄になって何をするか分からない。これこそ、今の中国発展モデルが抱えている最大のリスクであろうと私は考えている。

したがって、明日の生活に対する希望を失いかねない困窮者の救済こそ、中国政府が取り組むべき最も重要な課題であろう。そのためには、中国政府は、低所得者への生活保障提供、全国民への社会保障提供、資産家に対する相続税導入、内陸部への財政援助など、経済成長によってもたらされた所得を従来以上に積極的に再分配していくことが必要だと私は考える。
NATOの東方拡大に不安募らす中国 [2008年09月30日(火)]
「NATOの東方拡大は、ロシアにとってのみならず、中国にとっても潜在的な脅威だ。これが、グルジア紛争に対する中国の立場を難しくしている。」
指導部にも通じる中国政府系シンクタンクの著名な国際政治学者が筆者に語った。

1.グルジア紛争に対する中国の公式見解
8月、ユーラシア大陸の東端で北京五輪が世界の耳目を集めるなか、ユーラシア大陸のもう一端ヨーロッパとロシアに挟まれたグルジアでは国際社会に大きな不安を与える事件が起こっていた。グルジア紛争である。8月7日にグルジア軍と南オセチア軍が衝突を始め、ロシアのプーチン首相が北京で華やかな五輪開幕式に出席していた翌8日には、ロシア軍が紛争に介入し、グルジア領内の軍事拠点への攻撃を開始した。

パンドラの箱を開けたのは、国内の親ロシア派独立勢力たる南オセチア自治州とアブハジア自治共和国を武力で押さえ込もうとしたグルジアである。しかし、そこにロシアが軍事介入して両国の独立を承認する一方、北大西洋条約機構(NATO)がグルジアの支援に回ったことから、事態はロシアと欧米との対立の様相を呈した。

このグルジア紛争に対して、中国外交部の秦剛報道官は8月27日の定例会見で、「中国は南オセチアとアブハジア情勢の最近の変化に注目している。わたしたちは南オセチアとアブハジアの問題の複雑な歴史と現状を理解している。こうした問題における中国の一貫した原則的立場に基づき、わたしたちは関係各方面が対話と協議を通じて問題を適切に解決することを希望する」(「人民網日本語版」 2008年08月28日)との見解を表明している。

秦剛報道官のいう「こうした問題」とは「国内紛争」を指し、「中国の一貫した原則的立場」とは「他国による内政不干渉の原則」である。そもそも中国は内政不干渉を外交の大方針としていることから、グルジア紛争についても特定の勢力を支持することなく中立を保つのは規定路線どおりとも言える。


2.グルジアへの同情
しかし、グルジア紛争の背景にある諸問題について中国の置かれた戦略的立場は、それほど単純ではない。

自らも台湾、ウイグル、チベットといった独立勢力を抱える中国としては、武力をもってしても国家統一を堅持しようとするグルジアの「国内紛争」にロシアが干渉することに賛成できないのは当然である。グルジア紛争へロシアの干渉を許すロジックは、台湾問題、チベット問題、ウイグル問題へ他国の干渉を許すロジックにつながるからである。

では、なぜ中国は、自国と同様に国家統一に取り組むグルジアとそれを支持するNATOの立場をより積極的に支持しないのであろうか?
それは、グルジア紛争の背景にある「NATOの東方拡大」という問題について、中国は潜在的な不安を感じているからである。


3.NATO東方拡大に募る不安
もともと旧ソ連の脅威に対抗する軍事同盟であったNATOは、旧ソ連の崩壊と冷戦の終結により、その存在意義の重点を域外地域における紛争予防と危機管理に移してきた。さらに、1999年のチェコ、ハンガリー、ポーランドの加盟以来、かつて旧ソ連の強い影響下にあった東欧諸国が相次いでNATOへ加盟し、その版図はユーラシア大陸の東方へと拡大を続けている。いまや旧ソ連を構成していたウクライナやグルジアまでNATOに加盟する可能性が高まっており、気がつけば中国の裏庭である中央アジアの鼻先までNATOの版図は拡大してきているのである。

