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「チャイナ・プラス・ワン」再考 [2010年10月08日(金)]
以前は「チャイナ・プラス・ワン」の候補先として注目されたベトナム。2007年ごろは数週間前の予約すら難しかった成田発ハノイ行きの航空機も、いまや乗客はまばらである。

2001年の中国WTO加盟をきっかけとする日本企業の中国進出ラッシュの後、2004年から2005年にかけて中国で反日行動が目立った頃には、中国のカントリー・リスクを考慮して、ベトナムなど他のアジア諸国にも拠点を設ける「チャイナ・プラス・ワン」戦略が日本企業の間で普及した。

しかし、2008年のリーマン・ショックに端を発した世界同時不況のなか、ひとり中国だけが力強い成長を維持した結果、再び中国一辺倒の気配が高まっている。

進む中国依存

日本貿易振興機構の統計によると、09年の日本の対中直接投資額は前年比6.2%増の69億ドルに達し、日本の対外直接投資総額の9.2%を占め、米国、ケイマン諸島に次いで第3位であった。産業別に見ると、製造業への投資が全体の71.1%を占め、そのうち輸送用機械が14%、食料品が12.7%、一般機械が9.5%。非製造業への投資は全体の28.9%で、そのうち金融・保険業が14.4%、小売・卸売業が12.4%であった。

これを中国側から見れば、09年の外国企業の対中直接投資総額900億ドル(実行ベース)のうち日本は4.6%を占める第3位であり、前年比12.9%増であった(中国商務部統計)。

日本企業の投資先についてみると、依然として重点は珠江デルタ、長江デルタ、環渤海などの沿海地域に集中する傾向があるようだ。広東省を例に挙げると、09年の外国企業の直接投資額(実行ベース)195億ドルのうち、日本企業は前年比19.8%増の6.3億ドルで全体の3.2%を占めた(『中国網』日本語版2010年8月23日)。

特に広東省周辺の珠江デルタ地域では、ホンダ、日産、トヨタが進出してから自動車関連企業への投資が集中しており、日本の自動車部品サプライヤーも広州市やその近辺の中山市、仏山市に工場を設立するようになって、いまや自動車産業は広東省の基幹産業のひとつになりつつある。

現在、多くの中小企業が改めて対中国進出の再ブームに乗ろうとしているようである。日本貿易振興機構も、中小企業の中国市場進出を奨励するため、知的財産権の保護対策や市場に関する情報提供を行ったり、北京、上海、成都、香港で商品見本市や商談会などを開催するという。

再燃するチャイナ・リスク

こうして改めて中国へ依存が進む一方、昨今の賃上げデモや日中関係悪化を見るに、改めて「チャイナ・プラス・ワン」を考える必要性を強く感じざるをえない。

思えば、中国では6月にも広東省の日系工場で賃上げストが発生し、中国でのビジネス環境悪化を心配する声が日本に流れたばかりであった。

その記憶も新しいなか、尖閣諸島周辺での漁船衝突事件を機に、中国では日本に対して閣僚級交流停止、レアアース禁輸、法人拘束、反日感情高揚などビジネスへの影響も危惧される状況が生じることとなった。

今回の騒動がおさまっても、対立の原因が取り除かれるわけではない以上、東シナ海を巡って日本が中国と衝突する事態は今後も繰り返されることだろう。

中国は、産業集積の進んだ「世界の工場」として、また目覚ましく拡大する「世界の市場」として、さらには食料や鉱物資源などの供給者として、日本の企業にとっても消費者にとっても縁の切れない国であることは間違いない。

しかし、昨今の状況を見るに、改めて中国一辺倒の依存体質への危機感を感じざるをえない。

「チャイナ・プラス・ワン」はどこか

冒頭のとおり、以前「チャイナ・プラス・ワン」の候補先として注目されたのはベトナムであった。

ベトナム戦争の被害により40〜50代の中高年層は少ないが、20〜30代の青年層を中心に8700万人の人口を擁することから、若くて賃金の安い勤勉な労働力を目当てに多くの製造業が進出した。

しかし、リーマン・ショック後は、インフラの未整備、不透明な法律運用、管理職の不足、労働コストの上昇、未発達な裾野産業といった点が懸念され、かつての対越進出ブームからはトーンダウンしている。

インドはどうだろうか。人口は早晩中国をも凌ぐとされ、今後30年以上労働人口は増え続けることから、ベトナムのように労働コストがすぐに上昇する心配は少ない。英語を公用語とし、理数系に強い優秀な人材も魅力的だ。潜在的な市場規模も大きいことから、販売面の魅力もある。

しかし、インドもインフラの未整備がボトルネックとされる。また、インドが英語を公用語としている点は、日本にとって諸刃の剣である。日本人からすれば中国語やベトナム語などの特殊言語を学ばずとも英語でインド人とコミュニケーションできる反面、インド人は英語の不得手な日本人より英語を流暢に扱う欧米人とのビジネスを好む可能性も高い。事実、多くの優秀なインド人学生がイギリスやアメリカの英語圏へ留学し、人的ネットワークを築いている。

チャイナ・プラス・ワン比較表
出所)IMF World Economic Outlook Database (2010 April)、
         JETRO『在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査』(2009年度)


「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」へ

結局、どこの国も一長一短あり、どこか一国に「チャイナ・プラス・ワン」戦略を集中させることにも危険が伴う。

思えば日本企業は、70年代に特定市場への「集中豪雨的輸出」を批判された頃と変わらず、この10年間においても、2000年以降の対中国進出、2005年以降の「チャイナ・プラス・ワン」ベトナム進出、そして現在の対中国進出再ブームと、しばしば右に倣えの集中的進出を繰り返してきた。

それが、2000年以降の中国珠江デルタ地域への自動車産業集積を産むなど良い効果を生じることもあるが、反面リスクを過度に集中させることにもつながっている。

中国一辺倒からのリスク分散を改めて考えるとき、その分散先もどこか一国に集中する「チャイナ・プラス・ワン」ではなく、「分散先の分散」を図る「チャイナ・プラス・アルファ」を検討すべきではないだろうか。                 

(東京財団HPより転載)
GDP日中逆転 国民に冷静な対応促す中国 [2010年08月25日(水)]
内閣府が8月16日に発表した試算によると、今年第2四半期(4-6月)における中国の米ドル建て名目国内総生産(GDP)が遂に日本を上回った。

日中関係にとって新たな時代の転換点だが、これを機に両国が補完的なパートナーとして関係を成熟させるか対立するかは我々日中双方の一人一人の態度次第だ。

新たな転換点

日本の十倍の人口を持つ中国が経済規模で日本を上回るのは今さら驚くことではないが、日中関係の歴史においては新たな時代の転換点だ。

1972年の国交正常化以来の日中関係を振り返ると、約10年ごとに4つの時代に区分できる。

70年代は日中間の「関係構築期」として、72年の日中共同宣言以後次々と実務協定が結ばれるとともに、日中平和友好条約の交渉が続けられた。1978年には条約締結に至るとともに、中国が改革開放路線に舵を切ると、1979年には日本の中国への経済援助(ODA)供与も開始され、80年代は日中関係の「発展期」となった。

その後80年代末の冷戦終結は日中関係にも様々な形で影響し、90年代は「動揺期」となった。この時期、日本と中国は、中国における六四事件や地下核実験などを巡って外交関係が冷却化することもあったが、経済関係は着実に発展してきた。特に01年の中国WTO加盟を契機に日中間の経済関係は飛躍的に進展し、2000年代は「相互依存深化期」と呼ぶべき時期となった。

過去40年、日中関係は時に歴史認識などを巡って対立することもあったが、大局としては一貫して友好協力を拡大し、援助・被援助という非対称の関係からより対等な互恵関係へと発展してきた。

こうした流れの延長上で、新たな10年が始まる今年、中国の名目GDPが日本を追い抜いくことを契機に、2010年代が日中関係の「成熟期」となることを期待する。

技術力や社会発展度に比較優位のある日本と、経済規模や発展余地に比較優位のある中国とが補完的なパートナーとして、お互いの利害と立場を尊重し合いながら引き続き関係発展を続けられたら、10年代は日中関係の「成熟期」と呼ぶにふさわしい時代になるだろう。

関係成熟か対立か

しかし逆に、中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国となることが、日中関係の「対立期」の幕開けとなってしまう危険性が日中両国内にくすぶっている。

日本側では、中国の経済規模が日本を追い抜くことによって、中国を潜在的な脅威と感じる人が増える可能性がある。

2000年前後に日本でよく使われた「中国脅威論」という言葉は最近あまり使われなくなり、むしろ中国の経済発展を好意的に捉える傾向が広まりつつある。

しかし、こうした傾向は、中国を脅威と感じる人がいなくなったことを意味するのではなく、むしろ中国を潜在的な脅威と感じることが一般化したために、改めて殊更に中国を脅威として騒ぎ立てることが少なくなったのだと考えられる。

