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川は治めるから共存するへ No.151[2017年05月31日(Wed)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.151
−川の法律改正から20年 −
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河川法の目的に「環境」が加えられ、今年で20年の節目を迎えます。
この間、ある一定の成果は得られましたが、取り組みはまだまだこれからです。
50年先100年先を見据えた川づくりが、いま、求められています。



ダムと堤防では守りきれない

気候変動の時代を迎えて
気候変動により、今後ますます高まる水害の危険。
「治める」から「共存する」へと発想の転換が求められる川の現状を見ていきましょう。

鬼怒川の決壊が突きつけた現実

2015年9月9日から11日にかけて発生した「平成27年9月関東・東北豪雨」では、台風17号、18号の影響により、鬼怒川一帯が猛烈な豪雨に見舞われました。
各観測所で既往最多雨量を記録し、全川にわたり急激に水位が上昇しました。
鬼怒川の中流部では堤防が決壊、氾濫した流れは、およそ10km下流の常総市の水海道地区まで到達し、市の約3分の1に相当する約40kuが浸水、常総市では2名の方が亡くなり、約4,300名の住民が救助されました。
家屋の流出、損壊および浸水等、9,000棟近くが被害を受け、浸水が解消するまでに10日間を要するという規模の大きさとなっています。
2016年8月の「平成28年度北海道豪雨」においても、相次いで台風が発生、いずれも北海道に上陸し、東部の札内川や空知川の堤防が決壊するなど大きな被害となりました。
また数年前、広島市で大規模な土砂災害が発生した「平成26年8月豪雨」など、かつては“記録的”とされるような豪雨が、近年では毎年どこかで発生している状況になっています。
今後、気候変動は激化すると予測されており、このような災害はどこでも起こりうることであり、災害規模も大きく、頻度も増えていくと考えられます。
さて、鬼怒川の大水害を踏まえて、平成27年12月に、社会資本整備に関する審議会より「大規模氾濫に対する減災のための治水対策のあり方について」と題する答申がなされました。
それによると、気候変動によりダムや堤防等の能力を上回る洪水の発生頻度が高まることが予想されることから、社会の意識を「施設の能力には限界があり、施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの」へと変え、社会全体で洪水氾濫に備える必要があるとしています。

新しい発想と対策

気候変動により、今後高まることが予想される水害リスクに対して、河川法の改正から20年を迎える現在において、以下のような発想と対策が必要だと考えられます。


@発想の転換「治水」から「共存」へ

今後は、ダムや堤防などの施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するものだと意識し、今までの「治水」や「利水」といった川を「治める」という考え方から、私たちの生存基盤である自然の川と「共存」していく、という方向に考えを変える必要があります。

A土地利用の見直しによる対策

私たちはダムや高い堤防をつくることで、川のすぐ近くまで生活の場を広げてきました。
しかしながら、この状況は、鬼怒川のケースのように、ひと度、計画規模以上の洪水が起こると、その被害も甚大になります。氾濫による被害を受けやすい場所には生活空間をつくらず、被害を受けにくい場所に移住や都市機能を徐々に移転するなど、土地利用の状況を考慮した対策が必要です。

B流域全体での対策

今後は、ダムや堤防に頼りすぎず、使われなくなった農地などを湿地に戻してそこに氾濫した水を流す、雨水浸透マスにより雨水を地下に浸透させるなど、流域全体で洪水を受け止めていくような対策が求められます。

事故を起こした日本の責任 No.128[2016年04月19日(Tue)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.128
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  • 原子量発電を見つめ直す

  • 第一の問題:ゴミ

  • 第二の問題:原発の安全性

  • 第三の問題:災害やテロ

  • 世界が注目する私たちの選択


チェルノブイリと同じレベル7の事故を起こしてしまった日本。
世界が見つめる日本の叡智 No.117[2016年04月08日(Fri)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.117
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  • 震災大国 日本の国づくり・まちづくり原則