「昨日は東欧、今日はグルジア・ウクライナ。明日は中央アジアやモンゴルがNATOに加盟しないとは誰が断言できようか。」前出の中国人国際政治学者は、冷静に、しかし鋭い眼光で問うた。
もしNATOが中央アジアやモンゴルまで及ぶこととなれば、中国西部のウイグルやチベットの独立問題は、地理的にはNATOによる「域外地域における紛争予防と危機管理」の対象範囲となりうる。NATOによるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争への介入やコソボ紛争でのセルビア空爆は、中国にとっても対岸の火事ではなくなるのである。

ところで、モンゴルがNATOの東方拡大についてどう考えているか。モンゴルは、NATO主導のアフガニスタンへ兵力派遣を行っており、米国との合同軍事訓練も行っている国である。
この点、モンゴル国立大学外交学院のある教授は「モンゴルのNATO加盟はありえない」と語る。モンゴルは、冷戦中の旧ソ連一辺倒外交から、現在ではロシアと中国との間のバランス外交を大方針としている。中露という両大国の間で押しつぶされることのないように日欧米との関係強化にも熱心に取り組んでおり、NATOやアメリカとの緊密な関係構築もそうした路線の一環であるが、NATO加盟は「ロシアを刺激しすぎる行動」なのである。
ロシアを脅威と感じつつも過度に刺激したくないのは中央アジアも同様であろう。そもそも、欧州とはあまりに異質な中央アジアやモンゴルをNATOが受け入れることも極めて考えにくい。

しかし、それでも中国の不安は消えない。当の中国人国際政治学者によれば、NATOの東方拡大を潜在的な脅威と考える向きは、中央の指導部から在野の学者まで広く存在するのだという。
「未開の資源大国」モンゴルと日本 [2008年09月28日(日)]
9月27日、中国・吉林大学主催の「北東アジア地域協力発展国際シンポジウム」において、「政府開発援助から見た日本モンゴル関係」と題するプレゼンテーションを行った。

モンゴルは、国際的な需要が高まっている石炭、銅、金、ウラン、モリブデンなどの鉱物資源について世界有数の埋蔵量を有するが、まだまだ開発が進んでいない「未開の資源大国」として近年急速に注目を集めている。

そのモンゴルと日本とは、1972年の国交樹立以来、友好な関係を維持してきているが、この30年以上にわたる日蒙関係の発展において、日本の政府開発援助が果たした役割は非常に大きい。

一方で、民間レベルの経済関係において、日本はロシアと中国に大きく水を開けられているのである。

1.日本の対モンゴル援助の歴史
日本の対モンゴル援助が本格化するのは、モンゴルが民主化した1990年以降のことである。1972年の国交樹立から1990年までは、カシミヤ工場建設(50億円)など、総額60億円(現在のレートで約9.5億人民元)の援助を実施しただけであった。

1991年以降、日本は、モンゴルの民主化・市場主義化支援のために積極的な援助を実施している。1991年から2006年までの日本による援助額は、円借款391.07億円、無償援助790.25億円、技術協力278.95億円の合計1460.27億円(現在のレートで約230億人民元)に上る(外務省資料)。

日本の対中国援助累積額3.4兆円(現在のレートで約5350億人民元)と比べると、対モンゴル援助はわずか25分の1に過ぎない。日本は2003年の一年間だけで1359.28億円の政府開発援助を提供しているが、これは過去30年以上における対モンゴル援助額と同規模である。

しかし、モンゴルから見れば日本は最大の援助国であり、モンゴル経済に占める日本からの援助の役割は極めて大きい。2002年のデータでは、モンゴル全体の投資財源のうち66.3%が外国援助であり、GDPの約2割が外国援助によって支えられていたが、その外国援助のうち約4割は日本からの援助であった(外務省「対モンゴル国別援助計画」2004年11月)。

これまで日本は、モンゴルに対して、食糧、水、保健医療、教育といった基礎的生活分野からエネルギー、通信、鉄道、道路などのインフラ分野まで、幅広く支援してきた。日本の援助プロジェクトのうち代表的なものは、主要幹線道路の建設、衛星通信基地局の設置、鉄道駅貨物積替施設の整備、火力発電所の改修、ウランバートル市への公共バス提供等が挙げられる。