事実、日本政府(内閣府)が毎年実施している世論調査によれば、中国に親しみを感じている日本人は1980年には78.6%を占めていたが、90年代には親しみを感じる人と感じない人が半々で拮抗するようになり、2004年以降は親しみを感じない人の割合が親しみを感じる人の割合を大きく上回るようになり、2008年には親しみを感じない人が66.6%と占めるまでになった。

2009年には親しみを感じる人の割合が若干上昇したが、日本人の約3分の2が中国に対して批判的であるという傾向に変わりはない。


日本人の中国に対する親近感
(出所:内閣府『外交に関する世論調査』2009年版)

一方の中国側では、世界二位の経済大国という自尊心が過度になれば、日本軽視につながりかねない。

もし中国の人々が周辺国を軽視する態度や周辺国の懸念に配慮しない態度を示せば、周辺国の人々は一層中国を脅威と感じることになるだろう。そうなれば、中国を取り囲む国際情勢を悪化させることにつながり、中国自身にとっても決して望ましいことではないはずだ。

この点につき中国政府は、商務部の姚堅報道官が「日本は中国にとって最大の輸入国であり、地域協力においても重要な協力パートナーだ」(商務部HP 2010年8月17日)と述べるなど、国民に冷静な対応を促す。

各種報道も、中国の一人当たりGDPは3800ドル(世界105位前後)で、一日収入1ドル未満の人も1億5千万人いることなどを強調し、慢心を戒める論調だ。これが功を奏したか、中国ネットメディア「環球網」によれば、ネット利用者の94%が「中国経済世界二位」という見方に反対だという(中国網日本語版2010年8月20日)。

ただし、世界第二の経済大国と見られたくない背景には、国際社会からより多くの責任を求められたくないという利己的な事情もあると思われる。

日本と中国はお互いにとって最重要パートナーの一つである。客観的に見れば、この日中関係の大局は向こう2010年代においても不変のはずである。日本と中国が今後の10年を「成熟期」とするか「対立期」とするかは、我々日中双方の一人一人がこうした大局を正しく理解し、お互いを対等なパートナーとして尊重し合うことができるかどうかにかかっている。

(東京財団HPより転載)
中国の安保理イラン制裁決議支持をどう見るか [2010年07月12日(月)]
去る6月9日、国連安保理は、国際社会の非難に耳をかさずウラン濃縮活動を続けるイランに対し、制裁決議を採択した。アメリカが主導したこの制裁決議採択、当初は消極的だった中国とロシアが最終的には支持した結果、賛成多数での可決となった。

なぜ中国とロシアは、当初の消極姿勢から制裁決議支持へと回ったのであろうか。本稿では、特に中国に注目して、その思惑を考察する。

1.中国外交のキーワード

中国は、「現代化建設」、「祖国統一」、「世界平和と共同発展」を国家の三大任務としており、なかでも「国家の根本任務」として憲法前文にも謳われている「現代化建設」こそ、現在の中国にとって最上位の国家目標となっている。

「現代化建設」とは、突き詰めれば経済発展の追求であり、経済発展による国力の増強があってはじめて、「祖国統一」や「世界平和と共同発展」もなしうるという発想だ。

 外交安保政策も、この最上位の国家目標たる「現代化建設」に寄与すべきものとして、自国の経済発展に有利な「和諧世界」(各国が平和裏に共同繁栄する国際環境)作りを目標としている。

具体的には、平和共存五原則(主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵、平和共存)の基礎の上に、あらゆる国と友好協力を発展させることを外交政策の基本としている。

 ところが、この「あらゆる国と友好協力を発展」するという全方位外交は、言うのは容易いが行うのは難しい。

なぜなら、こちらの顔を立てればあちらが立たないという人間社会の道理が、外交の世界にも当てはまるからだ。

90年代までの中国のように国際社会からある程度距離を置いた存在であれば、一部の国の非難や圧力を意に介せず、世界中と薄く広い「全方位外交」を進めることもできただろう。

しかし、今や国際社会の相互依存の網の目の中にいる中国にとっては、市場国たる欧米との関係、近隣周辺諸国との関係、資源提供国たる途上国との関係など、こちらの顔もあちらの顔も立てねばならない。

こうした八方美人のバランス外交こそ、現在の中国外交を理解するうえでのキーワードである。自国の経済発展に邁進するためには、敵を作っている暇はなく、全方位のバランスを取っていかねばならないということだ。

2.緊密な中国イラン関係

この点、中国は、イランとも近年急速に関係を深めてきている。

かつてイランにとっては日本が最大の貿易相手国であったが、2006年には、中国が日本を抜いてトップに立った。投資の面でも中国は積極的であり、2007年にはシノペック社がイランのヤダバラン油田へ20億ドルの投資契約を締結している。

イラン制裁を強めるアメリカの意向に沿って、2006年に日本がイランのアザデガン油田への出資比率を大幅に引き下げたのとは極めて対照的である。

中国がイランとの関係を深めているのは、言わずもがなイランの石油資源を狙ってのことである。急速な経済発展に伴いエネルギー需要が急増している中国にとって、石油と天然ガスに恵まれたイランは大変重要な資源供給国だ。

日本や欧米がイランから手を引いてくれているうちに、「全方位外交」の中国がイランで石油の確保に走っている構図である。実際、今や中国にとって、イランはサウジアラビアに次ぐ第2位の石油輸入相手国だ。

一方、欧米諸国の経済制裁下にあるイランにとっても、中国は大事なパートナーだ。イランは、原子炉関連品、電気機器、自動車などを中国から輸入している一方、多額の石油を中国に輸出して大幅な貿易黒字を稼がせてもらっている。その貿易黒字額は、2009年には54億ドル、2008年には116億ドルにも上る(中国商務部統計)。


中国の対イラン貿易概要(2009)(単位:億ドル)

輸出  
総額 79.2
原子炉関連 18.2
電気機器 11.2
自動車等 9.5
自動車等部品 7.1
スチール製品 5.6

輸入  
総額 132.9
鉱物燃料等 105.7
鉱砂等 8.2
有機化学品 8.2
プラスチック 6.3
銅 1.6

出所)中国海関統計HP


そもそも中国とイランとはシルクロードで結ばれた長い交流の歴史がある。

イランのアフマディネジャド大統領も、中国に送った春節(旧正月)のメッセージの中で「中国とイランは古代文明国であり、文化も近い。中国の人々と中国政府に特別の祝福を送りたい」と中国との友好関係を強調したうえで、「中国とイランは共通の脅威にさらされている。一部の強権国家は中国が世界的な影響力を持つ大国化することを望んでいない。我々はそのようなやり方に断固反対し、中国を全力で支持する。なぜなら我々には共通のビジョン、信念、利益があり、共通の敵がいるからだ」と、アメリカという「共通の敵」に対する一致団結した抵抗を呼びかけている(『鳳凰網』2010年2月17日)。

こうした緊密な関係を背景に中国も、イランの核問題について5月末の時点では「外交努力により対話と交渉のプロセスを維持促進し、関係各方面の歩み寄りによる全面的で永続的な解決を望む」と外交交渉による平和的解決を主張していた(2010年5月27日中国外交部発表)。

 ところが、その僅か2週間後には中国も安保理イラン制裁決議の賛成に回ったのである。これは一体どうしてであろうか。

3.無視しえぬ対米配慮

 ここに、現在の中国外交のキーワードたる「バランス外交」の難しさが伺える。すなわち、イランとの関係が大事だからと言って、イラン制裁を強く主張するアメリカなどからの働きかけを無視し続けて、外交交渉による解決ばかりを主張している訳にもいかないのである。
 いまや中国にとってアメリカの重要性は言を俟たない。貿易額で言えば、アメリカとの貿易額は2008年で3337億ドルに達し、今や中国にとって最大の貿易相手国である。イランが重要だと言っても、2008年の貿易額は278億ドルにすぎず、アメリカとの貿易額には足元にも及ばない。


中国の主要貿易相手国(2008)  (単位:億ドル)
1 アメリカ   3337
2 日本   2667
3 香港   2036
4 韓国   1861
5 台湾   1292
6 ドイツ   1150
7 豪州   597
8 ロシア   569
9 マレーシア   536
10 シンガポール 525
・・・
23 イラン 278
出所)『中国統計年鑑2009』


 貿易関係に限らず、中国にとってアメリカとの良好な関係は、自国の国家目標達成に有利な国際環境作りに必要不可欠である。先に触れた中国三大任務の一つ「祖国統一」、すなわち台湾問題についても鍵を握るのはアメリカである。

また、アジア太平洋からインド洋さらに中東まで、中国のシーレーンで制海権を握っているのもアメリカである。加えて、ダライ・ラマ問題、人権問題、人民元問題など、米中間には中国にとって触れられたくない問題が少なくない。こうした敏感な問題をアメリカに持ち出されれば、中国政府としては愛国的傾向を強めている国内世論との板挟みにも遭う。

 ところが、年初以来、米中間ではぎくしゃくした関係が続いていた。オバマ政権は、グーグル問題に絡めた表現自由制限への批判、台湾への武器輸出、ダライ・ラマとの会見、人民元切り上げ要求など、年明け以来矢継ぎ早に中国に耳障りの良くない言動を繰り返していた。