  • 自然との調和が安全をもたらす

  • 日本における「自然の盾」

  • 災害の危険から遠ざかる

  • 地域でまかなえる住まい方

  • 世界が見つめる日本の叡智




自然との調和が安全をもたらす

自然と調和した土地利用によって家屋への被害がほとんどなかった岩手県大船渡市吉原地区
今回、津波が押し寄せた赤い線の内側は、大部分が農地としての利用にとどめられていました。

「防災」から「減災」に切り替える

沿岸部において、過去に津波の被害を受けた地域や、将来的に被害を受ける可能性がある地域では、これまでの防潮堤などによる「防災」から、被害をできるだけ少なくする「減災」のまちづくりへと大きく移行することが重要です。

公共施設や住宅は、高い安全な場所に建て、低地は新たな「社会資本」として、砂浜・砂丘など本来の地形と、藻場や海浜に生育する在来種の植物、河川沿いの低湿地に成立する自然環境を確保し取り戻すとともに、農業や漁業などの第一次産業を行う場所とすることが基本となります。

湾奥部に位置する岩手県大船渡市の吉原地区では、かつて海に面した低地部に集落が広がっていましたが、明治三陸地震(1896年)による津波で壊滅的な被害を受けました。これを機に、当時の村長が強い指導力を発揮し、集落のほとんどを背後の高台に移し、低地部は水田として利用するようになりました。
さらに、昭和三陸地震(1933年)で低地に残った人家が津波被害を受けたことから、再び村長主導のもと、すべての人家の高台移転を果たしました。

今日まで、地域の人々が教訓を守り、その土地利用を維持し続けてきたおかげて、東日本大震災では、吉浜地区に押し寄せた津波は標高21.5mまでおよんだと推定されていますが、津波による家屋への被害はほとんどみられませんでした。
津波のおそれがある沿岸部では、低地に住まない土地利用と、在来の自然を新たな「社会資本」として保全・再生し、自然環境の盾によって自然災害を最小化することが原則となります。

世界が指示する津波災害からの復興原則 〜人が住まない場所の設定と自然の盾の保全・再生〜

2004年のスマトラ沖地震(マグニチュード9.1)では、津波によって何百kmにおよぶ海岸線とそこに暮らす百万人以上の人々の生活が壊滅的な被害を受けました。

大災害からの復興のあり方を話し合うため、UNEP(国連環境計画)主導のもと、被災諸国の政府代表が参加し、2005年2月17日にカイロで国際会議が開催されました。この会議において、12の原則からなる「津波災害からの復興と再建のための基本原則(通称:カイロ原則)」が採択されました。

カイロ原則では、自然の巨大なエネルギーと力を無視し、沿岸域において持続可能な開発を達成することは不可能であるとしています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による海面上昇予測を踏まえた海岸線をもとに人が住まない場所を定め、漁業や海運関連の一部施設を除いた建築物の設置を厳しく規制することとしました。また、サンゴ礁や藻場、砂丘、沿岸の樹林帯などは、高潮や津波の勢いを弱める「自然の盾」となるとして、これらを保全・再生することが災害の軽減につながること、さらにサンゴ礁をはじめとする美しい自然生態系を観光に生かすことが、地域経済の大きな柱となることが示されています。

カイロ原則の内容(一部要約)

■第1原則(全てに関わる原則)

各国の沿岸部における被害を軽減するために、地域に早期警報システムを設けて備えるとともに、気候変動予測に基づく海岸線に沿って、建築物を一切建てない区域や自然の帯を設ける。

■第3原則

湿地、マングローブ、魚類の産卵場所、藻場、サンゴ礁などが、高潮や津波から人間の生命や生活を守る自然の盾として機能するよう保全・再生する。

■第7原則

沿岸部に建築物を建てない場所を設けながら、自然に負荷を与えない範囲内で持続的な観光利用を行って、地域の経済に役立てる。

回避できなかった大震災 No.116[2016年04月07日(Thu)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.116
−被害を増幅させた公共事業−
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いつ、どこで発生してもおかしくない大地震

今回発生した東北地方太平洋沖地震は、1960年のチリ地震(マグニチュード9.5)、1964年のアラスカ地震(マグニチュード9.2)、2004年のスマトラ沖地震(マグニチュード9.1)に次ぐ、観測史上世界で4番目となる規模の地震でした。