ほかにも、日本は、世銀とともに1991年から1997年まで毎年対モンゴル支援国会合を東京にて開催し、国際社会において積極的に対モンゴル支援を牽引してきた。

2.日本の対モンゴル援助の目的
では、日本政府は、なぜ積極的にモンゴルに援助を提供しているのだろうか。日本の外務省が2004年11月に作成した「対モンゴル国別援助計画」によれば、日本の対モンゴル援助の目的は以下のとおり要約できる。

(1)地政学上の目的
まず地政学的に、モンゴルは、中国とロシアという二大大国に挟まれた内陸国として、北東アジアの安定と平和にとって重要な位置を占めている。したがって、日本政府は、モンゴルの独立維持と平和的発展の支援は、日本の安全保障上必要だと考えている。

(2)外交上の目的
次に外交面では、援助を通じてモンゴルと良好な関係を維持する目的がある。日本とモンゴルは長らく友好関係にあり、国際社会において日本の立場を支持する友邦としてモンゴルを重視している。モンゴルとしても、中国やロシアに対抗するために、日本や欧米との良好な関係維持を望んでおり、良好な日モンゴル関係の維持発展は両国にとって共通の目標となっている。

(3)イデオロギー上の目的
モンゴルは1990年以来、民主化の努力を進めているが、経済社会の発展が遅れれば、民主化を進める現政権の権力基盤が揺らぎかねない。また、そもそも、貧困に苦しむ民衆の間に政治的な自由を求める意見は広がりにくい。そこで、日本政府は、政府開発援助によってモンゴルの経済社会発展を支援することによって、同国が進める民主化を促進しようと考えている。

さらに、日本政府は、民主化を進めているモンゴルを支援することが、ひいては発展を目指す他国での民主化も促進すると考えている。民主化を目指せば、日本や欧米など民主主義の先進国が発展を援助するという前例を作るということである。実際、日本政府は、1996年のリヨン・サミットで新たに民主化する国々を支援していく方針を表明して以来、モンゴル以外にも、カンボジア、ラオス、ベトナム、ウズベキスタンなどに対して、法制度整備などを集中して支援してきている。

(4)文化・環境上の目的
四番目に、文化・環境上の目的を指摘できる・モンゴルの自然環境や伝統文化は世界的にも貴重な価値があり、日本政府としても、地球的な環境保護や文化遺産保護の観点から、モンゴルに対して文化や環境の保護に関する援助を行っている。

3.日本の対モンゴル援助の方向性
「対モンゴル国別援助計画」によれば、日本の対モンゴル援助の重点分野は、以下の4つとされている。

(1)市場経済を担う制度整備及び人材育成
(2)地方開発
(3)環境保全
(4)インフラ整備

モンゴルは、市場経済導入に伴う混乱等のために、1990年から1993年にかけてマイナス成長となり、特に1992年には300%を超える激しいインフレを経験した。こうした経済危機の結果、1993年の実質GDPは1990年の約80%まで落ち込んだが、その後は、外国援助や国有企業改革等の要因によってモンゴル経済は徐々に回復してきた。近年のマクロ経済指標は概ね好調であり、2005年には6.7%、2006年には8.7%の経済成長を達成した。

しかしながら、現在の経済水準は1990年の民主化前の水準をやっと超えたところであり、貧富の格差、地域間格差、牧畜業の衰退など、解決すべき経済社会上の課題は数多い。

こうした状況を踏まえて、日本政府は、モンゴルが持続的な経済成長を通じた貧困削減を達成できるように、地方経済発展と産業育成を支援することとしている。

4.日・モンゴル関係の現状と展望
これまで日本とモンゴルは、日本からの政府開発援助を中心に友好関係を築いてきた。

両国の良好な関係は、2004年11月に在モンゴル日本国大使館が実施した世論調査の結果にも表れている。同調査によれば、7割以上のモンゴル人が「日本に親しみを感じる」と答えたほか、モンゴルにとって「最も親しくすべき国」として日本が第1位であったという。