4.中国が支持に回った理由

 以上のような背景を踏まえて、中国が安保理でイラン制裁決議の賛成に回った理由を考えてみると、以下の3点に要約できよう。

(1)対米関係の重視
まず、中国が安保理でイラン制裁決議の賛成に回った第一の理由が、制裁決議を主導したアメリカとの関係を考えてのことであるのは当然だ。

中国としは、4月13日の核安保サミットへオバマ大統領の招きに応じて胡錦濤主席が出席したことにより、年初来続いていた米国とのいざこざをやっと手打ちにしたばかりであった。イラン制裁問題でアメリカとの関係をもう一度こじらせるような事態は努めて避けたいところであったろう。

 一方、イラン制裁を急ぐアメリカとしては、安保理で拒否権を持つ中国の協力が是非とも欲しいところだ。人民元切り上げ要求問題などでアメリカとのいざこざの火種がなおくすぶっている中、中国にしてみれば、イラン制裁決議でアメリカとの対立を深めるよりは、むしろアメリカへ貸しを作っておくほうが得策だろう。

(2)骨抜きの制裁決議
 ただし、いくら対米関係が重要だからと言って、全方位外交を進める中国としては、イランを見捨てるようなことはできない。

中国が安保理でイラン制裁決議の賛成に回った第二の理由として、制裁決議の中身を骨抜きにすることに成功し、イランに対する制裁の実効性が薄まったことが挙げられよう。

資産凍結などの制裁対象には、革命防衛隊傘下15団体や国営海運会社傘下の3団体が含まれ、個人ではイラン原子力エネルギー機構のイスファハン原子力技術研究所長が指定されるなど、核・弾道ミサイルの開発にかかわる組織、企業、個人の活動に打撃を与えることが意図された。

しかし、米国が当初示した制裁対象リストからは、対中貿易に密接に絡む「イラン輸出開発銀行」は除かれたという(『読売新聞』WEB版2010年6月9日)。ほかにも、米国が望んだ石油製品やガスの禁輸など、イラン経済に打撃を与えるエネルギー部門は制裁対象から外されている。

 こうした骨抜きの制裁決議案だからこそ、中国も賛成に回れたのだと考えられる。

(3)強固な中国イラン関係
 第三に、制裁決議を支持したところで、強固な中国イラン関係の大局には影響がないことを指摘できる。

 中国も国際社会のなかでバランスを取らねばならぬことはイランも理解しよう。むしろ、難しいバランスの中で中国やロシアは、アメリカ主導の強硬な制裁決議を骨抜きにするために尽力したのであり、この点はイランからすれば感謝に値するものと思われる。

 安保理の場で最終的に制裁決議の支持に回ったからと言って、中国が対イラン政策に根本的な変更を加えるわけではない。制裁決議採択翌日の6月10日、中国イラン関係への影響を問われた中国外交部報道官は、「イラン核問題の処理において中国は、イランを含む関係各方面と緊密で良好なコミュニケーションを維持してきており、今後とも同様に継続していくつもりだ。中国はイランとの関係を重視していることを強調しておきたい」(中国外交部HP2010年6月10日)と、対イラン政策に変更のない考えを示している。

 そもそも欧米諸国がイランへの経済制裁を強めれば、イランは中国への依存度を一層深めざるをえないのであって、中国にとっては決して悪いことではない。骨抜きの経済制裁の下で中国は、日本や欧米が去ったイランにおいて、石油を中心とする経済権益をさらに拡大することだろう。

5.おわりに

ところで、難しいバランス外交を必要とするのは中国ばかりでなく、本来は日本もイランとアメリカの間で慎重なバランス外交を展開すべき立場であろう。もともとイランは日本にとって重要な石油供給国なのであり、2005年まではイランにとって最大の貿易相手国であった。

ところが、イラン制裁を強めるアメリカの意向に沿って自らイランとの関係を細らせてきている。この点中国は、一方でアメリカに貸しを作りつつ、他方でイランとの関係も発展させるという一挙両得を実現しており、そのコントラストは鮮明だ。

対米追従でも独立外交でもないバランス外交を日本にも期待したい。

(東京財団HPより転載)
農産物価格高騰に見る中国社会 [2010年06月30日(水)]
5月27日、中国国家発展改革委員会、商務部、国家工商総局が連名で通知を出し、農産物に対する投機行為や価格吊り上げ行為を厳格に取り締まることが提起された。

ただちに調査を開始して、6月末までには取り締まりを終えるよう求め、農産物の投機行為や売り惜しみに対しては、不法所得を没収した上、不法所得の5倍ないし最大100万元(約1300万円)の罰金を科すとしている。

中国では、昨年10月頃から一部の農産物価格が高騰している。その背景として、金融緩和政策に伴う余剰資金の一部が商品市場に流れ込み、農産物市場でも投機目的の買い占めが発生しているのではないかとささやかれていた。中国政府による今回の厳罰方針発表は、こうした状況を踏まえたものである。

図1 中国農産物価格の推移

出所)中国国家発展改革委員会統計資料より筆者作成


農産物価格は季節的な変動があるものの、前年同期比で見て、確かにジャガイモが49.3%、ニンニクが45.7%、白菜が31.4%などと軒並み高騰している。

そもそも中国の農産物価格は近年上昇傾向にあり、特に野菜価格は穀物価格や消費者物価全体の伸びを上回るペースで上昇してきている。

その構造的な要因として、都市化の進展に伴い耕作地が減少するとともに需要量が増大していることが考えられる。

かつて各地の野菜農場は都市部の近郊にあり、「地産地消」されていた。ところが、近年の都市化により、多くの地方において耕作地が新興住宅地に転用されてきている。転用に伴う新規の代替耕作地の開拓も間に合わず、耕作地の減少を招いているとされる。

一方で、都市化はかつて野菜を自給自足していた農村住民を消費者に変え、市場での需要量が増大している。こうした都市化に伴う需給両面での影響が野菜価格の高騰の遠因となっているものと考えられる。

図2 中国耕地面積の推移

注)1996年、2007年、2008年は測量値。2001年は推計値。その他の年は公表なし。
出所)『中国統計年鑑』各年版より筆者作成


加えて、天候不順による減産の影響も無視し得ない。今年も広州などでは大雨が続き、野菜価格の上昇要因となっている。近年の中国では、こうした「異常気象」は毎年のように聞かれ、「異常気象」の発生が「常態化」している。

こうした状況に加えて、さらに野菜の投機的買い占めが発生しているのではないかといわれているのだ。すなわち、上に述べた構造的要因や天候不順などのために人々の値上がり期待が高まったニンニクや緑豆など一部の農産物が、不動産価格高騰の抑制や株価の低迷のために行き場を失った一部の余剰資金にとっての新たな投機先と化しているのではないかというのである。

 野菜価格高騰の原因を投機的買占めに求める見方については、中国政府内に異論がないではない。国家統計局のチーフエコノミストは、「目下、余剰資金が農産品分野に流入していることを裏付ける証拠はない。ニンニクや緑豆などの農産品の生育周期は決して長くないので、価格上昇に素早く反応して供給量も上昇するはずである。たとえ短期的に収益を上げたとしても、長期的に見れば生鮮農産品への投資などありえない」(『中国網』5月24日)と、投機説を真っ向から否定する。

 一方、農産物価格の監督強化を地方政府に指示した国家発展改革委員会の副主任(副大臣)は、「我々の調査では、悪意による買い占め、価格吊り上げ、価格カルテルなどの存在が認められる状況にある。国務院常務会議(筆者注:日本の閣議に相当)もこの問題について発展改革委員会の報告を取り上げている」(『中国広報網』5月28日)として、自らの厳罰方針を正当化している。

 実際に農産物の投機行為が農産物価格に深刻な影響を与える程度に存在しているかどうかは定かでないが、中国政府にとっては、その真偽よりも、農産物価格の高騰と投機説の存在そのものが放置できない問題だと考えられる。

 庶民の生活を直接に圧迫する農産物価格の高騰は、広範な大衆の不満や政府への批判につながりかねない種である。実際、今から遡ること21年前、1989年6月4日の天安門事件の基底には食料品価格の高騰に端を発した大衆の不満があったとされる。

折しも、前年比マイナスで推移してきていた中国の消費者物価指数(CPI)が、農産物価格の高騰とともに昨年秋からプラスに転じ、4月には前年同期比2.8%の上昇と発表されたばかりであった。こうした物価の上昇が、天候不順などの天災ではなく、一部の富裕層の投機による人災だという噂がまことしやかに大衆の間で広がっている以上、その真偽などを問うている場合ではない。中国政府としては、できる限りの対応をしていると大衆に見せることこそ肝要であろう。

 しかし、仮に投機が起こっているとしても、その背景には構造的な需給逼迫による値上がり期待があってのことである。その解決なくしては、農産物高騰は恒常的に繰り返されることとなり、今後も中国政府の頭を悩ませる社会不安要因の一つとしてくすぶり続けることになるだろう。

(三菱総研HPより再掲)
http://www.mri.co.jp/NEWS/report/review/__icsFiles/afieldfile/2010/06/25/er20100628_01.pdf
中国消費市場の現状と展望 [2010年05月31日(月)]
「中国は、過度の投資と輸出に依存した経済発展方式から、内需の拡大、特に消費需要に注目していく」。