1960年のチリ地震の際に発生した津波は、日本も含めた環太平洋全域に到達し、北海道や東北地方などの太平洋沿岸域に大きな被害をもたらしました。

世界レベルでみた場合、地震の震源は局地的な分布を示しています。しかし、日本は「環太平洋地震帯」とよばれる地震が多く起こる地帯に位置し、地殻変動も大変活発な「地震多発国」です。

今回大きな被害を受けた東北地方は、地震やそれにともなる津波・火災などの二次災害により、集落がまるごと壊滅するような損害を、過去に何度もこうむってきたところであり、近い将来に同様の災害が再来することも分かっていました。
しかし、こうしたことは全国どの地域でも起こりうることを理解して、対策を立てておく必要があります。

美しい日本を守るTSUNAMI対策 No.87[2016年03月09日(Wed)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.87
−インド洋の巨大津波がおしえるもの−
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世界を震撼させた巨大津波〜2004.12.26 スマトラ沖

一瞬にして30万人もの人々を飲み込んだ巨大津波。
2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震と大津波は、インド洋沿岸諸国に史上最悪の被害をもたらし、未曾有の大惨事となりました。
今や世界の共通語となった「Tsunami(津波)」という言葉が示しているように、日本は歴史的に津波の来襲を受けており、津波対策の先進国と言われていますが、このスマトラ沖大地震に学ぶべきことは少なくありません。

史上最悪の大惨事〜バンダ・アチェからの報告

最も被害が大きかったインドネシア・アチェ州の州都であるバンダ・アチェ市は、震源地から約250km北東に位置しています。
約26万人の人口のうち、およそ7万人もの死者または行方不明者が出たとされています。

50mにせまる高さだったと推測される巨大津波は、陸地を削りとりながら市街地の中心にまで押し迫り、想像を絶する傷跡を残していきました。
沿岸からおよそ3kmの内陸に打ち上げられた排水量2,500t、全長60mもある船は、津波のすさまじいエネルギーを物語っています。
住宅や河川堤防をはじめとするすべての人工の構造物はことごとく破壊され、住宅が密集していた地域は見渡す限り、瓦礫の山となりました。
屋根の鉄板がミキサーの刃のようになり津波に巻き込まれた人々を切り刻むなど、建築物の破片が思わぬ凶器になったという証言もあります。

バンダ・アチェの被害は、これまでの予測や防災技術をはるかに越えるものでした。
そして、いくつも教訓を残しました。また、2006年7月にもインドネシアが再び津波の被害を受けたように、津波はこれからも絶対に繰り返し起こる自然災害です。
私たちは、これ以上犠牲者を出さないためにも。これまでの災害対策を見直し、津波にどう対処していくのかを考え直す必要がります。
究極の災害対策は自然との共存 No.81[2016年03月03日(Thu)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.81
−ビオトープネットワーク−
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地震大国に生きる私たちこそ、ビオトープネットワーク


ビオトープネットワークが生みだす安全で美しいまちづくり

いつ、どこで、地震が起きてもおかしくない地震列島に住んでいる私たちは、有史以来、数々の災害に見舞われ、その度に打ちのめされてきました。

経験から学び、私たちは市街地の緑地と周りにある農地や、山林、河川などの自然をネットワークする都市計画を一度は考えましたが、戦後の復興にあたって目先の利益に飛びつき、コンクリート構造物などで防災に取り組む方法を選び、経済最優先のまちづくりを進めてきました。

しかし、過去、災害からダムや堤防などの人工構造物でその被害を防ぎきることは不可能であり、それが地震で壊れた時には被害をより大きくしてしまうことがわかっています。
さらに、壊れたコンクリート構造物の処理には莫大なコストがかかり、その処理方法について頭を抱えることになります。
今、改めて私たちは、自然災害をねじ伏せて克服するのではなく、自然と共存し災害から逃げれるまちづくりが問われています。