いまやモンゴルは、世界でも有数な親日国であると言えよう。

しかし、援助による政府主導の友好関係とは対照的に、日モンゴル間の民間経済交流は極めて乏しい。

2007年のデータによれば、モンゴルにとって最大の輸出相手国は中国であり、中国向け輸出はモンゴルの輸出総額の74.1%を占める一方、日本向け輸出は全体の1%にも満たない。

輸入については、日本からの輸入がモンゴルの輸入総額の6.0%(第3位)を占めているが、最大輸入相手国のロシア(全体の34.6%)や第2位の中国(同31.7%)には遠く及ばない。

投資についても、日本は対モンゴル外国投資の3.4%に過ぎず、全体の51.1%を占める中国とはまったく比較にならない。

こうした乏しい貿易投資関係を反映して、モンゴルに支店を開設している日本企業は2008年2月現在でわずかに8社しかなく、モンゴルに住む日本人も300人あまりにすぎない。

以上から分かるとおり、民間レベルの経済関係においては中国やロシアの存在感が極めて大きく、日本は非常に出遅れている。

ただし、モンゴルでは、中国やロシアへの過度の依存を避けるために、日本との貿易投資関係の拡大を望む声が大きい。2008年3月2-7日、オヨーン外務大臣が訪日した際には、円借款プロジェクト「新ウランバートル国際空港建設計画」に関する交換公文に署名するとともに、高村大臣と外相会談で両国間の通商・経済関係の拡大につき意見交換した。オヨーン大臣は、この訪日中、多くの企業関係者と面会し、鉱物資源開発等に対する投資拡大をアピールしたという。

日本側としても、モンゴルが有する銅、金、モリブデン、石油等の地下資源は大変魅力的である。

特に、2005年頃より、豊富な埋蔵量を誇る南ゴビ地域の原料炭(コークス炭)が注目されるようになり、日本、カナダ、ブラジル等の企業が大規模な開発を行う機運が高まりつつある。

同地域にある「タバン・トルゴイ石炭鉱区」の埋蔵量は51億トン(コークス炭は18億トン)で、世界一の規模になると言われている。また、同じ南ゴビ地域の「オヨー・トルゴイ鉱区」の銅・金鉱山も銅量ベースで約1500万トンという世界第2位の大規模な埋蔵量が見込まれている。

2004年に作成された「対モンゴル国別援助計画」は、来年以降に改正が予定されている。同計画の改定にあたっては、今後は政府レベルでの友好関係の維持だけでなく、民間レベルでの貿易投資関係の拡大を促進するような方針が打ち出されることを願ってやまない。
グルジア紛争を振り返って [2008年09月25日(木)]
8月、ユーラシア大陸の東端で北京五輪が世界の耳目を集めるなか、ユーラシア大陸のもう一端ヨーロッパとロシアに挟まれたグルジアでは国際社会に大きな不安を与える事件が起こっていた。グルジア紛争である。

8月7日にグルジア軍と南オセチア軍が衝突を始め、ロシアのプーチン首相が北京で華やかな五輪開幕式に出席していた翌8日には、ロシア軍が紛争に介入し、グルジア領内の軍事拠点への攻撃を開始した。

【グルジア紛争の経緯】
8月7日
グルジア軍が南オセチア自治州・州都ツヒンバリを砲爆。
8月8日 
ロシア軍がグルジア領内の軍事拠点を攻撃開始。 ⇒ ロシア・グルジア間の紛争勃発。
8月12日
グルジアが独立国家共同体(CIS)からの脱退を宣言。
8月16日
EU議長国フランスのサルコジ大統領の仲介により停戦合意。
8月22日
ロシア政府がグルジアからの軍部隊の撤退を完了したと発表。しかし、ロシア軍は同国西部ポチなどに引き続き駐留。
8月26日
ロシアのメドベージェフ大統領が、アブハジア自治共和国と南オセチア自治州の独立を正式に承認。
9月8日
ロシアのメドベージェフ大統領が、サルコジ大統領に対し、アブハジア自治共和国と南オセチア自治州を除くグルジア領内から軍部隊を1か月以内に全面撤退させることを確約。
9月12日
ロシア軍がグルジア西部のポチなどから撤退、サルコジ大統領との撤退合意の第一段階を完了。


パンドラの箱を開けたのは、国内の親ロシア派独立勢力たる南オセチア自治州とアブハジア自治共和国を武力で押さえ込もうとしたグルジアである.