中国マクロ経済政策の舵を取る国家発展改革委員会の張暁強副主任(副大臣)が、先月ボアオフォーラム年次総会で述べた言葉だ。

上海万博に史上最多の246国・機関が参加したことも、拡大を続ける中国の巨大市場へ益々大きな関心が集まっていることを物語っている。


1.輸出に振り回される中国経済

言うまでもなく、中国経済は近年目覚しい成長を見せている。特に2003年から2007年にかけては5年連続の二桁成長を記録したことは、ここで繰り返すまでもない。ところが、2008年以降はリーマンショックに端を発する世界同時不況の影響を受け、成長が鈍化してしまった。特に2009年は、純輸出の大きな落ち込みを投資が穴埋めする形で何とか政府目標の8%成長を維持した格好だ。

そもそも中国経済成長の歴史を振り返ると、その原動力は消費と投資による内需であり、輸出は安定成長の撹乱要因であった(【図1】参照)。

2005年から2007年あたりにかけては、8%程度と言われる内需の潜在成長率の上に好調な「輸出のボーナス」が乗っかって高い経済成長率を実現したが、一方でこの「輸出のボーナス」は内需だけでは吸収しきれない過剰な生産能力の蓄積を助長したとも言われる。

その後、2008年のリーマンショック以後世界中が不況に陥ると、むしろ輸出は中国経済成長の足を引っ張る要因になってしまったのである。1978年の改革開放以来、中国が過去に何度も繰り返してきたパターンを再び繰り返した格好だ。


【図1 中国GDP成長の寄与率】

出典)中国国家統計局HP


 輸出に振り回されない安定的な経済発展方式への転換。これが中国経済にとって目下の大きな課題である。内需主導の成長を考えた場合、特に近年は投資が内需を引っ張る形になっており、消費の伸びに勢いがない。「特に消費需要に注目」という冒頭の張副主任の言葉は、こうした背景から出てきたものだ。
 

2.勢い欠く民間消費

 中国では、過去15年ほどのトレンドとして、民間消費よりも政府消費の方が勢いよく伸びてきている。結果、95年には8対2であった民間消費と政府消費との比率が、今では7対3へと変化してきている。すなわち、政府消費に比べて、民間消費の伸びは勢いを欠いているのである。


【図2 中国最終消費支出の構成比】

出典)中国統計年鑑2009


では、中国で民間消費の伸びが勢いを欠いている理由は何か。

まず日々の生活に余裕がないのではとの仮説が浮かぶが、実際にはそうでもない。

中国のエンゲル係数は近年目覚ましい低下傾向にあり、95年に都市で50.1、農村で58.6であったものが、08年には都市で37.9、農村で43.7まで低下してきている。

日本のエンゲル係数は約23%、アメリカは約20%であるが、韓国は約33%であるから、中国の都市部はそろそろ韓国の水準に近づこうとしているのだ。

また、40%前後のエンゲル係数というと、日本では1960年代の水準であり、ちょうど東京オリンピック(1964年)から大阪万博(1970年)に向かう頃であった。やはり同じく2008年の北京オリンピックから今年の上海万博へと歩を進めている中国は、庶民の生活水準という点でも、当時の日本の似通っているのだ。


【図3 中国エンゲル係数推移】

出典)中国統計年鑑2009



3.消費伸び悩みの理由は社会保障未整備か?

中国人の生活に余裕が出てきていることは、01年以来GDPの伸びを上回るペースで民間貯蓄が伸びていることからもが分かる。

この点、中国において余力が消費に回らず貯蓄に向かう理由として、社会保障の不備による将来不安を指摘する向きがある。しかし、中国の貯蓄の半分が将来に心配のない上位2割の高所得者に集中しており、社会保障に頼らねばならない下位2割の低所得者の貯蓄は全体の3%に満たない(【表1】参照)。

つまり、生活に余裕があるのに消費をしていないのは、社会保障を必要とする庶民ではなく、お金が余っている高収入者なのである。決して、社会保障制度の不備から来る将来不安が中国民間消費伸び悩みの主たる理由ではない。


【図4 中国民間貯蓄推移】

出典)中国国家統計局資料


4.お金の使い道がない高収入者

では、なぜ中国の高収入者は消費しないのであろうか。

表1を見ると、各層の消費行動に大きな違いのないことが分かる。物価の安い中国において、先進国並み又はそれ以上の収入を得ている者なら、どれだけ贅沢をしても衣食にかかる費用は高が知れている。家電などの家庭用品についても、収入に比例してより高付加価値の高級品を買うとしても高が知れている。

すなわち、「衣食用」の分野では高収入者の消費力を吸収しきれないのである。

一方、住宅、医療保健、教育文化娯楽といった分野には高収入者に魅力的な「金の使い道」が不足しており、結果として高収入者の消費余力が貯蓄に向かっているのだと考えられる。

唯一、表のなかで高収入家庭の交通通信の支出が大きい点が特徴的だ。これは高収入者が自動車を持つようになっているためであり、彼らが世界最大となった中国自動車市場の担い手である。


【表1 中国収入別消費支出(2008)】

出典)中国統計年鑑2009


5.供給不足の「住行学」分野
 
王国剛・中国社会科学院金融研究所所長によれば、中国の民間消費は、「衣食用」と「住行学」の2種6項目に分類できるという。

「用」とは家庭用品等、「住」はもちろん住宅、「行」は人々が活発に行動するために必要な交通通信や医療保険、「学」とは教育文化娯楽だ。

これら各分野のうち、現在の中国では「住行学」の消費が伸び悩んでいる。中国都市住民の消費構成を時系列に並べて見ると、この間の収入増加に伴い「衣食用」の比率が低下し、「住行学」の比率が上昇してきていることが分かる。

諸外国の例を見ても、収入の増加に伴って医療保険や教育文化娯楽の消費は増えるものである。しかし、高収入者を中心に「衣食用」の消費が頭打ちになる一方で、「住行学」の消費が十分に拡大しない結果、余ったお金が貯蓄として積み上がっている状態なのだと考えられる。

では、なぜ中国では「住行学」の消費が眠ったままなのか。その理由は供給不足にあると筆者は考える。例を二つ挙げたい。一つは大学教育について、もう一つは住宅市場についてである。

中国の大学入試統一試験の受験者と合格者の推移を見ると、中国では1970年代末の大学入試正常化以来一貫して大学進学者希望者は実際の進学者を大きく上回っていることが分かる。

特に2000年代に入ってからは、大学合格者の飛躍的な増加にも関わらず、進学希望者と合格者との差はむしろ拡大しているのだ。2009年の例で言えば、1000万人以上の学生が大学入試に挑戦しながら、実際に大学へ進学できたのは6割程度にとどまり、残り4割は大学進学の希望(加えて恐らく経済力)を持ちながら、その需要が満たされていないのである。

また、中国の住宅市場も慢性的な供給不足にある。中国の住宅竣工戸数と販売戸数を見ると、毎年、竣工した住宅戸数以上の住宅が販売されていることが分かる。これは、住宅が常に供給不足にあり、竣工前から次から次へ予約販売で売れていっている状況を示している。

この供給不足を背景に中国住宅価格は高騰傾向が続いており、今や都市部の不動産価格は庶民の手の届く価格ではなくなっている。

「2010年中国経済形勢分析予測」(社会科学文献出版社)によれば、2009年の住宅価格対世帯年収比は全国平均で8.3倍に達する見通しであり、特に、出稼ぎ農民(農民工)にとっては住宅価格対世帯年収比が22.08倍、農村世帯にとっては都市部住宅価格年収比が29.44倍にも上るという。全国全世帯の85%はマイホームを購入するのに十分な収入がないのが現状である。

これだけの価格上昇が生じている背景には投機マネーの流入が疑われるが、そもそもなぜ投機マネーが流入するかといえば、それは住宅価格の右肩上がりが続くと信じているからだ。では、なぜ皆が住宅価格の右肩上がりを信じて疑わないか。その背景には、都市部住宅への膨大な潜在需要の存在と、これを満たしきれていない供給不足の存在があるからである。


まとめ

中国消費市場では、今後二つの「高度化」が進むだろう。一つは「質の高度化」であり、「衣食用」の分野では国民所得の増加に伴い、より高品質の財サービスへの需要が高まるものと考えられる。

もう一つは「分野の高度化」であり、従来必ずしも需要の掘り起こしが進んでいない住宅、医療保健、交通通信、教育文化娯楽の「住行学」分野での消費拡大である。すなわち、上海万博のテーマ「よりよい都市、よりよい生活」こそ、今後の中国消費市場のトレンドだと言える。

中国政府の課題は、その民間消費の拡大をどれだけ後押しし、確かなものとできるかだ。この点、温家宝総理も、3月22日の中国発展ハイレベルフォーラムにおいて、「内需拡大を長期的な戦略方針として堅持していき、住民消費の拡大に努める」との方針を明らかにしている。