安全につながるまちづくりとは、まちに人が暮らすために必要な機能をバランスよく盛り込んだ規模の小さなまちをつくり、ネイバーフッド(近隣住民のつながり)の生活圏を農地と自然で取り囲み、人と人、人と自然、自然と自然が互いにネットワークされている状態を目標とします。
そのことは、自然が有する多面的な機能が発揮される、安全で美しいまちづくりを可能にします。

自然と共存する安全・安心な国へ

経済効率を追い求めるあまり、自然との共存を進めてこなかった戦後の日本。
川をダムや堤防で閉じこめ、干潟ばかりか沿岸海域までも埋め立てて造成し、増加する人口をさらに呼び込んできた結果、ひとたび大地震が起きるとパニックに陥る大都市。
そこには、経済と人命を極度に集中させ、甚大な被害を自ら招き入れるまちづくりの過ちが見えてきます。

日本は、2006年をピークとして、今後、少子高齢化が進むことで人口減少の時代を迎えます。
そして近い将来、大都市の人口は緩やかに減少、地方都市や農山漁村の人口は急激に減少すると予測されています。
戦後、右肩上がりに人口は増加し経済は成長してきましたが、今後は縮小する時代へと転換します。
このような中、「国土形成計画」など土地利用のあり方を考える際には、災害の危険が予測される地域から計画的に人や財産等を安全な場所へ誘導するとともに、究極の災害対策として、自然との共存を基本としたゆとりある都市へと再生させる視点が重要になります。

これから目指す都市やまちは、超高層ビル群などの大きな建物をつくることではありません。
建設費も維持管理費も少ない、安全で美しい自然との共存こそが、最も進んだ国づくりなのです。
緑をふやして被害をへらす −阪神・淡路大震災の教訓− No.19[2016年01月01日(Fri)]
日本生態系協会 会報「エコシステム」No.19
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  • 阪神・淡路大震災

  • 災害は避けられない

  • 街づくり 日欧の違い

  • 消えた復興計画

  • 自然と共生する国土計画を

  • 街の安全チェック


一瞬にして5,000人以上もの命を奪った阪神・淡路大震災から、早くも100日が過ぎました。
震度7という史上最大規模の直下型地震は、100万以上の人口を抱える近代的大都市を壊滅状態に陥れました。
大惨事の直後から、非常事態への即応体勢の欠如、高速道路や地下鉄などの「安全神話」の崩壊、ライフラインや情報網のもろさ、ボランティアの活躍とその重要性、耐震基準の強化などなどが指摘・議論されています。
大震災は大きな犠牲の上に、さまざまな教訓を私たちに残しました。
しかし、今、真剣に考えなければならないことは、とかく防災に目がいきがちですが自然の立地条件を無視して、無秩序に人口を集中させた近代都市そのものの造り方に、根本的な問題があったことではないでしょうか。


災害は避けられない

災害列島 日本

太平洋プレートと大陸プレートの接点にある日本は、地震列島といわれています。
複数の火山帯が走り、噴火や火山性の地震も頻発します。
今回の大震災で耳新しく注目された活断層は、全国に多数あり、その数さえ正確にはわかっていません。
記憶に新しい自然災害だけでも、奥尻島が大津波に襲われた北海道南西沖地震、液状化現象が初めて注目された宮城県沖地震、今も避難生活が続いている雲仙普賢岳の噴火、全島民が避難した伊豆大島の三原山噴火、三宅島の噴火もありました。
地震や火山だけでなく台風や長雨、日本海側の豪雪のように、天候による災害も毎年起こっています。
第二次大戦後、50年間の自然災害による死者・行方不明者の数は、今回の大震災の犠牲者を加えて44,800人以上にも達します。
1年間になんと900人近くの人々が、自然災害で命を奪われているのです。

災害をねじ伏せることは不可能

地震や火山の噴火を止めたり、台風のコースをねじ曲げることは、私たち人間に不可能なことはだれにも理解できます。
しかし、私たちは海や湿地を埋立て「砂上の都市」をつくり、水害を怖れながらも上流では木を伐り、山を崩し、下流の低湿地を開発してきました。
私たちにできることは、自然災害が頻発する国土で生活していることを自覚し、自然の立地条件にあった街づくり、国づくりを進めること以外にありません。
プロフィール

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