しかし、そこにロシアが軍事介入して両国の独立を承認する一方、北大西洋条約機構(NATO)がグルジアの支援に回ったことから、事態はロシアと欧米との対立の様相を呈した。

紛争開始から一月半経った現在情勢は落ち着きつつあるが、グルジアを巡ってロシアと欧米との間の緊張が高まった今回の一件は、さながら「新冷戦の幕開けだ」と見る向きすらあった。

確かに冷戦終結後にも、ボスニア・ヘルツエゴビナはじめ紛争は絶えることなく、アルカイダに代表される国際テロの脅威も強く意識されている。しかし、グルジア紛争に特徴的なことは、これが単なる地域紛争やテロなどの局地的な軍事紛争ではなく、ロシアとアメリカという大国同士の深刻な軍事対立に発展しかねない危険をはらんだ点にあった。

ここで注意を要するのは、日本では、ややもすれば欧米側の視点に立った情報に偏りがちな点である。しかし、現実の国際社会には、水戸黄門のような絶対懲悪の構図はほとんどなく、立場が変われば、善悪も入れ替わるものである。事件の本質を見極めるためには、あえてロシアや中東、さらにはユーラシアの周辺諸国の視点も踏まえてバランスの取れた分析を行うことが必要となろう。

振り返れば、ロシアのプーチン首相が「孤立を恐れない」と発言する一方、アメリカのライス国務長官は「自ら招いた孤立の代償はとても大きい」と応じるなど、舌戦こそ激しかったものの、アメリカとの衝突へ本気で突入していく覚悟がロシアにあったとは考えにくい。

ロシアが求めているのは、かつての冷戦のように世界を二つのグループに分けて欧米との決定的に対立するような状況ではなく、冷戦終了後に米国一極主導で進められてきた国際秩序を修正して国際社会を多極化し、そこへロシアが重要なプレーヤーとして参加することにある。メドベージェフ大統領が提案している新欧州安保条約は、そうしたロシアの国際戦略の表れと言えよう。

確かにロシアからしてみれば、1999年のNATOによるユーゴ空爆以来、3次にわたるNATOの東方拡大、イラク戦争、米ミサイル防衛施設の東欧配備計画、コソボ独立承認まで、一貫して自国の勢力圏の縮小と安全保障環境の悪化を欧米に強いられてきた形である。

かつて旧ソ連の勢力圏であった東欧がNATOに加盟し、米国ミサイル防衛施設のポーランド配備が現実味を帯び、さらに旧ソ連を構成しいていたウクライナやグルジアまでも欧米の仲間入りをしようとしているなか、そのグルジアによる親ロシア派独立勢力の南オセチア攻撃に際して、ロシアとしては断固たる措置を採らざるをえない状況に追い込まれていた。

しかしロシアとしても、欧米と本気で軍事衝突するだけの力もなければ、そのリスクを負って得られる利益もない。

あくまで国際秩序形成におけるロシアの重要性について世界に再認識を迫り、世界の一極として国際社会へ復帰することがロシアの思惑と解釈すれば、グルジア紛争をめぐる欧米との対立は1ヶ月間という限定的な軍事介入と激しい舌戦で効果は十分であり、EU議長国フランスのサルコジ大統領が仲介の労をとってロシアの顔を立てた以上、手のひらを返したように協調的な姿勢を見せるメドベージェフ大統領やプーチン首相の言動も理解ができる。

ブッシュ米大統領の「ロシアとの関係を見直す」との発言は、ロシアからすれば思惑どおりに事が進んだことを意味するものであったろう。さらに、「ロシアは対立と孤立を恐れない」というイメージを国際社会に与えることに成功したとすれば、WTO加盟交渉をはじめとする今後の国際交渉条件は多少なりともロシアに有利になったとも評価しえる。

ただし、今回の一件を巡るロシアの行動において、欧米との緊張が当初当事者すら意図しなかった衝突へと偶発的に転じる危険性があったことを、我々は忘れてはならない。

そもそもロシアが表面上にせよ孤立を恐れない態度を取ることができたのは、既存の国際的な相互依存関係にロシアを十分取り込んでこなかったためである。したがって、些細な緊張が偶発的な衝突へとエスカレートすることのないようにするためには、ロシアが「孤立を恐れる状況」を作り出して、危険な賭けにはでないように思いとどまらせる国際環境作りが肝要である。