今年は2011年から2016年を対象期間とする次期5ヵ年計画の策定年であるが、その5ヵ年計画の策定を担う国家発展改革委員会の高官や中央指導層が繰り返し強調している民間消費の拡大は間違いなく次期5カ年計画に盛り込まれ、今後中長期にわたって中国経済政策の基本方針の一つとるものと考えられる。

(三菱総研HPより再掲)
http://www.mri.co.jp/NEWS/report/review/__icsFiles/afieldfile/2010/05/28/er20100528_02.pdf
人民元切り上げ問題の展望と日本への影響 [2010年04月01日(木)]
「米国財務省からは一貫して人民元切り上げ要求を受けている」。3月下旬、食事を供にした中国の国際金融当局関係者は筆者にそう語り、「切り上げ幅について具体的な数字の提示こそないが、『2005年のような調整を再度行うべきだ』との要求を受けている」と述べた。

中国は、従来1ドル約8.3元に固定していた人民元レートを2005年7月から2008年7月まで緩やかに上昇させてきていたが、世界金融危機の顕在化のために現在は1ドル約6.8元で再び固定している。

「元の過小評価が米国の実業界や労働者に及ぼす経済的影響は非常に大きい」。3月15日、米国下院議員130名は、中国が人民元を切り上げないならば中国製品に輸入関税を課すよう求める書簡をガイトナー財務長官とロック商務長官に送った。書簡は、米財務省が4月15日に公表する報告書で中国を「為替操作国」として認定し、対抗策を講じることも求めている。

これに先立つ3月11日には、オバマ大統領も「中国が、より市場原理に沿った為替レートを目指せば、世界経済の不均衡解消に向けた努力に重要な貢献となる」と指摘している。米国が人民元の切り上げを強硬に要求する背景には、大統領の支持率低下や失業率の高止まりといった国内事情があるものと考えられる。

一方の中国は、2005年7月から2008年7月までに人民元が21%上昇したことで、温家宝総理が「人民元レートは過小評価ではない」と反論している。

そもそも現在の人民元レートが適正であるか否かにかかわらず、海外からの圧力に屈して切り上げを行うことは、中国国内の反発を招く恐れがある。人民銀行の周小川総裁も「中国も雇用創出という極めて困難な任務に直面している」として、「人民元切り上げを要求する(海外からの)雑音は、この問題の解決にとって何の役にも立たない」と述べている。


1.人民元の適正レートは
ピーターソン国際経済研究所のフレッド・バーグステン所長は、3月24日の下院歳入委員会の公聴会において、「人民元相場は米ドルに対して40%過小評価されている」と指摘した。

これは購買力平価で考えれば人民元の適正レートは40%程度過小評価されているということだろうが、購買力平価は長期的な為替の均衡水準を示す一つの考え方にすぎない。現在1ドル90円台にある日本円も購買力平価で言えば1ドル160円程度が適正レートとされるが、多くの資源エネルギーや食料を輸入に頼る日本にとって、本当にこれほどの円安水準が「適正」なのかは疑問である。

一方では、1995年から2005年までの10年間、中国は10%近い高成長を続けていたにもかかわらず、人民元レートを1米ドル=約8.3元に人為的に固定してきたことによって、実質実行レートでは10〜15%程度過小評価されていたという見方がある(清水2006)。2005年から21%上昇した現在の人民元レートは、この5年間の経済成長などを加味しても、決して過小評価されている訳ではないとも言える。

結局、適正レートを人為的に定めることは大変難しい。なぜなら、世界全体の長期的な均衡にとって適正なレートと、中国経済の短期的な安定にとって適正なレートとは、必ずしも一致しないからである。経済学でも為替の適正レート算出について従来から盛んに研究されてきているが、立場等の違いから複数の理論が存在している。

一つ言えることは、人民元レートを米ドルに対して人為的に固定しておくことは、世界的な貿易不均衡を招く可能性があるばかりでなく、名目為替レートが中国の国内均衡(完全雇用や低インフレ)を満たす均衡実質為替レートから乖離が進む可能性が高いということである。こうした状況を避けるためには、市場メカニズムによって自然に人民元レートが調整されるようにせねばなるまい。

したがって、今の人民元は急激な切り上げこそ必要としないにせよ、2008年7月以来米ドルに対して人民元レートを人為的に固定している政策をできる限り早く終了し、以前のように市場メカニズムを通じた緩やかな調整を許すような為替政策へ復帰することが中国の安定的発展にとって重要だ。

この点、中国も、人民銀行を中心に世界金融危機に対する緊急対応から脱し、人民元レートを再び柔軟化するタイミングを図っていると聞く。一時に大幅な切り上げが行われることはないにせよ、2005年7月のように静かに人民元レートを柔軟化させるのは時間の問題だろう。


2.日本への影響は
仮に人民元レートが上昇した場合、日本に影響を与えるルートは主に3つある。すなわち、(1)日本円レートに与える影響、(2)中国から日本への輸入に与える影響、(3)在中国日系企業から第三国(欧米)への輸出に与える影響の3つである。

このいずれのルートにおいても、2005年7月以来の人民元レート上昇が日本に与えた影響は、ほとんどなかったと言ってよかろう。

人民元レートの上昇が始まった頃は、経済的につながりの深い日本の円も、人民元相場の上昇につれて急激な円高になることが危惧されたが、こうした現象は実際には発生しなかった。

また、中国から日本への輸入や在中国日系企業から第三国(欧米)への輸出についても、人民元レートの上昇が大きな影響を与えることはなかった。輸出と輸入をトータルで見れば、人民元レート上昇の影響は相殺され、日本企業への影響はほとんどなかったと言える。

人民元切り上げを強硬に主張する米国と比較すると、日本では今のところ人民元切り上げを求める声は大きくない。その背景には、(1)米国が中国に対して巨額の貿易赤字を計上しているのに対し、日本は中国に対して貿易黒字を上げていること、(2)多くの日本企業が中国の工場から欧米市場に製品を輸出していることなどの理由が指摘できる。

ただし、日本においても、人民元レートを人為的に管理すべきでなく、できる限り市場の調整に委ねる方が好ましいという見方が支配的である。なぜなら、市場メカニズムを通じた人民元レートの適切な変動こそ、中長期的には世界全体の貿易不均衡や中国自身の安定的発展に有利だからである。例えば、野田佳彦財務副大臣も、3月15日の記者会見で、「基本的には人民元の柔軟化が世界経済、中国経済にとってもプラスと思う」と述べている。

米国が人民元の切り上げを強硬に要求する背景が、オバマ大統領の支持率低下や高失業率の継続といった国内事情である一方、中国が易々と米国の要求に応じることができない理由も主に国内事情である。

どこの国の外交政策や通商政策も、国内事情から独立ではいられない。この点においては、米国も、中国も、日本も、みな同様である。国内事情を背景に不合理な要求をしてくる相手国を罵るだけでは、問題解決はしない。重要なのは、お互いの国内事情を理解し合い、冷静な対話を通じて、相互に受け入れ可能な解決策を探る努力である。

「中国も、現状の経常黒字の積み上がりを決して快くは思っていない。できれば米国とは冷静に話し合いたいのであって、自国の国内事情を全て中国に押し付けるのはやめてもらいたい。」冒頭の中国国際金融当局者も、そう語っていた。


【参考文献】
清水聡(2006)「人民元の均衡実質為替レートの推計」『アジア経済』第47巻第11号、2-28
白井早百合(2004)『人民元と中国経済』日本経済新聞出版社


(東京財団HPより再掲)
気候変動問題に対する中国の考え方 [2010年02月16日(火)]
本稿は、気候変動問題の国際交渉や温室効果ガス削減目標策定の事情に通じた中国の政府関係者・専門家等へのヒアリング結果を踏まえて、温室効果ガス排出削減問題に関する中国の考え方につき分析を試みるものである。

昨年12月にコペンハーゲンで開催された国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)は、英国ガーディアン紙(12月22日)などが伝えるように、中国の非協力的な態度によって法的拘束力のある合意に至る道をふさがれたという認識が、国際社会では広まっている。

COP15に同行した英国気候変動研究者マーク・ライナス氏が同紙で告白しているところによれば、交渉の大詰めで二十数ヶ国の首脳(オバマ、サルコジ、鳩山、LDC代表、アフリカ代表等)が合意点を模索しようと少人数会合を二夜続けて開催した中、中国だけが温家宝総理ではなく交渉権のない一外交官を出席させ、どんな些細な論点についても不同意を繰り返した結果、「コペンハーゲン合意」はほとんど見るべき内容のないものなってしまったというのだ。

COP15を前に、国際社会へGDP単位当たりの温室効果ガス排出量を40%〜45%削減する目標を早々と表明した中国に対しては、COP15の首脳交渉でも法的拘束力のある形の野心的な合意形成に向けた積極的な行動を期待する向きがあったが、ふたを開けてみれば、その期待は完全に裏切られた格好だ。

一方で、中国の温家宝総理は、「今年末にメキシコで開かれる第16回締約国会議(COP16)で、各国が国連気候変動枠組条約と京都議定書を強化する法的拘束力のある合意を達成できるよう、中国は積極的に取り組んでいきたい」との立場を表明している(「中国国際放送局 日本語部」 2010年2月2日)。

日本としては、現行の京都議定書において排出削減義務を負っていない中国と、同議定書未批准の米国も参加する「すべての主要国による公平かつ実効性のある国際枠組みの構築及び意欲的な目標の合意」を目指しているものの、「中国が何を考えているのか分からず、どう中国を取り込んでいったらいいか正直アイデアがない」(交渉筋)という状況だ。

一体、中国は温室効果ガス排出削減に本気で取り組む用意があるのだろうか。

結論から言えば、中国は、国際交渉の如何にかかわらず粛々と自らの削減目標の達成に向けて具体的取り組みを重ねてくる。日本は、中国を批判するだけで自らは取り組みを進めていなければ、今年末のCOP16は乗り切れないだろう。

1.持続可能な発展戦略としての「低炭素経済」

胡錦濤主席は昨年9月の国連気候変動サミットにおいて、「2020年までに中国はGDP単位当たりのCO2排出量を05年より顕著に削減」するとの目標を示し、「低炭素経済を大いに発展させる」と述べた。

COP15の中国代表団団長を務めた解振華・国家発展改革委員会副主任も、「低炭素経済の道を歩み、最終的には人と自然の調和のとれた発展を実現する」との見解を表明している(「人民網日本語版」2009年12月17日)。

この「低炭素経済」こそ、気候変動問題ないし温室効果ガス排出削減に対する中国の考え方を読み解くキーワードである。

中国の温室効果ガス排出削減目標の決定プロセスを知る政府系研究機関の研究者Aは、「低炭素経済の実現は、環境保護政策ではなく、省エネ・省コストを目指す産業戦略だ」と言い切る。

すなわち、国際的な気候変動問題への対応を目的として温室効果ガスの削減に取り組むという発想ではなく、自国の持続可能な発展の実現を目的として省エネ・省コストの「低炭素経済」を目指し、その結果が温室効果ガスの削減につながるという発想だ。

「中国エネルギー発展青書2009」によれば、中国エネルギー資源の総量は世界の約1割にとどまり、一人当たりの資源量は世界平均レベルの40%にすぎない。加えて、資源の可採年数も短く、中国に残る石炭資源の可採年数は100年未満、石油の可採年数は約15年、天然ガスの可採年数も約30年未満だという。

今のままでは中国経済の持続的発展を支えることはできず、したがって、省エネ・省コストは不可避という危機感が「低炭素経済」を目指す背景にある。

中国にとって、一次的な関心事はまず自国の持続的発展の実現であって、国際的な持続的発展の実現は二次的関心であるように見える。政府関係者、専門家、大学生、政府に批判的な環境NGO代表に至るまで気候変動問題について意見を聞いてみたところで、中国が国際的な「大国の責任」を負わねばならないという声を聞くことは稀である。

COP15にも同行した環境問題専門家Bは、「中国には、『天が落ちてきたら背の高い人が支える』ということわざがある」と語った。国際的な気候変動問題は最終的には先進国という『背の高い人』が資金と技術を提供して解決すべき問題であって、中国は「天が落ちてくる」心配をする前にまず自分の心配をしているのだという。

2.経済発展を前提とする削減目標

しかし、そうは言っても、GDP単位当たりの温室効果ガス排出量を2020年までに2005年比40%〜45%削減する目標は、経済発展にマイナスの影響を与えないのであろうか。

この目標を達成したとしても、総排出量では2005年比で127%〜149%増となることは、12月21日付レポート「COP15の真の勝者は誰なのか」において指摘したが、中国の専門家に言わせると、この40%~45%の目標でも達成は非常に困難だという見方が多い。

この点、筆者が「温室効果ガスを40%〜45%削減する目標は、やはり経済発展にはマイナスだと思うか」と問うたのに対し、この目標決定の裏事情を知る前出Aは、「それは話があべこべだ」と言った。

すなわち、その目標は「2020年まで年平均7%〜8%の経済成長を維持するという前提を置いた場合に、仮に産業構造の調整が順調に進んだとすれば、実現可能な数字」として国家発展改革委員会内で見積もられたものであって、そもそも経済成長を犠牲にするという視点には立っていないというのである。

政府系研究機関の環境エコノミストCによれば、この数値目標の設定にあたっては複数の研究グループが参加し、同氏の所属する研究機関では2005年比で45〜50%削減という目標を見積もって上層部に上げたそうであるが、結果としてはより手堅い目標である40〜45%が打ち出された。

他方、IPCCを担当する気象問題の関係者によれば、2050年での温室効果ガスの半減などIPCCでの科学的議論については、同目標の設定には反映されておらず、科学的見地から国際的な気候変動を食い止めるために逆算された排出削減目標ではないのだという。

したがって、この目標が達成困難だという認識も、経済成長と排出削減のトレードオフによるリスクから出るのではなく、そもそも経済成長が本当に2020年まで年平均7〜8%を維持できるか、また、産業構造の調整が予定どおり進むのか、という前提条件にかかる不確定要素のリスクから出る認識のようである。たしかに年平均成長率が1%変わるだけで、GDP単位当たりの温室効果ガス排出量は大きく異なりうる。

中国にとって経済発展の行方は社会の安定と政権の存続に直結する死活問題である。その中国経済の先行きに不確定性を否定できない以上、これとリンクする温室効果ガスの削減目標を国際的な法的義務として受け入れて、経済政策について自らの手足を縛るのは、中国にとっては避けたいだろう。まして、米国が主張するような測定・報告・検証可能(MRV)な形での国際的な査察によって、自国の経済政策について海外から注文をつけられるのは、中国にとって受け入れがたいのだと想像される。


3.具体策の積み上げに走る

1月28日、29日の両日、国家発展改革委員会で初となる気候変動問題対応工作会議が開催され、地方の各発展改革委員会担当者に低炭素経済の実現に向けて具体的計画作りを進めるよう指示が下りた。ある地方の担当者によれば、今後は、4月ごろまでには計画をドラフトし、2010年中に政策の実施に移るタイムスケジュールだという。

この低炭素経済の推進について、実は中央よりも地方の方が積極的だという。地方政府としては、低炭素経済の推進をスローガンに地元の産業構造を調整し、さらなる発展につなげようという機運が高まっているのだ。既に幾つかの都市では英国などの協力を受け、地方都市における低炭素経済の研究が進められており、今後、国は低炭素モデル都市、低炭素モデル省を指定することも検討しているという。

日本において産業界の一部が主張するように、中国でも、産業構造の調整によって時代の要請に合わなくなった古い産業が被る不利益を心配する声がないわけではない。しかし中国では、低炭素経済の推進を省エネ・省コストによる新たな投資と発展の機会と捉える声の方が大きいのである。

前出の政府系エコノミストCは言う。「中国は、まだ高度経済成長期にあるのだから、産業調整による不利益も限定的に抑えられる。ただし、この高成長もいつまで続くか分からない以上、今のうちに産業構造の調整を進めねばならない。我々は、そのためのアプローチとして低炭素経済の推進を利用するつもりなのだ。」

低炭素経済の推進による温室効果ガスの削減は、自国の持続的発展戦略として中国自身が欲している以上、気候変動問題の国際交渉の如何にかかわらず、これを推し進めることになるだろう。

COP交渉にも関わる政府系研究者Dは真剣な眼差しで語った。「中国が表明した排出削減目標は、国内での慎重な検討を経た真摯なものである。これは、先進諸国の多くが各種前提条件付きのコミットメントで逃げ道を作っているのとは違い、『実現すると言った以上実現させる』目標だ。」

たしかに日本の削減目標も、「すべての主要国による公平かつ実効性のある国際枠組みの構築及び意欲的な目標の合意」ができることを実施の前提条件としている。

今年末にメキシコで開かれるCOP16を想像してみよう。恐らく中国は、COP15以来の一年間で、自らの排出削減目標の達成に向けて具体的な計画作りや政策を進めてきた実績をアピールするだろう。

そして、「先進国こそ、口先ばかりで何も具体的な取り組みをしていない。もっと積極的に排出削減に取り組むべきではないか。」との主張を展開して、先進国を追い詰めるのではないだろうか。

温家宝総理の言う「COP16で、各国が国連気候変動枠組条約と京都議定書を強化する法的拘束力のある合意を達成できるよう、中国は積極的に取り組んでいきたい」との言葉は、そういう意味ではないかと筆者は考える。

その時、日本はいったい何を国際社会に向かって叫ぶのか。具体的な取り組み実績をアピールする中国を「法的義務を負ってない」と批判するばかりで、日本自身の排出削減に向けた具体的取り組みがそれに見劣るものであったとすれば、他の先進国や途上国を含む国際社会の理解は得られるのだろうか。

こうした中国の出方を踏まえた日本自身の取るべき道については、稿を変えて改めて検討したい。

(東京財団HPより再掲)
中国マクロ経済政策の方向性(2010〜2016年) [2009年12月08日(火)]
1.2010年:足元の景気対策と経済構造調整

12月7日、中国指導部が翌年のマクロ経済政策の基本方針を話し合う「中央経済工作会議」が3日間の日程を終え、今年の基本方針である「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」を来年も継続する方針が決定された。