また、欧米側が自由主義や民主主義というイデオロギーを強調したグルーピングで台頭するロシアを今後封じ込めようとすれば、まさに冷戦の再燃となる可能性を否定できない。

もはや既存の国際秩序の修正と少しでも有利な形での国際社会への復帰を強く意識するようになったロシアとの交渉は相対的に厳しさをましているが、それでもロシアのWTO加盟、経済改革の支援、貿易投資の促進などに日米欧が足並みそろえて取り組み、一日も早く、また少しでも深く、ロシアを国際相互依存の網に取り込んでいくことを強く期待する。
抜かれる日本、追いぬく中国 [2008年09月10日(水)]
『読売ウイークリー』9月21日号(9月8日発売)の記事「中国経済はますます格差拡大」に、小職のコメントが掲載された。

記事全体の趣旨は、今後の中国政治経済と日中関係について展望するものであるが、その中で小職は、北京五輪後の中国経済の行方と、早晩起こるであろう日中GDPの逆転についてコメントしているので、そのコメント部分を中心に抜粋して紹介したい。

『読売ウイークリー』9月21日号p76-77
「中国経済はますます格差拡大」(抜粋)


中国政府が威信をかけて挙行した北京五輪は、「巨龍」の興隆ぶりを内外に示した。その一方で、内在する社会不安や矛盾を露呈し、「パンドラの箱を開けた」との声がもっぱらだ。「宴の後」の中国はどうなるのか。

(略)

東京財団の関山健研究員は、「対外輸出減少、人民元レート上昇、鉄鋼輸出減などで貿易差益は減っているが、都市・農村住民とも物価上昇を上回る所得増加で、消費は底堅い。投資も金融引き締め策が緩和されており、当面は緩やかに推移するはず。中国経済が大失速するシナリオは考えにくい」と指摘する。

投資や消費の減少によって五輪開催国の経済が低迷した前例はあるが、北京経済が中国全体のGDPの3.8%で、その影響は小さく、中国経済は、やや減速しながらも高度成長を維持するというのだ。

(略)

IMFは今年5月、中国が11年にもドル建て名目GDPで日本を抜いて世界第2の経済大国になると予測している。

前出の関山研究員は、「日本人の対中感情は10年単位で悪化している。日本の対中好感度は80年代に70%以上だったのに、89年の天安門事件で50%、中国の地下核実験を経て04年のサッカー日本代表へのブーイングで40%を切った。今は度重なる反日デモの影響もあって30%程度しかない。」

「日本人が唯一誇りにしてきた『経済大国』の座を奪えば、2012年に始動する中国の新指導部にも格好の宣伝材料になる一方、日本の対中世論も一時的に厳しくなるだろう」という。
深センの住宅価格、中国資産バブル崩壊の象徴に回復の兆し [2008年08月30日(土)]
昨年10月に1平方メートルあたり1万7350元の最高額を記録した深センの平均住宅価格は、11月に1万5069元へ下落。今年に入ってからは下げ幅を拡大し、5月には1万1014元まで下落した。

わずか半年間で36%も急落した深センの住宅価格は、同じく昨年の11月を境に暴落した上海株式相場とともに「中国資産バブル」崩壊の象徴とされた。

深センなどでは、ここ数年、住宅の転売を繰り返して値上がり益を狙う投機的な購入が住宅販売価格を吊り上げていた側面がある。深セン市社会科学院都市経営研究センターの高海燕・主任によれば、「今や年収20万元(筆者注:約300万円)以上の深セン市民の多くが不動産売買に参入しており、2軒3軒と家を持つ人が非常に多い」という(「地産」2008年7月号)。

かつて90年代の日本が不動産バブルの崩壊をきっかけに長い不況のトンネルに迷い込んだように、今年に入って成長の減速が顕著な中国も、住宅価格の行方次第では景気の底が抜けかねない。