「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」の長期継続は健全なマクロ経済政策ではないが、いまだ金融危機の影響により世界経済が完全には回復しきれていないなか、中国としても当面は景気対策を重視する姿勢を鮮明にしたわけだ。

一方で、同会議では「来年の経済活動の重点は発展方式の転換にあり、内需の拡大、特に住民の消費拡大を重点に都市化プロセスを推し進め、産業構造を健全化し、経済構造の調整を図っていく。」(「中国国際放送局日本語部」2009年12月7日)との方針も確認されたという。

すなわち、足元の景気対策に万全を期しながら、世界経済の変動に強い内需主導の安定的な経済成長を実現するための構造改革を急ぐ考えだと言えよう。

こうした方針に基づき、会議では、来年の経済活動における主要任務として次の6項目を挙げたとされる(「中国網」2009年12月8日)。

・マクロ調整を強化し、経済の安定的かつ比較的速い発展を維持する。
・経済構造調整を強化し、経済発展の質と効率を高める。
・「三農(農業、農村、農民)」の発展の基礎を打ち固め、内需拡大の余地を広げる。
・経済体制改革を深化させ、経済発展の原動力と活力を強める。
・輸出の安定した成長を促し、国際収支の均衡を図る。
・民生の保障と改善に力を入れ、社会の安定を全力で維持する。

改革開放以来の30年間、中国の高成長を牽引してきたのは都市化に伴う内需であり、外需は経済成長率を上積みするボーナスだったが、知らず知らずにこのボーナスに頼った産業構成や経済構造となってしまっていた。

その結果、今年1−8月に中国の輸出が対前年比で−22%まで落ち込むと、経済成長率も今年第一四半期には6.1%と、08年第一四半期の10.6%から4.5ポイントも低下してしまった。過度に外需を頼った歪みが今回の世界金融危機に伴う輸出の急ブレーキで露呈したのである。


2.2011〜2016年:内需主導の持続可能な経済成長実現へ

この外需に過度に依存した経済構造を調整し、外的ショックに強い内需主導の経済構造に作りかえようという方針は、2011〜2016年を対象期間とする第十二次五カ年規画(「十二・五」)の基調にもなりそうだ。

筆者が中国政府当局者や政府系シンクタンク研究員などにヒアリングをしたところでは、消費を中心とする内需拡大によって安定期な経済成長を実現することが「『十二・五』期間における経済政策の出発点」(中国マクロ経済官庁高官X)だという。

別の中国マクロ経済当局者Yも、「今後の成長は内需主導を目指しており、貿易依存度を現在の60〜70%から50%以下に引き下げることが当面の数値目標だ」と語る。

外需のボーナスを頼りにしない以上、経済成長率も近年のような二桁成長は望まない。ただし、潜在成長率とされる8%を割り込むようなことになると過剰労働や過剰設備などの問題が露呈することから、「当面は8%以上の成長を堅持する方針は変えられない」とYは言う。

また、「十二・五」期間のもう一つの大きな課題は、資源と環境の保護だ。コペンハーゲンで開催中のCOP15を持ち出すまでもなく、中国自身の持続可能な発展のためには資源と環境の保護が不可欠であるとの認識は、中国の政策立案者の間で日に日に高まっている。

2020年までに単位GDPあたりのCO2排出量を2005年比で40〜45%削減するとの中国の宣言は、8%成長を前提とする限りCO2排出総量の削減につながらない見せかけの国際貢献にすぎないが、資源環境保護による持続可能な発展の実現は、「十二・五」の重点項目となることは間違いないようである。

問題は、どうやって資源環境保護を図りながら、内需主導で8%以上の高度経済成長を実現するかだ。

この点、中国政府当局者や政府系シンクタンク研究員などへのヒアリングからは次の4つの政策が見えてくる。

・「農民工」(出稼ぎ農民)の都市定住促進
・不動産市場の活性化
・サービス業の振興
・「主体功能区」(地域別開発政策)の形成促進

(1)「農民工」(出稼ぎ農民)の都市定住促進
現在の中国の戸籍制度では、農村住民を短期の労働力として都市部へ受け入れる一方、彼らの都市定住を認めないという「半都市化」政策を行っている。その不安定な身分がゆえに、彼らは低賃金に抑えられ、都市部で住宅購入することもできず、積極的な消費も行えない状況にある。

そこで、この戸籍制限を徐々に緩和し、農村住民の都市定住を促進することによって、個人消費の拡大を図ろうという考えが中国の政策立案者の間で広まっている。実際、こうした考えは、今月の「中央経済工作会議」でも「中小都市や都市部で戸籍制限を緩和する」との方針が示された(「人民網日本語版」2009年12月8日)。

一方で、低賃金労働者としての「農民工」は、労働集約型産業の競争力を支える原動力であるし、そもそも6億人以上いる農民に比して都市部のキャパシティは依然として不足していることから、その受け入れは漸進的なものとなろう。

具体的には、都市部で既に安定的な職に就いている農民籍の住民や土地収用により都市部への転居を迫られた住民などから都市戸籍の取得を認めていくようだ。

(2)住宅市場の活性化
農村戸籍から都市戸籍への転換を促進したとしても、都市部に住居を入手することができなければ、彼らが新たな消費者群として育っていくことはない。

しかし、現在都市部の不動産価格は庶民の手の届く価格ではなくなっている。「2010年中国経済形勢分析予測」(社会科学文献出版社)によれば、2009年の住宅価格対世帯年収比は全国平均で8.3倍に達する見通しであり、特に、農民工にとっては住宅価格対世帯年収比が22.08倍、農村世帯にとっては都市部住宅価格年収比が29.44倍にも上るという。

全国全世帯の85%はマイホームを購入するのに十分な収入がないのが現状であり、今や住宅を購入できる層は既に住宅を持っており、これから住宅を必要とする層には手が届かない状態なのだ。

そこで、中国政府は、供給面において都市部の低・中所得者用住宅の価格引き下げを模索し、需要面において農民工の住宅購入資金確保の道を拡大することを考えている。

農民工に住宅購入資金を確保させるために最も有望と考えられるのは、農地や農村宅地の使用権転売だ。

周知のとおり、社会主義国家の中国では全ての土地が公有であり、企業や個人は土地の使用権を貸与されているだけで、自由な売買は制限されている。2003年3月に施行された「農村土地請負法」では農民が農地を譲渡できると規定されており、2008年の中国共産党第17期中央委員会第3回総会中では農地使用権譲渡解禁の表明が期待されたが、いまだ完全には実現していないと見られる。

今後、農民工や農村住民の都市定住を促し、新たな消費者群として育てていくために、農地使用権譲渡の完全実施は避けて通ることのできない改革だと言えよう。

(3)サービス業振興
中国の産業構造は、2008年時点のGDP比で第一次産業が11.3%、第二次産業が48.6%、第三次産業が40.1%と、サービス業が未発達な状態にある。

一方で、これまでの中国の経済発展を主導してきた第二次産業では、鉄鋼、アルミ、セメントなどの業種で過剰生産能力が生じていると言われており、その調整が大きな課題となっている。

そこで、中国政府としては、「十二・五」期間に投資の重点を第二次産業から第三次産業へと誘導し、一部製造業における過剰生産能力の解消とサービス業の発展を促したい考えだ。

特に、サービス業は労働集約的な業種が多く雇用吸収力が高いため、就労問題こそ国内安定の鍵である中国にとっては是非とも発展させたい分野である。

(4)「主体功能区」(国土計画)の設定
さて、ここまでの政策では、どうやって資源環境の保護と高度経済成長の実現を両立するのかが見えてこない。

この相反する目標を同時に実現する方策として中国政府が考えているのが、「主体功能区」の設定による地域別開発政策の実施である。

「主体功能区」とは一種の国土計画であり、それぞれ異なる資源環境条件や開発条件にあわせて、中国全土を「優先開発区」、「重点開発区」、「開発制限区」、「開発禁止区」の4区域に分けて、それぞれ異なる「功能」(機能)を果たすべく開発政策を行おうとするものだ。

例えば、環渤海地域、長江デルタ地域、珠江デルタ地域は「優先開発区」の候補であり、これら地域は中国の総合経済力増強をリードするべく開発を進め、それぞれ人口1億人規模の大都市群を形成するとされる。

次に、台湾海峡地域、中原地域、長江中流域などは「重点開発区」の候補であり、これら地域では「優先開発区」同様に総合経済力の増強に向けて工業化や都市化を進めるべく開発が行われ、人口1000〜5000万人規模の都市群の形成を目指すという。

また、東北平原、黄准海平原、華南、甘粛、新疆などは農業生産を主たる「功能」とする「開発制限区」として、大規模な都市化や工業の高度化は制限して農業生産能力の維持向上を目指すことになる。

最後に、青蔵高原や黄土高原、東北森林帯や重要水系などは、生態と自然環境の保護を目的に開発を厳しく制限しつつ持続可能な範囲での資源利用にとどめる「開発禁止区」となろう。

こうした各地域の「功能」ごとに異なる開発基準を立て、それを地方指導者の業績評価に反映させる仕組みを考えているという。

この「主体功能区」の仕組みは、開発政策を司る国家発展改革委員会によって2006年に第十一次五カ年規画綱要草案に盛り込まれたものの、その後開発を制限されて発展の機会を奪われることを心配する一部地方などから大きな論争が巻き起こり、いまだ実現の陽の目を見ないでいる。

国家開発委員会は「主体功能区」を改めて「十二・五」に盛り込むことを考えているようであり、これが実施される場合には中国に進出している日本企業にも大きな影響が及ぶ可能性があることから、その動向には今後も注目が必要であろう。
オバマ大統領訪中に見る中国の期待と牽制 [2009年11月24日(火)]
11月15日から18日にかけて、オバマ米国大統領が中国を訪問した。オバマ大統領の中国訪問は1月の就任以来初めてであり、就任1年目に中国を公式訪問した初の米国大統領ともなった。

1.充実した滞在日程
まず15日に上海へ到着したオバマ大統領は、上海科学技術館で中国の青年たちを前に講演を行い、翌16日には兪正声・上海市共産党委員会書記と会談を行って、午後には北京へ移動した。北京首都国際空港では、習近平・国家副主席が出迎えたという。

北京に着いたオバマ大統領は、17日午前、胡錦涛・国家主席主催の歓迎式典に続いて公式会談を行い、会談後の共同記者会見で米中両国首脳は「米中共同声明」を発出した。その後も、オバマ大統領は北京で呉邦国・全人代常務委員会委員長や温家宝・国務院総理と会談したほか、故宮や万里の長城などの観光地も訪れるなど、実に充実した日程をこなした。

ジョン・ハンツマン(中国名:洪博培)駐中国米国大使が「中国は今回の歴訪で、特に重要な訪問国とみなされている」(2009年11月11日中国新聞社)と述べているとおり、4日間にわたる充実したオバマ大統領の中国訪問は、慌ただしく駆け抜けた日本訪問とは確かに対照的であった。


2.米中関係発展への期待
このオバマ大統領の中国訪問に先立ち、外交部の秦剛・報道官は、11月10日の定例記者会見で「オバマ大統領の訪中は中米関係の今後の発展にとって重要な意義を持つ」と、中国政府の期待を述べている。(2009年11月11日「人民網日本語版」)

この記者会見において、秦剛・報道官がオバマ大統領訪中に期待するものとして挙げたのは、(1)米中間の「積極的・協力的・包括的関係」構築の再確認と協力の具体化、(2)重大な国際問題に関する相互信頼の強化と協力の促進、(3)健全で安定した中米関係の発展促進であった。これに対してハンツマン駐中国米国大使も、同日、「オバマ大統領の訪中は間違いなく成功し、中米関係を新たな高度へと引き上げる」と記者団に語ったと、中国新聞社が伝えている。

また、オバマ大統領の中国訪問には、マーケットも大きな期待を寄せたようだ。大統領訪中を目前に控えた13日、中国株式市場では「オバマ関連株」が上昇したのである。「オバマ関連株」とは、オバマ大統領の中国訪問期間中に米中両国が達成したクリーンエネルギー分野での一連の合意により、利益を受けるとみられる銘柄を指す。低炭素技術、インテリジェント電力ネットワーク、再生可能資源の普及といった分野の関連銘柄が、今回のオバマ大統領の訪中により利益を受けると予想され、13日の市場では、これらの関連銘柄が相継いで上昇した。

実際、米中首脳が会談後に発表した共同声明は、戦略的相互信頼の構築と強化を強調するとともに、今後5年間に米中折半で1億5000万ドルを投じて「中米クリーンエネルギー共同研究センター」を両国に設置し、エネルギー効率の高い建築物、クリーン・コール、エコカーなどの研究に取り組むといった合意が盛り込まれた。中国側としても満足のいく内容と言えるだろう。


3.共同責任論への牽制
米中関係の発展に期待を示し、充実した日程でオバマ大統領を歓待した中国であるが、中国に国際的責任と負担を迫るアメリカへの牽制も忘れなかった。

胡錦濤国家主席との会見で「中国が国際舞台でさらに大きな役割を発揮することを歓迎する」と述べたオバマ大統領に対し、その翌日に会談した温家宝首相は「中米両国は世界に重要な影響を与える国。その中米関係が新たな段階に入ることを希望している」と述べる一方、国際問題を米中二国で取り仕切っていこうとする「G2」論は否定した。

その理由として、温家宝首相は、(1)中国は人口が非常に多い発展途上国で、国家の近代化への道のりは遠いこと、(2)中国は独立自主の外交政策を取り、どの国とも同盟関係は持たないこと、(3)国際問題は各国が共同で決めるべきで1、2カ国で決められないことを挙げたという(2009年11月19日「日本経済新聞」)。

経済発展に有利な国際環境を目指して全方位外交を進めている中国にとって、アメリカとの二強構造に向かうことは多くの国から反発を招きかねず不利であり、また、過度の負担を背負わされることも避けたい。そのため中国では従来からG2論を否定する専門家の声が聞かれたが、首脳レベルで直接これを否定したのは初めてだ。

また、共産党機関紙「人民日報」海外版の社説は、オバマ大統領が中国を発った18日こそ「新たな一歩を踏み出した中米関係」と今回の訪中を前向きに評価したが、実は前日の17日には、「オバマ大統領は訪問前のインタビューで、中国に「責任ある」大国になることを求めたが、我々も米国に「責任ある」大国になることを求める。」と牽制している。

この社説で人民日報海外版は、「米国が軽率に発動したイラク戦争が両国民と世界に与えた苦痛」や「ウォール街の無責任がもたらした世界的な経済・金融危機」といった表現でアメリカの責任を指摘したほか、「中国製タイヤに対する特別セーフガードや中国製鋼管への課税にせよ、中国製光沢紙やリン酸塩への反ダンピング調査にせよ、いずれも米国内の少数の利益集団のために両国関係の大局を犠牲にするものだ」と昨今のアメリカに見られる保護主義を痛烈に批判しているのだ。

前向きな期待と充実した歓待の一方で、批判と牽制を忘れないしたたかさ。この硬軟織り交ぜた外交に、日本も見習うところはないだろうか。

(東京財団HPより再掲)
アジア外交演説に見るオバマ大統領のしたたかさ [2009年11月14日(土)]
11月14日、来日したオバマ大統領が東京サントリーホールで行ったアジア外交演説は、無駄のないしたたかさを感じさせるものであった。

まず日本やアジアとの個人的つながりへの言及で話を起こし、日米関係を持ち上げたうえで、日本、韓国、オーストラリアなどの伝統的パートナーとの協力や、中国などの新興国の取り込み、さらにはASEANや東アジアサミットなど地域内の多国間枠組みとの連携について、その重要性を指摘し、取り組むべき課題として貿易自由化、気候変動対策、核不拡散などを挙げた。

すなわち、アジア太平洋地域の各国と共に国際課題解決に取り組んでいきたいとの姿勢を鮮明にした内容である。

その背景には、金融経済安定、気候変動対策、核不拡散といった米国の優先的国際課題の解決に向けて、日本も、中国も、東南アジアも、APECのような多国間枠組みも、使えるカードは全て使いたいという意図が読み取れる。

特に、これら課題解決に中国の協力は不可欠だ。この点、オバマ大統領が、中国に言及した部分でも、域内の人権問題に言及した部分でも、中国国内の人権問題には一切触れなかったことは興味深い。

これは、オバマ政権は同じ民主党のクリントン政権などとは異なり、中国の人権問題を殊更に批判するようなことはせず、むしろ協力パートナーとして密接な関係を築いていきたいという考えの表れだ。

ただし、日本の頭越しに拙速な米中関係強化へ走れば、ジャパン・パッシングを危惧する日本の協力を得にくくする。この点でも、オバマ政権はクリントン政権とは異なり、日本への配慮を欠かさない。

実際、オバマ大統領は就任以来一貫して日本重視の姿勢を鮮明にしてきた。演説の中でも言及したとおり、クリントン国務長官の最初の訪問国として日本を選んだり、その直後にオバマ大統領がホワイトハウスに招く最初の外国要人として麻生総理を受け入れたりと、日本を安心させるパフォーマンスをく繰り返してきている。

今回の東京演説の中でも、日米同盟の重要性を強調し、北朝鮮の拉致被害者問題にも配慮を見せるなど、日本への配慮がにじむ。

そもそも今回、短い滞在日程になろうとも日本からアジア外遊を始め、就任後初のアジア外交演説を東京で行うパフォーマンスにも、オバマ大統領のしたたかな戦略を感ぜざるをえない。

アメリカが、多くの国際課題の解決において日本の協力も中国の協力も不可欠だと考えているのであるから、日本も、アメリカや中国のどちらか一方に肩入れするのではなく、いずれとも冷静で良好な関係を維持したうえで、必要に応じてアメリカ、中国、さらにはASEANやEUなどの間で距離感を調整しながら、日本自身の利害を踏まえた協力や妥協を引き出していく戦略が望まれるところだ。
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