今年前半の中国経済は、不調な外需の穴を投資と消費という内需が踏ん張る形で何とか10%成長を守った。しかし、中国の投資は住宅関連投資が牽引していることから、住宅販売の不振により住宅関連投資が伸び悩むこととなれば、中国経済全体の足を引っ張りかねない。また、住宅販売価格の下落により、消費意欲旺盛な富裕層が破産することになれば、消費への影響も危惧される。

今年3月末の銀行貸付残高27兆5000億元のうち、不動産開発業者向け貸付が1兆8000億元、個人住宅ローンが3兆1000億元であり、これらを足すと貸付残高の17.8%に上る。これ以外にも、通常の事業会社も不動産を担保に事業資金の融資を受けたり、さらに有し資金で不動産投資に手を染めたりするケースも数多く見られ、こうした不動産関連融資を全て足しあげると一説には貸付残高の7割を占めるとも言われる。これらが住宅販売価格の下落によって不良債権化すれば、銀行の貸出余力が減少し、企業の連鎖倒産や投資を冷え込ませるという負のシナリオすら危惧されよう。まさに日本が経験したバブル崩壊のシナリオである。

幸い、深センの住宅価格は、ここにきて回復の兆しともとれる動きが出ている。5月に1万1014元をつけた住宅価格は、6月に1万2681元に上昇し、7月には一気に1万6198元まで回復したのだ。

果たして、深センの住宅価格は底を打ち、このまま回復していくのだろうか。

残念ながら、現実はそれほど楽観的ではないようである。深圳市不動産研究センターの王峰主任は、「6月と7月の住宅価格は、高級な低密度住宅が市場に出たことから上昇したが、実際の住宅価格レベルは依然1万1000元から1万2000元の間で揺れている」と話す(「21世紀経済報道」2008年8月15日)。

また、例年8月には寄り付き相場となる深セン住宅市場であるが、今年は消費者の注目が北京オリンピックに釘付けとなったのか思うように伸びていない。

深センに続き、北京、上海、青島といった大都市では、投機的に引き上げられた住宅販売価格の下落が観察される可能性は高い。ただし、こうした投機ゲームに参加しているのは一部の富裕層であり、また、居住用には引き続き底堅い住宅需要があると見られる。中国経済全体への影響は実際には限定的であると期待したい。
アメリカ次期大統領の対中政策 [2008年08月26日(火)]
あるメディアから、アメリカ次期大統領の対中政策について取材を受けた。

私は、アメリカ次期大統領は、それがオバマであれマケインであれ、歴代大統領の就任時と比較して抑制的な対中政策を取るのではないかと予想している。

米中関係正常化後、多くの歴代アメリカ大統領は、共和党か民主党かにかかわらず、就任直後は中国に対して強い姿勢をとってきた。

カーター(民主):人権外交を掲げて77年就任
レーガン(共和):親台湾派として81年就任
クリントン(民主):中国の人権問題を非難して93年就任
ブッシュ(共和):中国を「戦略的競争国」としてライバル視して01年就任

たしかに、「人権を蔑にする共産主義国家・中国」への強気な姿勢は、アメリカ国内で大衆の支持を得やすい。

一方で、アメリカは少なからぬ政治経済上の利益を中国と共有しており、現役大統領は、大衆迎合的な政策は取りにくい。実際、上記の歴代大統領も、秋田浩之氏が著書「暗流」で指摘するように、就任後おおむね2年以内には対中政策を軟化させてきた。

それだけに、新たな大統領(候補)としては、前任者の政策を批判し、その違いをアピールするための材料として、強硬な対中政策は便利なのである。

現在アメリカの経済が不調であることから考えれば、来年1月に就任するアメリカ次期大統領も、国内政治上の配慮から、廉価な工業製品を大量に輸出して大幅な対米貿易黒字を計上している中国に対して批判の矛先を向ける可能性は否定できない。

しかし、いまやアメリカにとって中国は、歴代いずれの大統領就任時と比較しても一層重要なパートナーとなっており、もはや強硬路線を取りうる余地は非常に少ない。

たとえば、ブッシュ大統領就任時の2001年には、日本が第3位(全体の7.9%)の輸出相手国であり、中国は9位(同2.6%)でしかなかったが、2007年には、中国がアメリカの第3位の輸出相手国(同5.6%。1位カナダ、2位メキシコ)となっている。輸入でも、2001年に中国は日本(同11.0%)に次ぐ第4位(同9.0%)にとどまっていたが、2007年ではアメリカにとって最大(同16.5%)の輸入相手国だ。いまや中国なくしてアメリカ経済は成り立たないのである。

また、外交的にも、北朝鮮の非核化にも中国の協力は必要であり、ここにきてロシアが強硬な態度に変化してきていることからも、アメリカが中国を味方につけておく戦略的な必要性が高まっていると言えよう。

ライス国務長官の言葉を借りれば、アメリカにとって中国は、「価値観は共有しないが、利益は共有する」大国であり、「アメリカと同様に特別な責任を負っている」重要なパートナーである(ライス国務長官、Rethinking the National Interest、Foreign Affairs7-8月号)。

したがって、アメリカ次期大統領が、仮に歴代大統領と同様に中国に対して批判的な言動を取るとしても、それは議会の対中強硬派のガス抜き程度で終わり、実際の対中政策は、現政権の路線からいずれの方向にも大きくぶれることはないだろう。
五輪が中国の国際イメージに与えた影響 [2008年08月22日(金)]
昨日、中国国営通信社の新華社から、北京五輪が中国の国際イメージやソフトパワーに与えた影響についてインタビューを受けました。

(新華社)
Q.北京五輪が成功した結果、中国の国際イメージやソフトパワーに如何なる変化が生じると考えるか?

(関山)
A.
北京五輪は、盛大な開幕式を皮切りに大いに盛り上がり、間もなく終了しようとしている。心配されたテロや暴動は、一部地域で小規模な爆破事件等が発生して犠牲者が出たことは大変残念だが、五輪全体の盛り上がりを冷却するまでの影響力はなかった。中国政府にとっては、北京五輪は成功だったと評価できるのだろう。

アメリカのブッシュ大統領や日本の福田首相はじめ世界各国の首脳が大勢参加した盛大な開幕式は、中国の後を追って経済発展を目指すアジアやアフリカなどの途上国の指導者を圧倒したことだろう。

実際、イスラエルのペレス大統領は「中国は世界の将来の希望である」と述べ、ベトナムのグエン・ミン・チエット国家主席はこう語っている。「北京五輪の成功はスポーツ面に体現されているだけでなく、人類社会がスポーツや文化、教育を有機的に結合させることで、現代五輪の理念と価値観をさらに発展させ、さらに美しい世界の構築を推進することをも具体的に示した」と語ったという。

国内外からの重圧に抗して五輪を成功させ、名実共に世界の大国としての地位を内外に見せつけた中国に対して、そうした途上国が今まで以上に畏敬の念を抱き、「第三世界の雄」たる中国への傾倒を深めるであろうことは想像に難くない

この点において、まさに中国は北京五輪で途上国に対するソフトパワー(中国の魅力)を高めたと言えよう

一方、欧米等の先進諸国の人々に対して、中国は複雑な印象を残したのではないだろうか。

五輪を前にしたチベットや新彊での暴動やテロは、中国社会の不安定さを国際社会に露呈した。欧米では、中国はオリンピックに向けて国内の締め付けを強化しており、民主化を遅らせたという論評も多い。日本では、開幕式の花火が一部CGであったことや、国家を斉唱する少女が「クチパク」であったことなどを批判する報道が注目を集めた。

こうした一連の出来事は、世界中で広がる中国製品への信頼低下とも相まって、欧米等の先進諸国の人々の中にある対中不信感を増長する結果になったと考える

もちろん、先進諸国でも、盛大な開幕式に代表される北京五輪の成功を見て、中国の発展ぶりを改めて実感した人々も多かったことであろう。私の周りでも、普段中国に対して特段の知識も興味もない普通の人々が、口をそろえて「中国はすごい」と感嘆しているのも事実である。

しかし、欧米等の先進諸国において中国の目覚しい発展が改めて認識されたことは、これら諸国において「中国脅威論」の再燃につながる恐れがある。決して、先進諸国に対して中国がソフトパワーを高めたとは評価できない。
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